魔竜。それは罪。
存在するだけで罪。
魔竜は存在してはならない。
封印されなければならない。
それが天竜の役目。そして俺の役目。
オーシャン様の無念を晴らすためにも――
存在するだけで罪。
魔竜は存在してはならない。
封印されなければならない。
それが天竜の役目。そして俺の役目。
オーシャン様の無念を晴らすためにも――
Chapter13「天竜の役目」
「ティルをこちらに渡せ、リク」
天竜の遺志を継いだ次なる黒き天竜は、その役目を果たすべく迫る。
ティル、すなわち魔竜リムリプスに。冷徹に。
何も知らずに眠るティルを、渡すまいとしてリクは庇うように抱え込む。
「ティルをどうするつもりだ、親父」
「無論、封印する。魔竜は危険な存在だ」
「ティルはそんな悪いやつじゃない。俺が一番よく知ってる! ストラグルとは違う!」
「おまえが知っているのは”ティル”だ。魔竜リムリプスじゃない」
ラルガの手によって復活させられた黒き魔竜ストラグルは、世界を滅ぼし新たな世界を創ると言っていた。
たしかに黒竜の意向は危険なものだった。かつて初代ケツァル王が反対し、封印したのも納得できる話だ。
黒竜の他に封印された魔竜は、フェギオン、メロフィス、そしてリムリプスがいる。この魔竜たちがどういった理由で封印されたのかは知らない。しかしそれは、あくまでケツァルの意向に対抗していたから封印されてしまったのであって、それが黒竜同様に全てが危険な思想であったがゆえのものかどうかは、初代ケツァルの死んでしまった今となってはもうわからない。
「たしかに俺はリムリプスなんて知らねえよ…。でも、だからそれがなんだって言うんだよ! ティルはティルだ。たとえ正体が魔竜だろうとティルはティルだ! 俺たちが知っているティルが、俺たちにとってのティルの全てなんだ!」
失われてしまった過去は、受け継がれなかった遺志は既に闇の向こう。もはや誰にも知ることはできない。
その闇の箱に捕らわれてしまった事実は、もはや真実としての姿を失ってしまう。そう、闇に呑み込まれて。
その漆黒の闇箱、すなわちブラックボックスの中身は答えを知らないものには決してわからない。できるのは、その中身の姿をあれこれ想像することだけだ。
時にはその想像が真実に限りなく近い姿になることもあるだろう。しかし、それが本当に真実なのかどうかを確かめる術はどこにも存在しない。なぜなら、もう誰もその箱の中身の答えを知る者がいないからだ。
あらゆる見解はすべて仮説でしかなく、そしてその確証はどこにも存在しない。永遠に。
「ティルが魔竜だというのは認めるさ。目の前で実際に見たからな。でも、ティルが危険な存在だという証拠はどこにもない! そんな素振りを見せたことはない!」
「見たことがないからと言って、絶対にないとは言えない。『ない』という証拠こそ、どこにも存在しない」
「だけど『ある』という証拠だってない! それとも親父はティルが危険だと言えるほどの光景を見たことがあるとでもいうのか!?」
たとえそれがどんなに信じ難いことであろうと、それが目の前で実際に起こったとなればそれは信じざるを得ない。自分の目を通して見た事実を世の中が『ない』と断言しようとも、少なくとも自分の中ではそれが真実となる。
「……ある」
たとえ誰も信じようとしなくても、己の中ではそれは紛れもない絶対の事実。真実なのだ。
「魔竜リムリプスは俺の師匠……オーシャン様を殺したんだ」
ゼロの瞳が憎しみに揺れる。
「嘘だ! ティルが誰かを殺したなんて…」
「俺が見た。実際に! この目で!!」
「そんな…。何かの間違いだ!」
「なんなら、そのときの光景を事細かに説明してやることもできる」
「まさか…! ティルが……そんな!」
まるで闇の底に突き落とされたかのようだった。
目の前が暗黒に染まる。俺にはもう何も見えない。
ティルがなんだって。誰を殺したって。しかも、親父はそれを目の前で見ているという。
魔竜リムリプスとは何者なんだ。ティルの中に、まだ俺の知らないティルが潜んでいるというのだろうか。
――知らない。俺はまだまだティルを知らなさすぎる。
「それが魔竜リムリプスの正体なんだ。わかったら早くティルを渡せ」
