ゼロからの明日へ ◆40jGqg6Boc


大地を踏みしめ、鋼の巨人が疾走する。
機体の名はスレートゲルミル。
マシンセルを用いグルンガスト参式を特別に改修させた機体である。

「ふざけるな……なんだってこんなバカなことを……!」

ザフトの赤服、シン・アスカがスレードゲルミルのコクピットルームで呟く。
無理もない。目を覚ましたかと思えばいきなり殺し合いをしろときたものだ。
ヴィンデル・マウザーの理不尽さにはただ怒りを覚えるしかなかった。
そんなシンはこの会場では戦闘行為に一度も入っていない。
殺し合いをしろと言われても、こちらに撃つ理由がなければ撃てるものではないためだ。
ただ、気になることは幾つかはあったが――直ぐに気のせいだろうとシンは考えた。
何故ならそれはあまりにも馬鹿げたことなのだから。
そんな時、自然とスレードゲルミルの速度が速まる。
ザフトのモビルスーツとはまるで違う操縦系統にもようやく慣れだした頃だ。
少しコツを掴んだのかもしれない。

「前へ出すぎだ、シン・アスカ。敵がどこに居るかわからない以上は警戒に越したことはない」

やがてシンを諌める声がやや上空から響く。
スレードゲルミルと並行して浮遊移動を行っているものは純白の機体。
それはファフナー・ノートゥングモデルの6号機。
高機動戦闘に特化したファフナーマークゼクスだ。
そしてシンはその操縦者があまり気にいってはいない。
どうにも苦手なタイプだと知り合って直ぐにシンは思っていた。

「……わかった」
「わかってくれればいい。ただ、君の迂闊な行動が僕の危険にも繋がっていく……それは忘れないでくれ。」

皆城総士。確か彼はそう自己紹介をしたとシンは覚えている。
しかし、総士について知っていることといえば名前ぐらいだけのものだ。
なにぶん知り合ったのがつい数十分前。
事前に合わせたコードでの通信越しに、互いに攻撃の意思がないことは確認した。
だけどもそこで機体から降り、色々と話でもしようという流れにならなかった。
それはたった今総士が言ったように敵はどこに居るかわからないから。
あまり考えたくはないが、殺し合いに乗った人間も居るだろう。
そもそもヴィンデルがそういう類の人間を集めていないとも限らないのだから。
故にどこか施設など身を落ちつける場所まで移動する。
それがシンと総士が決めた、取り敢えずの方針だった。

「……ちっ。――ッ! 皆城! なにか来るぞ!」

総士の小言に少し不機嫌になりながらもシンが叫ぶ。
無言ながらも総士の方も気付いたに違いない。
前方から迫りくる機影が一機。
しかし、その速度は凄まじいものでインパルスガンダム以上の出力だろう。
やがてシンは己の目で訪問者の姿をしかと捉え、思わず声を漏らした。

「ガン……ダム?」

ライトグリーンに染まった覚えのあるカメラアイがこちらを見ている。
青と白を基調とした形状はどことなくあの忌まわしいフリーダムに似て、
それが蒼い羽を持っているのと対照的に、目の前の機体は白い羽を生やしていた。
そう、まるで天使の羽と形容するに相応しい白の翼に風を纏いながらその機体はやってきた。
ゼロと呼ばれたガンダム――ウイングガンダムゼロカスタムからオープンチャンネルで通信が開かれる。

「あのすいません……私、羽佐間と言うのですが……」
「羽佐間だと!?」
「えっ、その声……皆城くん?」
「あ、ああ……その通りだ」

ウイングゼロのパイロットこと翔子と総士が共に声を張り上げる。
不自然なことはない。
直ぐに知り合いと会えたことで驚いたのだろうとシンは推測する。
気になるのは総士の方の反応が少々過敏すぎではないかという事について。
おそらくは冷静沈着を地でいく性格である総士にしては妙に驚きすぎていた。

(……何考えてんだ俺は。俺に皆城のことでわかっていることなんてロクにないじゃないか……)

