「サクレ! おい、サクレはいるか!!」
シレスティアルに天竜ゼロの声が響き渡る。
「は、はいゼロ様! こちらに」
ゼロに呼ばれた側近サクレは慌ててゼロのもとへと馳せ参じた。
「はいこちらに……じゃない! 魔竜リムリプスはまだ見つからんのか!!」
「も、申し訳ありませんっ。私はもちろん、火砕竜を中心に親衛隊たちにも四方に手を尽くさせているのですが……」
「これ以上時間をかけるわけにはいかんのだ! ……ええい、わかった。ならば俺も出る。俺がリムリプスを見つけてやる!」
「て、天竜様自らが動くなんてそんな…! それに国王様も後継ぎも不在の今、あなたが国を放り出してしまっては誰も国を守る者がいなくなってしまいます!」
「フン、何が国か。城は廃墟も同然、民たちも既に方々に散ってしまって久しい。王国が滅んでもう何年になる!? 王の側近どももどこかへ行ってしまったきりで、後継ぎの所在も一向に不明! 王国はもう死んだ!! それをおまえは何をいつまで過去の栄光に縛られているのだ!!」
「で、ですが……! それに……いや、それならばこそです。ゼロ様はなぜまだ魔竜に固執するのですか。その命令を下された国王様だってもういらっしゃらないというのに……」
「王の命令など知ったことか! 俺はただ先代様の遺志を継ぎたいだけなのだ! 先代天竜オーシャン様のためにも俺はリムリプスを封印しなければならんのだ……天竜としてな!!」
先代天竜のオーシャンはもういない。国王ももういない。しかし、ゼロが忠義を尽くすのは王ではなくオーシャンだった。
「オーシャン様……。見ていてください。リムリプスは必ず……!」
シレスティアルに天竜ゼロの声が響き渡る。
「は、はいゼロ様! こちらに」
ゼロに呼ばれた側近サクレは慌ててゼロのもとへと馳せ参じた。
「はいこちらに……じゃない! 魔竜リムリプスはまだ見つからんのか!!」
「も、申し訳ありませんっ。私はもちろん、火砕竜を中心に親衛隊たちにも四方に手を尽くさせているのですが……」
「これ以上時間をかけるわけにはいかんのだ! ……ええい、わかった。ならば俺も出る。俺がリムリプスを見つけてやる!」
「て、天竜様自らが動くなんてそんな…! それに国王様も後継ぎも不在の今、あなたが国を放り出してしまっては誰も国を守る者がいなくなってしまいます!」
「フン、何が国か。城は廃墟も同然、民たちも既に方々に散ってしまって久しい。王国が滅んでもう何年になる!? 王の側近どももどこかへ行ってしまったきりで、後継ぎの所在も一向に不明! 王国はもう死んだ!! それをおまえは何をいつまで過去の栄光に縛られているのだ!!」
「で、ですが……! それに……いや、それならばこそです。ゼロ様はなぜまだ魔竜に固執するのですか。その命令を下された国王様だってもういらっしゃらないというのに……」
「王の命令など知ったことか! 俺はただ先代様の遺志を継ぎたいだけなのだ! 先代天竜オーシャン様のためにも俺はリムリプスを封印しなければならんのだ……天竜としてな!!」
先代天竜のオーシャンはもういない。国王ももういない。しかし、ゼロが忠義を尽くすのは王ではなくオーシャンだった。
「オーシャン様……。見ていてください。リムリプスは必ず……!」
Chapter5「親」
それはある夜のことだった。
空には顔を出し始めたばかりの月、瞬く星々、そして未確認飛行物体。
「や、やめるのだリク君操縦が……あわわゎゎわゎわわわ」
UFOはしばらくの間ふらふらと不安定に宙を漂った後にステイブル付近に墜落した。そして、その中から姿を現したのは奇妙な姿をしたインゲン星人……もとい、タネはかせであった。
「な、なんてことをしてくれたのだ! お陰でバランスを崩して落ちてしまったじゃないか! ああ、可哀想なUFO君……。そうだ、こいつにも名前を付けてやらないと。ああ、可哀想なリクオトシ君……」
「何がリクオトシだ、待ちやがれこの!」
続いてUFOだった鉄くずからリクが飛び出し、逃げるタネはかせを追いかける。
「はっはっはー、私を捕まえようなど1世界ほど早いのだ!」
「うるせぇ、煮詰めて甘納豆にしてやる! 変な発明も煮詰れ!」
さらに他の乗員たちもぞろぞろと外に出てくる。すなわちウクツ、ウィルオン、ティル、リシェ、メタメタだ。
「やれやれ、えらい目にあったな……。アースガーデンまでもたなかったか。孫が迷惑をかけたな」
「いや、こっちこそ。うちの自称保護者が迷惑をかけたな」
「きゃー、落ちた落ちたー!」
「な、何が起こったんだ? オレは生きてるのか? ここはどこなんだ?」
「そんなことより、腹へったからリシェ焼いて食おうぜ」
UFOはもう動きそうにもない。タネはかせのことだから、またわけのわからないトンデモ技術であっという間に直してしまうのかもしれないが、リクに追いかけられながらどこかへ行ってしまったので一行は今晩はステイブルのお世話になることになった。
タネはかせは翌朝、簀巻きにされてリクに引きずられながら帰ってきていた。
空には顔を出し始めたばかりの月、瞬く星々、そして未確認飛行物体。
「や、やめるのだリク君操縦が……あわわゎゎわゎわわわ」
UFOはしばらくの間ふらふらと不安定に宙を漂った後にステイブル付近に墜落した。そして、その中から姿を現したのは奇妙な姿をしたインゲン星人……もとい、タネはかせであった。
