……and they lived happily ever after. ◆TDCMnlpzcc
八雲紫が廊下を歩むのに合わせて、床がミシミシと音を立てる。
月日を重ねてきたのだろう。家の縁側は風雨にさらされ、濁った色をしていた。
もうすでに、夜は終わり、遠くには太陽が見え始めている、そんな時刻だ。
明るすぎず、暗すぎず、暁の空は白い光の筋で浄化され、その光度を増していく。
朝が来た。もう放送まではさほどの時間もないだろう。
二回目の夜明け、そう、一日前は、また、別の人間と一緒に空を見上げていた。
紫はもうすでに癒えた両掌をさすりながら、上り始めた太陽に目を細める。
たった一日で、いったいどれだけの知り合いがいなくなったのだろうか。
西行寺幽々子、八雲藍、橙、森近霖之助、その他、数えきれないたくさん。そのすべてがいなくなってしまった。
そして何より、自身の愛した幻想郷も、すでに壊れている。
気が付いてみれば己が肉体を除いて、すべて失っていたのだ。
妖怪の賢者、八雲紫とあろうものが、ずいぶんと耄碌したものだ。
悲しい?いや、そうではない。ただひたすらに情けなかった。
最後には人間、元人間の魔法使いにまでたより、すべて投げ捨てて動いても、結局は後の祭り。
取り返しのつかないものは、もうどうしようもないのだと、紫は良く知っていた。
伊達に長生きしているのではない。それでも、この一瞬は馬鹿になり、そんなことは忘れたかった。
頑張れば、報われて、また昔の生活を、幻想郷を取り戻せるのだと、そんな“幻想”に浸りたかった。
でも、それは許されない。
今の自分に、そんな夢を見る余裕は残されていない。
「・・・・・・!!」
「・・・・・・エッ・・・キャハハ!!」
後ろで、フランドールと魔理沙が笑い声をあげて、話をしているのが聞こえた。
彼女たちが、危険に関して理解していないとは言えない。
まだ、ここが地獄の釜の中だと理解していなわけではないはずだ。
その上で、笑いあい、心をかわしている。それは決して無駄なことではない。
ただ、今の自分には少し合わなかった。
小さい童のように、彼女たちに混じって笑いあう自分を想像して、紫は苦笑した。
さすがに似合わない。
思い浮かべるだけで、笑える情景だ。
「魔理沙さーん!!」
ガラッと玄関の扉が開けられ、早苗の声が響いた。
彼女には小町の手当てが終わり次第、周囲の警戒をお願いしていた。
フランドールは日が上がれば動けなくなってしまうし、小町は怪我人、それに信用もできない。
そして、紫と魔理沙は爆薬の調合を続けなければならない。
とはいえ、爆薬の調合は、先ほど終わらせている。
笑いながら話を続ける魔理沙の横で、紫が終わらせたのだ。あまり、時間はない。
遅れれば、遅れるほど、何らかの障害が起こる可能性がある。
もう少しで、放送が始まる。その時呼ばれる人妖に関して、ある程度のあてはあるのだが、少し不安もある。
霊夢が死んでいたら魔理沙が、
レミリア・スカーレットと十六夜咲夜に関してはフランドールが、それぞれ動揺するだろう。
他人の感情を機械的に分析する自分に嫌気は差しながらも、もしも、を考えて、紫は作業を終わらせた。
後は、最後の仕上げをするだけだ、早ければ、日が昇りきる前に決着をつけられる。
その前に、引っ越しをするのもいいかもしれない。
この寺小屋は周囲の警戒こそしやすいが、周りが開けているゆえに、目立ってしまう。
明るくなれば、人里に集まった“敵”に狙われかねない。
まだ、こちらに賛同してくれる参加者もいるはずだ。
そういった者達と合流して、現状を打開する。そのためにも、これ以上の消耗は抑えたい。
「空、きれいね」
