東方萃夢想 > 御伽の国の鬼が島

東方萃夢想/御伽の国の鬼が島 ◆Ok1sMSayUQ



「あんたに会うのは二回目だね」
「そっちは酷くなってるじゃないの、萃香」

 以前よりもボロボロになった萃香の様子を見ながら、霊夢は文字通りの鬼気迫る萃香に話しかけていた。
 いかにも戦いを好み、真正面からしかぶつかる術を知らない鬼らしい姿だと思う。
 負けることはない。直感的に思ったことだったが、間違いはないだろうと霊夢は感じていた。
 昔からピンときたことが外れた試しはない。いや、当たるようになっている。
 それは天性のご都合主義。約束された結果であり、結末だった。

「まだ殺しは続けてるのか」
「ええ」

 これも予想された質問だった。
 正直と誠実を旨とするのが鬼の気質だ。約束は必ず守るし、嘘も嫌う。
 理由のない行動はしないし、信念に逆らう行為も行わない。
 だから、萃香もまた殺し合いに加担していないことは容易に想像がついた。
 彼女は皆で萃まり、和を貴しとする鬼なのだから。

「そう決められてるもの」

 霊夢も霊夢で、用意しておいた答えで応じる。
 やることは最初から変わらず。全てを殺し尽くし、異変の解決とする。
 異変の解決こそが第一。それが博麗の巫女に課せられた役割だ。
 疑問に思う必要はない。いつものように用意された舞台で、いつもの役割を遂行すればいいのだ。
 霊夢は今の言葉で自らのありようを示したつもりだったが、萃香は納得がいかないようだった。
 表情がさらに険しくなっている。どうやらもうしばらくこの茶番劇は続きそうだった。
 会話という名目の茶番劇が。

「ふざけるなよ」
「私は真面目よ」
「何も思わなかったのか! 何人も殺して!」
「そうねぇ、早くお茶が飲みたいなぁとか、そういうことは」
「なんでだっ!」

 萃香が地面を殴りつける。傷ついているとはいえ鬼の怪力は健在らしく、地響きが霊夢の足元にまで届く。
 その体勢のままに萃香が呻く。「なんで、嘘をつく」と。
 そういえば、と霊夢は思い出した。鬼は嘘に敏感だ。
 鬼は人間を攫い、人間は鬼と勝負して打ち負かし、互いを認め合うことで友好関係を築くというのが伝統だった。
 しかし次第に人間は正攻法では鬼に敵わなくなり、専ら騙し討ちで鬼を退治し、駆逐するようになった。
 そうした歴史を持つ鬼は、驚くほど人の感情を敏感に察知するようになった。
 作った表情を容易に看破し、裏の感情を読めるようにまでに。
 やがて鬼は人間に失望し、地下に潜って隠遁生活を始めた。
 人間は飾り物の表情を作り、へりくだりながら、いかにして出し抜き、貶めようかということしか考えていなかったから。

「言うじゃない。自分達だって言葉遊びしかしてこなかったくせに」
「何……」
「これまでだって、高みの見物で見下ろして、助けを求めれば道楽者の視線で物を言う。
 謎をかけて私達を惑わす。それが、困れば理不尽に憤る? 冗談じゃないわよ」

 萃香は絶句していた。いつだって暢気だった霊夢の口から発せられた毒が信じられなかったのだろう。
 無論、これが自分の本心などではなかった。鬼を論破するための矛盾を突きつけたに過ぎない。
 これまでの異変でも、積極的に解決を試みるどころか面白がる始末で、なにひとつ協力してこなかった事実がある。
 本当に人間との関係が大事というならば協力はあってしかるべきなのに、それをしてこなかった。
 所詮、鬼は鬼のことしか考えていない。自らの享楽を追い求めることしか考えていないのだ。
 博麗の巫女として行動する以上、霊夢が妖怪の歴史に触れるのは必然的に求められたことだった。
 妖怪の特性を知らなければ、妖怪は退治できないからである。
 そこで霊夢は鬼の歴史も垣間見た。地上から消え、もはや幻想郷でも伝説的存在と成り果てていた鬼の末路を見て、霊夢が思ったのは当然だという納得だった。
 人間が卑怯だ、騙し討ちだなどというのは所詮鬼の理論でしかなく、
 人間側からしてみれば元々の力で太刀打ちできない以上策に頼るのは仕方のないことだった。
 鬼はそんな事情など理解せず、伝統としきたりが破壊されたことを嘆くばかりで、考えようともしてこなかった。
 自らの勝手を押し付けるだけの存在は、いずれ滅び、淘汰されて当然だ。
 その後の異変でまさか鬼が……萃香が地上に戻ってくるとは思わなかったが、それならそれでいいというのが当時の霊夢の感想だった。
 物事はなるようにしかならない。歴史がどうなるかは、霊夢の知るところではなかった。

