リリカソロライブ ◆1gAmKH/ggU
なんだ、これは。
意味が分からない。
これはただのお遊びじゃなかったのか?
その筈だ。
だって今、そう話していたばかりじゃないか。これは殺し合いなんかじゃない、ただのゲームだって。
じゃあ何故目の前の少女は動かない。
何故目の前の少女は喋らない。
何故彼女の左目が無くなっている。
何故私の頬に彼女の血が付いている。
なぜ。
なぜ?
なぜやまめはしんでるの?
彼女の眼に穿たれた穴から奇麗な赤が流れ出す。
まるで自分の服のように、きれいな赤。
残された目と目が合う。
まるで人形のようだ、と場違いな事を考えてしまうのは現実から逃げようとしての自衛行為か。
しかし、逃げようと隠れようと事実は変わらない。
人形のような眼はすでに彼女の魂がこの場に無い事を。
驚愕の表情はこれがゲームや宴会なんかじゃないという事を。
頬を伝う赤い雫は自分の目の前で彼女の命が終わったことを。
手に握るナイフは。
嫌でも気付かされる。
「あ、ああ……」
彼女は死んだ。
死んだ?違う。
「ああ、ああああ!」
自分が、殺した。
「うわぁぁぁぁあああああああ!!!!」
気付けば彼女は走っていた。その手に握っていたすべてを放り出し。
何処を目指す訳でもない。
ただ、この場から逃れたかった。自分に問いかけるようにこちらを向いて倒れているヤマメの前から。
『どうして殺したの?』と声が聞こえた気がした。
幻聴だ。
そんなこと言われなくても分かってる。
でも、妙に生々しい声が脳裏を離れない。
未だ調べ終わっていない四室目に駆け込み、リリカはある事に気がついた。
「映姫になんて説明しよう……」
もし彼女に会ってしまったら。
別行動をしているのでその可能性は低いが、不安は拭い切れない。
彼女の性格からすれば、自分が一人で行動していれば必ず問いただすだろう。
警備はどうした、ヤマメはどうしたと。
白を切りとおすか?
不可能だ。頬の濡れは全力で走ったせいで凝固し始めている。
これを落として……それも無理。
映姫はレミリア・スカーレットが来ていると言った。自分もそれを見た。
レミリアが居れば血の跡を落とした所で無駄な抵抗だ。
ならば、逃げるか?
此処に張られている罠の位置は把握している。不可能ではないだろう。
しかし問題はどうやって下の映姫にばれずに逃げ出すかだ。
まず一番簡単なのは部屋に備え付けの窓から飛び出すルート。
ここは二階。少しの衝撃を我慢すれば逃げ出すことは可能。
窓に手を伸ばしてみる。
カギなどはかかっておらず、ギィィという蝶番特有の耳障りな音を立てながらすぐに開いた。
後はここから飛び降りられれば……
(できるの?私に……)
この高さなら、飛び降りた所で人間だろうと怪我はしない。
ただしそれはいつもの話だ。
ここは違う。
妖怪が死んだ。あっさりと死んだ。
何故ここから飛び降りて生きていると言える?
NOだ。
幽霊は死人。だから死なないなんてのは安直過ぎる。
死ぬのだ。
もう否定できない。否定のしようがない。
例えるなら、ウサギの子供が生まれながらに狐を天敵だと知っているように。
鳥が空を羽ばたくように。
すでに本能に深く刻み込まれている。
幽霊だろうと、妖怪だろうと、神だろうと、ここでは死ぬ。
死にたくないなら、生きたいなら?
殺す?皆を?
ヤマメのように?
巫女を魔女をメイドをウサギを妖怪を人間を幽霊を鬼を神を……
姉を?
