矛盾~ほこたて ◆27ZYfcW1SM
「いい月ね……ほんっとうにきれい……」
「ええ……いい夜だわ……」
久しぶりに吸い込んだ外の空気は肺が痛むほどに冷たく、清んでいた。
フランドール・スカーレットは空を仰ぎ、月をうっとりとした瞳で眺めていた。
血の雫を垂らしたように、月は赤みがかっている。
こんな夜は何年ぶりだっただろうか? 100年? いや400年くらいだろうか? ひょっとしたら初めてかもしれない。
こんな月夜の散歩は、何かいいことがあると……思った。
しかし、目的の無い散歩は帰るべき家があってこそ、成り立つというものだ。
今、家に帰って何があるだろうか? 禁止エリアとかよく分からない(理解するのがめんどくさいだけだけど)システムのために、どうせ帰っても追い出されてしまうだろう。
それならいっそ、最初から出ていたほうが気分がいい。こんな月夜だ。いいことがあるだろう。
目的が無い散歩で楽しめないのなら、目的がある散歩のほうで楽しもう。
目的を作るのは簡単だ。なんていったって今はゲーム中なんだから。
ゲーム攻略するのも目的だろう。
だけど、忘れている。
私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』
ゲームを破壊するのもまた趣があるというものだ。
さて、どうしたものか。
こういうときに一番楽なのが、他人に流されることだ。
自分を殺そうとする者が現れたなら返り討ちにし、自分を仲間に入れようとする者が現れたなら、仲間になろう。
自分を見て逃げた者がいたのなら追い詰めて八つ裂きにし、命乞いをしてくる者がいるとしたら見逃してやろう。
とっさの自分の気分で行動を決める。気まぐれもたまにはいいものだ。
といっても、気まぐれにつき物なのが暇である。
気まぐれに行動しているからいやなことから逃げてしまう。逃げた先には暇が待っているのだ。
既に暇になってきた。
だが、暇をつぶせるものがここにある。
主催者が用意したスキマである。
これも中身をすべて見たならまた暇に逆戻りだが、見ている間は暇をつぶせるだろう。
フランドールはスキマの中身を覗き込んだ。
一番最初に目に入ったのは、大きな板だった。
只の板だ。
その板をどかしたときだった。
「………なにこれ?」
板の下からは、大きな袋。大変興味深い。
スキマから取り出して地面に置く。そして袋の封をスルスルと解くと、一匹の妖精がでてきた。
青いリボンに黒い髪、青い服の妖精だ。
「妖……精……?」
「……………ッ!」
袋から出した時は何か覚悟を決めたような顔をしていたのに、私の顔を見た瞬間顔がゆがんで何かを言いたそうな顔になった。
「どうしたの?」
「……! ……!」
言いたそうというよりはむしろ、言っているのに聞こえないって風だ。これで不審に思わないわけは無い。
ふと、妖精が出てきた袋に一枚の上白紙が張り付いていることに気がついた。
それをぴっと袋から取り、じーっと読む。
「なるほどね、貴女しゃべりたくてもしゃべれないのね」
と、妖精に話しかけると、コクコクとうなずいた。
「えーっと……このボタンかな?」
ボタンを押すと妖精は「あ……話せる……」とつぶやいた。
「貴女のお名前は?」
「私はスターサファイア。お久しぶりね」
「あれ? 会ったことあったかな?」
フランドールが頭の上に疑問符を浮かべると、今度はスターサファイアが頭に疑問符を浮かべた。
「そういえばイメチェンした?」
「してない……と思うけど?」
「そう、でもこの前会った時は髪の色が青っぽかったと思うけど……」
それは、アイツじゃない……え? 私ってそんなにアイツと似てるっけ? 確かに姉妹だけど羽とか違うじゃない……
第一に、アイツと勘違いされていることが気に食わない。
この妖精に私とアイツの違いをじっくり教えてあげよう……そう思い口を開いたときだった。
「後ろ!」
スターサファイアは鋭い声を上げた。
一瞬でその意味を理解し、行動を起こす。
ガアアアアアアアアン!
