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DAY BEFORE:闇夜が連れてきた運命 ◆devil5UFgA


メシア教傘下の教会の一室。
いつものように、祈りを捧げる青年へと至ろうとしている少年が居た。
法衣は纏っていないが、しかし、法衣を連想させる白い服を着ている。
片膝を突き、無心に神へと何かを捧げる。
彼が時間さえあれば祈りを捧げていることを、この教会に通うものならば誰もが知るものだった。
そう、この教会に通うものは誰もが彼のことを知っている。
優しく、穏やかで、恐らく、最も心の清らかな人物。
『メシア教』があるべき信徒の姿を教科書に載せるとすれば、彼の姿がそこにはあるだろう。
彼の名を知るものは、この場に居ない。
教会に通う信仰を胸に抱く人々は、ただ、彼のことを『先生』もしくは『牧師様』と呼ぶ。

そんな彼――――『ロウヒーロー』は、たった今、神へと捧げている祈りに、平時の祈りでは混じり得ない異物を感じていた。

この紅い月に導かれた東京の人々が抱くロウヒーローへの評価は真実ではあったが、偽りでもあった。
ロウヒーローのそれは、一度は天使に導かれただけのものだった。
彼の者の優しき心に生じるはずのない選民の意思。
それは天使に植え付けられたものだろうか。
違う。
ロウヒーロー自身が拒絶する。
あの選民の意思は、『優越』という感情は。
己自身が抱いたものだ。
恥ずべき想いだった。
もしも、ロウヒーローがそんな感情を抱いていないのだとしたら。

『なぜ、僕は彼女の顔を――――』

眉をひそめ、連想する顔があった。
その顔を、連想しない日々があった。
様々な想いを胸に秘めたまま、ロウヒーローは顔を上げ、十字架へと背を向ける。

「おや……おはようございます、一郎くん」
「おはようございます、牧師様。
 邪魔をしては悪いと思って、待っていました」

すると、そこには一人の少年が立っていた。
『松下一郎』、天才的頭脳を持つ人智を超えた存在だ。
かつて、偽りとはいえ救世主であったロウヒーローですら、異常であると感じる少年。
隠し切れない才覚というものがある。
ぎょろりとした『目』は、こちらの心を見透かしているかのような、不気味なものだった。
だが、不快なものではなかった。
もしも、それを不快に感じるとするのならば。
それは妬みから生まれるものだ。
己の届かないものに対する妬み。
恐らく、松下一郎は別のものを見ている。
そのことに対する、妬み。
松下一郎が、東京でメシア教の元に住む前の住居、奥軽井沢では『悪魔くん』と呼ばれていた。
悪魔的頭脳を持った精神的異能児。
人はそんな少年を神とは呼ばず、悪魔と呼んでいた。


「いえ、気を使わせてしまったようですね」

ロウヒーローは、胸の中から生まれる正体不明のものを誤魔化すように口にした。
空っぽではないと、己を励ました天使が居た。
その言葉の通り、己は空っぽではない。
胸の中に黒いものが生まれるように、己は空っぽではないのだ。

「それは、僕も祈りを。
 人々のため神の千年王国への道のり……遠く険しい旅のための祈りを」

人々が救われる寸前、導きの救世主の前に偽りの救世主が現れる。
偽りの救世主は倒されることでその使命を完遂する。
そう言った意味では、結局、ロウヒーローは救世主ではなかったのだろう。
目の前の少年が救世主である可能性はどうだろうか。
聡明な少年だ、恐らく、ロウヒーローの何倍も、何十倍も。
見えているものが違うとは、そういうことなのだろう。

松下一郎の父は大手電機メーカー、太平洋電気の社長だ。
全てが恵まれている少年は、しかし、そこに留まり続けるつもりはないようだった。
篤き信仰を、強い信念を持った、救世主となり得る存在だった。

彼もまた、聖杯戦争に参加し、規格外の存在である英霊を使役するマスターなのだろうか。

『……恐らく、マスターなのだろう』

可能性は高いだろう、隠し切れない何かというものがある。
もしも、NPCだというのならば、余りにも異常すぎる。
しかし、だからといって襲いかかるつもりはない。
悪魔くんの信仰が本物であるかぎり、ロウヒーローが悪魔くんと敵対する所以はないのだから。

