守りたい“仲間”
一つのエリアのほとんどを占める広大な基地の中、戦闘によって抉られた格納庫を後にし、通路を駆ける二つの影がある。
基地の通路に響くのは二つの駆動音と足音だけだった。
先を行くのはレドームが特徴的な機体、D-3だ。
残された左腕にハンドレールガンを握り締めるD-3に続き、シャープな外見の機体、レイズナーが行く。
D-3が先行しているのはその乗り手、イサム・ダイソンの意志だった。
レイズナーのパイロット、木原マサキは守るべき存在だ。
このふざけた
バトルロワイアルから脱出し、あのいけ好かない仮面野郎をぶっ倒すために、マサキはいなくてはならない。
そしてそれ以上に、イサムはマサキを守りたかった。
賢しい打算や損得といったことを抜きにしても、イサムはマサキを守ろうと思っている。
マサキは仲間なのだ。
この益体もないゲームで、イサムは多くの人間と出会ってきた。
殺し合いを強要されるゲームだというのに、いや、だからこそ、見ず知らずの者とも手を取り合うことができた。
ホシノ・ルリ、アクセル・アルマー、木原マサキ、テンカワ・アキト、ヒイロ・ユイ、司馬遷次郎。
ほとんどが、命を落とした。
アクセルは無事だろうか、とイサムは思い、それを願いに変える。
無事でいろよ、と。
もう仲間を失いたくはなかった。短い間でも共に過ごした仲間を、これ以上無くしたくはなかった。
だからイサムはアクセルの無事を願う。そして今は、仲間を失わないために出来ることがある。
マサキを守る。何としてでも、必ず、俺がマサキを守る。
絶対に、守る。殺させはしない。
イサムは自覚していない。自分の精神が疲弊し切っていることに。
殺し合いの強要、命を握る首輪、仲間の喪失。繰り返される悲劇に、彼の心には疲労が蓄積されていた。
マサキを守ろうとすることに縋らなければ、自分を保つことができないほどに。
そのことに気付かないまま、イサムはD-3を駆る。もはや解析室のすぐ側まで来ていた。
レーダーに目をやれば銀色の機体、アルテリオンが前方にいることを把握できる。
イサムがハンドレールガンを構えた、その直後。
正面から、一条の光が飛んできた。空気を穿つような、細く鋭い光は真っ直ぐ向かってくる。
「マサキ、避けるぞ!」
イサムは叫ぶと同時、D-3の身を跳ばす。直後、D-3のいた場所を光が貫いていく。
レイズナーに着弾しなかったことを確認して、バーニアをふかしながら着地。
銀の流星の接近に備えてハンドレールガンの銃口を突き出す。
「この、いい加減にしやがれ!」
トリガーを引く。ノズルから吐き出される銃弾はしかし、アルテリオンの装甲を掠めることすらなく壁に吸い込まれた。
舌打ちをして射撃を止める。無駄弾は撃てない。
「試させてもらうぞ。こいつの性能をな!」
オープンチャンネルでばら撒かれた男の声、ロイ・フォッカーではない声にイサムは驚愕する。
「てめぇ、生きてやがったのか!」
言い返すイサムに答えたのはパイロットではなく、アルテリオンのツインGGキャノンだった。
マズルフラッシュと銃声を伴い、弾丸が飛来する。それを回避しながら、イサムはなんて野郎だと思う。
捕虜にしていた男、ヤザン・ゲーブル。
格納庫に拘束されていたはずのヤザンが生きているということは、機動兵器の戦闘に生身で巻き込まれながらも生き延びたということだ。
更にどんな方法を使ったのかは知らないが、フォッカーを殺害し機体を奪うことに成功している。
危険な男だと再認識する。フォッカーよりも遥かに危険だと、イサムの頭が警鐘を鳴らしていた。
『イサムさん! ここで戦うのは――』
「分かってるッ! 引っ張るぞ!!」
マサキの通信を遮り、もう一度ハンドレールガンを撃つ。その弾道を縫うように、レイズナーがレーザード・ライフルを撃つのが見えた。
レイズナーの転進に合わせ、イサムもアルテリオンに背を向ける。当然、ジャマーを稼動させることは忘れない。
「マサキ、格納庫に着いたら二手に別れるぞ。俺が奴を引きつける。その間に補給を済ませて戻って来てくれ」
