憎しみは正義のために


ガイキングの交戦から、既に30分以上が経過していた。
奴の逃げた湖を眺めながら、僕は独り、悔しさをかみ締める。
逃げられた。
剣鉄也に。リオの仇に。
あと一歩の所まで追い詰めながら……
僕は、あいつが逃げる姿をなす術もなく見ていることしかできなかった。
憎しみだけが募る――
こんな所でぼんやりしている場合じゃない。本当ならすぐにでも追いかけたいところだ。
でもジャイアント・ロボでは水中に逃げたガイキングを追うことはできない。
ロボの内部にコクピットが、パイロット搭乗のためのスペースがないから。
緊急避難用のスペースは一応あるけど、外が見えないのではどうにもならない。
もう一つ言えば、このロボにはレーダーがない。索敵には、肉眼に頼るしかない。
全く、不便なロボットもあったもんだ。
もっとも、元々レーダーなんてこのゲームじゃあってないような程度の効果しか期待できないのだけど。
それでも、肉眼だけで探すよりはまだ遥かにマシではある。
もう既に周囲は暗く、そんな中を自分の目だけであてもなく闇雲に探し回るなど、危険なだけだろう。

「ジョシュア!気がついたか!」
何やら、後ろのほうからやり取りが聞こえてきた。
さっき助けたガンダムのパイロット……ジョシュアとか言ったっけ。彼が目を覚ましたらしい。
あの後、僕はあの特機……ブライガーとかいうロボットに乗る二人に協力して、彼の救出を手伝った。
別に同情とかしたわけじゃない。ただの気まぐれに過ぎない。
あの時は、何か動いてないと、大きくなっていく憎しみに完全に呑まれそうだったから。
……あのまま心が憎悪に埋め尽くされていたら、もしかすると彼らも見境なく殺そうとしたかもしれない。
「トウマ、クォヴレー?ここは……ぐっ!」
「大丈夫か……まだ動かないほうがいい」
「すまない……」
そんな彼らを他所に、僕は再び湖へと目を移す。

あの戦いの前まで敏感に感じ取っていた、あの男の圧倒的な気配と殺意。
もちろん、それは今でも感じる。忘れたくても忘れられるものじゃない。
でも、あの時までははっきりわかっていたあいつの居場所は、わからなくなっていた。
その代わりに感じるのは……あいつが持つ計り知れない危険性。

あの時、あれだけのダメージを負っていたガイキングが、瞬く間に再生していく所を見た。
その光景を見ながら、あいつの背後にある影を、僕は感じた。
ラミア=ラヴレスの後ろに感じたユーゼスの影とはまた違う。
巨大で、禍々しい感じだった。あれは一体なんだったのか……
確かなことは、今のあいつと、あいつの持つ得体の知れない力……
そしてあいつの背後の影が、とてつもない脅威であること。
一刻も早く追いかけ、倒さなくては、とんでもないことになる。
そんな予感がする。
……今の僕には追いかけようがないのだけど。

もっと……もっと力が要る。
不便さがあるとはいえ、ジャイアント・ロボは強力だ。
あのガイキングとも互角に戦える力はある。
でも、それだけじゃ足りない。
得体の知れない、巨大な力を身につけた剣鉄也。
そして……このふざけたゲームを開催した、ユーゼス=ゴッツォ。
こいつらを殺すためには、もっと力が必要だ。
力が。敵を殺すための、力が。

「……さっきは助かったよ。ありがとう」
「――――!」
その声に、ふと我に返る。
気付けば、目の前には……ブライガーのパイロットの片方、トウマとかいう男が立っていた。
「……別に」
僕は無愛想に呟いた。
別に助けたつもりはない。たまたま状況がそうなったに過ぎない。
この連中が死のうがどうなろうが、僕には関係ないことだ。
リョウト=ヒカワ……だったな。……単刀直入に聞く。お前は、ゲームに乗っているのか?」
もう一人、クォヴレーと呼ばれていた銀髪の少年が問いかけてきた。
こっちのトウマと違って、こいつはまだ僕に対する警戒を解いていない。
ゲームに乗っているかだって?……冗談じゃない。
「僕をあの男……剣鉄也と一緒にするな」
自分の表情が一瞬だけ、醜く憎悪に歪んだのがわかった。
剣鉄也。あいつの名前を口にしたと同時に。
「!……そうか、すまなかった」
どうやらゲームに乗っていないことは理解したらしい。
同時に、僕のあいつに対する憎悪にも気付いたようだけど。

