ライアーゲーム


朝焼けが照らし出す広大なG-6基地――いや、すでに廃墟といった方が正しいか。
その有様はユーゼス様からの情報以上だ。

「これは……いやはや大したものだな」

呆れた声を出す同行者、パプテマス・シロッコ。
周囲の施設のあちこちから煙が上がり、スクラップ状態のロボットが複数放置されている。
まさに負け戦の跡といったところか。
だがこの敗北者どもの骸と引換えに、価値あるものを手に入れた人間も確かに存在する。
木原マサキ。
今のところ、このフィールドで首輪の支配から抜け出した唯一の生者だ。
その男はヘルモーズの情報を受信した午前四時の時点では、クォヴレーらと共にここにいたはずだ。
レーダーに反応が無いことを考えると、やはりリュウセイ・ダテらとの合流のために移動したということか。

「さて……ではどうしたものかな?」
「……まだ時間はある。お前はここの補給ポイントに寄っていくのがいいだろう」

奴らはE-5で五時に待ち合わせをしている。
すでに現在時刻はそれをわずかに過ぎているが、待ち人が来る事はありえない。そう100%。
ならばしばらく待って、それでも来なければ何かあったと考えて捜しに出るのが普通だろう。
だがどのみちあと一時間で放送が流れ、リュウセイたちの安否はいやでもはっきりする事になる。
その前に焦って捜しに出るのは非効率以外の何物でもない。
だから不測の事態が起こらない限り、放送まではクォヴレーたちは合流地点から動くことはまずないだろう。
よって私達にはあと一時間弱の余裕があるのだ。
シロッコもそれを理解している。この男、やはり頭の回転は悪くはない。
反対する様子もなく、私が指し示した補給ポイントに向けてグランゾンを進ませていった。
さて……私には今のうちに確かめておかねばならないことがある。
私は入り口のハッチをくぐり、基地内部へとラーゼフォンを移動させた。
この基地で木原マサキが手に入れたもの……それは首輪の解析システムだ。
それについての一連の作業が行われた場所である解析室。
マサキの行動や性格を考えれば、他の人間にその情報が渡るのを防ぐために解析装置を破壊していてもおかしくはない。
むしろその方がユーゼス様の目的にとっては都合がいいのだが、なにせあの混乱のさなかでの脱出だ。
そんな余裕もなく、放置したままで脱出した可能性もある。
もしそうならば後顧の憂いを無くす為にも、装置は破壊しておかなければならない。
外の通路から見る限り、設備が破壊された様子はないが……。
私はラーゼフォンから降り立ち、解析室へと足を踏み入れた。
床に放置してある首無しの死体を足でどかし、部屋の中でぼんやりと光るディスプレイの正面に回る。そしてコンソールに表示されたデータを一目覗くと、そこには解析率70%を超えた状態で放置された『解析中』と表示されているウインドウがあった。

「やはり……確認にきて正解だったな」

そうとなれば、ぼやぼやしている時間はない。
私はコンソールに手を伸ばし、消去の操作を――、
その瞬間、部屋の外から機動兵器の駆動音が響く。

「!!」

私は解析室に設置されたレーダーを見やり、すぐ近くに機体の反応があることを確認して部屋を出た。
その青黒い巨体は間違いなくグランゾン、そしてその足元。
いつのまにか、その男はそこにいた。
パプテマス・シロッコが私の眼前に立っていた。

「……補給は終わったのか?」

「いや……だが君がどこに行くのか気になってしまってね。
私に補給ポイントの場所を教えてくれたと言う事は、この基地の構造を把握していると言う事だ。
レーダーを見ると、その君が別方向へ移動しているではないか。
どこに行くのかと、少しばかり気になってしまったのだよ。
ああ、驚かせた非礼はお詫びする。済まなかったね」

白々しい……どうする。
奴はベターマンや東方不敗のような規格外の戦闘力を持つ人間ではない。
いまここで始末することもできる……。
が、この男を殺せば、肝心のクォヴレーや木原マサキたちとの接触は難しくなる。
シロッコにはリュウセイと接触し、メッセージを預かったという事実があるからだ。
そのことを利用して仲介役を務めてもらわなければ、私はクォヴレーのグループに問答無用で攻撃される可能性が大きい。
イングラムに直接手を下して叱責された経緯もあることだ。
極力、奴ら同士で殺し合ってもらうようにしなければならない。