目の前に黒が迫る。俺にはもう黒しか見えない。
「……知らない」
「そうだ。おまえはリムリプスの危険性を知らないんだ。俺はおまえを心配して言ってるんだ。だから、早くティルを渡すんだ」
「リムリプスなんて知らない! 俺が知っているのは”ティル”なんだ!!」
過去は過去でしかない。
事実はもう変わらない。答えはもう変わらない。変わらないその一点こそが真実というもの。
しかし、失われた過去の真実は誰にも知り得ない。近づくことはできても、誰も本当の答えを知ることはできない。それが正しいのかどうか、誰もブラックボックスの中を確かめることができないからだ。
「俺はティルを信じる。ティルは危険な存在なんかじゃない。だからティルを渡せない」
「よく考え直せ、リク。目に見えるものだけが全てじゃない。まして、見えるもの全てが正しいとは限らないぞ」
「いやだ。ティルは渡せない」
「……もう一度だけ聞く。ティルを渡せ」
「断る!」
黒き天竜は大きく息を吐くと、仕方なさそうに言った。
「だったら力ずくでも奪うしかないみたいだな。これは天竜の役目なんだ。……悪く思うなよ」
天竜の遺志を継いだ次なる黒き天竜は、その役目を果たすべく迫る。
ティル、すなわち魔竜リムリプスに。冷徹に。
何も知らずに眠るティルを、渡すまいとしてリクは庇うように抱え込む。
「ティルをどうするつもりだ、親父」
「無論、封印する。魔竜は危険な存在だ」
「ティルはそんな悪いやつじゃない。俺が一番よく知ってる! ストラグルとは違う!」
「おまえが知っているのは”ティル”だ。魔竜リムリプスじゃない」
ラルガの手によって復活させられた黒き魔竜ストラグルは、世界を滅ぼし新たな世界を創ると言っていた。
たしかに黒竜の意向は危険なものだった。かつて初代ケツァル王が反対し、封印したのも納得できる話だ。
黒竜の他に封印された魔竜は、フェギオン、メロフィス、そしてリムリプスがいる。この魔竜たちがどういった理由で封印されたのかは知らない。しかしそれは、あくまでケツァルの意向に対抗していたから封印されてしまったのであって、それが黒竜同様に全てが危険な思想であったがゆえのものかどうかは、初代ケツァルの死んでしまった今となってはもうわからない。
「たしかに俺はリムリプスなんて知らねえよ…。でも、だからそれがなんだって言うんだよ! ティルはティルだ。たとえ正体が魔竜だろうとティルはティルだ! 俺たちが知っているティルが、俺たちにとってのティルの全てなんだ!」
失われてしまった過去は、受け継がれなかった遺志は既に闇の向こう。もはや誰にも知ることはできない。
その闇の箱に捕らわれてしまった事実は、もはや真実としての姿を失ってしまう。そう、闇に呑み込まれて。
その漆黒の闇箱、すなわちブラックボックスの中身は答えを知らないものには決してわからない。できるのは、その中身の姿をあれこれ想像することだけだ。
時にはその想像が真実に限りなく近い姿になることもあるだろう。しかし、それが本当に真実なのかどうかを確かめる術はどこにも存在しない。なぜなら、もう誰もその箱の中身の答えを知る者がいないからだ。
あらゆる見解はすべて仮説でしかなく、そしてその確証はどこにも存在しない。永遠に。
「ティルが魔竜だというのは認めるさ。目の前で実際に見たからな。でも、ティルが危険な存在だという証拠はどこにもない! そんな素振りを見せたことはない!」
「見たことがないからと言って、絶対にないとは言えない。『ない』という証拠こそ、どこにも存在しない」
「だけど『ある』という証拠だってない! それとも親父はティルが危険だと言えるほどの光景を見たことがあるとでもいうのか!?」
たとえそれがどんなに信じ難いことであろうと、それが目の前で実際に起こったとなればそれは信じざるを得ない。自分の目を通して見た事実を世の中が『ない』と断言しようとも、少なくとも自分の中ではそれが真実となる。
「……ある」
たとえ誰も信じようとしなくても、己の中ではそれは紛れもない絶対の事実。真実なのだ。
「魔竜リムリプスは俺の師匠……オーシャン様を殺したんだ」
ゼロの瞳が憎しみに揺れる。
「嘘だ! ティルが誰かを殺したなんて…」
