宿命の鎖
「出来るだけ助けを求める人の力になりたいんです!」
プレシアが鼻息荒く宣言したのは3時間前だ。二回目の放送が流れ、新たな犠牲者の名前が読み上げられるのを聞いたプレシアは、
この忌まわしきゲームに巻き込まれて困っている人間を助けたいと言い出したのだ。ガルドは時間をかけて、丁寧に丁寧に説得をした。
ゲームが始まって一日も経っていないのに既に3分の1ほどの死者が出ている事から、ゲームは予想以上にハイペースだと考えられる。
それは多くの人間が殺し合いに参加しているという証左であり、プレシアが戦いを避けたいならば不用意に動くべきではない。
そもそも、プレシアは戦えないし、チーフも動力の出力が未だ上がらずとても戦闘は出来そうにない。
もしゲームに乗った人間に襲われたらどうするんだ?
しかしプレシアは譲らなかった。曰く誰もが戦いを望むわけではない、戦いは新たな憎しみを生むだけだ・・・確かに正論だ。
それに戦いが憎しみを生む事は、他でもないガルド自身が分かっている事でもある。
プレシアの意見を青臭い理想論だと感じつつも、ガルドはそれを面と向かって指摘できないでいた。
真っ向から戦いを否定するプレシアの眩しさに、一度汚れてしまった自分は引け目を感じているのかもしれない。
ちょっとした巡り合わせで助けたプレシアと過ごすうちに、ガルドは心の澱が澄んでいくようにも思えたのだ。
思いの果てに自ら戦いを選択し決定的な過ちを犯した自らの許しを、無意識のうちにプレシアに求めているのだろうか?
ならば俺は全身全霊を懸けてこの娘を守ろう、そうガルドは決意する。
すまんな、と心の中のイサムに向けてガルドは言う。俺は、俺が出来ることを今度こそ果たさなければならない。
逡巡の末、ガルドは助けを求める人を探す為、移動することに同意した。
(ボス君が、死んだなんて・・・)
陽気だけれども悪を許せない、正義感に満ちていた友人の死の衝撃は、竜馬を物思いの底に沈ませていた。
「おい!我が友よ、木にぶつかるぞ!」
ハッターに言われて現実に引き戻される。二回目の放送を聞いて居ても立ってもいられなくなった竜馬は、
半ば強引にハッターとアスカを連れ移動しているのだった。移動する方向に特に意味は無い。
ただ、今、この瞬間にも鉄也や罪の無い人々が死んでしまうかもしれない、そう思うと立ち止まってなど居られなかったのだ。
そうして2時間程、当て所の無い移動を続けていると、市街地が唐突に途切れ、目の前に光り輝く壁が見えてきた。
「何だこれは?」
左右に目をやると、光の壁は一直線に続いており、切れ目など見当たらない。
「そういえば、逃げても無駄だ、なんてさっきの放送で言ってわね」
アスカが不機嫌そうに言う。
「成る程、こういうことだったか・・・」
これからどうすべきか相談しようと横を見ると、ハッターの姿が忽然と消えていた。
「おい、ハッター!どこ行った!?」
「ハッターならその壁の中に突っ込んで行ったわよ。この壁は通り抜けられるみたいね」
と冷静に答えると、アスカは壁へとトレーラー形態のダイモスを進ませた。慌てて竜馬も後を追う。
予想に反して何の抵抗も無く通り抜けると、周囲は青々とした草原になっていた。後ろを振り返ると光の壁がそびえ立っている。
「これは、凄い技術だな!」
勢い余ったのか転んでいるハッターがそう言うのを見て、竜馬は張り詰めた気持ちが少し楽になるのを感じた。
「逃げられない、んじゃなくて、逃げても無駄だ、と言ったのはこの壁があるからじゃないかしら?