「な、なんてことをしてくれたのだ! お陰でバランスを崩して落ちてしまったじゃないか! ああ、可哀想なUFO君……。そうだ、こいつにも名前を付けてやらないと。ああ、可哀想なリクオトシ君……」
「何がリクオトシだ、待ちやがれこの!」
続いてUFOだった鉄くずからリクが飛び出し、逃げるタネはかせを追いかける。
「はっはっはー、私を捕まえようなど1世界ほど早いのだ!」
「うるせぇ、煮詰めて甘納豆にしてやる! 変な発明も煮詰れ!」
さらに他の乗員たちもぞろぞろと外に出てくる。すなわちウクツ、ウィルオン、ティル、リシェ、メタメタだ。
「やれやれ、えらい目にあったな……。アースガーデンまでもたなかったか。孫が迷惑をかけたな」
「いや、こっちこそ。うちの自称保護者が迷惑をかけたな」
「きゃー、落ちた落ちたー!」
「な、何が起こったんだ? オレは生きてるのか? ここはどこなんだ?」
「そんなことより、腹へったからリシェ焼いて食おうぜ」
UFOはもう動きそうにもない。タネはかせのことだから、またわけのわからないトンデモ技術であっという間に直してしまうのかもしれないが、リクに追いかけられながらどこかへ行ってしまったので一行は今晩はステイブルのお世話になることになった。
タネはかせは翌朝、簀巻きにされてリクに引きずられながら帰ってきていた。
牧場の朝は早い。それはステイブルでもそうだった。まだ陽も昇り切る前から既にステイブルは馬であふれ返っている。
「あ、あれがウマってやつか。初めてみたぞ。で、でっかいな」
リシェは初めて見る馬という生き物に驚いていた。ウィルオンがそれをそっとなだめる。
「たしかに身体はリシェよりでかいかもしれないけど、タネはかせよりはずっと安全だぞ」
当のタネはかせはステイブルの片隅で、また何やら危険な発明品をこしらえているのだった。
「あ、リク。最近見なかったけど、どこか行ってたの?」
ステイブルの馬たちのうちの一頭がリクに声をかけた。どうやら親しい仲らしい。おそらく、かつてナープがここを訪れた頃からの顔なじみなのだろう。リクは懐かしそうにそれを迎える。
「ピエール! 久しぶりだなぁ。遺跡がなくなっちまったから、今はじいちゃんとアースガーデンのほうにいるよ」
「ふうん。ところで今日はナープいないの? 最近またアキレア竜が来てるんだけど」
「アキレアっていうとたしかナープと同じ種類のやつか。もしかして捜してたっていう親父さん?」
「いや、そうじゃないっぽいけど……」
そう言いながらピエールが振り返る。その先にはナープとは色違いのアキレア竜が何かを叫んでいた。
「愛の戦士マリーン!! そして、その忠実なるシモベ……あ、違った。一番弟子のモミジさんじょーう!! さぁ、モミっち、今日こそ告白するのよ!」
「モップくん……」
モミジと呼ばれたあの赤毛の馬を弟子にしているらしい。一体何と戦うつもりか知らないが、少なくともナープの父親でないことは確かだ。マリンは薄桃色の鱗に金の鬣のアキレア竜だ。ナープは緑鱗の赤髪、そしてガルフは青鱗に金の髪だ。あまり似たような色はしていない。
「なんだよ、あの『愛の戦士』って」
「よくわからないけど今はヤナギんとこの姉さんモミジと、モッブとをくっつけようとしてるみたい。モップくんもいい迷惑だよね」
「ふーん……。どうでもいいや」
なんとなくマリンの様子を眺めているとこんどはそこにまた別の竜がやってきてなにやら言い合いを始めた。褐色の鱗に緑髪のアキレア竜だ。遊んでないでちゃんと捜せだの、遊びじゃなくて本気だのそんな話だった。
聞いていると、どうやらやってきたのはリヴァーという名でマリンの弟にあたるらしいことがわかった。さらにマリンにはガルフという兄がいて、リヴァーの下にはサーフとナープという弟がいるということも。体色や毛色はあまり似ていないが、リクたちのよく知っているあのナープのことなのだろうか。
「ちゃんと捜してるわよ! 今は……モミっちの運命の相手をね!」
「父さんはどうなるのさ!」
「どうせもう死んじゃってるわよ。ガルフしか会ったことないんだし、それもずっと昔の話でしょう? 私は今に生きるの、そんだけ。はい、話はおしまいね。さーあ、モミっち! 当たって砕けろ、5度目の正直、突撃ィー!」
「ぽ、ぽへー!」
そう言うなり、マリンはモミジを引き連れてそのモップくんとやらのところへ走り去ってしまった。
「ね、姉さん…! ああ、まったく姉さんもサーフも全然だめだ。兄さんはすぐ迷子になるしマトモなのはナープぐらいだ。それこそ親の顔が見てみたいもんだよ、まったく……」
文句を言いながらリヴァーもどこかへ飛び去って行った。
「変なやつだな。あんなのがナープの兄弟なのか」
「それを”リクさん”が言うなよ。おまえも変なやつじゃん」
「うぉお!? やっ、やめてくれー! それは俺の黒歴史だ、若気の至りだッ、うぐぁぁああああ!!」
リクは精神的大ダメージを受けた。
リクの黒歴史とはすなわち数年前、ティルがさらわれたりしたあの頃の言動のことだ。
「へへへ…。まぁ、あの頃はみんな子どもだったよね。いつの間にかウィルオンもでっかくなってるし。……ティルはあんまり変わってないや。ナープにも久しぶりに会いたかったけど、いないんじゃしかたないね。あのマリンとかいうやつをどうにかしてほしかったんだけどなぁ」
「お、おう…。そうだぜ、リクさんも少しは大人になったんだぜ……。ま、まぁ、その話は置いといてだな」
なんとか話題を変えようとして目をそらすと、すぐそこにいたリシェと目が合った。
(えっ。オ、オレ!?)
