草を生やさないオオナズチの声が、世界樹の天辺にて響き渡る。
周囲は彼が吐き出した濃霧により覆い隠され、さらにまどかが世界樹を操り大量の葉で二重に覆う形である。
駄目押しで氷竜の結界も施され、万が一にも彼らの姿や会議内容が外に漏れることはない。
集まったのはこれまで生き延びてきた猛者達、その中でも代表者たる者達だ。
世界樹軍勢からは、最後の竜たる氷嵐の支配者と巫女まどか。
その協力者にて最大戦力であるダオスとレスト。
影薄、魔法少女、歌組からはそれぞれ小町、ほむら、小鳥。
そして聖帝サウザーと彼を抑える役割の金色の闇。
最後にこの会議の発起人であるオオナズチ。
戦力面、思考面においても特に優れた者が集まったといえる。
そんな彼らが集まったのは、今後の方針を決めるためであり、予言の謎を考察するためである。
「まず先に言っておきますぞ。我が手にした情報は確実なものと、不確実なものがある。
ですから当たり前ですが、確実な情報から処理していきますぞ?」
「わかった」
「まずは『救済の予言』ですが、これはやはり元はミヤザキの遺跡にあった模様ですぞ。
情報提供者は現宮崎在住、バサルモス。しかしその遺跡は数時間前に何者かによって破壊されたそうでしてな。
『怖過ぎるから俺やっぱこのまま最後までただの岩Aとしてやり過ごす』との言葉を最後にネットワーク切られたんで救援は見込めませんな」
オオナズチからもたらされた情報に、各々は考察を開始する。
この情報で気になるのは、ミヤザキ産の予言と関わりが深そうな巫女がグンマ―産である点。
そしてそれ以上に、何者かによる隠蔽工作が行われたことである。
「遺跡を壊すってのは、予言を知られちゃ不味かったってことかね?」
「しかし妙ですね。宮崎は今は九州ロボの一部。破壊などしなくても容易には見れない筈です」
「……九州ロボは主催者の拠点。つまり主催者に感知されたくなかったということか?」
謎は残るが、確かなのは予言を妨げようとする者の存在が明るみとなった。
それはつまり、予言が本当に意味のあるものである証明でもある。
「僕が疑問に思ったのはミヤザキの遺跡に予言があって、グンマ―にはこの予言の遺跡がなかったことかな」
『私やオオナズチもそれなりに長き時を生きてきたが、グンマ―にそのような遺跡があったとは記憶していないな』
「私が予言の巫女じゃないと言えばそれまでだけど……」
不明瞭な点が多い予言において、祈りで巫女となりフォレスト・セルを制御したまどかは巫女の一節の有力候補であった。
しかし彼女が祈りに用いたのはグンマ―の秘術であり、ミヤザキのものではない。
この食い違いがある以上、巫女はまどかではないのだろうか?
「そもそも前提から質問していいかしら? 今の宮崎は機械科学の発達した文明都市。どうして群馬、グンマ―と交友があったのかしら?」
「そうですね。ここの魔物の反応からして、あまり機械文明とは仲睦まじく手を取り合うようには見えません……」
そして疑問は予言以前のものにまで行きつく。
何故グンマ―とミヤザキ、対極に位置するであろう文明に交流があったのか?
「おいお前達、脱線しかかっているぞ。この予言の出処がどこであろうと、効力のあるものなのは間違いないのだろう?
