Niðhoggr(後編)


「…なんとか間に合ったか。マサキ、大丈夫か?」
基地内へと逃れ、通路で歩みを止めたイサムは、レイズナーへと通信を入れた。
「はい…すいません。助かりました」
「バカ、謝る事じゃねぇよ。仲間だろ?」
そう言って、かすかな笑いをその表情に浮かばせながらレイズナーを小突く。
レーダーを見れば、アルテリオンは格納庫から離脱していったようだ。これで、しばらくは安全だろう。
次いで、イサムはレイズナーへと視線を向ける。
「随分、手酷くやられたじゃねぇか」
左腕を失い、背面の装甲にもけっして軽いとはいえないダメージを負ったレイズナーを見遣り、呟く。
「えぇ…正直、イサムさんが来てくれなかったら、今頃は…」
そう言って、マサキは顔を伏せる。だが、その姿にイサムは言い様の無い安堵を覚えていた。
自身で言ったとおり、確かにレイズナーは手酷くやられてはいる。しかし、それでもマサキは生きているのだ。
イサムはD-3の残った左腕で、レイズナーの肩へと手を回す。
「い、イサムさん?」
その行動に、マサキは戸惑ったような声を上げた。今は、そのような声さえ心地良い。
「…やっと、守れた」
ぼそりと呟いた言葉は、マサキには届かなかった。
だが、それでいい。元より、聞かせようと紡いだ言葉ではない。
アキトの時も、そしてついさっき、ヒイロの時も、俺は誰一人守れなかった。
だけど、今。
マサキはこうして、無事に俺の前に居てくれるのだ。それの、なんと嬉しいことか。
不意に胸の中からこみ上げてきた熱いものに、イサムはレイズナーから顔を背ける。
見えないと解っていても、どうにもばつが悪かった。慌てて目元を拭い、改めてレイズナーに向き直る。
もう一度マサキの無事を喜ぶ言葉をかけようと口を開こうとして、その動きは途中で凍りついた。
D-3のレーダーに動きがあったのだ。離脱したはずのフォッカーが、移動を始めている。
「ち…フォッカーの野郎、動き始めやがった。こりゃぁ…解析室に向かってるのか?」
レーダーを見ながら、その動きをマサキに伝える。
「解析室に…?」
その言葉に、マサキは眉を潜めた。
今更フォッカーが、解析室になんの用があるというのか。先ほど考えたように、遷次郎の死に目でも拝みに行くつもりか?
いや、こちらは既にイサムと合流しているのだ。自分の動きがこちらには筒抜けだという事が解らないほど愚かな男ではないだろう。
では、一体…?

「…おい、マサキ?」
「イサムさん、僕らも解析室に行きましょう」
突如無言になったマサキに、いぶかしんだイサムが声をかける。するとマサキは、突然そんな事を言い出した。
「はぁ!?解析室ってお前、あそこは今フォッカーが向かってんだぞ?」
「だからこそ行くんです。もしあそこが破壊されれば、首輪の解析が出来なくなる。
 フォッカーさんがそんなことをする人だとは思いませんが…あの人は今、司馬さんを亡くした事で、心の均衡を失ってる。
 僕を疑って襲ってきたように、どんな行動に出るかわからないんです」
「だからってお前…大丈夫なのか?」
「…大丈夫ですよ、心配しないで下さい」
そう言ってこちらを心配そうに見詰めるイサムに、マサキは答える。
「…そうか、解った。よし、解析室に行くぞ」
「はい」
施設の重要性は、イサムにもわかっていることだった。
この首輪をどうにかしない限り、あの主催者への反抗は不可能。ならば、何があっても解析室は守る必要がある。
―――そして、同時に解析の知識を持つ、マサキのことも。
例え解析室で何かあったとしても、その時は、俺が全力でマサキを守るだけだ。
かつて、二人の仲間を失った事の無念さを誓いにかえ、イサムは声に出さずその決意を固める。
そうして解析室へと歩き出したところで、イサムはふと、あの捕虜の事を思い出した。
(そういやあいつ…どうなったんだ?)
あの男は、格納庫に監禁していた。だが、その格納庫は今フォッカーによって廃墟と化している。
あれだけの破壊のあった場所で、生身の人間が生き延びられるとは到底思えない。
(…死んだ、か)
先ほど目の当たりにした事実から、イサムはそう結論を導き出す。
出来れば情報を引き出したかったが、こうなってしまった今では、それも叶わないだろう。
とにかく、今はマサキを守る事が先決だ。
ヤザンの事を頭の隅に追いやり、イサムは既に歩き出して前を行くレイズナーを追いかけようと、D-3を発進させた。