リクは助け舟を求めてリシェに目で合図する。
「え、えーっと……。そういえばさっきの話を聞いてたんだけど、そのナープってやつは父親を捜してるんだな。それで、えーっと……そ、そうだ。リクさんやピエールの親はどうしてるの? オレの親はフェザーっていうここから東のほうの海を渡った先にある国にいるんだ」
「親かー。うちの親はこのステイブルにいるよ。まぁ、当然と言えば当然か」
ピエールがリシェの問いかけに答える。話題が変わってくれたことでリクが、なんとかフォローできたことでリシェがそろって安堵する。
リシェの頭をがしがしと撫でながら続いてリクが答えた。
「俺の親父はゼロっていうんだ。よくは知らないけど、なんでも天竜とかいう仕事をしてていつも家にいなかったからあんまり記憶にないな。じいちゃんは知っての通りあそこにいるウクツ。他の家族は大樹の近くにあるホーン大陸ってとこのホーンズホーン村にいる」
近くにいた仲間たちもこの親についての話題に乗った。次に口を開いたのはウィルオンだ。
「俺は前にも話したかもしれないけど、物心ついたときからタネはかせと暮らしてたからよくわからないな。まぁ、あんなやつだけど一応育ててくれた恩もあるし、俺は家族だと思ってるよ。変なやつだけど」
「変じゃなくて天才なのだ! いや、天才というのはみんなどこか変だったりするものなのだよ。いいだろう、私は変だ。しかしそれゆえに天才なのだ!」
「ああ、はいはい。そうだな、たしかに変だよおまえは」
「そうなのだ。だから私は天才なのだ」
ウィルオンは慣れた様子でタネはかせを適当にあしらう。
「ウィルオン君はある日突然、なんと空から降ってきたのだ。きっと空の国に棲んでいたんじゃないかな」
「空にも国があるのか?」
リシェは雲を見上げながら言った。
「ああ、あるとも! 空には雲の海があって巨大な火山や氷の塊が乗っかっていたり、大樹の頂上にはたしかお城もあると聞いたことがあるのだ。この私が言うんだから間違いないのだ」
「おまえが言うとなんか嘘っぽいけどな。さっき言った親父もその空にいるんだ。天竜はその空にある国での仕事なんだってさ。大樹を昇れば俺たちでも空が飛べなくたって空にいけるぞ」
遠くに薄らと見える大樹を指さしながらリクは言った。大樹の幹の上方は分厚い雲の向こうになっていて、その様子をここから窺い知ることはできない。
「へぇー、空の国かぁ……。オレ初めて知ったよ。世界は広いんだな。オレもいつか行ってみたいな」
「なんというかロマンだよな。いつか行こうぜ、大樹を昇ってさ」
リシェは遥か遠くの大樹を見上げてまだ見ぬ空の世界に思いを馳せるのだった。
「空と言えばおれも空で生まれたぞ」
そう言うのはメタメタだ。たしかに、メタメタのアメーバのような独特な姿は地上では見かけたことがない。さらにメタメタに小さな翼が生えていることがより空をイメージさせる。
「なるほどな。空にはおまえみたいなのがたくさんいるのか?」
「似たようなのはけっこういるけど、おれと同じ仲間っていうのはあまりいないんじゃねえかな。えーと、まずメピックだろ、メガだろ、それから……まぁ、数える程度しかいねえな。おれの親にあたるやつは……そうだなぁ。なんて説明したらいいかわからないけど、なんか黒かったな」
「腹黒いの?」
ティルが思ったことを素直に口に出した。
「いや、色が。まぁ、何考えてるのかよくわからないやつだったし、もしかしたら腹黒いのかもしれねえけどな」
「メタっちにもちゃんとお父さんがいるんだね。あれ、お母さん?」
「そういうアレじゃないんだよなー。まぁ、強いて言えば母体というかマザーというかクイーンというか……産み出す存在みたいな。そういうティルは?」
「ボクは記憶ないからわかんない」
「そうなんだよな……。俺はナープと一緒にいたから今でもよく覚えてるぞ、ティルを見つけたあのときのことを」
ウィルオンはかつてティルを見つけたときのことを説明し始めた。
話は冒頭に遡る。数年前、ティルは当時ウィルオンと共に父親を捜して各地をまわっていたナープに、偶然道端に倒れていたところを保護された。なぜそこに倒れていたのか、それ以前に何があったのかさえ全く覚えていなかった。さらに自分の名前すらもわからない様子だった。
ティルという名前はあくまで仮の名前だ。そう呼んでいるのはティル自身が、本当の名前ではないがティルと呼ばれていたような気がすると思い出したからに過ぎない。もしかしたらあだ名か何かなのかもしれないが、ティルの本当の名前は誰にもわからなかった。
ナープたちはティルを見つけた周囲の集落にティルのことを聞いてまわったが、不思議なことにティルの親はおろか、ティルのことを知っている者すら見つからなかった。ティルの正体は未だわからないままだ。
「きっとティル君も空から降ってきたのだ」
タネはかせが口を挿む。
「うーん、そうなのかなぁ。たしかに空っぽい色をしてるしなぁ」
ティルは大空の如く蒼い鱗を持つ仔竜だ。青いから空という考え方はあまりにも安直過ぎるが、たしかに自然界に青い生き物というのは珍しいものだ、少なくともこの地上の世界においては。だとすれば、空からやってきたという可能性も十分に考えられた。
