ハサン・サッバーハ

【表記】ハサン
【俗称】先生
【種族】サーヴァント
【備考】
【切札】

【設定】

【ステータス】
 筋力B 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具C

【スキル】
気配遮断:A+
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を断てば発見する事は不可能に近い。
 ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

投擲(短刀):B
 短刀を弾丸として放つ能力。

風除けの加護:A
 中東に伝わる台風避けの呪い。

自己改造:C
 自身の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。
 このランクが上がればあがる程、正純の英雄から遠ざかっていく。

【宝具】
『妄想心音(ザバーニーヤ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:3~9 最大捕捉:1人
 呪いの腕。悪性の精霊・シャイターンの腕であり、人間を呪い殺す事に長けている。
 エーテル魂を用いて、鏡に映した殺害対象の反鏡存在から 本物と影響しあう二重存在を作成する。
 殺害対象と共鳴したその偽者を潰す事で、本物には指一本触れずに殺害対象を呪い殺す。
 強力な物理防御を無効にし、心臓を潰す暗殺術。
 妄想心音に対抗するにはCON(耐久)の高さではなく、二重存在を作成させない能力・MGI(魔力)の高さが重要となる。

魔神は男に騙され、その右腕の霊基を預け、男はついに暗殺者として頂点に立った。

【戦闘描写】


【能力概要】


【以上を踏まえた戦闘能力】


【総当り】


 声。確かに声がした。
 それもすぐ近く、この部屋から声がした。
 背筋に悪寒が走る。
 ……恐ろしいのは、そこまで判っていながら、声の主が何処にいるのかが判らない(・・・・・・・・・・・・)という事だ。



妄想心音(ザバーニーヤ) ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:3~9 最大補足:ひとり

 呪いの腕を使った暗殺術“妄想心音≪ザバーニーヤ≫”。それがハサンの宝具である。
中東の古い呪術によって生み出した悪魔シャイターン(キリスト教におけるサタン)の腕を己の腕としてつなげたもの。
その能力は、人を呪殺することに特化している。
 殺害対象を鏡に写し、その反鏡存在から、エーテル魂を用い、殺害対象と寸分たがわぬ“二重存在”を作り出す。
二重存在とは、本物と共鳴しあう性質を持っており、二重存在を傷つければ、本物も同じく怪我をする。
これは類感呪術、それも極めて高度なレベルといえる。
これによって作り出された対象の擬似心臓を握り潰すことで、対象は、外見的にはかすり傷ひとつ負わずに心臓だけを潰されて死亡する。
この妄想心音≪ザバーニーヤ≫による攻撃に対しては、いかなる鎧も意味をなさない。何人であろうとも鍛えることのできない部分、臓腑を直接攻撃することができるこの宝具は、まさにアサシン(暗殺者)に相応しい恐るべき宝具といえよう。
(Fate/complete material III World material)

Q:”妄想心音(ザバーニーヤ)”を防ぐ手はあるのでしょうか?
A:単純にアサシンの間合いに入らないこと、”妄想心音(ザバーニーヤ)”によって作られた鏡像の心臓の呪いをはねのけるほどの高い魔力、ないし幸運があれば問題なし。
また、英霊の中には心臓潰されたぐらいじゃなんともないお方もいたりする。
(Fate/complete material III World material 奈須きのこの一問一答)

○刀VS殺
編集部(予測)
敵との距離を一定に保ちつつ、投擲で急所を狙うのが真アサのスタイル。しかし、卓絶し
た剣技に中途半端な飛び道具が通用する筈もなく、40本の短剣全てを弾かれるだろう。
短剣が尽きた所で攻勢に転じれば小次郎の勝利は間違いないが、彼は山門からあまり離れ
られない。対するハサンも格闘戦は苦手なので、戦いは降着状態に。互いに手詰まりとな
れば宝具勝負。しかし射程の短い燕返しに対して、妄想心音は離れた場所から相手に触れ
ずに呪殺する事が可能。魔力Eの小次郎が倒れるは必須…よって、真アサシンの勝利か?