「そろそろ戻ろうぜ。リュウセイ達も心配してるだろうしな」
トウマの口から、聞いた名前が出てくる。
リュウセイ?ああ……リュウセイ=ダテか。そういえばいたっけ。
かつての仲間が無事であることを知りながら、何の感慨も沸かない。
今の僕にとっては、彼などもうどうでもいい存在だから。
「なぁリョウト、よかったら俺達と一緒に来ないか?」
突然、トウマが馴れ馴れしく誘いかけてきた。
この悪意渦巻く殺し合いの中で、しかも初めて会った人間に対して、よくそんな甘い言葉を言えたもんだ。
いや……以前の僕も似たようなものだったかもしれない。
「このゲームを潰すための目処がつきそうなんだ!あんたも、協力してくれたら心強い」
「……そうだな。今は少しでも戦力が欲しいところだ」
トウマに続き、クォヴレーまでが誘ってくる。
随分と節操のない。まるで……あの部隊だ。
「少なくともゲームには乗っていないんだろ?だったら、最終的に目指す所は同じじゃないのか?」
「……」
「あの男……剣鉄也と言ったな。
 そして奴の前に現れ、再生させた謎のガンダム……
 今の奴には何かが……俺達の想像を超えた、何か別の力が働いている……
 ……あんた一人で立ち向かうのは危険だ」
「……だから、あなた達の仲間になれ、と?」
確かに、今は少しでも力が欲しい。
ゲームを潰す目処とやらがどこまで信用できるかは怪しいけど。
でもあいつを殺すためにこの連中を利用できるのなら、この選択もあり、か。
いざという時は、弾除けや囮といった捨て駒としてでも使えばいい。
「……わかった」
僕は彼らの申し出を受ける。その返事には、やはり何の感情もこもらなかった。

「よし、そうと決まれば行こうぜ!」
トウマの明るい声が響く。
……どこか、懐かしい空気だ。
まるで……ハガネやヒリュウ改にいた頃の暖かさが、そこにあるような気がする。
軍隊とは思えない、馬鹿げたくらい人情に溢れた部隊。
そこに理由なんてない。「そういう部隊だから」としか言いようがない。
でもそんな部隊だからこそ、今こうして僕が存在している。
居心地がよかった。僕が僕でいられる場所だったかもしれない。
そう、僕もちょっと前までは彼らと同じだったんだ。

だけど、なぜだろう。
そんな暖かさが―――


無性に、苛つく。


「ジョシュアも無事だったし、リョウトに、それとさっきのセレーナって人も加えれば……
 へへ、希望が見えてきたって感じだな!」
「楽観的過ぎるぞ。だが……少しはやれるようになってきたのは確かか」

笑うな。
お前達が、笑うな。
リオはもう笑うことも、話すことも出来ないんだ。
本当なら、そうやって笑っていられるのは彼女だったはずだ。
彼女でなきゃいけないんだ。
笑うな―――

……憎しみの連鎖、という奴だろうか。
関係ないはずの彼らに対しても、言いようのない憎悪が湧き上がってくる。
やめよう。少なくとも今は、彼らを憎んだり敵対したりする必要はないのだから。

「リョウト、この湖の先の小島に、俺達の仲間が……」
「……ごめん、その前にちょっとやることがあるんだ。ちょっと待ってて」
彼らの言葉を遮って、僕は言った。
「?ああ、構わないが……」
「すぐ戻るから」
そう言って、僕はジャイアント・ロボの右足へと向かう。
「あいつは……」
「どうした、クォヴレー?」
「いや、何でもない。それより、ジョシュアはまだマシンの操縦は無理だ。
 俺達で運んでいかなければ……」




ロボの右足部分には、緊急避難用のスペースが設けられている。
その中で毛布に包まって、女の子が眠っている。
僕の一番大切な人が。

「ただいま、リオ」

返事はない。わかっている。

顔はグチャグチャに潰れ、そこには彼女の面影も感じられない。
頭の血も、既に固まってどす黒く変色してきている。
可哀想に。
辛いだろう。
でも、もう少し待ってて。
君を誰にも邪魔されない、安全な場所に連れて行く。
そう……僕達のいた世界に戻って、そこでゆっくり眠らせてあげるから。

