モノクロの太陽信仰 ◆ZnsDLFmGsk
そして私はそのあまりの眩しさに目を細めた。
太陽はただ変わることなく空に在った。
不意に、何故太陽が昇り、夜が明けてしまうのかと不思議に思う。
だって、つい数時間前まで全ては夜の闇の中に在ったのです。
何が何かも分からず、輪郭すらも満足に捉えられない様な、そんな不安の中に……
けれど今はもう違いました。
不安も何もかもが闇と共に過去の物として払拭されて、
朧気だった全てが、明確に、白日の下に晒されていました。
その時私は、それがとても素晴らしいことの様に思えたのです。
※※時は戻り、舞台は紅魔館2階のとある部屋※※
リリカは今、疑心暗鬼と恐怖の中にいた。
頼りになる四季映姫の協力。
更に、その映姫の提案による籠城戦、張り巡らされた幾重もの罠。
本来なら、それらはリリカにこの上ない安心をもたらす筈であった。
しかしヤマメとの一件を境に、それらに対するリリカの価値観は一転した。
堅牢な守り、即ち立場変われば、それはここから逃げられないという事だ。
ならどうしたらいい。
誤解を解くことが出来ればそれが何よりも一番である。
しかしでは今、自分を信じてくれる人物が奇跡の様に現れるのを待つのか。
いやそれは駄目だ、あり得そうにも無い。
それなら、死にたくないと言うのなら、そう、やるしかないのだ。
――どうして殺したの?
嫌な言葉が頭を巡る。
でも、だって仕方がないじゃないの。
リリカは部屋の中にあった椅子を武器の代わりとして持ち、
部屋の入り口、扉の横、死角となる場所に身を潜めた。
逃げの為の一手、殺しの為の準備。
耳を澄ませば、廊下の方からこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
そいつはさっき隣の部屋の扉を開けた。
ならきっとこの部屋だって確認するはずだ。
リリカは恐怖に震える。
何への恐怖か、それは加害への、はたまた被害への?
わからない。
でもとにかくやらなくちゃいけないんだ、と恐怖がリリカを急き立てる。
そして……
ギィと軋んだ音を立てて扉が開く。
部屋に入ってくる人影、リリカが椅子を振り下ろす。
そして一瞬、リリカは訳の分からない感覚に襲われた。
柔術、合気道?
さっぱり分からない、けれど数秒の後にはリリカは床に押さえつけられていた。
そして、リリカを組み伏せた形で、眼前、八坂神奈子はにやと笑う。
「馬鹿だねぇ、これでも私は神様だよ」
※※紅魔館1階※※
強さとは何か、そう彼女達に問うたならば……
果たしてどんな言葉が返ってくるだろうか。
紅魔館の1階、玄関前ホール。
そこにキスメ、レミリア、映姫と3人が揃っていた。
四季映姫・ヤマザナドゥ。
映姫は溜め息を付きながら、見事なまでに切り裂かれた玄関扉、
その修繕及びバリケードの組み直しを図っていた。
直す方の身にもなって欲しい、レミリアは少し我が過ぎる、と胸中で思いながら。
ホール中央辺りでは
レミリア・スカーレットとキスメ。
紅魔館案内ツアーも終わり、
玄関修繕の進行状況を確認しようとここを訪れた……はずだった。
しかし、どういった奇跡か、どういう方向に会話が花開いたのか、
今そこには、レミリアによるキスメの為の“いげん”ゼミナールが開かれていた。
「……ぎゃ、ぎゃぉー」
キスメが顔を真っ赤に染めてか細い声を上げる。
溜め息を付くレミリア。
『そんなんじゃモケーレ1匹脅かせない』と駄目だしをしてキスメを叱る。
二人のやり取りを背中に聞きながら、一体何をやっているのかと呆れる映姫。
「全世界ナイトメア!!」
レミリアが高々と宣言する。
