タイトル不明

「殺し合い、ねぇ」

夜空に輝く星々を眺め、咲夜は呟いた。
紅魔館のメイド長たる彼女がこんな下劣な遊戯に参加して、何をすべきか。そのことを咲夜は考えていた。

「まぁ、お嬢様と妹様、パチュリー様の安全を確保するのが最優先事項ね」

この三人が参加している以上、咲夜には殺し合いに乗るという発想は生まれなかった。
危険人物なら率先して排除するところだが、乗ってもない参加者を相手に殺し回ることはない。

「問題は、それを実行するためにどこに行くか」

やはり地図に記載されている紅魔館か。何となくお嬢様辺りはここに向かいそうな気がするし。
そう思い、いざ向かおうという時唐突に茂みから何かが飛び出してきた。

「うわっ!」
「あら。いつぞやの氷精じゃない」

チルノは一瞬びくついたものの、すぐにそんな気持ちを吹き飛ばすかのように虚勢を張った。

「ふん。なんだ、ただの人間か。もっと強い奴ならあたいの仲間に入れてやろうかと思ったのに」
「へぇ、あなた殺し合いに乗ってるの?」
「の、乗ってないよ! さいきょーのあたいがそんなことするわけないじゃん!」

強がってはいるものの、どうやらこの状況に不安と恐怖を感じているらしい。
声が震えていた。

「あたいは弱い人間なんかにきょーみないんだから。あたいは強い奴をしもべにして、あの女を倒すんだから! じゃ、じゃあね!」

誰から見てもそれは強がりだとわかるだろう。少なくとも咲夜にはわかった。
元々咲夜はそこまで冷酷な人間ではない。怯えるチルノを前に多少の母性本能が芽生えるくらいの情はある。
そのまま踵を返してどこかに走り去ろうとするチルノの襟首を咲夜は掴んだ。

「な、何するのよ!」
「別に。ただせっかく会えたんだし、情報交換でもしようかと思って」
「じょーほーこーかん?」
「そ。あなたが支給された物とか、知り合いの名前とか」

チルノはうーん、としばらく考えてる風だったがすぐにこう言った。

「さいきょーのあたいにじょーほーこーかんなんて必要ないけど、弱いあんたの為にも仕方ないからしてあげる」

憎まれ口とも取れない言い様だったが、その節々から多少の安心感が見てとれた。




「で、さっそくだけどあなたの支給品は?」

本当なら安心できる励ましやら何やらをしてやるべきなのだろうが、生憎と咲夜はそういったことが不得意だ。
意識せずに、結局確認するべきことを確認するだけの温かみのない会話になってしまう。

「えーっとねぇ……」

しかしチルノはただ誰かと話をしているだけで不安が紛れるのか、張り切った様子で自身の袋をごそごそと弄り始めた。

「……あった! これ!」

チルノの手に握られているのは見たこともない長方形の塊だった。

「何なのこれ?」
「…よくわかんない」

チルノは徐にその塊をパカリと割った。

「あ、割れた」

しかし、それは割れたのではなく開いたと言うべきことだった。片方の端を軸に重なった長方形の塊が開いたのだ。その断面には無数のボタンとガラスがついていた。

「変な道具ね。見たこともないわ」

チルノの手の中にあるその道具を覗き込み、咲夜は怪訝な顔をした。

「あれ? 何か出てきたよ」

チルノがポチポチと適当にボタンを押していると、そのガラスに何か文字が現れたのだ。

「え……と、あか………やかた?」
「紅魔館ね」
「……り…さ…の家?」
「魔理沙の家」
「もう! 静かにしててよ! あたいが読んでるんだから!」
「読めてないじゃない」
「読めるの! 読もうとした時に咲夜が読んじゃっただけなの!」

そう言って、再びガラスとにらめっこするかのように、手の中にある塊を凝視した。
咲夜はため息をついて、とりあえずチルノが飽きるのを待つことにした。
時折、唸り声を挙げていたチルノだったが、ようやく

「もういい!! こんなのわかんなくてもいいもん。あたいはぶとー派なんだからね」
「はいはい」
「ホントだもん!」

咲夜は軽くあしらって、自身に支給された物を一応チルノに教えておいた。中身は、レミリアが愛用する日傘とおそらくは霊夢の大麻(おおぬさ)。
レミリアの日傘を確保できたのは行幸だったが、武器という点ではあまりに恵まれない品々だった。

「あなたの武器はその塊だけ?」
「え? ちょ、ちょっと待ってて!」

このまま何もなかったら、どこかへ行ってしまうとでも思ったのだろうか。慌てて袋の中を掻き回し始めた。

(焦らなくてもどこにも行かないわよ。は、変か。別に一緒に行動しようと言った訳でもないんだし。……もういいからさっさと行きましょう。これも変…よね)