格納庫から離脱してしばらく後、フォッカーは格納庫から程近くの死角となる倉庫の影にいた。
イサムとマサキに合流された今、一度仕切りなおしをしようとしたのだ。
「イサムが来たか、面倒な事になってきやがったな…」
倉庫の角から自らの破壊した格納庫の様子を伺い、フォッカーは呟く。
いかな死角とはいえ建物の影にはいった程度は気休めにもならない。向こうにはD-3があるのだ。
こちらの動きは筒抜けだろう。これで迂闊な行動は取れなくなった。
「…ち、敵に回すとこれほど厄介だとは思わなかったぜ」
ぼやきながら、機体の状態をチェックする。
90mmGGキャノン、CTM-02スピキュール、CTM-07プロミネンス、Gアクセルドライバー。
どれも残弾は充分だ。燃料系もそれほど消費していない。戦闘には充分耐えられる。
とはいえ、相手の場所が確認できないというのはやりにくい。
(さて、どうしたもんか…)
顎に手を沿え、フォッカーが思考に耽ろうとしたその時、不意にアルテリオンへ通信が入る。
思考を中断させられたフォッカーは忌々しそうに通信機へと目を向け―――。
「な…に?」
―――その発信元に目を疑った。
スカーレットモビル。死んだはずの、遷次郎の乗機からの通信だった。
震える指で、すぐさま通信機のスイッチを入れる。
「…フォ…ねが…ッカー君…答…がう…」
D-3のジャミングの影響か、途切れ途切れの酷く不鮮明な音声が流れ出した。
「…先生!?司馬先生ですか!?」
「…ぁ…私だ…てや…れ……析室…居る…まな…助けに…来てく……」
通信は、そこで途切れた。通信機からはもうノイズしか聞こえない。
「は…はは」
通信から漏れるノイズの音を聞きながら、フォッカーの口から掠れた声が上がる。
やがてそれは、堰を切ったような笑い声へと変化した。
「ははははははははは!!くそったれ!やったぜ、生きてた!生きててくれた!!無事だったんだ!!」
狭いコクピットの中、フォッカーは己を突き動かす歓喜のままに握り締めた拳を突き上げ、叫びを上げる。
尤も、通信で語られた断片的な言葉から察するに、遷次郎の状態はけして良好とは言えないようだ。
だが、それでも生きていてくれた。
ならば、まだ自分達には望みがある。先生が首輪を解析してくれれば、仲間を集め、あの主催者を打倒することも夢ではない。
昂ぶる気持ちのままに、フォッカーはアルテリオンを離陸させる。
「待っててください、先生!今行きます!」
目指すは、解析室。ノイズ交じりの通信は良く聞き取れなかったが、確かに解析室と言っていた。
それでなくとも、遷次郎はマサキと共に解析室で首輪の解析をしていたのだ。彼がいる場所は解析室と思って間違いない。
そうしてアルテリオンは、イサム達と鉢合わせする可能性のある格納庫の上を通り過ぎ、一直線に解析室へと向かう。
解析室前の通路でマサキと対峙したとき、Gアクセルドライバーで天井に空いた穴があるはずだ。
あそこから中に入れば、イサム達と遭遇する事もない。
空を翔るアルテリオンはすぐに解析室の上空へと辿り着き、先ほど自らの穿った穴に飛び込んでいく。