こっちなんて梨の神のお告げとかいうよくわからないものだったのだぞ!?」
少し悔しそうに叫ぶサウザーの言葉に、金色の闇はやれやれといった表情を浮かべる。
だが事実彼の言う通りであり、出処の疑問は保留とされた。
「とりあえず次に移りますぞ。
予言の一節、9人の最良の戦士。これは野球の優勝者で間違いはなさそうですな。
宮崎の地は野球選手が強化合宿で頻繁に訪れるそうですし、各地のドラゴンから野球場に不思議な紋章と力が集まっているとの報告もありましたからな」
「この予言はクリアしたも同然だな。我が
聖帝軍が必ずや優勝することだろう」
「まだ一度も試合できていませんけど……」
「でも集めた力を一体何に?」
とりあえず理屈は不明だが、9人の戦士の一節はやはり野球で確定した。
問題なのは現状況下において野球の優勝ということは恐らく、球場にかつてない程の力が集まるであろうということ。
その集まった力を何に使うのかがわからなければ、優勝したところで意味はない。
「わかってるのは、どの節も最後に集約されるってことぐらいさね。
全てが集いし時『争いの淀みから生まれた化身は救いの神に転じる』
こっから察するに、その集めた力は化身を救いの神に変えるために必要ってことだとは思うんだよ」
「そもそもこの化身とはなんなのだ一体? お前達の話を聞いている限り、きらりと似たような状況に陥った者のことのようだが……」
サウザーが首を捻りながら同盟軍を見渡す。
化身も予言の謎の一つであるが、風鳴翼やきらり等この殺し合いにおいて突如怪物に変貌した参加者は複数人いる。
殺し合いという争いの淀みから生まれる化身として、これ以上当てはまる存在はいないだろう。
同盟軍の誰もが、化身の正体をそう考えていた。
「これまでの情報を纏める限り、主催者がばら撒いた瘴気に感染して、戦い続けると変貌しちまうらしい。
予言との関係性はわからないが、主催者がこの化身を作り強化したがっているのは間違いないだろうさ」
「なんだ、以前俺が到った『蠱毒』の考えはあっていたのか?」
「蠱毒……そうですね、規模が桁違いですけど一番わかりやすい例えと言えます」
「驚いたわ。情報が揃っていない状況でそこまで辿りついていたなんて」
「はーはっはっはっ! まあ、このくらいこの俺にかかれば造作もないことよ。……闇、何か言うことはあるか?」
「
ごめんなさい!?」
反射的に闇は謝っていた。
当時は皆で馬鹿にしていたものの、実はサウザーの考察は当たっていたのだから。
しかも回りの反応を見る限りだとサウザーが答えに行きついたのは早い部類らしい。
もう少し前からちゃんと彼の話を聞いておくべきだったかと後悔しつつ、闇は咳払いの後に質問を続ける。
「しかし蠱毒のように化身を作ったとして、目的はなんなのでしょうか?
それに食人鬼の風鳴翼と諸星きらりは同種とのことでしたが、容姿や能力に接点も見受けられませんが……」
「ああ、化身の能力については僕も少し思うところがあったんだけどいいかな?」
最大の謎の質問に対し、レストが挙手をする。
ダオスやサウザー、小町も頷き、回答が促された。
「まずは『風鳴翼』。他者を捕食して能力を奪って限界の無い成長を見せていた。これが彼女本来の力と見て間違いないでしょう。
そして『ユーノ』。伝聞だけど、彼の能力は魔力やエネルギーを限界なく取り込んでの増幅反射。
『きらり』は歌も脅威だったけど、増殖する肉はきらりんロボを吸収して己の武器へと変貌する能力も持っていた。
最後にこの僕『レスト』は、元々の融合魔法の強化。他の生物や道具を取り込んで身体の一部をそれに模せるようになった。
各々が違う能力だけど、生物にしろ機械にしろ魔力にしろ『何かしらを取り込んでの自己強化』をしているように思えませんか?」
レストの推測は、きらり戦でも感じた疑問であった。
化身全体の共通能力かもしれないという、何かを取り込む力。
自身も感染し、また感染者とも戦ってきた彼の言葉であれば信憑性は高いと誰もが思い、その内容を受け入れる。
しかし問題なのはここからだ。
「なるほど。だが何かしらを取り込む能力が共通しているとして、その理由は何なのかしら?」
『わからぬ……どれもが常識外れな力であるし、他にも繋がりがあるのか……?』
「いや、着眼点は悪くないはずだ。取り込む、これに何かしらの意味はあると思うのだが……」
「う~ん、言っておいてなんですけど、僕もここから先が考えられないんですよね」
誰もが頭を悩ませる。
人より優れた知能を持つ竜、その中でも特に知識を司る氷嵐の支配者でもわからず。
知力すらカンスト値をとうに飛び抜けているレストも首を捻ったまま動かなくなり。
この軍勢の指揮官である魔王たるダオスは考え過ぎで眉間の皺が深くなるばかり。
残る同盟軍の面々も似たような状況であり、考察は暗礁へ乗り上げてしまった……
「何をそんなになやんでいるのだお前達?
