第二の出会い
「……十二人、か。ゲームが始まってから六時間、三十分に一人が死んでいる計算になるな」
ゲームの進行状況を伝える放送を聞きながら、シロッコは陰鬱な溜息を吐いた。
ゼオラ・シュバイツァーにより機体を破壊されてからこっち、シロッコは機体の修理が可能な工場を求め、市街地の探索を行っていた。
このダンガイオー、決して弱い機体ではない。マニュアルを見る限り、スペックとしてはMS以上のものを持っている。
だが、片腕を失い、また機体の性能を完全に引き出す事が出来ない今の状態では、それも宝の持ち腐れである。
この過酷な生存競争が行われている中でそれでも生き抜く事が出来ると信じられるほど、シロッコも現状を楽観視してはいない。
それで、なんとか片腕の修復だけでも行えればと、修理工場の類が無いか捜索を続けてはいたのだが……。
「少なくとも……この周辺に、機体を修理可能な設備は無いようだな……」
探索の結果、得られた物は多くなかった。
商店や生産工場の類が無いわけではなかったが、ロボットの修理とは無関係なものばかり。
無人の商店から水や食料品等を手に入れる事は出来たが、最大の目的である機体の修理を行う事は出来なかった。
となれば、シロッコの取り得る手段は――
「他人の機体を奪うか、もしくは盾となる人間を見付けるか……」
だが、そう思って他人に声を掛けた結果がこれである。
事は慎重に運ばなければ、こちらの命に関わってくる。
故に、シロッコは座して悩み続けていた。これから自分が取るべき行動の指針を決めかねて。
……そう。センサーに、新たな機体の反応が現れるまでは。
「はぁッ……はぁッ……!」
逃げなきゃ……どこか、遠くへ……!
冷静な思考を失ったまま、キラ・ヤマトはただひたすらに逃げ続けていた。
怖い……どうしようもなく、怖いっ……!
極限状態の殺し合いと、いきなり受けた“敵”からの攻撃。
気付いた時には、キラは我を失っていた。
自分でも気付かないうちにビームソードを抜き放ち、ガイキングへと攻撃を仕掛けていたのだ。
どうしてそうしてしまったのかは、自分でもわからない。
追い詰められての破れかぶれな行動なのか、それとも他に理由があったのか……。
ともあれ、そうした一連の出来事によって精神を磨り減らしたキラは、とにかく安全な場所へと逃げ出そうとしていた。
……逃亡の途中で聞こえた、ユーゼスの放送。それもまた、キラの精神を追い詰める要因となっていた。
もしかしたら、自分もまた死亡者の中に入っていたのかもしれない。
あの放送で呼ばれたのは、もしかしたら自分だったのかもしれない……!
その恐怖がキラを突き動かし、がむしゃらな逃走を行わせていた。
だが、それも長くは続かない。
モビル・トレースシステムは、搭乗者の動きを機体に伝えるシステムである。
機体を全力で走らせようとするならば、そのパイロットもまた全力疾走を行わなければならない。
そう。闇雲に逃げ続けているうちに、キラの体力は限界に達しようとしていたのだ。
「うぁッ……はっ……! はぁ……はぁ……!」
やがて、ゴッドガンダムは立ち止まる。いや、立ち止まらざるを得なくなる。
そう……いつの間にか辿り着いていた、市街地と思わしきその場所で……。
【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:ダンガイオー(破邪大星ダンガイオー)
パイロット状況:良好
機体状況:右腕損失、全体に多少の損傷あり(運用面では支障なし)
現在位置:A-1
第一行動方針:反応があった機体の様子を伺う(使えるようなら手駒にする)
第二行動方針:首輪の解析及び解除
最終行動方針:どうにかして脱出
備考:コクピットの作りは本物とは全く違います、
またサイコドライバー等を乗せなければサイキック能力は使えません】
【キラ・ヤマト 搭乗機体:ゴッドガンダム(機動武道伝Gガンダム)