「先生!大丈夫ですか!?」
逸る思いは、基地に入ってからも萎える事をしなかった。
速度を落とす事無く壁に床に機体を擦りつけながら、フォッカーは解析室への扉を開ける。
だが、返事は無い。無人の解析室で、ただ無機質にいくつかのウィンドウが開いたモニターがフォッカーを出迎える。
「先生…!?何処です、司馬先生!」
部屋中を見渡しながら、遷次郎の姿を求めてフォッカーが声を張り上げた。
ふと、視界の隅に開け放たれたままの人間サイズの扉が見える。
そして、その向こう側。
小さく死角に切り取られた風景のその先に遷次郎の乗機、スカーレットモビルがあった。
「先生ッ!」
言いながらフォッカーはシートのベルトを外し、アルテリオンから飛び降りる。
高所から着地した衝撃に痺れる足を叱咤してスカーレットモビルへと駆け、そして扉を潜ったその瞬間―――。
「が…ぁッ!?」
―――突如として、フォッカーの後頭部を衝撃が襲った。
抗う事も叶わずに地面へと倒れ伏し、状況も理解できないまま起き上がろうとするフォッカーの背中へ、更なる衝撃が降りかかる。
その衝撃は留まる事を知らず、フォッカーの体を頭とも言わず、胴とも言わず幾重にも降り積もっていく。
(なんだ…何が起こった…!?)
激しい痛みに晒されながら、必死にフォッカーは状況を理解しようと考える。
そういえば、イサムは新しく反応があった二人の参加者にヒイロが殺されたと言っていた。
ならば、そのゲームに乗った参加者が既にここまで侵入していたということか?
マズい、なら先生が危ない。
なにせ先生はあの体だ。生身での戦いになったら、勝ち目は無い。
そうしている間にも、身体を打ち据える衝撃は止まらない。不意に、視界が紅に染まった。
頭部へと振り下ろされた一撃が、皮膚を裂いたのだ。顔を血が伝っていくのを自覚する。
(ぁ…)
失われていく血が、際限なく沸きあがる痛みが、フォッカーから思考を奪っていく。
(先生…先生を…守らなくては…)
頭の中に最後に残ったその想いに突き動かされるまま、フォッカーはスカーレットモビルに手を伸ばす。
―――先生は、俺たちの希望なんだ。
例え俺が死んでも、先生が無事ならばまだ希望はある。
死なせるわけには行かない。何があっても、あの人だけは―――。
からん、と。
視界に隅に甲高い音を立てて何かが転がった。それは、血に赤く染まった鉄パイプ。
「…ク。クック…クハハハハハハハ…ハァーハッハッハッハッハッハッハッハァッ!!!」
酷く耳障りな笑い声が聞こえる。
何処かで聞いた声だったような気もしたが、既にフォッカーにその事を考える力は残っていなかった。
(先…生……)
伸ばした手は、何も掴む事無く虚空を掻いて力無く崩れ落ちた。