奈須さ~んCHECK!
鯖単体の対決なら、文句なく真アサシンに軍配が上がります。判定の通り、小次郎に妄想
心音を破る手段は無いのですから。ですが、その先があります。妄想心音の泣き所は「即
死」ではないこと。通常心臓を破壊されれば即死ですが、相手は鯖。特に霊としての属性
が強い小次郎は、心臓が破壊されたとしても戦闘能力は残っています。宝具使用後の隙を
突いて間合いを詰め、燕返しを放つ事も可能なのです。となると……結果は相討ち…?


 ライダーに対処できるものではない。
 セイバーとの戦いでライダーの実力は判っている。
 セイバーでさえ防ぎきれるか、というアサシンの猛攻だ。
 セイバーに一撃で倒されたライダーに太刀打ちできる道理はない。
 白い髑髏は容赦なく己が凶器を掃射する。
 異常に気付いたのは、既に優劣が確定した後だった。
 ……当たっていない。
 闇に撃たれた幾条もの短剣は、一本たりともライダーには当たっていない。
 ……信じられない。
 あれだけの数。
 あれだけの短剣を、ライダーは全て速度だけで躱しきった。
 俺を助けた時とは違う。
 自分ひとりなら弾く必要などないと、ライダーは地に這ったままアサシンの猛攻を躱したのか。
「何を遊んでおるアサシン……! 我が孫のサーヴァントと言えど容赦は要らぬ、早々に片付けんか……!」
「ソレハデキナイ―――コヤツ、以前トハ違ウ」
 天井に張り付いたまま、アサシンはライダーを凝視する。
 今のライダーは以前のライダーとは違う。
 その体に秘められた魔力も、敵を威圧する迫力も段違いだ。
 セイバーには届かないにしても、これなら―――ライダーは、確実にアサシンを上回っている。

 十間は離れていた間合いが、今ではわずか三間(五メートル)。
 彼女―――セイバーならば一足で踏み込み、髑髏の面ごと敵を両断しうる距離である。
 接近されては勝負にならぬと踏んだからこその投擲、接近されまいとするからこその後退だ。
 髑髏はセイバーの全力疾走には及ばないものの、地を駆ける獣の如き速度で後退する。
 狭い廊下を滑るように、直角の曲がり角さえ減速せず移動していく。
 背面に目があるのか、それともセイバーと対峙しているこの面こそが背面なのか。
 髑髏面のサーヴァント―――アサシンはセイバーから追われつつも、離れすぎず近づきすぎず、逃げ水の如く間合いを維持していた。
 ノーモーション、取り出す仕草さえ見せずに放った三条の短剣は、しかしセイバーには通じない。
 ランサー同様、セイバーにも射的武器に対する耐性がついている。
 ランサーが風切り音と敵の殺気から軌道を読むのに対し、
 セイバーは風切り音と自らの直感で軌道を読む。
 英霊にとって“視認できない攻撃”はそう脅威ではない。
 彼らはその先を行くもの、“理解していても防げない攻撃”こそが、互いを仕留める極め手となるからだ。
 その点で言えば、ランサーの槍は英霊の宝具と呼ぶに相応しい。
 “必ず心臓を貫く”などという武器は、その正体が判ったところで防ぎようがあるまい。
 あの魔槍に対抗する手段があるとしたら、
 槍の魔力を上回る純粋な防壁を用意するか、
 槍によって決定された運命を曲げるほどの強運か、
 そも槍を使わせないか、のいずれかしかあるまい。
 それに比べればアサシンの短剣(ダーク)は御しやすい。
 急所に刺されば死ぬが、弾けば防げるモノならば礫(つぶて)と何ら変わらないからだ。
「しかし、よくもまあ弾いたものだ。私の短剣、見せないつもりで撃っていたのだが、おまえには見えていたのか?」
「実像は見えてはいないが、軌跡ならば読み取れる。見えないものを恐れるようなら、このような剣は持たん」
 不可視の剣を持つ者に黒塗りの短剣を投げつけたところで何ができよう。
 英霊としての格の違い、手にした宝具の性能差を見せつけられ、アサシンは笑い続ける。

