Gefrorne Tranen

Gefrorne Tranen ◆CxB4Q1Bk8I



夜明けはいつもの日常と変わらぬ調子で東から訪れ、空の闇を追い払っていく。
朝のフィールドに、徐々に明るさが満ちていく。

緑に茂る森の中に、身体を横たえて眠る少女の姿があった。
森の木々の間から、細々とした朝の光が彼女の身体に降り注いでいる。
傍から見ればそれは、森に湧いた小さな泉のように。
青く、白く光を纏いて。



うっすらと目を開けて今が朝であるということを悟り、レティ・ホワイトロックはゆっくりと身体を起こした。

どうやら、眠ってしまったらしい。
冬の終わりに呼び出され、さらに足を庇って移動した身体の疲労もさることながら、精神的にもかなり疲れていたようだ。
野草をベッドにするなんていつ以来だろう。服に染み付いた草の匂いが懐かしくもある。
茂みに隠れているとは言え、無防備な状態で睡眠をとるなんて自殺行為だと苦笑する。
しかし誰に見つかることも無く朝を迎えたのだ。その意味ではまだツキを失ったわけではないのだろう。

ひとまず立ち上がろうとするが、動かした腕が柔らかい何かに当たる。
そちらを見ると、サニーミルクがレティに寄り添うように眠っていた。
あどけない寝顔に、思わず顔が綻ぶ。

彼女は支給品という扱いだし、そもそも妖精と妖怪では格が違う。
それでも自分にとって大事なパートナーだと思っているし、信頼できる唯一の相手だ。
特に今は、霧雨魔理沙という希望が靄の中に霞んでしまっているのだ。この場に一人きりでなくて本当によかったと思う。


あの時、魔理沙たちが去ってから、レティはその場に座り深く考え込んでしまった。
灯台の光を目指していたはずなのに、辿り着いたのは光も届かぬ思考の迷路。
考えれば考えるほど、奥へ奥へと入ってしまう。

一体誰を信用すればいいのか。
果たして自分は何をすべきなのか。
出口の無い迷路を、延々と彷徨っていたのだ。

そうしているうちに、疲労に負けてしまったのだろう。
恐らく眠ってしまってから目が覚めるまで数刻といったところ、睡眠としては足りないが休息としては十分な時間だった。
思考も、一晩を経てだいぶ落ち着いた。といっても、不安なものを抱えたまま朝を迎えてしまったのだ。あまり芳しくは無い。


スキマからパンを取り出し、少しちぎって頬張った。
乾燥していて味の無いパンだ。代わりに練乳アイスやシャーベットでもあればいいのにと少し残念に思う。
もっとも、そんな贅沢も言っていられないだろう。
“腹が減っては弾幕できぬ”とは誰の諺だったかと、小さく首を傾けた。


『皆様、ご機嫌いかがでしょうか――』


そんな時、放送が始まった。
響いた声にレティは思わず身構え、隣でサニーが驚いたように起き上がる。
声の主は八意永琳だ。
このフィールドのどこで、どのような方法でこれを流しているのだろうかと、レティの頭に漠然とした一つの疑問が浮かぶ。

声は死合いの場にそぐわぬほど優雅に、死者の名前や禁止エリアを告げた。
放送開始から終了まで、まるで時が止まっているかのごとく。
僅かな風も吹かず、森の木々は静けさを保っていた。


放送内容を逐一記録していたレティの表情は、放送が終わる頃には非常に険しいものになっていた。
「嘘、でしょ…」
隣でサニーミルクが、怯えたように空を見上げている。

犠牲者14名。すでに参加者の四半分が命を奪われているという事実。
レティにとっても予想を超えた早さだ。
これだけの死者が居るという事は、やはり積極的に殺して回っている者がいると見ていいだろう。

「…どうしてこんなことに」
思わず口から漏れた。


レティは冬の寒気を操る妖怪だ。
ともすれば大寒波を巻き起こし人間の村を一つを滅ぼすことも出来るような能力を持つ。
しかし、それはレティにとっては何のメリットも無いことだ。
幻想郷という閉ざされた世界の中で、各々がバランスを崩さず生きるという事は不文律として存在する。
ゆえに、レティ自身も、気紛れ程度に能力を行使しても他の命を無駄に奪うことにはならぬよう配慮してきた。

それなのに。

既に14名。人間だけでは無い。妖怪や、騒霊や、かの鬼さえも。
死から遠い存在だった筈の者たちまで、この「殺し合い」で命を手放している。
レティは自分が殺めてしまった妖精を思い出す。抱き上げたその重み、冷えてゆく身体、それは間違いなく死であった。
幻想郷という楽園で、僅かな規律の中で自由に過ごしていたであろう者達の命が、この数刻の間に失われてしまっているというのか。

