長い夜の終わり ◆5wsAzI.7vk
闇が薄れ、空が段々と白み始める。しかし、月の明かりは未だ途絶えることなく草木を照らしている。
草原に立つ紅白の少女――博麗霊夢は、特に目標もなく歩いていた。
殺し合いに乗る事を決めたはいいものの、どこへ行くか決め兼ねていたのだった。
「さて、これからどこへ行こうかしら」
無意識に呟いた、その時。
見覚えのある者がこちらに向かってくるのが見えた。
相手も霊夢の姿に気付いたようで、青い髪を揺らしながら寄ってくる。
そして自分の姿を見るなり首を傾げた。
「あれ、霊夢?」
「今晩は、にとり」
少女――河城にとりはああ、と思い出したように挨拶を返す。
「それにしても驚いたよ。こっちからは頭しか見えなかったから、てっきり魔理沙かと思った」
霊夢が被っている、お馴染みの黒い帽子を指差してにとりは言う。
「で、これ。どうしたのさ?まさか支給品ってこともないだろう?」
まあ、私もロクな物が入ってなかったから人の事は言えないけどね。と、にとりは笑った。
つられて、霊夢もくすくすと笑う。しかし目は笑っていない。
「帽子は……貰ったのよ。魔理沙にね。支給品は別にあるわ」
そう言うと、霊夢は持っていた楼観剣を構えて見せる。
「へえ……刀か。いい物が当たったね」
「そうでしょう?」
そしてそのまま、刃をにとりの首元へ向けた。
「い、いや……もう分かったから。それ、仕舞ってよ。危ないからさ。ね?」
にとりは、目に見えて動揺し始める。笑顔は引き攣り、声は震える。
霊夢の様子がいつもと違う事にようやく気付いたようだ。
逃げなければ――
体中がそう警告するも、足が棒になったかのように動かない。
そんな彼女を余所に、霊夢は能面を被ったように表情を崩さずじりじりと迫ってくる。
刀の切っ先はもう、にとりのすぐ目の前にあった。
遂には足が縺れ、尻餅をついてしまう。
「いや……いやだ……」
立ち上がる事もできず、ただ後退るしかない。
力は制限され、弾幕の威力もかなり抑えられている。
武器もない。道具もない。逃げてもきっとすぐに捕まってしまう。
にとりにはもう、成す術がなかった。
心を、絶望が支配する。
「それじゃあね、にとり」
霊夢が刀を振り下ろした。にとりは固く目を閉じる。
ああ。私、死んだ。
しかし、いつまで経っても刀がにとりの体を切り裂く事はなかった。
もしかして、痛みを感じる間もなく死んでしまったのだろうかとも思う。
目の前があの世でないことを祈りながら、にとりはゆっくりと瞼を開けた。
そこには、
「何やってんだよ……霊夢」
小さな鬼が立っていた。
彼女は霊夢の腕を掴み、刀を止めている。
「あら、萃香。何って……殺し合いよ?」
それをさも何でもない事のように、霊夢は調子を崩さずに言った。
萃香と呼ばれた鬼は一瞬困惑した表情を見せたが、すぐに眉間に皺を寄せて不快な表情を浮かべる。
「冗談はやめろ」
「冗談なんかじゃないわ。私は本気よ」
怒りをあらわにする萃香に、冷たく霊夢は言った。
「霊夢……お前、おかしいぞ」
「おかしい?何が?」
「お前はそんな奴じゃなかっただろ!?」
鬼は吠える。
何だかんだで、今までよく一緒に過ごしてきた二人だ。
基本的にドライな性格の霊夢だが、本当は優しい心を持っている事も萃香は分かっている。
だが、今目の前の彼女には優しさなんて微塵も感じられなかった。
「……あんたはこれからどうする気なの?」
萃香とは対象的に、余裕の表情を浮かべて霊夢は尋ねる。
「こんな無益な殺し合い、乗るわけがない」
当然だ、とでも言うように萃香は即答する。
霊夢はふーん……とつまらなそうに呟くと、
「おかしいのはあんたの方じゃない?」
そう、はっきりと告げた。
「何だと!?」
萃香は激昂する。今すぐ噛み付いてやろうかという勢いで。
しかし霊夢は、それすらも捩伏せるような威圧感を纏っていた。
少なくとも、未だにとりは何も出来ずに萃香の後ろでただ震えている。
「このまま何もしなければ、ただ死ぬだけなのよ?それとも、何?死にたいの?」
肩を竦め、呆れたように言う霊夢。
死にたいわけじゃない。
ただ、仲間を殺してまで生きるなんて、そんなのは嫌だ。萃香はそう考える。
だからこそ、この問題を解決できそうな仲間を探していたのだ。
そして、最初に出会えたのが霊夢だった。
自分は幸運だと思った。いきなり信頼できる者と出会えるなんて。
だけど――出会わなければよかったのかも知れない。
「私達は逆らえないのよ」
霊夢は淡々と話す。
「事実、私達は力を制限されている。あんたも分かってるでしょう?