チルノに対し、どう声を掛けてやればいいのか咲夜は分かりかねていた。完全で瀟洒なメイドも、誰かに優しくした経験というのがあまりない。だからこういう時にどうすればいいのか、よく分からなかった。
しかしチルノが袋の底を摘んで中の物を全部外に出そうとしたところで、慌ててそれを止めその拍子に口走った。

「あなたは本当に馬鹿ね。そんなことしたら襲われた時にすぐ動けないでしょ。支給品はもういいから、さっさと紅魔館に行くわよ」

咄嗟に出たのは先程考えていた言葉。やっぱり変だったかな、などと思ったもののそれを聞いたチルノの笑顔を見てそんな懸念は消えた。

「しょ、しょうがないな~。よし。咲夜はあたいが守ったげる。あんたの言うおじょーさまに会うまではあたいがめんどー見てあげるんだから、ちゃんとあたいの言うこと聞くのよ」

実のところ、チルノと行動を共にするのはデメリットが多かった。足手まといはこんな場所では命取りだ。
だがそれでも、やはりチルノを放り出すのはどこか気が引けた。

「ま、それなりに頼りにしとくわ。氷精さん」

だから咲夜はそんなことを考えてるとはおくびにも出さずそう言っておいた。






一方、その様子を遠くから眺める女性がいた。
彼女の名は小野塚小町。殺し合いに乗ることを決め、つい先程参加者の一人を始末した直後だ。
彼女にとって、立て続けに参加者に出会えた事は嬉しい限りだ。しかも相手はこちらに気づいておらず、二人組。うまくいけば早々に参加者を三人も殺したことになる。
だが、それを成す小町の顔は苦々しいものだった。仲睦まじく歩いている二人に銃口を向けながらも考えるのは参加者を殺さず、映姫様達を助ける方法。

(今更、何を考えてるんだあたいは)

行動と思考の矛盾に一人苦笑する。もう後戻りなんて出来ないことは小町自身が一番よく分かっている。だからこそ今の自分が滑稽で堪らない。
小町は既に参加者を一人殺しているのだ。苦痛に顔を歪めてのたうち回っていた一人の参加者を無情にも撃ち殺したのだ。
だから、今更引き返せない。いや、引き返してはいけない。

(これが今のあたいに、この腐った遊戯に乗ったあたいにできる唯一の善行だ)

悪行の中の善行。これを四季映姫が聞いたらどう答えるか。

(黒、かな。やっぱ)

だがもはやその審判に意味はない。小町は自分で決め、自分で実行した。
たとえ生きとし生ける者全員が黒だと言っても、やはり小町にとっては白なのだ。

だから

小町は冷酷無情の仮面を被り、その引き金に指をかける。狙うは十六夜咲夜の頭部。狙いを定め、引き金を引く




「驚いたわね。まさか死神が乗ってるなんて思わなかったわ」

瞬間だった。

「っっ!!」

小町は背後からの声に咄嗟に距離を取り、状況をいち早く分析した。
確かに小町は咲夜に銃口を向けていた。なのに咲夜は自分の真後ろを陣取り余裕綽々で佇んでいる。未だ状況を理解していないチルノを片手で抱えている程の余裕だ。

(そうだった。こいつの能力は…!)
「時を操る程度の能力。早い段階であなたの存在に気づけて良かったわ」
「ちょっと! いきなり何なのよ! さっさと離してよ!!」

じたばたと暴れるチルノには目も暮れず、咲夜は淡々と事実を告げる。

「氷精、聞きなさい。あの女は殺し合いに乗ってるわ」
「えっ?」

チルノの息を呑む音が聞こえてくるようだった。
この妖精は、こんな場所に相応しくない。そんなことをまるで他人事のように咲夜は思っていた。
咲夜は事態を把握し大人しくなったチルノを降ろした。
そして、ただ一言チルノに告げた。

「あなたはこのまま逃げなさい」

一瞬チルノの反応がなかったが、すぐさま騒ぎ出した。

「い、いやだよ! あたい、咲夜と一緒じゃなきゃ嫌だ!!」

咲夜は隠そうともせず、ちっと舌打ちした。それは誰から見ても拒絶を意味していた。
だがそれでもチルノは引かない。チルノはまるで駄々を捏ねる赤ん坊のように首を振り続けた。
そんなチルノを見兼ねて、咲夜は徐に自身の袋を投げ渡した。