リオの唇に自分の唇を重ねる。
冷たいな。以前の君からは信じられないくらいに。

君の温もりは……いや君の場合、熱さというべきかもしれないな。
熱い君の心は、魂は、どこに行ってしまったんだろう。
答えはわかっている。あの男が奪っていった。
剣鉄也。あいつだけは、絶対に許さない。
僕の全てを賭けて、あいつをこの手で殺してやる。
ただ殺すだけじゃない。地獄以上の苦しみを味合わせた上で、徹底的に嬲り殺さなきゃ。
そして、それが終われば次はユーゼスを……

大丈夫、心配いらないよリオ。僕はこの憎しみを闇雲に振り回したりしない。
憎悪の赴くまま殺戮を繰り返しちゃ、あの男と何も変わらないから。

この憎しみは……「正義」のために使う。
君がいつも口にしていた、君の信じていた「正義」のもとに。
そのためにも、剣鉄也は殺す。君の悲劇を繰り返させないためにも。「正義」のために。
そして君の「正義」を邪魔する者、否定する者には……容赦はしない。

じゃ、そろそろ行かなきゃ。
お休み、僕のリオ―――



【リョウト・ヒカワ 搭乗機体:ジャイアント・ロボ(ジャイアント・ロボ THE ANIMATION)
 パイロット状態:感情欠落。リオ・鉄也に対する異常すぎる執着。
         念動力の鋭敏化(現在、やや落ち着き)。クォヴレー、トウマ、ジョシュアに対し苛つき。
 機体状況:弾薬を半分ほど消費
 現在位置:F-1北部
 第一行動方針:剣鉄也を殺す(手段は一切問わない。障害は何であろうと躊躇なく排除)
 第二行動方針:クォヴレー達を利用すべく、共に行動(仲間意識は皆無)
 第三行動方針:ユーゼスを殺す
 最終行動方針:リオを守る。「正義」のために行動
 備考1:ラミアの正体・思惑に気付いている
 備考2:ロボの右足の避難スペースに、リオの遺体が収納されている】

【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好。リョウトの憎悪に対し危惧。
 機体状況:良好
 現在位置:F-1北部
 第一行動方針:仲間と共にE-1小島に帰還
 第二行動指針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:ラミアともう一度接触する
 第四行動方針:なんとか記憶を取り戻したい
 最終行動方針:ヒイロと合流、及びユーゼスを倒す
 備考1:本来4人乗りのブライガーを単独で操縦するため、性能を100%引き出すのは困難。主に攻撃面に支障
 備考2:ブライカノン使用不可
 備考3:ブライシンクロンのタイムリミット、あと18~19時間前後】

【トウマ・カノウ 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好、頬に擦り傷、右拳に打傷、右足首を捻挫
 機体状況:良好
 現在位置:F-1北部
 第一行動方針:仲間と共にE-1小島に帰還後
 第二行動指針:仲間に空間操作装置の情報を説明する
 第三行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 最終行動方針:ヒイロと合流、及びユーゼスを倒す
 備考1:副司令変装セットを一式、ベーゴマ爆弾を2個、メジャーを一つ所持
 備考2:空間操作装置の存在を認識
 備考3:ブライガーの操縦はクォヴレーに任せる】

【ジョシュア・ラドクリフ 搭乗機体:ガンダム試作二号機(機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY)
 パイロット状態:電撃による重傷。数時間はロボットの操縦は不可能。やや意識朦朧。
 機体状況:装甲前面部に傷あり。損傷軽微。計器類損傷、レーダー・通信機など使用不能。
 現在位置:F-1北部
 第一行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第二行動方針:ユーゼスの空間操作を無効化させる手段を探す
 最終行動方針:仲間と共に主催者打倒
 備考:バトルロワイアルの目的の一つ(負の感情収集)に勘付いた?】

【二日目 20:30】





前回 第216話「憎しみは正義のために」 次回
第215話「精霊の導き 投下順 第217話「兇 ―Devil Gundam―
第210話「Niðhoggr 時系列順 第219話「戦友の帰還を待ちながら

前回 登場人物追跡 次回
第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て リョウト・ヒカワ 第220話「希望という名の泥沼
第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て クォヴレー・ゴードン 第220話「希望という名の泥沼
第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て トウマ・カノウ 第220話「希望という名の泥沼
第211話「殺戮の向こうに未来を夢見て ジョシュア・ラドクリフ 第220話「希望という名の泥沼


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最終更新:2008年06月02日 16:12