「それは……霊夢達なら、いずれ異変を解決してくれるって思ってたから……」
「だったら今回だって私に任せてくれるわよね? それとも、自分が死ぬのは嫌ってことかしら」
「違う! 私は死ぬことなんて恐れてない!」
「だったら私に殺されなさいよ。私に異変解決を押し付けてたくせに、上から目線で物を言うんじゃないわ」
「そんな……つもりじゃ……」

 萃香が言葉に詰まる。
 事実を理解して、反論できる余地もないのだろう。
 表情は先程とは一転して、ぐにゃりと泣きそうに歪み、困惑を隠しきれずにいる。
 霊夢としては、別に萃香に対して不満を抱いていたわけでも不平を感じていたわけでもない。
 鬼に限らず、妖怪が自分本位であるのは今に始まったことではないし、隔離された世界である幻想郷で享楽主義になるのも分かる。
 ただ、こういう物の見方もあるということを示しただけだ。ちょっと裏を想像するだけで、都合の悪い世界が生まれる。
 自分達の抱える矛盾を突きつけることができる。妖怪達は、目を逸らしているだけだ。

「なんで殺し合いが進んでるんだと思う?」

 笑いながら、霊夢はまたひとつ、ありえる想像を提示する。

「これが弱者の復讐だからよ」
「復讐……?」
「幻想郷が妖怪のための社会なのはあんたも分かってるでしょ? 人間も、妖精も、いや自分達以外は管理されるべきものと思ってる。
 例外なのは神様くらいか。でもその神様だって人間の信仰なくしては生きられないから、端から問題外だった。
 そんな現状に対して、人間達が満足してると思ってたの? 不平等がまかり通る幻想郷で本当に平和と感じてると?
 違うわ。だから人間達は……いや、妖怪以外は、復讐を始めたのよ。差別してきた妖怪達に正義の鉄槌を、ってね」
「出鱈目だ!」
「そう言い切れるかしら? 本当に? じゃあなんで殺し合いは続いてるの? あんたはなんでそんなに傷ついてるの?」
「それは……お前のように、おかしくなった奴が……!」
「おかしくなった? それはあんた達の物の見方じゃないの? どいつもこいつも、あんたらに対する復讐、考えてたかもよ」

 再び萃香が押し黙る。真実がどうであるかはこの際どうでもいい。
 自分には人の気持ちなんて分からない。出来ることといえば、あり得るであろう未来を想像することだけだ。
 平和な幻想郷。悪意溢れる幻想郷。どちらにもなり得る可能性はある。ただ――自分には、そのどれにも興味がないだけだ。
 どんな未来になっても、自分は受け入れるだけ。それが神様の云う通りなのだから。
 自ら進んでやることといえば、課せられた役割を遂行することと、異変の解決くらいだ。
 ぐうの音も出ないらしく、萃香は拳を握るだけで何も言ってこない。

「分かってるでしょう? あんたも嫌われ者。謙られ、胡麻をすられ、それに対して言葉遊びで応じる。
 無意味な言葉だけを重ね、無駄な歴史を重ね、都合の悪いことには目を逸らし、酒に酔う。だから憎しみを向けられる」

