卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

後篇

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

<幕間・雪華>


 ヴァンスター帝国領、とある屋敷の一室。
 暗い部屋の中にいるのは、黄色いドレスに身を包んだ女と、差し向かいに椅子に座って手を組んだ紳士だった。

「……では、そのようによろしく頼むよ。ミス・スノウフラワー」
「きゃは。あんまりその呼び方好きくないんだけどねぇ。ミスなんてガラじゃないってーのよ、子爵様?」

 黄色いドレスの女は、細い目に白い肌、赤毛にたれた茶色いウサギの耳を生やしたヴァーナだった。
 ヴァーナの女はふりふりと垂れた耳をゆらしながら、踵を返し部屋を出る。
 それを見届けた後、この家の主こと『子爵』は一つため息をつく。

「ふん……駒ごときにあんな無礼を許すことになるとはな」
「旦那様、あと少しのご辛抱でございます。時間はかかりましたが、あの者を巻き込むことができたのならばもう計画は八割成ったも同然でございましょう」

 『子爵』の言葉に声を返したのは、青い髪のメイドだった。
 闇に溶けるようにして子爵の背後から現れた彼女の問いに、特に子爵は驚いた様子もなく答える。

「セリカか。わかっている、後は決行の日を待つだけだ」

 その対応は、これまでのセリカの忠義と神出鬼没さを彼が知っているためだ。
 実際、彼女がいなければ『計画』にここまでの完成度と決行までの速度を追求することはできなかっただろう。
 爵位持ちとはいえ、子爵程度の屋敷に仕えるにしては出来すぎているほどの従者、それがセリカだ。
 子爵はそれに違和感を覚えない。自分が天下をとるに足ると信じている以上、その運が巡り来ているとしか考えない。
 彼は葉巻を灰皿に落とすと、言った。

「心配することなど何もない。この国はまもなく私の手に落ちる」

 セリカの眼鏡が、彼女のその奥のまなざしを隠すようにきらりと輝いた。



<冬 -winter->


 舌打ちを一つ。
 どうせあの連中には聞こえていない。がちゃがちゃやかましい鎧の音がそれを彼女の吐息の一つくらいかき消してしまうだろう。



 異変は突然だった。
 情報部他班と急に連絡がとれなくなって丸一日、皇帝直属のはずの13班(じぶんたち)が皇帝の妹の命を狙ったとかいう罪状で、一日で国家の大反逆者に早変わりだ。
 姉妹達の誰もが耳を疑った。あの冷静なオーガストでさえだ。誰もそんな任務についた覚えはないし、そんなことを請け負うはずもない。
 そしてそれについて調査しようにも他班とは連絡がとれない。早馬に任せようとしたその時―――エージェントから、連絡が入る。
 帝国領より派兵された帝国軍により13班の詰め所に包囲されている、ということだった。

 そんな状況下、場の最高責任を取るものとしてオーガストが下した判断は―――解散。
 13班を暫定解散する。疑いが晴れるまで各自好きなようにしろ、とのことだった。

 そう言い放った後で、彼女は真っ先に踵を翻して正門へと向かう。当然そこには帝国騎士がわんさか待ち構えているはずだ。それをジュライさえも指摘した。
 それに対し彼女は、笑顔で言っただけだった。

「好きにしろ、と言ったはずだが。私は姉妹を守りたい、だから彼らと『話し合い』をしにいく。お前たちも好きにしろ」

 できれば、一人でも多く生き延びろ。それが私の望むことだ、と告げて彼女は正門に優雅に歩いていった。
 しばらくして、建物内の灯が全て消えた。おそらくはオーガストの差し金だろう、その思いをムダにしないためにも、エイプリルは背中を向けて駆け出した。
 遠くから、金属音と聞きなれた発砲音がする。
 あれからだいぶ時間は経ったはずだが、音は止まない。さすがに八月、13班最強の一角だ。そう心を落ち着ける。
 確かフェブの奴はオーガストがいなくなるのと同時に例のわけのわからん手品ですぐにあの部屋から消えていたはずだ。
 オクトはオーガストが出て行くと同時に「こ、こんなとこにいられるか! オレは一人で逃げさせてもらう!」と宣言して即逃走―――ここに来るまでに屍を見た。
 ディッシはもともと長期任務中。ここで姿は見えない、任務先でどうなってるかもわからないが。
 ジュライはエイプリルが安全な方のドアから出て行くその時も、オーガストが出て行ったドアをじっと見つめていた。
 あの部屋にまだいるのかもしれないが―――そんな可愛らしいタマでないことは、銃声の合間に聞こえる氷の砕ける音を聞けばわかる。まったくアイツらしい。
 マーチは、後方支援要員のメイをひっ捕まえると「さっさと逃げるじゃんよ!」と叫びつつエイプリルよりも早く部屋を出て行った。
 姉妹と別れることになって呆然として泣きそうだったメイの口を塞ぎ、「ノーヴェも一緒に逃がさなきゃいけないじゃんよ、余計な手間かけさせんなっ!」と叱った。
 マーチは荒っぽい性格の割にほとんど怒るようなことはないのだが、この時ばかりは姉妹を守ろうという気迫が全身からあふれ出ていた。
 いつもはまったく威厳のない姉妹の迫力に圧され、またウォー/サムの筋力に魔法使いのメイがかなうわけもなく、ずるずると引きずられていった。
 あっちはマーチに任せておけば大丈夫だろう。そもそも、マーチは自分一人逃げるだけなら無理はない。
 単に接近されるとどうしようもない相手を連れて先に脱出するのを選んだだけ。自力脱出が可能なエイプリルを置いていったのは、他の足かせを増やしたくないだけ。
 つまり、マーチと一緒に逃げているメイとノーヴェは孤立するのを避けられ逃げられるということだ。

