ブレインエイジア ◆30RBj585Is
あの日、私はいつものように人形作りに専念していた。
そのはずが、殺し合いというわけの分からないゲームに巻き込まれていた。
殺し合えだって?冗談じゃない。
私はまだ死ぬわけにはいかないのに。あの女が作ったという蓬莱の薬を求めているくらいなのに。
「何かいい手立ては無いのかしら……。私の人形も無いし」
あの女、八意永琳は最後の一人になるまで殺し合いをしろと言った。戦い続けて最後まで生き残れということか?
しかし、相手となる参加者には吸血鬼、鬼、天狗、蓬莱人といった一対一でも厳しい相手が非常に多い。
しかも、自分の武器となる人形は手持ちに無い。支給品とやらにも入っていなかった。
これでは人形使いとしての戦いが出来ない。今の自分は普通の魔法使いと言ってもよく、生き残るのはまず無理といってもいい。
そんな自分に与えられた唯一の武器は……闇夜を切り裂くような輝きを放つ銀色の光。
これで、今の自分に何が出来るのか……。
弾幕はブレインこと、
アリス・マーガトロイドは動き出す。
そういえば、ここは紅魔館近くに位置する霧の湖だろうか。もっとも、今の自分の位置は湖の南側らしく、紅魔館とは離れているのだが。
紅魔館を拠点に出来れば何かと有利になれるだろう。それに、自分は体力に自身があるとは言えないし、そろそろ休みたい。
だが、紅魔館は吸血鬼の住処だ。あそこでそいつらと戦うことになれば、地の利は向こうにある。それを利用されると勝てる見込みはほとんどないだろう。
それに、今は真夜中。その吸血鬼が猛威を奮う時間でもあり、そのためか、闇にそびえ立つ紅魔館は何だか近づきたくない。
別に今、そこにいく必要はないだろう。だから、今は近くにありそうな民家で休もうと思った。
その時
ガサガサッ
「!……誰なのよ」
一瞬驚いたが、それを表に出したら負けだ。冷静な口調で音源を威嚇する。
すると、その音源は意外にもすぐに姿を現した。
「あ、驚かせてすみませんでした。私は竜宮の遣い、永江衣玖といいます」
「……知ってるわよ。あの地震の時以来ね」
こいつとは戦ったことがある。なかなか手強い印象をもった。
「それで何?やる気なの?」
アリスはすぐに身構えた。戦って勝てない相手ではないだろうが、今の自分は参加者の中では弱い部類だ。手は抜けない。
それに……
衣玖が手にしているモノが気になった。
あれは銃だろうか?支給品として配られた拳銃とやらのようなイメージがある。もっとも、それよりも大きくて強そうなものなのだが。
アリスは警戒心を強めた。かつ、それでも相手の隙をうかがい、奇襲のタイミングを図っている。
そのつもりだった。それなのに、目の前の衣玖がとった行動は
「……ひょっとして、これが気になってますか?」
衣玖はひょいと手にしていた銃を見せた。
銃の動きにアリスは警戒する。
だが、その銃口はアリスではなく明後日の方向に向いていた。
一瞬、何を考えてるんだと思った。自分が攻撃されることを考えていないのか?それとも、何か裏が……?