 今まで微弱にしか感じられなかった魔力が、アサシンの右腕に集中する。
 ……アサシンの右腕は、棒だった。
 手の平のない奇形の腕は、腕として用をなさない。
 それでは短剣は握れず、相手を殴りつける事さえできまい。
 それが曲がった。
 骨を砕き、曲げて、髑髏の腕が奇形の翼を羽撃(はばた)かせる。
 奇形だった。
 なんという長腕か。
 暗殺者の右腕は、拳と思われた先端こそが“肘”だった。
 ソレは―――肘から折り畳まれ、その掌を肩に置いた状態で縫い付けられていた腕なのだ。
「――――――――」
 セイバーの思考が凍る。
 届く。
 あの腕ならば届く。
 届いて確実に自身の心臓を抉り出す。
 その戦慄が身に走るより早く、彼(か)の腕は羽撃き――――
 呪腕は槍のように彼女に突き出された。
 肉を断つ音と、噴出される鮮血。
 赤い血は地面を濡らし、黒い影を斑(まだら)に染める。
「――――――――キ」
 髑髏の面から狂気が漏れる。
 一直線に突き出された腕は真紅。
 それは事を成し、速やかにアサシンへと折り畳まれ、「キ、キキキキキキキキキキ――――!!!!」
 その、奇形である肘から上を、完全に断たれていた。
 ……振り上げた剣が落ちる。
 アサシンの呪腕はセイバーには届かなかった。
 その腕が鏡像の心臓を抉り出すより速く、セイバーの剣が呪腕を断ったのだ。
 いかな窮地と言えど、アサシンの宝具ではセイバーは倒れない。
 否。
 因果を逆転させるランサーの槍を防いだ以上、このような呪腕に倒される事など、セイバーには許されない。
(桜ルート8日目)