だが、シンは深く突きつめることはやめておいた。
総士は一度も怪しい素振りを見せてはいないがいつまでもそうだとは限らない。
もしかすれば自分の寝首をかくような機会を窺っているだけかもしれない。
言ってしまえば所詮は他人の関係とあまり変わらないものだ。
士官学校時代からの付き合いであるレイやルナならともかく総士の考えている事なんてシンにはわからない。
結局深く考えずに、シンは事態の成り行きを静観しようとする。

「皆城くん。ごめんなさい……ちょっと二人だけで話せないかな。
私、知らない人とは、その……上手く話せないから……」

そんな時、翔子がひどく申し訳なさそうに提案する。
要するに部外者であるシンは邪魔者だと考えられたらしい。
病弱な身体のせいで自分に自信が持てず、他人との接触が苦手な翔子にとっては仕方ないことだろう。
特に同性である女性ならともかく、翔子が気兼ねなく話せる異性といえば数えるほどしか居ない。
だから機体越しとはいえ、翔子にとってシンの存在は緊張の対象でしかなかった。
知らずの内に自分が厄介者扱いされていることにシンは軽い不快感を覚えるが、そんな時総士が翔子の言葉に応える。

「いいだろう。だが、彼は僕と同行を共にしている。彼……シンとは後に共に行動してもらうがそれは構わないな」
「うん」
「だそうだ。すまない、シン。少しの間、周囲の様子でも探ってもらえないか?」

総士の声からは驚きは消えている。
気持ちの切り替えは既に済んだのだろう。
実に機械のような奴だと総士について自然に思ってしまう。
自分の意見も聞かずに、勝手に話を進めた総士についての苛立ちもある。
自分の名前を出したことから一応は自分の立場を蔑ろにはしていないらしい。
それでもあまり好きなやりかたではないが、ここで反抗してもシンにとって得るものはあまりにも少ないのが現状だ。

「……わかった。あまり遠くには行かないようにする」

少し不機嫌そうな声でそう言って、シンはスレードゲルミルを走らせる。
森の中に飛び込み、グルンガスト参式の姿は緑の中に消えた。
その光景を総士、翔子は確かに見届ける。

「ありがとう……皆城くん」

翔子はそう言い、ウイングゼロをマークゼクスへ接近させる。
他愛もない動作。翔子も既にウイングゼロの操縦に慣れているのだろう。
そんな不自然さを微塵も見せない駆動に総士がふと声を掛けた。

「訊きたいことがある」

それは冷たい声だった。
少なくとも友好的な印象ではない。
どこか疑った感じの、探るような言葉。
マークゼクスを着地させながら総士は更に続けた。


「君は――何者だ? 本当に君は、ここに居るのか……羽佐間翔子?
あの日、確かにこのマークゼクスと共に散った君が、どうしてここに居る」


先程感じた疑問を己の言葉に換え、総士は目の前の参加者に問う。
初めて自分が死なせたファフナーパイロットの名前を騙る少女に対して。
知り合いとの再会を喜ぶことなく、皆城総士はただ冷酷なまでに冷静に言葉を発した。


◇     ◇     ◇


ファフナー・ノートゥングモデルが支給されたのは不幸中の幸いだっただろう。
どうやら誰にでも扱えるように操作系統が弄られており、少なくとも未知の機体よりかは応用が効く。
たとえそれがマークゼクス、既に失われたファフナーであろうともだ。
マークゼクスは気化爆弾、フェンリルの起動でフェストゥムと確かに爆発に消えた。
残骸は竜宮島に流れ着いたものの、再びマークゼクスを造り直した組織が存在するとは考えにくい。
しかし、実際にマークゼクスはここに存在している。
しかもヴィンデル・マウザーの組織は竜宮島に潜入し、いつの間にか自分を拉致するなどの芸当もやってのけた。
ヴィンデル・マウザーの真意は定かではないが、少なくとも彼の保有する組織は強大そのものだ。
そして支給された名簿を開いている内に最大の疑問を見つけ、総士はその答えと今、直面している。

「答えろ、羽佐間。なんでもいい……君が羽佐間翔子と言うのなら、
君が確かに竜宮島で生まれ育った羽佐間翔子であるという証明をするんだ。君には……答える義務がある」

死者が蘇る筈はない。
だが、名簿にはしっかりと記されてあった。
知っている名前は真壁一騎、遠見真矢、春日井甲洋、そして死んだはずの羽佐間翔子。
だけども総士は自身の言葉とは裏腹に既にわかっていた。