きらり達は化身としては未完成だったのだろう。ならば完全体となった化身は今挙がった能力の複合体……
つまり『なんでも吸収』できる存在であり、先程ダオスから聞いた滅びの根源たる『TCも吸収できる』ようになるというだけじゃないのか?」
「「「……」」」
「サ、サウザー……」
きょとんとした顔で、なんでもないといった風に呟くサウザー。
そんな彼に向けられたのは集まった面々全員の呆気にとられた顔。
あまりの事態に思わず闇もいたたまれなくなりサウザーを慰めようとするが……
「それだッ!」
「サウザーさん、凄いですよ!」
『なんと、聖帝の智は竜をも超えるか!?』
だがそれよりも早く、大歓声が巻き起こった。
「「え?」」
これには闇も、別に大したことを言ったとも思っていないサウザーも目を丸くする。
「そうか、なんで気がつかなかったんだい! 滅びの原因がTCなら、救いの神とやらはそれをどうにかできるって話じゃないかい」
「本当に簡単にして単純なことですけど……」
「無理もないですぞ。相手は世界をメチャクチャにしたトンデモエネルギーですからな」
「普段属性吸収しておきながら、TCを吸収するっていう発想が全く出てこなかったよ……」
「私もだ。相手は対処不能な未知のエネルギー、取り込むことなど不可能だと、最初から決めつけていたのだな」
「すごいやサウザーさん、流石さやかちゃん憧れの人!」
「ふ、ふはは! この聖帝サウザーにかかれば予言の謎などこの程度よ! むしろ簡単すぎて欠伸がでかねんなぁ!
お前達も馬鹿ではないようだが、常識に囚われすぎて考えが硬くなってしまっているのではないか?」
「返す言葉もない。サウザー、助かったぞ」
頭を下げるダオスに対してサウザーは笑いながら返す。
しかしその笑みはどこかぎこちのないものだ。
(おい闇、大丈夫なのかこれは……?)
(なんで貴方が一番不安そうなんですか!?)
(いやこんな反応されたの初めてだし、俺は本当に思ったことを言っただけだからな……)
(はぁ……大丈夫ですよサウザー。いつもの貴方らしく、無駄に自信たっぷりで前を見てください。他の予言も解けるかもしれませんよ?)
「そ、そうだな。よし、このまま次の予言も解いてみせよう! ふはははははははぁ!」
へたれた顔は同盟軍には見せず、すぐに聖帝の顔で高笑いをしてみせるサウザー。
そんな様子を呆れた様子で眺めつつ、言動とは裏腹に予言に大きな進展をもたらしたサウザーを闇は内心で誇るのであった。
『この発見は大きい。化身がTCを吸収する存在ならば、野球や他の予言にも説明がつくかもしれぬぞ!』
「なぬぅ!?」
続け様に予言を解き明かそうとするサウザーだが、今度は氷竜が立ち上がる。
『全てが揃いし時救いの神になる……逆に言えば揃わねば化身の価値はない。
つまりこれは、TCを吸収できる化身であってもそのままの状態では辛い、ということだ』
「どういう意味かしら?」
『如何に全容のわからぬ化身とはいえ、吸収対象は時空間すら容易に歪める力だ。そんなものを取り込めるだけでも十分だが限界はあるだろう。
つまり他に揃えるべき予言は、化身の限界を拡張するもの……我らのドラゴンハートと似たような強化手段なのではないか?
