683 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:35:41 ID:???
HDの奥から引っ張り出してみたが、こりゃまた…ううむ
4年前か…当時はよほど暇だったのかな、俺
ちなみにブツはビーストバインド(旧)のセッション模様をSS風にアレしたやつ
手直しするのもなんなので、改行だけ弄って投下してみんとす
現在の視点でおかしな部分は後ほど一括で注釈入れていこう
684 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:42:51 ID:???
アルト(其の一)
彼女と死体の奇妙な関係
アルトという名前は彼女がつけたものではない。
生まれついての野良猫で、あちこちの街角でもらった名前の中で、気に入っていたというだけのものだ。
彼女はアルトのお気に入りだった。
他の人間達のように、やたら抱き上げて耳元に甲高い声で「かわい~」などと喚いたりはしないし、むやみに餌をちらつかせ自分を飼いならそうともしなかった。
アルトが訪ねると彼女はいつもその家にいて、自分を招き入れてくれた。
何も言わずに食べ物を用意して、ただじっとこちらを見つめてきた。
最初は居心地が悪かったのでたまにしか来なかったのだが、そのうち当たり前のように通うようになった。
「猫は他の連中のように、軽々しく主人を決めたりはしないものよ」
母親はよくそう言ったものだが、彼女だったら御主人様にしても良いとさえ思えた。
彼女にはアルト以外に家族と呼べるものはいなかった。
その家に他人が訪ねてくることもなく、電話がかかってくることもなかった。
だが、それすらも理想的な条件だった。アルトにとっては彼女さえいれば幸せなのだから。
別れは唐突に訪れた。
ある雨の日にアルトは死んだ。
少なくとも肉体的には。
濡れるのを嫌い、塀の隙間から飛び出したところを車に轢かれてしまったのだ。
そこを渡りきれば、彼女の家だったというのに。
音を聞きつけたのか、彼女が玄関から裸足のまま駆けつけた。
恐る恐るアルトの体に触れて、そっと抱き上げた。
四肢が力なく垂れ下がり、急速に体温が失われていく。
彼女は理解不能の色を瞳に浮かべており、明らかに目の前の事態を飲み込めていなかった。
「なあんだ、アルト死んじゃったんだ」不意にかけられた声は幼い子供のものだった。
「しんだ・・・?」
彼女は通りすがりの小学生を振り返った。
「見りゃ判るじゃん。あーあ、生意気だからいつかとっ捕まえてやろうと思ってたのに」
「この子を知ってるの・・・?」
「この辺じゃゆーめーだよ。クロとかジジとか呼んでも反応しないのに、誰かがつけたアルトって名前にだけは振り向くんだもん」
685 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:47:53 ID:???
「アルト・・・この子の名前・・・」
呟く彼女に男の子が訊いてきた。
「どこかに埋めてお墓でも作ったほうが良いんじゃない?」
「おはか・・・?」
「おねーさんが飼ってたんでしょ。
あ、いや、なんとなくそう思っただけだから、違うんならほけんじょに電話して始末してもらえば良いんだけど」
子供ながら、さすがにその女性の様子がおかしいことに気付き、彼はそそくさとこの場を立ち去った。
取り残された彼女は、やがてアルトを抱いて玄関へと戻っていった。
後にはただ血痕だけが残り、それもやがて雨に消されてしまった。
「猫には寿命なんてないのよ。すきなだけ生きてすきな時に死ねるわ。
もしも死んでも、退屈だったら生き返っても良いかもね」
母親がよくそう言っていたのをアルトは思い出していた。
(僕は、まだ死ねない。死にたくないんだ。彼女ともっともっと一緒に居たいんだ)
その願いに応えるものがいた。
暗き深淵から力が湧き上がってきた。
しかし、それが何者なのかはわからなかった。
途切れた意識がつながったとき、アルトは既に土の下にいた。
最初はとても混乱し、かつ、困ってしまったが、慣れというのは恐ろしいものである。
頭上にあった石を介して周囲の状況を知覚できるようになり、そこでアルトは自分が死んでしまった後に何が起きたのかを理解した。
そこは彼女の家の玄関の脇だった。
あれから何ヶ月か経っているらしく、季節が変わっていた。
埋葬されて、墓まで建てられている。
つまり、彼女にとってアルトはもはや、死体でしかないということになる。
多分、とアルトは思いをめぐらせる。
ここで墓を抜け出せば、生きて彼女と再会できるだろう。
だが彼女にとって、その猫はアルトではない別の猫なのだ。
しかし死体のままならば、彼女は自分を心に留めておいてくれるのではないだろうか。
686 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:51:33 ID:???