直後に響く轟音、一人が手に持った得物でフランドールに殴りかかりかかったのだ。
その者と、フランドールの間には『板』があった。
この大きな音の原因はこの板だ。
超々ジュラルミン製の機動隊が使う盾である。
スターサファイアと同時に支給されたもう一つのフランドールの武器であった。
「ち……」
あからさまな舌打ちが聞こえてきた。いきなり襲われて、さらに舌打ちをされればむっとするのは人間として当然だろう。吸血鬼ならなおさらだ。
初激が防がれたため、殴りかかってきた相手はバックステップを2歩踏み、フランから間合いを取る。
このとき、ようやくフランは相手の顔を見たのだった。
顔も名前も知らない奴だった。どこかでちらっと見たことはあったかもしれないが、そんなあいまいな記憶など、とうの昔に忘れている。
ボブカットの白い髪、緑の服をまとい、その手に一本の傘を握っている。魂魄妖夢がここにいた。
襲われた理由など知る由が無い。そして、知ったところで襲うことをやめるとは考えにくい。
ならば
「ふふふ……私とあそびたいの?」
ジュラルミン製の盾を片手に持ち、傘を持った少女に真っ向から対立した。
ならば……あそんであげましょう。あそんであそんで壊れるまで。
矛を持った魂魄妖夢、盾をもったフランドール。次に攻めてくる相手は決まっていた。
魂魄妖夢が間合いに踏み込んだ。
彼女の特技もとい能力。剣術を扱う程度の能力。
八雲紫や西行寺幽々子の能力が生まれ持っての才能だとしたら、彼女の能力は才能プラス技術。
能力が消されたとしても、技術は残っていた。
だから、八雲紫が使っていた傘であっても、十分な凶器となる。
ガァァアン!
妖夢が全力で振りかぶって殴る傘だ。弱体化した肉体で受ければ骨にヒビは免れない。
そんな打撃を受け止めるのが盾だ。相当の力で殴られているのにもかかわらず、少々へこむ程度で、防御力は一向に落ちる様子は無い。
何より、人間にとっては重いであろう大盾なのに、次々叩き込まれる打撃を片手もった盾で、ですいすいと防御しているフランドールも流石と言えよう。
「バァン!」
盾は何も守るだけではない。硬い板はそれだけで打撃武器だ。
「がはっ!」
フランは盾を持つ手を思いっきり前に突き出す。
盾の正面には妖夢の顔あった。金属が妖夢の鼻先とおでこにヒットすることとなった。
突然の反撃でひるむ妖夢、フランの盾を持ってないほうの手は鋭くとがった爪が生えている。
勝負は決まった。
「あーあー。逃げちゃったか」
妖夢の逃亡という形で……
【E‐5 平野・一日目 深夜】
【フランドール・スカーレット】
[状態]健康
[装備]機動隊の盾(少々のへこみ)
[道具]支給品一式、不明アイテム(0~1)、スターサファイア
[思考・状況]妖夢を追うか、それとも違うことをするか……
スターに自己紹介する。
【スターサファイア】
[状態]健康
[装備]なし
しくじった……
ぽたぽたと数滴の血液が足元の雑草を覆った。
胸元から腰辺りにかけて服がバックリと破けていた。服の裂け目から見える白い肌と、赤々とした血を噴出させる裂傷が痛々しい。だが、傷はそれほど深くは無い。
武器が弱かったなど単なる言い訳にしかならない。
こうしている間にも幽々子様の命の危険にさらされているというのに……
手短に不確定様相を排除して、すばやく幽々子様の元に駆けつける。これが行動方針だというのに。
「不覚っ……」
打った鼻と、斬られた胸を押さえつつ、妖夢は北へと向かった。
【E‐5 平野北部・一日目 深夜】
【魂魄妖夢】
[状態]おでこと鼻を打撲、胸から腰にかけての軽い裂傷
[装備]八雲紫の傘
[道具]支給品一式、不明アイテム(0~2)
[思考・状況]危害を加えそうな人物を排除しつつ、幽々子様の探索。相手が悪ければ引くことを辞さない。
最終更新:2009年06月04日 18:07