 妖怪を殺すのに武器は関係ない。矛盾を突きつけ、信念を崩す現実を差し出してやれば事は足りるのだ。
 それは八雲紫の式である八雲藍を殺害したときに学び得たものだった。
 霧雨魔理沙の言葉に動揺していたのを見抜いたからこそ、
 普段なら隙の一つもないであろう紫に不意打ちを仕掛けられ、結果的に藍を殺すことが出来たのだ。
 戦いを止めたがっていた魔理沙こそが、藍を殺した元凶というわけだ。
 ふと、嘲笑を浮かばせかけている自分に気付き、霊夢は魔理沙に対して憎悪の念を抱きかけているのかもしれないと思った。

 ……魔理沙は、霖之助さんを殺したから。

 考え込むと深みに嵌りそうな気がして、霊夢はそれ以上考えるのをやめた。そういう部分では、自分も妖怪と何も変わりがないのだろうか。
 思考の残滓を振り払い、霊夢は締めの一言を繰り出す。

「邪魔なのよ、あんたが生きてても。だからさっさと死になさい」

 果物ナイフを構え、萃香へと近づく。
 萃香は動こうともしなかった。完全に論破され、自らが生きている意味を見出せなくなったのかもしれない。
 もっとも、最初からこうすることが目的であったのだが。
 霊夢がやることはただ一つ。可及的速やかに萃香の急所を刺し、一撃で絶命させること――

「……!?」

 ふと、肌が冷える感触を覚えた霊夢はその場から飛びのき、飛翔する。
 宙に浮いた瞬間、それまで霊夢のいた空間を『薄氷の塊』が突き抜けてゆく。
 氷による射撃。そんなことができるのは霊夢の知る限り一匹しかいない。
 直線的射撃なら撃ち返せる。そう判じて『妖怪バスター』で迎撃しようとした霊夢の視界で、今度は焔が煌く。

「ちっ!」

 再び飛翔して回避に移る。今度はレーザーとしか表現しようのない、
 しかし魔理沙のレーザーなどとは根本的に違う『火炎の渦』だった。
 氷と思えば、今度は火炎。全く妙な連中が組んでいるものだと呆れながら、霊夢は現れた敵に相対した。

「おくう! 外れたよ! なんだよ狙撃が得意とか言ってたくせに!」
「うっさいわねー! あいつがおかしいのよ!」

 チルノに霊烏路空。妖精と妖怪。地上の存在と地下の存在。対極の存在だが、共通するのは……互いにバカというところか。
 霊夢は『博麗アミュレット』を展開し、弾幕に命じる。「行け」と。
 正方形を模した二つの弾がチルノと空をホーミングし、加速してゆく。
 反撃を回避しようと二人は互いに反対に飛び退いたものの……なぜか、ぐいと引き戻されていた。変な悲鳴を上げながら。

「「反対に逃げんな!」」

 ハモった二人を見ながら、霊夢は事の正体を掴んでいた。
 手錠で繋がれているのだ。どんなヘマをやらかしたのかは分からないが。まあ、多分、バカだからなのだろう。

「ってわわわわ! 来たきたっ!」
「もう! 掴まりなさい!」

 言うが早いか、空はチルノを引っ掴み上空に飛翔する。
 地獄烏のパワーは伊達ではないらしく、巨大な翼から生まれる加速は『博麗アミュレット』のホーミングも容易に振り切った。
 だが好都合だ。パワーがでかい分、制御が利きにくいのは以前の異変で空と弾幕ごっこをしたときに確認している。
 狙い撃ちにするのはこちら側だ。霊夢は『拡散アミュレット』を撒く。
 『拡散アミュレット』は発射すると同時に分裂し、無数の小型弾となって敵に迫るタイプの弾幕である。
 弾幕が次々に分裂し、まるで鼠算のように増えながら空中を旋回する空に迫る。

「いっ!?」

 変転しようとしたが、遅い。弾幕の成す嵐に巻き込まれ、空がチルノ共々地上へ落下してゆく。
 霊夢も空中から加速し、果物ナイフを手に突っ込む。まずは無防備な空に一撃。初手はこちらが頂いた。
 刃を振りかぶろうとしたところで、空のぐったりとしていた首がぐいと動き、霊夢を見てニヤと笑った。
 直撃していなかった? あの当たり具合だとそれは有り得なかったはず。だと、すると……!

