小さな鬼の不安

小さな鬼の不安 ◆Ok1sMSayUQ





風が吹きさらし、無限に連なる星と夜天が見下ろす草原に、ひとつの影が立っていた。
 背の丈は子供ほど。しかしその半分はあろうかという角が彼女がただの童ではないということを表している。
 伊吹萃香。それが彼女の名前であり、幻想郷最強の種族とも言われる『鬼』という存在でもあった。

 だが、しかし。本来なら常に陽気で騒がしいはずの萃香もじっと押し黙ったままで、頭をうな垂れている。
 いつも酔っ払っているはずの顔はどことなく青褪め、瞳の色は途方に暮れていた。
 こんなことになってしまったのが未だに信じられず、
 けれどもそれを証明するかのような自身の変調とがない交ぜになって生み出されたものだった。

 殺し合いをしてもらう。

 心中で反芻するたびに言葉が重く圧し掛かり、絞殺するかのように絞めつける。
 お祭り騒ぎや催しは好きだけど……こんなのってないよ。

 確かに自分は鬼で、妖怪の一種だ。人間を襲い、攫い、畏れられていることもあった。
 だが意味も無く命を奪ったりすることもなければ、増して友や同胞を殺したりすることなんて出来ない。
 そもそも鬼という種族自体が他者との関わり合いなくしては生きられないようなものだ。

 古くから自分達鬼は人間の生活を脅かす一方、力を持った人間に懲らしめられて大人しくなり、
 時が経てば性懲りも無くまた荒らしては退治される、そうして信頼関係を築いてきたのであり、
 間違っても憎しみや怨みで戦いあってはこなかった。

 これは違う。何の意味もなく、理由もなく殺しあうのは獣と何ら変わりない。
 スペルカードルールという公正な戦いでもなければ、何かを得るための戦いでもない。
 誠実にして実直、それに優しい萃香にしてみればこんなものは言語道断。受け入れられるはずがない。






だが現実問題として自分の力はほぼ完膚なきまでに封じられている。
 密と疎を操る力。物理的なものから意識、無意識に至るまで操作を可能にするはずの力が全く引き出せない。
 息をするように扱えるはずだった自分の疎密化ですら行えないのだ。
 妖力の行使はどうにか行えるようだが、用途がかなり限定されてしまっている。
 すなわち、他者に対する攻撃という形でしか力を扱えなくなっているのだ。

 なるほど確かに自らが霧状になれたりすれば首輪は意味を持たないし、萃めて巨大になっても話は同じだ。
 殺し合いを抜け出せるようなことは出来ないのだと自覚させられるだけだった。
 いったいどんな術を使えばこんなことが出来るのだろうか。
 思いのままに力を封じ込め、殺し合わせるという形に整えられていることにゾッとする。
 それは萃香という鬼が抱いた、初めての恐怖という感情だった。

 今はまだここに来る直前まで飲んでいた酒の酔いが残っていて、
 まだどうにか平静を保ててはいるが、裏を返せば酔いが醒めてしまえば今以上の恐怖に蝕まれるということ。
 そうなると冷静でいられるのかという焦りと不安が過ぎる。
 これも感じたことのないものだ。常に強者であり、余裕を保てていた者が立場をひっくり返された状況に既に参りかけている。
 こんなに脆かったのかと自嘲したくなるほど萃香は心細く感じていた。

 無論こんな状況に陥っているのは自分だけではない。
 友人の八雲紫だって境界を操る力は封じられているだろうし、鬼仲間の星熊勇儀だってあの怪力は大幅に力を削がれているはず。
 勇儀はともかく紫ですら簡単にどうにかできるようなものではない。
 だとするなら、結局殺し合いからは逃れられない。そういうことなのか?

 先程頭に浮かべた勇儀や紫、さらには霊夢や見知った面々が殺しあっている様を思い描いてしまう。
 一度想像してしまうとそれは留まるところを知らず加速を続ける。





ひょっとすると、一部の妖怪連中は既にやりあっているのではないだろうか。
 強者に対して復讐できる状況だと思い至った人間が虎視眈々と殺す機会を狙っているのではないか。
 いや、殺して優勝さえすれば生きて帰れるのが保障されるのなら寧ろ乗り気な連中の方が多いのではないだろうか。

 自分も元々はかなり強い力の持ち主だとはいえここまで弱体化していては、
 本気でやったことはないが例えば紫、勇儀のような同族、または大妖怪連中ともし戦う羽目になれば無事では済まない。
 最悪なことに己の能力はほぼ使えなくなっているのだから。
 もしかすると、殺し合いなんて意味がない、やりあう必要がないなんて思っているのは自分だけで、他は全員既に……

「……っ!」

 友を裏切るような想像をしてしまった自分を強く恥じるように萃香は激しく首を振り、その想像をかき消す。
 どうやら酒の酔いも急速に薄れているようだと思い、いつも携帯している瓢箪筆の酒を呷りたくなったが、
 それも没収されてしまっていることに気付く。今の自分は酔っぱらう権利さえ奪われたらしいと知覚し、
 萃香は乾いた笑いを吐き出す以外になかった。

 こんなの鬼じゃない、自分じゃないと思いながらも弱気に駆られる己を止められる術はなかった。
 殺せないわけじゃない。ただこんな意味もない殺しなんてしたくはないだけなのに。
 何もかもが嫌になってくる。
 酔わなければ平静を保てない己の脆弱さも、この状況に無策でしかいられない自分の力も。

「どこかに酒でもあればいいんだろうけどね」





言ったところで、ふと萃香は足元にあるスキマ袋のことを思い出した。
 話半分ほどにしか聞いていなかったが、確かアイテムが各々に配られているというのは覚えている。

 基本的に武器が入っているらしいが、萃香は使う気など元よりなかったし、
 使わなくとも持ち前の怪力でそれなりの妖怪くらいならどうにでもなる。
 あくまでもそれなりの妖怪くらいなら、だが。

 萃香が確認したかったのは配られたものの中に自分の瓢箪筆が入っているかどうかだった。
 無限に酒が湧き出してくる萃香の愛用品。これがあれば少しは元気を取り戻せるだろう。
 たとえそれがただの逃避的な行動だったとしても、呑まずにはいられない。
 初めて感じた恐怖をこれ以上知りたくないという気持ちがあった。
 ほんの僅かな期待を込めてスキマ袋に手を入れてみたが、出てきたのは微妙に期待はずれのものだった。

「……いやがらせかなぁ」

 盃。それなりに大きなサイズの盃が出てきたのだった。
 が、肝心の酒はなく、何かないかと探っても出てきたのはいかにも美味しくなさそうなパンと水、
 他には地図やら方針儀、電気提灯といったものばかりだった。
 酔い覚ましにしかならないと思った萃香は失笑を通り越して落胆するしかなかった。

「とりあえず、お酒でも探そう……」

 それと出来るなら、紫や霊夢のような知り合いにも会っておきたい。
 自分ひとりではどうにも出来ない。だが彼女たちなら……そんな思いも含みながら。





大丈夫。きっと大丈夫。
 すぐにこんな事件は終わって、また元ののんびりとした暮らしが始まる。
 そうしたら、今度は自分の好きな宴会だってやれる。

「やだね、本当に、もう……しっかりしないと……」

 それでも拭い去ることの出来ない不安を胸の内に抱えたまま、萃香は歩き出した。
 小さな百鬼夜行の過酷な宴会が、始まろうとしていた――




【E-5 平原・一日目 深夜】
【伊吹萃香】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式 盃
[思考・状況]基本方針:意味のない殺し合いはしない
1.お酒を探しに行く
2.紫や霊夢などの異変を解決してくれそうな知り合いに助力を頼む
3.能力を封じ込めた連中に対して若干恐怖、弱気
※酔いが醒めかけているようです



10:玩具箱の銃 時系列順 12:矛盾~ほこたて
10:玩具箱の銃 投下順 12:矛盾~ほこたて
伊吹萃香 28:長い夜の終わり


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最終更新:2009年03月21日 01:22
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