「当たり前よ。なんだか、とっても危険そうだし」
それでも警戒は緩めない。銃口なんていつでもこっちに向けられる。少なくとも、自分が攻撃を仕掛けるよりも速いだろう。
そう考えていた。……はずだったが
「私は貴方と話したいことがあったので近づいたのですが……
こんな態度ではよくありませんね」
全くもってその通り。
だが、それはある意味当然の行動ともいえる。自分でもそうする。誰だってそうするだろう。
無防備に敵か味方か分からない相手に近づくなんて愚の骨頂だ。
……と思っていたのだが
「……先ほどの無礼、申し訳ありませんでした。これなら文句は無いでしょう?」
衣玖はなんと、持っていた銃をスキマ袋に片付けてしまった。
思いもせぬ行動に、アリスは違う意味で驚いてしまう。もっとも、それも表に出すようなことはしない。あくまでも平常を保つ。
「もしかして、あなたは……?」
「私はただ、貴方と話し合いたいと思っているだけですよ」
永江衣玖は、少なくともアリスが出会った人物の中では最も誰に対しても礼儀正しいという印象があった。
それだけでなく、他の人達も彼女に対する評価は似たようなものだった。
「私はこのくだらないゲームに従うつもりはありません。
殺し合いなんて、何の得にもなりませんからね」
おそらく、今言っていることは彼女のまぎれもない本心だ。
何て言えばいいか分からないが、彼女は嘘をつけるような性格ではないような気がする。
「……じゃあ、どうすればいいっていうの?」
なんとなく興味がわいた。殺し合いをせずに生き延びる方法があるというのだろうか。
「それは分かりません」
……話にならなかった。
殺し合いをしたくないと言った理由がこれなのか?ただの綺麗事ではないか。
馬鹿馬鹿しい。こんな奴の話に付き合っても意味が無い。
そう思った時
「ですが、私達と同じ考えの方々は居ると思いますよ。
そういった方々は戦うことなく同盟を結んでいると思います。
もうすでに、一つや二つは出来ているのではないでしょうか?」
何故だろう、無意識に反応してしまった。
「本気でそう思ってるの?」
確かにありえなくはない。
だが、そんなことをしても生き残れるのは一人だけ。仲間を組んでもその場しのぎにしかならない。
仮にそのチーム以外が全滅したらそのチームはどうなるのか、結末は想像するまでもないだろう。
衣玖はそのことを考えているのか?
そう思い、彼女の返答を待つ。
「思ってますよ。それに、貴方も薄々、そう感じているのでは?」
「まぁ、ね。でも……」
確かにそうだ。でも、自分が聞きたいのはそんなんじゃない。
「仲間を作ったところで、生き残るのは一人なのよ?その点はどう考えてるっていうのよ」
「……貴方は質問の仕方が間違っています。
私は仲間を組んで殺し合うと言った覚えはありません。
私はただ、私達と同じ考えを持つ方々がいるということを言いたかっただけです。
まぁ、あえて貴方が聞きたいことを私なりに解釈してそれを答えるとするならば、私の答えは……」
「もういいわ。大体想像がつくから」
アリスは衣玖の返答を、待ったをかけるように手で遮った。その態度は普段のように素っ気無く、諦めかけているような感じだ。
「……そうですか」
衣玖はなんだか申し訳なさそうな感じで会話をやめた。
だが、その表情は安堵が混じっていた。おそらく、自分と同じ考えの者と会えたからなのだろう。
「じゃあ、もう話すことは無いわね。これからどうするの?」
アリスは地面に置いていたスキマ袋を持ち上げると、今後の方針を尋ねた。
「私としては、もっと仲間を増やしたいと考えていますね。出来れば、すでにチームを作っているところが好ましいですが……」
「それもそうね。じゃ、行きましょ」
アリスは衣玖に駆け寄るように近づいた。ずっと身構えるように立ったままだったためか、その足取りはやや不安定だ。
「ええ。では、これからよろしくお願いします。
ええと、済みませんが、お名前は……」
「アリス・マーガトロイドよ。よろしく」
「分かりました。それではアリスさん、出発しましょう」
衣玖はアリスににこやかな笑顔をつくる。
その後、くるっと背を向け、進行方向へと歩き出した。
その後ろ姿をアリスはやれやれというような足取りで見守るように、前にいる衣玖と共に歩き出した。
……その瞬間、銀色の閃光が
ドカッ
───衣玖の喉を貫いた。
突然、喉が焼けるような痛みを感じた。
「な……が……?」
自分に何が起こったのか?衣玖は痛みの発生源を見ようとする。
だが、今度は全身の力が抜けるような感覚に襲われ思わず膝を付く。
その後
ザクッ
首から鮮血がほとばしる。
しかし、衣玖はその一部始終を感じることの叶わぬまま、意識を手放し前のめりに倒れた。
