Stage1.ラストリモート

◆Ok1sMSayUQ





 井戸の底だ、と誰かが言った。
 忘れ去られた者達が消えぬよう寄り集まった、薄暗い、日陰でしかない井戸の底。
 生き延びるための知恵だった。滅びを免れるために精一杯考えを尽くした結果だった。
 しかし、月日が経って、誰もが井戸の底とは言わないようになった。
 忘れた。あるいは忘れたふりをした。伝えなかった。意図的に抹殺した。
 畏れられていた時代を忘れられなかったからだった。
 人間の文明の発達により妖怪信仰をする必要がなくなったことを、認めたくなかったからだった。
 そうして残ったのは、小さな矜持でしかなかった。
 なぜ生きているのか、なぜ生きることを選択したのか。
 答えられる者はひとりとしていない。いなかった。

     *     *     *



















                    Stage1.
                              ラストリモート





















 うとうとしていたことに気付いたのは、肩を揺らし続けるサニーミルクの切羽詰った表情が目に入ってからだった。
 ぼーっとしていたのは一瞬で、意識を落としていた愚にも気付いた射命丸文は荷物を確認する時間も惜しく、「何がありました!?」と声を張り上げていた。

「あっちの方が、なんか、ずずんって!」

 崩落か? だとするなら大規模な戦闘になっていると結論を走らせた文は、体がまだ痛みを訴えているのも構わず立ち上がる。
 また出遅れたのか。また何もできないままの傍観者なのか。仕方がないと理解はしていても責め立てる声を聞かずにはいられなかった。

(……生きているなら、できることがあるはずとは言ったけど)

 できることとは何だ? 生きて帰る。死んでいった仲間達のため。浮かんだ答えは、いずれも違うように思えた。
 分からない。答えを出せていない自分が酷く悔しく、みじめであるようにも感じた。
 そんな心持ちが身体にも影響を及ぼしたのか、じくじくとした疼痛が突然刺すような痛みに変わった。
 動かしていた足が止まり、眉根を寄せた文にサニーミルクが心配そうな面持ちで肩を掴んだ。

「大丈夫? 肩貸そうか?」
「……サニーは」

 視線だけを向けて、文は新聞記者の口調を捨てて尋ねる。
 己の落ち度を確信したときは。今までは隠そうとしてきた。隠すのが当然だった。
 失敗など晒すものではない。弱みを見せることは交渉において不利益をもたらすものでしかないし、妖怪社会でも上位に立つ天狗族の立場を貶めることになる。
 プライドが許さなかった。天狗社会での立場が許さなかった。そして何より、怖かった。
 今まで偉ぶってきただけに、下に見下してきた者がどんな仕返しをするかなど想像することもできなかったのだ。

 恐怖を支配するには自らが恐怖になるしかない。

 レミリア・スカーレットの語った言葉は、まさに的を射ていた。
 仕返しされ、蔑まれ、馬鹿にされるのが嫌なら支配し続けるしかない。手酷く扱われてきた者が許すなどというのは甘い想像でしかないから。
 皆がその恐怖に負けていた。だからこそ組織という外殻に篭り、役割を定め、逃げ続けてきたのかもしれない。

「これから、何ができると思う? 間に合わないかもしれない。また見殺しにしたって責められるかもしれない。何もしなかった役立たずと腹の底で嗤われるかもしれない。
 私達が否定しても、証明なんてできない。行動で示せなかった私は、何をすればいいのか、分からない……」

 信じていないわけではなかった。文自身は仲間のことを信じようと考えていた。
 しかしいくら信用したところで、向こう側が信用を返してくれるかどうかは分からない。
 失敗は失敗。それをあげつらわれない理由は、ない。

「……私は、もしそうでも、頑張ればいつか許してくれるって思う。思いたいよ」

 サニーミルクは文の左手に巻きつけられ、結ばれているリボンを引っ張った。

「ケンカだってそうだもん。しばらくは怒ってても、ごめんなさいって言えばさ、いつかは許しちゃうし。絶対に許されないことがあるっておかしいよ」

 子供並の知能しか持たぬ妖精の稚拙な言葉。だが言葉の内容はよく分かる。
 確かに、そうだ。失敗は責められるが、同時にそれが未来永劫続く理屈だってない。
 なぜそんな当たり前のことにも気付かなかったのか。サニーミルクの掴む霊烏路空のリボンを眺め、文はようやく彼女がこれを託した真意に思い至った。
 常に仲間は側にいる。それだけではなく、失敗や挫折、そして這い上がろうとする気持ち、やり直す心根もここにあるということ。