レーダーで後方を確認しながら、マサキに通信を送る。通信機の向こう、マサキが息を呑む音が聞こえた。
『危険です! 囮なら僕がやります。レイズナーの方がD-3より速い!』
イサムは不謹慎にも喜びを感じる。マサキの発言から、彼も自分を仲間だと思ってくれていると、そう実感できたからだ。
それを表すように、イサムは小さく笑い、軽口を叩くように返す。
「俺の腕を舐めるなって。それにジャマーもある。だから大丈夫だ。心配するな」
マサキの答えはすぐに返っては来ない。ちらりとレイズナーの様子を窺うと、半透明のキャノピーの中、思案するマサキが見えた。
その姿から目を離し、何か言ってやろうと口を開く。その声が出るよる先、通信機からマサキの返答が来た。
『……分かりました。必ず助けに戻ります』
言って、レイズナーが加速する。頼もしい答えに、イサムは頷いてレーダーを確認した。
「……ヒイロを殺した奴らは動かなくなってる。大丈夫だと思うが、気をつけろよ」
そう言って、フォッカーが開けた穴からレイズナーが格納庫に入るのを見送る。
そして、D-3は急制動をかけてターンした。
肉薄するアルテリオンに向けて、イサムは叫ぶ。
「俺が相手をしてやるよッ!」
D-3が格納庫に入るのと、アルテリオンがGアクセルドライバーを構えるのは、ほぼ同時だった。
Gアクセルドライバーを避けて格納庫へ消えたD-3を追って、ヤザンはアルテリオンを進ませた。
向き出しとなった夜空から降る月光が、銀の機体をたおやかに照らしてくる。
いい機体だ、とヤザンは思う。
可変型アーマードモジュール、YAM-008-2アルテリオン。
可変型の機体には慣れている。もともといた世界で、彼の愛機は可変型モビルスーツだったのだから。
機体の特性もモビルスーツに近く、龍王機やグルンガストよりも扱いやすさを感じていた。
そんな機体を得たヤザンに啖呵を切るのは、先ほど苦渋を舐めさせられた相手の片方だ。
「いい度胸じゃねぇか」
格納庫から遠ざかっていく機体を追うのは後でいい。狩りは後でも十分に楽しめるのだ。
「借りを返させてもらうぜ!」
言って、ヤザンはアルテリオンを突っ込ませた。牽制のGGキャノンを撃ちながら距離を詰めようとする。
だが相手はバーニアをきめ細かく操作し、うず高く積まれた瓦礫に隠れながら、ある程度の距離を保ちつつ回避を行う。
決して反撃は行わず、ただひたすら回避と防御に徹する相手を見て、ヤザンは不愉快そうに眉根を寄せた。
こいつは囮だとヤザンは判断する。だが、もう一機を追う気にはとてもならなかった。
まずはこいつ、自分を負かせた奴を倒すことの方がヤザンには価値があったからだ。
それなのに、相手が逃げてばかりでは面白味がない。つまらなそうに、ヤザンは鼻を鳴らした。
「さっきの威勢はどうした? 貴様は一人では戦えないのか? 随分臆病者だな」
ヤザンは通信機に向けて声を投げる。嘲笑うように挑発してやるが、相手は乗って来ない。
その態度に、ヤザンは意外さを覚えた。
ヤザンは思い出す。
ヤザンの足を折った奴、ヒイロ・ユイは冷静に見えた。だがもう一人、イサム・ダイソンは直情的なはずだ。
そして今、目の前にいるのがイサム・ダイソンなのは間違いない。挑発に乗ってくると、そう確信していた。
「俺にはいんだよ。信頼できる、仲間がな。一人で戦ってるわけじゃねぇんだ」
イサムの声が返ってくる。オープンチャンネルで響くその声を聞いて、ヤザンの口に笑いが込み上げてきた。
ヤザンはそれを抑えようともしない。通信機が笑い声を拾い、それが外に漏れてもイサムは何の反応も見せなかった。
「そうかい。ならば殺ってやるよ。仲間が戻ってくる前にな!」
アルテリオンをCFに変形させるヤザン。Gアクセルドライバーを左右交互に撃ちながら、GGキャノンを連射しながら突撃をかけた。
アルテリオンのスラスターが光を増し、陽炎と残響を残しながら機体を前へ飛ばす。強烈なGさえ、ヤザンには心地よい。
D-3の逃げ道は後ろ、あるいは上。
さぁ、どちらへ逃げる?