映姫は少し頭を抱えたくなってきた。
スペルカードは必殺技などではない、そんな風に叫ぶ必要なんて本来ない筈なのだ。
しかし、まあ、妖怪の強さは精神に基づく。
己の力を必要以上に誇張することは強ち間違いとも言えない。
故に映姫は……白黒、正否にうるさい閻魔は敢えて何も言わない。
「ぜ……ぜんせかぃナイトめぁー」
尻すぼみな弱々しい声、勿論キスメのものである。
なんでしょうかこの宗教は、と映姫は更に頭を痛める。
駄目駄目だと、やはりまたレミリアが言う。
しかもあろう事かそこで……
「ねぇ、そこの閻魔、貴方もそう思うでしょ」
などと話を四季映姫の方へと振ってきた。
そんなの言われても困ります。
とは思えどこれでも閻魔……
“判断”を“判決”を任されたとあっては真面目にならざる得ません。
はい、とても生真面目です。
「キスメ、貴方は少々思い切りがなさ過ぎる。
自信が無いのは分かりますが、その消極的な態度は些か頂けない」
などなどと、容赦なくキスメに言葉を投げ掛けます。
そこから更に長々とお説教モードに入りそうだったので、慌ててレミリアが止める。
そちらから話を振ってきたのに……やはり我が儘が過ぎる、そう映姫は不満顔。
しかし、それもほんの数秒の事。
映姫の不満など軽く吹き飛んでしまう様なとんでもない事件がすぐに起こった。
そう、それはレミリアの発言。
「ほら、じゃあ閻魔の貴方が手本を見せてあげなさいよ」
一体レミリアは何を言っているのでしょう、と一瞬思考がフリーズした四季映姫。
私に叫べと? 心から高らかに?
――全世界ナイトメア
四季映姫は顔から火が出そうだった。
しかし“手本”。
そう、お手本……つまり模範である。
ヤマザナドゥ、閻魔である私がソレを示さずして誰が示すのか。
半分以上に迷走しているとは思うが、とにかく訳の分からない使命感が映姫を襲う。
恥ずかしさに負けてはならない。
模範なのだ、頑張らなくてはと……映姫はかつて無い危機に晒されていた。
数秒間、映姫は息を整え意を決し、きつとレミリアの眼を見る。
「では、“模範”を見せて差し上げましょう」
そして自分を励ます様に一言、最早引き返すことなど出来ない。
レミリア、キスメの見つめる中、そして映姫は……
……とその時、紅魔館に第一放送が流れた。
緊張が皆を襲う、そんな中安堵の声を漏らしたのは誰だったか。
『それでは死んでしまった残念な方々のお名前を発表させてもらいますわ』
三者三様、そこに居た3人が皆それぞれ驚きや戸惑いの声を漏らす。
“黒谷ヤマメ”
その名前は確か、今この紅魔館で見張りをしている者の名では無かったか。
耳を疑い立ち尽くすキスメ、疑惑の目を映姫に向け眉を顰めるレミリア。
訳が分からず、ただ現状把握を……思考を整理しようと努める映姫。
そこに……
「黒谷ヤマメを殺したのは私だよ」と、そう言って。
軍神、八坂神奈子が姿を現した。
放送直後、紅魔館1階、その玄関前ホール。
事態は緊迫し、また誰一人動ずにいた。
放送直後の混乱を狙われた、それは分かっている。
何故に内部から、疑問はいくつもある。
しかし、映姫やレミリアが動けない一番の理由はそれではない。
八坂神奈子、敵対する彼女が手に持っている武器。
“MINIMI軽機関銃”
強力無比なその銃を前に迂闊な行動が取れなかったのだ。
いやそれ以上に、更なる問題がある。
吸血鬼に閻魔、幻想郷のパワーバランスを担う二人が揃い、
それで高々“力”に屈するというのもおかしな話。
そう、一番の問題点はその機関銃の向けられた先……
即ちそれは神奈子の斜め隣。
そこに“人質という形”で
リリカ・プリズムリバーが立っていた。