「……そうね。そうだった。忘れてた」

 文はサニーミルクの肩に手を回し、支えにするようにして歩き始める。
 身長差もある。よろよろと覚束ない足取りの二人に、しかし迷いはなかった。

「あの、ですね」
「なによ」
「私、知ってるんです。とある持ち物のお陰で、ここで死んだ方々の死に様が」
「……そうなんだ」
「それで、その……」
「知ってるよ」
「え……」
「レティはいないんでしょ? それに、きっと……私の友達ももういないんだろうな、って思う。スターやルナがいなくて、私だけここにいるなんて思えなかったし」
「分かって、いたんですか」
チルノが死んだときにそんな気がしたんだ。友達は死んでるんだろうなって。でもさ、いいよ。いいんだ、もう」
「サニー……」
「私はさ、こんなことでもいい、助け合っていきたい。レティとか、萃香とか、にとりや、妹紅とか空とかあんたに、『いいこと』っていうのを教えてもらったから」

 それがサニーミルクの結論なのだろうと文は思った。
 実に子供らしい発想だったが、この清々しい気持ち、サニーミルクの挙げた名前の面々を誇らしく感じるのは何故なのだろう。
 成長や進化とはこういうことなのかもしれない。偶然の出会いでしかなくても、ひとたび縁を感じれば得られるものがあるということか。
 鈍い実感を噛み締め、文はかつての仲間の姿を思い描く。
 臆病者だった河城にとりは最期に自分を救ってくれた。コバンザメのようについてきただけだったレティ・ホワイトロックは為せることを為した。
 ――全て、誰かの言葉に触れてからだ。

「私は……」

 固まりかけた内奥を口に出す寸前、耳障りなノイズ音が響き渡るのを、文とサニーミルクは聞いた。
 続いて聞こえてくる不愉快な声に、文は開いていた口を閉じた。
 今言うべきではない。言うべきは……どことも知れぬ、見下ろして眺めるだけの声の主なのだと、答えを見出した己の感情がそう伝えていた。

     *     *     *

『おはよう、諸君』

 前回から様変わりした主催者の、中年を感じさせながらも底の知れない抑揚のなさを含んだ声も、霧雨魔理沙を動じさせるには至らない。
 帽子のつばを前に傾ぎ、誰にも顔色を見せぬようにして、魔理沙は短い黙祷を捧げる。

 魔理沙っ!!助けっ―――

 きっとあらゆる苦悩があり、あらゆる覚悟があったのだろう。
 恥も外聞もなく、ただ大声で、彼女は他の誰でもなく自分を求めた。
 身勝手だと言っていたはずの自分を。愚かだと蔑んでいたはずの自分を。現実を見ていない夢想家だと一喝したはずの自分を。
 嬉しかった。だが――遅きに失した。
 最後の最後、そんな言葉だけを遺して八雲紫は彼岸の彼方へと歩き去ってしまった。
 あんまり水臭いじゃないか。酒を酌み交わしてもいない、夢を語り合ってもいない。やっと心を開いてくれたと思ったのに自分にはさせてくれないなんてあんまりだ。
 今の紫とは語りあいたいことがたくさんあった。本当にたくさんあったのだ、本当に……

『ここまで来ればもう君達も分かってはいるだろう』

 分かっている。途切れ途切れに聞いた彼女達の断末魔を。
 寺子屋の廊下に横たわり、虚空に向けてなにかに手を伸ばそうとしていた藤原妹紅。
 軒先に倒れ、胸元に手を当てて絶命していた小野塚小町。
 魔理沙には分からなかった。今わの際の彼女らが心中で思っていたことは。
 無念の果てに倒れたのか、為したいと思ったことを為して倒れたのか……死者は何も語らない。
 自分達で都合よく考えるしかない。手を伸ばし、手のひらに掴み、静かに目を閉じていた彼女達は何を考えていたのか。
 無念や後悔はあっても、恨みや憎しみはなかったと魔理沙は思いたかった。立ち向かい、死に直面することになろうとも、それは自分の選択であり誰の責任でもない。
 他者に押し付けて世界を呪ったまま死んで、いなくなることの虚しさを、きっと彼女達も分かっていたはずだと。
 だから、善意を信じた。

『生き残りは君達だけだ。殺し合いを続ける気はあるのかな?』

 全ては幻想郷を救いたいという思いから始まったことだ。
 紫があれほど意地を張り続けたのも、幻想郷を思う気持ちが強かったこそ。
 博麗霊夢だって――

 お前は、幻想郷の皆が嫌いだったのか?
 そんなわけ、ないじゃない!!