 闇の中―――無明より放たれた三条の凶器が、ランサーの一薙ぎによって払われたのだ。
 槍に弾かれ、地に刺さった凶器は短剣だった。
 切りつけるものではなく、狙い撃つ事を主として作られた投擲短(ダーク)剣。
 それらはランサーの両目と喉笛を標的に、寸分の狂いもなく高速で投げられたものだ。
「――――いい腕だ。が、二度とはするなよ砂虫。
 挨拶もなしで命を獲られるのは趣味じゃねえし、何よりおまえにとっちゃ命取りだ」
 青い痩身が闇に対峙する。
 ランサーの正面――――暗い堂の中には、うっすらと、 白い、月のような髑髏(どくろ)が笑っていた。
 ――――戦いは、何の口上もなく始まった。
 白い髑髏は人語を知らぬのか、奇声のみをあげてランサーへと襲いかかり、
 ランサーは眉一つ動かさず、敵の奇襲を迎え撃った。
 髑髏の放つ短剣は、それこそアーチャーの弓に匹敵する。
 それを至近距離より、闇に飛び交いながら放った数は実に三十。
 その全てを、ランサーは事も無げに弾き返した。
「キ――――?」
 髑髏が止まる。
 それは異常だ。
 いかにランサーが優れた槍兵であろうと、針の穴さえ通す髑髏の短剣を防ぎきれる訳がない。
 しかも相手は長柄の武器。
 切り返す槍の隙間、確実に相手の急所(しかく)に放つ短剣が、何故悉(ことごと)く弾かれるのか?
「おい。まさかとは思うが、おまえの芸はそれだけか?」
 ランサーの気配が変わる。
 足を止め、髑髏の様子を伺っていただけの敵意が、確実に殺すものへと切り替わっていく。
「ならこれで終いだ。
 おまえが何者かは知らんが―――まあ、その仮面ぐらいは剥がすとするか」
 ―――短剣が闇に迸(はし)る。
 髑髏へと踏み込もうとしたランサーに合わせた、迎撃(カウンター)となる高速掃射―――!
 それも防ぐ。
 軽く、ほんの僅か槍の穂先を揺らしただけで、ランサーは視認さえ出来ぬ投剣を無効化する。
「――――――――」
 震えたのは髑髏の面だ。
 人語を発さぬソレは、くぐもった悲鳴を飲み込み、自らの首を突きにくる槍兵(てき)を凝視し――――
「――――、キ――――!」
 わずかに揺れた槍の隙をつき、ランサーの喉元へ短剣を撃ち放つ……!
「キ……!」
 髑髏の面が振動(ふる)える。
 投剣を防いだ槍はそのままランサーの手元で反転し、くるん、と見事な円を描いて、襲いかかる髑髏の顎を打ち上げたのだ。
 防御と反撃。
 動作は一呼吸、まったくの同時に行われた。
 それを、自分から飛びかかった髑髏に防げる筈がない。
 ――――白面が落ちる。
 ランサーは追い討ちをかけない。
 彼に与えられた指令は、ただ敵を観察する事のみ。
 いかにこれが必殺の機会であろうと、彼には手を出す権限がない。
「―――馬鹿が。言っただろう、俺に飛び道具は上手くないと。忠告を聞かなかったのはそっちの方だぜ」
 槍の穂先を向け直し、ランサーは素顔を隠す“敵”を観察する。
 黒い体。
 包帯で封じられた右腕。
 白い髑髏の面で隠した顔は―――闇に隠れて、未だ明確には見えなかった。
 否。
 その顔は無貌と言えるほど、凹凸(おうとつ)のない造りではなかったか。
「ギ――――ワタシのメンを、ミた、な、ラン、さー」
「そりゃこれからだ。サーヴァントには違いないようだしな。どこの英雄かハッキリさせるとするか」
「―――ク。ナルほド、ヨブンなシバりがあったのカ。ドウリで、殺サナイ、ワケダ」
 影に覆われたサーヴァントが後退する。
 その手には短剣(ダーク)が握られ、殺意は欠ける事なくランサーに向けられていた。
「止めとけ。生まれつきでな、目に見えている相手からの飛び道具なんざ通じねえんだ。よっぽどの宝具(もの)じゃないかぎり、その距離からの投擲はきかねえぞ」
「!―――ソウカ、流レ矢の加護、カ。……クク、サスガは名付きの英霊、私ナドとはモノガ違ウ」
 影が揺らぐ。
 黒いサーヴァントは蜘蛛のように地に伏した瞬間、
 短剣を放ちながら、大きく虚空に跳びあがった。
 地上から大きく離れる跳躍力が鹿ならば、その歩法は蜘蛛か蛇、それとも蠍(さそり)の類だったか。
 面を隠したまま逃走するサーヴァントは、逃げ足のみランサーと互角だった。
 ランサーとて瞬発力では他の追随を許さない。
