追うべき獲物は ◆arYKZxlFnw
「すまない、風呂から上がったばかりなんだ。着替えるまで少し待っててくれ」
偵察からの帰還早々、シャワー室のドア越しに声をかけられた焔は、そのまま部屋のベッドに座り、狡噛が出てくるのを待っていた。
今彼女がいる場所は、狡噛が聖杯戦争中の住まいとして、割り当てられたアパートの部屋だ。
聖杯戦争においては、この部屋が
狡噛慎也の拠点であり、そして焔の拠点でもある。
(思えば、男の部屋に上がったのも初めてだな)
1人でじっとしていると、色々なことを考えるものだ。
部屋をぐるりと見回しながら、焔はそんなことを思考していた。
かつて自分の命を狙った悪忍――家庭教師をしていた小路を、自分の部屋に上げたことはある。
しかし逆に、自分が男の部屋に入るということは、実は今までにはなかった。
当然小中学校という時分は、男女できっぱりとグループが別れるものだし、高校相当の蛇女子学園は、その名の通りの女子校だ。
男勝りの焔だが、男友達との付き合いの機会というものは、実はこれまでの人生の中で、ものの見事に逃していたのだった。
(何というか……みんなこんなものなのか?)
そんな初めての野郎部屋に対して、焔は渋い顔をしながら、そうした感想を抱いていた。
一言で言うならば、この部屋は、飾りっけというものが全くない。
最低限の家具だけが並べられ、反対に娯楽や装飾は一切見られないという、無味乾燥な有り様だった。
ロマンもへったくれもないではないか。先ほど感じた感慨は、あっという間に消え失せてしまった。
むしろ男の部屋というものは、みんなこうも生活感のないものなのかと、妙な心配感に駆られそうになる。
もちろん、ここに戦場の仮住まい以上の意味を、狡噛が見出していないからなのかもしれないが。
余談だが、執行官当時の狡噛の部屋は、西洋風のインテリアが並んだ、シックな様相の部屋模様であったことを付け加えておく。
「悪いな、待たせちまって。もういいぞ」
と、そこまで考えたところで、頭上から狡噛の声が聞こえた。
若干俯かせた顔を上げ、焔はマスターの方を向き、
「うっわぁ!?」
と素っ頓狂な悲鳴を上げた。
確かに視線の先の狡噛は、風呂から上がり着替えを済ませ、ちゃんと衣類を身につけていた。
ただしそれは下半身だけだ。腰から上にあるべき衣服は、未だ彼の小脇に抱えられている。
要するに履いているのはズボンだけで、上半身は丸裸なのだ。
首からタオルをかけたそこには、鍛えた焔であっても目を見張るほどの、隆々とした筋肉が浮かび上がっていた。
がっしりと硬質な印象を与えながらも、ところどころで描かれた曲線は、どこか優美で官能的だ。
水も滴るいい男――風呂上がりの上気した肌に、薄っすらと浮かんだ水滴もまた、そうした印象を強めているように見えた。
「どうした?」
「ぜっぜぜ……全然良くないじゃないかっ! 上もちゃんと服を着ろぉっ!」
そしてそんなムードに中てられ、すっかり顔を真っ赤にしていた焔は、それこそ生娘のように取り乱し、声を荒らげて怒鳴ったのだった。
◆
「まず、あんたに見せておきたいものがある」
ひと通り落ち着いたところで、狡噛は床に腰を下ろすと、ガラスのミニテーブルの上に封筒を置いた。
差し出し人の名前はない。既に封が切られており、向かい側に座る焔はそれを取ると、指で広げて中身を取り出す。
「討伐クエスト?」
その中に入っていたものは、聖杯戦争の運営を名乗る者からの、極めて事務的な書面だった。
「どうやら開始早々に、やらかした奴がいるらしい。
バーサーカーのサーヴァント……およびそのマスターの討伐が、聖杯から俺達参加者に命じられた」
記載されていた内容は、こうだ。
此度の聖杯戦争に、その妨げとなる者あり。
彼は
ジョーカーという通称で呼ばれる、バーサーカーのマスターである。
彼を野放しにしていた場合、今後の聖杯戦争の進行が、困難とする可能性がある。
よって全マスターに対し、ジョーカーの討伐を依頼する。
討伐を果たしたマスターには、令呪一角と望む情報とを、報酬として与えるものとする。
「ぐだぐだだな」
「最初から呼ばなければいいんだ。そんな目に見えて危なげな奴は」
言いながら狡噛は腕を組み、やれやれといった様子で小さく唸った。