多分この壁は地図の上と下を繋げてるんだわ。現在位置はD-1だと思う」
「意外とやるじゃないか!フロイライン・アスカ!」
冷静に分析するアスカにハッターが大袈裟に驚いている。竜馬は少し考えて方針を決めた。
「よし、このまま南下しよう」
「残り時間は3時間か・・・なかなか厳しくなってきたわね・・・」
若干の焦りを滲ませてセレーナは呟いた。放送を聞いてから既に3時間が経過している。
最も大きい市街地であるA-1、B-1地区に誰か潜んでいると当たりをつけて目的地とし移動しているものの
数時間も誰とも会わないと、少しばかり心配になってしまうのは無理も無い。ECSも目立たせる為切っていた。
「どこか、一箇所に固まってるからかもしれませんね」
エルマが慰めるように言う。
「もし間に合わなかったらアンタ達のせいだからね。エルマもアルもスクラップにしちゃうわよ?」
「そんな、ヒドイですよ!」
<睡眠を取ることを進言したのはエルマです。私は睡眠が足りなかった場合の可能性を提示しただけです>
「ええっ!アルったら何言ってるの!」
エルマとアルの親しい様子にセレーナは目を細めて笑う。
「あらら~?いつの間に仲良くなっちゃったのかしら。お姉さんの知らない所で内緒話でもしてたの?」
<回答不能>
「そこだけ急に昔に戻らないでよ!」
アルが目をチカチカさせて抗議する。
「にしてもアルの声って渋いわね。この声で呼び捨てにされたら痺れちゃうかも・・・」
一人と二機が漫才を繰り広げつつも、アーバレストは北上を続ける。
剣鉄也に取って、二回目の放送は殺すべき人数が10数人減った、という以外に何の意味も無かった。
戦闘マシーンへと戻ることを選択してからおよそ8時間。鉄也は一睡もせずにガイキングの足を進めていた。
一歩一歩踏みしめる足から伝わる微弱な振動に揺られながら、ただひたすらに敵を求める。
その間、ボスの死に様を自らの永遠の枷とする為に、鉄也は何度も彼の事を思い返していた。
血の滲むような訓練の末に人間らしさを失った鉄也に、甲児やジュン、そしてボスという戦友達が居場所をくれた。
その時、彼の生きるべき場所は、戦場から皆の待つ家へと変わったのだ。
(だが・・・)
鉄也は自嘲めいた笑みを口の端に浮かべる。
(それも幻想に過ぎなかったわけだ・・・皆の優しさに触れても、結局俺の本性は変わってなかった。
あのボスが俺と同じ時間に生きたボスでなくても、あいつは掛け替えのない戦友だったのに・・・)
自分の滑稽さに笑いが止まらない。
(あいつが戦っている時、俺は全てをかなぐり捨てて助けに行く事が出来なかった。下らない考えに囚われて。
俺を信じてくれていたボスを、俺が見殺しにした。あいつは俺が殺したんだ・・・)
鉄也はボスの最期を何度も脳裏に焼き付ける。そして戦いを求める。
ガイキングが踏みしめているものが、土からざらざらとした砂になった頃、鉄也の目の前に三機のロボットが現れていた。
ガルドの目に映ったのは仰々しい恐竜の顔のようなものを腹につけた大きなロボットだった。
右腕は既に無く、身体のそこかしこに傷がある。左手は幅広の剣を持っている。どこからどう見ても、戦闘して来たことが見て取れる。
舞う砂のせいで視界が遮られていたのか、予想以上にお互いは接近していた。
逃げようと背を向ければ、相手の攻撃をまともに食らう事は確実だった。
「私はプレシア・ゼノキサスです!そちらのパイロットさん聞こえますか?」
プレシアが外部スピーカーをONにして声を張り上げる。
「俺は剣鉄也だ。貴様らが、俺の敵か」
ガイキングから低い男の声が聞こえた。まるで地獄の底から這い上がったかの如き声にガルドは畏怖を感じる。
プレシアも男の冷たい声に気勢を削がれながらも、果敢に言葉を続けた。
「違います!私達は戦うつもりはありません!あなたも戦って傷ついたんでしょう?無益な争いはやめて下さい!
