”W”スパイ


ヘルモーズからラーゼフォンのシステムを中継して直接脳内に情報が送信された。
それを受け、他の参加者の位置や状態、会話情報を整理する。
自分の主であるユーゼスとの通信で「殺し合いを煽れ」との指令を受け、ラミア・ラヴレスは今後の行動について思案していた。

まずデビルガンダム周辺の参加者はヴィンデル・マウザーを除き、壊滅。
E-1に集まった連中は、二手に分かれた。とりあえずセレーナ組とクォヴレー組としておく。
セレーナ組はラミアの仕込んだ『リョウト』という火種により崩壊した。
唯一の生き残りであるリュウセイ・ダテも虫の息といっていい。
これは前々から主のユーゼスが仕込んでおいた、『レビ・トーラー』という因子が功を奏した。
うまくいけば、このまま西にいるフォルカ・アルバークも巻き込めるだろう。
よって現段階で、ヴィンデルやセレーナ組に手を加える必要はさほどないと言える。
先に手を付けるべきは――分かれたクォヴレー組と合流したG-6の集団だろう。
だがクォヴレーとガルドは自分の正体を知っている。
その情報を集団の全員が共有しているとするなら、多少の疑心暗鬼が仲間内にあったとしても、自分という共通の敵を前にして結束してしまう可能性がある。
これでは混乱を招くどころの話ではない。主の命令も果たすことは難しい。

「――ならば私が敵でなくなればよい、か」
小さく独白し、続いて冷たく美しく通る声で己の首輪に呼びかける。
「W17でございます。ユーゼス様、お伝えしたいことがありますです」
「…………ユーゼス様は別室にてお休みですが」
ラミアと同じ、感情の無い声。
「バルシェムか。すぐにつなげ。あまり時間がない」
「…………了解しました。そうお伝えします」
素っ気無い、だがラミアたちにとっては当たり前の会話を交わして、通信は一旦途絶えた。

     *

――何故だ。どこで狂った。
高い天井、ゆったりと広がる空間。大きなソファーに深々と身を沈めながら、銀髪の男が何も無い頭上を睨む。
ここはヘルモーズのとある一室。男の名はユーゼス・ゴッツォ。
その顔をリュウセイやクォヴレーなどが見たならば、きっとこう言うに違いない。

――イングラム・プリスケン、と。

「生き残った奴等からどこまで思念を搾り取れる……もう一度やり直すか?
 いや、どちらにしろ因果律を操作するには……くっ……!」
ゼストを降臨させるには負の情念が大量に必要になる。
滅びの運命を覆すほどの意思を持つ戦士達を五十名以上も犠牲にして集めたそれは、マシュマー・セロの一撃によって、そのほとんどが虚空の淵へと消えた。
どう足掻こうとも、残りの人数だけで足りるはずがないのだ。
もう一度新たな生贄を召喚するという策もなくはない。
だがそれを可能にするシステム――クロスゲート・パラダイムシステムの動力もまた、人の念である。
空間転移だけならば人造の強念者が単独でも可能だが、因果律を操作、しかも複数を対象にするとなると、これも軽々しくできるレベルではない。
腹が減っては戦ができぬと言うように、何をするにも先立つものが無いという状況。
ユーゼスは間違いなく追い詰められていた。
その時だ。W17から至急の用だという。
こんなときに何だ、と舌打ちするも、すぐに苛立つ精神を鎮め、声だけの通信を繋ぐように一般兵のバルシェムに指示を出す。
ラミアも主の命令には忠実なバルシェムである。なのにこのような行動を取るということは、それ相応の理由が無ければありえない。
もっともイングラムやクォヴレーのように、因果律の影響などでイレギュラーを引き起こす事例もあるのだが。