「そんな……証明しろって言われても、私は……」

今にも消え入りそうな声が更に確信を深める。
間違いない、この人物は羽佐間翔子だ。
初めは同姓同名の参加者だとは思っていた。
しかし、実際にこうして出会うとその考えは否定せざるを得なくなった。
一種の意識共感システム、ジークフリードシステムを統治する総士がファフナーパイロットを間違えるわけもない。
ファフナーパイロットの命を預かる身として、彼らの事は知っておかなければならないのだから。
そしてあの日、マークゼクスを駆り、竜宮島のために命を散らした少女が目の前に居る。
死の間際彼女が感覚したであろう全てを自分も確かに知覚した筈なのに。
そう、羽佐間翔子という個はあの日確かに消滅した筈だった。

「ッ! しかし、君は間違いなく死んだ筈なんだ……マークゼクスのコクピットブロックが射出された記録はない」

だからこそ総士はただ否定を繰り返すしか出来ない。
嬉しいと思う感情は確かにある。
翔子とはあまり話したことはないがクラスメイトの一人だ。
しかし、認めることは出来ない。
原理はわかりようがないが、死者が蘇るという事実はあってはいけない。
それを認めてしまえば全てを否定する事になってしまうのだから。

「一度死んだ君は……ここに居るべきじゃない。君は、羽佐間翔子は……もう居なくなったんだから」

突如として世界に侵攻を開始した、シリコン生命体フェストゥム。
他の生物との同化、そして消化を目的とする彼らは至る場所で惨劇をもたらした。
だからこそ総士の父親達は日本を出てアルヴィスをつくり、竜宮島という孤島に自らの命運を乗せた。
全ては勝ち残るために。フェストゥムに明日を奪わせないためにも。
ただ何もせずに死ぬのではなく、生き残るために彼らは戦い、そしてその戦いは総士を含め次の子供達に引き継がれた。
読心を行うフェストゥムには人工子宮から生まれた子供達、ファフナーパイロットでしか対抗出来ない。

故にここで死者が蘇るという夢物語を肯定するわけにはいかない。
認めてしまえば、全ては一体なんのためのものだったのかわからなくなってしまう。
数年前、竜宮島から更に離れた小島で、今よりも不完全だったファフナーを駆って戦った少年少女の戦いは。
ファフナーに、自分達に全てを賭けて戦い、命を落としていった大人達は。
彼らの想いを無駄にしないためにも、竜宮島を守ろうと戦った自分達の行為の根底は覆されてしまう。
死んでしまえばそれで終わり、だからこそ自分達は死と闘いながらも必死に生きていた。
妹、皆城乙姫も3か月程しか生き永らえない自身の定めを恨むことなく、島のために闘っている。
故に総士は目の前の存在を認めるわけにはいかない。
たとえそれがかつての仲間であろうとも――絶対にだ。
マークゼクスに装備された一丁のレールガンの銃口がウイングゼロを捉える。

「!?」
「だから僕は君を甲洋と遠見、それに一騎に会わせるつもりはない。
たとえ君に恨まれようとも……君との接触は、皆にとって不要な混乱となる。
ファフナーをここで失うわけにいかない……そのためにも、僕は」

総士に自身の判断に対して後悔はなかった。
あの状況では翔子の生存は有り得ない。
彼らもきっとわかっているだろう。
そうであるからこそ翔子が死んだ後、あんなにも悲しんだのだから。
しかし、頭でそうわかっていても実際にこうして翔子に出会ってしまえば彼らの動揺は最早必定といえる。
一度死んだ人間と出会ってしまえばきっと彼らも自分たちの戦いに疑問を抱いてしまう。
生と死という普遍の原理が覆ってしまえばどのような影響を及ぼすかはわからない。
未だにフェストゥムとの戦いが続く中、ファフナーの一機すら失うのは惜しい現状で、彼らの存在はあまりにも貴重だ。
厳密にいえば真矢はファフナーのパイロットではないが、総士にとって彼女は特別な存在だった。
したがって総士は選択する。
実際に、今も自分と共にフェストゥムと戦うために、今もなお生きている三人の仲間。
かつての仲間ではあるが確かに死んだ一人の少女。
総士が選んだものは前者。
総士は覚悟を決めてマークゼクスのレールガンを構えている。