私達が出来ることならお手伝いしますから・・・」
「ならば俺と戦え」
再び低い声が返ってくる。
「どうして!何故戦わなければならないんですか!」
「何故戦う?それが、俺の宿命だからだ」
そう言ってガイキングはダイターンザンバーを構える。
「我々には戦う理由が無い」
チーフがそう言うのを聞くと、鉄也は声を荒げた。
「俺は、俺を信じてくれたあいつの為に、貴様ら全員を殺さなければならない!」
有無を言わさぬ口調に、プレシアが怯む。ガルドはブラックサレナをグランゾンの前に進めた。
「見逃してはくれないのか」
「一人残らず、俺は殺す」
一片の曇りすら感じられない鉄也の声を聞き、ガルドは静かに覚悟を決め、チーフとプレシアに通信を開く。
「プレシアは南に、チーフは東に逃げろ。俺がこいつを食い止める。俺があいつに突進するのが合図だ。いいな?」
「ガルドさん、何言ってるの!?ガルドさんだけ置いて逃げるなんてできないよ!」
案の定のプレシアの反論に、チーフが口を挟んだ。
「この距離では3人とも逃げるのは無理だ。しかし一人が食い止める事が出来れば、残り二人は逃げられる。
私は戦えず、君は戦いたくない。ならばそうするしかない」
ガルドも畳み掛けるように言った。
「大丈夫だ、プレシア。必ず生き残る。約束だ」
「本当に、約束してくれる?」
「ああ。俺は約束を破ったことが無いんだ。心配するな」
俺も筋金入りの嘘付きだな・・・とガルドは自嘲する。
「ガルド、助けを連れて戻ってくる。それまで持ち応えてくれ」
チーフがそう言うと、すかさずプレシアも
「私も助けを連れてくるから!」
と叫ぶ。
「了解だ。期待している。では行くぞ。3、2、1、GO!」
カウントダウンと同時に猛然と高機動型ブラックサレナはガイキングへ向けて突進した。
東へ、東へと逃げるチーフは自らを納得させようとひたすら考えていた。
自分の判断は間違ってはいない、その一心でひた走る。
旧式のコンバーターのせいで碌に戦闘もできない自分、戦いを忌避するプレシア、そしてガルド。
戦闘できない二人を逃がす為には、ガルドが残るしかなかった。仮に自分が残っても、ガルドの足手まといになるだけだろう。
ガルドは性格的に仲間のフォローに回る事は間違いないと、出会ってからの数時間でチーフは彼を分析していた。
ならば自分には逃げる以外の選択肢が無い。一時退却して助けを見つけて戻ればいい。それで万事解決だ。
自分の目的はゲームから脱出することであり、その為には手段を選ばない。合理的だし、効率的な選択じゃないか。
しかしチーフは沸きあがる衝動を抑えられない。
合理?何だそれは。何故俺は逃げているんだ?
見た所、あのガルドに対しているパイロットは、揺るぎ無き殺意と自らの腕に対する絶対的な自信を持っていた。
ガルドも相当な手練だが無事で済む保証はどこにもない。それなのに何故自分は逃げているんだ?
既に逃げ出してから20分が経過している。今戻っても戦闘開始から40分。
機動兵器同士の総力戦が、30分以上続く可能性が限りなく低い事は経験則としてチーフは知っている。
そう、もう無駄だ。今仮に戻っても戦況には何の影響も与えられない。ならば彼の死を無駄にせず・・・
死、だと。何を考えている。ガルドが死ぬと決まったわけじゃない。いや、自分は、自分は・・・
合理、合理、合理、合理、合理、合理、合理―――
「おおッ!兄弟!探したぞ!」
聞き覚えのある声と見覚えのある姿。イッシー・ハッターがチーフの前に立っていた。後ろにはトレーラーと大型の機動兵器が控えている。
「ハッター・・・」
「この人がハッターの探してる人?」
「そうだ。マイ・ブラザー、魂の友、チーフだ!・・・ん、どうかしたのか兄弟?」
変わらない陽気なハッターの声に、チーフは考えるよりも早く気持ちを吐露していた。
「助けてくれ・・・」
プレシアはしゃくりあげながら南へと逃げていた。
(困ってる人を助けたい、なんて言っておいて何もできなかった。ガルドさんは確かに言っていたのに。
危ないから今は動くべきではない、と何度も説得していたのに。私のせいだ。私のせいなんだ。
話せば分かる、なんて思ってた。一回黒い悪魔のような機体に襲われたのに、まだ私は分かってなかった。
困ったらガルドさんがヒーローみたいに助けてくれて、一緒にどこまでも行けるなんて思ってたんだ。
でも現実は違う。ガルドさんは今も戦ってるんだ。早く助けを呼ばないとガルドさんが、ガルドさんが・・・)