「わぷっ」

拙いながらもそれを受け取り、怪訝な表情を咲夜に向ける。

「この中にはお嬢様の大事な日傘が入ってるわ。いい? 私が戻るまで、絶対に誰にも渡しちゃ駄目よ。絶対になくしちゃ駄目よ。私が戻るまで、ちゃんとあなたが保管してるのよ」

この中に入ってるものが咲夜にとってとても大切な物なんだとチルノにはわかった。
でも、それでも動けなかった。逃げることが咲夜にとっても一番良いことだと分かっていてもできなかった。
最強だと強がって見ても、やはりチルノは怖かった。
殺し合いという遊戯が怖かった。一人ぼっちでいるのが怖かった。今も目の前にいる殺し合いに乗った参加者が、堪らなく怖かった。

でも、そんなことよりも咲夜が死んでしまうことが怖かった。
たったの数十分一緒にいただけだけど、心細かった自分に声を掛けてくれた、引き止めてくれた咲夜が死んでしまうことが何よりも怖かった。
だから、チルノはここを動けなかった。動きたくなかった。
その旨を、一方的にでも告げようと大きく口を開け

「わかったわね。“チルノ”」

声を上げれなかった。
“氷精”ではなく“チルノ”と呼んだ咲夜。その真意は何だろうか。気まぐれ? 信頼? 友情?
チルノにはわからなかった。わからなかったけど、その言葉で一つの決心がついた。
上げたかった声を無理やり呑みこみ、チルノは小町と咲夜に背を向け脱兎の如く逃げ出した。

「…わざわざ待っててくれるなんて、随分と優しいじゃない。こんな馬鹿な遊戯に乗ってるとは思えないわ」
「…………」

対する小町は何も答えず、両者はただ対峙する。


【G-2 深夜 一日目・森】
【チルノ】
[状態]健康
[装備]咲夜の支給品(支給品一式 レミリアの日傘 霊夢の大麻(おおぬさ)
[道具]支給品 携帯 ランダムアイテム0~2個
[思考・状況]基本方針;咲夜の袋を守る
1. 今はとにかく逃げる
2. すぐにでも咲夜と合流したい









一方その頃、さらなる迷える子羊がすぐ近くを彷徨っていた。
その子羊の名は河城にとり。彼女もまた、この状況に恐怖し震えていた。

(何でこんなおっかないことに巻き込まれなきゃならないんだ…)

にとりは自分の不遇を嘆いていた。
河童という種族はそもそも強い妖怪ではない。彼女達の持つ科学技術には目を見張るものがあるものの、身体能力という面では人間とさして変わらない。
それはつまり、戦闘には向かない種族だということで。鬼やら吸血鬼やら天狗やらが飛び交うこんな場所で、河童であるにとりが一人委縮するのも当然といえば当然のことだ。
単純に考えて、この殺し合いで生き残れる可能性は極めて低かった。
そんなにとりが生き残るためにできること。それは

(やっぱ強い仲間を見つけないとね。そんでずっと守ってもらおう)

つまりはそういうことだった。誰かの影に隠れて細々と生き残る。それが力無いにとりにできる一番生き残る確率が高い方法だった。
そう決めたなら、次に問題になるのが誰に守ってもらうか、だ。

(うーん。すぐに思いつくのは魔理沙かな? でも人間だしなぁ。できればもうちょい頑丈な奴がいいなぁ)

人間なんて所詮こんな場所ではさっさと死んでしまう軟弱な生き物だ。どうせ守ってもらうならもっと強い奴の方がいい。

(…やっぱ、一番の候補は文かな。同じ山の出身だし顔見知りだし。なんといっても強いしね)

いつもは飄々としている彼女だが、そこはやはり天狗。戦闘になったら相当強いに違いない。
決めた。まず会うべきは射命丸文。この遊戯の最中はずっと彼女に守ってもらおう。そう思至って歩を進め



射命丸文に出会った。



(おおぉ!!! 何たる偶然何たる奇跡!! こうも簡単に探し人に出会えるなんて。やっぱ日頃の行いが良いからかな)

逸る気持ちを抑えつつ、にとりは文に声を掛けた。

「おーい! あ………や…?」

何か様子がおかしい。こちらに気づき無言で近づいてくる文を前ににとりは思った。
いつもなら愛想笑いの一つも浮かべ、気楽に喋りかけてくるのに今回は違う。笑顔を消し、鉄仮面みたいに表情を崩さない。それはなんていうか……すごく不気味だった。
さすがに、嫌な予感がした。最悪のシナリオがにとりの脳裏を駆け巡り、しかしその度にそれをかき消した。

(いやいやいや、さすがにそれはない。あの文が……。いやいや、ないでしょそれは)