「済まない、羽佐間。一騎達は……僕が必ずここから生還させる。だから……もう一度、さようならだ……!」

機体から引きずりおろし連れて行ったとしても、恐らくはシンからの追及は避けられない。
未だ顔すらも見たことはないが決して悪い人間ではないと思う。
殺し合いに純粋な怒りを抱いていたことから察するに良くも悪くも真っすぐな人間なのだろう。
だが、シンとの同盟もこれで終わりだ。
彼の機体をを見る限り、高速起動を目的とした機体ではなく、充分に逃げ切れる。。
分の悪い賭けであったとしても、翔子が一騎達との接触を断てるものであれば安いものだ。
罰も罪も全てはここから生還し、フェストゥムとの戦いが終わった後で受ける。
やがてレールガンの引き金を絞ろうと総士はマークゼクスを動かそうとする。

「……皆城くん……私は、私はあああああああああッ!」

そんな時、ふいに翔子が叫んだ。
今まで完全に沈黙を貫いていたウイングゼロのカメラアイが一段と発光する。
続けてマークゼクスの全身にマシンキャノンの雨が横殴りに振りかかる。

「くっ! 羽佐間!!」

総士は驚きを隠せない。
自分の知る羽佐間翔子はこんなに行動的ではなかった。
まさか先に発砲されるとは思わず、咄嗟に腕でマシンキャノンの被弾を受け流す。
やはり彼女は自分の知る羽佐間翔子ではないのか。
不意にそう思い立つが、一瞬でもそう考えた自分を直ぐに恥じる。
何故なら自分は決めたのだから。
目の前の参加者を、羽佐間翔子を自らの自分勝手な選択のために殺すと。
人一人を殺す選択を決めた自分の意思に、都合のいい言い訳を使ってはならない。
一騎の友達だった羽佐間翔子をこの手で殺すために、銃を手に取ったのだから。
一抹の迷いを振り切り、総士は遂にレールガンの引き金を引き絞る。
距離は充分に近く、先ず間違いなく直撃だと総士は確信した。

「な……っ?」

だが、現実は総士の想定した未来とは異なり、ウイングゼロは躯体を捻じりながら前進。
荷電粒子の銃弾のすぐ横を通り過ぎ、マークゼクスの方へ更に接近。
右腕には緑色のエネルギー粒子が迸る、一本の剣が握られている。
ウイングゼロが次に行う動作はもはや予想がついていた。
咄嗟にバーニアを吹かし、後ろへ飛びながらレールガンを再度構えようとする。
そんな時、不意に総士は思い出していた。
どうして今まで失念していたのかと思うほどにそれは簡単なことだった。
翔子がここまで執着する何か、それはたった一つしかない。
ウイングゼロに更に加速が掛かり、レールガンが発射される前にマークゼクスの懐に飛び込んだ。
まるでマークゼクスの動きを先読みしたかのような挙動を阻むものは何もなかった。


「うああああああああああああああああああッ!!」


握られたビームサーベルを振り上げ、レールガンを握ったマークゼクスの両腕を切り上げる。
体勢を崩しかけたマークゼクスにウイングゼロが突っ込んでいく。
高出力のビームサーベルの輝きは依然として健在。
緑光がマークゼクスのコクピットブロック内の総士の視界を見る見る内に広がっていく。

(羽佐間、君は……)

ジークフリードシステムを介さなくとも今の翔子が何を考えているか総士にはわかってしまった。
この羽佐間翔子は一つの結果を望んでいる。
そのためには自身の命も、何もかも捨てる覚悟で、自分と同じように選択をした。
なら――仕方ない。自分は負けてしまったのだから。
やがて総士の身体は灼熱の光に消えていく。



(一騎……)


かつて一つになろうとした親友の顔が、ただ総士の脳裏を横切っていく。
笑顔ではなく、よそよそしい彼の顔がどこか痛ましい。
あの歪んでしまった友情が、今の総士にとっては気がかりだった。





