関係あるとみられる作品

「蓬莱人形 ~ Dolls in Pseudo Paradise」

関係あるとみられるキャラクター

ZUN  

概要

青鬼集落の向こうに見下ろす、白馬村市街地

僕ら正直村はもともと八人だけだったのだ。
全員で東の山に引っ越すことになって二年が経とうとしていたんだ。正直退屈な毎日だった。
ある日、一人が桃の木の脇に小さな穴を発見した。
そう、それから僕らはこの楽園に迷い込んだのだ。
そして僕はさっそく、人間をやめた。

               「蓬莱人形 ~ Dolls in Pseudo Paradise。」より

幻想郷へと移り住んだ8人の「僕」が、何者かの手によって順番に殺害されていく…
…という異色のバックストーリーを付して発表された、上海アリス幻樂団初の楽曲集「蓬莱人形」。
その中で、ZUN氏は自身のことを「正直村の隠し子、最も高所恐怖症な僕」と言い表している。

これらがどの程度の現実性をもって書かれたものなのかは、筆者のみぞ知る所である。だが故に、東方ファンの空想を大いに掻き立てる。
上記の一節に最も「幻想的」な解釈を与えるとするならば、「正直村」というのはZUN氏の所属していた何らかの共同体を意味しており、
ある時、彼らが(日本のどこかに存在する)楽園(=幻想郷)に迷い込んだのだ、と読み解くことが出来なくもなくもないからである。

また、あらゆる精神活動がその制作者の心象世界の発現である以上、生まれ育った地域や環境は作品に影響を与えうるものである。
現にZUN氏自身が某つぶやきで「幻想郷のイメージ的には東北か四国ですね(離れてるなぁ)」と言明しているにも関わらず、
東方projectの書籍作品等において語られる幻想郷の文化、祭事あるいは伝承等が、信州地方特有のものであることが少なくない。
記憶は意識の垣根を超えて、原作者に寄り添い、語りかける(確信)。

よって本記事では、ZUN氏の出身地である白馬村の神社について、幻想郷その他のイメージ形成に寄与した可能性をかんがみつつ付記していく。

神城地区

大宮神明社(おおみやしんめいしゃ)

神社入口と拝殿。太田一級建築士さんは東方projectとは関係ないはずです。山中の神社としては、広々とした境内が特徴的。

紹介   :神城字三ケ日に存在する神明社。鎮座時期は不明、少なくとも鎌倉初期には存在。境内に複数の社殿。一部は国指定重要文化財
住所   :長野県北安曇郡白馬村神城字大宮13166
立地   :平地
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :天照大神(神明社)、建御名方神(諏訪社)、誉田別命(八幡社)
鳥居   :神明鳥居
鳥居の方角:西向き。ただし社は南向きに建つ。
その他備考:2014年11月22日に発生した長野県北部地震で境内に亀裂が入り、社殿にも損傷が発生したもよう。

城嶺神社跡(じょうみねじんじゃあと)

 
神社入口と本殿…のあった場所(2016年12月撮影)。手洗場跡と思しき石桶が残っていたため、何とか場所が分かった。入口からはプチ登山。

紹介   :神城字堀之内にかつて存在していた神明社の跡。創建は不明、明治41年5月28日に現在地に鎮座
住所   :長野県北安曇郡白馬村大字神城字城嶺15、長野県白馬村大字神城字城嶺152 ノイ
立地   :「茨山(いばらやま)」とも呼ばれる丘の上に立つ。集落との標高差は50m程度。戦国時代は要害地であり、茨山城が建てられていた。
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :天照大神、素戔嗚神、建御名方神、伊弉冉神など。白山比咩神、荒神、大黒天、恵比寿天も合祀
鳥居   :神明鳥居
鳥居の方角:南向き
その他備考:城嶺→しろみね→白嶺→はくれい→博麗と連想できる点と「丘の上に建つ」という立地性から、平成23年頃より一部ファンの間で博麗神社元ネタ説が支持されていた。