 誰一人として意思して悪を為そうとは思わなかったはずだ。
 ならば何故、殺し合いはここに至るまで続いてしまったのか。何故、最初から手を取ろうとしなかったのか。なのに何故、今はこんなにも狂おしく感じるほど、他者を求め続けているのか……
 あまりにもままならない。小さな幻想郷の中でさえ、互いが互いに気付くのが遅すぎた。
 いなくなった後で寂しいと感じ、本音を吐き出した後で悲しいと感じ、なくしてゆくばかりだった一日。

「……」

 フランドール・スカーレットが、しずしずと歩いてきて魔理沙の手を握った。
 朝霧で日の光が届かぬ今だからこそできることだった。痣と傷だらけで手当てが必要だろうに、意に介した風もなくフランドールは指の先に力をかけ、空の一点を見据えている。
 そこに続き、東風谷早苗と霊烏路空がやってくる。早苗はフランドールの空いた手を繋ぎ、空は早苗の空いた手を繋ぐ。
 それぞれに無言。それぞれに違う場所を目を注ぎながらも、離れないという意識が内に共通しているかのようだった。
 人間同士だった魔理沙と早苗はともかく、ほぼ接点もなかったはずのフランドールが、空が。魔理沙は分かっていても胸の奥底から沸き立つ熱い情動を抑え切れる自信がなかった。

「殺し合いなんて続けるもんか」

 低く、冷静に伝える声。しかし篭る怒りを隠しもしない決然とした魔理沙の声が開戦の証だった。
 閉じていた瞳を開け、下ではなく上を向き、己の心で考えた言葉を武器にして立ち向かう。

「やっと分かったんだ。皆が皆を恨んで殺し合いを続けてたわけじゃないってことが。信じなくて、信じられなくて、そんな自分が許せなかったから」
『明らかな反逆宣言だね。いいのかい? 生殺与奪はこちらが握っている。今すぐ君の首輪を爆破したっていい』
「できるもんか。お前が見たいのはそんな物語じゃないだろ?」
『……』

 息を吐く気配が向こう側から伝わってきた。
 そう、この主催者は殆ど手を下してはいない。自分達を煽ったり焚きつけたりはするものの、殺し合いそのものは眺めているだけだ。
 自らの防備に関する対策も最低限。禁止エリアなどで身を守ったりはするものの、人里を初めとした要所を追い立てるようなことはしなかったし、
 支給されている道具だって使いどころを上手くすれば窮地に追い込めるようなものだってある。
 自分が危機的状況に陥りかねないものを支給する理由――それはつまるところ、殺し合いをさせたいというのがこのゲームの目的ではないということ。
 強いて言うなら。

「お前は対立させたかったんだ。私達が……何も考えずに生きてきたから」

 非を認める発言だった。それまでの幻想郷ならば誰もが認めなかったであろう発言。
 場の誰一人として反論の声は上がらなかった。上げられなかったのではない。上げなかった。
 幻想郷の誰もが目を逸らしていた。妖怪はなぜ人間を支配するのか。畏れられるために他者を見下すことは必要ではないのに。
 他の妖怪が皆そうしているからという理由で、妖怪は支配を続け、戯れに人間を襲い、異変は解決屋に任せ見ぬふりをしていた。
 人間も同様だった。誰も文句を言わないから支配され続け、襲われてもそれが幻想郷を維持するためのルールだからと納得し、異変は解決屋に任せ見ぬふりをしていた。
 気付かなければ良かったのかもしれない。交流のない世界。誰もが個室に篭り自分の都合にしか生きなくても。おかしいと思わなければ、それは平和であると言えるのだろう。
 暢気に、何も感じずに、何も考えずに。
 衝突は悪でしかない。争いは軋轢しか生まない。
 異変でさえ、結局は個々の問題に終始する。四方を壁に囲まれた個室で一人が暴れたところで、全体に伝播するはずがない。
 ただ、それは鬱陶しいから解決される。聞き分けのない子供を叱る程度の感覚で事件はなかったことにされる。
 誰も傷つきはしない。誰の尊厳も侵されることはない。妖怪にも人間にも都合のいい世界。
 他者と触れないことが、何もしないことが、平和であるための正義だったのだ。