「それに昔ティルが原種竜にさらわれたことがあったしな。……一体何者なんだ、ティルは?」
「それを言ったらウィルオン、おまえだってその竜に用があるみたいなことを言われてたじゃないか。おまえだって何者なんだ」
「知らねぇよ、俺は俺だ。きっと誰かと間違えたんじゃないか? そういえば、あのティルをさらった竜も蒼かったぞ。何か関係があるのか…」
親の話題はいつの間にかティルについての話題に変わっていた。
ティルの記憶は発見されてから数年を経ても未だに戻らない。これまで共に過ごしてきた”ティル”のことはみんながよく知っていたが、”本当のティル”のことについては誰もが知らなかった。
「なぁ、なんとかしてやれないかな」
リクがそう切り出した。リクは常々、ティルの記憶や親のことを気にしていた。
ナープが父親捜しに集中できるように、リクはティルのほうは自分に任せてもらってもかまわないと、水門の城の一件のあとでナープに提案した。ティルはリクによく懐いていたので、ナープもそれを快く承諾したのだった。
「私がさっき発明したこの新作『タチドコロニー・オモイダース』を試してみるのだ?」
タネはかせがまた怪しげな薬を取り出してみせるが、ウクツがそれを制止する。
「やめておけ。そういうのは薬でなんとかなるものじゃない。それに無理に思い出させるのはかえって負担になるだけだ」
「つまんな……いや、それは仕方ないのだ。じゃあ、とりあえずウィルオン君。はいこれ」
飲めと言わんばかりにタネはかせはウィルオンの鼻先にさっきのオモイダースを突き付ける。
「なんで俺なんだよ! それにタネはかせの薬じゃ、逆にもっとひどいことになりそうだけどな。ところで、ステイブルに来て思い出したんだけど、昔ここでウィーってやつに会ったよな。そういえばあいつ、ティルにちょっと似てたな。何か関係あるのか?」
ウィーはティルの鱗を赤くしたような姿をしていた。もしかしたら同じ種族の竜なのかもしれない。
「臭いを嗅いだだけでこの効き目! 効果抜群なのだ! ああ、やはり私は天才だ…」
勝手な解釈で一人で喜んでいるタネはかせを完全に無視してウクツが答える。
「ウィーはグランディア種の仔竜だったな。大地の加護を受けた種族だと言われている。しかし、グランディア竜からは蒼い鱗の竜は生まれないはずなのだが」
「突然変異とか?」
「可能性がないとは言えないが、なんとも言えないことも確かだ」
考えていても一向に答えは出なかった。やはりティルの正体はわからない。
「とりあえず、そのウィーに会いに行って話を聞いてみるのはどうだ? ワシらにはわからないが、グランディアたちには何かわかることがあるかもしれん」
それならば、とピエールがこの近くにグランディアの暮らすスノゥグランド村があることを教えてくれた。
スノゥグランド村はステイブルの近くに流れるフリー側を遡り、ステイブル北西のホワイトプラトウの山を登って行った先にある。ホワイトプラトウは年中雪が降り積もっている万年雪の大地だ。
「そういえばウィーのやつが去り際にそんな感じの名前の村を言ってたな。それからまた遊びに来いとも」
「ふむ、ちょうどいいじゃないか。ウィーのお袋さんの病気がよくなったのかも気になるところだ。行ってみようではないか、そのグランディアの村に」
「よし、行こう。スノゥグランド村に!」
こうしてリクたち一行はピエールに見送られて、グランディアの暮らすスノゥグランド村を目指してフリー川沿いを遡行しホワイトプラトウへと入山するのだった。
「あ、あれがウマってやつか。初めてみたぞ。で、でっかいな」
リシェは初めて見る馬という生き物に驚いていた。ウィルオンがそれをそっとなだめる。
「たしかに身体はリシェよりでかいかもしれないけど、タネはかせよりはずっと安全だぞ」
当のタネはかせはステイブルの片隅で、また何やら危険な発明品をこしらえているのだった。
「あ、リク。最近見なかったけど、どこか行ってたの?」
ステイブルの馬たちのうちの一頭がリクに声をかけた。どうやら親しい仲らしい。おそらく、かつてナープがここを訪れた頃からの顔なじみなのだろう。リクは懐かしそうにそれを迎える。
「ピエール! 久しぶりだなぁ。遺跡がなくなっちまったから、今はじいちゃんとアースガーデンのほうにいるよ」
「ふうん。ところで今日はナープいないの? 最近またアキレア竜が来てるんだけど」
「アキレアっていうとたしかナープと同じ種類のやつか。もしかして捜してたっていう親父さん?」
「いや、そうじゃないっぽいけど……」
そう言いながらピエールが振り返る。その先にはナープとは色違いのアキレア竜が何かを叫んでいた。
「愛の戦士マリーン!! そして、その忠実なるシモベ……あ、違った。一番弟子のモミジさんじょーう!! さぁ、モミっち、今日こそ告白するのよ!」
「モップくん……」
モミジと呼ばれたあの赤毛の馬を弟子にしているらしい。一体何と戦うつもりか知らないが、少なくともナープの父親でないことは確かだ。マリンは薄桃色の鱗に金の鬣のアキレア竜だ。ナープは緑鱗の赤髪、そしてガルフは青鱗に金の髪だ。あまり似たような色はしていない。