「牧師様」
「はい」
「牧師様は、自分を使徒となり得る人物だと想いますか?」
「……僕は贄なのでしょう」

かつて、贄であった。
ならば、ここでも贄である可能性は否定出来ない。
それでも、同じ結末を歩むつもりはない。
神に捧げられた魂だとしても、本物があった。
その本物を見失うことだけはしたくない。
道を違えた、二人の友人のために。

「人は贄、ということですか?」
「いいえ、人は贄ではないありません。
 君は、贄などではありません。
 ただ、己の所業と想いの過ち故に、贄になってしまう人間が居るということです。
 そして、それが僕だった」

試すような言葉と、決断する言葉。

――――向き合う二人の背中に、不可視の二柱の天使。

世界は、誰に救われるのか。
誰が、世界を救えるのか。


世界は試されている。




試される者というと、ここにも二人いる。
整った設備のトレーニングルーム。
と言っても、通常のトレーニングルームとは、少々趣きが異なる。
ただ身体を鍛えるというよりも、ある種の指向性を持って、身体だけでない様々なものを鍛える場所だった。

「おはよ」

渋谷凛』は、そんな室内へと入り込んだ。
ここはアイドル活動を支えるためのレッスンプログラムを行う、そんな場所だ。
ここは、アイドルがアイドルへと『成る』場所なのだ。

「あっ、おはよう、凛ちゃん!」

凛が訪れる前に先客が居た。
島村卯月
凛とは決して遠からぬ縁にある、仲間とも、親友とも呼べる間柄。
自分の世間的な評価の関係で、奇妙な感覚を抱きつつも、変わらない卯月が居ることに胸をなでおろした。
全てが夢の様な出来事の中で、卯月の存在だけが、凛に現実を感じさせた。
たとえ、偽りだとしても。
最初は、珍しいとは思わなかった。
ただ、それが奇妙なことに気づいた。

「……何時間?」
「へ?」
「何時間やってるの?」
「へ……へっと、何時間だろう?」

異常なまでのトレーニング量だった。
それは鍛えるというよりも、身体を動かすためだけのそれだった。
異常だった。
サボり魔なわけではない、サボり魔なわけではないが、それにしても異常なレッスン量だ。
異常ではないと思ったものが、異常だった。

その一方でまた、卯月も心のなかに消化しきれないものを感じていた。
上手く、感情で消化できない。
理論建てて理解もできない。
だから、身体を動かしてごまかしていた。

聖杯戦争、己だけが奇跡に至るために、他者を傷つける戦争。
そんな戦争に理由もなく耐えられるほど、卯月は強く、無感情な人間ではなかった。

二人に願いと呼べるものは、少なくとも、表面上には存在しないだろう。
故に、二人は試されている。
島村卯月は外なるものに試され、渋谷凛は内なるものに試されている。
渋谷凛は窓の外を眺め、島村卯月は静かに俯いた。




渋谷凛が視線を向けた場所で、一人の男が歩いていた。
狡噛慎也』。
煙草に手をかけ、その手を止める。
常識として、街路は禁煙だ。
苛立ったわけではないが、無意識に舌打ちを鳴らす。
特別な用事はない、フリーな時間だ。
と、同時に、為そうと思ったことへの道のりも見えない。
フリーな旅だ。
敵対者とも、聖杯の使いも姿が見えない。
当然だろう、有利な戦いとは常に奇襲だ。
己の存在は隠すに限る。
ちらりと、不自然ではないように周囲を見渡す。
怪しげな人物は居ない。
誰かを怪しいと感じれば、全員が怪しく見える。
東京という街では誰もが早足で、誰もが不満気に街を歩いている。
そのくせして、誰一人として同じ顔をしていない。

狡噛は再び舌打ちがでかけ、止める。
ただ、己の後ろにサーヴァントである焔の存在を確認する。
焔もまた、特別に怪しいといった気配を感じていないようだった。
目的を見つけるために、目的もなく、歩き続ける。