レストがいい例だろう。彼は当時レベル50000というふざけた値だったが、それでも十分ではなく傷つき、ドラゴンハートで限界を越えられた。
化身といえどもやはり一個の生物。常人には十分に思えても相手がTCともなればレベルはいくつあってもいいだろう』
「なるほどねぇ、ドラゴンハートの力はあたいらが身を持って理解している。化身専用の大がかりな力ともなれば……」
「本当に大災害を防げるかもしれない……」
氷竜の言葉に誰もがざわめき、思考を巡らせる。
予言は未来の大災害を回避するものなのだろう。
そしてその鍵となるのは、大災害の原因たるTCをも取り込める化身。
その化身を救いの神の域まで強化するのが、予言の各節。
「そうなると野球はわかりやすいね」
「理屈はわかりませんが、9対9の真剣勝負で生まれる熱気とエネルギーを化身にそそぐわけですな」
「でもどうして野球なんでしょうか?」
「ふむ、おそらくだが……化身は殺し合いの淀みから生まれる存在。無法と無数の死で生まれる力はまさに淀みと言っていいだろう。
対して野球、こちらは中には愚かな人間もいるだろうが、基本はルールとスポーツ精神に則って行われる。
規律の上に成り立ち、かつそれぞれ違った9人の精鋭が力と知恵の限りを尽くしての決闘。いわば殺し合いの対極に位置するともいえる。
それが明確な力となり溜まっているのだとすれば、少なくともそのような高潔な力はただ変化しただけの化身は絶対に持ち合わせないだろう」
ダオスの推測に小鳥はなるほどと声を漏らす。
無数の人間がルールもなく理不尽に殺されるカオスな殺し合い。
限られた人間がルールの上で死闘を繰り広げる野球。
熱中し過ぎて死人も出てしまうだろうが、ルールに則った上での死は、9人に選ばれるような戦士ならば覚悟もできるだろう。
「
巫女の祈りと器足る巨像、これをやっぱりまどかとフォレスト・セルとした場合だけど……」
「フォレスト・セルとまどっちの魔力は尋常ではないことに加えて世界樹、自然由来ですからな。
血生臭い淀んだ化身に、爽やかな世界樹の力を持つとかありえませんし、強化には持って来いのエネルギーではありますな。
あ、ちなみにさっき言いそびれたんですがな、ミヤザキの遺跡には機械人形の残骸が多くあったそうですぞ。
現在の宮崎も調べればガンダムやロボット技術が盛んなそうでしてな。これらから主催者の乗る九州ロボが器と仮定した場合でも……
血生臭い化身に対して、血の通わない機械の力。こちらも化身が持たない力を与えるという意味では筋が通りますぞ」
「正体が絞り切れませんか……」
「いや、化身の持たない力を与えるのが目的だというのならば、今の二つはどちらも正解なのではないか?」
『流石はサウザー、柔軟な発想だ! なるほど、野球の優勝者も誰がなるかわからぬ以上、巨像も複数ある可能性があるのか』
予言の答えは一つではないのかもしれない。
巫女も祈りの後に化身に力を注ぎこむ可能性も考慮し、更なる謎へ。
「不屈の精神を持つ勇者、これは……」
『こうなってくると、これは化身その人を指すのではなかろうか?
淀みから生まれてなお自我を保ち、取り込んだ莫大なエネルギーを破壊に振りかざさないような、そんな存在を』
「……TCを取り込んだ化身は滅びを救う神、勇者かもしれません。でも、大きな力を持った存在を人は時に迫害する」
「化身となり、破壊衝動を抑え、その身で滅びの力を吸収したとして、最後は忌むべき存在とされるか……
救われぬ、報われぬ存在。そんな存在になってでも世界を救おうなどと考えられる強き心を持つ者は、間違いなく勇者であろう……」
僅かに空気が重くなる。
未来の大災害は、もはや残された人員や道具を集結させたところで抗うことはできない。
唯一の回避方法と思われる予言の考察も進んできた。
そして進んだからこそ、気がついてしまう。
一切の犠牲無く大災害を回避する方法など存在していなかったのだと。
殺し合いの果てに生まれる化身。
それは一人ではない。複数の化身が生まれる。
そのいずれかの化身が強き心を持っていた場合、その化身を犠牲にして初めて世界は救われる。
勇者たる化身を探し出すために無数の化身が必要であり、その化身を作り出すためにまた無数の犠牲者は必要。
そしてその化身は世界を救えども居場所は残されない。
救いの予言は血に塗れたものなのだ。
それでも、かつての人類はこの予言を遺した。
多大な犠牲を払う手段でありながら、他に大災害を回避する手段が見つからなかったのだろう。
それはやはり、大災害による犠牲者は殺し合いの比ではないということでもある。
「もしかして、主催者の人達も……」
「まどか、それを判断するのは早計よ。こればかりは、誰かしらを捕まえて吐かせない限りわからない。
連中が予言を知っていようがいまいが、私達は私達で前に進むしかないのよ……」
「うん……。そして、これが最後だね」
「全てを虜にする歌……か」
ここまでは順調に進んできた。
だが最後のこの一節だけは、解釈が難しい。
全てを虜にする歌。そんなものが実在するのだろうか?