「なんだよ、あの『愛の戦士』って」
「よくわからないけど今はヤナギんとこの姉さんモミジと、モッブとをくっつけようとしてるみたい。モップくんもいい迷惑だよね」
「ふーん……。どうでもいいや」
なんとなくマリンの様子を眺めているとこんどはそこにまた別の竜がやってきてなにやら言い合いを始めた。褐色の鱗に緑髪のアキレア竜だ。遊んでないでちゃんと捜せだの、遊びじゃなくて本気だのそんな話だった。
聞いていると、どうやらやってきたのはリヴァーという名でマリンの弟にあたるらしいことがわかった。さらにマリンにはガルフという兄がいて、リヴァーの下にはサーフとナープという弟がいるということも。体色や毛色はあまり似ていないが、リクたちのよく知っているあのナープのことなのだろうか。
「ちゃんと捜してるわよ! 今は……モミっちの運命の相手をね!」
「父さんはどうなるのさ!」
「どうせもう死んじゃってるわよ。ガルフしか会ったことないんだし、それもずっと昔の話でしょう? 私は今に生きるの、そんだけ。はい、話はおしまいね。さーあ、モミっち! 当たって砕けろ、5度目の正直、突撃ィー!」
「ぽ、ぽへー!」
そう言うなり、マリンはモミジを引き連れてそのモップくんとやらのところへ走り去ってしまった。
「ね、姉さん…! ああ、まったく姉さんもサーフも全然だめだ。兄さんはすぐ迷子になるしマトモなのはナープぐらいだ。それこそ親の顔が見てみたいもんだよ、まったく……」
文句を言いながらリヴァーもどこかへ飛び去って行った。
「変なやつだな。あんなのがナープの兄弟なのか」
「それを”リクさん”が言うなよ。おまえも変なやつじゃん」
「うぉお!? やっ、やめてくれー! それは俺の黒歴史だ、若気の至りだッ、うぐぁぁああああ!!」
リクは精神的大ダメージを受けた。
リクの黒歴史とはすなわち数年前、ティルがさらわれたりしたあの頃の言動のことだ。
「へへへ…。まぁ、あの頃はみんな子どもだったよね。いつの間にかウィルオンもでっかくなってるし。……ティルはあんまり変わってないや。ナープにも久しぶりに会いたかったけど、いないんじゃしかたないね。あのマリンとかいうやつをどうにかしてほしかったんだけどなぁ」
「お、おう…。そうだぜ、リクさんも少しは大人になったんだぜ……。ま、まぁ、その話は置いといてだな」
なんとか話題を変えようとして目をそらすと、すぐそこにいたリシェと目が合った。
(えっ。オ、オレ!?)
リクは助け舟を求めてリシェに目で合図する。
「え、えーっと……。そういえばさっきの話を聞いてたんだけど、そのナープってやつは父親を捜してるんだな。それで、えーっと……そ、そうだ。リクさんやピエールの親はどうしてるの? オレの親はフェザーっていうここから東のほうの海を渡った先にある国にいるんだ」
「親かー。うちの親はこのステイブルにいるよ。まぁ、当然と言えば当然か」
ピエールがリシェの問いかけに答える。話題が変わってくれたことでリクが、なんとかフォローできたことでリシェがそろって安堵する。
リシェの頭をがしがしと撫でながら続いてリクが答えた。
「俺の親父はゼロっていうんだ。よくは知らないけど、なんでも天竜とかいう仕事をしてていつも家にいなかったからあんまり記憶にないな。じいちゃんは知っての通りあそこにいるウクツ。他の家族は大樹の近くにあるホーン大陸ってとこのホーンズホーン村にいる」
近くにいた仲間たちもこの親についての話題に乗った。次に口を開いたのはウィルオンだ。
「俺は前にも話したかもしれないけど、物心ついたときからタネはかせと暮らしてたからよくわからないな。まぁ、あんなやつだけど一応育ててくれた恩もあるし、俺は家族だと思ってるよ。変なやつだけど」
「変じゃなくて天才なのだ! いや、天才というのはみんなどこか変だったりするものなのだよ。いいだろう、私は変だ。しかしそれゆえに天才なのだ!」
「ああ、はいはい。そうだな、たしかに変だよおまえは」
「そうなのだ。だから私は天才なのだ」
ウィルオンは慣れた様子でタネはかせを適当にあしらう。
「ウィルオン君はある日突然、なんと空から降ってきたのだ。きっと空の国に棲んでいたんじゃないかな」
「空にも国があるのか?」
リシェは雲を見上げながら言った。
「ああ、あるとも! 空には雲の海があって巨大な火山や氷の塊が乗っかっていたり、大樹の頂上にはたしかお城もあると聞いたことがあるのだ。この私が言うんだから間違いないのだ」
「おまえが言うとなんか嘘っぽいけどな。さっき言った親父もその空にいるんだ。天竜はその空にある国での仕事なんだってさ。大樹を昇れば俺たちでも空が飛べなくたって空にいけるぞ」
遠くに薄らと見える大樹を指さしながらリクは言った。大樹の幹の上方は分厚い雲の向こうになっていて、その様子をここから窺い知ることはできない。
「へぇー、空の国かぁ……。オレ初めて知ったよ。世界は広いんだな。オレもいつか行ってみたいな」
「なんというかロマンだよな。いつか行こうぜ、大樹を昇ってさ」
リシェは遥か遠くの大樹を見上げてまだ見ぬ空の世界に思いを馳せるのだった。
「空と言えばおれも空で生まれたぞ」