「―――待て」

 そこまで考えて、エイプリルは違和感を覚えた。
 そうだ。今マーチといる人間は、後方支援を得意とするメンバーばかり。つまり、騎士相手に逃げのびる戦いをするには不利にすぎる能力者のみ。
 問題はそこじゃない。『13班には他にも後方支援派の能力持ちがいる』という点だ。
 この屋敷にいた残りの後方支援型であるもう一人は、オクトが出て行ったすぐ後、『ここでお終い、ってわけね。きゃはっ! ま、生きてたらまた会いましょ』なんて言いながら出て行った。
 あの女は生きるのを諦めるほど大人しくないし、姉妹の盾になろうとするほど可愛げのある性格ではない。
 しかし使えるものは容赦なく使う。特に自分とその周囲が生き延びるためならどんな手でも使う。
 『仲間』と認識しているものなら誰の盾にでもなれるような甘っちゃん思考のマーチがいて、それを利用することも、その策も口にせずに逃げる。

 それは、あまりにも不自然なことではないのか。
 まるで自分だけで動いて生き残れる方法をあらかじめ知っているみたいじゃないか―――?

 一瞬だけ、エイプリルは目を閉じる。
 暗闇の中で、ずっと生活してきたこの建物の全景を思い出す。
 そして、エイプリルが出て行く前にあの女だけが使った、一番出口に向けて遠回りになる道に続くドア、その道にここから向かう術を探す。
 ため息をつく。もともと頭を使うのは別の人間の仕事だ。けれど、そんな贅沢も言ってはいられない。
 生き残る道として一番可能性が高いと彼女のカンが告げるのはその道だ。
 そして―――もしも、その可能性が当たっていた時のために。

 ―――裏切り者を殺す覚悟を、決めた。



<幕間・冬の慟哭、春の声>


 鎧の隙間を、鎧よりもなお冴え輝く刃が貫いていた。
 引き抜かれる刃金。
 刹那。
 ―――これまで数え切れぬほどの人を、魔物を屠ってきた皇帝騎士の一人の命が紅に消えた。

 紅く赤く。ただの血袋と化した騎士は、その肉の袋に詰まっている液体を所構わず浴びせかける。
 アンティーク調の壁を、べたべたとした嫌な温度と粘度、臭気を放つ液体が覆っていく。
 そんな光景に、なんの感慨もなく、表情を変えることなく刃の主は引き抜いたそれの血を振り払う。
 刃―――東方の品で、名をカタナという―――の主は返り血を拭うとため息をついた。

「……ノーヴェー、あんたのせいでホント厄介事しょいこんじゃったじゃんよー?」
「―――っ! わたくしにだって間違いの一つや二つあるのですわ! 幸い、メイを安全なところまで逃がした後だったのでしょうっ?」
「ま、あーのちょろちょろ動いてないと息が止まるんじゃないかっていうメイが静かにしてたらじゃんって話だけど」