いまも全国で猛威を振るうクラウザーを崇める狂信者。
種族年齢を問わずにあれだけの人数を熱狂させる彼の歌声は、世界に類を見ないだろう。
だが少なくとも彼の歌はこれに当てはまらない。
虜にする者の数は圧倒的だが、少数派になるが確かにアンチも存在するのだから。
「私はクラウザーさんの歌以外だと、演歌が好きなんだけどな」
「サボってたころにゃ、いい昼寝時に聞こえる鳥の囀りとかが好きだったね」
「僕はハープとそれにあわせた穏やかな歌が好きだったよ」
「我は女の子の嬌声が興奮しますな……サーセン、こっちが笑う前に睨むのやめてほしいんですぞ」
ここに集まった者達ですら、既に好みの音色が大きくわかれてしまっている。
やはり全てを虜にするともなれば洗脳に近い、脳を揺さぶるような声なのだろうか
「あの……よろしいでしょうか?」
そんな時におずおずと手を挙げたのは、小鳥であった。
「私、なんとなく全てを虜にする歌がわかったような気がするんです」
『なんだと!?』
「本当なのか、小鳥?」
一斉に集まる視線を受ける小鳥は、あまり力強さを感じさせない。
しかし引き下がる様子もなく、彼女自身も今まさに気がつき、己でそれを噛みしめているのだろう。
「はい。……私は、皆さんと違って戦うことはできません。ドラゴンハートの恩恵も受けられない、本当に弱い唯の人間です。
守られるばかり、眺めるばかり。ここにいる皆さんは、私なんかと違って戦いで身体は傷つき、心も傷ついてきたと思います」
『……』
三竜一の硬度と生命力を誇る氷嵐の支配者。
しかし彼も二度に渡り首をもがれ、親友や仲間達を失ってきた。
勿論彼だけではない。
まどかはこう見えて殺し合い直後から多くの死を見てきた。
ほむらは新しい友達に感謝を伝える前に死に別れてしまった。
小町は幾度となく仲間を失い自身も窮地に立たされ、その成長の果てにここにいる。
皆が、傷つき失いながら必死に抗い戦ってきた。
「私は、皆さんと一緒に戦っているなんて言葉を言う資格はありません。けれど、皆さんと一緒のところだってあります。
そう、誰か大切な人や身近な人を喪った時。これはどんな人だってみんなが悲しい筈です。
ここの魔物だってそうでした。涙を零して、お墓を作って……死を悲しみ悼むことは、種族の壁を越えています。
だからこそ。こんな悲しい殺し合いで亡くなってしまった全ての人に対する『鎮魂歌』は、皆が聴き入るのではないでしょうか?」
鎮魂歌(レクイエム)
小鳥が告げた歌は、予想外のものであった。
虜にするとなれば、脳を溶かすような美声や他の追随を許さない力強き声が思い浮かぶ筈だ。
「……なるほど。確かに一理ある」
「カヲル君が歌っている時に魔物もみんな大人しく聴き入っているのを思い出したんです。
アイスシザースさん達も機械嫌いだけどフェイちゃんを弔ってくれた。
この予言が誰かの犠牲の上に成り立つものなら、せめて亡くなった人達を弔う面もあってほしいという、私の願望でもありますけどね」
悲しみの混じった顔で笑う小鳥に対して、否定する者は誰もいない。
他の予言と異なり、この歌でどのように化身を強化するのかはわからない。
だが多くの歌を知る彼女が導き出したこの答えは、的外れとも言えなかったのだ。
「そうなると、まさか予言の歌い手はきらりではなくカヲルなのか?」
「後で彼とも話してみる必要性がありそうですね」
「しかし鎮魂といえば、今は冥府に何が起きているってんだい? いくら階級が上がったとはいえ新米のあたいにゃ想像もつかないよ」
そしてふと小町が、冥府の異常を話題に出す。
死者のための鎮魂歌。しかし今、死後の世界は未曾有の危機に瀕しているのだ。
「む……予言にばかり気をとられていたが、確かにその件も無視できぬな」
「レスト、お前さんも異常を察したってことらしいが、何か掴めているかい?」
「僕にわかるのは、沖縄の異常をもたらしている存在……おそらく災害と古龍の関係と同じような、大災害の化身が原因だということぐらいです」
「化身……予言の化身とは違うの?」
「アレは小さな大災害とでも言うべき存在だった。救いとは無縁、滅びの使者。そいつが、黒い影が、死者を次々に取り込んでいたんだ。
そして少なくとも……サクヤはアレに囚われている。彼女だけじゃない、もっと多くの人がきっと……」