      しかしながら、2014年11月22日に「長野県北部地震」が発生。
      城嶺神社一帯は特に大きな衝撃に見舞われたため、当該社殿および神楽殿は壊滅的被害を受けた後、間もなく冬の訪れと共に倒壊した(積雪)。
      もうそろそろ(2020年1月2日現在)怒られないかな、と思うので言うが、

      リアル東方緋想天である。

      …まあ緋想天は夏の話だけどな。

      かくして震災を耐え抜いた大黒社(併設)だけをぽつんと残し、さっぱり更地化してしまった城嶺神社であったが、間もなく氏子さん達等によって再興に向けた募金活動が始まる。
      その甲斐あって、少し離れた平地に社殿が再建(2017年9月)。かつての神社跡には、新たに小型社殿と城嶺神社ならびに茨山としての歴史を伝える看板が設置されている。

 
2019年12月現在の城嶺神社跡およびその参道から見える新しい社殿。新しい社殿は東を向いて建てられている。

飯森神社(いいもりじんじゃ)

 
鮮やかな明神鳥居が印象的。本殿の背後は広々とした農地、その向こうには白馬連峰。たいそう美しい。

紹介   :神城字飯森に存在する明神社。南北朝時代の永徳年間に、飯森氏一族によって創建されたと伝わる。
住所   :長野県北安曇郡白馬村大字神城字飯森27346
立地   :平地
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :弥都波能売神(みづはのめのかみ)、菅原道真(すがわらのみちざね)
鳥居   :朱塗りの明神鳥居(ただし両部鳥居)。戸隠神社風の注連縄
鳥居の方角:東北東向き
その他備考:東向きではあるが真東ではない社殿(やや北向き)、朱塗りではあるが両部型(鳥居を支える4本の稚児柱が存在する)の明神鳥居など、
      非常にいい線は行っているのだが、やっぱちょっと違う感がただよう、とっても素敵な神社。中でも最も注目すべきは、その祭神だろう。
      弥都波能売神(みづはのめのかみ)は「恵みの雨を降らせる程度のご利益」を持つとされる神であり、一般的に龍の姿をとるとも考えられている。「弥都波」は「水づ早」、つまり雨の降り始めと解釈でき、水の神でもある龍神にあやかって龍の姿をとると考えられたのだろう。
      さらにもう一方の祭神である菅原道真も『東方茨歌仙』第3巻第15話「見えるご神体」の中で、かつて博麗神社に祀られていた神として描かれている。
      龍神と菅原道真-。博麗神社に龍神が祀られているかどうかは定かでないが、少なくとも幻想郷に縁の深い二柱を祀る神社として、非常にポイントが高い。
      また白馬村内の「八方池」のほとりに石祠の飯森神社奥社があり、大蛇が棲むという伝説を残す。奥社が建つ標高2000m超の高地は、とても幻想的である。

 
白馬五竜岳や唐松岳等の登山ルート上にある飯森神社奥社及び八方池。リフトを利用して接近できるとは言え、軽登山くらいの心構えが必要。


青鬼神社(あおおにじんじゃ)