――手段は選んでいられない
『なんでもやる』それは八坂神奈子の言葉。
卑怯者だとレミリアが神奈子を罵った、神奈子は意にも介さない。
リリカを人質に神奈子が出した要求は大きく2つ。
武装解除と全面降伏である。
勿論『従えば皆の命は保証する』というお約束をつけて。
最初にそれを聞き入れたのは四季映姫。 自身の持つスキマ袋を遠くに放る。
だが当たり前に映姫は神奈子の言葉は信用していない。
袋は神奈子とは反対方向に投げ、とにかく打開策を探る。
それに追従する形でキスメが不安そうにスキマ袋を放る。
しかし、けれどレミリアは動かない。
蔑む様に神奈子を睨み付けたまま、手には依然“霧雨の剣”を握っている。
一体レミリアは何を考えているのか、映姫は内心の焦りを隠せない。
ここで下手に相手を挑発してしまっては、油断も隙もチャンスも何もあったものではない。
望むらくはもっとちゃんとした交渉に持って行って平穏に事を解決すべきだ。
閻魔と吸血鬼……両名の思惑はここで完全に行き違う。
映姫が平和に事を進めようとする中、
レミリアは目の前の卑怯者をどう懲らしめてやろうかとひたすらに意気込んでいる。
互いに幻想郷のパワーバランスを担うほどの強者。
ならば実力による上下関係も無く、指揮命令系統など定まっている訳もない。
元より妖怪は自分勝手なもの、閻魔とソリが合う筈がないのだ。
レミリア、映姫の現状を見て、神奈子は内心ほくそ笑む。
多数が常に強いのか……断じて否である。
全ては基盤となる繋がり、指揮系統、
ルールがあってこその強さ。
混乱を、摩擦を更に煽る様に、神奈子は再び武装解除の要求を出す。
『最後通告よ』などと脅しも加えて。
焦る映姫、けれどレミリアは聞き入れない。
吸血鬼、大妖怪としてのプライドが人質を取る様な相手に屈する事を許さなかった。
正に足の引っ張り合い。
「このレミリア・スカーレットはそんな脅しには絶対に屈しないわ」
映姫にせっつかれたことの苛立ちも含み、吐き捨てる様にレミリアは宣言した。
それを聞き、笑み、ぼそぼそと神奈子は小さく呟く。
距離からしてその言葉はレミリアまで届かない。
とにかくこれによって映姫の行動は無駄に、計画は完全に潰える事となった。
そして神奈子は“最後に”レミリアに尋ねる。
「貴方はうちの東風谷早苗を見かけなかったかしら」
レミリアがソレに否の答えを出し、それから少しの後……
敵対するそれを撃ち殺さんと、神奈子は銃先、狙いをリリカからレミリアへと変えた。
しかし、それは間に合わない。
圧倒的なスピード、一瞬の間に懐へと飛び込んできたレミリア。
その既知外の速度と腕力を以て、神奈子の持つ銃は弾き飛ばされてしまう。
だが、神奈子もそのままそう易々とはやられたりはしない。
レミリアが人質であったリリカに目を向け注意を逸らしたその一瞬、
ほんの僅かな時間で神奈子は体勢を立て直すべく一足、二足と飛んでレミリアから距離を取る。
弾かれた銃の行方は最早追わない、状況から見て銃を再び自分の手に戻すのは難しいと、そう判断したからだ。
そしてレミリアもまた同じく銃を追わず、銃の行方に興味は無い。
元より銃器などという“アイツ”が使っていた卑怯な道具に頼るつもりはなく、
リリカの安全を確保した彼女の目に映るのは八坂神奈子ただそれだけであった。
ならば今、弾かれたその銃の行方を追う者はただの一人、
四季映姫・ヤマザナドゥ、彼女だけであった。
ならば当然の結果として、弾かれた銃を手にしたのもまた彼女である。
映姫の行動は実に的確で、また確かに速かったとは思う。
しかし映姫がその“MINIMI軽機関銃”を手にしたその時には既に、