長命の天狗とは思えない程の気さくさ。それを知ってるからこそ、にとりは最悪を否定した。

「ちょっと、どうしたんだよ文。何か悪いもんでも食べたのか?」

否定しても、否定しても、最悪は浮かび上がり、それがにとりを一歩一歩後ろへ下がらせた。
除々に近づく文を前ににとりは耐えきれなくなって、途切れ途切れになりながらも言葉を紡いだ。

「………乗った、のか?」
「はい」

その言葉が合図だった。
文の俊足の突きがにとりを襲う。しかしにとりは運が良かった。ちょうど木の根につまずいたため、その一撃は回避されたのだ。が、つまずいていなかったら今頃……
にとりは一目散に逃げ出した。脇目も振らずただ死への恐怖に苛まれ、ひたすらに逃げた。

(助けて助けて誰か助けて!!)

その思考はあまりのも他人よがりだった。








人間VS死神。世にも奇妙なぶつかり合い。
途中経過を述べるなら、人間側がかなり不利な状況に立たされている。
だがそれも当然だ。そもそも死神と人間では身体能力に雲泥の差がある。咲夜にはその差を埋めるだけの能力があるものの、何故かこの場では強い制限を受けていた。
それに気づいたのは最初に小町の背後に回った時。たった十数秒止めただけなのに相当の体力が消費され、挙句眩暈までする始末だ。持ち前の気力で何とか正気は保っているものの、相手はそれを許してくれる程生易しい相手ではない。
数々の弾幕で咲夜の体に生傷がまた一つ、また一つと増えていく。致命傷を負わないようにするだけで精一杯だった。
何度かの試行によって、どうやら1秒程度時を止めるくらいなら大して負荷が掛からないことを発見し、今はそれを連続して多用することで騙し騙し戦っている。実際、何度も死にそうになった。
相手も慣れていないのか、銃口の向きで拳銃による攻撃は簡単に予測できるのだが如何せんスペックに差がありすぎる。
削られていく体力。増える一方の生傷。
どうにか状況を一変させたい。そう咲夜が考え出した時だった。
茂みから何かが飛び出してきた。二人にはそれが参加者だということが直感的にわかった。
敵との戦闘中というある意味極限状態の中での第三者の介入。しかもそれがこちらに突撃してくるとなったら誰でも防衛反応に出るだろう。当然小町もそうだった。ほぼ反射的に銃口を第三者に向ける。
しかし、咲夜はそうではなかった。彼女の頭の隅に残るチルノとの出会いの記憶がすべき反応と逆の行為に走らせた。


小町の持つ銃が火を噴いた。






一体、どうなったのだろう。私はただ人がいそうな方へ無我夢中で走っていた筈だ。
でも、今は止まってる。何だか暖かい。もう疲れたし、このまま…

「いつまで寝てるつもり!?」

その叱咤で一気に目が覚めた。
視覚による情報が頭の中に飛び込んでくる。
目の前に佇む赤髪の女。何故か私を抱きかかえている…人間?
そして……

「あやや、随分と派手にやってますね~」

殺し合いに乗った天狗、射命丸文。
口調はフランクだが、その顔はやはりいつもとは違う。そう、紛れもない殺人鬼の顔だ。
一瞬だけ忘れていた恐怖が再び私を襲った。
……ん? 何だ、この生暖かい液体は………

「ってお前! 血が!!」

咲夜の左肩は血で真っ赤に染まっていた。

「どうってことないわ」

血が腕を伝って地面にポタポタと滴り落ちる。
そんなわけない。どうってことないわけがない。

「…どうやら、あなたも乗ったようね。第三者の目はどうしたのかしら?」
「今日に限り、私は第三者ではありません。第一者です」
「へぇ、新聞記者が主役の記事か。これほどおもしろくないものもないわね」

咲夜の軽口を無視し、文はどうすべきか諦観を決めていた小町に呼びかけた。

「あなたもこの殺し合いに乗った口だとお見受けします。お互い長い道のり。無駄な戦闘は控えたい筈。どうです? ここは協同戦線といきませんか?」
「……今の姿が、あんたの仮面の内側ってわけか?」
「御想像にお任せします。返事を」
「…随分と口が重くなったもんだな。さて、どうしようか……」