悔しげに吐き出されるレストの言葉に、一同は震えあがる。
小さな大災害、可愛く聞こえるが大元の規模が桁違いなのだからいくら小型化したところで危険性は変わらない。
しかもそれが死者を襲っているともなれば、いよいよ大災害が迫り予言の解明が急がれる事態でもある。
「規模が桁違いというだけで、確かに我ら古龍と同じような存在がいても不思議ではないですな……」
「だがそいつの目的はなんなのだ!? 我が聖帝軍の散った者の眠りを妨げる奴は許さんぞ!」
しかしこの存在の謎は、その行動にある。
大災害が全ての破壊を司るものだとすれば、その化身もそれに近しい行動をとるのではないか。
東京と沖縄、これほど離れていても異常を察知できるほどの存在だ。
すぐに動きだし、大災害より先に地上に滅びをもたらしていても不思議ではない。
「あたいは死者を取り込んでたってのが気になるね。
魂ってのは人にもよるけど、大抵は生前より脆くてデリケートだ。……いいたくないが、壊して転生すらできなくすることもできちまう。
大災害の化身、つまりあのTCの化身なんだろ? わざわざ時空捻じ曲げて死後の世界まで入り込んで、壊さずに取り込む理由は?」
「更なる力を求めて、というところかしら?」
『大災害本体を許せば、生者も死者も等しく滅ぼされるということなのだろうが……確かに、ならば化身の行為は無意味だ』
「行為だけではありません。大災害で全て片付くならば、わざわざ小型がいる必要もない筈。存在が無意味の筈ですよ」
ここでしばらく、言葉が途切れる。
無視できぬ小さな大災害、しかしそれは余りにも脅威であると同時に謎が深すぎる。
古龍のオオナズチが自然災害とは無縁な行動にはしっているのだから、小さな大災害にも同じことが言えるのかもしれない。
だがだとしても、真っ先に行うことが死者の捕獲とはやはり疑問が尽きない。
「小町さん、死んじゃった人の魂は……やっぱりもう、何もできないの?」
「それも人によるよ。中には大罪人が生き返ろうと脱走を試みたりするから、それを精鋭の死神が取り押さえることもあるみたいだね」
「つまり強者の魂が相手であった場合、激しく抵抗される可能性もあるというわけか。それでも尚狙うとなると……」
「魂を捕えて、能力を奪う……人を捕食して、能力を奪う風鳴翼のような……っまさか!?」
そんな時、レストは何かに気がついたような声をあげた直後に考え込む。
そして周りの者も、彼の口から零れた言葉に違和感を覚えた。
対象が死者の魂か生者の肉体かの差異こそあれど、小さな大災害がやっていることは風鳴翼と同じなのだ。
「……これは、本当に不味いね」
やがて考えが纏まったらしいレストは、小さくその言葉を漏らした。
「おい、何かわかったのであれば説明すべきではないか?」
「サウザーさんの意見はごもっともですけど、まだ確証もない僕の推論ですよ?」
「いえ、私もさっき願望混じりの鎮魂歌を挙げましたし……」
『レスト、構わぬから言ってくれ。もしかしたら聖帝がまた何かに気がつくやもしれんからな』
促され、周りをぐるりとみた後にやがて口が開かれる。
「滅び待ったなしの大災害と、存在と行動が謎の小さな大災害。
だけど小さな大災害が大災害の化身とするなら、大災害が発生することを望む筈。
そんな時、大災害発生前に食い止めようとする僕らや予言、救いの神を小さな大災害はどう思うか?」
「あ!?」
『邪魔者でしかないということか……!』
「そう。それでいて死者を先に襲って取り込んだのはおそらく、化身……後の救いの神との戦いに備えてでしょう」
「大災害を救いの神が止められるのであれば、小さな大災害も止められて当然と言うことか」
小さな大災害の存在理由は、自身を生み出した親とも言える大災害の成就。
意志を持たず動けない親に代わり、親を止めようとする存在の排除。
あるいは悠久の時の中で大災害そのものが神格化し、意志を持ち、写し身のように放ったのか。
そこまではわからないが、どちらにせよ大災害を引き起こしたいというのは変わらないのだろう。
「しかし、わざわざ抵抗するかもしれない死者を取り込む必要がやはりわかりません」
「そうね。力を得るためならば、それこそ風鳴翼と同じように生きた人間を取り込んでもいい筈よ」
