仇の約束


 物静かなビル街がある。どのビルにも灯りは灯っておらず、まるでゴーストタウンというような街並みだ。
縦横に走る道路に沿って並ぶ街灯だけが闇を払い、影を作り出す。死んだ街、ではない。最初から生活と呼べるもののない街だ。
だが、生活が出来ない環境というわけではない。食糧はあるし、水道、ガス等は通っている。
ちょうど、人がすっぽり抜け落ちてしまったようだった。
 その街並みの中、ビルに紛れて補給用のポイントが存在する。そこから百メートルほど離れた駐車場に、二つの影がある。
このゲームの中においては不自然なその影は、しかし、ビル街という地域にはあまりにも自然だ。
 それは、自動車とバイクだ。自動車の運転席では銀髪の青年が眠っており、バイクには黒髪の青年が座り、周囲を見渡していた。
バイクの青年、トウマは首に手を触れる。無機質な質感は、不愉快なことこの上ない。
どうやらここは禁止エリアではなかったようだが、その位置を把握していない彼らは下手に動けない。
そのためトウマとクォヴレーは、このビル街に留まっていた。ここならば身も隠しやすく、逃げるのも容易いからだ。
 トウマは時計を見る。もうすぐ見張りを交代する時間だ。そう思ったとき、ちょうどクォヴレーが車から降りてきた。
「そろそろ交代の……」
 クォヴレーが言いかけた瞬間だった。彼らの視界が影に覆われ暗さを増す。二人は月光が雲に遮られたのかと思い、空を見上げる。
だが、月光を遮るような雲はない。月の光を受け、影を作ったのは。
 一機の人型をしたロボットだった。


「こんなところに車とバイクだと……?」
人型の機体の中、ヒイロ=ユイが眼下を見て呟く。
数時間前、山間からECSを起動して撤退した彼は、あえてE-7を、禁止エリアになる前に全速で突っ切った。
そして辿り着いたビル街で潜伏しつつ休息を取っていた。
その後、偵察を行っていたときに発見したのが、目の前の車とバイクだった。
ヒイロは通信機を操作しながら思う。
機体が何であれ、彼らもゲームの参加者だ。油断はできない。
 呼びかけようとしたとき、向こうから声が聞こえてきた。
『待ってくれ! こっちは見ての通りバイクと車しかないんだ! 戦おうなんて思ってない!』
叫んだのは黒髪の男だ。ヒイロは考える。彼の言葉通り、あれがただのバイクと車だとしても迂闊に姿を見せるのは危険だ、と。
こちらが降りたところで機体を奪いにくるということも考えられるからだ。
身体能力に自信はあるが、武器なしでバイクや車相手に生身で戦うのは少し厳しい。
だが少なくとも、襲ってきていない者をこちらから攻撃するつもりもない。
「なら、こちらにも攻撃する意思はない」
だから、そう返答する。すると安心したように、黒髪の男が胸を撫で下ろす。
それ以上何も言わず、ヒイロがその場から立ち去ろうとしたとき、銀髪の男が口を開いた。
『待ってくれ。頼みたいことがある』
立ち去ろうとしていたヒイロは、その言葉を聞いて足を止める。
「何だ?」
『前の放送の内容を教えて欲しい。聞き逃してしまってな』
その言葉にヒイロは眉をひそめる。罠だろうかとも思い、索敵を行うがレーダーは彼ら以外の反応は示さない。
少し考え、機体から降りなければ大丈夫だろうと判断する。
もし、いざというときは逃げるという選択肢だってあるのだから。
「……いいだろう」
そう答え、ヒイロは放送内容を告げ始めた。