白い雲、ようやく浮かび上がってきた太陽は希望の象徴。
妖怪にとっては夜月こそが妖力の源だが、たまには太陽を拝むのも悪くない。
月が妖力、神秘を表すならば、太陽は純粋なエネルギー、神の力を表す。
人間に神様と陽の存在をそろえる自分たちには、太陽の方があっているのかもしれない。
しかし、吸血鬼である、フランドールが満足に動けなくなることを考えると、必ずしもプラスではない。
でも、そんな打算的な感情を抜きにして、その時の空は美しかった。
ここが例え、幻想郷を模した空間だとしても、あたりに見えるのが、幻想郷の風景であることには変わりない。
澄んだ世界。すでに外では幻想となってしまった世界がここにあった。
問題がたくさん内在はしていても、その一つ一つの問題すら美しい。
幻想郷を愛した紫には、そのすべてが愛おしかった。
自分がここから帰ることができない、そのことはもちろん、考えの中にあった。
もちろん、五体満足で帰れるのにこしたことはないのだが、自分は、弱い。
スキマも使えず、ただ、年齢だけ重ねた妖怪である自分は、今いる仲間の中でも、弱い部類に当たるだろう。
死神、吸血鬼はいざ知らず、火薬の扱いにたけた魔法使いにも劣ってしまう。
そんな自分に時々、嫌気がさしながらも、その知能だけで、周りを引っ張って、ここにいる。
本気が出せれば、本調子であれば、そんな言い訳は、無意味だ。
今の紫には、出来る限りのことをするしかない。たとえその過程で、自分が死ぬことがあっても、だ。
背後でどたどたと誰かが動く音、そして、また外に出ていく音が聞こえた。
早苗が、戻って行ったのだろう。そうあたりを付けて、気を緩める。
わざわざ報告に来た位だ、何か見つけたのだろう。そして、私の所に来ない位だ。どうせくだらないことなのだろう。
ふと顔に手を当てると、自分が笑っていたことに気が付いた。
いつの間にか、小さい子どもを見るように、早苗たちを見ていたことに気が付き、あきれる。
全員無事に、帰れるといいな。
絶対に不可能。もしくはそれに準ずるくらい難しいはずなのに、今は、全員で無事に帰りたいと思った。
成長した彼女たちが、幻想郷の中でどう生きていくのか、それが純粋に気になったのだ。
残った生存者は、二十人に満たないこの殺し合い。その果てに、何があるだろうか。
日が昇っても、鳥の声一つしないこの会場に、少し機械的な、無機質な違和感を覚えつつ、あたりを見渡す。
朝もやが、遠くでうごめくのが、分かる。あまりこちらにかかってくるようだと、面倒だ。
視界がいいからこそ、ここにとどまっているわけだが、あまりあたりが見えないようだと、ここら一帯は絶好の狩場となってしまう。
特に集団で動くのに、視界の確保、互いの位置の把握は必須ともいえる。
悪天候は、多数ではなく、個人に地の利をもたらす。
そして、思ったよりも風が強い。あまり時間を掛けずに、ここらが霧に包まれてしまうかもしれない。
白い霧に包まれる人里は、美しくはあるが、今は都合が悪い。
魔理沙たちに、状況を伝えようと身をひるがえし、足を進めようとする。
丁度その時、一陣の風が吹き、パタパタと服とリボンが音を立てた。
朝にしか感じられない、独特のにおいと気配を嗅ぎ取って―――
そこで、生臭い、それでいて嗅ぎなれた懐かしい匂いが、鼻を突いた。
ミシミシ、新たな荷重で縁側がまた、軋んだ。
「久しぶりね。元気にしていた?」
かすかに香る香料と人間の匂い。そして、妖怪だからこそよく分かる、血の匂い。
八雲紫の真後ろ、息がかかるほど近くで、博麗霊夢の口から、言葉が漏れた。
「ええ、昨日の昼、以来かしら?」
できる限り、冷静さを保って、言葉を返す。しかし、体は少し、震えていた。
早苗はなにをしていた!!