 なお、その話題になっているメイは、ここにくる途中に地下牢に放り込んである。
 この地下牢は外部からしか開けられない鍵がかかっている。地下牢への道は塞いでおいたため、後は彼女を迎えに行く人間さえいれば安全は確保される。
 ……逆に言えば、その事情を知っているノーヴェかマーチが行かなければメイは結局のたれ死ぬわけだが。
 マーチはメイを地下牢に放りこんだ後、ノーヴェのいる薬務室に彼女を迎えに行き―――侵入者との戦闘用意を万全に整えていた彼女に、勘違いで不意打ちされた。
 もうルールどおりの不意打ちだ。真っ正面から堂々との不意打ちを受けたマーチは、激しくダメージを受けるものの、なんとか誤解は解けた。
 顔を真っ赤にしたノーヴェが彼女の傷を手当てしていると、その大音を聞きつけた騎士達が駆け寄ってくる足音を聞き、なんとか二人で逃げ出そうとしているのだった。
 気配を統一し、姿を隠した状態から騎士を一撃。そのヒットアンドアウェイで音も無く何人もの騎士を屠っていくマーチ。
 それでも騎士達に物量で圧されればすぐに参ってしまう。だからこそ隠れて潜み、必要最低限量を相手取る形で少しずつ少しずつ出口へ向かおうとしている。
 もちろん、正門はオーガストたちがいまだ奮戦しているし、そんなところにお邪魔する気はない。とはいえ普通の通路は全てふさがれてしまっているはず。
 できるだけ早く逃げたいので遠回りな道も却下。となると、正規の通り道は考えない方がいい。
 はぁ、とため息をつくノーヴェ。

「それにしても、脱出口が前にジュライがドラゴンと一緒になって作ってしまった大穴からだなんて……」
「あははっ。ジュライもたまには役に立つってことじゃーん、あいつが生きて帰ったらちゃんと礼言ってやんないとじゃんよ」
「……そういうことにしておきましょうか。ともかく、もう少し―――この角を曲がった先の部屋ですわ」
 歩く。足音を殺し、目前になったゴールを目指して。
 長い長い歩みの果て、二人は扉にたどりつく。
 ノーヴェはその扉を見て安堵の息をつき、マーチは扉の前に立っている騎士を見て舌打ちした。

「ようやく到着ですわ」
「けどまぁ、あの騎士邪魔じゃんね―――ちょっと一仕事してこようかね。ノーヴェ、見つからないようにここで大人しくいい子にしてて待ってるじゃんよ」
「だ、誰がいい子ですかっ! ほら、さっさとお行きなさいっ!」

 はいはーい、と軽く言うとマーチは小柄な体で気合をいれ、一度目を閉じると息を吐き出した。
 次の瞬間、一緒にいたはずのノーヴェにすらマーチの姿が薄らいで見えた。
 これがマーチの得意とする戦法である。彼女の気配遮断は感嘆すべき腕前であり、しかし彼女自身はこの技を嫌う。
 正々堂々、という甘い考えが通じるわけではないと知っている。単に彼女自身が派手に暴れるのは好きで、隠れて不意をうつのを良しとする性格ではないだけだ。
 とはいえ守るものがいるのならばそう甘いことも言っていられない。
 目の前の敵に向けて敵意を打ち消し、ただ闇と同化し、その時を待つ。
 うっすらとマーチの姿を見てとれるノーヴェは、ぎゅっと拳を握り締めてその姿を見ている。
 そして、一瞬の隙をついてどつりっ、と重い音が響いた。
 その瞬間だけは、ノーヴェは目を逸らした。人を癒すということを生業とする彼女は、たとえ見知らぬ人間であろうと傷つくのは見たくない。
 しかし、その彼女の優しさが仇となった。目を閉じたその一瞬、月に照らされた影がちらりと動き、それをたまたま見ていた騎士がいたのだ。
 剣を持つ騎士よりは金属部は少ないが、装飾の多い革式の騎士甲冑がノーヴェに向けて杖を向け、風の刃の渦を放った。
 気づいた時にはもう遅い。見えなくとも彼女は魔法を使うものだ、自分ひとり殺すには十分すぎるマナの高まりが感じてとれる。背筋が凍る。
 風が渦を巻き、近くの柱を傷つけながら彼女を襲う―――その刹那。
 とん、とその胸を押された。視界が回転。スローモーションのようにじわじわと後ろに流れていく景色。
 ざくざくざく、と風が肉を裂く音がする。それはノーヴェの体からではない。
 ぼたぱたっ、と盛大に血が滴る音がする。それはノーヴェの体からではない。
 ぎりぎりっ、と歯を噛みしめる音がする。それはノーヴェの体からではない。
 倒れこむまでに見えたのは、桃色のドレスがずたずたになり、赤く染まっていく光景。そして、ドレスの人影がそれでも前進をやめない姿。

 痛い。痛いに決まってる。だって、そんなに血に染まっているじゃない。言いたい言葉は形にならない。
 全ての音を放った相手は、痛いに決まっているその痛みを、それでも不敵に笑って吹き飛ばしながら、敵の杖を刃で斬り飛ばす。
 返す一刀。袈裟懸けに刀を振りぬく。それは、革鎧しか着ていない相手を絶命させるには十分すぎるほどの一撃だった。
 はぁっ、と大きく息をついて、鮮やかなまでに敵を斬り殺した彼女―――マーチはノーヴェに向かって倒れこんだ。
 その光景に心を凍らされたような心地になりながら、ノーヴェは彼女を支える。