二人が何やら話をしている。相手も意識してるのかよく聞こえないが、内容はだいたいわかる。殺し合いに乗った奴が格好の得物を前に悠長に世間話などするはずがない。

「まずい。あいつら組むつもりだ」

ただでさえ最強クラスの天狗に仲間ができたら、それこそ太刀打ちできなくなる。

「そうね」

なのにこの人間の反応はとても冷めたものだった。
自身の袖を破り、撃たれた肩の止血をするその様は何かを決心したかのような、そんな想いを感じさせた。

「お前……何するつもりだ?」
「別に。ただ、お灸を据えなきゃと思ってね」

よろよろと人間は私の前に出た。まるであの二人から私を守ろうとするかのように。

「…戦う…つもりか?」
「それ以外に何があるってのよ」
「無茶だ! あんたの怪我相当ひどいし、敵は二人だし、何よりあっちには天狗がいるんだぞ!? 人間に勝てるわけない!」
「あら。そんなの、やってみなくちゃわからないわ」

わからない。本気でわからない。この人間が何を考えてるのか。まさか、本気で天狗に勝てると思ってるのか? もしそうなら特級クラスの馬鹿だ。
だが、そこにはそんな馬鹿はいなかった。
目の前の人間はまったく臆することなく、ボロボロの体でも凛として立っていた。弱い人間でありながら、守られる立場でなく守る立場として立っている。そこには、完全で瀟洒なメイドがいた。

(…なんだよ。人間のくせに………、かっこいいじゃないか)

にとりは、先程までの自分を恥じた。人間を弱い種族だと切り捨て、強者の庇護を得ようとした自分を恥じた。
目の前の人間は、決して弱くなんかない。
こんな私でも、あんな風になれるだろうか。弱い私でも、あんな風にかっこよくなれるのだろうか。

気づいたら、私は人間の隣で立っていた。


「…相手は最強クラス。はっきり言って私達じゃ手に負えないよ。……ま、なるようになるか」
「その通り。なるようになって、私が勝つ。お嬢様の為にも、奴らには死んでもらわないと困るのよ」
「お嬢様?」
「そう。紅魔館の主。誇り高き吸血鬼。お嬢様に仇成す者には制裁を。それが、私の道よ」
「はは。…だったら、私は誰の為に死のうかねぇ」

自分でも随分とやけくそだったと思う。何せ半分以上死を覚悟してるんだ。
さっきから震えが止まらない。

「あら。まだ未定なのね。…だったら、その保護の対象。私が決めてもいいかしら?」
「えっ?」

咲夜はすっと指を差した。その指の先は、丁度私達の後ろ。

「あっちに馬鹿でまぬけな氷精が走って行ったわ。まだ追いつける距離だと思う。お嬢様の大事な日傘を持ってるんだけど、あいつ一人じゃ不安なの」
「あっちって。それじゃお前が…」
「あなた、河童でしょ? 噂には聞いてるわ。はっきり言って、この鬱陶しい首輪を外す手段がまったく見つからなくてね。あなたなら何とかなるんじゃない? いえ、何とかしなさい。何とかして、お嬢様を助けなさい。それがあなたの役目。どう?」

願ってもない提案だった。つい先程までの私なら喜んでそれを受け入れただろう。
だけど今の私は、その提案を受け入れるのに抵抗を感じた。

「…そうなったら、本当に勝ち目がないぞ。それでもか?」
「言ったはずよ。なるようになって、私が勝つって」

その言葉に強い意志を感じた。事実がどうとかそんなの関係ない。少なくとも、咲夜は勝つ気でいるんだ。絶対に勝ってやるって思ってる。
…だったら、私もそれを信じてやる。

「…私は河城にとり。お前は?」
「十六夜咲夜」

その名前を、胸に刻み

「わかったよ咲夜。この首輪も氷精も日傘も、全部私に任せろ! だから…絶対死ぬな!!」

私はその場から逃げた。
我ながら、卑怯だったかもしれない。心の奥底で保身を考えていたのかもしれない。でも、私にできることはある。できることは、いっぱいあるんだ。
ここで逃げていっぱい後悔しても、それで終わりじゃない。
だから、私はただ咲夜を信じた。そして今は、ただ咲夜の為にできることをする。
私には、それしか出来ないんだから。



「あやや。長話してる間に逃がしてしまいましたか」
「…人を逃がすのが随分と好きみたいだな。それがお前の正義ってやつか?」

それを聞いて、咲夜は笑った。正義という言葉をただ笑い飛ばした。

「正義? 悪? そんなもんどうだっていいわ。私にとって重要なのは、あんた達がお嬢様の敵だということだけよ」

咲夜は構える。ボロボロでも、勝ち目がなくても、ただ勝つ為にその腕を上げる。

「さぁ、闘りましょうか。時間を止めて時間稼ぎをするのも良いけれど、手癖の悪いあなた達にはお仕置きが必要でしょうからね」

そして今、二度目の戦いが幕を開けた。


【河城にとり】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品 ランダムアイテム1~3
[思考・状況]基本方針;首輪の解除
1. 氷精に追いついて保護する
2. レミリアを見つけ出す