パイロット状況:良好(精神状態に乱れあり)
機体状況:損傷軽微
現在位置:A-1
第一行動方針:安全な場所への逃走
第二行動方針:自分の安全の確保
最終行動方針:生存】
『第二の出会い・続き』へ
「はぁッ……はぁッ……」
荒い呼吸を繰り返し、キラはコクピットの中で座り込む。もはや体力は限界に達し、集中力は散漫しきっていた。
故に、気付かない。すぐ近くの市街地から自分の様子を伺っている、まだ見ぬ参加者の存在に。
「あの機体……ガンダムか!?」
その一方で、その場に座り込んで動かない機体を見て驚きを隠せなかったのがシロッコである。
宇宙世紀において伝説的な存在となっている、ガンダムタイプのMS。しかも、自分にとっては未知の機体。
その存在を目の当たりにして、シロッコは胸が騒ぎ立てるのを感じていた。
ガンダムを敵に回す恐ろしさは、嫌と言うほど良く知っている。
だが、気掛かりな事が一つ。あの機体、動く様子が見られない。
「……ふむ。これはつまり、攻撃の意思が無い事を表明している、というわけかな」
センサーの反応によって、相手も自分の存在には気が付いているはずである。
実際にはパイロットが疲労の極限に達しているせいで、センサーを見る余裕が無いだけなのだが、シロッコはそう判断した。
積極的に戦いを仕掛ける意思の無い、ガンダムタイプのMS。交渉を行うには充分な相手だと、そうシロッコは判断した。
「そこのガンダムパイロット、応答願いたい」
「えッ……!?」
疲労のあまり、倒れ込んでしまったキラ。いきなり聞こえた知らない声に、彼は驚きの表情を見せる。
だが、キラも頭の回転が鈍いわけではない。それが外部からの通信である事に気付き、通信回線の周波数を合わせる。
「あっ、貴方は……?」
「私の名はパプテマス・シロッコ。君と同じ、このゲームの参加者だ。とはいえ、この殺し合いに参加する気はないがな」
……そう、現状では。
その一文を心中で末尾に付け足し、シロッコは通信相手の様子を観察する。
まだ若い、気弱そうな印象の少年だ。戦場に挑む兵士の顔でも、血に酔いしれた殺人狂の顔でもない。
どの時代でもありふれた、ごく普通の少年の顔である。
……思ったとおり、このパイロットは自ら戦いを仕掛ける側の人間ではないようだ。
自分の読みが当たった事に、シロッコは胸を撫で下ろした。
「し、シロッコ……さん……?」
「そうだ。君の名前は?」
「あ……き、キラ・ヤマト……です」
通信回線の向こう側で顔を見せたのは、落ち着いた印象の男性だった。
殺し合いに参加する気がない。その一事を耳にして、キラは微かに安堵を覚える。
……だが、心の片隅では怯えている。
口では“殺し合いをする気がない”と言っておきながら、それは自分を騙す方便ではないのか……?
もし自分が油断を見せたら、その隙に自分を殺すのでは……?
「……ふむ、警戒しているようだな」
そんな彼の心中を察し、シロッコは軽く溜息を吐いた。
まあ、無理もない。見た所、少年の機体は戦闘の形跡が見受けられる。
そして、この気弱そうな少年が、自分から積極的に戦いを挑んだとは思えない。
となれば、襲われたのだろう。積極的に戦いを仕掛ける、このゲームに“乗った”人間から。
(その情報を聞き出すだけでも、この少年と話をする価値はあるな……)
「君の気持ち、良く分かるよ。どうやら君も誰かに襲われたようだが、かく言う私も同じでね」
「え……? そ、それって……」
「戦う意思が無い事を伝えようとした相手が、君以外にも居たのだがね。聞く耳を持ってくれず、右腕を破壊されてしまった」
「あっ…………!」
通信回線を開いている間にも、機体の移動は行っていた。
この時点で、ようやくキラの前に姿を見せたダンガイオー。そのボロボロになった機体を見て、キラは思わず声を上げる。
「この損傷状態だ。もし私がゲームに乗っている人間なら、君が気付かないうちに攻撃を仕掛けていたとは思わないか?