 その彼が敵を追い詰めるのに分の刻を要するなど、あってはならない事だった。
「チ―――たしかに喉を潰したんだが、しぶといな。治ってるってワケじゃねえし、ありゃあ薬でブットンでやがるか――――」
 水蜘蛛のように水面を滑る敵と、それを追尾するランサー。
 激しい水飛沫(みずしぶき)は敵とは対照的だが、その速度は水蜘蛛(アサシン)などの及ぶところではない。
「……チ、痛みで止まらねえんなら付け根でも切りつければよかったか。他の連中には通じねえ手だからな、つい後回しにしちまったが――――」
 手足の付け根、大動脈を切りつければ、人体にとってそれだけで致命傷になる。
 大動脈からの出血は激しく、実戦で切られる事は死に等しい。
 もっとも、それは通常戦闘の話である。
 サーヴァント―――英霊相手に出血多量による死など望めない。
 血液ではなく魔力を主動力とする彼らには、大動脈の切断は効果の薄い二次的な手段である。
 これが四肢の切断になると話は別だが、易々と手足を刈り取られるサーヴァントはおるまい。
 手を一本獲った瞬間、こちらの首が刎ねられている―――という結末がオチだろう。
「……ハッシか。薬に頼るような英霊に治癒能力もあるまい。次の打ち込みでケリをつけるか――――」
 疾風じみた水飛沫(みずしぶき)が走る。
 その、次の打ち込みまであと二秒。
 足を止め、逃げる水蜘蛛の左足大腿部を一閃しかけ―――
「――――!」
 咄嗟に、ランサーは水面から飛び退いた。
 ――――水面(みなも)が跳ねる。
 いや、水面に潜んでいたモノが牙をむく。
 黒い、うすっぺらな何かは、虚空に跳び退くランサーを追っていく。
 水面、という事もあるからか。
 その様は、深海に棲むという古代の海獣を連想させた。
「―――――――これ、は」
 ランサーに逃げ場はない。
 咄嗟に槍で水面を抉り、所有する全てのルーンを湖底に刻む事で結界を張ったが、それさえも容易く侵食されていく。
 周囲を黒い足に囲まれ、彼に残された陣地は刻一刻と縮んでいく。
 上級宝具の一撃さえ凌ぐ全ルーンの守りが、足止めにさえならない。
 それを――――
「ドウした、ラんサー。動かねば、呑まれルぞ」
 水面に浮かぶ蜘蛛(アサシン)が嘲笑(あざわら)った。
 しかし、その嘲笑(わら)う水蜘蛛とて例外ではない。
 この黒い足は誰であろうと侵食するのか、水蜘蛛は決して黒水に近寄ろうとはしない。
 近寄れば―――この黒い足は、即座に新しい獲物に関心を持つと知っているのだ。
「ダガそうはイかん。オマエを仕留メるのは私ダ。イマだ経験ガ足りナいノデな。オマエヲ打倒シ、タリナい知能ヲ、補ワネバ」
 水蜘蛛の短剣が煌く。
 動けぬランサーに向けて放つ凶器は、しかし投擲にすぎない。
 それでは無意味だ。
 いかに周囲が奇っ怪な妖手に囲まれようと、ランサーに投擲武器は通用しない。
「―――懲りないヤツだ。まあ、強気になるのは分かるんだが」
 ランサーは周囲の妖手を観察する。
 誘われて随分奥まで来てしまったが、対岸までは三十メートル。
 この程度なら―――容易く、一息で跳躍できる……!
「そこで動かなかったオマエの負けだ。様子見も済んだ、ここらで引き上げさせてもらおうか」
 ランサーの体が沈み、その槍が大きくたわむ。
 槍を支えにして一気に跳躍するランサー。
 そこへ。
「な――――に?」
 シンプルと言えば、実にシンプルな“一撃”が放たれた。
 ランサーの胸から、偽りの心臓がつかみ出される。
 あり得ない間合い、遠く離れた水面から、アサシンは直接、
槍兵の胸を抉(えぐ)り出した。
 最も純粋な魔術、最も単純化された呪い。
 人を呪う、という事においてのみ特化した、中東魔術の“呪いの手”。
 ――――アサシンの宝具、“妄想心音(ザバーニーヤ)”。
 それは確実にランサーの心臓を破壊し、そのまま―――力を失った槍兵の体は、黒い水面に落ちていく。
 水面が踊る。
 それはせわしなく、獰猛であり、はしたなかった。
 飢えきった猛獣の檻に肉を投げ入れたとしても、これほど凄惨な食事はあり得まい。
 ―――無数の、黒い手足だけのモノが、ヒトのカタチをした英霊を消していく。
 それを愉快げに眺めながら、ぐびり、と。
 黒い湖面に浮かぶ無貌のサーヴァントは、抉り出した獲物の心臓を、満足げに飲み込んだ。