「マーチっ!?」
「あ~ぁ、まったくもうノーヴェってば。大人しくしてろって、言ったじゃんよ……?」

 こふっ、と咳き込む。その口から吐き出されたのは血の塊だ。同時にマーチは意識を失った。
 危険な状況だとノーヴェには一目でわかった。
 サムライをしているとはいえ、種族柄かマーチ自身はそう体力のある方ではない。重い鎧は着込めないゆえに気配遮断という技を磨いていたのだ。
 どんな状況になっても相手が倒せるように、という能力を優先して覚えていった結果だ。
 装備が重くできないという状況では、彼女は避ける技を身に着けていくしかなかったのだ。よって彼女の防御力は前線要員にしてはかなり低い。
 魔法に弱い能力でかわせないとあっては、マーチ自身には耐えるしかない。
 しかし度重なる騎士達との戦闘、ついでにノーヴェの爆撃と体にガタがきていたところに今の魔法の直撃だ。無理に無理が重なり、彼女が意識を失うのは当然だった。
 ノーヴェは自分のウエストポーチを探りながらマーチに手当てを施していく。
 けれど出血が止まらない。ダメだ、と諦める声がする。それは彼女の死ということではない、ここからの脱出確率がほぼゼロになったことだ。
 これは回復魔法を受け付けてくれるのならばすぐ動けるまで回復する傷だ。しかし、マーチは回復魔法に拒否反応の出る特殊な体質の娘なのである。
 その状態では彼女の薬を受け付けても、しばらく安静にしていなければならない。けれど、この敵地のど真ん中でそれは死を意味する。

 こうなればとるべき道は一つだ。
 諦めてたまるものか。ゴールは目の前。これまで自分や妹を守り続けてきてくれたこの心優しい妹を、今度は自分が守りぬく。
 戦う力なんかなくても、この小さな体を背負って扉を開け、一発だけ残ったグレネードで破砕し後は歩き続けるだけ。

 もう呼吸音さえ小さくて聞き取れないような、苦しそうなマーチの吐息を感じながら、ノーヴェは音を立てぬよう注意を払いつつ進む。
 最後の一歩、扉に手をかけたその瞬間、がちゃり、と鎧の音がした。
 音の方を振り向けば、血のついた鎧に気づいた騎士が一人こちらに向かってくる。
 止まりそうになる呼吸。けれど、諦めない。まだ生きている。できることはたくさんある。
 手の抜刀。
 急いで扉を開く。
 閉じようとした瞬間、扉が切り払われた。ドアノブにまだ手をかけていた彼女は大きくバランスを崩すものの、なんとかマーチを落とすことなく踏みとどまる。
 けれどそれで何ができるわけでもない。彼女が体勢を整えた時には、敵はすでに白銀に輝く剣を大きく振りかぶっている―――!
 マーチを抱えたままの彼女には避ける術もない。できたことといえば杖を差し出すことのみ。
 しかしそれでも意味があったのか、ほんの少しひるんだ騎士の刃は杖の先端を叩き切った。おそらくは魔法が放たれるのではという懸念がそうさせたのだろう。
 結果、騎士の剣は彼女のドレスをかぎ裂きに引き裂いただけに終わる。
 けれどノーヴェは自身の数秒後の死を正確に予見する。先の一撃は単に運がよかっただけのこと。すでに放たれようとしている横薙ぎの斬撃までは回避できない。

 ここまでなのか。
 こんなにも頑張ってくれた妹がいるのに、自分がそれをムダにするのか。
 嫌だ。絶対にイヤだ、そんなことは認められない。

 けれど無常にも剣はノーヴェを襲い―――しかし、彼女の身に届く直前で停止した。

「……おいおーい? いっくらあたしが温和だっつってもさぁ、さすがに姉妹が剥かれんのは黙って見てらんないってーのよ、クソ野郎。
 罰として殺してやっから死んで償っとくじゃん?」

 騎士は、ノーヴェの後ろから放たれた一撃により絶命していた。
 ノーヴェの目に涙がたまった。その声は、彼女の背中から聞こえていた。

「マー……チ?」
「うぁ、ノーヴェなにこの状況。ノーヴェにおんぶされてんのとかマジ初めての体験じゃんよ」

 あくまで軽い口調のその言葉に、涙があふれる。
 まだ敵地の只中だというのに、安心して動けなくなりそうだった。それでも心をなんとか奮い立たせ、その軽口に答える。

「……そうですわね、おそらく最初で最後になるでしょうから、今の内に存分に体験しておくといいですわ」
「んー、ごめん。そうさせてくれると助かるじゃんよ……正直、今ので打ち止めー。もう指一本動かせる気しないじゃん」
「まったく。助けてほしいのでしたらきちんとそういえばいいのですわ。だって―――わたくし達は姉妹なんですもの」