「お返しだっ!」

 空の左右から展開された高熱の弾幕、『地獄波動砲』が左右から。
 チルノの氷柱を飛ばす高速直線射撃『アイシクルマシンガン』が霊夢に殺到した。
 やはり嵌められた。急旋回して弾幕の届かない高空まで避難する。
 ホーミング性能のある弾幕ではないのが霊夢にとっての救いだった。点から点へ移動するだけで簡単に避けられる。
 その意味では二人の弾幕はさしたる脅威ではなかったが、問題は空の射撃相殺性能だった。
 恐らく『拡散アミュレット』を防いだのは『核熱バイザー』だろう。
 熱の幕を作り、射撃を相殺する壁を作る『核熱バイザー』ならば、
 数は多くとも一発あたりの威力はそれほどでもないアミュレットを防ぐことも不可能ではない。
 元々空の弾幕は高エネルギー、弾それ自体の大きさで群を抜いており、性能はどちらかというと攻めより守りの方に適している。
 あらゆる弾幕を消し去れることは、言うなれば究極の盾なのだ。
 本人が攻撃的すぎる性格のせいで100%の性能を引き出すことはないだろうと思っていたが……霊夢はそこまで考え、いやただの偶然だろうと思うことにした。
 攻撃的な性格は変わっているようには見えない。防衛本能で『核熱バイザー』を発動させただけだろう。
 チルノあたりがそこに入れ知恵しているといったところか。バカだが、アホではないのがチルノだ。

「あーもう! また避けられた! なによ『ひっしょーのさく』とか言ってたくせに!」
「くぅ、完璧に騙せてたと思ったのに! あたいの作戦をみやぶるとは!」

 安全圏まで後退し、文句を言い合いながら地上を移動する二人。
 この距離では弾幕を放っても意味がない。自分の装備に遠距離射撃できる武器がないことを今更のように悔やみつつ、
 霊夢は飛翔をやめて民家の屋根へと降り立った。
 ここに来てからの初めての長時間飛翔だったが、さしたる問題はない。
 流石に『空を飛ぶ程度の能力』の恩恵は大きいというところか。

「さて、と」

 一息つき、敵を探す。
 屋根の上から見下ろす人里の風景は見晴らしが良く、少し目線を上げれば、不気味に屹立する妖怪の山や、
 霧の立ち込める湖、その近くにそびえる紅魔館や、遠くを見れば自分の暮らしていた博麗神社までが見える。
 人間の里は、幻想郷のほぼ中央に位置している。妖怪がそうさせたのだ。
 被支配層である幻想郷の人間をあらゆる方面から監視し、不穏な行動を起こさせないために。

「萃香は……消えた、か?」

 あの様子では未だに茫然自失していそうなものだと思ったが、どうやら先程の戦闘の合間に逃げたらしい。
 鬼が敵前逃亡などという話は聞いたことがなかったが、致し方のない話かと霊夢は結論を結んだ。
 意識さえしてこなかった人間と妖怪の軋轢を突きつけられ、全てが敵意と悪意のもとに廻ってきた幻想郷という話を聞けば。
 逃げたのなら放って置けばいい。あの様子では誰かが殺してくれるだろう。ならば当分の標的は自分を邪魔した、空とチルノだ。
 さてどうやって燻り出すかと思案していると、ひとつの気配がここに近づいていることに霊夢は気付いた。

「へぇ、これはこれは」

 いつもと変わらない風を装いながら、その実どこまでも虚ろで、身勝手で、目を背けているだけの『人間』がいた。
 あしらうには目障りな存在だが、利用する存在としては悪くない。
 ならば精々利用させてもらうとしよう。異変解決のために。
 いつもは異変にも知らん振りをして隠居を決め込んでいるのだ。ツケは――ここで支払ってもらう。

「ま、小町も待ってるだろうしね」

 やってくる気配さえ見せない小町は、恐らく四季映姫との合流を優先したのだろう。
 気持ちは分からなくもないし、映姫も映姫で利用価値はある。何せ幻想郷絶対の『正義』だ。

「……狸の皮算用はここまでにしとこうっと」

 無駄な思考を打ち切り、霊夢は次の行動に移ることにした。

     *     *     *


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最終更新:2010年12月26日 23:15
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