「申し訳ありませんでございます。あまり時間がありませんので」
「いい。それより用件を伝えろ」
「はい。では――」


「――以上です。内容が内容だけに、許可を頂いておこうと思いまして」
「構わん。許可しよう。好きにやるがいい」
「ありがとうございますです。では――」
「ああ、W17――」
思い出したように唐突に声をかけるユーゼス。
「……何でございましょう?」
「もし本気で歯向かう気があるなら、私は一向に構わんぞ?」
「…………」
答えない。何と言っていいか迷っているのか、それとも――。
「……ご冗談を。主に歯向かうバルシェムに存在価値などありません」
「ククク……そのとおりだよ。まったくそのとおりだ、W17」
「……失礼いたします」
通信が切れ、部屋に静寂が訪れた。
静かなる空間に独り。
その顔に形容しがたい笑みを貼り付けたままユーゼスは立ち上がり、天井へ向けて手をかざした。
「――ならば人としての運命に歯向かう私に、この宇宙に存在する価値はあるのか。
 なあ、W17。いや――ラミア・ラヴレス」
ユーゼスは再び仮面をかぶる。
それは全ての拒絶の証。
人も、数多の銀河の星も、運命も、宿命も、ユーゼスは全てを拒絶する。

超神となり、全てをその手に収めるために。

     *

夜空がわずかにぼんやりと明るくなっている。夜明けが近い。
五時に合流の約束があるため、クォヴレーたちはすでにG-6を発っているかもしれない。
彼等を手駒にするために、早めに合流するに越したことは無い。
さっさとG-6にたどり着いておきたいところだ。
だからリュウセイ・ダテのことも気にはなったが、ここは基地へ向かうことを優先すべきである。
そんなことを考えつつ、パプテマス・シロッコは北へ向かってグランゾンを飛ばす。
グランゾンの力を持ってすれば、三十分とかからず目的地へ到着することなど造作もない。
……はずだったのだが。
「聞こえているんだろう、パプテマス・シロッコ。お前に話がある」
目の前には天使のお出迎え――よりもタチが悪いかもしれない、白い翼の機体を駆る女の声。
リュウセイから得た情報によれば、この女は主催者ユーゼスの息がかかった人物だ。
シロッコが北上する途中、猛スピードで北から飛来してきた。
いきなり名指しで通信してきたことといい、はじめから自分がターゲットだったのだろう。
どうする。何が目的だ?
「あいにく通信機の調子が悪くてな……よく聞こえなかったんだが」
「こちらはお前の声をはっきり拾えている。ならばこれで問題無かろう」
外部スピーカーに切り替えて話し始めた。
「……そんな大きい音で、誰か殺し合いに乗っている人物に見つかったらどうするんだね」
「問題無い。この私がユーゼス様から、他の参加者に劣る機体を支給されているとでも?」
確かに先刻飛来してきた時のスピード、グランゾンに引けをとらないサイズ等を見ても、この機体がかなり強力であることは分かる。
いや、それよりもこの女、一々隙が無い。
おまけに感情が読みづらいため、会話で何とか丸め込むにしても、かなり苦戦しそうな予感があった。


「分かった。だが今、君は『ユーゼス様』と言ったね?」
「リュウセイ・ダテから聞いていないのか?私はこの殺し合いを円滑に進めるために派遣された者だ」
いきなり自分から正体を晒すか。いや待て、リュウセイと接触したことまで知っているのか?
「色々と物知りなようだが……そんな貴女が私に何の用だね。殺し合いを進めるために協力しろとでもいうかね?」
「そこまでは要求しない。ただ一つだけ頼みを聞いてくれればいい。情報も色々と提供しよう」
「嫌だと言ったら――」
「私はお前たちの今まで行われた戦闘記録を記憶し、そのグランゾンの現在のスペックとお前の技量を全て理解した上で、こう言っている。――その意味が分かるか?」
確かに今のグランゾンの状態では、正直真正面から戦いに挑むのは避けたい。
この女はどこまで情報を握っているのか。脅されるのは癪だが、ここは従っておいたほうが得策だと思えた。
「分かった。話を聞こう。何をすればいいんだ」
「その前に場所を変える。……あの湖のほとりで機体から降りろ」
「やれやれ、降りた途端にズガン!は勘弁してほしいのだが?」
「そんなことをするぐらいなら、初めから問答無用でやっている」
「……なるほど」