一瞬戸惑いが怒りに変わったが、360度すべて監視できるわけでもなし、多少の侵入は、自分とフランドールで対処するつもりだったことを思い出す。
一番の失態をさらしているのは、余裕を持って、外で空を眺めていた自分だろう。
「ふーん」
霊夢の関心なさそうな声がした直後、首の前に鎌が差し込まれ、続いて、右手に衝撃が走る。
持っていた機関銃が落ちる音で、自分の右肩が外されたことに気が付いた。
何故、霊夢は私を殺さないの?
疑問と同時に、かすかな、希望が首をもたげる。
もしかして、霊夢が・・・
「そちらは何人?ここにいる奴ら、すべての名前を上げなさい」
ドスの利いた声で、霊夢が尋ねる。
それを聞いて、自分の甘さ加減に、紫は少しうんざりして、ため息をついた。
魔理沙たちと一緒に行動し続けて、その甘さ、まで移ってしまったのか。
霊夢は、博麗霊夢はそんな甘い生き物ではない。
一晩見ない間に、昨日感じ取った迷いは、消え去っているように見えた。
「名前、ね。ちょっと待って頂戴」
「考えるようなことかしら?」
少しイラついたような声で、霊夢が催促する。
紫は、もう一度ため息をついた。
覚悟はできた。
ここまで、簡単に覚悟ができるとは、思っていなかった。
藍も、こんな気持ちだったのだろうか?
霖之助も、こんな気持ちだったのだろうか?
「いい、紫。あなたが協力してくれたのならば、あなたは最後の一人まで取っておいてあげる。
わたしが失敗したときに、収拾を付けられるのはあなただけだから。私たちは協力し合える。
そう、ここでは見逃してあげる。最後の一人になるまで、協力しましょう」
霊夢の口から、甘い、似合わない言葉が漏れる。
生存本能が、この申し出にのりなさいと、頭をせっつく。
ここで、断れば命はない。
だが、この状況に、少しデジャブを感じるのだ。
協力を申し出るのが、自分か、霊夢だったかの違い。
昨日の、魔法の森での再現。それにしては、自分の立場が随分と下に見られているのだが。
馬鹿にしないでちょうだい。私は、むざむざ逃げ続ける道など選ばない。
もしかしたら、もっと前、この災害に巻き込まれた直後なら、霊夢の提案に乗ったかもしれない。
右も左もわからず、自身の無力さを痛感していた時ならば。
でも、もう覚悟はできている。
霊夢は鎌を首に当てながら、器用に足を掛け、紫の体を崩した。
思わず床についた左手を、足で踏みつけ、完全に動きを封じる。
「もう、打つ手はないわよ。ここでプライドのために死ぬか、幻想郷のために生き残るか、どちらかを選びなさい」
霊夢が冷たく、言い放つ。
氷のような言葉が、右耳から左耳へと、流れていく。
足は使えない、右手は脱臼。左手は霊夢の足の下。反撃はできない。霊夢はそう見ているらしい。
それは間違っていない。反撃は、出来ない。
ちらり、と爆薬のそばに残したメモとスキマ袋を頭に浮かべる。
これから先、やるべきことと、やってほしいこと、そのやり方と必要な道具がそこにはある。
八雲紫は妖怪の賢者と呼ばれる、大妖怪である。
常にどこにいるか分からない、得体のしれない存在。その上、強大な力を持っている。
基本的に、問題は自分で解決するか、頭ごなしに式や、知り合いに命じるのが常である。
そう、いうなれば、彼女はプライドの塊。
この殺し合いの最初も、プライドを優先させ、自身の弱さを認めなかったぐらいであった。
博麗霊夢は、博麗大結界の制定にかかわった八雲紫との関係が深い。
だからこそ、その行動を読むことができ、昨日の戦いでは、利用することができた。
それゆえに、どうすれば、彼女がどう動くのかが分かっている、つもりだった。
この状況、紫がやることは、プライドを優先して死ぬか、幻想郷のために、自身へと協力を要請するかの二択。