鎖で縛り上げられたまま、ヤザン・ゲーブルは身動きもせずにただじっと待ち続けていた。
折られた足が酷く痛むが、だからといってのた打ち回れば骨折が治るわけでもない。
隙をついて逃げ出すためにも、今は僅かな体力の消耗とて避けるべきだ。
そうしていると、やがて機械の駆動音が辺りに響き始める。
何事だと辺りを見回してみるが、コンテナや資材に視界を阻まれ、その正体はわからなかった。
そして、次いで聞こえてきたこちらへと向かってくる足音に顔を向けると、
自分の足をへし折ってくれた少年――確か、ヒイロとか言ったか――の乗る機体が、格納庫の入り口からこちらを見下ろしていた。
負けじと睨み返してやるが、M9はこちらを一瞥すると、すぐに視線を格納庫の奥へと向ける。
「止まれ。こちらに戦意はない」
そうしてM9から発せられた言葉に、ヤザンは状況を理解する。他の参加者が現れたのだ。
思わず、ヤザンの唇が歪む。
そうだ。俺はこれを待っていた。この場で、何もおきないはずが無い。それは、予感めいた確信だった。
あの時この場にいた者達のうちの誰かが、
あるいは、今こうして現れたほかの誰かが巻き起こすであろう混乱を、俺は望んでいたのだ。
「…く」
堪えきれず、笑みがこぼれる。
さぁ、顔も名も知らぬ参加者よ、お前はここに何を成しに来た?
混乱か?破壊か?殺戮か?どれでも良い、早くその衝動を解放しろ―――!
そして、彼の望みは実現する。
「そちらに戦う意思がないなら……」
続けて言葉を紡ごうとしたヒイロの声が止まる。コンテナの向こうから、傷ついた赤い機体がM9へと襲い掛かったのだ。
始まった戦闘の余波で辺りの資材が蹴散らされ、瓦礫が舞う。
その只中で、降りかかる瓦礫に構う事も無く、ヤザンは目を見開いて二機の戦いをじっと見詰めていた。
やがて、二つの機体は争いを続けながら格納庫を後にする。戦闘の残滓の色濃く残る格納庫で、ヤザンは一人行動を開始した。
何せあの状況だ。もはや格納庫の扉に鍵は掛かっていないはず。
途中、頑丈そうな鉄骨を拾って引きずりながら、ヤザンは地面を這いずり格納庫の扉へと到着する。
先ほど拾った鉄骨を勢いよく振り上げ、扉の隙間へと叩きつける。
それを繰り返すうち、やがて閉じられていた扉は段々とその門扉を開いていく。
どうにか鉄骨の通る程の隙間を作り、ついでそこに鉄骨を差し込んで体重をかけるようにして全力で横に引くと、
ギギ、と重い音を立てながら扉の隙間は広がっていった。
かろうじて身体の通り抜けられそうなだけの隙間が出来たのを確認すると、あとは自らの身体でこじ開ける様に通路へと出る。
「…よし」
荒い息を整えながら、しかしヤザンは休む事無く辺りを見渡す。目的の物は、すぐに見つかった。
鎖で縛り上げられてここに監禁されたとき、格納庫の中にあった鎖を断ち切れそうなものは全てイサムの手で外に運び出されたのだ。
だが、イサムはそういった道具を抱えて通路にでると、すぐに戻ってきた。
自分の触れられないところにさえおいておけば大丈夫だと考えたのだろう。
通路の隅に、鋸や鑢といった道具がうずたかく積み上げられていた。
その一つを手に取り、自らを戒める鎖に宛てる。
折られた足の痛みを堪えながら、鎖を断ち切る作業を開始して数分。遂に彼を捕らえていた鎖が切断される。
手首を振り、ずっと同じ体制を取らされていた身体を曲げてほぐすと、ヤザンは今まで自分を縛り付けていた鎖を手に取り、
近くに転がっていた丁度いい長さの鉄パイプを骨折した足に宛て縛り上げる。
応急処置はこれで済んだ。先端の曲がった鉄パイプを拾い上げ、それを松葉杖代わりに立ち上がる。
よし、後は―――。
「…ちっ」
自由の身となり、これからの行動を考えようとしたヤザンは、
そこで通路の遥か彼方に見えたレイズナーの姿に舌打ちし、咄嗟に格納庫へと戻り身を隠す。
そのままやり過ごそうと考えたヤザンだったが、よりにもよってレイズナーは格納庫の前で着地し、動きを止めた。
(…マズい、こちらの様子を見に来たか?)
もし奴がこのまま格納庫に入ってくれば見つかってしまう。そうなれば、こうして訪れたせっかくの好機も終わりだ。
扉の隙間から通路の様子を窺うヤザンの焦りも知らず、蒼い機体はなにやら通信しているようだった。
確か―――あれに乗っているのは、マサキとかいうガキだったな。
相手の正体を確かめ、ヤザンは一度扉から離れようと立ち上がったところで、突如通路から激しい音が響き渡った。