 いつもいつもそう繰り返していた八月のように、彼女は笑った。



 ―――やがて、屋敷を爆音がゆるがす。

 その後の騎士達の必死の捜索にも関わらず、<エリクサー>ノーヴェ=メイプル、<ライトニング・エッジ>マーチ=ブロッサム、<スターライト・ウィッチ>メイ=フォレストの三名は死亡確認されながったという。
 報告書には「あの状況下での脱出は不可能。後の消息もつかめぬため、死亡扱いとする」という一文があるのみである。



<冬 -水ぬるむ、ころ->


「―――え」

 それが、彼女の発した最後の言葉になった。
 言葉が声にならない。お腹に刺さったナイフが冷たくて、体が熱い。
 痛い、痛いよ、なんでこんなことするの、やっと助かったのに。ねぇ、なんで? なんでわたしをおいてくの?
 声にならない声が次々に生まれて、口だけが動く。それを見ていた黄色いドレスの女は、彼女―――13班<9月>のセプの小さな体を思い切り蹴飛ばした。

「きゃははっ、なんで? なんでって今聞いたの? 決まってるじゃない―――アンタらが憎いからよ、13班」

 蹴飛ばし、転がった子供の体を、今度は踏みつける。何度も何度も、鈍い音が響く。

「なんでアンタがアタシの後つけてきたかは知らないけどさ、アタシには邪魔なだけなのよね。
 やっとこのうざったいところから開放されて、普通の人生を送り出すってのにさ。
 邪魔なの、ねぇ、その小さな脳みそでもわかる? きゃははっ。邪魔ってさ。うざくて、必要なくて、邪魔、ジャマ、邪魔ァァァっ!」

 踏まれるたびに反射運動をしていたセプの体。その反射もだんだんと弱ってくる。
 やがてぴくりとも動かなくなるセプ。その体に纏っていた黄緑色のドレスはぐちゃぐちゃに踏み潰され、土にまみれ、一部は赤にも染められている。
 その光景を見て、女はきゃはっ、と全身からあふれる愉悦をこめて、楽しそうに笑った。

「あーあ、きったなぁい。でもアンタにはお似合いよ、セプ。13班(こんな)連中、みーんなみんな、泥にまみれて汚い死に方すんのがお似合い。
 あれだけの騎士に襲われて、ぐちゃぐちゃに踏み潰されちゃえ」
「残念だったな、思い通りにしてやれなくてよ」
 黄色いドレスの女からではない、たおやかな声。
 その声に聞き覚えのあった彼女はあわててそちらを向く。

 ―――そこには、鋭い目つきの赤いドレスの少女、エイプリル=スプリングスが立っていた。厳しい目で彼女を見ている。
 エイプリルは、問う。

「それで? これはどういうことだ。姉妹を殺し、さらに騎士を呼び寄せたのは自分だ、みたいな言い草じゃねぇか」
「エ、イプリル。どうして、ここに……」
「質問に質問で答えるなって教えられなかったか? なあ作戦立案長サンよ。
 教えてやる義理はないが……生き延びるためならなんでも利用する性質のお前が、盾の一つも連れずに脱出しようとするなんて不自然きわまりないと思わないか?」

 ぐ、とうめき声を発する女。エイプリルはいつでも魔導銃を引き抜ける体勢で女を見つめている。その顔には皮肉気な笑みがある。
 それで? と彼女は女に再び問う。

「こっちの質問にはいつ答えてもらえるんだ? 俺自身はどっちでもいいんだがな」
「……どっちでも?」
「お前がこの状況の原因だと認めても認めなくてもどっちでもいいと言ってる。
 ―――どっちにしろ、お前がセプを殺してるのを見ちまった、裏切り者として処断すんのには十分だ。姉妹をあんな殺し方する奴を、俺は姉妹なんて認めないさ。
 それで。やったこと全部洗いざらい吐き出してから死ぬか、セプを殺ったことだけを裏切りの証として死ぬか。
 どっちがいいんだ? とっとと答えろよジェン、いや情報部13班<一月>・ジャニュアリー=スノウフラワー!」