そんな狡噛の姿を、一人の男が視界に捉えた。


その男、『衛宮切嗣』はその瞬間、意味もわからずに叫び声を上げそうになった。


それは、決して切嗣自身の叫びではなかった。
切嗣の意思とは別に、己の『右肩』に潜む最上級の妖だからこそ上げようとしている、あまりにも無様なまでの叫びだった。

喉まで出かかったその叫びを、必死の想いで飲み込む。
切嗣は認識していないが、それを発作だと思うことにした。
十年前、穢された冬木の大地と己。
それ以来、続いていた。
この聖杯戦争に訪れてからも、何度もうずきがあった。
恐らく、このうずきはサーヴァントと近づいて起こるものなのだろうと踏んでいた。
自身のサーヴァント、槍兵ではなく、すでに槍へとなったものを召喚の手順を考える。
奇襲に備えるためだ。

同時に、そのうずきが敵対者に悟られているかもしれないとも考えていた。
はっきりとはわからない。
だから、人混みに紛れ込むように動くことを決めていた。

しかし、それでもここまで激しい発作は初めてだった。
これも異常な聖杯戦争へと訪れたが故だろうか。
この先、どんどんと意味もなくうずきが増していくのだろうか。

答えは、ノーだ。
右肩に潜む妖が、激しい敵意と恐怖を抱いただけだ。
切嗣には、ただ、突如として右肩が激しく脈動しているようにしか感じない。
これもまた、正確ではない。
視界に映った無数の人々の中の一人、狡噛慎也――――の、さらに奥に居る存在に反応している。
切嗣の右肩から舐めあげるような目で、目ざとく見つけたその存在。
たとえ、姿を消していても、右肩の余りにも臆病な存在は見つけ出してしまう。

もしも、狡噛慎也が優れた魔術師で、サーヴァントが『本来の英霊の姿』として召喚されていたら―――

切嗣は右肩を握りつぶすように、左手で強く掴んだ。




おかしなことになっているのに、世界は周っている。
その事実に、どこか納得のいかない想いすら抱いてしまう。
高坂穂乃果』はその事実に、納得が出来なかった。
まるで、何もかもに否定されているようだった。

ただ、居心地は悪くなかった。
誰もが笑っていたからだ。
釣られるように、穂乃果は笑った。
南ことり』に釣られるように、穂乃果は笑った。
ことりは、本当に楽しそうに嗤っていた。
ただ、ことりが一人の時。
ふと、暗闇を見ては怯えるように、逃げ去るように駆け出すことを穂乃果は知らない。

そんな様子を、『園田海未』は見ていた。
かつての世界だ。
三人いれば、それだけで楽しかった世界だ。
表向きは、そうしようと、努めていた。
ただ、海未の中に納得できないものがあった。
このままでいいのか。
このままで良いのならば、海未の後悔の念と、ことりの苦悩の念と、穂乃果の自傷の念とはなんだったのか。
それでも、この世界に浸かろうとする自分が情けなかった。

この世界では。
絢瀬絵里も、東條希も、矢澤にこも、西木野真姫も、小泉花陽も、星空凛も。

――――彼女たちの、『特別』な存在ではない。

憎らしくも有り、同時に愛しくもあった。
ここは『かつての』幸せな日々。
ただ、聖杯があって、代わりに、μ'sがなかった。
それだけの違いであった。
だからこそ、その違いは大きな違いだった。
μ'sの代替が聖杯なのだとすると。

――――ひょっとすると、彼女たちにとって、μ'sこそがあらゆる願いを叶える、万能の願望器だったのかもしれない。

いつか、そう思う日が来る。
そんな日を、呼び寄せて、見せる。

三騎の英霊は、奇しくも同じ思考をしていた。
彼女たちを救いたい。
彼女たちが後悔していることを、深層で繋がった彼らは理解していたから。





マエリベリー・ハーン』ことメリーは迷っていた。
己の相棒とも言える『宇佐見蓮子』は、見つけることが出来た。
出来たが、これからどうするかを決めあぐねていた。
これがメリーと蓮子だけならば話が早く、合流をするだけだ。
幸いというべきか、メリーのサーヴァントは使い魔を使役する術に長けている。
それこそ、四六時中、蓮子を『監視』し『護衛』することも可能だった。

「なにをしてるのかしら……」

蓮子は先日まで行っていた就職活動を、バッタリと辞めている。
間違いなく、記憶を取り戻している。
そして、意味もなくキョロキョロとしているのだ。
物陰を注視したり、ゴミ箱の裏を覗いたり、意味もなくロッカーを開けては閉めたりを続けている。
まるで、何か『宝探し』をしているようだった。

