黒いフェアレディ ◆27ZYfcW1SM
「ここで少し休憩しよう」
上白沢慧音は後ろに居る者に言った。
「うん」
後ろに居る者、てゐがうなずく。
霧雨魔理沙の箒にまたがった二人はG-3、魔法の森エリアにある一際背の伸びた木の根元に着地した。
てゐはぺたんとその腰を地面に落ち着ける。
慧音は箒を持ったままあたりに人妖の気配がないかきょろきょろと警戒する。
「いない…………よな」
箒を握っている手とは別のほうの手を添えている刀から手を離す。
それからようやく慧音は腰を下ろすことができた。
「パチュリー……」
自分が背負っていたパチュリーもようやく腰を下ろす。…………暖かかった体の熱が急速に冷めている。
慧音は悔しさと悲しさが混じった複雑な表情でパチュリーを見ていた。
「すまない…………っ…………」
後悔の念が自分自身を傷つける。いっそ誰かが自分を責めてくれたらどれだけ楽なのだろうか?
慧音の悩みはまだ続く。
そんな慧音をてゐは横目で見ていた。他人事のように、いや、実際他人事だ。
自分の生死にしか興味はない。
守ってくれる盾の耐久度には少し興味はあるけど、壊れた盾などもう捨てるしかないのだ。
今のてゐのパチュリーを見る目は、使い捨てのちり紙を見るような、そう、まるで鋭利な剃刀のような目だった。
慧音はパチュリーを見ていてその目には気がつかない。
てゐは細く微笑んだ。
「土葬をしよう」
慧音はてゐに提案を持ちかけた。
「信仰している宗教は知らないが、見たところ洋風の宗教だろう。土葬でいいと思う」
てゐは露骨に表情を崩さなかったが、内心むっとした。
むっとする理由は宗教のことではない。
「やめようよ」
てゐはすぐに反論した。
「――なぜだ?」
「魔女一人埋める穴を掘ったことはあるかい? 簡単そうに見えて穴を掘る作業は大変なんだよ。これからも殺し合いが続くのに体力を消耗させるのは、いい案だとは思えないね」
そして、なにより、めんどくさい。
「しかし、そのままにするべきではないだろう」
「それにだよ、こんな人が誰も通らないような森の中に墓を立てるのはどうかと思うな。きっと埋められた人も悲しむよ」
しった、ことでは、ない。
慧音は思考をまわす。
てゐの副生音は当然聞こえないが、てゐの言っていたことはデスクトップ・ストラテジーにおいて、理にかなっている。
だが、死体をそのままにしておくことが善策とは思えないのだ。
すでに切り離した策だが、このまま死体をつれて動く。
自分の思考を呪いたくなるが、私にとっても死体は愛するべきものではないと思っている。
それこそ、体力を消費するとか、その案を否定する理由がいくらでも考え付くが、全部が全部あまり死体を見ていたいと思わないという、死体嫌悪の自分の私情にたどり着く。
自分の責で殺した人の死体を嫌うとはどんなふてぶてしい精神何だと、自分で自分を総括したくなる。
しかし、今は自分に余裕がない。自分を殺してまで無理を通して富はあるのだろうか。
断言しよう。無い。これっぽっちも無い。
だから、この案を先に切り離したのだ。
てゐの案は理にかなっている。私としてはせめてもの罪滅ぼしとして墓くらいは作ってやりたい。
決定を下すのに時間はそうかからなかった。
「墓を立てるのはやめて…………ここにパチュリーをおいていこう」
また私の罪がひとつ増える。
「星の光を見て、ああ、私助かるんだ……って思って神社に行ったんだよ。
そして、神社についたとたんあの弾幕さ」
「そうか、大変だったな……やはり、あの巫女め……」
二人は情報交換していた。
お互いゲームが始まって間もないと言うこともあり、すでに慧音は話し終えて、てゐの順序になっていた。
てゐの話す内容は、ほとんど常に虚偽が含まれている。
なぜなら真実ならばてゐは悪なのだから。
慧音は何の疑いも持たず、鵜呑みにしていった。
「私には武器が何にも無い、動揺しちゃって袋すら落としてしまったんだ。
そのときにちょうどあんた達が駆けつけてくれたんだ。