 
左写真は青鬼集落と青鬼神社をつなぐ長い石段の終点付近から撮影。鬱蒼とした山林に覆われる本殿は、神秘的な雰囲気たっぷり。


紹介   :北城青鬼の集落内に存在する明神社。創建は大同元年(西暦806年)、安和2年(西暦968年)に現在地に鎮座したと伝わる。本当ですか?
      明治15年に古来の社殿が火災消失。その後は仮殿にて祭事を継続し、明治26年に現在の本殿を復興した。覆屋は明治中期の建立とされる。
      ちなみに「青鬼神社」の名称は、火災消失から復興までの過渡期である明治19年ごろに、県知事の許可を受けて改名されたものである。
      古来の社名と、改名された理由は不明。まったく余談であるが、博麗大結界が完成し、幻想郷が現在の姿になったのも明治17年ごろである。
住所   :長野県北安曇郡白馬村大字北城字善鬼堂17446
立地   :山の中腹。青鬼集落より石畳と石階段からなる全長約100mの参道を登る。集落との標高差は50m程度。
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :善鬼大明神(膳鬼大明神とも書く)
鳥居   :青みがかった明神鳥居。戸隠神社風の注連縄
鳥居の方角:南向き
その他備考:とんでもなく古い由緒を持つにも関わらず、地元の人かある種のマニアしか知らなそうなローカル神社。そして聞きなれない神さまを祀る。
      幻想郷史において非常に重要な年である明治17年前後に祭神と社殿がリニューアルされているなど、何かと不思議な、興味深い神社である。
      祭神の善鬼大明神については、元来暴れん坊の妖怪だったが、怒れるMURABITOらに穴にとじこめられたところ、どこぞかにワープ。
      後日、ワープ先で心を入れ替えて真面目に働いているという噂が青鬼集落にも伝わり、神さまとして祀られるようになったとの伝説がある。
      里から追放した不良妖怪が、よそで改心して真面目に働いていると聞いたから神として祀ったというのは、正直かなり奇妙な筋書だと思う。
      なお善鬼神が膳鬼神とも書かれるのは、冠婚葬祭等で食器が大量に必要な時、お椀を貸してくれる神さまだとも信じられているためである。
      妖怪や神さまが椀を貸してくれる話は全国に存在し、「椀貸し伝説」として類型される。広義にはマヨヒガもその一に入りうるだろう。
      「椀貸し伝説」は戸隠地方にもあるため、当神社の縁起はその影響を受けて成立したのだろう。白馬村の中でも特に戸隠風の神社と言える。

伝行山下堂(でんぎょうざんしもんどう)

稲荷神社の鳥居と本殿。この鳥居から向かって左側には秋葉神社が、右側には庚申殿がある。山頂境内からはJR白馬駅周辺の市街地が一望できる。

紹介   :江戸時代、日本海から内陸へ塩や海産物を運ぶ街道「塩の道」の荷継ぎ場として栄えた塩島新田村ら(現白馬村新田地区)の、宗教施設群。
      秋葉神社、稲荷神社、庚申殿、庚申塔、大乗妙典、松尾芭蕉の句碑などが集約されており、往年の生活を知る上でも貴重な文化財である。
      元禄7年(西暦1694年)建立の庚申塔を最古に、そのほとんどが江戸時代の中期から後期にかけて建立されていったものと考えられている。
      また、敷地内に植えられた江戸彼岸桜の古木は「伝行山の徹燃桜(でんぎょうざんのてつねんざくら)」とも呼ばれ、結構な知名度を誇る。
      白馬連邦と桜を1フレームに納められる撮影名所なのだとか。開花は例年4月下旬から5月上旬頃。
住所   :長野県北安曇郡白馬村大字神城字新田地内。国道148号線「岩岳入口」交差点を切久保方面(北方面)に曲がってすぐ
立地   :主に平地。ただし187段の急階段を登った先の高台に稲荷神社が立つ。平地と高台との標高差は50m程度。
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :火之迦具土大神(ひのかぐつち。秋葉社)、保食神(うけもちのかみ。稲荷社)、青面金剛(しょうめんこんごう。庚申殿)など
鳥居   :朱塗りの明神鳥居。
鳥居の方角:南向き
その他備考:本史跡の持つ意義が郷土史学・民俗学上で貴重であることに疑いはないが、東方project学的に注目したいのは、ぶっちゃけそこじゃない。
      下の写真は伝行山のふもと、明神鳥居のそばに立つ石碑の一つだが、どこかで見覚えがある気がするのは多分編集者だけではなかろうて。
すごく既視感を覚える蛇が刻まれた石碑

霧降宮切久保諏訪神社(きりふりのみやきりくぼすわじんじゃ)