神奈子は武器を緋想の剣に持ち替え、レミリアから数メートルの間をあけて対峙していた。
時間にして1秒足らず、映姫の行動も早かったが神奈子の行動はそれに倍して早かった。
それも当然、と心の中で神奈子は笑う。
レミリアの行動は分かりきっていた。
銃を相手に遠距離戦は挑むまい、性格からして間違いなく接近戦を挑んでくるだろうと、
既に最初で予想は立てていた。
即ちリリカから銃先を逸らしたのは攻撃の為だけでは無く同時に誘いでもあったのだ。
武装解除や降伏要求だって端からレミリアが聞き入れるなどとは思っていなかった。
つまりあれは映姫の行動を鈍らせる為のものであり、あとは少々レミリアの気を逸らすことが出来れば十分だったのだ。
勿論、銃を弾かれてしまったのは誤算である。
最良はそのまま隙を突いてレミリアを撃ち殺すことだった……
しかし予想を上回るレミリアの物理速度、また行動の早さにそれが叶わなかったのだ。
恐らく初めから此方の話など聞いておらず虎視眈々とタイミングを狙っていたのだろう。
ともすれば人質解放の為、被弾の1発や2発は覚悟していたのやも知れない。
しかし、神奈子だってそこまで楽観主義では無い。
これでも軍神、その経験からしてそんな御都合的展開が罷り通るなどとは思っていない。
精々に通れば幸運程度の考えであった。
確かにレミリアのその身体能力など諸々は予想外であった。
だがしかし、今のこの状況、この展開は十二分に想定の範囲内……
故にこそ神奈子の対応は映姫以上に早く速かったのだ。
見ればレミリアは既に神奈子を攻撃しようと行動を始めていた。
速度からいってこの距離ならば直ぐに詰められてしまうだろう。
思えばこの時こそが神奈子にとって一番の引き際だったのかも知れない。
何故ならこの時点で、既に神奈子の計画の半分は成功したようなものだった。
そう、レミリアも映姫も、既に神奈子の術中にあったと言っても過言ではない。
ならばこれ以上に攻めて危険な可能性を増やすよりも、
ひとまず撤退し機を伺う方がより確実で安全な方法ではないだろうか。
時の隙間を縫う様な刹那、その短い時間の中で神奈子は考える。
……そう、確かに撤退こそ最良の方法だったのかも知れない。
だがこの時、神奈子は慢心していた。
レミリアへの降伏要求、武装解除の失敗。
更に銃による攻撃も防がれ、あまつさえその銃すら敵の手に渡るという始末。
状況は明かに悪化している。
しかし、悪化しそれでもなお全てが想定の範囲内。
未だ誤差の中に収まっているという事実が神奈子から危機感を削ぎ、強気にさせた。
決断、行動に移るまでの時間は果てしなく短く。
ならば神奈子がその慢心に気づける筈もまた無い。
故に神奈子は撤退を選ばず、向かい来るレミリアを返り討ちにせんとして緋想の剣を構えた。
だがしかし、そこに更に待ったの声が掛かる。
「止まりなさい、止まらなければ発砲します」
ちらりと見てみれば、何やら映姫が銃を手に訳の分からない事を叫んでいる。
勿論に神奈子は止まらない。
撃とうと思っているなら、さっさと撃ってしまえばいい。
何故にわざわざ宣言するのか、そう神奈子は苛立ちながら、心中で毒突く。
まさか、それが正義のつもりなのだろうか、事ここに至って未だ自分だけ綺麗でいたいのか。
神奈子は映姫の行いを酷く馬鹿馬鹿しく思った、行き過ぎていて失笑ものだ。
“私たちは善人です、だから貴方の善意を信じます”
そんな風に言われている気がしたのだ。
酷く都合が良くて、自身の行いを馬鹿にされている様な気がしたのだ。
映姫のその、自分だけグレーのラインに留まっているような態度が許せなかった。