こうして、奇妙な生活が始まった。
彼女はしばらく落ち込んでいたようだが、また何事もなかったかのように日常に戻っていった。
とはいえ仕事もせず、人とも会わずにただひっそりと隠れるように暮らすだけだったが。
ただ、アルトの墓だけは欠かさず手入れされていた。
しばらくしてから、アルトは彼女の名前すら知らないことにいまさら気付いてしまった。
表札すらないその家には誰も訪ねてこないのだから、当然といえば当然なのだが。
しかし、アルトの死から一年が経とうかというある日のこと。
その家に訪問者が現れた。
フードをすっぽりかぶった陰気な男。
当然のように出迎えた彼女に二言、三言何事かを囁いている。
アルトにかろうじて聞き取れたのは「ゲームが始まる」という一言のみ。
男が去った後、アルトの墓を見つめる彼女の顔には深い悲しみと苦悩が浮かんでいた。
ありえないことがおきようとしていた。
彼女が家の中を片付け始めたのだ。
まるでしばらく帰ってこないかのように。
生活臭のない家はあっという間に片付き、出発の準備が整った。
家の前に止まったタクシーに彼女が乗り込むのを見送りながら、アルトは言いようのない不安に襲われていた。
彼女はもう、帰って来ないのではないか?
死体は死体らしく墓に埋まっているべきだろう。
しかし、彼女を助けられるのは自分しかいないというのは直感的にわかっていた。
(カラスと保健所に気をつけておかないとな)
彼女はタクシー、電車と次々に乗り換え目的地に向かって進む。
彼女の乗った乗り物の運転手たち、同乗者たちは、今日に限ってやたら猫の死体を見かけることに気付き、もしかして首を傾げたかもしれない。
それも、すべてが黒猫だということに。
たどり着いたのは山奥の洋館だった。
まるで人が足を踏み入れたことがないかの様に荒れ放題の表道に、先日の雨の名残か足跡がひとつあった。
そこを彼女が洋館に向かって進む。それを見送りながらアルトは悩んでいた。
(どうやってあの中に入ろうか・・・)
687 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:56:54 ID:???
しばらくして館から物音がし始めた。
時折、窓に彼女らしい人影が映るが、その姿から察すると掃除をしているようだ。
とりあえず、危険な事をするために来た訳ではなさそうだと安心するが、それでも内側の様子が気にかかる。
そこに、下山中らしい少年たちの集団が通りかかった。
(・・・今の僕にならできるかもしれないな)
少年の中の一人の姿を頭に刻み込んで、アルトは機会を待つことにした。
次の日の夕方、屋敷の扉が遠慮がちにノックされた。
彼女は命じられたとおり<参加者>を出迎える為に扉を開ける。
しかし、そこにあったのはあどけない少年の姿だった。
薄汚れた黒い服を着ており、その肌は死人のように白い。
特徴的なのはどこか猫を思わせるその瞳である。
「あのっえーと、こんにちわ」
「この館に御用ですか?