そう読んだうえで、立ち回った。
「・・・・・・!!」
遠くで、魔理沙とフランドールが何か言っている。彼女たちは、少し離れた縁側で、何が起こっているのかなど知らないのだろう。
このまま、紫が霊夢に協力すれば、一網打尽にされるのは自明の理であった。
「早くしなさい。あと十秒」
遠くで、誰かが歩く音が聞こえた。痛んだ床が、軋む音が聞こえる。
苛立った霊夢が、鎌を少し引く、じくじくと傷が痛み、血が流れる。
でも、それは、そんなことはもうどうでもいい。
やることはもう決めている。
プライドのために死ぬか、幻想郷のために生き残るか、そのどちらも選ばない。
私は、プライドも捨て、生き残ることすらも放棄する。
「魔理沙っ!!助けっ―――」
今まで生きてきた中で、一番大きな声で、助けを乞い、叫んだ。
妖怪の賢者に、これほど似合わない叫びはないだろう。
情けない、そして、見苦しい、一昔前の私なら、そう断じて軽蔑するような、叫びだった。
慌てて、霊夢が鎌を振るい、声は途中で、意味のない空気の流れとなる。
それでも、十分だった。遠くで、誰かが叫び声をあげたのが分かった。私は役目を果たした。
首が切れたのか、見えないはずの、背後に呆然と立ち尽くす、霊夢の顔が見えた。
その顔は、普段から落ち着いた霊夢の物とは思えない位、動揺に満ちていた。
当たり前だ。まさか、八雲紫が、ただの人間に、助けを乞うなど、あるわけがない。そう思っていたのだろうから。だからこそ、口、という生き物最後の武器を残したまま、放っておいたのだから。
その、油断をついた。霊夢の知っている八雲紫は、この殺し合いの前の存在であって、この殺し合いで“成長”した分は、加味していない。
昔の紫なら、絶対にしない行動をとれば、霊夢を出し抜ける。これが、賢者だった紫のとった、最後の行動。
代償は、自分の命。
視点が床に近づくにつれて、視界は青く染まっていく。意識は遠く、濁っていく。走馬灯のように、今までの知識と記憶が、頭に浮かんでくる。
魔理沙は、これから、私の思うように動いてくれるだろうか?
もしかしたら、魔理沙や早苗、それにフランドールは抵抗に失敗して殺されるかもしれないし、
はたまた、私では思いもよらない方法で打開するかもしれない。
疑問は残るが、これで私の物語は終了だ。
人生は一冊の書物に似ている、といつだったか聞いたことがある。
その時はなるほど、と思う反面、自分に関係のない話だと、小馬鹿にしていた記憶がある。
そもそも、本とは永久的に続くものを記録するものではない。どんな本でも、何らかの区切り、が必要となる。
しかし、妖怪の一生は、半永久的に続くもの。弱肉強食ではあるが、ある程度強くなってしまえば、そう簡単に死ぬことはない。
でも、どうやらその考えは、間違えだったらしい。人生と言う書物は、常に先が見えない。
この数日でようやく気が付いた。
私の人生を綴った歴史書はここで、中途半端に終わってしまう。
ただ、願わくは、エピローグの最後に、次の一文が付くことを許してほしい。
こうして、幻想郷に平和が戻りました。
【めでたしめでたし】
薄れゆく視界の中、部屋から飛び出してきた魔理沙の姿が、うっすらと見え、そして消えた。
* * *
「魔理沙っ!!助けっ―――」
到底、八雲紫が出したとは思えない絶叫を聞いた時、魔理沙はフランドールと一緒に、談笑していた。
それゆえに、対応は、一瞬、遅れた。
「おい!!どうした!!」
声を上げつつ、慌てて立ち上がり、手近な武器をつかみ、飛び出す。
障子を壊れるかと思うほどの勢いで開け、転がり出た。
震える手で、武器を構える。その照準の先で、八雲紫の首が落ち、跳ねた。
時間の流れが遅くなり、心臓が早くなる。何が起きた!?