◇     ◇     ◇





「くそ、ふざけるな!」

スレードゲルミルから降りたシンが両の拳を震わせる。
数分程して戻ってきたところ、惨状が広がっていた。
そこには両腕をなくしたマークゼクスが無残にも仰向けに倒れている。
そしてシンは焼きつくされたマークゼクスのとある部位の前に立っていた。
恐らくはコクピット、血しぶきが散っているところを考えれば先ず間違いない。
皆城総士がここで息絶えたのはもはや間違いない。
悲しいとは思う。短い時間とはいえ行動を共にしていた仲だ。
しかし、それよりもシンはただ怒りに身を焦がしていた。

「あいつも……あの皆城総士もこんなことを!
けっきょくはあいつだって乗り気だったんじゃないか……!」

シンはただ総士の言葉に従ったわけではない。
翔子と総士の会話が拾える位置ギリギリの場所で二人の会話を聞いていた。
しかし、森林地帯ということもあり、通信は聞き取りにくく事態の急変を知った頃には全てが遅かった。
だが、わかっていることは一つ。どうやら総士の方が先に仕掛けたらしいという事だ。

「俺も、この真壁一騎、遠見真矢、春日井甲洋の邪魔だと思われていたら……チクショウ。
信じようとする奴は、バカを見るってコトかよ!」

信じたくはなかった。
戦争ではなく、ただ自身の目的のために殺し合いに乗る人間がこんなにも身近に居たことに。
あの羽佐間翔子も、死んでしまった皆城総士も。
総士に至っては共に行動し、殺し合いをする人物とは到底思えなかったため、尚更に衝撃的だった。
だからシンは踏みとどまっていた感情を曝け出す。
お世辞にも人を見る目があるとはいえない自分では、騙し討ちにあう可能性もある。
総士が襲ってくることはなかったが、彼がもっと私利私欲に走る人間であれば今頃自分の命はなかったかもしれない。
所詮この場に居る人間は赤の他人だ。
彼らが何を考えているか判る筈もない。
故にシンは単独で行動を執ることを人知れず決める。
それは奇しくもヴィンデルの言った、煉獄の修羅が取るべき道と同じものだ。
大破したマークゼクスに背を向け、シンは歩き出す。
見上げた先には、自分に支給された鋼の巨人、スレードゲルミルの重厚な姿がある。

「やってやる……俺はこいつで、スレードゲルミルで全てを薙ぎ払う!
俺の邪魔をするヤツは誰であろうとも、絶対に……!」

首輪をつけられている以上、他者と協力しヴィンデルに反抗するわけにはいかない。
集団で反旗を翻せばスイッチ一つでそれで終わってしまう。
恐らくは首輪を外そうとしてもきっと無理だろう。
主催者である彼らがわざわざ首輪を解析出来る人物を参加者として選んでいるとは思いにくい。
方針は決まった。シンにもう、迷いは存在しない。
何故なら彼には守りたい存在があるのだから。


「俺は……死なない、絶対に生き残る! 生きて……必ずステラを守ってみせる!!」


自分が救い、ミネルバの医療ルームで治療を受けている少女、ステラ・ルーシュ。
薬物投与による禁断症状に苦しむ彼女の、あまりにもか細い手の感触は今でも忘れられない。
彼女の元に戻り、彼女がいつまでも笑って過ごせる世界を創るためにもこの場では死ねない。
単独で優勝し、その後褒美とやらでミネルバへの帰還を要求する。
それが却下されるようであれば、戦うだけだ。
自らに定めた目的のために、シンは力強い一歩を踏み出す。
固い意思の元これから自分を待つであろう運命に、シンは向かい始めた。

◇     ◇     ◇

蒼の空を一体の天使が舞う。
マークゼクスのコクピットブロックを破壊したウイングゼロカスタムはあてもなく飛んでいた。
目指すものはないけれども、大事な存在はこの会場のどこかには居る。
その存在のためなら翔子はどんなことでもやれる気がした。
そう、厳密に友達の一人も自らの手にかけることが出来た。

「私……私、皆城くんを……ごめんなさい。でも、私はそれでも……」

謝っても謝りきれない。
きっと自分は地獄に落ちることだろう。
銃を突きけられても厳密にいえば先に撃ったのは自分だ。
だけども翔子はそれでも良かった。
彼女もまた同じ頃、殺し合いの参加を決めたシン・アスカと同じく大切な存在が居るのだから。