失礼ですが、招待された方でないとお迎えする訳にはいかないのです」
その少年は彼女の姿に少し驚いているようだった。
確かに純正のメイド服などというのは、今の日本では漫画かアニメでしか見られない物だろう。
「でもあの、困ってるんです。仲間とはぐれちゃって。
一晩だけで良いんです。できればここに泊めてもらえませんか?」
本来ならそれは許されることではないのだが、なぜか彼女は答えてしまう。
「・・・仕方ありませんね。一晩だけですよ?」
「あ、ありがとうございますっと、うわ!」
少年の腰の後ろで何かがぴょこりと跳ねたようだった。
「? どうかしましたか?」
「えと、な、何でもない、です」
何かを押さえつける様な仕草で彼は答える。
念のため覗いてみるが、何かがいるような気配はない。
「では、こちらへどうぞ」
少年を二階の個室に案内する途中で、彼女が館に来るより先にたどり着いていた女性とすれ違う。
「あら、もしかしてその子も参加者なの」
その女性は雰囲気こそ物静かだが、彼女とはどこか違っていた。
立ち居振る舞いに隙がなく、何か緊張感のようなものがあった。
688 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:01:46 ID:???
彼女は一礼して、無言ですれ違う。
少年のほうは警戒しているのか、女性の姿が見えなくなるまで背中を見せないように進んだ。
「この部屋を使ってください。
何か御用でしたら私に申し付けてください。一階の玄関右側が私の部屋となっております。
・・・ところで、あなたのお名前は?」
「え?
な、名前はそのっアル・・・じゃなくて、あか、し、です。
そう、赤獅」
まるで今思いついたかのように、赤獅少年は告げる。
「三毛、はまずい。
そうだ、みか・・・です。赤獅 三果」
「・・・では赤獅様。退屈かもしれませんが、館の中はなるべく歩き回らないようにしたほうが良いかと思います。
・・・危険、ですので・・・」
「わ、分かりました。気をつけます」
戸を閉めて彼女が立ち去ると、少年は押さえつけていた腰の尻尾から手を離し安堵のため息をつく。
彼はアルトの変化した姿だったのだ。
「まあ、上出来・・・かな?」
アルトの母親はよく言ったものである。
「猫にとって姿かたちなんてどれほどの意味があるのかしら?
でも人の姿への変化ぐらいは猫のたしなみというものよ。
なぜって、人間を化かすのに都合が良いからよ」
それにしても、自分の意思と関係なく、尻尾が感情で跳ねるのは何とかならないのか。と、つくづく思う。
猫の姿のときはそれが自然だったのだが、この姿では不自然極まりない。
「とにかく、ここがどんな所なのか探らなくっちゃ」
彼女の忠告も忘れ、アルトは館内の探索を始めた。
こういう時こそ猫の人生経験が役に立つ・・・かと思いきや、二階の十二の客室には人の気配がほとんどなく、一階の部屋には鍵のかけられているものばかり。
二階にある部屋の一つからは、先ほどすれ違った女性と思われる気配がするので、この館にいるのはアルトを含めて三人ということになる。
「ほう、これは珍しいお客が紛れ込んだものだな」
その声は全く唐突にかけられた。
確かに先ほどまで誰も居なかった廊下に、今までずっとそこに居たかのように男がたたずんでいた。
689 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:04:01 ID:???
「まあ、ゲームの開始まではまだ時間がある。
それまでは何をしていようが勝手だしな」
屋内だというのにフードを目深にかぶり、表情もよく見えない。しかしその姿。
その陰気な声にアルトは覚えがあった。
(こいつは彼女を呼び出した・・・!)
得体の知れない男はそのまま何事もなかったかのように、部屋の一つに入っていった。
最初に会った女性の部屋の隣だ。これで、四人。
(今はもう、これ以上何も分からない。
情報が少なすぎる。状況が変化しないと・・・)
次の日の朝方、訪問者が二人現れた。どうやら正式な来客らしい。
アルトは自分の部屋にあった筆記用具で書置きを残した。
そして自分は天井裏に登り、変化を解く。
「赤獅様。・・・赤獅様? 失礼いたします」
メイド姿の彼女がやってきた。実際ここでの仕事がメイドなのだろう。
彼女は部屋の中に少年の姿がないことに驚き、続いて書置きを発見した。
(ありがとうございました。もういきます)
「よかった・・・」
それを読んで彼女は安堵したようだった。
その書置きを胸元にしまいこみ、部屋の片付けを始める。
ベッドがまるで使われていないことをしばらくいぶかしんだが、やがて次の来客者を迎えるために出て行った。
(彼女はこんなところに居ちゃいけない。
なぜだか分からないけど、彼女をここから救い出す。
それが僕の使命なんだ)
アルトは決意を固めると、再び機会を待った。
天井裏の闇の中で。
アルト(其の一) 了
690 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:35:27 ID:???