胸中で問いかけたとき、D-3が少し膝を曲げ、そのバーニアの光が下へ落ち始めた。狩人の目つきで、ヤザンはそれを捉える。
D-3が宙に浮くより早く、ヤザンはアルテリオンの機首を引き上げた。上向きになったアルテリオンは、軌道を斜め上に変えて前に行く。
銀のボディが夜気を裂いて高い風鳴りを立てる。鳥の鳴き声のような音を引きつれたアルテリオンは大鷹のように飛ぶ。
その行く先にあるのは、暗い宙と、爆炎を受けて焼け焦げた天井の残骸がある。
それだけ、だった。
D-3は、上がってきていない。
D-3はバーニアの角度を変え、アルテリオンの真下を潜るようにして正面へと向かっていた。
単純なフェイントを経て、ヤザンの突撃をかわすD-3。
しかし、ヤザンは表情に浮かぶ笑みを深くした。
「甘いんだよ!」
叫び、ヤザンは180度ロールを行う。背面姿勢となった状態で、上向きの機首を思い切り下へ向けた。
アルテリオンの軌道が急激に下へ曲がるが、構わずヤザンはスラスターを全開にする。
急降下と言える速度で落ちる流星は、円のような軌跡を描いて飛ぶ。
地面スレスレで正面に戻ったアルテリオンは、D-3の背後を取った。
スラスターの出力を弱め、アルテリオンはすぐさま変形。
DFになることで生まれた強烈な空気抵抗が速度を削ぐが、再びスラスターの出力を上げて空気を破っていく。
「その鬱陶しいレドームからやらせてもらうぞ!」
アルテリオンから二本の光剣が伸びる。それを察したD-3がバーニアの光を強くするが、距離は縮まるばかりだ。
アルテリオンは止まらない。飛べない獲物を上空から狩るように、
D-3のレドームへとソニックセイバーを突き立て、乱暴に引き裂いた。
レドームを切り裂き、距離を取るアルテリオンをイサムは睨みつける。
DFのまま空中で静止したアルテリオンは、そんなイサムを見下すようにメインカメラを向けてきた。
「これで終わりだな」
レドームを無残に切り裂かれたD-3の中、イサムは降りかかる声を聞く。
彼はそれに答えることなく、D-3の損傷チェックを行う。
レーダー、ジャマー、サブカメラが完全に死んでいる。五感のほとんどがなくなったようなものだ。
イサムは苛立ちを隠せず舌打ちをする。バルキリー乗りであるイサムにとって、あの芸当を予測出来なかったわけではない。
しかしまさか、折れた足であれだけのことをやってのけるとは思わなかった。
油断だ。こうなったのは自分の油断のせいだ。
だが、後悔などしている暇はない。それにまだ、後悔するには早い。
まだ自分は生きている。D-3も動く。
そして、まだマサキは生きているのだ。
アルテリオンがミサイル――CTM-07プロミネンスを放つ。尾を引きながら向かってくる2基のミサイルを見ながら、イサムは呟いた。
「へっ、ジャマーを潰したら早速ミサイルかよ」
彼は、その軌道を見据える。もともといた世界で、ミサイルを相手にすることは多かった。
対処にも、慣れている。
「舐めんじゃ……ねぇッ!!」
イサムは吼え、バーニアを一気に開いて前へ駆ける。読んでいたかのようにGアクセルドライバーが撃ち込まれるが、右に跳んで回避。
そのままバーニアの向きを操作し、瓦礫を跳ね飛ばしながら右へ一気に移動する。その勢いのまま壁へと近づき、壁沿いに前へ突っ走る。
そうすれば後ろで聞こえるのは二重の爆音だ。D-3を追ってきたプロミネンスは壁に衝突し、噴煙を巻き上げて壁に穴を開けた。