そして首輪。この殺し合いから逃れる事ができないって証拠よ」
首元に金属質な冷たさを感じ、萃香は改めて実感する。
人間だろうが妖怪だろうが、簡単に命を奪う事ができる首輪。
確かにそれは主催者への反抗が無駄だという事を示す物であり、霊夢の言う事に反論はできない。
だが、それでも――
「生きる為に戦う。それっていけない事?」
萃香には理解できなかった。
「お前、誰だ」
抑えた声。
だがそこには確かに怒りという感情が込められていた。
それを聞いた霊夢は、意味が分からないというように嘲笑う。
恐怖でおかしくなってしまったのではないか、という風に。
「はぁ?博霊神社の巫女、霊夢よ?何言ってるの?そんな分かり切ったこと……」
「お前は私の知ってる霊夢じゃない!!」
萃香は、言葉を遮るように怒鳴り付けた。
一瞬目を見開くと、霊夢は顔を伏せ、
「そう……あんたも同じこと言うのね」
自分にしか聞こえないような声で呟く。
萃香は、少し後悔した。
今は殺し合いという異常な事態であり、混乱しているだけかも知れないのだ。説得すれば分かってもらえる可能性もある。
それなのに勢いに任せてあんな事を言ってしまうなんて。
しかし、
「ごめんなさいね。あんたの知ってる私じゃなくて」
そう言い終わるか否かの内に、霊夢は萃香の腕を振り解くと大量の弾幕を放った。
制限の為、当たったとしても致命傷には至らないだろうことは分かっていたが、相手の視界を遮るのにはそれで十分だった。
「っ……!!」
突然のことに怯み、動けないでいる萃香の懐に飛び込み、そのまま構え直した刀を突き立てる。
しかし、その感触は軽い。
運悪く、刀は萃香の担いでいたスキマに刺さっていた。
「……」
霊夢は顔色一つ変えずそれを引き抜き、今度は横に凪ぐ。
萃香はギリギリのところで後ろに跳んで回避する。弾幕が少し掠ったが、立ち止まっている余裕はなかった。
次の攻撃が来る。
それをまたギリギリで避ける。
反撃しなくては。
そう思うのに、上手く体が動かない。
制限によるものか、それとも迷いから来るものか。それは萃香自身にも分からなかった。
「油断大敵よ」
突然、霊夢が萃香の足を払った。
刀の動きに気を取られていた萃香は、にとりを巻き込んで後ろに倒れる。
霊夢がそれを見逃すはずはない。二人との距離を一気に詰め、刀の切っ先を向けた。
月の明かりに照らされて、刃が鋭く輝く。
「甘い……甘いのよ、萃香。
それににとり。あんたは臆病ね。強い者の後ろに隠れて生き延びて……それで満足?」
感情のない瞳で、霊夢は後退る二人を見下ろす。
しかし追い詰められてなお、萃香の瞳は霊夢を睨み付けて離さなかった。
霊夢は大きく刀を振り上げ、告げる。
「さようなら」
その瞬間。
萃香の視界の端を、何かが通り過ぎた。
それは木の塊のような物。
にとりが咄嗟にスキマから取り出して投げたのだった。
「お、臆病者で悪かったな!」
そう捨て台詞を吐くと、にとりは震える足を無理矢理に動かして、萃香の手を引いて引きずるように走り去った。
緩やかな放物線を描いて、木の塊は霊夢の顔面に思い切りぶつかる。
ゴツ、という鈍い音。
「痛ぁ……」
霊夢が俯くと、地面には赤い雫が滴り落ちた。
鼻を摩ると、ヌル、という感触。
手を見る。血が出ていた。
「……」
袖で血を拭い、顔を上げる。
しかし、時既に遅し。二人の姿はなかった。
▽
「ここまで来れば……」
しばらく走り続け、霊夢の姿が完全に見えなくなったところで、にとりと萃香は足を止めた。
振り返っても、追ってくる気配はない。
息を切らしながらも、とりあえずは安心した様子でにとりは萃香に手を差し出す。
「助けてくれてありがとう。萃香」
「いや、私こそ……」
萃香はその手を握り返す。お互い、手は汗で湿っていた。
「あんたが来てくれなかったら確実に死んでたね、私。
鬼って凶暴な奴らばかりだと勝手に思い込んでたけど、考えを改めなくちゃ。
あんたみたいな、優しい鬼もいるんだし」
そう言って、にとりは笑った。
鬼という種族は、妖怪の世界で頂点に立つ強さを持っている。
その為、河童のにとりは鬼である萃香に少なからず恐怖感を抱いていた。