「で、どうするんだ?」
焔が狡噛に向かって問う。
このジョーカーの討伐クエスト、乗るのかあるいは乗らないのかと。
「当然、乗らない。たとえどんな形であれ、聖杯の思惑に乗るのは癪だ」
それは俺の目的にはそぐわないと、狡噛はきっぱりと言い切った。
「いいのか? そりゃあ聖杯にとって不利になる情報はもらえないだろうが、令呪は手に入るんだぞ?」
「あんたな……俺とあんたの関係は、そういう無粋なもんじゃなかったはずだろう?」
焔の問いかけに対して、狡噛がため息をつきながら言った。
令呪とはすなわち強制権であり、命令に従わないサーヴァントを、強引に従わせるための装置だ。
お互いに信頼と協力を誓い、目的を共有し合った自分達には、そんな拘束など必要ないだろう、と。
「そうでもない。令呪ってのは見方を変えれば、魔力を蓄えた結晶でもあるんだ」
それでも狡噛の言葉に対し、焔はそう反論を述べた。
令呪は単なる命令装置としてだけでなく、予備の魔力としても使えるのだと。
「たとえばマスターが、私に対して、『この令呪の魔力を使い宝具を解放せよ』と命令したとする。
そうすればマスターの魔力を使わず、令呪の魔力を消費して、私の宝具を使えるんだ」
「魔力とやらに乏しい俺でも、他のマスターと同様に、あんたの力を引き出してやれるわけか」
「私の宝具はステータスアップ型だからな。長時間発動できる方が都合がいいのさ」
既に焔の持つ宝具は、狡噛もデータとして確認している。
『いざ、紅蓮の如く舞い散れ(えんげつか)』――彼女達忍の世界において、名の知れた名刀なのだそうだ。
その刀は一度抜刀すれば、所有者自身の力をも引き出し、高い戦闘能力を発揮させるのだという。
高威力の攻撃を放つのではなく、自身のパラメーターを向上させる宝具。
なるほど確かにそうであるなら、持続時間に直結する魔力は、更に重要になってくるだろう。
「……だとしても、人命と引き換えにするほどのものでもない」
「危険な殺人者の命だったとしてもか?」
「なおさらだ。そんな野郎相手にマジになって、殺してしまった俺自身に、嫌気がさすことになるだろうさ」
言いながら、狡噛は一度立ち上がると、冷蔵庫のある方へと向かう。
さほど広くない部屋だ。居間とキッチンは一体化しており、扉を隔てるまでもなく、彼は洋酒の瓶を取り出せた。
「ただ、利用できる点もある。報酬の譲渡がある以上、聖杯か、あるいはその使いが、クエスト成功者に接触する可能性がある」
たとえばその手紙をこの家に届けに来た奴がな、と。
グラスにバーボンを注ぎながら、狡噛が言う。
慣れた手つきで酒瓶をしまうと、今度はボトルコーヒーを取り出して、別のグラスへと注いだ。
いくらサーヴァントであるとはいえ、焔は正真正銘の17歳だ。大人になってからの楽しみは、20歳未満禁制だった。
「俺達が狙う獲物はそっちだ。その現場を横から押さえれば、あるいは聖杯戦争を叩く、最初の一打になるかもしれない」
「どっちにしろ、ジョーカーを探すことには変わりないわけか」
そう言いながら焔はグラスと、スティックシュガーとを受け取った。
口を破り砂糖を入れ、半分程で折りたたんで止める。彼女は無糖よりも微糖派だった。
「他のマスターも躍起になるはずだ。いつどこで戦闘が始まるか分からない。
あんたには悪いが、今後は俺が出てる間以外も、外回りに回ってもらう」
再び腰を下ろしながら、狡噛が言った。
実際のところ狡噛も、ただ四六時中ふらふらと、マスター探しをしているわけではない。
長く留まるつもりはないとはいえ、食費などの生活費を稼ぐ必要がある。
口座に用意されていた預金は、戦闘の軍資金に当てねばならないのだから、なおさら日銭が必要だった。
そうした小遣い稼ぎに出ている間には、先ほどのように焔と別れ、単独でマスターを探してもらっていたのだ。
(他にも、たまたま見つけた薬物の売人をぶん殴り、売上を失敬してあぶく銭を得たこともあったが)
「分かった。そのかわり、そっちはそっちであまり出歩かないようにしてくれよ。
私が追いつけないような所で、他のマスターに見つかったりしたら大事だからな」
そう言って焔はコーヒーに手をつけ、ごくりと一口飲み込んだ。
「しばらくは引きこもりか」
肩を竦めながら、狡噛が言う。