それは神奈子自身、穢れているという自覚があったからだろう。
怒りをぶちまける様に強く、神奈子は緋想の剣を振るう。
止まらぬ神奈子を見て、映姫はやむなく発砲する。
神奈子は最早そちらを見てすらいない。
レミリアもまた映姫を無視し、ただ神奈子目掛けて駆ける。
ならば当然、レミリアを巻き込みかねないこの状況で映姫が神奈子を狙える筈もなく。
放たれた銃弾はただの威嚇として、全く見当違いの空を切った。
両者に無視され、映姫はただひたすらに空回りを続けていた。
神奈子は驕る心を抑えられない、誘導は完璧、まるで全てが掌の上……
自分を止められるのは、もう誰もいないだろうとさえ思った。
勝敗は思った以上に早く、一瞬の内に決した。
緋想の剣と霧雨の剣、軍神と吸血鬼、互いに能力を制限された身。
ならば実力は五分と五分。
差が出るとすれば、それは意識の差であった。
レミリアが目の前のこいつをどうやって倒し、懲らしめてやろうかと考えている時。
神奈子はただ、そこに居る全員を殺し尽くす手段を考えていた。
結果としてレミリアの剣には手心が加わり、逆に神奈子の剣には殺意が籠もった。
それはレミリアのやたら高いプライドが招いた事態。
剣を振りかぶったレミリア、その隙だらけな脇腹に一瞬速く放たれる一刀……
避けようのないその完璧な一撃を以て、神奈子は既に勝利を確信していた。
だがその刃をレミリアは剣を持たぬ片手を犠牲に無理矢理止めた。
それはプライド、いや、自身の肉体への絶対的な自信があってこその芸当。
緋想の剣は肉こそ絶てど骨までは絶てず、三割程切り込んだ形で止まる。
これ以後も殺し続けねばならない神奈子と違い、レミリアは傷を気にする必要は無い。
緋想の剣を止められてしまえば、隙だらけとなるのは逆に神奈子の方。
勝敗は一瞬で決まった。
二人に差があるとすれば、そう、それは意識の差であった。
地に伏し、眼前に霧雨の剣を突き付けられた神奈子。
殺されてはいない、喰らったのは刃を寝かせた峰打ち。
やはりそれはレミリアの手心の込められた一撃。
手加減され、それでも負けた悔しさに神奈子は歯を噛み締める。
緋想の剣こそ未だ持っているが、それだけでは到底状況を打開出来ない。
八坂神奈子の明かな敗北であった。
レミリアは悪魔の様な笑みを浮かべ神奈子を嗤う。
そして自身を誇り、完全なる勝利宣言をしようとした所で……
ぱしゅん。
銃弾を撃ち込まれ、レミリアは蹲る様にして倒れた。
何故気付けなかったのか、どうして避けられなかったのか、その理由はいくつかある。
まず1つ、勝利の愉悦に飲まれ気が弛んでいたこと。
次に、ソレがレミリアの目に銃として映らなかったこと。
そして、これが最も大きな要因なのだが、
まさか彼女がそんな行動を起こすとは思わなかった事が大きい。
リリカ・プリズムリバー。
震える彼女の手にはNRS ナイフ型消音拳銃が握られていた。
そう、人質とは形だけの偽装、リリカは既に神奈子によって籠絡されていた。
神奈子が笑みを浮かべ、倒れたレミリアを横目にゆっくりと立ち上がる。
勝敗を分けたのはやはり意識の差。
勝利に括ったレミリアに対し、どこまでも殺す為の策を練った神奈子の作戦勝ち。
またそれは、止めを刺さず、勝利の優越感を優先したレミリアの自業自得でもある。
勝負に負けて試合に勝つ。
戦術と戦略……元より両者は戦いの舞台が違ったのだ。
信じられない、目を疑う様な光景にキスメは震え、映姫もまたその現実に追いつけない。
全く馬鹿馬鹿しい、ほらね、最初の時に味方を気にせずに撃ってれば良かったんだよ。
映姫の様子を見て神奈子は心中で笑う。