「…………中に入ってあれを見ろ」

シロッコは体をどかした私と入れ替わりに解析室の中に入り、ディスプレイを覗き込む。
そして大して時間をかけずにその内容を理解したようだ。
もっとも科学者としての知識がない者でもこの図を見れば、首輪の内部構造を示すものである事ぐらいは分かるが。

「ふむ。しかし……」

シロッコは自分の首輪をとんとんと指さしている。
盗聴によってユーゼス様が首輪の解析の事を知り、そのことで危機感を感じて首輪を爆破するのではないか。
そう考えているのだろう。

「心配するな。ユーゼス様はその程度のことは気にも止めない。
例え首輪が外されようとも、それだけで脱出は不可能だ。
他にも対策は用意してあるからいくらでもやらせておけばいいとおっしゃっていた。
お前も余計な事は考えない方がいいぞ」
「そうか……」

今の私はユーゼス様の命令によって殺し合いを煽る為に、シロッコを半強制的に従わせている……という役割になっている。
だから首輪によって盗聴されている会話の上ではそう演じる必要がある。
……だが盗聴された会話の上ではヘルモーズ側にそう思わせておいて、実は脱出を目指す裏切り者である。
シロッコや他の連中にはそう思わせておかねばならない。その奥にある真の目的の為に。
私は筆記用具を取り出して、『解析作業を続けられるか?』と記してシロッコに見せた。
そして同じく紙に書かれた返答は、『首輪のサンプルがあれば可能』、しかし『数時間はかかる』とのことだった。
ならば結論は明確だ。
第四回放送までの時間を逃せば、クォヴレーたちに接触するチャンスを失う。
優先順位はどちらが上かなど考えるまでもない。
施設を破壊できなかったのは悔やまれるが、どのみちもう一方の解析装置を持つ木原マサキを何とかしないことには無意味でもある。
……それにしてもこの男、まるで自分が首輪のサンプルを持っていないかのような振る舞いをしている。
私がどの程度情報を把握しているか試しているのだろうか。
そっちがその気ならここは知らない振りをしておけばいい。
わざわざ教えてやる義理は全くない。

「分かった、ならばここは後回しでいい。合流してからまた戻ってくればいいだけのことだ。
さっさとグランゾンの補給を済ませろ。奴等の後を追うぞ」
「ああ、待ってくれ。30分でいいからちょっと時間を割いてもらえないかね」
「……ギリギリだぞ。そこまでして一体何をする気だ」

するとシロッコは自分の荷物から何かを取り出した。
…………紅茶の葉?

「この最高級の素晴らしい紅茶を是非、君のような麗しいご婦人と共に味わいたいと思ってね」

……。
…………。
………………。
……………………こ の 男 は 。

「……状況が分かって言っているのか?」
「もちろんだ。こんな状況だからこそ、この奇跡的な出会いというものを大切にしたい。
 この紅茶を味わう至福の一時も、ラミア・ラヴレスという素敵な華と共に過ごせるなら、より一層素晴らしいものになると――」
「もういい。行くぞ」

私は最後まで聞く価値もないと判断し、ラーゼフォンへと乗り込むべく踵を返した。
このパプテマス・シロッコと言う男、頭が回る上に感情的になることもない。
基本的に利益供給によって言う事を聞かせればいい分、扱いやすいとも言えるが……。
この点に関してだけは、理解不能だ。
そんなに紅茶が飲みたいのか。
この殺し合いの真っ只中でもコーヒーを飲む事がそんなに大事か。
深く考えると思考にノイズが生まれそうなので、私はそれを中断した。
少し遅れてシロッコが解析室から出てくる。

「……さっさと行くぞ。紅茶を優先させるくらいなら補給は要らないだろう」
「ご機嫌を損ねてしまったかな?いや、それは済まない……」
「無駄口を叩くな。いいから早くしろ」
「……了解だ」

シロッコは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
その後、奴がグランゾンに搭乗するのを確認し、私達はクォヴレーらを追うべく移動を開始した。

■ ■ ■

「――もういい。行くぞ」

ラミアが踵を返して解析室を出て行くのを眺めながら、シロッコは内心でほくそえんでいた。
芝居か何かかと疑われなかったということは、ラミアが以前の自分の行動を把握しており、そういったイメージを抱いているという証拠でもある。
そんなイメージを持たれているというのは正直遺憾だが、それはこの際脇に置いておく。
あの女がどこまで状況を把握しているのか知りたかったのだが、自分が首輪のサンプルを所持していることを突っ込まれなかったという事実から、ある程度の推測が可能になる。
ラミアはこのフィールドにいる人間や、機体の全てを把握しているわけではないということ。
そしておそらくラミアは首輪の盗聴器から会話記録、機体から戦闘記録のデータを受け取っている。
リアルタイムで把握している可能性は薄そうだ。
ラミアの立場からしてそれではあまりに有利過ぎるし、ラーゼフォンにそのような機能があったとしても機体を奪われれば立場は逆転する。
ユーゼスから指令を受ける際に情報を受け取っている、と考えるのが妥当だろうか。