「俺が見た。実際に! この目で!!」
「そんな…。何かの間違いだ!」
「なんなら、そのときの光景を事細かに説明してやることもできる」
「まさか…! ティルが……そんな!」
まるで闇の底に突き落とされたかのようだった。
目の前が暗黒に染まる。俺にはもう何も見えない。
ティルがなんだって。誰を殺したって。しかも、親父はそれを目の前で見ているという。
魔竜リムリプスとは何者なんだ。ティルの中に、まだ俺の知らないティルが潜んでいるというのだろうか。
――知らない。俺はまだまだティルを知らなさすぎる。
「それが魔竜リムリプスの正体なんだ。わかったら早くティルを渡せ」
目の前に黒が迫る。俺にはもう黒しか見えない。
「……知らない」
「そうだ。おまえはリムリプスの危険性を知らないんだ。俺はおまえを心配して言ってるんだ。だから、早くティルを渡すんだ」
「リムリプスなんて知らない! 俺が知っているのは”ティル”なんだ!!」
過去は過去でしかない。
事実はもう変わらない。答えはもう変わらない。変わらないその一点こそが真実というもの。
しかし、失われた過去の真実は誰にも知り得ない。近づくことはできても、誰も本当の答えを知ることはできない。それが正しいのかどうか、誰もブラックボックスの中を確かめることができないからだ。
「俺はティルを信じる。ティルは危険な存在なんかじゃない。だからティルを渡せない」
「よく考え直せ、リク。目に見えるものだけが全てじゃない。まして、見えるもの全てが正しいとは限らないぞ」
「いやだ。ティルは渡せない」
「……もう一度だけ聞く。ティルを渡せ」
「断る!」
黒き天竜は大きく息を吐くと、仕方なさそうに言った。
「だったら力ずくでも奪うしかないみたいだな。これは天竜の役目なんだ。……悪く思うなよ」
「ここは…?」
ティルはただ独り闇の中を漂っていた。
光も影も何もない。上も下もわからない。
ただ何もない漆黒の空間の中にティルだけが浮かんでいた。
仲間の姿を捜してその名を呼ぶ。リクを呼ぶ。しかし、声は闇の向こうに吸い込まれていくだけだ。
「うっ…!?」
ふと、眼下が明るくなった。
見覚えのある影がそこにある。
アキレア竜の姿がふたつ。ホーンディアの竜人族の姿がひとつ。
「リク? それに、ナープ?! もう一人は…」
仲間を期待してその影に近寄るティル。だが、それはティルの期待したようなものではなかった。
「違う。リクじゃない、ナープじゃない! あれは…」
目の前に立つのはナープによく似た紫鱗の竜、リクによく似た黒鱗の竜人族。
そしてエメラルドグリーンの鱗に海を思わせるような鮮やかな青いたてがみを持つ、紅い目のアキレア竜。
「オーシャン様! リムリプスです!」
黒い竜人族が言った。
「ええ、わかってるわ。魔竜リムリプス。あなたに恨みはありませんが、あなたを封印させていただきます。これも天竜の役目、どうか悪く思わないでください」
オーシャンと呼ばれた青髪の竜がそう続ける。
「気をつけろ、オーシャン。こいつはフェギオンやメロフィスよりも手強そうだ」
紫鱗の竜が庇うようにオーシャンの前に出る。
「おい、フロウ。オーシャン様を護るのはこの俺だ」
「何言ってやがる。妻を守るのは夫として当然だろ」
「ちっ……やれやれ。まったくお熱いねぇ。ゼロさん羨ましすぎて泣けてくらぁ」
「二人とも、遊んでないで気を引き締めて! 来るわよ!!」
「「おう!」」
オーシャン、フロウ、ゼロが向かってティルと対峙する。
(ああ、そうか。これは…)
ティルにはこの光景に見覚えがあった。
これは天竜オーシャンが魔竜リムリプスを封印するために挑んだ運命の日。記憶に残る、魔竜としての最後の日だ。
自身をよく見ると、いつの間にか魔竜の姿になっている。
こうして天竜のリムリプス封印の戦いが始まった。そして因縁が始まったのだ。
戦いは夜を越えて朝まで続いた。この戦いが原因でティルは不完全な封印を受けて記憶を失い、オーシャンは力を使い果たしてこの世を去ることになる。
(これは僕の見ている夢だろうか。それとも――)
天竜たちから攻撃が飛んでくる。痛みはある。
(もしここで行動を変えれば、未来は変えられるんだろうか)