「……魂を、救いの神に渡さないため。サウザーさんは最初にこの問題に対する答えも出していたんですよ……」
「ど、どういう意味ですか!?」
「俺が言ったのは、完全体の化身はなんでも吸収でき……まさか、死者の魂まで吸収できるというのか!?」
サウザーが叫ぶと同時に、誰もがぎょっとする中レストだけが頷く。
「僕が戦った風鳴翼の能力は、捕食による能力の略奪。もしこれが厳密には『自身が喰い殺し体内に取り込んだ魂の能力の行使』だとすれば」
「より進化し拡がった化身の能力は己の体内に限らず、化身が生まれる原因となる『争いの中で散った死者の能力の行使』にもなりうるか……」
「……本当なら、とんでもない話ね。殺して肉体を無くし、魂という存在だけを集めに集め圧縮して一体の化身の力とする、悪魔染みた統合行為よ」
「はぁ~……やだねぇ、完璧ないいものとは思ってはなかったけどさ、予言を突き詰める程に悲しくなってくるよまったく」
背を仰け反らせ、後ろ側に倒れこむ小町。
仰け反ったことでより強調される豊満な胸と気だるげな仕草は時が時なら世の男女を興奮させただろうが、この場の誰もそれには反応しない。
腕で覆い隠された彼女の表情は窺えない。
だが死神である彼女だからこそ、死者の魂を知る彼女だからこそ、誰よりも辛いのだ。
「……多分、今の推理は当たってるよ。そうすると小鳥のさっきの答えも当たりになってくるからね」
「え、そうなんですか?」
「お前さんが期待してたもんとは似て非なる別もんになっちまうけどね。予言の全てを虜にする歌は、生者の意思の統一じゃない。
本当に鎮魂……望まぬ死を迎えて辛いと悶える魂を鎮めるための歌。でもそれは純粋に死者を悼む気持ちだけじゃない。
鎮めて安定させた魂に、自分が死ぬ原因となったこの殺し合いの集大成である化身にその力を貸し出させるためなんだろうさ。
いくらなんでも取り込めるとはいえ、死者にはあの狂信者が既に何十万といるんだ。黙らせなきゃさぞ五月蠅いだろうよ」
最後に少しでも明るくしようと小さく笑ってみせる小町だが、小鳥の表情は曇ったままだ。
無理もない。ここまでの話をあわせればつまり救済の予言の正体は……
「投げ出さないさ。投げ出さないけどさ……この救済の予言や大災害ってどうにかなんなかったのかねぇ?
血まみれの争いから生まれた化身、予言を考えてそれを集める存在、そしてその途中で死んでいった多くの存在。
生者も死者も何もかも全部揃えてひっくるめて、言わば総力戦でぶつかって、ようやくどうにかなるってことだろ?
せめて、死んだ連中くらいは安らかに眠らせといてあげたかったね、ほんとにさ……」
小町の言う通り、救済の予言は総力戦なのだ。
今集まっている面々も多くの死を見てきた。
だがそれはほんの少しに過ぎない。彼女らが見ていない場所で、多くの者が惨たらしく死んでいる。
この殺し合いは死んだらそこで終わりではない。死後も大災害のために、化身のために、力を残しておかなくてはならない。
殺し合いの果て、生者と死者の魂が本当に落ち着けるのは大災害を止めた先にしかないのだ。
『……月並みな言葉で悪いが、散った友のためにも我々は立ち止まれない。我々の敗北は即ちこの星の生命の敗北だ』
「わかっているよ。小さな大災害が冥府から攻めたのは、自身が
強くなること以上に化身の力を削ぐため。
予言の歌は全てを虜にとあるが、こりゃ他の予言の曖昧さから言ってあくまでものの例えだろうさ。
実際は化身が力を発揮しきれるだけの死者の魂の数があればいい。それを小さな大災害が、化身が取り込むより先回りした。
どのぐらいかわかりゃしないが、何にせよ規定数を下回った瞬間に予言は不成立、大災害の勝ちってなるわけだね」
頭を掻きながら起き上った小町はやるせなさを隠せない表情のまま、元の位置に座りなおした。
衝撃の連続が続くが、やはり死後も安息を得られないどころか小さな大災害からまで狙われるとは、死者もたまったものではないだろう。
こんな状況下でもあえて幸運とでも言えることがあるとすれば、予言の完遂を大災害の化身が妨害してくる……
それは逆に言えば予言を完遂さえすれば大災害を防げるということでもあるのだが。
「……きっと昔の人、この予言を遺した人も辛かったんだと思います」
「まどか?」