アルト(其の一) 解説
・アルトのアーキタイプ構成
バステト専用の人の姿「猫」に人間アーキタイプ「死せる者」をハイブリッドしたもの。
旧BB公式掲示板に投稿されたネタより拝借。
・生前の“彼女”との関係(>684-685)
ほぼ筆者の創作。“彼女”とは飼い主の絆を結んである。
・>母親がよく言っていた
おばあちゃんではないです。惜しい。
・>彼女を助けられるのは自分しかいない(>686)
SAだろう。セッション記録が残ってないので、この手の描写から推測してみるのも一興。
・>純正のメイド服などというのは~云々(>687)
メイド喫茶の実現なんて予測できるかw
・>許されることではないのだが、なぜか彼女は~(>687)
絆判定でお願いしたのだろう。
・アルトの外見(>688)
業:人間変身。尻尾は変異によるもの。
というか、これが無いとまともにセッションに参加できないw
・アルトの偽名(>688)
たしか、本気で考えておらず、とっさにでっち上げたはず。
・隠れる(>689)
PCの合流を阻害するため、本来ならあまり推奨されない行為。
BBの思想としても、他者と掛け合いをすることで罪や愛を稼ぐのが本来の姿勢。
ただ、このセッションでは予め「館でのバトルロワイヤル」と予告されていた。
戦闘力に欠ける探索系PCとして、見に回ったのである。…と自己弁護w
HDの奥から引っ張り出してみたが、こりゃまた…ううむ
4年前か…当時はよほど暇だったのかな、俺
ちなみにブツはビーストバインド(旧)のセッション模様をSS風にアレしたやつ
手直しするのもなんなので、改行だけ弄って投下してみんとす
現在の視点でおかしな部分は後ほど一括で注釈入れていこう
684 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:42:51 ID:???
アルト(其の一)
彼女と死体の奇妙な関係
アルトという名前は彼女がつけたものではない。
生まれついての野良猫で、あちこちの街角でもらった名前の中で、気に入っていたというだけのものだ。
彼女はアルトのお気に入りだった。
他の人間達のように、やたら抱き上げて耳元に甲高い声で「かわい~」などと喚いたりはしないし、むやみに餌をちらつかせ自分を飼いならそうともしなかった。
アルトが訪ねると彼女はいつもその家にいて、自分を招き入れてくれた。
何も言わずに食べ物を用意して、ただじっとこちらを見つめてきた。
最初は居心地が悪かったのでたまにしか来なかったのだが、そのうち当たり前のように通うようになった。
「猫は他の連中のように、軽々しく主人を決めたりはしないものよ」
母親はよくそう言ったものだが、彼女だったら御主人様にしても良いとさえ思えた。
彼女にはアルト以外に家族と呼べるものはいなかった。
その家に他人が訪ねてくることもなく、電話がかかってくることもなかった。
だが、それすらも理想的な条件だった。アルトにとっては彼女さえいれば幸せなのだから。
別れは唐突に訪れた。
ある雨の日にアルトは死んだ。
少なくとも肉体的には。
濡れるのを嫌い、塀の隙間から飛び出したところを車に轢かれてしまったのだ。
そこを渡りきれば、彼女の家だったというのに。
音を聞きつけたのか、彼女が玄関から裸足のまま駆けつけた。
恐る恐るアルトの体に触れて、そっと抱き上げた。
四肢が力なく垂れ下がり、急速に体温が失われていく。
彼女は理解不能の色を瞳に浮かべており、明らかに目の前の事態を飲み込めていなかった。
「なあんだ、アルト死んじゃったんだ」不意にかけられた声は幼い子供のものだった。
「しんだ・・・?」
彼女は通りすがりの小学生を振り返った。
「見りゃ判るじゃん。あーあ、生意気だからいつかとっ捕まえてやろうと思ってたのに」
「この子を知ってるの・・・?」
「この辺じゃゆーめーだよ。クロとかジジとか呼んでも反応しないのに、誰かがつけたアルトって名前にだけは振り向くんだもん」
685 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:47:53 ID:???