「霊夢は、それが嫌だったんだ」

 唯一、各々の個室を見て回れる霊夢だけがおかしいと感じた。
 一歩も動かず、立ち止まったままで、現在に生きているだけの幻想郷を変えなければと思ったに違いなかった。
 魔理沙は空いているほうの手で、霊夢の手記をぱらぱらとめくった。
 異変の際の試行錯誤。皆の意識を変えようと必死に奔走していた霊夢。それは確かに善意から生まれた行動であったに違いなかった。
 三度、霊夢と対峙し、本心からの言葉をようやく聞き出すことのできた魔理沙にはよく分かる。

「でも上手く行かなかった」

 霊夢自身が、変わろうとしなかったからだ。
 変革を促しておきながら、自分は変わる意識がない。行動に移していても、それはあくまで博麗の巫女としての行動の範疇でしかない。
 助けを求めようともせず、借りようともせず、『博麗霊夢』のあり方に縛られているかのようにしか動けず。
 気付かなかった自分達も愚かだ。或いは指摘さえしようとしなかったのかもしれない。
 博麗の巫女はいつだって正しい異変解決人だから。おかしなことをしていてもそれは異変解決のための行動であり、指摘することは間違っている。
 妖怪も、人間も、間違うことを恐れた。踏み込むことに恐れた。ぶつかり合うことで尊厳を乱されるのを恥じた。
 お笑い種な話としか言いようがない。恐怖していたのだ。
 畏れられることを何よりの拠り所とし、畏れさせることで社会を成り立たせようとしてきた幻想郷が、他者と関わることを何よりも恐怖していた。
 魔理沙は笑った。あまりにも滑稽で、情けなく、ちっぽけで、矮小だ。
 知らなければ良かったとさえ思う。赤子のままでいれば。窓の外を見なければ。扉を開けなければ――きっと幸福なままだった。

「だからお前は私達を終わらせようとした。お前が創造主だとしてだ。みっともないもんな。こんな逼塞した世界なんて」
『なるほど、僕をそう認めるか』
「でもただ捨てるのも惜しい。せっかく作ったものだ、勿体無いんだろう。だから、殺し合いだったんだ」

 殺し合いを最後の異変にして、この醜い世界を終わらせる。それが創造主の、主催者の目的だと魔理沙は推理していた。
 始まる前の自分ならば荒唐無稽な考えだと切り捨てていただろう。幻想郷全てを眺める神などいない。いたとしても平和に暮らしている自分達がこんな目に遭う道理はない。
 全てを受け入れる幻想郷は全てに平等だ。何か悪いことが起きたとしてもそれは当人の責任でしかないし、こちらには何の関係もない。
 野次を言おうが、言葉遊びで煙に巻こうが、面白半分に冗談を言おうが、『何もしない限り自分達は何も悪くない』のだから。
 しかし今は知っている。そんな考えは少し考えれば悪意に塗れている。無関心の塊で形作られたひとがたの獣でしかない。
 あまりにも皮肉なことに、人妖が平等に殺し殺されるこのゲームで初めて、自分達は他者が考えていることに触れたのだ。
 魂魄妖夢が主をあれほど強く想っていたこと。西行寺幽々子が強く誰かを求めていたこと。八雲藍が案外融通の利く姉御肌だったこと。
 森近霖之助が自分を大切な妹分のように感じていたこと。因幡てゐは臆病だが誠実でもあったこと。
 八雲紫は、誰かに助けてもらいたかったこと。博麗霊夢は、皆が嫌いではなかったこと。
 全部ここで知ったことだ。