アルテリオンの攻撃は止まない。上空、悠然とGアクセルドライバーを構えるアルテリオンから、再度プロミネンスが発射される。
その軌道は、壁沿いに疾駆するD-3を迎え撃つ動きだ。D-3の正面から、プロミネンスが向かってくる。
イサムはまたもバーニアを操作する。繊細に、丁寧に。そして素早く。
壁から離れるD-3の移動先に、Gアクセルドライバーの狙撃が来る。それはD-3の破損したレドームを更に貫いた。
完全に制空権を握られたままの戦いの中、イサムは思う。
レドームがやられ、ハンドレールガンの弾数も僅かな今、D-3はもう戦えない、と。
時間稼ぎすら厳しくなってきた、と。
だがイサムは諦めない。生まれそうになる絶望や恐怖を焼べ、闘志の炎を燃え上がらせる。
このまま戦うのが厳しいのならば。ならば、せめて。
――あいつに傷くらい負わせてやるッ!!
イサムはバーニアの光を最大限まで強くしながら、瓦礫の散らばった床を思い切り蹴った。
D-3が、跳ぶ。
後方、プロミネンスを引き連れて上昇する。銀の流星に向けて、ひたすらに空へと近づいていく。
アルテリオンが下がり、そして上昇しながらGGキャノンを放つ。連射された弾丸が腹部装甲に直撃しても、イサムは構わない。
遠くなったアルテリオン。だがイサムはそれを追おうとするのではなく、バーニアを急激に停止させた。
イサムの体が強烈な慣性に引っ張られる。それに耐えながら、イサムは落ち行くD-3の身を捻らせ、そして見る。
追ってきていたプロミネンスがD-3の脇をすり抜け、真上へ飛んでいくのを、だ。
プロミネンスがそのままアルテリオンに当たるなどと、そんな都合のいいことは考えていない。
相手がそんな馬鹿なら、最初から苦戦などしない。
イサムは、再度バーニアに火を灯す。
落下するD-3が一時空中で静止し、再度上昇していくのを感じながら、イサムはD-3の左腕を上へと突き上げた。
ハンドレールガンのトリガーを引いて、躊躇わず発砲する。
狙いは行き場を失ったプロミネンス。撒き散らされる銃弾はプロミネンスをまとめて爆散させる。
2基分の爆炎が、メインカメラに広がっていく。そこに、イサムは突っ込んだ。
「おおおおおおッ!!」
爆音の中、イサムは吼える。弾切れを起こしたハンドレールガンを投げ捨て、空になった左手でアザルトナイフを逆手に握り、振りかぶる。
爆炎を、抜ける。眼下にいるのは銀の流星。
炎の雲を越えたイサムは流星の上を取る。アルテリオンがGGキャノンを乱射しつつソニックセイバーを構えようとするのが見える。
「遅せぇッ!!」
バーニアを逆噴射し、落下の速度を上げ、アザルトナイフをアルテリオンへと振り下ろす。GGキャノンでは止められない。
いける。
イサムが確信した、その瞬間。
アザルトナイフを持つ左手に、一筋の青いレーザーが直撃した。
アルテリオンの射撃ではない。通路側からの正確な射撃が、D-3の手からアザルトナイフを吹き飛ばしていた。
イサムは驚愕に目を見開く。
撃ったのが誰か。イサムがそれを確認するより早く、アルテリオンのソニックセイバーがD-3の胸部を薙ぎ払うのが見えた。
D-3が激しく揺れ、予想外の落下が始まる。
その衝撃で、イサムの意識はブラックアウトした。乱入者の正体を、知ることのないまま。
解析室とは逆方向へ伸びる通路の中、レイズナーは走っていた。格納庫から遠ざかりながら、木原マサキはレーダーに目を向ける。