     *

指定の場所まで移動した後、シロッコは言うとおりに機体を降りる。遅れて女が機体を降りて姿を現した。
「ほう……」
思わず感嘆の声を上げてしまった。その女はとても美しかったからだ。
ウェーブのかかったブロンド、長い睫に宝石のような瞳、白磁の肌。
嫌が応にも目を引くその大きな胸のふくらみは、ともすれば奇矯ともとれる。
だがすらりと伸びた手足とモデルのような身体がバランスをとって、完璧な美しさを演出していた。
もっとも当の本人は「そういう風に作られた」というだけで、それらに何の感慨も持っていないのだが。
「ではまず先に情報を提供しておこう。我々がどこまで知っているか、それを知りたいのではないか?」
「親切なことだな。ありがたく拝聴しよう」
最早まな板の鯉だ。開き直るしかあるまい。
「ユーゼス様は私の他にも何人か手駒をこのフィールドに投入している。例えばお前がリュウセイ・ダテと接触したときに、小型のロボットを見たはずだ」
「ああ……元の持ち主はセレーナとか」
「そのセレーナが手駒の一人だ。あのロボットは、そのサポートの為に特別に支給された」
「そうか。……なるほど。だがもうセレーナは死んだと聞いた」
「そのとおりだ。だがまだ他にも手駒はいる。クォヴレー・ゴードンは今は記憶を封じているが、正体は我々の技術で造られたクローン兵士だ」
「なんだと!では、記憶を取り戻せば――」
クォヴレーといえば、リュウセイの仲間でG-6に向かった人物だ。
なんということだ。全てユーゼスの掌の上も同然ではないか。これでは勝ち目など――。
「リュウセイを攻撃したレビ・トーラーもそうだ。他にもすでに死んだものを含めれば何人もいる。
 よく考えれば分かるはずだ。いきなり殺し合えと言われて、素直に聞く奴等がどれほどいるものか。
 しかも反逆の手段になり得る強力な兵器も支給されている。だのに何故こうも次々と殺し合ってしまうのか」
「全ては、ユーゼスが仕組んでいた……ということなのか」
「そうだ。そして生き残りは私たちを含めて10人前後、といったところか」
「他には?」
「まずはここまでだ。私の頼みを聞くか?」
何が頼みだ。この女の態度は『頼み』などとは程遠い。
「断るなどとは言えまい。……すでにそのつもりも無い」
「そうか。ならばこれから私と共にG-6へ向かってくれ。ひょっとしてもう合流地点に向かっているかも知れないが」


「それだけか」
すると女は懐からメモを取り出し、ある一文を書いてシロッコに見せた。

『私もユーゼス打倒に協力しよう』

「な――」
――何故、と言いかけて口をつぐむ。
『どこに今更そんなことをする必要がある?このまま殺し合いを進めればいいではないか。お前に何の利があるというのだ』
シロッコはラミアからメモ用紙とペンを取り上げ、その旨を記した文を突きつけた。

『このままでは最後の一人になるまで殺し合うことになる。
 私達も例外ではない。この首輪が証拠だ。ユーゼスにとっては私達もお前達も同じなのだ。
 例えば今、お前が私の裏切りをユーゼスに喋っても、お前自身には何の利ももたらされはしないだろう。
 あの男は私達が殺し合い、死ぬことを望んでいる。それ以外には無い。
 へつらう忠実な部下など、そういったものは一切望んでいないのだ』

その答えには一見、不自然さはない。もしこの女が味方になれば、状況はひっくり返る。
だがまだだ。シロッコはさらに詰問する。

『何故今なのだ。生存者が多い時点で行動にうつしていれば、よかったのではないのか?』

『それでは駄目だ。人数が多い時点で正体を明かせば、おそらく私は信用されないし、必要ともされない。
 情報を残らず吐かせるために、死ぬまで拷問されたかもしれない。
 今ならお前が納得したように、私の説を証明する材料は揃っている。
 そういった要素が揃う時を待たねばならなかったのだ』