「殺し合いに持っていった時点でお前の目的は達成されてたんだよ。後は全滅しようが脱出されようが構わなかった」
『外れてはいないな。僕は殺し合いが進むと思っていたけどね。勝手に八意永琳を疑い、それはおかしいと慎重になった者を疑い、殺したものを疑う。
 当たり前のことだからね。ボスは分かりきっているのに、ボスを倒すなと言うようなのは、殺したがっているようにも見えるさ。普通に考えれば分かる』

 そして創造主の目論見通り、無自覚だった悪意を知覚し、傷つけ合い、感情のままに殺し合いは進行していった。
 幻想郷の総清算として引き起こされたこの異変は順調に主要な妖怪や人間を減らしていった。

「何も知らず、知ろうとしなかった私達だ。結局、残ったのはたった五人」
『……いや、まだ殺し合いは終わっていない。たった四人殺せば事足りる。残った一人、射命丸文が――』
「バッカじゃないの」

 創造主の口を封じるようにして、それまで沈黙を保っていた空が吼えた。
 お前の口から聞きたいのはそんな言葉ではないというように、彼女は制御棒を高々と振り上げる。

「私達はアンタの推理なんて聞きたくない」
「私達は一人ひとり、ようやく自分の考えを持ってここまで来たんです。あなたの言うことは、所詮第三者視点の言葉でしかないんです」
「つまりさ、アンタに会わせろってことだよ」

 空に続き、早苗が、フランドールが真っ向から否定する。
 考えられなくはないこと。悪意を信ずるならば考慮されて然るべきことを、各々の信念で退ける。

「たったの五人だがな、創造主のお前を論破してのけるには十分過ぎる人数だ。そうだろ、文!」

 そして、魔理沙が最後を引き取って叫ぶ。
 自分達が無知であり傷つけ合ってきたのは確かな事実だ。
 しかし事実が理由になるわけではないのだ。ここにいないから文が敵になるかもしれないという可能性。
 出てこないのは寝返ったからだという可能性。理屈で考えればあり得なくはない。けれど、今の自分達は理屈だけで動くようなものではないのだ。

「いやはや、出遅れて申し訳ないです!」
「っていうか私もいるから! 私! サニーミルクを忘れんじゃないわよ! 誰が五人って言ったか知らないけど!」

 そうして、民家の影から出てきたのはやはり射命丸文だった。傍らで支えるのは妖精のサニーミルク。
 彼女達はスキマ袋を抱えていなかった。ついでに言うならどこにも武器を所持していない。
 持っているものはといえば、文が腕に巻いているリボン、胸ポケットに入っている小型のカメラと思しきもの。
 ついでに言うなら、地面に機械らしきものが転がっていたが踏み潰されていた。必要ない、と判断されたのだろう。
 用意のいいことに、手ぶらでやってくることで殺し合いなんてしませんよバーカ、と創造主に言う気満々だったらしい。
 美味しい登場じゃないか、と口に出さずにからかい、魔理沙は口の端を僅かに吊り上げた。

『……僕を誘い出したということか?』
「まあな。弱音と事実を持ち出せば、そうしてくれるかもとは思った。私達は……正しいことを信じすぎていたから」

 理屈は正しい。創造主の語り口はそうだった。確かに真実ではある。
 ならば、正しいからとやってしまってもいいのか? それは違う。正しくてもやるかどうかは自分で決めることだ。
 早苗の言うように、創造主の言うことは第三者視点の正しさに過ぎない。
 文がまだ生きているのは初耳ではあったが――ならば、同様に初顔合わせであった空を『こちら側』と決めたのはどうしてなのか。
 残った文を疑わせるための理屈であるに決まっている。それより、何より。
 空は手を繋いでくれた。霊夢との戦いに駆けつけ、居合わせただけの自分達の手を取った。
 だから文だって信じる。絶妙のタイミングで駆けつけてくれた射命丸文は、絶対に味方だと信じられる。
 隣にやってきた文がニンマリと笑って魔理沙の手を取った。その文の手を、サニーミルクが。

『……いいだろう。それが君達の結論だというなら、僕から最後の難題を与える』

 難題と来たか。
 さてどんなものが来るかと思ったが、創造主が提示してきたものは思ったよりも単純で、しかし中々難しいものだった。

『僕は城の地下にいる。ここまで来てみるといい。全てを司るそこで、物語に幕を下ろそう』




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最終更新:2012年10月05日 21:39
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