後方、格納庫から1つの機影が近づいてきているのを確認し、マサキはレイズナーの足を止めてそれを待つように振り返った。
レイズナーが背を向けた方向には閉ざされた扉がある。補給ポイントのすぐ側に繋がる扉だ。
D-3を撃ったのは、これ以上イサムは使えないと判断したからだ。電子戦を行えないD-3など邪魔でしかない。
格納庫から遠ざかったのは、相手の出方を窺うためだった。相手がこちらを追い、襲撃してくるなら返り討ちにしてやればいい。
イサムが時間を稼いでいる間にレイズナーの補給は済ませた。消耗した相手に、負ける要素はない。
だが、それはマサキの望むところではない。もう手駒が残っていないのだ。
ここに集った者たちのうち、ほとんどが死亡した。
ヒイロ・ユイに司馬遷次郎、ロイ・フォッカー。
外の静けさと、別れ際にイサムが言った言葉から、ヒイロを殺したとかいう二人組も死んだのだろうとマサキは判断する。
残ったのはマサキ自身と、もう1人。なんとしてでも利用したいと考えていたとき、コクピット内にレイの声が響いた。
「ターゲットノ接近ヲ確認」
ふむ、とマサキは頷いてレーザード・ライフルを構える。
姿を見せたアルテリオンはこちらにGアクセルドライバーを突きつけ、そのまま一定の距離で移動を止めた。
撃ってこない。
その事実に、マサキは内心ほくそ笑む。
「どうした、撃たないのか? 貴様はこのゲームを楽しんでいるのだろう?」
「……貴様、ただのガキではないようだな。奴を撃ったのは何故だ? 俺を助けたつもりか?」
「違うな。使えないクズを処理しただけだ」
「ほぅ……なるほど、な」
通信機越しに聞こえる相手の声に、含み笑いの気配をマサキは感じ取った。
それはマサキの望む、確かな手ごたえだ。だから彼はキャノピーを開け、言い放つ。
「取引をしないか? 戦わせてやるぞ。貴様を、この俺の下でな」
高らかなその物言いは、秋津マサトのような弱々しいものではなく。
冥王木原マサキの、尊大な口調だった。
首輪を解析し、このゲームからの脱出を考えている。
交わされた筆談から分かったその事実に、ヤザンはあまり興味を示さなかった。
命の奪い合いを好むヤザンにとって、このバトルロワイアルは楽しいものだったからだ。
マサキが提示したエサよりもむしろ、ヤザンは木原マサキという男に食い付いていた。
打算的で野心的。
目的のためには手段を選ばず、利用できるものは利用する。
それが例え、戦闘狂であっても。
それが例え、牙を剥く可能性のある相手であっても。
面白い、とヤザンは思う。
首輪の解析などどうでもいい。外せればそれで構わないし、外せないならばマサキも殺し、優勝すればいいだけの話だ。
「貴様は歯向かう奴らと戦うだけでいい。徒党を組んでいる奴らも少なくないからな」
ヤザンに出された要求は、マサキを守り戦うこと。場合によっては、マサキと共に戦うこと。
下らない正義や善意を振りかざす奴と共に戦うのは虫唾が走る。だがこのような男とならば、更に戦いが楽しめそうだ。
十分だった。ヤザンに断る理由はない。
「いいだろう。やってやろうじゃないか。ただし――」
ヤザンは言う。その顔に、愉悦を浮かべながら。
「後ろから撃たれる覚悟くらいはしておくんだな」
イサムはゆっくりと目を開ける。
瞼を持ち上げたはずなのに、あたりは真っ暗で光は見えなかった。