メリーのサーヴァントは、それが蓮子のサーヴァントの特殊能力である可能性が高いと言った。
なるほど、どこかに何かをマーキングする能力、あるいは、何かを生みだす能力なのかもしれない。
そう、そして、『蓮子のサーヴァント』こそが問題なのだ。
聖杯に奇跡を願うのはマスターだけではない。
生前、為すことのできなかった奇跡を求めるサーヴァントのほうが多いのだ。
『聖杯を求めていないメリー』を良しとしない可能性が高い。
メリーを蓮子に知られずに殺しにかかる可能性も高い。
ひょっとすると、蓮子がサーヴァントに操られている可能性だってある。
魔術師として突出した存在である『キャスター』のサーヴァントならば、あり得る可能性だ。

そんなメリーの心を知らない蓮子は、また、宝箱を空けるようにゴミ箱の蓋を開いた。
そこに何があるというのか。
蓮子ならば、未知の宝を求めてもおかしくはない。

小さくため息をつき、メリーは空を見た。
秘封倶楽部の中を引き裂くような、境界線が見えた。

絶対に会いに行く。
そのために、今は会わない。
今は、今は――――




二人の男女が居た。
まだ、男と女に成りきれてない男女だ。
少年と、少女。
平たくいえば、童貞と処女が居た。

「なんか、最近物騒な噂が多いね……死亡事故が多発っていうじゃないか」
「……そ、そうだね」

いつもからかけ離れない程度ににこやかな顔で、少年『峯岸一哉』は話しかける。
耳に付けた、ネコミミのようなフォルムをしたヘッドホンからは音楽は流れていない。
一種のファッションだ。
一方で、少女『谷川柚子』はぎこちない。
どこか、疑念を秘めた目で一哉を見ている。
あるいは、少年にではなく世界そのものに疑念を向けているのだろう。
嘘をつけない、普通の少女なのだろう。
ユズの豊満な胸が揺れた。
深い息を吐いただけで、揺れるのだ。

「どうしたの?」
「え、いや、その……」
「なんか、らしくないね」

その言葉に、ユズは俯いた。
一哉は少し苦笑を浮かべて、頬をかく。
似ている。
目の前の少年の動作が。
ユズの前から去る前の一哉と、似ているのだ。
だから、わかる。
きっと、目の前の一哉は本当の一哉ではない。

「……ごめん、ユズ」
「え?」
「さっきも言ったとおり、ちょっと用があるんだ。
 それじゃ……さっきも言ったけど、最近物騒だから気をつけなよ」

ユズは背中を見続けた。
偽物だと、直感的に理解できた。
正しく、その背中は峯岸一哉のものではなかった。

峯岸一哉が召喚したサーヴァントの宝具が一、『三つの下僕』。
その中で、隠密と索敵を主とする不定形生物ロデムが峯岸一哉に化けた姿なのだ。
ロデムは気配遮断に等しい能力を保持している。
故に、戦闘行為に移らない限り、気配察知スキルを持たないサーヴァントからは異常と確認されないのだ。

しかし、ユズは漠然とした違和感を抱いていた。
ロデムは峯岸一哉ではない。
そんな当たり前のことから生まれる違和感。
当然、ロデムもまた、そんな『峯岸一哉に違和感を覚えるユズ』を観測している。
そして、主であるバビル2世と峯岸一哉に報告を行っている。

お互いに疑心を抱いている。
しかし、二人は幼馴染であり、男と女だ。
確信したとしても、彼/彼女が敵対者であることを観測する勇気を持てるだろうか。

東京タワーへと偽装したバベルの塔は、ただ、佇んでいた。




七原秋也』は違和感しか覚えていなかった。
まるでタイムスリップしたかのように、今までの日常が目の前で繰り広げられる。
だからこそ、誰も彼もが怪しかった。
死んだはずの人物が居るという異常に隠れて、小さな異常を抱えている

心を落ち着かせるように、メロディーを小さく口ずさむ。
しかし、それとは裏腹に緊張だけが高まっていく。
ひょっとすると、クラスメイトの中にも牙を研いでいるものがいるかもしれない。

劇的な何かが起こった。
だが、クラスメイトへの理解という意味では七原は殺し合いの以前と以後では何も変わっていないのだ
どいつもこいつも怪しい。
銃口を握っているからこその、緊迫感があった。