 そうして、神父は最期の時を迎えた。
「ふ――――、ふぅ――――、ふ――――」
 神父―――言峰綺礼は壁に背を預け、前方にかすむ髑髏を凝視する。
 存分に切り刻まれた神父服。
 乱れに乱れた呼吸は整わず、残る武装は三本の黒鍵(つるぎ)のみ。
「うむ、これで詰めかのう。サーヴァントを向こうによく保(も)ったと誉めるべきか」
 老人の哄笑が空を覆う。
「――――――――」
 饒舌な主に反して、アサシンは無言だった。
 彼にとって戦闘は作業である。
 急所を狙う短刀(ダーク)は、同時に獲物の能力を測る物差しでもある。
 一の短刀が防がれる事で獲物の運動性を測り、
 二の短刀で獲物の行動法則を測る。
 保つ距離は常に四間。
 その、投擲武器でしか届かない間合いを保ちつつ、暗殺者は獲物の“能力”を推量するのだ。
 一撃で倒せぬとあらば、一撃で倒せる位置まで敵を追い込む。
 手足を切り刻み、肉体を疲労させ、心臓を破裂寸前まで追い込んでいく。
 アサシンにとって、短刀は真の“必殺”へ繋ぐ布石にすぎない。
 短刀によって獲物の力を測り、絶対の好機へと戦いを運び、魔の腕を叩きつける。
 それは作業であり、アサシンにとっては何の愉しみもない日常だった。
 だが―――退屈な作業ではあったが、神父は思いの外よい獲物だった。
 使用した短刀は二十を超える。
 技量を測ると言っても、放つ短刀は全て必殺だ。
 それを凌ぎながら森を抜け、この廃墟に辿り着いた。
 人間と侮ったが、神父の力量は驚嘆に値する。
「ふ――――、ふぅ――――、ふ――――」
 だがそれもここまで。
 もはや走る体力も尽きた神父は、壁に背を預けてアサシンを見据えるのみ。
 隠し持つ黒鍵は残り三本。
 弾丸の如く放った七本の黒鍵は、悉(ことごと)くがアサシンに躱(かわ)され、何処かに消えていった。
「では幕じゃな。慈悲をくれてやるがよい、アサシン」
 髑髏が揺れる。
 アサシンは無動作(ノーモーション)で短刀を撃つ。
 狙うは眉間膵臓横(三点)隔膜。
 まったく同時、一息で放たれた紫電に、神父は手にした黒鍵で対抗する。
 必至(ひっし)、という言葉がある。
 その手を行えば必ず殺す、という勝利を確定する一手。
 それがこの一投だ。
 急所を狙う三撃こそ誘い。
 短刀を弾いた瞬間こそが、言峰綺礼の終わりである。
「――――死ね」
 翼がはためく。
 呪いの長腕(ながうで)、片翼の槍が展開される。
 ―――それは、回避不可能の攻撃だった。
 アサシンは神父の運動能力を把握している。
 疲労し出血した獲物の能力を悟っている。
 ―――故に必至。
 あの獲物は短刀(ダーク)による死は防ぐだろう。
 だがその後はない。
 いかに逆転の為に体力を温存しようと、身体能力は神父の思惑に付いてこない。
 三撃の短刀を弾いた神父に許された行為は、かろうじて真横に跳躍する事だけ。
 それもわずか二間、この腕から逃れるだけの力はない―――!
 ――――魔腕が伸びる。
 神父に恐怖はない。
 この展開は覚悟していた。
 短刀が誘いである事も、弾いた瞬間に魔腕を叩き込まれる事も、自身に回避する手段がない事も、全て読んでいたのだ。
 そう、これはどう足掻(あが)こうと躱せぬ必至。
 故に、
「告げる――――(セット)」
 残された手段は、この身を捨てての相打ち狙い―――!
「――――――ふ」
 髑髏が笑う。
 心臓を掴み取らんと繰り出される魔腕と、
 神父の黒鍵が交差する。
 だが問題ない。
 直撃するのはアサシンの魔腕のみ。
 なるほど、この体勢で放てば黒鍵は命中する。
 だが悲しいかな、いかな魔術効果を足したところで、神父の黒鍵ではアサシンを倒しきれない。
 三本の剣はアサシンを貫通し、背後の幹に縫い付けるだろう。
 だがそれだけ。
 神父はアサシンに傷を負わせたという功績をもって、同時に心臓を掴み取られ死滅する――――!
 先に事を成したのはアサシンの腕だった。
 彼の宝具――――“妄想心音(ザバーニーヤ)”は確かに神父の胸に張り付き、偽りの心臓を作り上げた。
 しかし、その手応えがない。
 男の心臓は、まるで空っぽのように反応しない。
「な―――」
 瞬間、衝撃が炸裂した。
 三針の黒鍵はアサシンを弾き飛ばし、その黒衣を大木に磔(はりつけ)る。
「ニィィィィイイ!?」
 驚愕は二つ。
 一つは黒鍵によって動きを封じられたアサシン、
 そしてもう一つは、
「馬鹿な、なぜ死なぬ綺礼――――!?」
「――――――――」
 翻る神父の黒衣。
 跳躍する。
 冗談じみた上昇は、砲台の弾丸そのものだった。
 力を溜めに溜め、限界まで引き絞った筋肉を解放し、十メートルの距離をゼロにする超人芸。
 頼みの護衛は三本の黒鍵によって、幹に磔(はりつけ)られている。
 アサシンにとっては掠り傷。
 だが老人の救助を不可能とする聖なる釘。


 神父は答えず、傷だらけの体を確認する。
 出血は止まっている。
 武器こそなくなったが致命傷はなく、この分なら数分休めば体力も回復するだろう。
 「それで、どうするのだアサシン。おまえのマスターは消えた。魔力提供がなくなったおまえならば、私の聖言でも充分に通用するが」
最終更新:2016年07月15日 13:41