背中に感じるシートと手の中にある操縦桿の感触で、自分がコクピットの中にいるということをなんとか判断できた。
そこはやけに静かで、聞こえる音は自分の微かな息遣いと弱々しい拍動の音だけだった。
口の中に広がる粘ついた鉄の味が不愉快だ。それをごまかそうとするかのように、イサムは声帯を震わせる。
「マギーちゃん……動けるか……?」
予想以上に掠れた声に驚きを感じながら、イサムは返答を待つ。
だが何の声も、音も返ってこない。その静けさが不安で、イサムは口を開き続ける。
「無理、か。俺ももう、動けそうにねぇや……畜生……」
D-3のAIナビ、マギー。それもまた、イサムがバトルロワイアルで出会った仲間だった。
「ルリちゃん、アキト、ヒイロ。俺ももう、そっちへ逝くことになりそうだ」
出会った仲間の顔を思い浮かべながら呟かれるイサムの言葉は、闇に溶けて消えていく。
「アクセル。無事なら、マサキと合流して、守ってやってくれ」
イサムはもう、自分が目を開けているのか閉じているのかすら分からなかった。
「悪い……。もう俺、お前を守ってやれねぇみたいだ。本当、悪ぃな、マサキ……。無事で、いやがれよ」
かけがえのない仲間、失いたくない仲間。イサムにとって、守りたかった仲間。
木原マサキに届かない呟きを最後に、イサムの口は完全に閉ざされた。
静かで、暗くて、何もない世界。
イサムはその中で、1人の女性を見る。黒髪の、よく知った女性。
ミュン・ファン・ローン。
イサムは操縦桿から手を離し、ミュンへと伸ばそうとする。
真っ直ぐ、真っ直ぐ。震える手を、前へと。
ミュンへと向かうその手はしかし、彼女に触れる前に、だらりと落ちる。
薄れゆく意識の中、イサムは胸中で呟く。
――ガルド、お前もいやがるんだろ、この会場に。生き延びて、生き残って。ミュンのこと、頼んだぜ。
その言葉が終わると同時、ミュンの姿は見えなくなって、そして。
イサム・ダイソンが動くことは、なくなった。
【木原マサキ 搭乗機体:レイズナー/強化型(蒼き流星レイズナー)
パイロット状態:絶好調
機体状態:左腕断裂 背面装甲にダメージ
現在位置:G-6基地(通路)
第一行動方針:マシンファーザーのボディを解体し、解析装置と首輪残骸の回収
第二行動方針:マシンファーザーの解析装置のストッパー解除
第三行動方針:首輪の解析、及び解析結果の確認
最終行動方針:ユーゼスを殺す
備考:マシンファーザーのボディ、首輪3つ保有。首輪7割解析済み(フェイクの可能性あり)
首輪解析結果に不信感】
【ヤザン・ゲーブル 搭乗機体:アルテリオン(第二次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:全身打撲、右足骨折(鉄パイプを当て木代わりに応急処置済み)
機体状況:各武装の弾薬を半分ほど消費
現在位置:G-6基地(通路)
第一行動方針:アルテリオンの補給
第二行動方針:マサキの護衛。マサキに歯向かう者の排除
最終行動方針:首輪解析に成功すれば主催者打倒。失敗すればゲームに乗り、優勝】
【イサム・ダイソン 搭乗機体:ドラグナー3型(機甲戦記ドラグナー)
パイロット状況:死亡
機体状況:リフター大破 レドーム大破 装甲に無数の傷
アザルトナイフ一本、ハンドレールガン消失 胸部断裂 マギー沈黙
現在位置:G-6基地(格納庫) 】
【二日目 21:25】
最終更新:2025年02月16日 03:22