例えば、『桐山和雄』。

七原は、桐山が恐ろしい。
桐山とは『殺し合いをしただけ』の関係だ。
結局のところ、桐山の根本的な部分は何も知らない。
ただ、桐山は殺し合いにおいても、恐ろしかった。
その事実を知っているからこそ、七原は今でも桐山が恐ろしい。
殺し合いという異常の中で、目の前の存在が何かわからない。

今日もまた、街中で見つけた桐山の姿を視線で追っていた。
そして、桐山が人混みのなかへと消えていく。
少しだけ躊躇し、しかし、桐山を追いかけることにした。
いわば、尾行だ。
しかし、桐山だけに集中していた七原は近くにいる少女に気付かなかった。

「……あっ、すいません」
「え、あ、す、すいません」

ドン、と小さな音を立てて、少女を弾き飛ばす形になった。
尻もちをついた少女へと七原は手を伸ばし、引き起こす。
そして、何度か頭を下げた後、視線を上げる。
桐山和雄の姿は消えていた。
ふぅ、と息を吐き、歩を進めた。
目的はなくなっていた。


―――そんな七原を後にした、先ほど七原とぶつかったばかりの『羽藤桂』はふと、不思議なことに気づいた。


先ほど、桂とすれ違ったはずの、オールバックの少年。
その少年が、桂の前方に居た。
人混みの中を奇妙にくるりと一回転してきたことになる。
そして、再び桂とすれ違う。
桂が振り返ると、オールバックの少年が居て、その奥に長髪の少年が居た。

『七原秋也』『桐山和雄』『羽藤桂』

先ほどと全ての位置が逆転していることに気づいているのは、桐山和雄だけだった。




『神狩屋』、正式な名称は『鹿狩雅孝』と呼ばれる男は古物商のカウンターに座りながら、本を読んでいた。
霊体へと至ることのできない自らのサーヴァントもまた、古物屋の奥の奥、姿を秘して本を読んでいた。
二人は行動の重要性を知っているが、同時に待ちの重要性も熟知していた。
ただ、激しく動くときのために、静かにその身を止めていた。
ここには様々なものがある、それこそ、自らの城のごとく。
己のサーヴァントも気に入るとまでは言わないが、退屈を紛らわせる程度のものが。
待つことも、試すことも。
経験だけなら豊富だ。

古物商の扉が開いた。
神狩屋は己の中の感情とは裏腹に「いらっしゃい」と優しく言った。
神狩屋は眼鏡の奥の瞳を来客へと向けた。
白い男だった。
特徴の強い男だが、まず先に浮かぶものは白さだった。
神狩屋は、特別奇妙な感情は浮かべなかった。

白い来客、『槙島聖護』は店内を見渡す。
満足したように、小さく息を吐いた。

「いい店だ」

その言葉に、神狩屋は小さく微笑んだ。
槇島は、店内を見まわる。
神狩屋は静かに待った。
槇島はいくつかの品を見聞すると、海外輸入と思しき、グリム童話集に手を取った。

「『お父さんはミートパイにされてしまった』……店主はどう思う?
 グロテスクと呼ぶには、いささか、婉曲的で、それでいて悪趣味ではないかい?」
「その一文を物語として載せた解釈は幾らでも出来ます。
 ましてや、そのグリム童話集は決して原本ではありませんから」
「希釈され続けた物語だ、本来の物語と異なることもある……そういうことかい?」
「それでも、その物語にも原典があります。
 その一文には貴方を惹きつける、原典から生まれる人々のトラウマがあるのでしょうね」

会話を交わしながら、会計を済ませる。
お互いに、店主と客以外の素振りはなかった。

「また来るよ」

お互いに、その言葉が店主と客以外の意味を持つ可能性を理解していた。
それでも、お互いに激しい動きは見せなかった。





ダッジャール、偽りの救世主。
英霊としてのランクの低さを示すような、そんなクラス名にリエンス王は自嘲する。
まるで俺ではないか。

偽り、偽り、偽り。

聖杯ですら、自分は王のUTSUWAではないというのか。
UTSUWAでなければ、王にはなれないというのか。
それほどまでに、UTSUWAとは重要なものだというのか。

酒を呷った。
その近くで、自らの敵対する存在が居るかもしれないことは理解していた。
不覚を招くかもしれない、ここは戦場なのだ。
それでも、リエンスは酒を呷った。
聖杯という聖なるUTSUWAにすら選ばれないのではないか。
そんな疑惑が離れなかったからだ。

彼が幸運だったのは、傍にいるものもまたリエンスの存在に気づいていないことだ。
男は不自然に片目を瞑った男だった。
何かの呪いやではなく、本当に隻眼なのだろう。
隻眼の男、『ふうまの御館』は、強い酒を口内で転がすようにゆっくりと呑んでいる。
夜が本当に更けるのを待っているようだった。
時刻は十一時。
まだ外は、明るさとこの地の所有者である人々の存在が濃い時間帯だ。
己の従者である英霊が好み、最も強くなる時間からは少々離れる。

リエンスとふうまが同時に酒を呑んだ瞬間だった。

震えが走った。
二人はそれを理解した。
しかし、特別な動きは見せかなかった。
ふうまは財布を取り出した後、素知らぬ振りで立ち上がり、店を出るだけだった。
特別な素振りを見せなかった。
それが罠であるのかどうかもわからないが、それに乗じて罠を仕掛ける輩が居ることを承知していた。

リエンスは動かなかった。
ただ、酒を飲み続けた。


そんな中で、一人の銀髪の男も酒を飲んでいた。
薄く嗤った。
リエンスとふうま以外にも、世界が震えた意味を知っている男だった。







『始まるぞ、魔人アーチャー。
 聖杯戦争の、本当の開始だ。
 唯一神を殺すための、始まりの始まりを知らせる鐘だ』









"Oh, and you know the thing about chaos? "



"It's fair."







「この世で本当に公正なものは混沌だ」

ルーラーのサーヴァント、シビュラシステムにより召喚された酒々井水絵は拘束されていた。
本来、英霊には程遠い存在だが、シビュラシステムを介在することで使い魔のように聖杯戦争の舞台を動く。
今回もまた、聖杯戦争参加者の違反の取り締まり、及び、NPCにバグが生じていないかの確認の見回りだった。
その中で、突然、脚が失われた。
動揺のなかで、しかし、自身の武器である『執り行うは聖人の白<ドミネーター>』を翳した。
だが、ついで、腕が失われた。
ドミネーターが地面に落ちた。
そして、闇の中で、ピエロが現れた。
ジョーカー
そのピエロの名を、酒々井は把握していた。
聖杯戦争参加者の一人で、率先してNPCへの殺害を行っているものだ。
ルーラーであるシビュラシステムから渡された情報に、確かに載っている。

「公平なのは数値じゃあない、数値こそ不公平だ」
「何も知らないから言える言葉ね」
「俺は何も知らない、ただ、アンタや他のやつより先が見えてるだけさ」

ジョーカーは言葉を途切らせない。
言葉こそがジョーカーが持つ唯一の特異な武器と言えた。
なぜここまでの異端児が居るのだろうか。
それは、対となる異端児が要るからだ。
ムーンセルがバットマンを観測し記録する限り、ジョーカーは存在する。
影を産まない光は、光でないのだから。
ジョーカーという存在は、バットマンが光である証左なのだ。
だから、ジョーカーは影で在り続けることが出来た。
ムーンセルの存在で、あらゆるバットマンの存在を確信できた。
だから、ジョーカーはどこかの人間ではなく確固たるジョーカーとして存在できるのだ。

「アンタより俺のほうがずっと公平なのさ」

そして、確固たるジョーカーとは、その精神性だけならば英霊にすらなり得るほどの規格外存在だ。
ジョーカーの主義というわけではないが、ジョーカーは公平に犯罪を行うことにした。
特別な理由がなく、犯罪を行う。
特別なものがないことを公平だとした場合、その行動に意味は問えない。
すなわち、混沌こそが公平なのだ。

『あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ』

空気を震わせる、不気味な音。
それは決して声などではない、言葉などではない。
あまりの強さに、己という存在を壊してしまった存在。
バーサーカーのサーヴァント、ギーグ
突発的に暴れだす以外には、もはやジョーカーですらコントロールは出来ない。
だが、ジョーカーはそれで良かった。
混沌こそが公平なのだ。
自分だけが優位に立つわけではないというだけだ。


今回、東京を見まわる酒々井を捉えたのも、単なる偶然であった。
半ば癇癪じみたギーグの動きが、酒々井への攻撃となっただけ。
英霊であるギーグの超能力による攻撃は酒々井の右足を消し去り、同時に、麻痺状態に陥らせた。
癇癪の度に頭痛と気怠さが走るジョーカーだが、酒々井の傷を見た瞬間、それを消すように笑ってみせた。
そして、自らの寝所へと、酒々井を連れてきた。
そこからジョーカーは、犯罪を犯し始めただけだ。

「グサアアアアアアアアア!」

ジョーカーはわざとらしく、擬音を口にして刃物を太ももへと突き刺した。
しかし、酒々井は反応しない。
強がっているわけではない。
反応できないのだ。
その痛みを、感じることが出来ないから。
霊体とも言える酒々井をジョーカーが傷つける。
そんなことが出来るのは、凶器が『特別』だからだ。

凶器とはすなわち、ギーグによって破壊された右足の骨を突きつけられているのだ。
ブヨブヨとした白身と赤身が覗きこむ右足。
そんなものを、ジョーカーはユニークアイテムや宴会小道具のように、何の変哲もなく使う。

「俺ってどう思われてるんだ?」
「……ッ」
「わからないか、アンタじゃ」

ルーラーのサーヴァント、シビュラシステムから与えられていた宝具を蹴っ飛ばしながら、ジョーカーは嗤った。
丁寧に、皮を剥いでいく。
感覚がない。
ギーグの攻撃によって、全身が麻痺している。
それは超自然的な麻痺。
視覚は失っていないし、喉を震わせて声を発することはできる。
しかし、身体を動かすことが出来ず、また、痛みも感じない。

爪が剥がれる。
乳頭が切りつけられ、白い乳房に血が染まる。
グリッ、と柔らかい感触の後に硬いものを感じる。
右の視界が消える。
頬を、血と涙ではない体液が濡らした。

ジョーカーは酒々井を痛めつけているわけではない。
ジョーカーは人を傷つけることで快楽を得る体質ではないのだから。
ただ、犯罪を犯しているのだ。
ルーラーの使いである酒々井を、意味もなく公平に痛めつける。
聖杯戦争を管理し、ジョーカーを抑えつけようとするルーラーへと向かって犯罪を犯しているだけなのだ。






『シビュラシステムより東京及びムーンセルへ』
  • ジョーカー及びバーサーカーのサーヴァント、ギーグによるルーラーへの反逆行為を確認。
  • 対象への『秩序齎す執行<デコンポーザー>』の使用を要求。

『東京よりシビュラシステムへ』
  • 否認、当件は東京及び聖杯戦争に害をなす行為ではない。

『ムーンセルよりシビュラシステムへ』
  • 条件付き承認、NPCの平均犯罪係数が常時の140%を超えた瞬間に使用。

『シビュラシステムより東京及びムーンセルへ』
  • 条件付き承認1、否認1。
  • 代替案、討伐クエストの告知。
  • ジョーカー及びギーグの一定の情報を公開。
  • さらに、討伐成功者に、令呪の一角と要求される情報を開示。

『東京よりシビュラシステムへ』
  • 承認、東京の澱みがより加速する。

『ムーンセルよりシビュラシステムへ』
  • 条件付き承認、開示する情報は東京及びムーンセル及び聖杯そのものに関連しないもの限定とする。
  • 他マスター、サーヴァントに関する情報の公開量はシビュラシステムへと一任する。