そう言うのはメタメタだ。たしかに、メタメタのアメーバのような独特な姿は地上では見かけたことがない。さらにメタメタに小さな翼が生えていることがより空をイメージさせる。
「なるほどな。空にはおまえみたいなのがたくさんいるのか?」
「似たようなのはけっこういるけど、おれと同じ仲間っていうのはあまりいないんじゃねえかな。えーと、まずメピックだろ、メガだろ、それから……まぁ、数える程度しかいねえな。おれの親にあたるやつは……そうだなぁ。なんて説明したらいいかわからないけど、なんか黒かったな」
「腹黒いの?」
ティルが思ったことを素直に口に出した。
「いや、色が。まぁ、何考えてるのかよくわからないやつだったし、もしかしたら腹黒いのかもしれねえけどな」
「メタっちにもちゃんとお父さんがいるんだね。あれ、お母さん?」
「そういうアレじゃないんだよなー。まぁ、強いて言えば母体というかマザーというかクイーンというか……産み出す存在みたいな。そういうティルは?」
「ボクは記憶ないからわかんない」
「そうなんだよな……。俺はナープと一緒にいたから今でもよく覚えてるぞ、ティルを見つけたあのときのことを」
ウィルオンはかつてティルを見つけたときのことを説明し始めた。
話は冒頭に遡る。数年前、ティルは当時ウィルオンと共に父親を捜して各地をまわっていたナープに、偶然道端に倒れていたところを保護された。なぜそこに倒れていたのか、それ以前に何があったのかさえ全く覚えていなかった。さらに自分の名前すらもわからない様子だった。
ティルという名前はあくまで仮の名前だ。そう呼んでいるのはティル自身が、本当の名前ではないがティルと呼ばれていたような気がすると思い出したからに過ぎない。もしかしたらあだ名か何かなのかもしれないが、ティルの本当の名前は誰にもわからなかった。
ナープたちはティルを見つけた周囲の集落にティルのことを聞いてまわったが、不思議なことにティルの親はおろか、ティルのことを知っている者すら見つからなかった。ティルの正体は未だわからないままだ。
「きっとティル君も空から降ってきたのだ」
タネはかせが口を挿む。
「うーん、そうなのかなぁ。たしかに空っぽい色をしてるしなぁ」
ティルは大空の如く蒼い鱗を持つ仔竜だ。青いから空という考え方はあまりにも安直過ぎるが、たしかに自然界に青い生き物というのは珍しいものだ、少なくともこの地上の世界においては。だとすれば、空からやってきたという可能性も十分に考えられた。
「それに昔ティルが原種竜にさらわれたことがあったしな。……一体何者なんだ、ティルは?」
「それを言ったらウィルオン、おまえだってその竜に用があるみたいなことを言われてたじゃないか。おまえだって何者なんだ」
「知らねぇよ、俺は俺だ。きっと誰かと間違えたんじゃないか? そういえば、あのティルをさらった竜も蒼かったぞ。何か関係があるのか…」
親の話題はいつの間にかティルについての話題に変わっていた。
ティルの記憶は発見されてから数年を経ても未だに戻らない。これまで共に過ごしてきた”ティル”のことはみんながよく知っていたが、”本当のティル”のことについては誰もが知らなかった。
「なぁ、なんとかしてやれないかな」
リクがそう切り出した。リクは常々、ティルの記憶や親のことを気にしていた。
ナープが父親捜しに集中できるように、リクはティルのほうは自分に任せてもらってもかまわないと、水門の城の一件のあとでナープに提案した。ティルはリクによく懐いていたので、ナープもそれを快く承諾したのだった。
「私がさっき発明したこの新作『タチドコロニー・オモイダース』を試してみるのだ?」
タネはかせがまた怪しげな薬を取り出してみせるが、ウクツがそれを制止する。
「やめておけ。そういうのは薬でなんとかなるものじゃない。それに無理に思い出させるのはかえって負担になるだけだ」
「つまんな……いや、それは仕方ないのだ。じゃあ、とりあえずウィルオン君。はいこれ」
飲めと言わんばかりにタネはかせはウィルオンの鼻先にさっきのオモイダースを突き付ける。
「なんで俺なんだよ! それにタネはかせの薬じゃ、逆にもっとひどいことになりそうだけどな。ところで、ステイブルに来て思い出したんだけど、昔ここでウィーってやつに会ったよな。そういえばあいつ、ティルにちょっと似てたな。何か関係あるのか?」
ウィーはティルの鱗を赤くしたような姿をしていた。もしかしたら同じ種族の竜なのかもしれない。
「臭いを嗅いだだけでこの効き目! 効果抜群なのだ! ああ、やはり私は天才だ…」
勝手な解釈で一人で喜んでいるタネはかせを完全に無視してウクツが答える。
「ウィーはグランディア種の仔竜だったな。大地の加護を受けた種族だと言われている。しかし、グランディア竜からは蒼い鱗の竜は生まれないはずなのだが」
「突然変異とか?」
「可能性がないとは言えないが、なんとも言えないことも確かだ」
考えていても一向に答えは出なかった。やはりティルの正体はわからない。
「とりあえず、そのウィーに会いに行って話を聞いてみるのはどうだ? ワシらにはわからないが、グランディアたちには何かわかることがあるかもしれん」
それならば、とピエールがこの近くにグランディアの暮らすスノゥグランド村があることを教えてくれた。
スノゥグランド村はステイブルの近くに流れるフリー側を遡り、ステイブル北西のホワイトプラトウの山を登って行った先にある。ホワイトプラトウは年中雪が降り積もっている万年雪の大地だ。
「そういえばウィーのやつが去り際にそんな感じの名前の村を言ってたな。それからまた遊びに来いとも」
「ふむ、ちょうどいいじゃないか。ウィーのお袋さんの病気がよくなったのかも気になるところだ。行ってみようではないか、そのグランディアの村に」
「よし、行こう。スノゥグランド村に!」
こうしてリクたち一行はピエールに見送られて、グランディアの暮らすスノゥグランド村を目指してフリー川沿いを遡行しホワイトプラトウへと入山するのだった。
遥か上空、火竜の国ムスペ。
その入り口の雲のところには3匹の竜の姿があった。
「……終わった?」
ナープはうんざりしたような顔で、もう何度目かもわからない問いかけをサーフとクリアに送る。
「待ってったら! もう少し、あと10分。いや、5分でいいから! ここからが面白いところなんだから! それでそれで? そのあとフレイ王子はどうなったの!?」
「ふふふ、気になるー? しかーし、ここで場面はムスペ側に切り替わる! なんとこんどはムスペの王子が…」
クリアの『失われたケツァル国』講義はいつの間にか終わっていたらしい。そしてこんどはいつの間にか『失われた第3世界の伝説』講義が始まってしまっていた。正直言ってキリがない。
「あのな、サーフ。何度も言うけど僕たちは遊びに来たんじゃないんだ。そろそろ我慢の限界だ。もう置いてくぞ」
「そんなこと言うなよぉ。あとでムスペまんじゅうおごるからさぁ……。あっ、クリアごめん。なんだって? さっきのとこもっかいよろしく!」
「はぁ……」
全然だめだとため息をつく。とうとう陽も暮れてきてしまった。あれほどたくさんいたメーたちも蜘蛛の子を散らすかのようにどこかへ行ってしまった。サーフは慣れた様子で手近なメーを捕まえて、生のままでまるかじりしながらクリアの話を聴き入っている。あるいはメーが逃げてしまったのもこのせいか。自称メーマスターのクリアも、メーを食べられることには抵抗はないらしい。
「そういえばさぁ」
唐突にクリアが話しかけてきた。サーフに似て行動が読めないやつだ。仲良くなるのは類は友を呼ぶというやつだろうか。
「はいはい、こんどは何?」
「ナープとサーフはどうしてムスペに来たのかな、と思って。観光?」
すかさずサーフが答える。
「ムスペまんじゅうおいしいよね!」
それに呆れながらナープが答える。
「…………親を捜しに」
「ふーん。いなくなっちゃったの? なんか大変なんだね。わたしの知ってる竜かな。名前は?」
「フロウとオーシャン。オーシャン……母さんはもう死んだよ」
「あらら、なんかごめんね」
「そういうわけだから、僕たちは行かなくちゃならないんだ。ほら、サーフも遊んでる場合じゃないだろ。さっさとする!」
「えー、いいところだったのに。ナープが頑固でごめんね。じゃあクリア、またね」
ようやくサーフが動く気になってくれたサーフを引き連れてナープはムスペの入り口をくぐる。入国に審査や検問などはない。
ムスペの入り口は雲だ。ムスペの国を覆っている雲の上方が一部だけ薄くなっており、そこを突き抜けることでムスペの国内に入ることができる。そこが唯一の入り口であり出口だ。
その出入り口の真下にはムスペの大火山の火口が位置し、空の飛べない者がうっかりムスペに入ろうものなら火口に一直線で真っ逆さまだ。またムスペの内部は非常に高温で保たれていて、鱗を持たない生き物や熱に弱い生き物には辛い環境だ。そうした環境そのものがムスペへと寄り付ける者を既に選択し切り捨てている。その結果、ムスペの住民のほとんどは火竜に限定される。それゆえにここは火竜の国と呼ばれるのだ。かつては火竜以外の種族が暮らしていたこともあったが、今ではほとんど火竜しか見かけない。
今は大火山が活発化する時期であるのも原因だろう。こんな時期は観光客も熱に強い種族やサーフのような物好きぐらいだ。
「それにしても熱いな……。厳しい場所だ。これは僕たちでもあまり長くはもたないぞ。さすがにこんなところに父さんはいないか?」
「はい、ナープ。これ、深海で獲れる海メー。ちょっと生臭いけど、抱きしめるとひんやりして気持ちいいよ。喉が渇いたときは食べちゃえばおっけー」
「メェ~」
クリアに青いメーを手渡された。
「ああ、ありがとう…。ってクリア、ついて来たのか! 無理してついて来なくてもいいよ。クリアみたいにもふもふしてるとこういうところはキツそうだし」
「ううん、平気。わたしは火山に棲むメーを研究しにムスペに来たんだから。とくにこの時期じゃないと見られないような行動が観察できるかもしれないし、このくらいの暑さで参ってちゃメーマスターはやっていけないもの」
「へぇ…。けっこう熱心なんだな。そういう自分の目標にまっすぐなのはいいことだと思うよ。おい、サーフも少しはクリアを見習えよな」