「そのためにユーゼスの言うままに他の人間を陥れ、見殺しにしてきたのか?」
声に出す。女は眉一つ動かすことなくそれに答えた。
「自分と他人の価値が同じだと?」
「ハッ、正直な女性だ。だが悪くは無い。しかし――」
シロッコは笑みを浮かべた。そして言葉を続ける。
「それはあなたの言う『他人』にとっても同じことだ。もしG-6の連中があなたを許さなかったとしたら?」
「殺し合うだけだ。お前もさっきまではそうだったろう?」
そのとおりだ。ユーゼスを倒すことができないのなら、残り人数が少ない現状では、最後の一人を目指すのも可能性が低いとはいえない。
そもそも彼女を仲間にしなければ、脱出の可能性は限りなく低くなる。
それを説明しても分からない連中なら、組む価値は無いともいえる。

(しかしこの女の言うことが全て本当とは限らん。せいぜいクォヴレーたちと天秤にかけさせてもらおう)
「いいだろう。――そういえばまだ名前を聞いてなかったな」
心で爪をとぎ、だがそれをけっして顔には出さない。
「ラミア・ラヴレスだ。よろしく頼む」


――もっともそれは、こちらも同じであるのだが。


【反逆の牙組・共通思考】
○剣鉄也、木原マサキ、ディス・アストラナガン、ラミア・ラヴレスを特に警戒
○ガイキングの持つ力(DG細胞)が空間操作と関係があると推測
○ディス・アストラナガンがガイキングの力(DG細胞)と同種のものと推測
○剣鉄也らの背後の力(デビルガンダム)が空間操作装置と関係があると推測
○空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
○C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
○アルテリオン、スカーレットモビルのパイロットが首輪の解析を試みていることを認識
 ただしパイロットの詳細については不明
○木原マサキの本性を認識
○ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識
○再合流の予定時間は翌朝5時、場所はE-5橋付近

【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:グランゾン(スーパーロボット大戦OG)
 パイロット状況:良好
 機体状況:内部機器類、(レーダーやバリアなど)に加え通信機も異常。照準のズレ大。右腕に損傷、左足の動きが悪い
 現在位置:G-8
 第1行動方針:G-6基地への移動
 第2行動方針:首輪の解析及び解除
 第3行動方針:ラミアやクォヴレーと脱出を目指す。できなければ臨機応変に動く。
 第4行動方針:リュウセイのメッセージをクォヴレーたちに伝える。(G-6にいなければ後回し)
 第5行動方針:可能ならグランゾンのブラックボックスも解析したい。最終行動方針:主催者の持つ力を得る
 補足行動方針:十分な時間と余裕が取れた時、最高級紅茶を試したい
 備考:首輪を二つ、トロニウムエンジンを所持。
    リュウセイのメモを入手。反逆の牙共通思考の情報を知っています。
    ユウキ・ジェグナン厳選最高級紅茶葉(1回分)を所持】
【ラミア・ラヴレス 搭乗機体:ラーゼフォン(ラーゼフォン)
 パイロット状態:良好
 機体状態:良好
 現在位置:G-8
 第1行動方針:ユーゼスを裏切るふりをして、ゲームを進行させる。
 第2行動方針:参加者達の疑心暗鬼を煽り立て、殺し合いをさせる。ある程度直接的な行動もとる。
 第3行動方針:グランゾンの様子を見て、用済み・もしくはユーゼスにとって危険と判断したら破壊する
 最終行動方針:ゲームを進行させる
 備考:ユーゼスと通信を行い他の参加者の位置、状況などを把握しました。
    ユーゼスはラミアの裏切りのふりを黙認しています 】

【三日目4:50】





前回 第240話「”W”スパイ」 次回
第239話「あなたに、さよならを 投下順 第241話「追悼
第236話「BIG-O ! Show time ! Last stage! 時系列順 第239話「あなたに、さよならを

前回 登場人物追跡 次回
第234話「ファイナルステージ・プレリュード パプテマス・シロッコ 第242話「ライアーゲーム
第223話「全ての人の魂の戦い ラミア・ラヴレス 第242話「ライアーゲーム
第223話「全ての人の魂の戦い ユーゼス・ゴッツォ 第244話「放送(第四回)


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最終更新:2008年06月02日 18:33