「一騎くんを……死なせはしない。そのためなら、わたしは生きてみせる」

真壁一騎、言ってしまえば翔子にとってずっと好きだったクラスメイト。
体調が悪く、学校までたどり着けなかった自分に彼は手を差し伸べ、おぶってくれた。
人見知りのせいで男の子と話なんか出来なかった自分はただ何も言えなかった。
目の前に広がる見た目よりもずっと広い背中、そして風を切る感覚は今も鮮明に覚えている。
クラス一運動が出来る彼の走りはとても速く、心地よかった。
おぶられるだけで彼の優しさを全身で感じることができて、幸せだった。
だけどももう、きっとそんなことはない。
自分は彼の友人である皆城総士を殺してしまったのだから。

「私が一度死んだなら……もう一度守ればいいから」

でも、それでもいい。
自分は彼を守れればそれでいいのだから。
はっきりと覚えている。自分は確かに死んだ。
フェンリルを起動させ、フェストゥムを倒すために死んだ。
しかし、今、自分は実際にこの場に居る。
理由はわからないがそれならやることは決まっている。
あの時のように、もう一度彼を守ればいい。
彼が生き残るように、少しでも参加者を減らす。
そのためにはなんとしてでも生き残るしかない。
真矢と春日井とは出来れば出会いたくはないが、状況次第では仕方ないだろう。
総士を殺せた今、覚悟は出来た筈なのだから。
だから今は――標的を捜すだけだ。


「ゼロシステム……良くわからないけど、これならやれる気がする……!」


竜宮島で生まれた子供たちは所謂遺伝子改造を受けている。
シナジェティックコードと呼ばれるファフナーを操縦するための因子の他にも彼らにはそれぞれ力がある。
翔子の場合はほっそりとした見た目とは裏腹な非人間的な耐久力だ。
痛いと感じた瞬間に自分の意識を放りだし、あっさりとその痛みを無視することが出来る。
その特性を利用し、翔子はウイングゼロに搭載されたゼロシステムの指示に従っていた。
最適な行動を選択するが故に、パイロットの限界を超えた指令を容赦なく伝達する。
それはパイロットの意識を完全に無視したものであり、大抵の場合はパイロットに相当の負荷を与える。
だが、奇しくも翔子はその負荷すらも自らの意識から無くすことでゼロシステムの恩恵を得ていた。
故に今の翔子が操るウイングゼロの動きは、並み大抵のものではない。
装備されたツインバスターライフルを片腕に携え、ウイングゼロは更に加速する。


「一騎くん、ごめん……! 私は……私は……!」


皮肉にも天使の翼を生やしたガンダムが、今、殺し合いを加速させるべく会場を駆ける。
一度は死んだ筈の少女は悪魔のシステムにその身を捧げ、次なる標的を求めていく。







【皆城総士 搭乗機体:マークゼクス(蒼穹のファフナー)】
 パイロット状況:死亡
 機体状況:大破
 現在位置:D-2 森林地帯



【シン・アスカ 搭乗機体:スレードゲルミル(スーパーロボット大戦OGシリーズ)】
 パイロット状況:良好 まだ名簿は見ていない。
 機体状況:良好 マシンセル正常機能中
 現在位置:D-2 森林地帯
 第1行動方針:此処から移動し、他者と接触する。
 第2行動方針:誰も信じない。
 最終行動方針:優勝し、ミネルバに帰還する】


【羽佐間翔子 搭乗機体:ウイングガンダムゼロカスタム(新機動戦記ガンダムW~ENDLESS WALTS~)】
 パイロット状況:良好
 機体状況:良好 ゼロシステム稼働中
 現在位置:F-2
 第1行動方針:参加者の人数を減らす。
 第2行動方針:一騎、真矢、甲洋とは出来れば会いたくない。
 最終行動方針:一騎の生存】


【一日目 06:20】


BACK NEXT
017:僕は僕、君はG7 投下順 019:暗黒大将軍VS鋼鉄神マジンガーZ
017:僕は僕、君はG7 時系列順 022:エルデおばさんの砲手日記・アイラビューな悪夢の日

登場キャラ NEXT
皆城総士
シン・アスカ 033:勇者と剣鬼
羽佐間翔子 040:超高空攻撃の下

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月17日 18:27