しかし、そんな意思とは反対に身体はかつてあった事実に忠実に動く。過去は変えられない。
ゼロが跳躍、魔竜の頭に飛び乗る。リムリプスはそれを振り払う。
(でも、これは陽動だった…)
頭上に気を取られた隙に文字通り足下をすくわれる。フロウの土魔法で足下の地面が隆起し、蒼き魔竜を横倒しにした。そこに力を溜めていたオーシャンからの一撃が襲う。
意識が朦朧とする。身体の自由が効かない。
何が起こったのか理解できず、混乱した魔竜は手当たり次第に暴れた。
意識が途切れる寸前に誰かの悲鳴が聴こえたような気がした。
それ以降の記憶はない。覚えているのはここまでだ。
そして辺りは再び何もない闇の空間に戻った。
「やはり僕は……」
魔竜リムリプスはただ独り闇の中を漂っていた。
ティルはただ独り闇の中を漂っていた。
光も影も何もない。上も下もわからない。
ただ何もない漆黒の空間の中にティルだけが浮かんでいた。
仲間の姿を捜してその名を呼ぶ。リクを呼ぶ。しかし、声は闇の向こうに吸い込まれていくだけだ。
「うっ…!?」
ふと、眼下が明るくなった。
見覚えのある影がそこにある。
アキレア竜の姿がふたつ。ホーンディアの竜人族の姿がひとつ。
「リク? それに、ナープ?! もう一人は…」
仲間を期待してその影に近寄るティル。だが、それはティルの期待したようなものではなかった。
「違う。リクじゃない、ナープじゃない! あれは…」
目の前に立つのはナープによく似た紫鱗の竜、リクによく似た黒鱗の竜人族。
そしてエメラルドグリーンの鱗に海を思わせるような鮮やかな青いたてがみを持つ、紅い目のアキレア竜。
「オーシャン様! リムリプスです!」
黒い竜人族が言った。
「ええ、わかってるわ。魔竜リムリプス。あなたに恨みはありませんが、あなたを封印させていただきます。これも天竜の役目、どうか悪く思わないでください」
オーシャンと呼ばれた青髪の竜がそう続ける。
「気をつけろ、オーシャン。こいつはフェギオンやメロフィスよりも手強そうだ」
紫鱗の竜が庇うようにオーシャンの前に出る。
「おい、フロウ。オーシャン様を護るのはこの俺だ」
「何言ってやがる。妻を守るのは夫として当然だろ」
「ちっ……やれやれ。まったくお熱いねぇ。ゼロさん羨ましすぎて泣けてくらぁ」
「二人とも、遊んでないで気を引き締めて! 来るわよ!!」
「「おう!」」
オーシャン、フロウ、ゼロが向かってティルと対峙する。
(ああ、そうか。これは…)
ティルにはこの光景に見覚えがあった。
これは天竜オーシャンが魔竜リムリプスを封印するために挑んだ運命の日。記憶に残る、魔竜としての最後の日だ。
自身をよく見ると、いつの間にか魔竜の姿になっている。
こうして天竜のリムリプス封印の戦いが始まった。そして因縁が始まったのだ。
戦いは夜を越えて朝まで続いた。この戦いが原因でティルは不完全な封印を受けて記憶を失い、オーシャンは力を使い果たしてこの世を去ることになる。
(これは僕の見ている夢だろうか。それとも――)
天竜たちから攻撃が飛んでくる。痛みはある。
(もしここで行動を変えれば、未来は変えられるんだろうか)
しかし、そんな意思とは反対に身体はかつてあった事実に忠実に動く。過去は変えられない。
ゼロが跳躍、魔竜の頭に飛び乗る。リムリプスはそれを振り払う。
(でも、これは陽動だった…)
頭上に気を取られた隙に文字通り足下をすくわれる。フロウの土魔法で足下の地面が隆起し、蒼き魔竜を横倒しにした。そこに力を溜めていたオーシャンからの一撃が襲う。
意識が朦朧とする。身体の自由が効かない。
何が起こったのか理解できず、混乱した魔竜は手当たり次第に暴れた。
意識が途切れる寸前に誰かの悲鳴が聴こえたような気がした。
それ以降の記憶はない。覚えているのはここまでだ。
そして辺りは再び何もない闇の空間に戻った。
「やはり僕は……」
魔竜リムリプスはただ独り闇の中を漂っていた。
「やめるんだ、おまえたち!」
ウクツが我が子に、我が孫に向かって叫ぶ。
しかしゼロもリクもその言葉を聞き入れることはなく、互いに己の意地をかけて競い合う。
「俺はティルを信じる。ティルは渡さない!」