『死亡者だが、18時の時点で十二人出ている。名前を読み上げるぞ』
十二人という数字に、トウマは少なからずショックを受ける。
だが、それと同時に生き延びられたことに対する幸運も感じた。 
トウマは、続きを読む少年の声に耳を傾ける。
『アラド=バランガ、アルマナ=ティクヴァー、一色 真――』
「ま、待ってくれ!!」
 反射的に、叫んでいた。
荒げられたトウマの叫びに少年は応じ、読み声を止める。
トウマは息を深く吸って、そして、搾り出すように尋ねる。
「アルマナって……。アルマナ=ティクヴァーって、本当なのか!?」
その言葉に対する答えは、すぐに返ってきた。トウマの、僅かな期待を裏切る答えが返ってきた。。
『ああ。放送に偽りがない限り本当だ』
少年の声は現実を告げる。無情な現実がトウマの前に突きつけられる。
 トウマは、体が震え出すのを感じた。その原因となるのは、やり場のない、ぐちゃぐちゃに混ざった感情だ。
 憤怒、悲哀、憎悪、悔恨、後悔。
 それらはトウマの心を埋め尽くしていく。抑えきれなくなったそれは衝動となり、トウマの体を突き動かす。 
 拳を握りこみ、勢いよく振り上げた。
「くそッ!」
内からやって来る衝動に耐え切れず、トウマは壁をぶん殴る。壁に小さなひびが入り、トウマの手の甲に血液が滲む。
 本来なら痛みを感じるはずのそこには、奇妙なくらい感覚がなかった。
 そんな痛みを認識出来ないほど、心が痛みを訴えていた。
「くそぉッ!!」
再び手を振り上げるトウマ。拳は再度壁へと向かおうとして、阻止された。
 クォヴレーが腕を掴んでいた。
「止めろ」
短く言い放たれる言葉に、トウマは力を止める。しかしそれは一瞬のことで、再び腕には力が込められ、動く。
その動きは壁に向かうものではない。前へと行く動きだ。クォヴレーの手が振り払われ、拘束が解ける。
「ちくしょぉぉッ!!」
 トウマは跳ぶ。ワルキューレに一足で近づくと、シートに飛び乗る。
エンジンキーを回し、アイドリングさせる。エンジンが唸り、ワルキューレは動き出す。
「トウマ! 待て!」
クォヴレーの制止の声も聞かず、トウマは地面を蹴る。
強引に方向を変え、加速し、駐車場を出ようとして、
『待て』
少年の声が聞こえた。駐車場の出入り口へと人型機動兵器が動き、道を塞ぐ。
道を塞がれたトウマは止まらざるを得ない。急ブレーキだ。
強烈な摩擦音がし、トウマの体がワルキューレごと横へと吹っ飛ぶ。頬を擦りむいたが、そこにも痛みを感じなかった。
「どけッ!!」
すぐに身を起こし、トウマは怒鳴る。それでも、機動兵器は微動だにしない。
代わりに、少年の声が聞こえてきた。
『何処へ行くつもりだ』
「アルマナの仇を取りに行くんだよッ!」
「何処の誰が殺したのかも分からないのに、か?」
後ろからクォヴレーの声が聞こえてきた。至極真っ当な意見が、トウマの胸に突き刺さる。
急速に意識が冷えていく。足から力がなくなっていき、膝がくずおれ、その場にへたり込む。
「なんで、なんでアイツが死ぬんだよッ! アイツは、戦いなんて望むような奴じゃないのにッ!
 平和な世界を、幸せな世界を作ろうとしていた奴なのにッ! なんで、なんでだよぉッ!!」
感情の奔流が止まらない。やり場のない想いが叫びとなって夜闇に響く。
 気が付けば、涙が流れていた。嗚咽はすぐに慟哭へと変わる。
あらゆる感情を、現実を。押し流すように落涙する。もはや言葉にはならない。
トウマの口から出るのは感情の片鱗だ。それは明確な形を持てず、あたりに撒き散らされる。
声が闇に溶けては生まれ、生まれては溶けていく。
 誰も止められない。
 トウマの悲しみも、憎しみも、怒りも、悔やみも。
 誰も止められない。

 ヒイロは、黒髪の青年の様子をモニター越しに見ていた。彼の感情は真っ直ぐに、ヒイロに向かってくる。
 それは確かな感情だ。嘘も偽りも何もない、強く激しい感情だ。
青年のことも、アルマナ=ティクヴァーのことをヒイロは知らない。
だが少なくとも、青年にとってアルマナが大切な人物であったということは彼の様子を見ればよく分かる。
 そして。
 青年の言葉をヒイロは心の中で反芻する。
 アルマナ=ティクヴァーは戦いを望まない人物だった。平和で、幸せな世界を望む人物だった。
 その姿勢は、ヒイロに一人の人間を思い起こさせる。
 それは、ヒイロにとって大切な人物。守るべき人物。自分に大切なものを思い出させてくれた人物。
 もしも。
 彼女もゲームに参加していたら。いや、問題はそこではない。
 彼女が死んだら。守れなかったら。
 考える。
「そうだったら、俺は……」
考えは思わず声となる。その呟きは小さく、通信機も拾えない。
自分の声を聞くのは自分だけだ。それを聞いて、その続きを考えて。
 ヒイロは震えていた。
 俯き、微かに、震えていた。