アルバイトは運送屋の仕分け作業だから、関係者以外と会うことはほとんどない。
だからこそ別行動ということもできたのだが、それ以外の行動はそうもいかない。
そうして出歩くことができないのは、なかなかにストレスになりそうだが、
それでも焔が単独で駆け回った方が、一緒にいるより広範囲をカバーできるのだ。我慢するしかないだろう。
「仕方ない。そのかわり何かあったら、俺に念話を飛ばしてくれ」
状況を確認して指示を出す、と狡噛は続けた。
この2人のうち頭が回るのは、焔よりも狡噛の方だ。決定権を握るのは当然の帰結だった。
それを理解しているから、焔の方からも反論はない。
「そうする。あとそっちも、買い出しがしたいときには呼んでくれ。私も飯が食えないのは困るからな」
「ちゃっかりと贅沢しているな、あんたも」
焔の言葉に対し、狡噛が苦笑した。
最初の食事の後から聞かされたことだが、サーヴァントには本来ならば、睡眠も食事も必要ないらしい。
それでも焔は相変わらず、一日三食を要求し、狡噛と食卓を共にしている。
当然大したものは出せないが、それでも極貧生活の彼女にとっては、十分なごちそうなのだろう。
気持ちは分からないでもないが、妙な方向にたくましさを発揮している根性は、少々笑いを誘うものがあった。
「お互いに苦労はすることになるが、装備が揃えば俺もある程度は無茶ができる」
しばらくは耐え忍ぶとしよう、と言って、狡噛がグラスの酒を飲んだ。
裏サイトを使って注文した銃火器が、今日明日にもこの部屋に届くはずだ。
それさえあれば、無手よりは、マシに戦うこともできるだろう。
サーヴァントには効かないにせよ、マスターは同じ人間であるなら、鉛弾で殺せない道理はない。
「……なぁ、マスター」
と、そこまで考えたところへ、焔が声をかけてくる。
「何だ?」
「やっぱりあんただけじゃなくて……私も働いた方がいいんじゃないか?」
これじゃあまるでヒモみたいだと、焔は狡噛に対して続けた。
「………」
さすがにそうくるとは思わなかった。
しばし狡噛は沈黙する。
気まずい静寂が部屋に満ち、焔の眉毛がハの字を作った。
「……いや……あんたが人前に出るのは、余計にまずいだろう」
仮にマスターが居合わせたなら、サーヴァントは視認された時点で、正体を看破されてしまうのだ。
顔面を軽く手で覆いながら、狡噛は絞り出すようにして言った。
【A-1/池袋・アパート・狡噛の部屋/1日目 深夜】
【狡噛慎也@PSYCHO-PASS】
[状態]若干アルコールが入っている
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]普通(一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を中断させ、聖杯を打倒する
1.ジョーカーを討伐する気はない。
そのかわりジョーカーを討伐した者と、聖杯およびその使いとの接触現場を押さえ、聖杯攻略の足がかりとする。
2.ジョーカー捜索は焔に一任。単独ではアルバイトの時以外、外出しないようにする。
[備考]
※ジョーカー討伐クエストの詳細を把握しました。
※
ジョーカー&バーサーカー組の情報を把握しました。
情報の精度については、後続の書き手さんにお任せします。
※運送業者の倉庫で、日払いのアルバイトをしています。
※インターネットの通販で、いくつかの武器を購入しています。遅くとも2日目までには届く予定です。
【アサシン(焔)@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[状態]健康
[装備]『いざ、紅蓮の如く舞い散れ(えんげつか)』、刀×6
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:狡噛に協力する
1.しばらくは単独で市街を巡り、他のマスターを探す。特にジョーカーが最優先。
2.何かあったら狡噛に念話を送り、指示を仰ぐ。
[備考]
※ジョーカー討伐クエストの詳細を把握しました。
※ジョーカー&バーサーカー組の情報を把握しました。
情報の精度については、後続の書き手さんにお任せします。
最終更新:2015年05月24日 02:28