まさか、その鬼に助けられる事になるとは。
「私も殺し合いには反対だよ。だからさ、一緒に行かないか?」
萃香は強い。
先程は、相手が相手だけあって躊躇していたのだろう。
今回は運良く生き延びたが、一人では襲われたら一たまりもない。一緒に行動し、守ってもらおう。
そう思うにとりだったが、
「私、霊夢を止めにいく」
萃香は、今来た道を戻ろうとしていた。
「馬鹿!死ぬ気か!?勝てるわけないだろ!さっきもお前、押されっぱなしだったし!」
服の裾を捕まえ、にとりは行かせまいと必死になる。
「でも……!」
だが萃香も同じように焦っていた。
それをどうにか宥めようとにとりは萃香の小さな体を揺する。
「ちょっと落ち着けよ!霊夢の奴……本気だった。今の私達じゃ、勝てないよ」
にとりは正直、もう霊夢には会いたくないというのが本音だった。
だが、自分を助けてくれた恩人を見殺しにするのはもっと嫌だった。
「止めるにしても何にしても、今のままじゃ無理。それこそ無駄死にだ」
だからにとりは提案する。
「仲間を集めよう。霊夢はああ言ってたけど、殺し合いに反対の奴は他にもいるはずだ。
それに、私達には武器もない。形勢を立て直してから、もう一度始めるんだ。止めに行くのはそれから。それに……」
にとりは自分に付けられた首輪を指差す。
「これの解除の仕方も、調べてみたいしね」
技術に対する関心が高い河童の性分であった。
▽
いけない。少し落ち着かなくては。
私は大きく深呼吸する。
にとりの言う通りだ。
ここはまず、戦略的撤退。
そして、今度こそ霊夢の目を覚まさせてやろうと誓う。
それにしても、あの帽子。
あれは明らかに魔理沙の物だった。
まさか……既に魔理沙は霊夢に殺されたということ?
信じたくはないけれど否定はできない。
だが生きているならば、きっと力になってくれるはず。
それにしても……殺し合いはしたくないなんて、私は甘いのだろうか。
何も失いたくないなんて、傲慢だろうか。
いつか、大切な人を殺さなくてはならない時が来るかも知れない。
その時、私はどうしたらいいのだろう。
霊夢の言葉が、頭の中をぐるぐると巡る。
運命は人を容易く変える。
だが、人は運命を変えられないのだろうか。
小さな鬼は、大きな不安を抱えたままゆっくりと歩き出す。
人間が好きな、優しい河童と共に。
【E-6 一日目・黎明】
【伊吹萃香】
[状態]かすり傷、精神疲労(小)
[装備]なし
[道具]支給品一式 盃
[思考・状況]基本方針:意味のない殺し合いはしない
1.仲間を探して霊夢の目を覚まさせてやる
2.お酒を探しに行く
3.能力を封じ込めた連中に対して若干恐怖、弱気
※酔いはほとんど醒めています
【河城にとり】
[状態]精神疲労(小)
[装備]なし
[道具]支給品一式 ランダムアイテム1~2個
[思考・状況]
1.仲間や武器を探す
2.首輪を調べる
3.できれば霊夢にはもう会いたくない
4.戦闘になったら萃香に守ってもらおう…
▽
「また逃げられちゃった」
霊夢は小さな溜め息をつく。
二人は恐らく、まだ遠くには行っていないだろう。周りには、隠れる場所もほとんどない。
今すぐに追いかけて殺しておこうかとも思った。
しかし鼻血が止まっていない為、諦める。
無理をしなくても、遊戯はまだ始まったばかりだ。一先ず休息を取ろう。
だがその前に。
霊夢は、先程自分を襲った木の塊を拾い上げる。
それは桶だった。
どこかで見覚えがある気がしたが、思い出せないので考えるのを止めてスキマに仕舞う。
「さて、これからどこへ行こうかしら」
長い夜が、終わろうとしていた。
【D-6 一日目・黎明】
【
博麗 霊夢】
[状態]顔面を強打(鼻血が出てますが、しばらくすれば止まると思われます)
[装備]楼観剣
[道具]支給品×2 ランダムアイテム1~3個(使える武器はないようです) リグルのランダムアイテム1~2個(まだ確認していません) 魔理沙の帽子 キスメの桶
[思考・状況]基本方針;殺し合いに乗り、優勝する
1. できるだけ手間をかけず、迅速に敵を排除する
2.少し休憩
※ZUNの存在に感づいています。
最終更新:2009年06月28日 01:37