そうでもしなければ、負ける事は目に見えているからな」
「…………」
その言葉に、説得力を感じたのだろう。キラに、反論の言葉はなかった。
「それで……僕と話して、貴方は何をしようって言うんです?」
だが、それでも警戒を完全には解かない。
この殺し合いが行われている中で油断する事が、どれだけ危険な事なのか。それを、知ってしまったから。
そんな少年の頑なな様子を見て、シロッコは内心苦笑する。
少年の考えている事が、あまりにも手に取るようにわかっていたからこそ。
「私としては、君を仲間にしたいと思っている」
「仲間……ですか?」
そう簡単に、信じる事は出来ないのだろう。キラの呟きには、やはりと言うか疑いがあった。
「ああ。君も、私も、状況としては似たようなものだ。こちらから戦闘を仕掛ける意思など、君には無いのだろう?
でなければ、こうして私との会話に応じたりはしていないからな」
「ええ……そう、ですけど……」
「とはいえ、自分の身を守る力は必要だ。こちらに戦う意思が無くとも、襲い掛かって来る相手に無抵抗でいては、
一方的に殺されてしまうからな。ならば、どうすればいいのか。君は、どう思う?」
「それ、は……」
「だからこそ、仲間が必要になるのだよ。背中を任す事の出来る、仲間が」
「……………………」
反論の言葉が思い付かず、キラの警戒は知らずのうちに解かれていく。
……脆いものだと、そうシロッコは表情に出さず内心思う。
人生経験の浅い少年を騙す事など、シロッコにとっては容易な事だった。
……ややあって、キラは自分の意思を告げる。シロッコが予測したとおりの、その答えを。
「わかり……ました。シロッコさん、でしたね。僕は、貴方を信用します」
「そうか。よろしく頼む、キラ君」
「はい、こちらこそ……」
そう言って、キラはぎこちない笑みを浮かべる。
その表情を見て、シロッコは気付いた。まだ、完全には信用されていないのだと。
……だが、それは別に構わない。今、シロッコが欲しているのは、無条件な信頼ではない。
そう、戦力。自分の思いどおりに動かす事の出来る、戦う力を彼は欲していた。
パイロットが実戦経験に乏しそうな少年であった事には落胆しないでもなかったが、それもまあ許容範囲だ。
下手に我の強い人間と組んで思いもよらない事を仕出かされるよりは、御し易い人間と組んだ方が良い。
それに、いざとなれば――
(こんな子供一人を殺す事など、いつでもできる事だからな……)
キラ・ヤマトを殺害した後、あのガンダムを奪えばいい。
そんな事を考えながら、シロッコは見せ掛けの笑顔を浮かべていた……。
【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:ダンガイオー(破邪大星ダンガイオー)
パイロット状況:良好
機体状況:右腕損失、全体に多少の損傷あり(運用面では支障なし)
現在位置:A-1
第一行動方針:まずは自衛の為に戦力を増やす
第二行動方針:首輪の解析及び解除
最終行動方針:どうにかして脱出
備考:コクピットの作りは本物とは全く違います、
またサイコドライバー等を乗せなければサイキック能力は使えません】
【キラ・ヤマト 搭乗機体:ゴッドガンダム(機動武道伝Gガンダム)
パイロット状況:良好(シロッコを完全には信用していない)
機体状況:損傷軽微
現在位置:A-1
第一行動方針:シロッコに従う
第二行動方針:自分の安全の確保
最終行動方針:生存】
【初日 19:20】
最終更新:2008年05月30日 04:28