last moment
「叩き潰せ、ロボ!」
張り詰めた空気が叫びによって破られた。
セレーナとその乗機との間を遮断するように拳が振り下ろされるのと同時、
リョウトはアーバレストへと向かい駆けだす。
生身の戦闘に手馴れている彼女と、まともにやり合うのはやはり分が悪い。
だが、できれば無傷で機体を入手したいのも事実。
方法は一つ、彼女をアーバレストに搭乗させない。生身で確実に排除する。
立ち上った粉塵が視界を遮るが、それも計算のうちだ。
「ロボ、僕について動け!」
リョウトの命令に、ロボがゆっくりと立ち上がる。
そのままリョウトは、自分と他の機体二機を守るようにロボを動かした。
・・・この状況で予想できる相手の動きは三つ。
粉塵に紛れこちらを襲うか、アーバレストへ向かうか、仲間を呼ぶために退くか・・・
他の機体を背にしたこの状態ならば、どの動きでも対応できる。
(さて、どう動く?こちらに来るとすれば、右か、左か・・・)
アーバレストとロボの右足の間に立つ。
左右に意識を集中しながら、対応策を思考。どちらから来てもその瞬間に殺す。殺せる。
そして微かな、本当に微かな音が・・・上から聞こえた。
「―――!?」
リョウトがその場から飛び退くよりも速くその目の前に女が降り立つ。
女に腕を取られ、そのまま一本背負いの要領で押さえ込まれる。
「チェックメイト・・・終わりよ」
操縦装置のついた右腕を極められる。
苦痛に歪んだ表情で、リョウトはセレーナの冷たい呟きを聞いていた。
「・・・どうやって、上から来たんですか?」
「ロボの拳からよ。命令と動きのタイムラグを利用してね」
セレーナの答えにリョウトは卑怯だなと口中で呟く。そして、
「取引をしませんか?」
と続けた。
「取引?素直にG-6に行くから、この手を離せって言うのかしら?」
茶化すような声色で、しかし力を緩めることなくセレーナは返す。
「違いますよ。このまま手を離して僕を自由にして欲しいという事です。
貴方に押さえつけられていたんじゃ、奴を追えないじゃないですか」
「何を言ってるのか解らないわね。そう言われて、手を離すと思う?」
「いえ。ただ、このままの状態だと余計なことまで口にしそうなんで。
例えば、G-6へ向かう理由とか・・・っ!」
リョウトがそう呟くと同時に、右腕に加えられる力が増す。
そして、セレーナは無表情にリョウトの首元に手をかけ、力を込めた。
「何をしているんだ、セレーナ!」
苦しい。掠れゆく意識の片隅に男の声が響く。
薄れ行くリョウトの視界に二人の男の姿が入る。
リュウセイと、それに支えられるように立つジョシュア。
それを見て、リョウトは・・・好都合だとほくそえんだ。
「邪魔をしないで!」
「危ねぇ!!」
「逃げろ!セレーナ!」
同時に放たれる、三人の叫び。そして、その上に更に重なるように轟音が響く。
それは、恐ろしい勢いで振り回された巨人の腕が廃ビルを倒壊させる音だった。
オートガード機能。操縦者の危機に発動するガードシステム。
緊急避難スペース内で見つけた説明書でその事を知っていたリョウトは、
自ら命の危機を招く事でシステムを作動させたのだった。
多量の破片が降り注ぎ、慌てて飛び退くセレーナ。
それを尻目に、リョウトはロボの右足へと飛び込む。そして・・・
「飛べ!ロボ!そして全弾を発射しろ!」
・・・奇しくもそれは彼が忌み嫌う悪夢が引き起こした事象と、全く同じ光景だった。
周囲の廃墟群へと撃ちこまれる数多くのミサイル。あらゆる場所で巻き起こる爆炎・・・
ロボが再び大地へと足をつけた時、その地は既に原形を留めてはいなかった。
右足のハッチを開け、リョウトは外へと降り立つ。
目の前には各部がが破損した上、横倒しになった試作2号機の姿があった。
(やりすぎたか・・・これじゃあ、機体を奪うどころじゃないな)
おそらくはアーバレストも瓦礫の下なのだろう。うまく、発見できるだろうか?
などと考えながら、周囲を見渡す。そして、彼はあるものを見つけた。
自機の方へと向かおうとしたのだろうか?
幾つかの瓦礫に埋もれたアーバレストを前に、それは倒れ伏していた。
それは、紫色の髪をした一人の女性―セレーナ・レシタール――だった。
頭からおびただしい鮮血を流しながら・・・
それでも彼女は、生命の証である微かな呼吸を繰り返している。
ただし、その下半身は荒地の中でも一際目立つ、巨大な瓦礫の下へと消えていたが。
(これは放っておいても死ぬかな・・・)
辺りへと意識を向けつつ、そう考える。そして、他の二人を探そうと身を翻し・・・
「・・・そうだ」
唐突に、その足を止めた。
「くっ・・・」
黒煙の上がる焼け野原を、ジョシュアは這いずっていた。その背後には紅い、道。
全身の傷からの出血・・・特に大きな破片の刺さった太腿からの出血が止まらない。
しかし、今、彼の中にあるのは死の恐怖などではなく、爆炎の中で散り散りになった仲間の事だった。
(セレーナ・・・リュウセイ・・・無事でいてくれ・・・)
だがその願いは、ぼやける視界に飛び込んできた、一つの光景によって破られる。
それは、瓦礫の下敷きになったセレーナと、その正面に立つリョウト・ヒカワの姿。
(なにを・・・しているんだ?)
彼はセレーナの前で何か小さな物体を弄っていたが、やがて、おもむろにその場にしゃがみこむ。
彼が手に持っているもの。霞んでしまって、よくは見えないものの・・・
ジョシュアの目には、それが腕時計のように、見えた。
(まさか・・・)
「やめ・・・」
大声で叫ぼうとして、口から血を吐き出す・・・どうやら、内蔵もやられていたらしい。
周囲の光景が、徐々に白に埋め尽くされてゆく。心なしか、痛みも消えていっているようだ。
――もう・・・駄目か
――すまない、リム、親父・・・
――俺はもう、帰れそうにも無い
――リュウセイ・・・無事でいてくれ
――クォヴレー、トウマ、後は頼んだ
そして、さいごに・・・
――イキマ・・・生き残れよ
親友への想いを胸に、ジョシュアは意識を閉ざす。
彼が最期に聞いたのは、とても微かな爆発音だった。
「・・・なんだ。これもルール違反とみなされるのか」
とてもつまらなそうな顔をして、少年はポツリと呟く。
彼の目の前には、今まで人間だったものがあった。
それから飛ぶ赤い飛沫が頬を濡らし・・・少年は心底、不快そうにそれを拭う。
(もう、ここにいる必要は無いな)
そう考えながら、彼女の腕から操縦機を取り外す。
あと二人、リュウセイとジョシュアの姿が無いのが気になったが・・・
おそらくは瓦礫の下にでも埋もれてしまったのだろう。
それに、万が一生きていたとしても、この状況では脅威ではないはずだ。
「おまたせ、リオ・・・もうすぐ、あいつを殺せるから、待っててくれ」
少女の冷たい唇に自らのそれを重ねた後・・・リョウトはロボのステップにつかまる。
「行くぞ、ロボ。奴を探す!」
少年の言葉と共に、鋼の巨人が飛び立つ。
そのまま南へと狙いを定めると・・・鬼を求め、月光の中へと消えていった。
そして・・・少年が飛び去って数分もしない瓦礫の街を、一つの影が歩く。
彼の目に映るのは地獄のような光景。二つの死体。二つの機体。
「セレーナさーーん!ジョシュアさーーん!リュウセイさーーん!」
やがて、様子を見に来たのだろう。少年のような、小さな声がその場に響く。
しかし影は、自らを呼ぶ声に振り返ることも無く・・・目の前の機体に乗り込んだ。
全身の痛みを堪えつつ、損傷が激しい機体を無理矢理起動させる。
体を覆うビルの残骸は起き上がることで薙ぎ払う。折れた左腕に激痛が走るが耐える。
計器が死んでいるが問題ない。相手は肉眼で確認できる。
そして、白い色のその機体は、手にした物を前方に向けた。
「すまねぇな、皆・・・トリガーは、俺が預かるぜ・・・」
・・・操縦桿へと重ねられた手に、幾つかの手が重ねられた気がして、彼は微かに微笑んだ。
「天上天下、一撃必殺砲だ・・・喰らいやがれ」
光。背後からの強烈な光に、リョウトは思わず振り返る。
そして・・・光の奔流に視界が霞む。必死に目を庇いながらもリョウトは叫んだ。
「回避しろ!ロボォォーーー!」
エルマがそこに駆けつけた時。そこにあったものは、姿を変えてしまった廃墟群と、二つの死体、
そして、試作2号機の中で微かな笑みを浮かべながら眠る、リュウセイ・ダテの姿だった。
【リュウセイ・ダテ 搭乗機体:ガンダム試作二号機(機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY)
パイロット状態:全身に激しい痛み、左腕を骨折、気絶中
機体状態:全身に激しい損傷、核を消費
現在位置:E-2
第一行動方針:ビッグオーの修理完了を待つ
第二行動方針:C-4、C-7の地下通路の探索、空間操作装置の破壊
第三行動方針:マイ、及び主催者打倒のための仲間を探す
第四行動方針:戦闘している人間を探し、止める
最終行動方針:無益な争いを止める(可能な限り犠牲は少なく)
備考:サドン・インパクトに名前を付けたがっている】
【ジョシュア・ラドクリフ 搭乗機体:なし
パイロット状態:死亡】
【セレーナ・レシタール 搭乗機体:ARX-7アーバレスト(フルメタル・パニック)
パイロット状況:死亡
機体状況:全身に損傷、瓦礫に埋もれている
備考:トロニウムエンジン グレネード残弾3、投げナイフ残弾2はアーバレストと共に残されています】
【二日目 22:15】
「は、はは・・・まだだ、まだ僕は死んでない・・・まだ、あいつを殺せる・・・」
右腕で両目を押さえ、必死にステップにつかまりながら、リョウトは笑っていた。
敵――ジョシュアかリュウセイか、どちらかは知らないが――の放った、最後の攻撃。
その光の奔流は、リョウトの視界を一時的に奪いはしたものの、
ロボを落とすまでには到っていなかった。
「はは、ははははははははは・・・ッ!」
勝ち誇った笑いは、リョウトが咳き込むことによって中断される。
その咳と共に吐き出された液体に、赤い色がついてる事を・・・むろん、彼は気づいていた。
あの状況で、あれだけの火力を出せる武器。
彼等の持つ武器の中で、それが出来るのは一つだけだった。
だが、しかし・・・それでも彼の笑みは消えない。
まだ時間はある。その前にアイツを殺せばいいのだ。そうすれば・・・
やがて、塞がっていた視界が徐々に戻ってくる。軽く、頭を振った後、下を覗き込む。
「リオ、ごめんね。怖かったろ、う・・・」
そこには、何も、存在していなかった。
リョウトは、声にならない叫び声をあげた。
【リョウト・ヒカワ 搭乗機体:ジャイアント・ロボ(ジャイアント・ロボ THE ANIMATION)
パイロット状態:絶叫、放射能汚染
機体状況:弾薬を全て消費、下半身消失
現在位置:E-3
第一行動方針:???】
【二日目 22:30】
最終更新:2025年02月15日 01:36