……ポタッ、ポタッ
血の雫を落とす銀のナイフ。
それを手にしているのは、衣玖の後ろに立っていたアリスだった。
「いきなり後ろから襲って、ごめんなさいね」
しかし、その声には罪悪感の欠片もなかった。
まるで下賎な者共を見下すような目で、もう動くことのない衣玖を見下ろしていた。
「でも、最初からあなたと付いていく気は無かったから。悪く思わないことね」
衣玖を葬ったナイフを手にしながらアリスはつぶやいた。
まずは喉に目掛けて一刺し、そして頚動脈を切り裂く追撃。これらに対する返り血を浴びないように背後から襲った。
案の定、服には返り血は無い。余った左手で顔や髪をなでるが、それでも血が付いた様子も無い。どうやら奇襲は成功したようだ。
もちろんナイフを持った右手には血が付いているが、それはすぐそばにある湖の水で洗い落とせばよい。
アリスは最初から、衣玖と行動することなど考えていなかった。
確かに、このまま彼女と行動するという手もあったかもしれない。
だが、アリスはあえて彼女を殺した。それにはちゃんとした理由がある。
衣玖が最初に自分に会った時、彼女は自分と話し合いたいといった。
おそらく、これからも仲間を得るためにこのような方法をとるのだろう。
それだけならば特に問題は無い。いや、本当はあるのだが、彼女の性格を考えるとかろうじて目をつぶって許せる範囲内だ。
問題はその後。衣玖は自身を信用してもらうために、わざわざ武器を片付けてまで自分は無害だということを主張したというところだ。
もちろん衣玖も、あからさまに危険な相手にはああいう風に接することはしないだろう。
だが、衣玖に会う前の自分のように殺し合いに乗っていないと思われる者、あるいは危険なものを持っていないような者を相手にするとどうだろうか。
本当に殺し合いに乗っていないならばそれでいい。
だが、本当は殺し合いに乗っていて、それを隠している相手だったらどうだろうか。
おそらく隙を突かれて……いや、話しかけた瞬間に殺されかねない。
そんな仲間のおろかな行動で共倒れはごめんだ。
現に、自分に不意に襲われた衣玖は死んでしまったではないか。これでは全く話にならない。
どうやら、衣玖には相手に対する警戒心というのが不足している。
アリスはそう思えてならなかった。
「さようなら、竜宮の遣いさん。あなたと会えて良かったわ」
言葉ではそういうものの、その行動はまるで地面の小石を蹴転がすような扱いで衣玖の遺体を蹴飛ばしそばにあった湖へと蹴落とすという、酷いものだ。
ドバァン、と大きな音を立て湖に落ちた衣玖を見た後、アリスは彼女が持っていたスキマ袋を担ぐ。
「……これも、もう要らないわね」
そう言うと、血にまみれた銀のナイフも湖へ投げ捨てた。今度はポチャン、と小さな音が響く。
もったいないとは思っていない。実は銀のナイフはまだ9本もある。
こんなにもあるのは咲夜のように投げて使えということだろう。
だが、咲夜のようにナイフを投げて扱うようなことの出来ない自分には、これだけある意味が無いのだ。
「じゃあ、あなたの言うとおり、仲間を見つけられるよう頑張らないとね」
言っていることと先ほどの行為とが矛盾しているのではないかと思われるが、そうではない。
確かに仲間は作る。しかし、そいつらは自分が生き残るための道具のようなものだ。
そいつらと協力すれば吸血鬼だろうが鬼だろうが誰だって仕留めることが出来るかもしれない。
だが、あくまでも可能性だ。無理そうなら逃げる。
用は自分が死なないよう、そして狙われるようなことが無いように振舞えばいい。
そのために仲間という名の人形を……いや、それ以下の存在の者共を有効に利用する。
アリスが生き残るための手段、その答えがそれだ。
そう考えると、自分の仲間だった衣玖を自らの手で殺し、一人になったことを少しだけ後悔する。
だが、あくまで使えない奴を始末しただけに過ぎない。
これからはあらゆる者共を利用するだろう。その方法は自分で考える。
殺し合いはパワーでない。
―――ブレインなのだ。
【C‐3 霧の湖(南側)・一日目 深夜】
【アリス・マーガトロイド】
[状態]健康
[装備]銀のナイフ×9、強そうな銃(S&Wとは比べ物にならない?)
[道具]支給品一式×2、不明アイテム(0~2)
[思考・状況]どんな手を使ってでも優勝する(主に仲間という名の人形を利用する)
[行動方針]そろそろ休みたい。夜の紅魔館には近づきたくない
[備考]仲間でも、使える奴は利用する。使えない奴は(怪しまれないよう)始末する。
殺し合いはブレイン。常識よ。
【永江衣玖 死亡】
【残り 50人】
最終更新:2009年09月06日 21:21