そうサーフに言おうとして振り向いたがそこにサーフの姿はない。周囲を見渡すがどこにもサーフがいない。
「サーフならさっき、ムスペまんじゅうぅぅぅううう!! …って叫びながら飛んでっちゃったよ」
「あ、あいつぅぅぅううう!!」
こうして父親フロウと同時にサーフも見つける羽目に陥ってしまったナープなのであった。
もっとも、サーフはすぐにムスペまんじゅう屋であっさり見つかるのだが。
その入り口の雲のところには3匹の竜の姿があった。
「……終わった?」
ナープはうんざりしたような顔で、もう何度目かもわからない問いかけをサーフとクリアに送る。
「待ってったら! もう少し、あと10分。いや、5分でいいから! ここからが面白いところなんだから! それでそれで? そのあとフレイ王子はどうなったの!?」
「ふふふ、気になるー? しかーし、ここで場面はムスペ側に切り替わる! なんとこんどはムスペの王子が…」
クリアの『失われたケツァル国』講義はいつの間にか終わっていたらしい。そしてこんどはいつの間にか『失われた第3世界の伝説』講義が始まってしまっていた。正直言ってキリがない。
「あのな、サーフ。何度も言うけど僕たちは遊びに来たんじゃないんだ。そろそろ我慢の限界だ。もう置いてくぞ」
「そんなこと言うなよぉ。あとでムスペまんじゅうおごるからさぁ……。あっ、クリアごめん。なんだって? さっきのとこもっかいよろしく!」
「はぁ……」
全然だめだとため息をつく。とうとう陽も暮れてきてしまった。あれほどたくさんいたメーたちも蜘蛛の子を散らすかのようにどこかへ行ってしまった。サーフは慣れた様子で手近なメーを捕まえて、生のままでまるかじりしながらクリアの話を聴き入っている。あるいはメーが逃げてしまったのもこのせいか。自称メーマスターのクリアも、メーを食べられることには抵抗はないらしい。
「そういえばさぁ」
唐突にクリアが話しかけてきた。サーフに似て行動が読めないやつだ。仲良くなるのは類は友を呼ぶというやつだろうか。
「はいはい、こんどは何?」
「ナープとサーフはどうしてムスペに来たのかな、と思って。観光?」
すかさずサーフが答える。
「ムスペまんじゅうおいしいよね!」
それに呆れながらナープが答える。
「…………親を捜しに」
「ふーん。いなくなっちゃったの? なんか大変なんだね。わたしの知ってる竜かな。名前は?」
「フロウとオーシャン。オーシャン……母さんはもう死んだよ」
「あらら、なんかごめんね」
「そういうわけだから、僕たちは行かなくちゃならないんだ。ほら、サーフも遊んでる場合じゃないだろ。さっさとする!」
「えー、いいところだったのに。ナープが頑固でごめんね。じゃあクリア、またね」
ようやくサーフが動く気になってくれたサーフを引き連れてナープはムスペの入り口をくぐる。入国に審査や検問などはない。
ムスペの入り口は雲だ。ムスペの国を覆っている雲の上方が一部だけ薄くなっており、そこを突き抜けることでムスペの国内に入ることができる。そこが唯一の入り口であり出口だ。
その出入り口の真下にはムスペの大火山の火口が位置し、空の飛べない者がうっかりムスペに入ろうものなら火口に一直線で真っ逆さまだ。またムスペの内部は非常に高温で保たれていて、鱗を持たない生き物や熱に弱い生き物には辛い環境だ。そうした環境そのものがムスペへと寄り付ける者を既に選択し切り捨てている。その結果、ムスペの住民のほとんどは火竜に限定される。それゆえにここは火竜の国と呼ばれるのだ。かつては火竜以外の種族が暮らしていたこともあったが、今ではほとんど火竜しか見かけない。
今は大火山が活発化する時期であるのも原因だろう。こんな時期は観光客も熱に強い種族やサーフのような物好きぐらいだ。
「それにしても熱いな……。厳しい場所だ。これは僕たちでもあまり長くはもたないぞ。さすがにこんなところに父さんはいないか?」
「はい、ナープ。これ、深海で獲れる海メー。ちょっと生臭いけど、抱きしめるとひんやりして気持ちいいよ。喉が渇いたときは食べちゃえばおっけー」
「メェ~」
クリアに青いメーを手渡された。
「ああ、ありがとう…。ってクリア、ついて来たのか! 無理してついて来なくてもいいよ。クリアみたいにもふもふしてるとこういうところはキツそうだし」
「ううん、平気。わたしは火山に棲むメーを研究しにムスペに来たんだから。とくにこの時期じゃないと見られないような行動が観察できるかもしれないし、このくらいの暑さで参ってちゃメーマスターはやっていけないもの」
「へぇ…。けっこう熱心なんだな。そういう自分の目標にまっすぐなのはいいことだと思うよ。おい、サーフも少しはクリアを見習えよな」
そうサーフに言おうとして振り向いたがそこにサーフの姿はない。周囲を見渡すがどこにもサーフがいない。
「サーフならさっき、ムスペまんじゅうぅぅぅううう!! …って叫びながら飛んでっちゃったよ」
「あ、あいつぅぅぅううう!!」
こうして父親フロウと同時にサーフも見つける羽目に陥ってしまったナープなのであった。
もっとも、サーフはすぐにムスペまんじゅう屋であっさり見つかるのだが。