「では、私がお相手しましょうか。小町さん、あなたはそこで見ていて下さい」

そう言って前に出る文をあたいは無言で了承した。
あたいと文が交わした即席の契約の為だ。
“あの二人を殺すまで決して邪魔立てはしない”
協力するわけでもなし、ただ無視するだけ。殺し終わるまでお互いの邪魔をしないように動く。
もちろん相手側が契約を破棄する可能性があるので気は抜けないが、それでも終始攻撃されることはない。そして、相手は手負いの人間ただ一人になった。大した怪我も疲労もせずに倒せるだろう。
そう、相手は一人だけ。
咲夜はにとりを逃がした。こちらは二人で、天狗もいるというのに。ここまでくるとただの馬鹿だ。自殺志願者となんら変わりない。
あたいが何もしなくとも、咲夜は文に一方的に嬲られて殺されるだけ。
現に咲夜の攻撃は文に掠ることもなく、しかし文の攻撃は次々に咲夜に襲いかかっていた。
みぞおちに埋まる文の腕。顎を蹴り上げられて宙に舞う。次々と仕掛けられるあられのようなラッシュ。
誰がどう見てもどっちが勝つかは目に見えていた。
あたいの存在と、咲夜の刺し違えるとでも言わんばかりの気概が文を慎重にさせているが、ただそれだけ。
止めを刺されるのも時間の問題だ。

バキイィ

ほら、終わった。蹴りで吹き飛ばされた咲夜が木々を巻き込んでぶっ倒れてる。確実に、戦闘不能ってやつだ。
文もそう思ったのだろう。特に慌てる様子もなく、ゆっくりと近づいて行く。
髪を掴んで、無理やり止めを刺しやすい位置に押し上げる。

「何か遺言は? 気が向いたなら吸血鬼に伝えてあげましょう。まぁ、そうなればすぐに会えるでしょうからいらぬお世話かもしれませんがね」

咲夜はぴくりとも動かない。だが、意識はあるようだ。その瞳から、闘志が消えることはない。

「………く…そ……くらえ…よ」
「そうですか」

文はようやくその腕で咲夜の胸を貫こうと構え、

「待て!」
「……何ですか? 邪魔立てはなしだという話だったはずですけど」

あたいにもわからない。気が付いたら文を止めていた。

「こいつの止めはあたいにやらせてくれ」
「……まぁ、いいでしょう」

文がパッと手を離し、咲夜はその場に倒れ伏した。
傍で見ると、本当に満身創痍だ。

「少し聞きたいことがある」

文が目に見えてイライラしてる。早く止めを刺せということだろう。あたいはそれを無視した。

「お前のお嬢様の為だったら、お前は殺し合いに乗るか?」

やがて、咲夜は答えた。

「………とう……ぜん…よ」
「そうか」

あたいはそれだけ呟いて銃の引き金を引いた。










「どういうつもりですか?」

小町の銃弾は、咲夜ではなく文を狙って発射された。その一撃は、何か思うところがあったのか簡単に避けられたものの文の頬からはポタポタと血が流れている。

「どうもこうもない。今だけはあたいも白の道を進ませてもらう。ただそれだけだ」

それは、鉄の仮面を脱ぐということ。非道を成す為の無情な仮面を、一度だけ小町は脱ぎ捨てた。
再度銃口を文に向ける。しかしそれを悠長に待っている文ではない。すぐに臨戦態勢に入る。ところで

ドゴッ

突如文の頭に衝撃が走った。
銃は撃つ物。その固定観念が“銃を鈍器に使う”という発想を失念させた。
持ち前の俊足ですぐさま距離を取る。額から流れる血も鬱陶しくはあるが致命傷には程遠い。
しかし小町は距離を稼げればそれだけでよかった。

「咲夜立て! お嬢様を守るんだろ!? こんな場所で死んでいいのか!?」

その言葉に、咲夜は反応する。
ほとんど気力だけで、立とうともがく。
それを良しとしない文は咲夜に弾幕を散りばめた。普段なら簡単に避けれるようなものも、今の状態では叶わない。
が、それが届くことはなかった。小町が前に出て、その弾幕を自らの弾幕で相殺したのだ。

「何してる! さっさと逃げろ!!!」

歯を食いしばり、咲夜はよろよろと立ち上がった。拙い、本当に拙い歩きでその場から離れて行く。
そのまま二人の前から姿を消すまで小町と文は対峙していた。

「まったくもって理解し難いものがありますね。あのメイドもそうですが。こんなことをして何のメリットがあるんです?」
「…気づいたんだよ。あたいの目的の為に一番邪魔なのは、お前だってな」
「それとメイドを守ることにどういう意味があるんです?」

それは小町自身もよく分かっていなかった。ただ衝動的に動いていたら、何故かこうなった。

「…そうだな。借りを作りたかったってのはどうだ? 映姫様を守ってもらう為にな」
「……やはり理解しかねます」

文が仕掛けてきた。
たった一歩。それだけで数メートルはあった距離を一瞬で詰め、もはや凶器と呼ぶに相応しいその腕で小町を刺し貫こうと踊る。

(速いっ!!)