「アルト・・・この子の名前・・・」
呟く彼女に男の子が訊いてきた。
「どこかに埋めてお墓でも作ったほうが良いんじゃない?」
「おはか・・・?」
「おねーさんが飼ってたんでしょ。
あ、いや、なんとなくそう思っただけだから、違うんならほけんじょに電話して始末してもらえば良いんだけど」
子供ながら、さすがにその女性の様子がおかしいことに気付き、彼はそそくさとこの場を立ち去った。
取り残された彼女は、やがてアルトを抱いて玄関へと戻っていった。
後にはただ血痕だけが残り、それもやがて雨に消されてしまった。
「猫には寿命なんてないのよ。すきなだけ生きてすきな時に死ねるわ。
もしも死んでも、退屈だったら生き返っても良いかもね」
母親がよくそう言っていたのをアルトは思い出していた。
(僕は、まだ死ねない。死にたくないんだ。彼女ともっともっと一緒に居たいんだ)
その願いに応えるものがいた。
暗き深淵から力が湧き上がってきた。
しかし、それが何者なのかはわからなかった。
途切れた意識がつながったとき、アルトは既に土の下にいた。
最初はとても混乱し、かつ、困ってしまったが、慣れというのは恐ろしいものである。
頭上にあった石を介して周囲の状況を知覚できるようになり、そこでアルトは自分が死んでしまった後に何が起きたのかを理解した。
そこは彼女の家の玄関の脇だった。
あれから何ヶ月か経っているらしく、季節が変わっていた。
埋葬されて、墓まで建てられている。
つまり、彼女にとってアルトはもはや、死体でしかないということになる。
多分、とアルトは思いをめぐらせる。
ここで墓を抜け出せば、生きて彼女と再会できるだろう。
だが彼女にとって、その猫はアルトではない別の猫なのだ。
しかし死体のままならば、彼女は自分を心に留めておいてくれるのではないだろうか。
686 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:51:33 ID:???
こうして、奇妙な生活が始まった。
彼女はしばらく落ち込んでいたようだが、また何事もなかったかのように日常に戻っていった。
とはいえ仕事もせず、人とも会わずにただひっそりと隠れるように暮らすだけだったが。
ただ、アルトの墓だけは欠かさず手入れされていた。
しばらくしてから、アルトは彼女の名前すら知らないことにいまさら気付いてしまった。
表札すらないその家には誰も訪ねてこないのだから、当然といえば当然なのだが。
しかし、アルトの死から一年が経とうかというある日のこと。
その家に訪問者が現れた。
フードをすっぽりかぶった陰気な男。
当然のように出迎えた彼女に二言、三言何事かを囁いている。
アルトにかろうじて聞き取れたのは「ゲームが始まる」という一言のみ。
男が去った後、アルトの墓を見つめる彼女の顔には深い悲しみと苦悩が浮かんでいた。
ありえないことがおきようとしていた。
彼女が家の中を片付け始めたのだ。
まるでしばらく帰ってこないかのように。
生活臭のない家はあっという間に片付き、出発の準備が整った。
家の前に止まったタクシーに彼女が乗り込むのを見送りながら、アルトは言いようのない不安に襲われていた。
彼女はもう、帰って来ないのではないか?