――ならばその隙を突かせてもらうとしよう。

シロッコは素早く自分が持つ首輪のサンプルを取り出し、そしてそれを解析装置に調べさせるべく、中断されていたプログラムを再スタートさせた。
これは保険だ。
何事もなくクォヴレーたちと合流して基地へと戻って来られたなら、ラミアに黙って作業を進めていた件について詫びればいいだけのこと。
だがもし予想外のトラブルが起こった場合、
ラミアや他の連中が例えば何らかの戦闘で死んでしまった場合、
そして何よりラミアが自分を裏切った場合――、

(うまくいけばそれに越した事はないのだがな……)

そう願いつつも、やはり保険はできる限り掛けておくに限る。
解析装置の再スタートを確認して、シロッコはその部屋を後にするのだった。


【反逆の牙組・共通思考】
○剣鉄也、木原マサキ、ディス・アストラナガン、ラミア・ラヴレスを特に警戒
○ガイキングの持つ力(DG細胞)が空間操作と関係があると推測
○ディス・アストラナガンがガイキングの力(DG細胞)と同種のものと推測
○剣鉄也らの背後の力(デビルガンダム)が空間操作装置と関係があると推測
○空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
○C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
○アルテリオン、スカーレットモビルのパイロットが首輪の解析を試みていることを認識
 ただしパイロットの詳細については不明
○木原マサキの本性を認識
○ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識
○再合流の予定時間は三日目朝5時、場所はE-5橋付近

【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:グランゾン(スーパーロボット大戦OG)
 パイロット状況:良好
 機体状況:内部機器類、(レーダーやバリアなど)に加え通信機も異常。照準のズレ大。右腕に損傷、左足の動きが悪い
 現在位置:G-6
 第1行動方針:E-5へ向かい、クォヴレーたちと接触する。
 第2行動方針:首輪の解析及び解除
 第3行動方針:ラミアやクォヴレーと脱出を目指す。できなければ臨機応変に動く。
 第4行動方針:リュウセイのメッセージをクォヴレーたちに伝える。
 第5行動方針:可能ならグランゾンのブラックボックスも解析したい。
 最終行動方針:主催者の持つ力を得る
 補足行動方針:十分な時間と余裕が取れた時、最高級紅茶を試したい(できればラミアと)。
 備考:首輪を1つ、トロニウムエンジンを所持。
    ラミアに疑念を持っています。
    リュウセイのメモを入手。反逆の牙共通思考の情報を知っています。
    ユウキ・ジェグナン厳選最高級紅茶葉(1回分)を所持】

【ラミア・ラヴレス 搭乗機体:ラーゼフォン(ラーゼフォン)
 パイロット状態:良好
 機体状態:良好
 現在位置:G-6
 第1行動方針:E-5へ向かい、クォヴレーたちと接触する。
 第2行動方針:ユーゼスを裏切るふりをして、ゲームを進行させる。
 第3行動方針:参加者達の疑心暗鬼を煽り立て、殺し合いをさせる。ある程度直接的な行動もとる。
 第4行動方針:グランゾンの様子を見て、用済み・もしくはユーゼスにとって危険と判断したら破壊する
 最終行動方針:ゲームを進行させる
 備考:ユーゼスと通信を行い他の参加者の位置、状況などを把握しました。(三日目4:00時点)
    首輪は持ち主の死後も位置が把握できるので、シロッコやマサキがサンプルを所持していることを知っています。
    ユーゼスはラミアの裏切りのふりを黙認しています 】

・G-6解析室において、基地の解析装置が自動でシロッコの首輪サンプルを解析中。
 あと3~4時間で作業が完了します。
【三日目5:30】





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第241話「追悼 投下順 第243話「それでも一体この俺に何ができるっていうんだ
第239話「あなたに、さよならを 時系列順 第237話「『鍵』

前回 登場人物追跡 次回
第240話「”W”スパイ パプテマス・シロッコ 第243話「それでも一体この俺に何ができるっていうんだ
第240話「”W”スパイ ラミア・ラヴレス 第243話「それでも一体この俺に何ができるっていうんだ


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最終更新:2008年06月02日 18:40