 黄色いドレスの女―――ジェンは、その言葉にしばらくうつむくと。きゃは、といつもの笑い声をあげて暗い視線でエイプリルをねめつけた。

「アンタにしてはきちんと頭使ってんじゃないの、エイプリル。どしたの? どっかでぶつけたとか?」
「お前の計画が杜撰なだけだ、ジェン。ある程度は有能なんだろうが、もう少し自分を過信するクセを治せとオーガストがいつも言ってたはずだが?
 結局はお前はあいつすら格下に見て、他人の忠告を聞かないから足元をすくわれるんだ。マヌケ」
「きゃは。アンタがアタシをマヌケ扱いすんの、傑作だね。
 いいわ、どうせ誰にも言う必要ないとは思ってたけど、そんなに聞きたいっていうんなら聞かせてあげる」
 きゃはははは、と空回るように笑い声だけがその場に流れていく。

「簡単よ。アタシはここに連れてこられるまではちょっと大きな商家の娘だった。
 けど、その商家ってのが前皇帝の機嫌を損ねたらしくて、一家はアタシを残して全滅。アタシはほんのちょっとのお金を握って、貧民街に叩き落されたってワケ」
「……俺はお前の半生の話を聞きたい、と言った覚えはないんだがな?」

 眉をひそめてそう言うエイプリルに、いつものように人を見下しきった視線でジェンは答える。

「まったく気の短い子ね、バカじゃないの? 話はここからだっての。
 アタシは、アタシにそんな生活をさせた奴を見つけたら八つ裂きにする気でいた。
 よりによってアタシに貧しい思いをさせ、苦い汁舐めさせた奴に、何としてでもその償いをさせてやるってね。
 13班に入ったのも、国の暗部の最高の諜報機関ならその情報を手に入れられるかもしれないから、ただそれだけ」

 そこまで言うと、ジェンはきゃは、とまた笑った。

「―――けど、驚いたわ。まさか13班そのものが前皇帝の命令でウチを襲撃してた、なんてわかった時にはね。
 その時のメンバーは、もう今のメンバーによって刷新されてしまってる。要は死んでるのよ、アタシが殺してやりたいと思ってたのになんて皮肉?
 殺す相手がいないのは仕方がないから、ココを潰すことにしたワケ。
 今の皇帝を蹴落としたがってる身の程知らずの伯爵に取り入って、ソイツの部下を使って皇帝の妹の暗殺計画を立てて、失敗させる。
 そして、皇帝のエージェントにその計画を立ててる人間が13班の人間であるという情報を流す。
 後は、そのエージェントに13班が企んだことだって嘘情報を流せばそれでお終い。
 きゃはは。帝国も皇帝も、アタシの手駒になってわざわざアンタ達を殺しにきてくれた。良いコマになってくれたわ」
「……ずいぶんと回りくどい手を使うな。俺たちを消したいだけなら無理な任務にでも全員で突っ込ませればいいだけだろうに」

「13班がチームで任務に行くときは多くてせいぜい4人まで。それじゃあ最低3回も同じことを繰り返さなきゃいけないじゃない。
 その間に気づかれればお終いだし、なによりアタシはアンタたちの虫ばりのしぶとさを絶対に過小評価しない。
 アンタたちを殺すには圧倒的な数で、それも能力にばらつきのない連中を、無制限にぶつけるっていうのがベストなのよ。
 それだけの人間を動かせる人間って言えば、やっぱり皇帝閣下サマくらいしかいないもんねぇ?」

 そこまで話を聞いて、やはり顔色一つ変えず。エイプリルは問うた。

「まぁ、色々と小難しい話は聞かせてもらった。
 その上で言わせてもらうが―――地獄に落ちる用意は済ませたか?」
「きゃはは。ずいぶんと自信満々じゃないの、考える頭のない小娘風情が」
「当たり前だ。俺はまだ13班として八月の最新の命令を受け付けたままでな、なら13班の人間としての責務を果たさなけりゃならない。
 ひと時でも在籍したんだ、お前も知っているな? 13班の鉄の掟―――裏切り者には、死だ」
「来るならさっさと来なさいよ、それとも怖くて来られないとか? きゃははははっ、アンタにしちゃ前口上が長くないかしらっ?」
「用意が済んでるならいいさ―――行くぜ」

 エイプリルは走りながら魔導銃を引き抜き、引き金を引く。
 放たれた弾丸はあやまたずジェンの眉間へと飛びくる。ジェンはその正確な狙いを読んでいたかのようにくるりと回りながら半身になり、その銃弾をかわした。
 遠距離からでは攻撃は当たりはしない。ジェンはエイプリルのクセを知っている。
 正確な狙いは、裏を返せばかわしやすいということでしかない。二挺技はもう少しの修練が必要だ。
 その程度の技ではあの逃げかわすことに関しては13班で1、2を争う女に通じはしない。ならばかわせないほどの至近距離で弾を叩きこむしかないだろう。
 魔導銃の射程に入る以上にさらに自身に近づいてくるエイプリルを見て、ジェンは笑う。予定通りだ。彼女はエイプリルの戦法を知っている。
 直接の戦闘力自体は低い彼女が、戦闘要員になったエイプリルとまともに相対して勝てるはずもない。ならば。