白馬村にある3つの諏訪社の中で最も趣向に富み、庭園的なよそおい。境内を小川が流れ、石橋を渡って参拝するのが優雅である。

紹介   :北城字切久保に存在する諏訪社。平安~鎌倉時代の創祀で、鎮護の神として諏訪大社下社から勧請されたと伝わる。現社殿は明暦4年(西暦1658年)創建。
住所   :長野県北安曇郡白馬村大字北城字切久保大林12327
立地   :平地
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :建御名方神、八坂刀売神、天手力男神、天照大神、八縣宿祢神(建御名方神の子神である興波岐命(おきはぎのみこと)の別称)
鳥居   :石造りの明神鳥居
鳥居の方角:南向き
その他備考:>僕は生まれが長野だからずっと諏訪の話をよく聞いていたわけなんです。
      >実家のすぐ近くに諏訪神社があって、実家ではその諏訪神社――本当に小さい無人の神社なんですが、
      >その神社でお祭りをすると必ず雨が降るという話があるんです。
      僕の子供の頃は諏訪の神様は雨の神様だってずっと教えられてたんですよ。
      『キャラ☆メル』vol.3「神主ZUN、『風神録』についてかく語りき」より抜粋

      白馬村には3つの諏訪社が存在するが、それぞれ「霧」「雨」「霜」+「降宮」という一風変わったネーミングを冠している。
      この霧、雨、霜とはすなわち水の三態(気体・液体・個体)を表していると思わる。極めて科学的な発想で、興味深い。
      …のだがそれは一旦さておき、ここで最も重要なのは、霧降宮・雨降宮・霜降宮がいずれも「水の降る宮」の意味だという点である。
      これは白馬村で諏訪の神様が雨の神様だとされている証左であり、つまりZUN氏の追想(上述)が事実であることを意味している。
      以上より、白馬村の諏訪社が東方projectの世界観構成に多大な影響を与えていることは確定的に明らかだろう(特に風神録に)。
      なお、すっごく余談にはなるが、「なぜ白馬村では諏訪大社の神様が雨の神様であると考えられているのか…」という命題に対しては、
      「戸隠の龍神伝説と諏訪の諏訪大神伝説(白馬の東方の大伝説と白馬の南方の大伝説)が、なんかちょうどいい感じに混ざったから」
      だと編集者は勝手に思います。根拠など無い。気になる方は頑張って調べてみてね。

雨降宮嶺方諏訪神社(あめふりのみやみねかたすわじんじゃ)

境内の博麗神社っぽさは屈指。有志によって、この神社をモデルとしたMMDステージ「博麗神社」が公開されていることでも知る人ぞ知る。
紹介   :北城字嶺方に存在する諏訪社。本殿には寛文8年(西暦1668年)の棟札があることから、遅くとも江戸前期の創祀だと考えられる。
      広々とした境内には樹齢1000年と伝わる老杉がおよそ無造作に立っている区画があり、戸隠神社然とした威容をたたえている。
住所   :長野県北安曇郡白馬村大字北城字嶺方宮ノ入23621
立地   :平地。ただし嶺方集落そのものが丘の上に存在する。
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :建御名方神、八坂刀売神
鳥居   :朱塗りの明神鳥居(ただし両部鳥居)。戸隠神社風の注連縄
鳥居の方角:ほぼ真東
その他備考:白馬に3つある「降宮」の名を持つ神社の一つ。平地でも標高800mを超え、白馬村内でも一際高地にあたる嶺方集落の中にある。
      古来嶺方集落の産土神として信仰を集めてきた一方、諏訪社の名を冠すとおり、雨乞いの場として重要な意味があったと考えられる。
      境内に樹齢1000年を超えるという杉の巨木がそびえていることからも、古くから神聖な場所とされていたことは想像に難くない。
      他方で、本来「鎮守の森」たる境内の側面、背面の山林は切り開かれ、昭和30年代より「白馬みねかたスキー場」が運営されていた。
      この「スキー場のすぐ真横に古めかしい神社がある」という、たいそう珍奇な光景によって、永らく別の意味でも有名な神社だった。
      しかし「白馬みねかたスキー場」は2014年9月、利用客の減少を理由に当シーズンの運営を断念。さらにその後、廃業を決定した。
      おりしも2014年11月には長野県北部地震が発生しているので、この災害がスキー場再開の最後の希望を奪ったのかもしれない。
      だがこうしてスキー場が廃業し、原野に還ることで、雨降宮嶺方諏訪神社の森がいずれ本来の姿を取り戻すとしたら、皮肉な話ではある。
      なお、雨降宮嶺方諏訪神社より数十メートル上、かつての「白馬みねかたスキー場」ゲレンデ脇に、無名のお堂が取り残されている。
      参道らしい参道も無く、ぽつんと東を向いて建っている。もしかしたら、これが博麗神社かもな(真に受けないでね)。
雨降宮諏訪社より数十メートル高く、ゲレンデの反対側に建つお堂。地蔵菩薩や仏塔が見られ、神仏集合の時代に建てられたものではないかと思われる。