(何だ…!?)
慌てて扉にへばりつき、隙間から様子を窺う。見れば、後から現れた白銀の機体、アルテリオンがレイズナーに攻撃を仕掛けていた。
放たれた弾丸を左腕で受け止め、レイズナーはあろうことかこちら側―――格納庫の扉目掛けて突っ込んでくる。
「うおお…ッ!?」
レイズナーが扉をぶち破った衝撃に、そのすぐ下にいたヤザンは倒れ伏す。
頭上をレイズナーが通り過ぎ、それを追ってアルテリオンもまた格納庫へと突入した。
「…っく…ぐ…」
倒れた衝撃に痛烈な痛みを訴える足を押さえながら、鉄パイプを拾い、立ち上がる。
幸い、破られた際に捲りあがった扉が上手くこちらの姿を隠してくれている。どうやら気付かれずに済んだようだ。
確か、あの二機は行動を共にしていたはずだが…仲間割れだろうか?
鉄パイプに体重を預けながら背後を振り返り、考える。
まぁ、そんなことはどうでも良い。ともかく見つからずに済んだのは助かった。
奴らが争っている間に、こちらも何か機体を手に入れたいところだ。
格納庫に入っていった二機を尻目に、ヤザンは格納庫を後にした。ともかく、先ずはこの二人から離れよう。
鉄パイプを地面に突き、とりあえずレイズナーの現れた方向へ歩き出す。
目的を定めぬままそうして歩みを進めていると、やがて背後から声が聞こえた。
「聞こえているだろう、マサキ!下らん鬼ごっこは終わりにしようぜ!出て来い!」
「もうやめてください、フォッカーさん!僕は司馬さんを殺していない!あれは事故だったんだ!」
その声に、ヤザンは動きを止めて振り返る。
司馬―――というのは、確かあの妙な機械のアゴジジイの事だったか。
「そうか…奴が死んだのか」
一人呟き、唇を歪める。
好都合だ、機体を奪うにも、乗り換えルールによって本来の持ち主が生きている機体は乗った瞬間首輪が爆発してしまう。
だが、あのジジイが既に死んだというならば、奴の乗っていたバイクは今誰のものでもない。
手に入れるには、まさにおあつらえ向きだ。
問題は、あのバイクが何処にあるかということだが―――。
「信用できないと言ったはずだ!いいから姿を見せろと言っている!」
「そんなことを言う人の前に姿を現せられるもんか!とにかく落ち着いてください、今は首輪の解析を何よりも優先するべきです!」
再び、背後から声が響く。先ほど格納庫に入っていったあの二人だろう。
何故奴らが争う事になったか、詳しい経緯はわからないし、知ろうとも思わない。
今の自分にとって重要なのは、あのジジイのバイクが何処にあるか、ということだけ。
そして、そのヒントは今の言葉の中にあった。
今は首輪の解析を何よりも優先するべき―――。
その言葉が意味する事はつまり、彼らがこの首輪を解析するためにここを訪れたという事だ。
司馬とかいうアゴジジイも、あの主催者への反抗をほのめかすような事を言っていた。ならば、奴は首輪を解析しようとしていたはず。
首輪を解析することが出来るだけの設備がある場所、そこに、あのバイクはある。
「…くくく」
背後から、凄まじい爆発音が響く。
だが、今度はヤザンは振り返らなかった。
最早、奴らが何をしようとどうでもいい。こちらの利となる情報は既に手に入れた。後はそこを目指し、ただ往くだけだ。
そうしてレイズナーの来た方角や壁に掲げられた施設案内図などを頼りに場所に当たりをつけ、ヤザンはその場所へと向かった。
当たりをつけた場所へと辿り着き、部屋に入ると、いくつもの端末が並び、巨大なモニターが備え付けられているのが目に映る。
成る程、確かにここならば首輪の解析も可能だろう。部屋を見渡しながら、そう考える。
だが、今の自分が求めているのはそんなものではない。部屋の中を進みながら遷次郎の乗っていたバイクを探す。
程なく、それは見つかった。見た限り、損傷も見受けられない。
「よし…」
鉄パイプを近くの端末に立てかけ、バイクにまたがる。首輪は、何の反応も示さなかった。
抱いていた僅かな危惧も杞憂であった事を悟り、ヤザンは機体を自分のものとするべくチェックを開始する。
探したが、マニュアルは見つからなかった。操作は自分の手で覚えるしかないらしい。
尤も、バイク程度なら運転することになんら障害はないのだが。

「…ん?」
ふと目に付いた見慣れぬ装置に、ヤザンの手が止まる。
いや、正確にはその装置が何であるか、ヤザンにはわかっていた。
ただ、それがバイクに装着されているという事に違和感を感じたのだ。
「ほう…こんなバイクにまでちゃんと通信機は搭載されているのか。ふん、あの仮面野郎も変なところで気を遣う」
試しにスイッチを入れてみると、通信機からはノイズが飛び出してくる。使用するのに問題はなさそうだ。
そこでふと、ヤザンはあることを思いついた。
口元に手をやり、たった今閃いた自分のアイディアが成功するかを考える。
そうして解析室を静寂が支配してしばらく。その静寂は、他ならぬヤザン自身の笑いによって破られた。
「く…ククク…クハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
折られた足の痛みも忘れ、しばしの間ヤザンは狂ったように笑いを上げる。
ようやくその笑いが収まった頃、ヤザンは端末に立てかけた鉄パイプを手に取り、スカーレットモビルを発進させた。
近くにあったドアをくぐり、扉を開け放ったまま通信機のスイッチを入れる。
通信を送るのは、あの白銀の機体の主。確か、フォッカーという名だったはずだ。
「んん…あ、あー…あ”-…」
喉に手を添えて唸りを上げ、遷次郎の声色を真似る。程なく、通信はつながった。
「フォッカー君、応答願う。フォッカー君、応答願う」
「…生…司馬…いで…か…」
返事はすぐに返ってきた。あのイサムとかいう奴の機体の影響か、音声は酷く不明瞭だ。
だが、それはむしろ好都合。こちらが遷次郎ではないという事がバレる可能性が低くなる。
「あぁ、私だ。してやられたよ、今、解析室に居る。すまないが、助けに来てくれ」
それだけ言って、通信を切る。
自然と緩む口元から低い笑いをあげながら、ヤザンはスカーレットモビルから降りて、扉のすぐ脇へと移動する。
あのフォッカーという男は、どういうわけか司馬とかいうアゴジジイを慕っていた。
先ほど聞いた会話の内容からも、遷次郎を殺された恨みでマサキとかいうガキに襲い掛かっていたようだ。
尤も、マサキの方はそれを否定していたし、真偽の程はわからない。必要なのは、奴が遷次郎を慕っていたという、その事実。
死んだと思っていた、まして、自分が慕っていた人物から唐突に通信が入れば、その安否を確認に来るのは当然のこと。
後は、そうしてノコノコ現れたあの男を殺せば、あの白銀の機体を手に入れることが出来る。
壁に寄りかかって鉄パイプを握り締め、ヤザンは呟く。
「さぁ、掛かった獲物はデカいぞ…竿を折られないようにせんとなぁ…」
程なく、頭上からバーニアの音が聞こえてくる。
思ったよりも早かったな。それだけ、あのジジイに寄せる信頼は大きかったという事か。
そんなことを考えながら、注意深く扉から解析室の中を窺う。
「先生!大丈夫ですか!?」
解析室の扉が開き、あの白銀の機体が入ってきた。
「先生…!?何処です、司馬先生!」
叫びながら、白銀の機体が辺りを見回す。
自分の目の前にあるスカーレットモビルを見つけたのであろう、その動きはすぐに止まった。
「先生ッ!」
バカの一つ覚えのように”先生”を連呼しながら、フォッカーがコクピットから飛び降りた。
邪悪にその表情を歪めて、ヤザンはフォッカーがエサに誘き寄せられるのをじっと待ち受ける。
そしてフォッカーが扉をくぐり、スカーレットモビルの前で足を止めた瞬間。
振り上げていた鉄パイプを、ヤザンは全霊を持ってその後頭部に振り下ろした。
「が…ぁッ!?」
苦悶の呻きをあげて、フォッカーが地面に倒れ伏す。その背中目掛けて、ヤザンは何度も鉄パイプを振り下ろした。
打ち据えるごとにフォッカーの動きが小さくなっていくのが解る。
振り下ろしたうちの一発が頭に当たり、ぱっと赤い花が辺りに咲いた。
更に何発か鉄パイプの打撃を加えたところで、ヤザンはすっかり赤く染まった鉄パイプを投げ捨てる。
倒れ伏すフォッカーは、もう動かなくなっていた。
「…ク。クック…クハハハハハハハ…ハァーハッハッハッハッハッハッハッハァッ!!!」
乱れた呼吸を整える事も忘れ、ヤザンは自らの思惑通りに事が運んだ事に先ほどと同じような狂ったような笑い声を上げる。
ひとしきり笑いをあげたところで、しゃがみこんでフォッカーの首筋に手をあてて脈が無い事を確かめると、
投げ捨てた鉄パイプを拾い上げた。
「悪いな…あんたの大好きな先生は、もういねぇよ」
何かを掴むかのように伸ばされたフォッカーの腕に、
血を払いがてらもう一度だけ鉄パイプを振り下ろし、ヤザンは解析室を振り返る。
そこに鎮座する白銀の流星へと歩み寄りながら、ヤザンはもう一度高らかに笑いをあげた。