「活動と熱を象徴するものよ。色は赤、方位は南、あらゆる破壊と浄化の象徴。汝の名は炎、その力をもって我が敵を焼き尽くせ―――『ファイアボルト』っ」
 生まれるのは赤い炎の塊。それをエイプリルに向けて放つジェン。
 エイプリルは右前に跳んでかわす。狙いは甘い、そうかわすのは難しくなかった。さらに距離を詰めようとした時、彼女の背筋に怖気が走った。
 ジェンは―――その状況を見て、笑った。
 きゃはは、という笑い声。その笑みは、彼女が相手に対して圧倒的優位にいる時にしか浮かべない笑み。
 次の瞬間、エイプリルのかわした炎の玉が地面に触れ―――彼女を中心に半径5mほどが爆発した。
 炎が渦巻き、熱風が荒れ狂い、黒煙がらせん状に舞い上がり、ものの焼け焦げる臭いが立ち込める。肉の焼ける臭いは、慣れていない者にとっては吐き気を催すほどだ。
 ジェンはそれを一瞥して踵をかえし―――射すような殺気に打たれた。
 ひっ!? と息を呑み、再び焼けた大地を見直す。
 しかし、そこにはぱちぱちと火が爆ぜる音を立てながら黒煙を立ち込めているだけ。動く影などどこにもない。
 けれど先ほどから今も続く殺気は本物だ。逃げることに特化している彼女が、獲物を狙うような殺気を間違えるはずもない。
 どこから来ているのかと視線を巡らせるが、しかしそんな相手は見当たらない。
 その時だ。

 赤い影が、唐突に目の前に現れる。

 金の髪が風と重力にもてあそばれて踊る。黒い銃口はジェンに向けられ、青い瞳は変わらず彼女を貫く。
 あの爆炎の中に消えたはずのエイプリルが、そこに立っていた。
 彼女は爆発の瞬間、大きく上に跳んで2、3発魔導銃から弾を放ちさらに爆発から距離を稼ぎ、爆風に乗って爆発そのものから逃れたのだった。
 ジェンは死神を前にして逃げることしか頭になかったが、それでも逃げられないと良すぎる頭が答えを出していた。
 彼女はやはり無表情のまま―――

「じゃあな、ジェン。俺は姉妹を殺したお前を許すわけにはいかないし―――許すつもりもさらさらない」

 ―――その手で、引き金を引いた。



<幕間・一月の思い>


 かあさまは厳しいけど、優しい人だったんだ。
 とうさまは怖かったけど、休みの日は一緒に遊んでくれたんだ。
 兄は意地悪ばかりしてきたけど、怖いものからアタシを守ろうとしてくれたんだ。
 そんな人たちをアタシから奪った奴を、どうしても許せなかったんだ。
 逃げて逃げて、死に物狂いで生き延びて。そいつを殺すことしか考えなかった。考えたくなかった。
 アタシの家族はあそこだけだ。だから、姉妹なんていらない、いらないんだ。

 ここにいればいるほど、アタシは家族のことを忘れてしまう。
 違うんだ。アタシの家族はあそこだけなのに、アタシの家族はなくなってしまったのに。
 忘れたくなんかないんだ。心地いいなんて認めたくないんだ。アタシの中から出てってくれっ!
 そうでないと―――そうでないと、アタシはアンタらを家族の代わりにしちまうじゃないか!



<四月と雨>


 躯は野ざらしのまま。しかし、爆発の音を聞きつけたらしく騎士の移動音が近づいてくる。
 死んだ人間はモノでしかないが、元は姉妹だ。放っておくのはイヤだった。騎士達に蹂躙されるのは我慢がならない。
 仕方が無いので、爆発であいた穴に二人分の亡骸を放り込み、略式ながら土を盛って、鎧の音から逃げるように駆け出す。
 ここを戦場にしないために。ついでに生き延びるために逃げながら。


 そして―――今に至る。


 彼は、問う。
 雨の中、その言葉は深く響く。

「貴様は、余に反逆の意思を持っているか?」

 そう、彼女の姉妹を奪った男は問うた。
 は、と自嘲するように笑って、エイプリルはそれに答えた。

「個人的に腹が立つと言えば立つが、あいにくと俺はそんなご大層なことを考えられる性質じゃなくてな。
 反逆だのなんだのは、上の連中が考えることだ。俺はその命令を聞いて、戦って死ぬ役割。ただ、最後に上司に受けた命令は『好きにしろ』ってもんでな。
 『反逆に手を貸せ』なんて言われた覚えはねぇから、そんな考えはこれっぽっちもないとだけ言っておくさ。信じるかどうかはお前次第だ、坊や」
「余を坊や呼ばわりか小娘。それだけで不敬罪で殺してやってもよいのだぞ?」