霜降宮細野諏訪神社(しもふりのみやほそのすわじんじゃ)

 
民宿や飲食店が多数存在する地区にあり、駐車可能なスペースはあまり無さそうだった。無理な路駐は避け、どうにかがんばってください。

紹介   :北城字細野に存在する諏訪社。創祀時期についての詳細は不明だが、治承元年(西暦1177年)に八田弥五兵衛なる人物が寄進したという
      樹齢1000年の杉の木が境内にせせり建つため、霧降宮切久保諏訪神社同様に平安末期ごろにまでさかのぼる歴史を持つのかも知れない。
住所   :長野県北安曇郡白馬村大字北城字八方5143
立地   :平地
社務所  :なし。平時は無人の神社
祭神   :建御名方神、八坂刀売神
鳥居   :明神鳥居
鳥居の方角:南々東
その他備考:白馬に3つある「降宮」の名を持つ神社の一つ。白馬八方尾根スキー場に近く、商業施設、飲食店、宿泊所らの密集地の中にある。
      本殿に掲げられた額の字は、第77代神官長の守矢真幸さん(守矢早苗さんの御祖父)の書き上げであり、格式を感じさせる。
※諏訪大社宮司守矢真幸書、昭和34年9月とある。
      他方で気になるのが、本殿の額や境内前の石標には「諏訪神社」の表記しかなく、どこにも「霜降宮」と書かれていない点である。
      前に挙げた2社がそれぞれ境内の前にある石標に「霧降宮」や「雨降宮」と明記しているのとは対照的であり、非常に気になる。
      ともすれば「霜降宮は白馬村内でも一等の諏訪神社であり、他の2社とは格が違うんです!」という意思表示なのかも知れないし、
      そもそも、石標や額が設置された年代には現にこの神社は「霜降宮」とは一般的に呼ばれてはいなかったのかもしれない。
      つまり白馬村の諏訪3社をそれぞれ「霧」「雨」「霜」の三態になぞらえるロジックこそ近世になってから作られたものであり、
      本来白馬村には雨にまつわる諏訪社が「霧」と「雨」の2社あり、そうではない諏訪社が1社ある、と言うべきなのかもしれない。
      「霜」はフェイクで、正しいのが「霧」と「雨」…霧雨、と考えるとわくわくしませんか?編集者は結構わくわくします。

  • 『白馬の歩み(白馬村誌)第3巻 下』によれば、明治期以前に喪失した4つめの「諏訪社」もあるそうな - 編集者後記 2017-05-06 21:45:54
  • 長野県出身だからこれ呼んですごいわくわくしました! - み (2020-08-19 08:09:30)
  • ….ッッッッ。ワクワクしちゃうなあ…….。 - 放浪の者 (2022-10-27 10:04:10)
  • 今度行ってみるかぁ…寒いけど。 - ファイナルアタッカー (2024-10-20 19:27:27)
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最終更新:2024年05月19日 11:28