リリカは静かに窓を閉めるとその場にへたり込んだ。
進むことはできない。
逃走の代価が命なんて馬鹿げている。
その上逃げれば悪い噂が広まるのは目に見えている。
しかし留まることもできない。
映姫に故意じゃなくても自分がヤマメを殺したという事が分かればややこしくなる。
もし、映姫が自分と同じ立場で下に待機している私に謝ってきたなら、自分は彼女を信じるはずが無い。
きっと口汚く罵りながら、あるいはなりふり構わず泣き叫びながらここを出ていく。
そして、出会った人間にこう伝えるのだ。
『四季映姫は乗っている』と。
あくまでこれは私が目撃者だった場合で、事実は違う。私が加害者だ。
例え映姫が冷静だと言っても真実が見抜けるわけじゃない。
この狂った舞台の上では、ちょっとしたわだかまりから、信頼関係は崩壊する。
信頼。
何気なく使っていた言葉がこんなに重いものだったなんて、彼女は知らなかった。
頬を熱いものが伝う。
ヤマメの血ではない。リリカ自身の涙だ。
それが謝罪か、後悔か、悲感か。それは誰にもわからない。
気が付いたら溢れ出していた。
抑えられなくなった言葉と一緒に。
「嫌だよ、もう、もうこんなの嫌だよ……
おかしいよ、なんでなの…………
死にたくない……もう死にたくない。
助けてよ、ルナサ姉さん……メルラン姉さん……」
ふと思い出すと、もう感情は止まらない。
いつも気だるげにだが自分たちを見守ってくれていたルナサ。
率先してお祭り騒ぎに参加して言ったメルラン。
リリカは求めていた。
この状況で、きっと唯一自分の言葉を信頼してくれる人物を。
しかし、心のどこかで気付いていた。
助けに来てくれる可能性なんて0に等しいと。
いくら縮小されていたってここは幻想郷だ。
これだけ広大な舞台の上でたった二人の人間に出会う確立とはどれほどだろう。
しかもそれが今なんて、アメリカンコミックのヒーローだってこんなに丁度よくは登場しない。
それにもしかしたらもう姉たちは……
リリカの頭に『最悪の状況』が過ぎる。
頭を振り、妄執を払おうとするが、そいつは蟲か何かのようにべったりと思考に張り付いたまま動こうとはしない。
体に空いた穴から血をだくだくと流し、地に伏す黒い服の少女。
(そんなはずない)
何かのオブジェのように胸から剣を生やし、ピクリとも動かない白い服の少女。
(そんなはずない)
そのどちらもが右の目を失い、こちろに顔を向け、ただただ恨めしそうに
『どうして殺したの?』
殺す、殺した。
死んだ?殺した?
誰が。誰が。
答えてほしい、でも聞きたくない。
自分は、自分が、自分で、自分を……
扉の開く音が耳に入り、リリカの意識は覚醒した。
どうやらこの部屋ではないようだが、意外と近いのはわかる。
そう言えば自分は悲鳴をあげてたっけ、などと考え少し笑いかける。
だが、笑えない。
口を無理に引き上げようとしても、歯が鳴るだけで形なんて変わらない。
見つかったら自分はどうなるのか。
死ぬのか、殺されるのか?
嫌だ。
手元に武器のナイフはない、ヤマメの元に置いてきた。
頭を振って邪念を飛ばそうとする。
ナイフを向けてどうする。映姫は味方なのに。
―本当に?
そうだ、映姫は自分を理解してくれる。
―本当に?
ああ、彼女は冷静だ。
―どうしてそれが分かる?
だって彼女は自分たちを導いてくれた。良識ある人物だ。
―彼女はなぜこの狂った事件が真実だとわかっていた?
でも殺さなかったじゃないか。
―殺すチャンスなんていくらでもある。
頭の中にノイズが走る。
自分の中の悪魔が、延々と『映姫は信じられるのか』と耳打ちする。
耳を貸してはいけない。耳を貸せば最後、もう戻れなくなってしまう。
―耳打ちしてるのは本当に悪魔?
(うるさい!私は映姫を……)
―耳打ちしてるのは、貴女自身の心じゃないの?
隣の部屋のドアが開く音だけが、やけに大きく響いた。
【C‐2 紅魔館二階の部屋・一日目 黎明 】
【
リリカ・プリズムリバー】
[状態]疲労(小) 恐慌状態
[装備]無し
[道具]支給品一式、不明アイテム(0~3)
[思考・状況]1.死にたくない、死にたくない
2.信頼できるの?
3.姉さんたちに会いたい
[備考]
※携帯電話、NRS ナイフ型消音拳銃(0/1)はヤマメの死体のそばに落ちています
最終更新:2009年06月28日 01:10