死体は死体らしく墓に埋まっているべきだろう。
しかし、彼女を助けられるのは自分しかいないというのは直感的にわかっていた。
(カラスと保健所に気をつけておかないとな)
彼女はタクシー、電車と次々に乗り換え目的地に向かって進む。
彼女の乗った乗り物の運転手たち、同乗者たちは、今日に限ってやたら猫の死体を見かけることに気付き、もしかして首を傾げたかもしれない。
それも、すべてが黒猫だということに。
たどり着いたのは山奥の洋館だった。
まるで人が足を踏み入れたことがないかの様に荒れ放題の表道に、先日の雨の名残か足跡がひとつあった。
そこを彼女が洋館に向かって進む。それを見送りながらアルトは悩んでいた。
(どうやってあの中に入ろうか・・・)
687 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 06:56:54 ID:???
しばらくして館から物音がし始めた。
時折、窓に彼女らしい人影が映るが、その姿から察すると掃除をしているようだ。
とりあえず、危険な事をするために来た訳ではなさそうだと安心するが、それでも内側の様子が気にかかる。
そこに、下山中らしい少年たちの集団が通りかかった。
(・・・今の僕にならできるかもしれないな)
少年の中の一人の姿を頭に刻み込んで、アルトは機会を待つことにした。
次の日の夕方、屋敷の扉が遠慮がちにノックされた。
彼女は命じられたとおり<参加者>を出迎える為に扉を開ける。
しかし、そこにあったのはあどけない少年の姿だった。
薄汚れた黒い服を着ており、その肌は死人のように白い。
特徴的なのはどこか猫を思わせるその瞳である。
「あのっえーと、こんにちわ」
「この館に御用ですか?
失礼ですが、招待された方でないとお迎えする訳にはいかないのです」
その少年は彼女の姿に少し驚いているようだった。
確かに純正のメイド服などというのは、今の日本では漫画かアニメでしか見られない物だろう。
「でもあの、困ってるんです。仲間とはぐれちゃって。
一晩だけで良いんです。できればここに泊めてもらえませんか?」
本来ならそれは許されることではないのだが、なぜか彼女は答えてしまう。
「・・・仕方ありませんね。一晩だけですよ?」
「あ、ありがとうございますっと、うわ!」
少年の腰の後ろで何かがぴょこりと跳ねたようだった。
「? どうかしましたか?」
「えと、な、何でもない、です」
何かを押さえつける様な仕草で彼は答える。
念のため覗いてみるが、何かがいるような気配はない。
「では、こちらへどうぞ」
少年を二階の個室に案内する途中で、彼女が館に来るより先にたどり着いていた女性とすれ違う。
「あら、もしかしてその子も参加者なの」
その女性は雰囲気こそ物静かだが、彼女とはどこか違っていた。
立ち居振る舞いに隙がなく、何か緊張感のようなものがあった。
688 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:01:46 ID:???
彼女は一礼して、無言ですれ違う。
少年のほうは警戒しているのか、女性の姿が見えなくなるまで背中を見せないように進んだ。
「この部屋を使ってください。
何か御用でしたら私に申し付けてください。一階の玄関右側が私の部屋となっております。
・・・ところで、あなたのお名前は?」
「え?
な、名前はそのっアル・・・じゃなくて、あか、し、です。
そう、赤獅」
まるで今思いついたかのように、赤獅少年は告げる。
「三毛、はまずい。
そうだ、みか・・・です。赤獅 三果」
「・・・では赤獅様。退屈かもしれませんが、館の中はなるべく歩き回らないようにしたほうが良いかと思います。
・・・危険、ですので・・・」
「わ、分かりました。気をつけます」
戸を閉めて彼女が立ち去ると、少年は押さえつけていた腰の尻尾から手を離し安堵のため息をつく。
彼はアルトの変化した姿だったのだ。
「まあ、上出来・・・かな?」
アルトの母親はよく言ったものである。
「猫にとって姿かたちなんてどれほどの意味があるのかしら?