「ならば俺はオーシャン様を信じる。魔竜は封印する!」
二人の竜人族が争い合う。黒鱗と翠鱗がぶつかり合う。
(ああ、やはり良くないことが起こってしまった)
スノゥグランド村の温泉宿でウクツが感じていた胸騒ぎが、言いようのない不安がこうして現実になってしまった。
あのとき、温泉の水面には上弦の月が映っていた。
月の光を反射している面が、月の陰の面を呑み込もうとしている。しかしその光は影に比べてまだまだ小さくおぼろげで、どこか不安や自信のなさを表しているようにも見えた。
直に月は満ちて、夜空に明るく光を灯すことだろう。しかしそれも束の間の出来事。十六夜の月を過ぎて、月の影はまた再び姿を現す。影は徐々に光を呑み込んでいき、最後には朔の新月の空に戻ってしまう。
果たして今宵の月はどんな様相だったか。
意識を目前へと戻す。
ティルを奪われまいと庇いながら戦うリクのほうが劣勢のように見えた。
「加勢するべき?」とウィザ。
おそらくウィザが言う加勢はリクを助けるという意味だ。
ウクツとしてもリク同様、ティルとともに2年近くを過ごしてきたので気持ちは同じだ。だがゼロの言うこともわかる。
ゼロももう幼い子どもではない。ティルが魔竜だというのならば、そしてそれを封印することが仕事だというのならば、自分は余計な邪魔を入れるべきではないこともわかっている。また親としてそれを応援してやりたい気持ちもある。
どちらにも味方してやりたい。しかし二人の意見は真っ向から反対している。
葛藤だった。
戦っているのは自分の息子と孫なのだ。どちらを敵にすることもウクツにはできなかった。
「ワシは……どうすればいいのかわからんよ…」
ゼロはストラグルとの戦いで力を消耗していた。しかしそれでいても、ティルを庇っているリクには劣らなかった。
ティルを奪おうとゼロが飛びかかる。
それを身軽にかわすと、リクは砂を撒いて視界を遮りつつゼロから距離をとる。
するとゼロは砂中に潜りリクの目前へと先回りする。
その行動を読んですでに逃げる方向を変えているリクだが、さらにそれを読んでいたゼロの手には遺跡の瓦礫が。
投げられた瓦礫が積み重なり壁を成してリクの逃げ道を遮る。徐々に逃げ場を失い追い詰められていくリク。
「だめだ、このままじゃ捕まっちゃう!」
瓦礫の壁を爆発の魔法で吹き飛ばそうとするウィザ。しかし、ゼロはそれに目を光らせる。
「邪魔するな! これは俺たち親子の問題だ」
「ひゃっ」
飛んできた鉄骨がウィザの目の前に突き立った。
「ど、どうすればいいの?」
「ワシにはわからんよ…」
ただリクとゼロ、二人の戦いを誰もが黙って見ていることしかできなかった。
「あれだ。これは男と男の戦いってやつだぞ。漢と書いてオトコと読むってやつだ。痺れるねぇ」
メタメタだけが楽しそうだった。
ウクツが我が子に、我が孫に向かって叫ぶ。
しかしゼロもリクもその言葉を聞き入れることはなく、互いに己の意地をかけて競い合う。
「俺はティルを信じる。ティルは渡さない!」
「ならば俺はオーシャン様を信じる。魔竜は封印する!」
二人の竜人族が争い合う。黒鱗と翠鱗がぶつかり合う。
(ああ、やはり良くないことが起こってしまった)
スノゥグランド村の温泉宿でウクツが感じていた胸騒ぎが、言いようのない不安がこうして現実になってしまった。
あのとき、温泉の水面には上弦の月が映っていた。
月の光を反射している面が、月の陰の面を呑み込もうとしている。しかしその光は影に比べてまだまだ小さくおぼろげで、どこか不安や自信のなさを表しているようにも見えた。
直に月は満ちて、夜空に明るく光を灯すことだろう。しかしそれも束の間の出来事。十六夜の月を過ぎて、月の影はまた再び姿を現す。影は徐々に光を呑み込んでいき、最後には朔の新月の空に戻ってしまう。
果たして今宵の月はどんな様相だったか。
意識を目前へと戻す。
ティルを奪われまいと庇いながら戦うリクのほうが劣勢のように見えた。
「加勢するべき?」とウィザ。
おそらくウィザが言う加勢はリクを助けるという意味だ。
ウクツとしてもリク同様、ティルとともに2年近くを過ごしてきたので気持ちは同じだ。だがゼロの言うこともわかる。
