骸は語る
作戦通り森の端に沿って移動し続けて5時間余り。
森が途切れてフォッカー達の視界にD-4の廃墟地帯が見えてきたのは、もう日もとっぷりと暮れた頃だった。
もちろんフォッカーのアルテリオンだけならもっと速く移動できたのだが、
司馬遷次郎のダイアナンAの歩調に合わせていたら思ったより時間がかかってしまったのである。
そのダイアナンAへ向けて、フォッカーは通信回線を開いた。
「司馬先生、もうあたりも暗くなってきました。ここらで一旦腰を落ち着けませんか?」
「そうだな、フォッカー君。夜間の移動は危険だ。……しかし、結局他の機体には出会わなかったな」
「そうですね……幸か不幸か」
平原を移動してきたという事は、それだけ他の機体に見つかる可能性も高いはずなのだが、
この5時間、二人は一度も他の機体と接触することは無かった。
危険な状況に陥らずにすんだという点では確かに幸運だったと言えるかもしれないが、
仲間を増やすチャンスも、また首輪を手に入れるチャンスも無かったということはむしろ不幸と言えないこともない。
コクピットの中でフォッカーは軽くため息をついた。
「で、どうします? まさか平原のど真ん中で野宿って訳にもいかんでしょう」
「それなんだがね、フォッカー君。私はあの廃墟地帯へ行くべきだと考えている」
遷次郎の発言を聞き、フォッカーの中に疑問が生まれる。
「廃墟っていやぁ、待ち伏せにはもってこいの場所ですよ。何でわざわざ?」
「だからこそだよ。敵が待ち伏せを警戒して近づいてこなければ、我々も少しは落ち着いて休息できるというものだ。
無論、君には先に行って先客がいないか偵察してもらう事にするが」
「そういうことなら了解です。俺のいないうちに撃墜されないでくださいよ」
眼下のダイアナンAに一瞬目をやってから、アルテリオンは一足先に廃墟へと飛んでいった。
レーダーに何も反応がないことを確認し、遷次郎を呼び寄せてから数分後。
二人は廃墟の中の開けた場所(おそらく廃墟になる前は広場か何かだったのだろう)で休息していた。
月は雲に隠れ、辺りは闇と静寂に満ちている。
フォッカーと遷次郎は、これからの作戦を話し合った。
とりあえずこの廃墟を拠点として行動し、接近してきた機体にはまず通信してみること。
話を聞く気があるのなら説得して仲間にし、攻撃してきたら反撃で機体を行動不能にして――
(パイロットを引きずり出して殺してから首をちょん切る、か。そんなサイコな趣味はないんだがな)
そうするしかないとはいえ、フォッカーにとってはあまりにも気乗りしない作戦だった。
「どうにか他の方法で首輪を手に入れられはしませんかね?」
「まず無理だろうな。さすがにそんなに都合のいい展開が起こるとは思えん」
「ですね……」
観念して、フォッカーはモニター越しに辺りを眺めた。
暗くてあまりはっきりとは見えないが、時々雲の隙間から差し込む月光でなんとなく何があるかは分かる。
その中に、キラリと光るものがあった。
「……………………?」
カメラをズームにして良く確認してみる。それは、直径10センチ前後のリング状の物体で――
「…………司馬先生、あれ」
「? どうかしたかね、フォッカー君」
「あれって、首輪じゃありませんか?」
「ははは、まさかそんな…………本当だ」
信じられないほど都合が良すぎる展開。二人の探し物は、目と鼻の先に転がっていた。
「とりあえず、拾って確認してみよう」
遷次郎がダイアナンAを動かして首輪に近づくのを見て、フォッカーは慌てた。
「危険ですよ、司馬先生! 何かの罠だったら」
「わざわざ首輪だけを使ってトラップを仕掛けるような回りくどいことをする事に、メリットなど無いだろう?」
「それはそうですが……」
駄目だ。完全に研究者の目になってしまっている。
今の遷次郎に何を言っても無駄だと、フォッカーは悟った。
(しかし……)
どう考えてもおかしい。
普通に考えれば、戦闘で機体が破壊されたとならばパイロットもそのまま爆散して原型など留めない。
首輪だけが落ちているというのは、どうも無理がありすぎる。
つまり、誰かが意図的に他の人間の首を切断したとしか――
その時雲が晴れて、月光が辺り一帯を照らした。
「……うっ!?」
「…………こいつは…………」
脳が現実を認めるのを拒否する。
フォッカーは、胃液が喉の奥からせり上がるのを感じた。
遷次郎のほうも、さっきまでの興奮が嘘であるかのように黙り込んでいる。
二人が見たのは、あまりに猟奇的な光景。
まるで内側から引き裂かれたかのような異常な壊れ方をした機動兵器の残骸の前に、男が倒れていた。
いや、正確にはかつて男であったはずのモノが。
その周りを満たす血の海は、すでに地面に染み込んで赤黒い色を晒している。
そして、その男には――
その男には、首から上が無かった。
それから数分後。フォッカーは周囲を偵察していた。
結局、死んでいた男を殺した人間の痕跡は見つからなかった。
どうやら、首から上を強い力で吹き飛ばされ、その時に首輪が外れたらしい。
これ以上調べても無駄という事で、遷次郎はさっそく首輪の解析に取り掛かったのだ。
身動きの取れない遷次郎を敵の襲撃から守る為、敵機が接近する前に発見して連絡するのがフォッカーの役目である。
アルテリオンのコクピットの中で、フォッカーは死んでいた男の事を考えた。
その男がかつてこの世に生きていた頃『B・D』と呼ばれていた事も、
彼が異形の存在『ベターマン』によってその命を絶たれた事もフォッカーは知らない。
彼の骸が語るのは、とあるシンプルな事実。
殺す者と殺される者。勝者と敗者。勝者は生き永らえ、敗者は無残な屍を晒すのみ。
この狂ったゲームの現実だった。
【ロイ・フォッカー 搭乗機体:アルテリオン(第二次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:良好
機体状況:良好
現在位置:D-4
第一行動方針:身動きの取れない遷次郎を敵から守る
第二行動方針:ユーゼス打倒のため仲間を集める
最終行動方針:柿崎の敵を討つ、ゲームを終わらせる】
【司馬遷次郎(マシンファーザー) 搭乗機体:ダイアナンA(マジンガーZ)
パイロット状態:良好。B・Dの首輪を入手
機体状態:良好
現在位置:D-4
第一行動方針:首輪を解析する(成功するかは不明)
第二行動方針:信用できる仲間を集める
最終行動方針:ゲームを終わらせる】
【初日 21:40】
最終更新:2008年05月30日 05:26