その疑問は、視点を少し上にずらせば、すぐに解決した。
「れ・・・霊夢」
一呼吸おいて、膝をついていた死体の胴体が、音を立てて、崩れ落ちる。
後から飛び出してきたフランが、声のない悲鳴を、上げた。
倒れた紫を前にして、霊夢は動揺を隠しもせず、それでいて淡々と死体の持ち物を漁っていた。
魔理沙はフォアエンドを引き、躊躇せず、続いて引き金を引いた。
ドンッ!!
距離はあったが、散弾は正確に、霊夢のもとへと、飛び込んでいった。
反動でよろめく魔理沙の視界に、飛び散る血が見えた。直後、血煙が晴れ、穴だらけになった、紫の死体が、力なく崩れる。
「またそれか」
とっさに、死体を掲げ、攻撃から身を守った霊夢に驚かされつつ、同じ手を使われたことにうんざりした。
体中にあいた穴から、首の断面から、死体のあらゆるところから血が流れ、縁側を汚してゆく。
死体に対して、罪悪感を持つ一方、死体の陰に隠れた霊夢が、まだ無事であることに、魔理沙は不思議と安堵を覚えた。
まだ、覚悟が足りないのか。歯を食いしばり、また、照準を合わせる。
一方の霊夢は、何を血迷ったのか、一振りのナイフの柄の部分をこちらに向け、動きを止めた。
「魔理沙ッ!!」
霊夢の指が動くと同時に、後ろから誰かが飛びつき、魔理沙を床に引きずり倒した。
とっさに引き金から指を外した魔理沙の頭の上を、何かが高速で通り過ぎる。
硝煙を上げるナイフ。それを掲げ、苦々しげな顔をした霊夢が、ふわり、と浮き、少し離れた庭へと降り立った。
「あ、ありがとう。フラン」
「こっちこそ、急にごめんね。それより、わたしがつっこむから援護して」
魔理沙は慌てて立ち上がり、命の恩人、
フランドール・スカーレットに感謝を述べる。
フランが引き倒さなければ、今頃魔理沙の頭にはからくりナイフから飛び出た弾丸で穴が開いていたはずだ。
会話はそれだけで、盾を掲げて、フランは剣を構えた。慌てて、魔理沙も銃を構える。
相対していた霊夢の視線は、魔理沙を離れて、少し離れた部屋に向けられていた。
「魔理沙さん。無事ですか?」
いくつか離れた障子の奥で、小銃の銃口が揺れている。
「二人とも無事だ。でも、紫が」
「・・・そうですか」
戦場で会話にいそしむ二人とその手元を見て、霊夢がため息をついた。
「ずいぶんと豪華な武器を振り回しているのね。もったいない。撃つ気がないなら、私がもらうわよ」
「しばらく会わない間に、ずいぶんと落ち着いたな。もちろん霊夢に貸す気はない。これは私のものだ」
まるで弾幕勝負の前のように、軽薄で、どうでもいい言葉が飛び交う。
会話をしながら、霊夢はゆっくりと歩みを進める。一歩ずつ、早苗と魔理沙たちの間へと歩み寄る。
「それにしても、霊夢さん。あなたらしくないですよ。何と言うか、今のあなたは博麗の巫女らしくない」
「何を持って決めつけるの?うるさいわね」
その間、魔理沙たちも、確実に当たる位置へと、霊夢をけん制しながら、歩みを進める。
どちらも、時間稼ぎとしか思っていない会話。当然、言葉に心も入っていない。
「ねえ、魔理沙」
霊夢が、突然、立ち止まり、一歩、後ろに下がって、尋ねた。
「なんだ?」
「あなたは私を、何の躊躇いもなく殺せるの?」
何気なく、感情も大して込められていない、言葉。
だが、魔理沙には、これが霊夢との最後の会話だと、霊夢もそのつもりなのだと分かった。
一瞬だけ、無表情だった霊夢の顔が、ゆがんだ気がしたのだ。
もしかしたら、これも時間稼ぎで、何かの罠かもしれない。
それでも、魔理沙には、この質問は答えなければいけない、そんなものだと感じられた。
「ねえ、魔理沙?」