そんな小町に、まどかが静かに声をかけた。
ほんの数日前まで普通の子供であった彼女は、いまや世界樹の巫女であり予言の一節を担いうる巫女。
彼女も、人の生き死にには非常に鋭敏だ。なんでもない猫の死にだった悲しみを感じる。
「確かにこの予言は、誰かの犠牲の上に成り立っている。亡くなった人すら利用するなんて酷いとも思います。
だけど……本当に酷い人ならそもそもこんな予言は残さないですよね?」
「それはまあ、確かにね」
「死者の魂も力に変えるなら、それこそ……っ、もっと沢山の人を殺してしまえばいい。
でもそれは昔の人も嫌だった。だから生まれる化身だけじゃ足りないところを、補う形で他の強化手段を考えたんじゃないかな?」
「……そうだね、確かにそう考えた方が気が楽だ。ありがとうよ」
励まされた小町はにっと笑うと、今度は勢いよく立ち上がる。
彼女の瞳は燃えていた。
サボり死神と言われていた彼女は今、死者のためにも前を見て戦う覚悟を決めている。
思うところはあるが、これで予言の歌の意味もわかったのだ。
「これで――予言の内容は全部明らかになったんじゃないかい?」
小町の力強い言葉に、同じく全員が力強く頷き返す。
「改めて、まとめましょう」
ほむらが以前も使用したホワイトボードをデイパックから引きずり出し、予言と解答をまとめていく。
1『九人の最良の戦士たちによる儀式の完遂』
→『野球チームの優勝及び、それに伴う化身が持ちえない高潔な力を化身に注ぐ』
2『全てを虜にする歌』
→『殺し合いの犠牲者を悼み鎮める歌で死者の魂を安定させ、死者からも化身に力を注ぐよう協力させる』
3『巫女の祈り』
→『後述の器の制御及び、器を操る力を持つ巫女自身も化身に力を注ぐ』
4『器たりえる巨像』
→『巫女以外に操れない規格外の力。フォレスト・セルにしろ九州ロボにしろ、内部に化身を入れて力を注がせる』
5『不屈の精神を持った勇者』
→『争いの淀みから生まれてなお破壊衝動を抑え、大災害に立ち向かう意志を持つ化身』
6『全てが揃いし時、争いの淀みから生まれた化身は救いの神に転じる』
→『1~4全ての力を備え5の精神を持つものが、大災害の力を吸収しうる救いの存在となる』
「すごい、本当に予言の全容が……」
「いや、厳密にはまだだ。確かに予言が指し示すものはわかったが、その所在までは確定しきれていない」
『1は拳王は滅ぼすとして、聖帝と
イチローと
ドラゴンズどれかが該当するか。個人的には聖帝を応援したいが……
失礼を承知で言うぞ聖帝。今後もお前達に犠牲者が出ないと言う保証はどこにもない』
「むぐぅ……」
『その万が一があった際は、我らを使え。既に同盟を組んだ身、野球の助っ人選手としても認められるだろう』
「そのような事態は許したくないが……わかった、いざという時は宜しく頼むぞ。
2は先程の話を聞く限りではきらりよりもそちらのカヲルの方が相応しいのだろうな。まあだからといって聖帝軍の歌が劣るわけではないがな!」
「魔物も落ち着いて聞いてくれた歌声、そして心の底から鎮魂歌を歌えていたカヲル君なら、可能性はあると思います」
「歌声が足りないというならば、我らも一緒に歌ってやるべきですかな?
そして3と4ですが、我としてはまどっちとフォレスト・セルを推しますぞ。探さなくていいから楽というのもありますが……
ただ操るのではなく、役目から解放しようとしたまどっちに可能性を感じずにはいられませんからな」
「えへへ、私はそんな大したものじゃないよ。予言通りなら全力は尽くすけどね。
でも問題なのはこの5番と6番、肝心の化身が誰なのか……」
「ん……? 器足りえる巨像のフォレスト・セルが化身になりかけたものを治療……? この矛盾は……」
「どうしたのレストさん?」
「ああ、いや……化身に関してだけはもう少し調べる必要があるだろう。逆に言えば、僕らはこの場で1~4は揃っているとも言えるね」
「これまでのどうしようもなさに比べれば、遥かに光が見えてきたと言えるね。さあ、気張ってもうひと頑張りといこうじゃないかい」
「きゅっきゅきゅー!」
「「?!」」
予言を纏め上げている大事な場面で、突如間抜けな鳴き声が響き渡った。
それはこの場にいる10人の誰のものでもない。
最終更新:2018年06月26日 14:15