 言いながら、ゼダンは剣を抜き放ち、エイプリルに突きつける。
 それと同時、エイプリルもまた銃口をゼダンに向けた。にわかにざわめく周囲の騎士達。それを遮るように、エイプリルは言った。

「はん。どうせ反逆者として討たれる身だ、あんたが俺を殺すってんなら、最大限の抵抗はさせてもらう」
「この距離なら剣の方が速いぞ?」
「俺のあだ名を知らねぇか、皇帝様。
 情報部13班<デス・バレット>エイプリル=スプリングスだ。俺が死のうとこいつの弾は、あんたの眉間を貫くさ」

 しばしの睨みあい。どちらの顔にもふてぶてしい笑みが浮かんでおり、剣先も銃口も降りしきる雨の中ブレることはない。
 冷たい雨と視線の中、先に武器を下ろしたのはゼダンだった。

「よかろう。その生意気な物言いが気に入った。
 エイプリル=スプリングスよ、貴様に余が直々に刑を申し渡す。反逆未遂罪により貴様を刑期2100年に処す。
 貴様は我が帝国の永久独房に移送するものとする」
「おいおい、俺を捕まえようってのか? 他の連中は殺したってのによ。
 それにあんたにゃ余計な忠告だろうが、反逆者なんぞ放っておいてもろくなことはねぇぜ?」
「反逆者であるがゆえに殺したわけではない。反逆者だという証拠はあれど刑を申し渡した覚えはないからな。
 捕らえにいこうとしたはいいが、貴様らが先に騎士に手を出したのだ。自衛行為として剣を抜くのは仕方があるまい?」
「いけしゃあしゃあと……死人に口なしってか? さすがは皇帝様ってところかい坊や」
「それでどうするエイプリル=スプリングス、情報部13班最後の生き残りよ。
 貴様は死んだ仲間のために命を捨てる無駄死にの道を行くか、それとも生きながらえるかどちらを選ぶのだ?」

 そう言われて、エイプリルも考えた。
 この男は姉妹を殺した実行犯ではあるものの、仇はすでに取ってしまった。
 彼女は任務を全うしただけなので仇、というのも少しおかしいのかもしれないが。
 ともあれ、この男自身に特に恨みがあるわけでも、戦う理由があるわけでもない。
 ―――ついでに言うなら、少し疲れた。

「いいだろう、捕まってやるよ坊や。ただし、反逆なんて俺には身に覚えがない」
「罪はあくまで認めない、と言うのか?」
「そのことについて俺があがなう罪はどこにもないもんでね。いくらでも閉じ込めておくといい―――一度でも放てば、俺は外に行っちまうからな」

 そう言って、彼女は不敵に笑った。
 口の減らぬ女だ、と言い捨て、ゼダンは去っていく。エイプリルは両側の騎士に縄をかけられて馬車に放り込まれた。
 長い一日が終わる。
 今までいた姉妹は、もう彼女の側には一人もいない。
 疲れて眠りに落ちる一瞬前。あの懐かしい声がした気がした。

『それでいいエイプリル。生き延びてくれ。そして、時を待て。
 ―――なに。すぐに会える。私たちは姉妹なのだから』

 エイプリルの頬を、輝線が伝った。



<はじまりの足音>


 エイプリルが牢に入って3ヶ月の時が流れた。
 まずつけられたのは首輪。彼女が看守に聞いたところによればこれはスイッチ式の爆弾で、スイッチはゼダンが握っているとのこと。念の入ったことである。
 とはいえ、これまで数回皇帝に厄介事を押し付けられて、百年ほどは刑期を短くした。
 この分なら10年も経てば外に出られるだろう―――まぁ、それまで待ってやる気などは彼女にはさらさらないが。
 何か大きな事件でもあってくれれば外にでやすい。それまでは待っているしかない。
 待つ時間はヒマといえばヒマだが、たまに看守が外の話をしてくれる。この国の人間にはめずらしく陽気な若い男だ。
 その辺りのことをつつくと、実は彼はある組織から出向しているスパイなのだという。
 台無しのカバとか言ったかと彼女は記憶している。もう少しネーミングセンスを考えればいいものを、と思ったことがある。

 そして彼女は、また時を待つ。
 かつんかつん、と固い靴が石牢を進む音が聞こえる。
 また厄介ごとが起きたらしい―――今度は、もう少し刑期が短くなることを祈って。



 そして、その旅路の果て。彼女は大切な、そして放っておけない仲間達を手にすることになる。





end.

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー