disillusion ◆TAEv0TJMEI
夢を、見ていた。
懐かしい夢だった。
いや、夢を見ることそれ自体が久しぶり、なのかもしれない。
今まで気付きもしなかった事実に何とはなしに思い至り、苦笑する。
“ロウヒーロー”。“救世主”。
そう呼ばれるようになってから、夢を見ることがなくなっていた。
そもそも眠りにつくことすらあっただろうか?
死して蘇った後の彼は、一睡もせず、安寧も得ず、ただただ祈りを捧げ、神の下僕として働いてきた。
それは人の営みからは外れた供物への道。
導かれるまま安易に歩んでしまった、信念なき道。
その道を再び辿れと言わんばかりに、彼は今、夢の中で十字架に貼り付けられていた。
かつて見た夢。
懐かしい夢。
あの時は名前を呼んでくれる友がいた。
今は、いない。
だから夢を夢と認識すれども、夢の中で目を覚ます事無く、それの前へと差し出された。
それは、
その生き物の形は
“―――ー!”
熾(おご)れる炭の炎の如く松明の如し
“目を―――、――――!”
此彼(ここかしこ)に行き 雷光(いなびかり)いず 畏懼(おそろしかりし)その面 燦然と無数の遍く目あり
“目を覚ますんだ、――――!
その黄金色の玉の如しその生物に手足はなく 6枚の輝ける羽を頭部より生やし
“くそっ、起きろ、起きろ、――――!”
ああ災いだ 災いだ
“マスター!!”
胎ど――羽根が舞い、胎児が両断される。
かつて見た夢の再演は、見知らぬ結末で幕を下ろした――。
▽
「……っ!? 今のは、一体……」
そうしてロウヒーローは目を覚ました。
ここは五反田にある一軒家の一室。
聖杯戦争に際して彼に宛てがわれた仮初の住居だった。
「大丈夫か、マスター!
悪い、嫌なものを見せちまった!
くそっ、マスターとサーヴァントは夢で記憶を共有するとは聞いてたけどよりによってあいつの夢かよ!」
ベッドの傍らでは悪夢から起こしてくれた刹那が申し訳無さと苛立ちに顔を歪めている。
どうやら今の夢は、英霊である彼の記憶と、自身の記憶が混ざってしまったものらしい。
当たりをつけて、ロウヒーローは自責の念に駆られる刹那の肩に手を起き、なだめる。
「落ち着いて下さい、刹那君。僕なら君が起こしてくれたおかげで大丈夫です。
それより今の夢に出てきた無数の目を持った巨大な赤ん坊は一体……」
英霊である彼がこうも取り乱すのだ。
夢でロウヒーローへと巨大な手を伸ばし、今にも掴んで咀嚼しようとしていたあの胎児は只者ではないのだろう。
そう予想こそできてはいたが、刹那の口から帰ってきた答えは、ロウヒーローの想像以上のものだった。
「あれはサンダルフォンだ……」
「サンダルフォン……!?
刹那君! サンダルフォンとはあの列王記に登場する預言者エリヤが天に登った姿であり、
大天使メタトロンと兄弟とも同一存在とも語られるあのサンダルフォンですか!?」
「そのサンダルフォンだよ……。
あいつは自らの醜く弱い身体を嫌い、愛される兄と兄を愛する世界を憎んだ。
身体さえあれば……綺麗な身体さえあれば自分も……。
そう妬んで願って自分に綺麗な子守唄を唄ってくれたライラや、メタトロンが懐いていた紗羅に自分を産ませようとしていたんだ」
苦々しげに答える刹那に対し、ロウヒーローが受けた衝撃は相当なものだった。
偽りとはいえメシアとして掲げられたこともあるロウヒーローだ。
かの大天使のことは勿論知っている。
人の身でありながら、神への信仰を捨てず、神の命のままに数多の屍を築いた果てに、火の戦車にて天へと登り天使となったと言われる存在。
メタトロンの双子の兄弟にして、ミカエルの代わりにサタンとの戦いを代行することさえあったとされる大天使。
言われてみれば確かにあの胎児は、メシア教の教えに記されたサンダルフォンを思わせるものであった。
曰く、サンダルフォンは誕生を控えた胎児の性別を決める天使であるという。
ならば胎児の姿をしていてもおかしくはない。
無数の目や、世界に匹敵する体の大きさにしても、メタトロンやサンダルフォンの伝承に謳われる通りのものではある。
でもあれは、あれではまるで!
剥き出しの感情。
あけすけな純粋なる憎悪。
子供独特の残虐性。
人間という存在が持つ、原初の“負”を押し固めたような。
それでいて無数のぎょろりとした“目”で、人の、天使の、悪魔の抱く欺瞞をどこまでも見つめ追ってくるかのような。
悪夢じみた存在。あれが、天使……?
天使が清廉潔白なだけでないことも、往々にして承知していた。
ロウヒーローという存在そのものがその証明である位だ。
それでも、そんな彼をしても、夢に見たサンダルフォンのおぞましさは常軌を逸するものだった。
「“夢”に憑かれるな、マスター。あいつは人の悪夢を喰う。
それにあくまでもマスターが見たのは俺の記憶だ。
あいつの執念は嫌ってほど知っちゃいるが、流石に実害はない。あってたまるかよ」
そうであって欲しいと言い捨てる刹那の様子に、サンダルフォンとの間に相当な因縁があったことを察する。
確かに、確かにそうなのだろう。
サンダルフォンがどれだけ大物の天使とはいえ、所詮は“夢”だ。
既に滅ぼされた存在であり、その妄念もまた祓われているという。
サーヴァントとして召喚され、因縁のある刹那のマスターであるロウヒーローに干渉してきたという可能性はどうか。
サンダルフォンは強大な神霊だ。
本来なら贋作の聖杯程度で本物の神霊を呼べるはずはないのだが……この聖杯は規格外のオーパーツ、ムーンセルと直結しているという。
自身のサーヴァント、エンジェルも限定的ながら神そのものに匹敵する力を発揮できる英霊だ。
刹那自身も危惧していたように救世使が呼ばれるような事態であることからも、邪悪な神霊を呼ばれている可能性もありえるのかもしれない。
「マスター……? おい、本当に大丈夫か!?」
考えこみ押し黙るロウヒーローの様子に、刹那がもしや本当に何らかの干渉をされたのかと心配し肩を掴んで揺さぶる。
少なくとも現時点で刹那の心配は杞憂だ。
ロウヒーローは神の力を失ったとはいえ、かつては常に神を感じていた人間だ。
自身が見た“夢”からは天使の力を感じず、ただの“夢”でしかないことくらいはとうに理解できている。
それでも、それをただの“夢”だと断じられないのは、“夢”だからこそか。
そうだ、かつてのロウヒーローの始まりは“夢”であり、その結末もまた“夢”そのものへと帰結した。
この“夢”もまた自らにとっての始まりなのかもしれない。
ロウヒーローがそう感じた矢先に、その想像を肯定するかのように、
カタリ
と、運命の歯車の回る音がした。
▽
音の発生源は新聞受けに何かが投函されたからだった。
あまりのタイミングの良さに爆弾か何かかと警戒した刹那が、マスターを庇いながらも確認したそれは一見なんてことのない封筒だった。
いやいやまだ魔術的な代物の可能性もあると緊張したまま手に取るも、そこに記されていた差出人の名はルーラー。
本物か……?
一瞬そんな疑問が浮かび二人で顔を見合わせるも、裁定者の名を騙るなど、それこそ真っ先に罰せられる行為だろうと判断。
開けて下さいというロウヒーローの頷きに応え、念には念を入れて刹那が先に開封し眼を通す。
見る見る怒りに顔をしかめていく自らのサーヴァントから渡されたそれをロウヒーローもまた読み終えた。
「殺戮者
ジョーカー、ですか」
「そんないけ好かない野郎を野放しにするなんてルーラーの奴は何やってんだよ」
「野放し、ということではないでしょう。現にこうして討伐クエストを告知してきている」
「ならなおさらたちが悪い! 俺たちへのぶん投げじゃねえか。
くそ、こうしている間にも犠牲者が増えちまう!」
添付されていた犠牲者たちの写真の多くは、中高生の少女のそれだった。
思うところがあるのだろう。
かつて守れなかった誰かと重ねるように、焦りが募っていくのが見て取れる。
……ロウヒーローも同じだった。
純粋な怒りを抱ける刹那を羨ましく思い、どこか冷静な自分を恥じつつも、思い出すのはいつかの日々。
あの時も今と同じだった。
吉祥寺の井の頭公園で女の子が殺されたことを皮切りに動き始めた非日常。
警察がいち早く非常線を張ったこともあり、街は常にぴりぴりしていた。
しかし犯人は捕まることはなく、どころか、新たな事件が街を襲う。
同じ名前を持つ女の子が一人、また一人と消えていった。
誘拐か、殺人か。
何も分からないまま遂には、彼女が……。
………………。
…………。
……。
「刹那君。聞いて下さい。僕はジョーカーを追おうと思います」
「……それはルーラーの命令だからか?」
刹那の瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。
彼とてジョーカーをどうにかしたいという気持ちは人一倍抱いているはずだ。
けれどそれはこれ以上、この東京の街で、彼の経験したいつかのように少女たちが犠牲になって欲しくないからだ。
ルーラーに命じられたからでもなければ、ジョーカーがルーラーに反逆したからでもない。
だからこそ彼はロウヒーローに問うてきた。
そこにあんたの意思はあるのか、と。
ルーラーに――法にまた従っているだけじゃないんだよな、と。
「いいえ。言ったとおりです、僕は、“ジョーカーを追う”と。
“ジョーカーを討て”というルーラーの命にそっくりそのまま従うつもりはありません」
「ジョーカーを見逃すってのか!? いや、でも追うんだよな?
どういうことなんだよ、マスター!」
「僕はジョーカーを、いえ、先ほど見た夢も含めた“今”を追うことで、僕自身の“過去”を追ってみようと思います。
僕自身が捧げてしまったものを。ロウヒーローと呼ばれる前の人間だった頃の自分を。
いいえ、ロウヒーローとなった後の自分さえも。
僕は見つめ直し、君が言うところの自分流を見つけていきたいと思います」
ロウヒーローと呼ばれた少年は刹那に話した。
今という状況の尽くがかつての自身が辿った始まりを予兆させるものだということを。
「今の僕は人間だった頃の僕をどこか客観視していて、ロウヒーローとしての僕もようやく受け入れ始めたばかりです。
そういう意味ではまだ、僕は僕に自信が持てていません。
果たして本当に僕の行動は僕の意思なのか。
かつての僕を無意識に辿っているだけではないのか。メシアとしての残滓に突き動かされているだけではないのか。
……だからちゃんと僕自身に向き合おうと思います。
そしてジョーカーのこともこの目で見て、その時に生じた感情に従って自分でどうするか決めようと思います」
「分かったよ、マスター。約束したしな。
けどあんたのやり直しがただの繰り返しになるようなら俺が止めるからな?
あんたが夢<運命>の先に行けるようにさ」
彼が言うのなら、きっと上手く行くだろう。
何だかそう信じられる笑顔で告げてくるサーヴァントにありがとうございますと頭を下げる。
寄せってと刹那は頭をかいているが、紛れも無い感謝の念から出た行動だ、やめるつもりはない。
「あー、そういえば、さ。
あいつはどうするんだ?
一郎、だっけ。あんたがよく教会で会う子ども、マスター、なんだろ?」
照れたのだろう、あからさまに話題を変えてくる刹那にロウヒーローは頭を上げて答える。
「一郎君は今の僕の敵ではありませんよ」
「今の……?」
「彼の信仰は本物です。ですが、だからこそ、彼は“ロウヒーロー”の敵にはなり得たんです」
思い起こすのは彼の“目”。
あの目はロウヒーローよりも、対峙し続けた友に似ていた。
自らの信念のため、目指す世界のためならば悪魔の力を借り、自ら悪魔になることさえもよしとした彼らに。
「神の子は当時の政治・宗教・商業について様々な批判を行い、結果時の支配者たちに政治犯として処刑されました。
神の子の在り方について“革命家”という解釈も存在する程です。
その考えに従えば、松下一郎はまさにそうなのでしょう。
一郎君は正しくメシアであり、そして悪魔です。
きっと彼の夢見る神の千年王国は、僕達が思うそれよりもずっと遠い。
彼がどれだけ善良な人間でも、彼の目指す世界がどれ程の理想郷でも。
現在社会の倫理や常識と乖離しているのなら、彼は法の敵であり、世界を脅かす悪魔です」
かつて三人の少年がいた。
一人は悪魔の力にて自らを変え、強く自由に生きることを望んだ。
一人は神の力で世界を変え、地上に永遠の平和をもたらそうとした。
一人は人間の力で一歩を踏み出し、人が人のまま笑い合える世界を望んだ。
四人目の少年が、松下一郎が望む世界は、いかなるものだろうか。
きっとそのどれもであってどれでもないのだろう。
「そっか。あいつは天界を変えようと堕天し、影で反乱軍を率い戦い続けたザフィケルみたいなヤツなんだな。……それは強いな。
たとえマスターが敵だと思っていなくても、いつかあいつの願いのために俺達の前に立ちふさがるかもしれない」
「そうですね。彼は強く――だからこそ異端とされ、独りなのかもしれません」
ふと、思う。
救世主が孤独だというのなら、真の救世主となったあの友は、どうだったのだろうかと。
この胸に剣を突き立てた時の友の表情は擦り切れたような疲れ果てたような大切な何かが砕け散ったようなそれでいて――。
大丈夫なはず、だ。
友には“彼女”がいた。
ロウヒーローの愛した人と同じ名前の“彼女”。
あまたの“彼女たち”から選ばれたたった一人の彼女。
その“彼女”と一緒なら、たとえ異端とされようとも幸せだったろうことは、己のサーヴァントが証明してくれている。
異端とされながらも一生二人きりで戦い続けたことを幸せだと嘘偽りなく誇る刹那を知っている。
けれどもし、独りになってしまったなら。
あの日の自分のように、愛するただ一人の人を失ってしまったなら。
友は、どうしたのだろうか。
目の前の天使のように、死した“彼女”を蘇らせようとしたのだろうか。
それとも、それとも……。
頭を振る。
いけない、どうも悪いように、悪いように考えてしまう。
どれだけ想像しても詮無きことだ。
ただ一つ分かったことは。
「すみません、刹那君。もう一つ、手伝ってもらうことが増えたみたいです」
どうやら自分が知りたいことは自らのことだけではないということだった。
【A-4/五反田・一軒家(ロウヒーローの家)/1日目 深夜】
【ロウヒーロー@真・女神転生Ⅰ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]一人暮らしの学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:人として抱いた願いをまずは取り戻す
1.ジョーカーや夢といったかつてを思わせる状況を追うことで、今に至る自分自身を追い見つめなおす。
2.ジョーカーをどうするのかは自分の意思で決める。
3.救世主であり、友であった“彼”と“彼女”が二人でいられたのかが知りたい。
4.松下一郎は気がかりではあるが、今の自分は自分から彼の敵に回るつもりはない。
[備考]
※サンダルフォンの夢を何らかの予兆として捉えています。
サンダルフォン@天使禁猟区についてエンジェルより情報を得ました。
※ジョーカー討伐クエストの詳細及び
ジョーカー&バーサーカー組の情報を把握しました。
※松下一郎を聖杯戦争に参加しているマスターと考えています。
【エンジェル(
無道刹那)@天使禁猟区 】
[状態]健康
[装備]なし(宝具は実体化させていない)
[道具]なし
[所持金]逃避行開始時の先輩からの選別込の所持金程度
[思考・状況]
基本行動方針:ロウヒーローの仲間として、彼が自分の生き方をできるよう共に戦う。
1.ロウヒーローとともにジョーカーを追う。
2.ロウヒーローが予兆として捉えた夢について警戒。
ロウヒーローが再び生贄の道を辿ろうものなら何としてでも止める。
3.様々な符号からこの聖杯戦争の裏に、自分たちに知らされている以上の何かや何者かがいるのではと懐疑的。
4.松下一郎をザフィケルと重ね、現状敵でないにしてもその策謀やいずれには警戒。
[備考]
※聖杯戦争に介入者がいる事を疑っています。しかし、今のところ手掛かりはありません。
※ジョーカー討伐クエストの詳細及びジョーカー&バーサーカー組の情報を把握しました。
※松下一郎を聖杯戦争に参加しているマスターと考えています。
最終更新:2016年01月26日 00:27