『シビュラシステムより東京及びムーンセルへ』
  • 承認1、条件付き承認1。
  • 条件付き承認にもとづき、只今より討伐クエストを告知する。

『東京よりシビュラシステムへ』
  • 承認。

『ムーンセルよりシビュラシステムへ』
  • 承認。







『高坂穂乃果』
――セイバー――
アマテラス


『鹿狩雅孝』
――セイバー――
カーズ


『南ことり』
――アーチャー――
ヴィンセント・ヴァレンタイン


『カイン』
――『魔人』アーチャー――
織田信長


『羽藤桂』
――アーチャー――
白露型駆逐艦四番艦『夕立』


『園田海未』
――ランサー――
『愛乃めぐみ/キュアラブリー』


『衛宮切嗣』
――ランサー――
獣の槍


『渋谷凛』
――ランサー――
アドルフ・ヒトラー/<<検閲済み>>』



『松下一郎』
――ライダー――
ザイン/<<検閲済み>>』


『峯岸一哉』
――ライダー――
『バビル2世』


『島村卯月』
――ライダー――
マーズ


『宇佐見蓮子』
――ライダー――
伝説のモグラ乗り


『マエリベリー・ハーン』
――ライダー――
十四代目葛葉ライドウ


『槙島聖護』
――キャスター――
フェイト・アーウェルンクス


『ふうまの御館』
――キャスター――
加藤保憲


『七原秋也』
――キャスター――
操真晴人/仮面ライダーウィザード』


『狡噛慎也』
――アサシン――
『焔』


『谷川柚子』
――アサシン――
復讐ノ牙・明智光秀


『ジョーカー』
――バーサーカー――
『ギーグ』


『桐山和雄』
――ザ・ヒーロー――
『ザ・ヒーロー/◆◆◆』


『リエンス』
――ダッジャール――
カオスヒーロー/▲▲▲』


『ロウヒーロー/■■■』
――エンジェル――
無道刹那





汝、導かれし騎士を従え、運命に挑む意思あらば。



――――自らの『最強』を示せ。




-001:Ruler and Dominator 投下順 001:追うべき獲物は
-001:Ruler and Dominator 時系列順 001:追うべき獲物は


BACK 登場キャラ NEXT
-022:高坂穂乃果&セイバー 高坂穂乃果&セイバー(アマテラス) 006:俺たちは闇から光を見ている
-021:神の摂理に挑む者達 鹿狩雅孝(神狩屋)&セイバー(カーズ 006:俺たちは闇から光を見ている
-020:南ことり&アーチャー 南ことり&アーチャー(ヴィンセント・ヴァレンタイン 017:僕らは■■のなかで
OP:カイン&魔人アーチャー 直哉(カイン)&『魔人』アーチャー(織田信長 009:誓いの爪痕
-019:羽藤桂&アーチャー 羽藤桂&アーチャー(夕立 016:Who is it that she was summoned?
-018:園田海未&ランサー 園田海未&ランサー(キュアラブリー 005:理想と現実! 悲劇の聖杯戦争!!
-017:アインツベルンが悪い 衛宮切嗣&ランサー(獣の槍 006:俺たちは闇から光を見ている
-016:渋谷凛&ランサー 渋谷凛&ランサー(アドルフ・ヒトラー 006:Who is in the center it is chaos?
-015:悪魔くん聖杯戦争(法) 松下一郎(悪魔くん)&ライダー(ザイン 009:誓いの爪痕
-014:峯岸一哉&ライダー 峯岸一哉&ライダー(バビル2世 012:私の鳥籠の中の私
-013:島村卯月&ライダー 島村卯月&ライダー(マーズ 015:禍々しくも聖なるかな
-012:宇佐見蓮子&ライダー 宇佐見蓮子&ライダー(伝説のモグラ乗り 002:聖遺物A
-011:マエリベリー・ハーン&ライダー マエリベリー・ハーン&ライダー(十四代目葛葉ライドウ 013:Dear your friend
-010:槙島聖護&キャスター 槙島聖護&キャスター(フェイト・アーウェルンクス 011:誰も知らないあなたの仮面
-009:ふうまの御館&キャスター ふうまの御館&キャスター(加藤保憲 009:誓いの爪痕
-008:七原秋也&キャスター 七原秋也&キャスター(操真晴人 003:夏の十字架
-007:狡噛慎也&アサシン 狡噛慎也&アサシン( 001:追うべき獲物は
-006:ユズ・アサシン 谷川柚子(ユズ)&アサシン(復讐ノ牙・明智光秀 012:私の鳥籠の中の私
-005:ジョーカー&バーサーカー ジョーカー&バーサーカー(ギーグ 015:禍々しくも聖なるかな
-004:桐山和雄&ザ・ヒーロー 桐山和雄&ザ・ヒーロー(ザ・ヒーロー 006:一人×2
-003:聖杯のUTSUWA リエンス王&ダッジャール(カオスヒーロー 004:王の試練
-002:救世主の救い方 ロウ・ヒーロー&エンジェル(無道刹那 014:disillusion
-001:Ruler and Dominator ルーラー(シビュラシステム 006:Who is in the center it is chaos?

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最終更新:2015年03月04日 00:00