どうして、こんなことに。

そうしてレティは再確認する。
このような死を、認めたくはない。
冬ならば凍りついてしまう程度の感情でも、今は渦巻いた想いに溶けて溢れてくる。
やはり自分は、殺し合いには反対なのだと。

八意永琳が何の意図を持ってこのようなことを行っているのか。
呪術や儀式の類かもしれないが、生憎レティにその知識は無い。それは魔術師の範疇だろう。
幻想郷中の妖怪や人間、鬼などに至るまで集めているのだ。その手段も、全く予想が付かない。
首に嵌められたこの輪も、簡単に首を吹き飛ばせるという事くらいしかわからない。思い出したくも無いが、開始前に実証済みだ。
そしてこの世界。冬の終わりらしい体裁を整えてはいるものの、冬の権化たるレティに違和感を与えるには十分だ。
俗な言い方をすれば、冬の香りが全くしないのである。
レティの記憶が正しければ今は冬の終わりだ。如何に能力を制限されているとは言え、正しく冬ならばそれを感じずにはいない筈だ。

とにかく、わからないことばかり。
もし殺し合いの一参加者としてこの場に臨むのであれば、それは些細なことだろう。
しかし、この場から逃れ、主催者の意図に逆らうためには、知識が無い事には何もできない。

レティの知る限り、一番の賢者は八雲紫だ。
しかし彼女自身がこの殺し合いに参加させられていることを鑑みれば、主催者の八意永琳はそれ以上の力の持ち主なのかも知れない。
自分を過小評価するつもりは無いけれど、そのような相手の仕組んだこの殺し合いに今の自分程度の知識が通用するかというと自信が無い。
この殺し合いから脱却するために、今は知識、情報が必要だ。

そして、その情報を有効に活用できる仲間も必要だろう。
一人では出来ることが限られてくるのだから、考えれば当然である。
今すべき事が、レティの頭の中で、漠然とした形で纏まっていく。

しかし、レティに嵌められた枷は彼女が思う以上に重い。
誰を信用すればいいのかという思考の迷路から、まだ脱出できていない。
それゆえに、必要以上に慎重にならざるを得ないのだ。
灯台の光が盗まれて、照らされていた全てのものを闇へと還してしまった。
出口への狭い道を見つけるために、光の無い海原で手探りを続けなければならないのだ。




「レティ、ねぇレティ!」
サニーミルクの声にハッと顔を上げる。またも深く考え込んでしまったようだ。
彼女の表情から察するに、よほど険しい顔をしていたのだろう。
「大丈夫、大丈夫よ」
そう答えながら、一体何が大丈夫なのだろうかと、思わず苦笑した。

サニーはまだ不安げな顔でレティを見ている。
――妖精に心配されるなんて。
しかし自嘲できる程度には心が落ち着いた。
昨晩に悩んでいた時はサニーの励ましも殆ど聞こえなかったのだから、今は幾分もマシだろう。
余り考え込んでいては、お互いに参ってしまう。
思考を振り払うように、ふるふると頭を振った。

「さ、そろそろ移動しようかしら」
「えっ、あ、うん!」
レティが立ち上がると、サニーも慌てたようにそれに続く。
――サッと隠した食べかけのパンは、見なかったことにしてあげよう。


足の痛みはまだ消えていないのだが、行動への支障は無い。
悩んでいても仕方ない。
少なくともサニーの能力を補給するのに森の中では不都合だ。

レティは割と永く生きる妖怪だ。幻想郷でも古株と言っていい。
しかし、今までレティはただ生きるだけだった。冬を楽しみ、他の季節には隠れて冬を待つ。
巡る季節に乗じて存在するだけの、気ままな妖怪だった。
自分から何かを起こそうということも無く、ただ平穏に時を過ごす。それでレティは満足だったのだ。

今は、そうではない。
殺し合いに乗らないと決めたのだ。
決めたのは自分だ。だから行動するのも、自分だ。

今までのように季節が巡るのを待つだけというわけにはいかない。
このままでは、次の冬はもう来ないかもしれないのだから。

「頑張らないと、ね」

誰に言うでもなく、呟いた。



【C-5 森・一日目 朝】
【レティ・ホワイトロック】
[状態]健康(足に軽いケガ:支障なし)
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、不明アイテム×1(リリーの分)、サニーミルク
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい。
1.森から出る。
2.この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す。
3.仲間は信頼できることを重視して慎重に選びたい。


61:血の色は/地の色は/赤色/黄色 時系列順 63:モノクロの太陽信仰(前編)
61:血の色は/地の色は/赤色/黄色 投下順 63:モノクロの太陽信仰(前編)
35:盗まれた夢/Theft of Dreams レティ・ホワイトロック 74:上を向いて歩こう

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最終更新:2009年07月02日 01:49
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