【木原マサキ 搭乗機体:レイズナー/強化型(蒼き流星レイズナー)
 パイロット状態:絶好調
 機体状態:左腕断裂 背面装甲にダメージ カーフミサイル残弾無し
 現在位置:G-6基地(格納庫近くの通路)
 第一行動方針:解析室の状況を確認する
 第二行動方針:マシンファーザーのボディを解体し、解析装置と首輪残骸の回収
 第三行動方針:マシンファーザーの解析装置のストッパー解除
 第四行動方針:首輪の解析、及び解析結果の確認
 最終行動方針:ユーゼスを殺す
 備考:マシンファーザーのボディ、首輪3つ保有。首輪7割解析済み(フェイクの可能性あり)
    首輪解析結果に不信感】

【イサム・ダイソン 搭乗機体:ドラグナー3型(機甲戦記ドラグナー)
 パイロット状況:疲労
 機体状況:リフター大破 装甲に無数の傷(機体の運用には支障なし) 右腕切断
      ハンドレールガンの弾薬残り1割
 現在位置:G-6基地(格納庫近くの通路)
 第一行動方針:マサキの護衛
 第二行動方針:碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー両名の打倒
 第三行動方針:アムロ・レイ、ヴィンデル・マウザーの打倒
 第四行動方針:アルマナ・ティクヴァー殺害犯の発見及び打倒
 第五行動方針:アクセル・アルマーとの合流
 最終行動方針:ユーゼス打倒
 備考:ヤザンの事は死んだと思っている】

【ヤザン・ゲーブル 搭乗機体:アルテリオン(第二次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状態:全身打撲、右足骨折(鉄パイプを当て木代わりに応急処置済み)
 機体状況:各武装の弾薬をある程度消費
 現在位置:G-6基地(解析室)
 第一行動方針:アルテリオンの性能を試す
 第二行動方針:どんな機体でも見付ければ即攻撃
 最終行動方針:ゲームに乗る】

【ロイ・フォッカー 搭乗機体:無し
 パイロット状態:死亡
 現在位置:G-6基地(解析室)】

【二日目 20:30】




前回 第210話「Niðhoggr」 次回
第209話「考察 投下順 第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て
第218話「キョウキ、コロシアイ、そしてシ 時系列順 第216話「憎しみは正義のために

前回 登場人物追跡 次回
第201話「ミダレルユメ 木原マサキ 第228話「守りたい“仲間”
第201話「ミダレルユメ イサム・ダイソン 第228話「守りたい“仲間”
第195話「反乱軍 ヤザン・ケーブル 第228話「守りたい“仲間”
第201話「ミダレルユメ ロイ・フォッカー


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2025年02月09日 02:37