 トウマがなんとか落ち着いてから、ヒイロは放送内容の全てを話した。
他に彼らの知り合いはいなかったようで、二人は黙って聞いていた。
『助かった。感謝する』
「ああ。気にするな」
銀髪の青年の言葉に、ヒイロは短く答える。そして、地面に座っている黒髪の青年に目を向ける。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
黒髪の青年がこちらを見る。その目はまだ少し赤く、少し腫れていた。
『仇は取るさ。探し出して、蹴り砕いてやる……!』
「そうか」
ヒイロはそれだけを返す。そしてM9の右腕をゆっくりと持ち上げる。
 その手には、アサルトライフルが握られていた。ヒイロは砲身を、黒髪の青年へと向ける。
「なら――俺がお前を殺す」
二人の青年は驚きを見せ、ほぼ同時に身構える。銀髪の青年がこちらを睨んでいるが、ヒイロは気に留めない。
「俺はこのゲームが始まってからいくつかの機体を見てきた。そのどれも、お前たちの機体では太刀打ち出来るものじゃない。
 だから、仇を討つなど考えるな。返り討ちに遭うだけだ」
黒髪の青年が息を詰める。その様子を見て、ヒイロは続ける。
「死に急ぐな。そんなことでは死者も浮かばれない。お前に出来ることは仇打ちじゃない。生きることだ。
 仇なら――探し出して、俺が打ってやる」
それだけ言うと、ヒイロは彼らに背を向ける。一歩、また一歩遠ざかったときだ。
『ま、待ってくれ!』
呼び止められる。黒髪の青年の声だ。その言葉を聞くのは何度目だろうと思いながら、ヒイロは振り向かずに足を止める。
『あんた、名前は?』
「……ヒイロだ。ヒイロ=ユイ」
それを聞いてから、青年は慌てて口を開く。
『あ、俺はトウマ=カノウ。その、すまねぇ。背負わせちまって。
……ありがとう。死ぬなよ。また、生きて会おうぜ』
「ああ。そうだな」
 一度別れれば、また会える可能性は低いことは分かっている。だが、彼らは約束を交わした。
 再会し、共に生きられるよう。彼らは約束を交わした。
 それは、生きようという意志に繋がるから。
 ヒイロは再び歩きかけて、またも動きを止める。
「一つ言っておく。モノアイの、赤い機体には気をつけろ。問答無用で襲ってくる可能性がある」
それだけ言うと、ヒイロは今度こそ歩き出す。そのまま振り向くことなく、その場を立ち去った。

「行かなくてよかったのか?」
ヒイロが去ってから、クォヴレーがトウマに尋ねる。
「正直、あいつの言う通りだと思うからな。バイクじゃちょっと勝てそうにない。
 この手で仇を打てないのは悔しいけど。それに、なんでかな。あいつになら任せてもいい気がしたんだ」
苦笑のような、微笑のような、そんな微妙な笑みをしてトウマは答える。
「そうか」
「でも待てよ。仲間に誘って一緒に行動した方がよかったかな」
「構わないさ。生きて、また会うんだろう? なら、そのときでいい」
「そっか。そうだな」
 それは、ただの楽観思考かもしれない。だが、彼らは疑わない。
 その楽観思考が力を与えてくれるような気がするから。
「トウマ、とりあえず休め。今は俺が見張りをする時間だからな」
 クォヴレーの言葉に、トウマは頷いた。

 確かな、生きる力を、与えてくれるような気がするから。



【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライサンダー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好
 機体状態:良好(変形不能)
 現在位置:C-7ビル街
 第一行動方針:トウマと共に仲間を探す
 第二行動方針:なんとか記憶を取り戻したい
 最終行動方針:ヒイロと合流。及びユーゼスを倒す】

【トウマ・カノウ 搭乗機体:ワルキューレ(GEAR戦士 電童)
 パイロット状態:良好、頬に擦り傷、右拳に打傷
 機体状況:良好
 現在位置:C-7ビル街
 第一行動方針:クォヴレーと共に仲間を探す
 最終行動方針:ヒイロと合流。及びユーゼスを倒す
 備考:副指令変装セットを一式、ベーゴマ爆弾を2個、メジャーを一つ所持しています】

【ヒイロ・ユイ 搭乗機体:M9<ガーンズバック>
 パイロット状態:健康
 機体状況:装甲表面が一部融解
 現在位置:C-7ビル街から移動
 第一行動方針:トウマの代わりにアルマナの仇打ち
 最終行動方針:トウマ、クォヴレーと合流。及び最後まで生き残る】

【二日目 1:15】





前回 第122話「仇の約束」 次回
第121話「移動・攻撃・[説得]・待機 投下順 第123話「思いを力に
第119話「戦闘マシーン 時系列順 第125話「その男 東方不敗

前回 登場人物追跡 次回
第104話「車上の戦い、そしてヘタレ クォヴレー・ゴードン 第139話「冥王と巨人のダンス
第104話「車上の戦い、そしてヘタレ トウマ・カノウ 第139話「冥王と巨人のダンス
第100話「山間の戦い ヒイロ・ユイ 第153話「二人の復讐者


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最終更新:2008年05月30日 05:48