理想だとか善悪だとか……
早苗ただ一人を生かそうと決めた時、神奈子はそれらのちっぽけさに気付いていた。
出来るなら、残る映姫もキスメも今の内で殺しておきたい。
けれどもうそろそろ撤退の頃合いかね。
そう、状況を踏まえて神奈子は静かに考える。
レミリアが倒れ、リリカがこちら側だと判明した以上、邪魔な“遮蔽物”はもう無い。
誤射の心配も無く、映姫が撃たない理由など神奈子には見つけられない。
だから神奈子は既に撤退の段取りやその後の事を考えていた。
近くリリカは、自身の行動を顧みて罪悪感に震え、青ざめていた。
まあ、これも仕方ないと神奈子は思う。
疑心暗鬼に苛まれ恐慌状態に陥っていた彼女を、無理矢理この作戦に組み込んだのは自分だ。
本来リリカは人を殺せる様な神経の持ち主ではないのだろう。
例え相手がこの上ない悪人だったとしてもだ。
リリカの“姉”だったか……自らの手で葬ったメルランの死を神奈子は利用した。
なだめながら、自分は味方なのだと何度もリリカに言い聞かせ、情報の改ざんを図った。
“レミリア・スカーレットがメルラン姉さんを殺した”
そんな嘘の情報をすり込んだのだ。
不安定な精神状態、第一放送との相乗効果でリリカは簡単に神奈子を信用した。
あまりに心が弱すぎた……いや、純粋過ぎたのだ。
かたかたと震え、リリカは持っていたそのナイフを落とす。
やれやれと肩を竦める神奈子。
まあ、最初からリリカの役割は紅魔館を攻略する為だけのもの。
本当に味方に出来たらそれが一番良かったが、それは無理そうだ。
そして神奈子は撤退前、最後の一仕事として大きく緋想の剣を振り上げた。
――レミお姉ちゃんみたいに“いげん”するんだ
一瞬の隙、まさに虚を突かれたという形。
リリカも神奈子も、距離からすれば圧倒的に有利な筈だった。
しかしリリカは罪の意識に飲まれ自失しており、神奈子にしても思考を撤退する方向に切り替えたばかり。
あまりにタイミングが悪すぎた。
窮鼠猫を噛む、弱い妖怪であっても追い詰めれば何をするか分からない。
予想は出来ていた、しかし対応が出来なかった。
キスメは神奈子の横腹へと体当たりを喰らわせ突き飛ばすと、
そのまま間を挟むことなく、リリカが落としたそのナイフを拾い上げる。
そして更に流れる様な動作でそのナイフを近く、思考が追いつかず立ち尽くすリリカへと突き立てた。
まさに最悪のタイミング、ちょっとした気の弛み。
思慮外の攻撃に神奈子はよろめき、リリカは呻き声を上げてその場に倒れる。
だがやはり軍神、神奈子はよろめいて、しかし倒れない。
体勢は不安定、それでも最後の最後で作戦を滅茶苦茶にしたその忌々しい妖怪……
キスメに一撃を喰らわせるべく無理矢理に身体を捻り、神奈子は渾身の一刀を振り下ろす。
全て一瞬の出来事。
避ける術なくキスメは頭を割られ、神奈子が笑み……
そしてそこで残る一人、四季映姫が叫び声を上げ、二人の目が合う。
“撃たない理由など神奈子には見つけられない”
そう、それはとっくに予想されていた、けれどやはり最悪のタイミング。
体勢を崩してなお、逃げる事より殺す事を選択した神奈子はそれを避けられない。
MINIMI軽機関銃の圧倒的火力。
それを前に為す術なく神奈子は全身を銃弾に貫かれた。
そうして全部が終わってそこに立っているのは最早一人。
四季映姫・ヤマザナドゥ……彼女だけであった。
生き残った彼女は、まるで魂が抜けてしまったかの様にふらふらとその場を離れ、
落ちていた自分のスキマ袋を掴むと……
銃を引きずりふらつきながら、何かを求める様に2階へ向かった。
最終更新:2009年06月28日 01:10