咄嗟に銃でガードし、その反動を利用して回し蹴りを繰り出す。
軽く避けられ、更なる追撃の為に迫ったところで

「恨符!!」

未練がましい緊縛霊

霊達が文の行く手を阻み、戦線離脱を余儀なくする。
飛翔し、スピードに身を任せ、早々に霊を煙に巻く。丁度小町の数メートル上空に到達した時だ。

「竜巻、天孫降臨の道しるべ」

巨大な竜巻が小町を襲った。
これで勝ったと、文は思った。しかしその思惑は外れていた。小町は竜巻の中にはいなかった。

「…残念……だったね」

小町はまったく別の場所にいた。
距離を操る程度の能力。それが文の距離間を狂わせた正体。咲夜と同じ、いやそれ以上に能力使用の負荷がかかるためずっと温存していた力だ。
奇しくもその事実は袋に入ってあった注意書きのおかげで知ったこと。そしてそれは、その能力の使用が命にすら関わるものだという証でもあった。
これは賭けだった。天狗に勝つ為の賭け。能力を使って死ぬか、死なないか。そして小町は、その賭けに勝った。
頭がフラフラし、今にも倒れそうになりながらも、それでも何とか立てていた。
あの攻撃の最中は完全な無防備状態。チャンスは今しかない。
文の驚愕の顔をその身に刻み、小町は銃を構えて発砲した。



…筈だった。

バアァン

「がぁっっ!!」

銃は暴発した。
咲夜を守るため、文を退けようとした銃での一撃が効いた。そもそも銃は鈍器ではない。当然射出口があって、銃創が真っ直ぐであるからこそ弾は発射される。文に与えた一撃は、その銃創を曲げるに値する衝撃を与えていた。小町の銃に対する知識の浅さが、この結果を招いた。

「残念、はあなたの方でしたね」

小町の胸を文の腕が貫いた。





「……どう……なった?」

何とか立ち上がり、木に凭れかかりながらも咲夜は歩いていた。
できるだけチルノやにとりに近づけるように、できるだけ文から離れるように。悔しいが今の咲夜に出来ることはない。
竜巻が上がる様を見て、文と小町はまだ戦ってる最中だと確認し、また歩き出そうとして

「…あ……れ…?」

膝をついた。
確かに満身創痍だし、今にも気絶しそうだ。だが、そんな体に鞭打つように気力で歩いてきたというのに、何故か動けない。
さすがに限界がきたのか…? そんなことを思いながら、ふと木の近くに生えてある茸を見つけた。

(しまっ!!)

ようやく事の重要性に咲夜は気付いた。
ここは魔法の森。化け物茸の胞子が霧散する人間は決して近づいてはならない危険な場所。
この胞子のせいで、ただでさえ限界が近い咲夜から着々と体力を奪っていた。

「…はや…く、……ここ…から……出ないと………」

しかし意に反し、その場に倒れ込んでしまった。
こうなってはここから出るのは無理だ。

(なら……せめて、身を隠さないと)

近くの茂みに這いつくばりながらも潜り込んだ。カモフラージュにそこらに落ちてる枝や葉を被せ、一目には分からないようにしておく。

「だ……め。もう……限……界」

咲夜はそのまま意識を手放した。


十六夜 咲夜
[状態]気絶中 疲労(大) 無数の擦り傷 全身打撲
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]基本方針;レミリア、フラン、パチュリーと合流し守る
1. チルノとにとりを追う。
※長時間ここにいると命に危険を及ぼすかもしれません






「さて、どうしたものか」

一仕事終え、文は倒れ伏す死神に目も暮れずに呟いた。

文が殺し合いに乗った理由。それは単純な話生き残るためだ。長命な彼女には、あの女が何か奥の手を隠していることにすぐ気付いた。
鬼や吸血鬼もいるあの場所で堂々とあんなルール説明をしてのけた態度。あの余裕すぎる表情。こちらが知ってる以上の“何か”があるのは間違いない。
ただでさえ八方塞がりなこの状況で、さらに事態を悪化させる要素を相手側が持っている。完全な詰み状態。こちらがあの女の意に反したところで生き延びれる確率は1厘にも満たないだろう。
そう考えて、友達も知り合いも全て裏切ることを選んだ。選ぶだけの思慮と冷酷さを文は持っていた。
だから文は考える。どうすれば生き残れるのか。どうすれば効率良く参加者を皆殺しにできるのか。

やはり当分の目的は未だ近くにいるメイドだろう。相手の手傷は相当のもの。油断さえなければ負けることなどあり得ない。
だが理由はそれ以外にもある。文は咲夜の存在を相当危険視していた。
時を操る程度の能力。それを抜きにしても、咲夜は厄介だ。そう、あの精神力は。
殺し合いに乗らない反対派は必ず集団を作る。しかしこの手の遊戯に疑心暗鬼は付き物だ。集団が大きくなればなるほどそれは肥大し、やがては全てを呑みこむ。
その過程で厄介なのが咲夜のような存在だ。バラバラになりそうになった集団を繋ぎ止める輩というのは得てして精神力の高い者。
優秀なリーダーになる素質を咲夜は持っている。それに戦闘能力は関係ない。殺し合いに乗る以上、そういう存在は群を抜いて厄介なのだ。
だから、ここで息の根を止める。
文はそう決めて、咲夜が逃げて行った方向へと進もうとし




「捕まえた」

小町にしがみ付かれていることに気づいた。暴発のせいで腕に銃の破片が無数に突き刺さり、酷い箇所になると筋肉が抉れ出ているにも関わらず、その腕はびくともしない。

「…もう、鬱陶しいスピードも…出せないな」

小町は近くに落ちていた、銃の先端を拾う。暴発のおかげで先端は鋭く尖っていた。

「これで…おわ「しぶといわね。なら、これでどう?」」

小町の首輪を掴み、文は冷酷に言葉を紡ぐ。

「いくら頑丈でも、この首輪が爆発すれば死ぬ。試してみるのも悪くないわね。あの女が言ってたことが本当かどうか」

何故かその時、小町の体感する時が止まった。
脳裏に様々な記憶が蘇っては消えていく。その思い出には、必ずある人物の姿があった。

(ああ……、なんだ)

死神の水先案内人として仕事につき、あの人と組むことになり、思えばいつも叱られていた気がする。

(あたいは……あの人の為に戦ってたのか)

ようやく合点がいった。何で咲夜を助けようとしたのか。
それは…自分の姿と重ね合わせていたからだ。
その尊くも、まさしく身勝手な思いに小町はようやく気付いた。

(…やっぱ、黒だわ)

何故か苦笑し、小町は銃の先端を突き刺そうと振り被り

ボンッ

絶命した。

掌から煙が立つ様を見つめ、文はこの首輪の力を改めて思い知った。
死神が死ぬほどの爆弾。あまりそういったことには詳しくないのだが、それでもやはり自らが受けた傷が少なすぎる。最悪腕の一本は飛ぶのも覚悟していた。
密着状態にあり、首輪を腕で引き千切ったというのに軽い火傷程度で済むなんてどういう技術が使われているのかまったく理解できなかった。
だがそれよりも、あの女の言ってたことが本当だったということの方が文には重要だった。

「…この分では、色々と厄介な能力制限がありそうですね」

先の戦いもいつもならもっとスマートに勝てた。なのに何故かここでは調子が出ない。どうやら能力制限とやらの対象に入っているのだろう。

「まぁでも、戦えないわけじゃないか」

バサッと背中に生えている翼が波打った。
力を溜め、地面を蹴り一気に跳躍する。まだ近くにいるであろう咲夜を殺す為に。




咲夜の思いを背負い、チルノとにとりは走った。
レミリア・スカーレットの忠義の為に咲夜は生きることに執着した。
ただ意地の為に、たった一人を救おうと命を賭した小町は散った。

彼女達の想いは同じ。ただ誰かの為を想って行動した。

そして彼女達とは違う思いで動く参加者が一人。
ただ自身の保身の為、射命丸文は動いた。
死神を殺し、咲夜を殺そうと空を駆ける天狗。
彼女が脱いだ仮面は、もうどこかに消え去っていた。



【射命丸文】
[状態]疲労(中) 頬に擦り傷 頭部に打撲(出血あり) 右手に軽い火傷
[装備]なし
[道具]支給品 ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・状況]基本方針;殺し合いに乗り、優勝する
1. 咲夜を探し出して殺す



【小野塚小町 死亡】

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最終更新:2012年01月07日 01:23
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