「もう、霊夢には覚悟が、出来ているのか?」
「ええ」
もう、説得は無意味だな?暗にそう尋ねて、一瞬悩んでから、問いに答えた。
「躊躇いなしには殺せない。それでも、お前がどうしても間違った道を行くつもりなら、殺してでも止める。
躊躇いはあっても、その覚悟はある」
「そう。分かった」
ぽつり、と霊夢はさびしそうに言った。すくなくとも、魔理沙にはそう聞こえた。
改めて、銃口を霊夢の頭に向ける。普通の人妖なら、引き金を引けば勝負は終わる。
だが、相手が相手だ、本当に当てられるのか、不安で、手に汗をかき、額からも、しずくが垂れる。
霊夢は左手に大きい袋を持ち、動かない。
「もう一つ、聞いていいかしら?」
「なんだ?」
トンッ
早苗が足で、床を軽く蹴った。
しばらく前、仲間内で決めていた合図だ。一定間隔で三回、三回目で攻撃。その一回目が、小さく、音を立てた。
「あなたはどうやって、自分の望む幻想郷とやらを取り戻すつもりなの?」
さっきよりも激しく、霊夢が尋ねる。
どこか、幼い子どもが、親に尋ねるような、急いた質問だった。
魔理沙は苦笑して、返した。霊夢は勘違いしている。
「取り戻さない。自分の望む幻想郷を作り直すだけだ。死んだ人間も妖怪も帰ってこない。
だったら、生き残った奴らでまた、作り直すしかないだろう」
「そう」
トンッ
一呼吸おいて、霊夢はそっけなく返した。
同時に二回目の合図がなされる、霊夢が眉をひそめた。気付かれたか?
ごくり、とつばを飲み込むと、嫌な鉄の味が、口に広がった。
「そんなもの、不可能に決まっているでしょう!!」
霊夢が激高した。あまりの豹変ぶりに、思わず引き金に力がこもる。
「それでもやる。やるしかない。私は不可能を可能にする魔法使いだ。
霊夢、最後のチャンスだ。武器を捨てて仲間になってくれ」
「断るわ。だって―――」
トンッ
拒絶の言葉と同時に、鳴らされた三回目の合図を聞いて、指に力を込める。
引き金を、ゆっくりと引く、その瞬間。
霊夢と目があった。その顔は、余裕の表情で、そしてどこか、寂しさを感じるものだった。
タタタッ!!
ドンッ!!
ほとんど一緒に二つの銃が火を噴いた。
魔理沙の目にも、まるで映写機をゆっくり回したように、コマ送りで霊夢へと飛んでいく弾丸が、はっきりと見えた。
弾の一つが、吸い込まれるように、霊夢の持つ袋へと飛び込んでいく。
直後、激しい閃光と爆音が、視界と聴覚を一瞬で奪った。
「爆弾か!!」
とっさに魔理沙が言った言葉も、誰にも伝わらず、宙に吸い込まれる。
湧き上がる土煙で、一瞬にして視界が断たれる。
目の前を、小さな影が横切った。
「フランか?」
言葉を言い切るより先に、大振りの鎌が振り上げられ、後ろに跳ねた魔理沙の目の前を割断した。
「・・・」
割れた土煙の向こうから、血走った目でこちらを見つめる霊夢が現れる。
足の動きを最小限に、細かく動き、霊夢は鎌を振りあげた。素早く横に跳ねて、縦の一撃を魔理沙はかわす。
しかし、その体制が崩れた瞬間を狙って、霊夢の右足が飛び込んでくる。
銃を間において、衝撃を吸収するも、勢いそのままに、障子を突き破り、近くの部屋へと押し込まれた。
転がった拍子に手を打ち、銃がどこかに転がってゆく、数メートル先も見えない土煙の中、唯一の武器はどこかに消えて行った。
「・・・ッ!!」
頼む、手が届く範囲であってくれ!!
手探りで散弾銃へと手を伸ばした魔理沙の後頭部へ、霊夢の足が鈍い一撃を加えた。
目を見開きながら、魔理沙は、床の間に体を叩きつけられ、意識を失った。
* * *
最終更新:2012年10月03日 11:39