でも人の姿への変化ぐらいは猫のたしなみというものよ。
なぜって、人間を化かすのに都合が良いからよ」
それにしても、自分の意思と関係なく、尻尾が感情で跳ねるのは何とかならないのか。と、つくづく思う。
猫の姿のときはそれが自然だったのだが、この姿では不自然極まりない。
「とにかく、ここがどんな所なのか探らなくっちゃ」
彼女の忠告も忘れ、アルトは館内の探索を始めた。
こういう時こそ猫の人生経験が役に立つ・・・かと思いきや、二階の十二の客室には人の気配がほとんどなく、一階の部屋には鍵のかけられているものばかり。
二階にある部屋の一つからは、先ほどすれ違った女性と思われる気配がするので、この館にいるのはアルトを含めて三人ということになる。
「ほう、これは珍しいお客が紛れ込んだものだな」
その声は全く唐突にかけられた。
確かに先ほどまで誰も居なかった廊下に、今までずっとそこに居たかのように男がたたずんでいた。
689 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:04:01 ID:???
「まあ、ゲームの開始まではまだ時間がある。
それまでは何をしていようが勝手だしな」
屋内だというのにフードを目深にかぶり、表情もよく見えない。しかしその姿。
その陰気な声にアルトは覚えがあった。
(こいつは彼女を呼び出した・・・!)
得体の知れない男はそのまま何事もなかったかのように、部屋の一つに入っていった。
最初に会った女性の部屋の隣だ。これで、四人。
(今はもう、これ以上何も分からない。
情報が少なすぎる。状況が変化しないと・・・)
次の日の朝方、訪問者が二人現れた。どうやら正式な来客らしい。
アルトは自分の部屋にあった筆記用具で書置きを残した。
そして自分は天井裏に登り、変化を解く。
「赤獅様。・・・赤獅様? 失礼いたします」
メイド姿の彼女がやってきた。実際ここでの仕事がメイドなのだろう。
彼女は部屋の中に少年の姿がないことに驚き、続いて書置きを発見した。
(ありがとうございました。もういきます)
「よかった・・・」
それを読んで彼女は安堵したようだった。
その書置きを胸元にしまいこみ、部屋の片付けを始める。
ベッドがまるで使われていないことをしばらくいぶかしんだが、やがて次の来客者を迎えるために出て行った。
(彼女はこんなところに居ちゃいけない。
なぜだか分からないけど、彼女をここから救い出す。
それが僕の使命なんだ)
アルトは決意を固めると、再び機会を待った。
天井裏の闇の中で。
アルト(其の一) 了
690 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:35:27 ID:???
アルト(其の一) 解説
・アルトのアーキタイプ構成
バステト専用の人の姿「猫」に人間アーキタイプ「死せる者」をハイブリッドしたもの。
旧BB公式掲示板に投稿されたネタより拝借。
・生前の“彼女”との関係(>684-685)
ほぼ筆者の創作。“彼女”とは飼い主の絆を結んである。
・>母親がよく言っていた
おばあちゃんではないです。惜しい。
・>彼女を助けられるのは自分しかいない(>686)
SAだろう。セッション記録が残ってないので、この手の描写から推測してみるのも一興。
・>純正のメイド服などというのは~云々(>687)
メイド喫茶の実現なんて予測できるかw
・>許されることではないのだが、なぜか彼女は~(>687)
絆判定でお願いしたのだろう。
・アルトの外見(>688)
業:人間変身。尻尾は変異によるもの。
というか、これが無いとまともにセッションに参加できないw
・アルトの偽名(>688)
たしか、本気で考えておらず、とっさにでっち上げたはず。
・隠れる(>689)
PCの合流を阻害するため、本来ならあまり推奨されない行為。
BBの思想としても、他者と掛け合いをすることで罪や愛を稼ぐのが本来の姿勢。
ただ、このセッションでは予め「館でのバトルロワイヤル」と予告されていた。
戦闘力に欠ける探索系PCとして、見に回ったのである。…と自己弁護w