必死で見回しながら進んでいると、灰色の機体がこちらへと向かってくるのが見える。
プレシアが呼びかけるより早く、通信回線が無理矢理開かれた。
「あなたはゲームに乗ってるの?」
若い女性の声だ。見かけた瞬間に撃ってくるような人間でない事に安堵しながら、プレシアは助けを求める。
「助けて下さい、お願いします。何でもしますから、おねがい・・・」
泣きじゃくりながら助けを求める女の子の声に、セレーナはただならぬ様子を感じる。
「どうしたの?落ち着いて説明なさい」
『ガルドさんが、私達を逃がす為に一人で戦ってるんです!だから早く助けに戻らないと!』
「そのガルドって人が戦っている相手は、無理矢理襲ってきたの?」
『戦いたくないって言ったのに、聞いてくれなかったんです・・・』
その答えを聞き、セレーナは素早く考えを巡らせる。
(この子の言う事が本当なら、その戦ってる相手はゲームに乗ってるのは間違いないわね)
「いいわ、助けてあげる。でも、その前に一つ聞きたいことがあるの」
『なんですか?』
「見た目だけの印象で申し訳ないけど、その機体は充分に戦う力があるように見えるわ。
ガルドさんは
大切な人なんでしょう?なのに、どうしてあなたは戦わなかったの?」
プレシアは息を飲んだ。勿論逃げたのはガルドが逃げるよう言ったからだ。
でも、それは戦わなかった理由にはならないと本当は気づいている。グランゾンの強さは、目の前で父を奪われた自分は身に染みて知っている。
この機体の操り方だって分かっている。ただ私は怖かっただけ。戦って、殺したり殺されたりするのが怖かっただけ・・・
『助けてあげるけど、助けるのはあなたじゃないわ』
答えられないプレシアに幾分冷たさを感じる声をかけて、アーバレストは走り出す。プレシアは俯いて後をついていくことしか出来なかった・・・
ブラックサレナとガイキングの戦いは始まって5分になろうとしていた。
ガイキングの攻撃をかわしながら体当たりを繰り返すブラックサレナだが、固い装甲に阻まれる。
しかも突進のタイミングを、段々と読まれて来ている事をガルドは感じていた。反応が良くなってきているのだ。
もし突進を正面で受け止められたら、どんな反撃を食らうか分からない。
熟練した鉄也と戦うには、高機動用パーツを装備した状態では攻め手のバリエーションが少な過ぎた。
「なかなかやるな。しかしそんなものでは俺は倒せん!」
「・・・それは分かっている」
そう呟くとブラックサレナは高機動用パーツをパージし、ハンドカノンを撃つと同時に滑空した。
ガイキングは左腕で防御し、すかさず目からデスパーサイトを放つが、フィールドによって捻じ曲げられる。
「そこだッ!」
フィールドを纏った体当たりが直撃するが、鉄也は自ら機体を後方にジャンプさせ衝撃を受け流す。
そしてヒット&アウェイの要領で上空へ戻るブラックサレナに向けて、腹部からハイドロブレイザーを3発放つ。
青白い火球をガルドが辛うじてかわすと、今度は後方から赤い十字手裏剣、カウンタークロスが唸りを上げて迫る。
それをハンドカノンで弾くと、今度はガイキングの左手がガルドの眼前に迫っていた。避けきれずに腹部に食らってしまう。
バランスを崩したブラックサレナを更に無数のミサイルが襲う。フィールドを張るが、実弾兵器には効果が薄く数発が直撃した。
一時のチャンスを逃さない鬼神の如き鉄也の猛攻に、ガルドは奇妙な満足感を得ていた。
(ここが俺の死に場所なのか・・・)
半ば諦めにも似た感情が心を塗りこめようとした時、不意にプレシアの声が甦った。
『本当に、約束してくれる?』
(そうだ、俺はプレシアとの約束を果たさなければならない!)
空中で態勢を立て直して各部の動作を確認する。バランスを犠牲にして作られた厚い装甲は確実にガルドの身を守っていた。
ガルドは打開策を考える。ガイキングは近距離、遠距離どちらにも対応したスーパーロボットだ。攻撃力が高く装甲も厚い。
最も破壊力のあるフィールドを張った体当たりでさえ普通に当たってはガイキングには決定的なダメージを与えられない。
むしろ体当たりという半ば捨て身の攻撃を見舞う為に生じる隙に、あちらから致命的なダメージを貰ってしまうかもしれないのだ。
見通しは厳しい。しかし、諦めてはいけない。俺は生き延びると約束したのだから・・・
そして再びブラックサレナは急降下する。食らうと同時に衝撃をずらされるなら、ずらせないように当たれば!
ガイキングが撃ったミサイルをを機体を回転させてかわし、地面と垂直になるよう一直線にガイキングへと向かっていく。
かわせないと悟ったガイキングが左手のダイターンザンバーを投擲し、ブラックサレナの左肩に突き刺さるが、
そのスピードは全く衰えないどころか更に上がっていた。急降下の猛烈なGに軋む体を歯を食いしばって抑え付ける。
「おおおおおおおッッ!」
雄叫びと共に、体当たりがガイキングの胸部を抉る。
「ぐッ・・・」
体当たりの衝撃を受け流せず食らい、コクピット内の鉄也もあばら骨が折れる音を聞いた。
ガルドは急激な重力の変化に持って行かれそうな意識を必死で止め、恐竜の如きガイキングの腹部にハンドカノンを突っ込み
遮二無二乱射した。ガイキングの武装の多くは腹部から発射されており、ここを壊せば相手の攻め手は一気に無くなる。
連続する衝撃の中、鉄也は激痛に顔をしかめて操縦桿を握る。
「あいつが、ボスが信じてくれた剣鉄也は、ここで負けたりはしない!」
ハンドカノンの衝撃に耐えながら、左手でブラックサレナの左肩に刺さったザンバーをしっかりと握り、角を押し付ける。
「パラァァイザァァァァッ!」
押し付けられた角からブラックサレナに高圧電流が流される。電流は機体を駆け巡り、機器を焼き、ガルドの体を焦がす。
「がぁぁぁああああっああああ!」
ガルドの口が独りでに絶叫を紡ぎ出し、失禁し、涙がこぼれた。それでもガルドはトリガーを引き続ける。
(約束を・・・プレシアとの約束を・・・)
数十秒間の後、ガルドの声がかすれ、コクピットが人の肉が焼ける匂いで一杯になった時、ガイキングのエネルギーが底を尽いた。
ブラックサレナを自らの上から剥がし、ガイキングは立ち上がる。腹部の竜は無残に潰れ、全ての武器は使えない。
鉄也は朦朧とする意識の中、ブラックサレナの左肩からザンバーを抜いた。敵は微動だにしない。しかし安心はできない・・・
そしてブラックサレナに止めを刺そうと振りかぶったその時、
「ガルドさん!」
という声と共に、ガイキングの頭部に散弾が命中した。よろけた所に、走ってきたアーバレストの蹴りで吹っ飛ばされる。
ブラックサレナは無惨な姿を地に晒していた。左肩は抉れ、機体のそこかしこから煙が立ち上っている。
プレシアは泣きながらガルドに呼びかけるが、一向に答えは返ってこない。
震える手でコクピット部分に手をやりこじ開ける。自分の手のようにグランゾンを操っている自分に気づいてまた涙が溢れる。
コクピットには緑の皮膚が火傷によって黒ずんでいるガルドが横たわっていた。胸が僅かに上下している。
夢中でコクピットから飛び出してガルドの体に触れると、痛みに苦悶の表情をもらし、うっすらと目を開く。
プレシアが慌てて手を話すと、ガルドはゆっくりと首を振って言った。
「約束、守れなかったな・・・すまない・・・」
ガルドの顔はあらぬ方向を向いていた。もう目が見えていないのだ。
「手を握っていてくれないか・・・」
静かに包んでくれるようだった低い声は、かすれてしまって聞き取る事すら難しかった。
肉の焼ける饐えた匂いが、焼け爛れた肌の感触が、リアルな死の足音となってプレシアに襲い掛かる。
嗚咽が喉に絡み付き、声を発することすらプレシアには出来なかった。ただガルドの手を握り、悲嘆に暮れる。
「悪いわね、今度の相手は私よ」
ブラックサレナを守るように、アーバレストはガイキングの前に立ちはだかった。
「そうか、今度の、敵は、貴様か」
調子外れのラジオのように途切れた声。しかし鉄也の目は爛々と光り、力を失ってはいなかった。
右腕、腹部、体中の傷、満身創痍のガイキングであっても。エネルギーは切れ、武装はダイターンザンバー一振りであっても。
何故?彼は戦士だからだ。戦士として生まれ、戦士として育った男、それが剣鉄也だからだ。
「手加減はしないわよ」
「当たり前だッ!」
搭乗者の裂帛の気合が乗り移ったかのように、ガイキングは猛然とアーバレストに迫る。
しかし振り下ろされた剣は紙一重で交わされ、頭部を単分子カッターが切り裂いた。頭が地に落ち転がる。
背後に回ったアーバレストがボクサー散弾銃を至近距離から叩き込み、ガイキングは再び地面に倒れた。
サブカメラは先ほどの戦闘で壊れていたのか切り替わらず、鉄也の眼前には砂嵐が舞っていた。いつの間にかレーダーも死んでいる。
それでもガイキングは起き上がる。ボスの形見である剣を携えて、微かな音を頼りに何度も切り掛かる。
「ボス、お前に見えているか!俺はちゃんと戦えているか!」
既に軋む体の痛みは消え去り、頭の中は澄み渡る。敵を倒す、その為だけに鉄也はガイキングと一体化していく。
しかし彼の剣はわずかに届かない。そして左腕の関節が伸びきった所を裂かれ、左腕が切り落とされる。
「まだだッ!ウォォォォ!」
唸り声と共に体ごとぶつかっていく。
その姿に、セレーナは戦士の執念を感じ取る。
「せめて最後は、苦しまずないよう一瞬で終わらせてあげる・・・!」
闘牛士のようにガイキングの体当たりをかわすと、すれ違い様ガルドの攻撃で出来た背中の隙間に対戦車ダガーを撃ち込んだ。
「アディオス・・・」
轟音。幾多の衝撃を耐え抜いたガイキングの装甲が内部から爆散していく。
周囲を炎が染め行く中、鉄也は操縦桿を離さない。脳裏に焼き付けたボスに必死で問いかける。
――ボス、俺は、お前の信じてくれた剣鉄也でいられたか?
ボスが微笑んでくれたように思えた時、鉄也の意識は途切れた。
「3人目、ですね」
エルマの呟きに答えず、セレーナは目を閉じ、戦士へ黙祷を捧げた。
爆風に乗った小さな瓦礫がプレシアの肌を打つ。ガルドが半ばうわ言のように話し始めた。
「お前が、助けを連れてきてくれたのか・・・?」
「そうだよ。ごめんね、ガルドさん・・・私が戦っていれば、こんなことには!」
ガルドは小さく首を振った。
「お前を守る、そう決めたのは俺の勝手だ・・・。それに無理して、戦うことはない・・・」
「戦うのが、私怖かっただけなの。だから逃げて、ガルドさんに任せて逃げて――」
ガルドが少し強くプレシアの手を握って言った。
「誰だって、戦うのは怖い、ものだ」
掠れた声でガルドは続ける。いつの間にか少し離れた所にセレーナがそっと立っている。
「戦うことは、確かに愚かな事だ。戦わなくて済むなら、それが一番だ。でも、プレシア、お前に本当に、守りたいものが出来た時、
本当に成し遂げたい、ことがある時、戦いを選ばなければいけない時が、きっと来る」
息が荒くなり時折こみ上げる苦痛に苛まれているのか、何度も顔を顰めながらも、ガルドはプレシアへと伝える。
「その時は、戦え。お前だけの、お前にしか出せない答えを、出す為に・・・」
プレシアは頷く。
「プレシア・・・最後にお前に会えて、嬉しかった・・・」
ガルドの手から力が抜けた。プレシアは溢れ出す涙を拭って立ち上がり、ガルドの亡骸を見詰める。
「ガルドさん・・・」
掌を痛いほど握り締め、悲しみを堪える。ガルドの顔、ガルドの声、ガルドの手、絶対に忘れないように胸に刻む。
そしてセレーナの方を向いて言った。
「セレーナさん、私に戦い方を教えて下さい」
その瞳からは怯えが消え、決意が宿っていた。
チーフがハッター達を連れて戻ってきた時、その場にはブラックサレナの残骸と、四散したガイキングの鉄屑が転がっているだけだった。
「酷い有様ね」
アスカがポツリと呟く。戦闘に備えてトレーラーから人型に変形していたが、それも無駄な準備となった。
「間に合わなかった・・・」
チーフは絶望的な無力感に打ちひしがれる。助けてくれた一時の仲間をみすみす見殺しにしておいて何が指導だ。
(指導する資格など自分には無かったのだ・・・!)
「本当に鉄也君だったのか?」
戦友がゲームに乗っていたこと、そしてその戦友が死んだであろうこと、竜馬は信じたくない一心でチーフに問いかける。
「自ら剣鉄也と名乗っていた。それにさっき声は聞いただろう?」
チーフは助けを求める際に、録音していた鉄也の声を竜馬達に聞かせ、それで納得を得たのだった。
「こんなの許せるわけがあるか!」
滅茶苦茶な戦闘の形跡を見て、ハッターはユーゼスへの怒りを燃え上がらせる。
そして、チーフも一つの決断をしていた。
(総帥、申し訳ありません・・・)
「ハッター、話がある」
ガルドの埋葬を終え、セレーナとプレシアは南下していた。
プレシアの申し出を最初は断ろうとしたセレーナであったが、エルマとアルの説得に加え
既にユーゼスから指定された3人のノルマを達成したこともあり、結果的に了承することになった。
「いい?プレシアちゃん。私は厳しいわよ。それでも着いてこれる?」
「大丈夫です。絶対についていきます」
グランゾンから固い声が帰ってきて、セレーナは首を竦める。と、突然コンソールにノイズが走り、ユーゼスの顔が映った。
『久しぶりだね、レシタール君』
「ユーゼス!」
『そう警戒しないでくれたまえ。私は君にご褒美を上げようと思っているのだからね』
汗が頬を伝うのをセレーナは感じる。本当にコイツは仇の情報をくれるのか・・・
『全く、君は素晴らしい殺人者だよ。ちゃんと3人殺してくれて私も非常に嬉しい。
だから交換条件の通り、チーム・ジェルバの仇の情報を教えよう』
息を呑む、やっと、ここまで来たんだ。
『その名前は、ラミア・ラヴレス』
「ラミア、ラヴレス」
生涯忘れぬようにその名前を繰り返す。
『勿論名前だけじゃ探すのも大変だろう。そう思って顔写真を用意した。今からアーバレストに送るから見てくれたまえ』
(顔写真・・・!?)
まさか顔の情報までくれるとは思いもよらず、セレーナは驚きを顔に出してしまう。
コンソールではユーゼスの顔が消え、黄色がかった緑色の髪を肩まで伸ばした女が映っている。冷たい感じのする女だった。
(こいつが、チームのみんなを・・・!)
やっと見つけた喜びか、あるいは沸きあがる怒りか、手が小刻みに震えている。
『余程私は信頼されてなかったようだな。何とも残念だよ、レシタール君。だからもう一つプレゼントを送ろう。
このプレゼントを渡せば、きっと君は私を信用してくれるようになる』
(これ以上何があるっていうの・・・?)
「あら、それは素晴らしいわ。それを貰えば、あなたのトリコになってしまうかもしれませんね」
そう冗談めかして言って、何とか心の平衡を保つ。
『実は、君の仇、ラミア・ラヴレスをこのゲームに参加せようと思うんだが・・・』
「何ですって!」
「そんな!」
セレーナは思わず叫んだ。今まで黙っていたエルマも驚きを隠せない。
『君達をここまで連れて来たのは私だ。ならば造作ない事は理解してくれよう。今から準備するので少し時間がかかるが、
・・・そうだな、次の放送の時、午後6時ぐらいには彼女を連れてきてゲームに参加させる事ができる筈だ』
「それは、私達と同じように機体を支給されるということ?」
体が震えるのを抑えて、やっとのことで言葉を搾り出す。
『そうだ。我々のリサーチでは彼女もパイロットであることが判明している。ゲームにおける扱いは君らと同じだ。
但し君に彼女の現在位置を教えることは出来ない。何といってもこれはゲームだからな。あまり不公平では君も楽しみがいがないだろう?』
「顔と名前が分かっていれば充分よ。・・・あなたには感謝するわ、ユーゼス」
『それは重畳。レシタール君の検討を祈っているよ』
高笑いと共に、ユーゼスの顔はコンソールから消えた。
「セレーナさん・・・」
エルマが不安げな声をかける。ここまでお膳立てするユーゼスの態度はどう考えても親切過ぎる。
「いいのよ、エルマ。相対して声を聞けば顔と名前があるから、本当かどうかは確かめるのは簡単だもの。
それに・・・巡ってきた機会を逃すわけにはいかないでしょう?やっと、やっとここまで辿りついたのよ。
必ずラミア・ラヴレスは私の手で殺す・・・!」
セレーナの固い復讐心を確認し、エルマは苦い気持ちを噛み締める。
<プレシアさんから通信です、マスター>
「あら、すっかりほったらかしにしちゃってたわね。通信開いて」
「セレーナさんっ、急に通信切ったりしないで下さいよ!怒らせちゃったのかと思って気が気じゃなかったんですから!」
ぷりぷり怒るプレシアの声に、セレーナはすっかりいつもの調子になって答える。
「プレシアちゃんがいつまでも緊張してるから、イタズラしてみただけよ。ゆ・る・し・て・ね!」
「もうっ、二度とやらないて下さい!」
そうやって冗談を言うセレーナの目が、ちっとも笑ってない事にエルマは不安を隠せなかった。
通信を終えたユーゼスに、ラミア・ラヴレスは問うた。
「何故私が参加するのが今すぐでなく、8時間後なのでございますですか?」
「セレーナ・レシタールのメンタリティは非常に興味深いものがあるのだよ、W17。人形のお前には分からないかもしれないがな。
今すぐ縊り殺したい仇が参加する事を知っているのに、数時間待たなければならない彼女の心を想像すると、私はゾクゾクするよ・・・」
そう言うと自らに陶酔するように身を震わせた。
「ゆっくりと醸成された彼女の復讐心、最高のデータが取れそうだとは思わないかね?」
ユーゼスは手元のディスプレイに映し出されているデータを指差す。
「ガルゴ・ゴア・ボーマン、剣鉄也、二例とも素晴らしい“特殊性”を発揮してくれた。
きっとセレーナ・レシタールも、同等かそれ以上の“特殊性”を見せてくれる、私はそう期待しているのだよ」
「そういうことでしたか、さすがユーゼス様、素晴らしい洞察力をお持ちでございますね」
「フ、人間とは本当に面白い生き物だよ・・・」
ユーゼスはいくつものモニターに映るゲームの参加者を見詰める。
「W17、あの機体の整備は万全にしておけ」
「了解しましたです、ユーゼス様」
「あれに乗ったお前を見た時、セレーナ・レシタールはどう反応するかな?全く、彼女は素晴らしい玩具だよ!ハハハハハッ!」
ユーゼスの元を離れ、格納庫に向かうラミア。
彼女の目の前には、セレーナ・レシタールの乗機であるASソレアレスの未来の可能性の一つがあった。
その名は――ASアレグリアス。
【時刻 10:00】
【セレーナ・レシタール 搭乗機体:ARX-7 アーバレスト(フルメタル・パニック)
パイロット状況:健康 仇の参加を知り興奮状態
機体状況:活動に支障が無い程度のダメージ
現在位置:C-3から南下(森を目指す)
第一行動方針:プレシアに戦い方を教える
最終行動方針:ラミア・ラヴレスの殺害
特機事項:トロニウムエンジンは回収。グレネード残弾5、投げナイフ残弾1】
【プレシア=ゼノキサス 搭乗機体:グランゾン(スーパーロボット大戦OG)
パイロット状況:健康
機体状況:良好
現在位置:C-3から南下(森を目指す)
第一行動方針:セレーナに戦い方を教わる
最終行動方針:自分にしか出せない答えを探す】
【ラミア・ラヴレス 搭乗機体:ASアレグリアス
パイロット状況:健康(言語回路が不調)
機体状況:整備中
現在位置:ヘルモーズ
第一行動方針:ユーゼスの命令に従う
最終行動方針:???】
【チーフ 搭乗機体:テムジン747J(電脳戦機バーチャロンマーズ)
パイロット状況:良好
機体状況:Vコンバーター不調『Mドライブ+S32X(レプリカ)』
現在位置:C-2
第一行動方針:Vコンバーターの修復
最終行動方針:ユーゼスの打倒
備考1:チーフは機体内に存在。
備考2:機体不調に合わせ、旧式OSで稼動中。低出力だが機動に問題は無い】
【流竜馬 搭乗機体:ダイテツジン(機動戦艦ナデシコ)
パイロット状態:少なからずショックを受けている
機体状況:良好
現在位置:C-2
第一行動方針:他の参加者との接触
最終行動方針:ゲームより脱出】
【イッシー・ハッター 搭乗機体:アファームド・ザ・ハッター(電脳戦記バーチャロン)
パイロット状態:良好 怒りに震えている
機体状況:良好(SSテンガロンハットは使用不可、トンファーなし)
現在位置:C-2
第一行動方針:仲間を集める
最終行動方針:ユーゼスを倒す
備考:ロボット整備用のチェーンブロック、鉄骨(高硬度H鋼)2本を所持】
【惣流・アスカ・ラングレー 搭乗機体:ダイモス(闘将ダイモス)
パイロット状態:良好
機体状況:良好
現在位置:C-2
第一行動方針:碇シンジの捜索
第二行動指針:邪魔するものの排除
最終行動方針:碇シンジを嬲り殺す】
【ガルド・ゴア・ボーマン 搭乗機体:高機動型ブラックサレナ(劇場版ナデシコ)
パイロット状況:死亡
機体状況:回路がほとんど焼き切れ、左肩が壊れている。ハンドガンは相応の技術がある人間なら修復可能】
【剣鉄也 搭乗機体:ガイキング後期型(大空魔竜ガイキング)
パイロット状態:死亡
機体状態:四散 ダイターンザンバーは使用可能 】
最終更新:2009年02月15日 05:11