残念なことに…………パチュリーは死んでしまったけど…………」
「くそっ…………」
慧音は眉間にしわを寄せる。
反対にてゐは目元にしわを寄せた。
簡単だね。
二人の情報交換は無言で終了を告げた。
間をおいて慧音がつぶやいた「行こう」という一言で出発することも決まる。
てゐは「うん」と笑いをかみ殺した返事をして、箒の後ろにまたがった。
慧音も箒をまたごうとしたとき、きらっと眩いが入った。
何かが月の光を反射して自分の目に反射光が射しているのだとすぐに気がつく。
目を細めて光の方を見ると、それはパチュリーの帽子につけられている月の装身具であった。
その装身具がつきの青白い光を反射しているのだ。
もちろんパチュリーの帽子は取っていないので、帽子の下にはパチュリーの死体が存在している。
今更ではあるが、パチュリーの死体はあまり詳しくチェックしていなかった。
死体を直視するのが嫌だったのが原因である。
「てゐ、少しだけ時間をくれ。手を合わせることくらい、いいだろう。」
てゐは無表情から笑顔を作り出す。
「……もちろんだよ」
慧音はパチュリーの正面に座る。
パチュリーの腹には穴が開いている。
――? 無数の小さな穴がたくさん開いている。
出血が多く、傷口内部を詳しく見ることはできないが、1cm前後の穴を開ける鑽孔機を何回も打ち込んだような風になっている。
不自然だ。
ここに来てようやく慧音のギアが入った。
まるで袖にあったほぐれ出た糸のように。
一枚板だと思っていたものが実はベニヤ板だったような。
先ほど真実だと思っていたものがすべてずれた。
早苗の撃った弾幕は小さく見積もっても7cm前後、ちょっとした鞠程度の大きさだ。どんな風に撃てばこのような傷をつけることができるのだ。
そもそも、私は彼女の弾幕を一撃食らっているではないか。
威力はせいぜい金属棒で殴られたくらいだ。腹をこのように破壊するには疑問が残る。
たとえ貫通できる威力を有していたとしても、傷口の問題がさらにブロックをかける。
そしてかすかに聞こえていた「止まって」の一言。
興奮していたためか、今まで思い出せなかったが、あの時巫女は何かを叫んでいた。
「死ね」でも「くたばれ」でもない口の動きだったと思う。
「止まって」
彼女はそう言っていたのでは?
彼女が止めて得をするものは何か? あの場面を脳内に再現する。
私達が飛び出したため、早苗が出した弾幕に巻き込まれた。end
早苗からしてみれば私達まで殺せて一石三鳥なはずだ。
ここで早苗の視点を変えてみる。
仮にだ。そう、仮に早苗は殺し合いをするつもりはなく、何らかの理由で誤射した。あるいは防衛戦をした場合だ。
その場合なら理由は2つもある。
私達がとまってほしい、自分の弾幕がとまってほしい。
2つだ。
0と2…………どちらが大きい?
そろばんの一番最初の授業だ。
答えは2。たとえフェルマーだって、0が大きいことを証明するのは不可能だろう。
確証はない。だが、頭の隅においておくことに越したことは無いだろう。
「慧音!」
てゐの声だ。
おそらく私がだんまりして、動かないから催促しているのだろう・
ああ、残念だよ。パチュリー……
もうあのウサギを直視することができないんだからね。
【G‐3 大きな木・一日目 早朝 】
【上白沢慧音】
[状態]疲労(中)
[装備]白楼剣
[道具]支給品一式×2、にとりの工具箱
[思考・状況]ここから逃げ出す。
てゐを監視する。
[備考]
早苗がゲームに乗り、パチュリーを殺したと思ってます。
考察し、早苗、てゐの真偽を考えています。
てゐと情報交換しました。信頼のできる情報とは思ってないようです。
てゐに全体的な不信感を覚えています。
【因幡てゐ】
[状態]やや疲労
[装備]魔理沙の箒
[道具]なし
[思考・状況]慧音に付いていく。最終的に永琳か輝夜の庇護を得る。
[備考]
早苗の情報と、置いてきたスキマ袋の中身を知っています。
慧音は嘘に気がついていないと思っています。
最終更新:2009年06月16日 22:34