ゼロももう幼い子どもではない。ティルが魔竜だというのならば、そしてそれを封印することが仕事だというのならば、自分は余計な邪魔を入れるべきではないこともわかっている。また親としてそれを応援してやりたい気持ちもある。
どちらにも味方してやりたい。しかし二人の意見は真っ向から反対している。
葛藤だった。
戦っているのは自分の息子と孫なのだ。どちらを敵にすることもウクツにはできなかった。
「ワシは……どうすればいいのかわからんよ…」
ゼロはストラグルとの戦いで力を消耗していた。しかしそれでいても、ティルを庇っているリクには劣らなかった。
ティルを奪おうとゼロが飛びかかる。
それを身軽にかわすと、リクは砂を撒いて視界を遮りつつゼロから距離をとる。
するとゼロは砂中に潜りリクの目前へと先回りする。
その行動を読んですでに逃げる方向を変えているリクだが、さらにそれを読んでいたゼロの手には遺跡の瓦礫が。
投げられた瓦礫が積み重なり壁を成してリクの逃げ道を遮る。徐々に逃げ場を失い追い詰められていくリク。
「だめだ、このままじゃ捕まっちゃう!」
瓦礫の壁を爆発の魔法で吹き飛ばそうとするウィザ。しかし、ゼロはそれに目を光らせる。
「邪魔するな! これは俺たち親子の問題だ」
「ひゃっ」
飛んできた鉄骨がウィザの目の前に突き立った。
「ど、どうすればいいの?」
「ワシにはわからんよ…」
ただリクとゼロ、二人の戦いを誰もが黙って見ていることしかできなかった。
「あれだ。これは男と男の戦いってやつだぞ。漢と書いてオトコと読むってやつだ。痺れるねぇ」
メタメタだけが楽しそうだった。
堆く積まれた瓦礫の壁が四方を取り囲む。
完全に追い込まれてしまった。
「もう逃げ場はないぞ」
その瓦礫の壁の上からゼロの声が降ってくる。
「くそっ…!」
瓦礫をどけて逃げ道を作ろうにも、リクの力ではそれを持ち上げることは適わなかった。
見上げると、持ち上げようとした瓦礫の積み重なった壁の上にゼロの影が見えた。逆光で表情はよく見えない。真っ直ぐに陽の光が差し込んできて、思わず目を閉じてしまう。
「これが結果だ」
次の瞬間には手元からティルが消えていた。
反対側の瓦礫の壁の上には、ティルを小脇に抱えたゼロの姿があった。
「ティル!!」
「……わかってくれ、リク」
「ま、待ってくれ!」
するとちょうどその時、ようやくティルが意識を取り戻した。
「う、う……ん。リク? それに……ゼロか。これはどういうこと?」
「そうだ、大事なことを忘れていたじゃないか親父。ティルの意思はどうなるんだよ。ティルだって封印されることは望まないはずだ。そうだろう、ティル!?」
ティルに向かって叫ぶ。
状況を把握したティルは悲しそうに言った。
「ありがとう、リク。でも僕は……魔竜だ。だから封印されなくちゃならないんだ」
「ティル……!? 何を言ってるんだ!」
「リクも見たはずだよ。ストラグルが暴れてたんだね、気配でわかる。この黒い気は間違いなくアイツだ。見ての通り、魔竜は大きな力を持つ。世界をめちゃくちゃにしかねない程のね。危険な存在なんだよ。だから……」
「ティル!! 違う、ティルはあいつとは違う! たしかに魔竜かもしれないけど、ティルはその力を悪用したりなんかしないだろ!?」
「僕がそうしなくても、それを利用しようと考えるやつはいる。ラルガみたいにね。昔にもそうやって僕の力を利用しようとしたやつがたくさん来た。僕の力を巡ってたくさん戦争が起きた。たくさんの命が失われていった。……いやなんだ。もううんざりなんだよ。だから……そんな力なんてないほうがいいんだ」
ティルは……いや、魔竜リムリプスは力なく言った。
「本人もこう言ってる。話はついたな」
「なんでだよ…。どうしてだよ、ティル!? おまえは何も悪くないじゃないか! 悪いのは周りのやつらじゃないか! なのにどうしておまえが封印されなくちゃならないんだ!!」
想いの限りにリクは叫んだ。
しかし、その想いがティルの心に届くことはなかった。
完全に追い込まれてしまった。
「もう逃げ場はないぞ」
その瓦礫の壁の上からゼロの声が降ってくる。
「くそっ…!」
瓦礫をどけて逃げ道を作ろうにも、リクの力ではそれを持ち上げることは適わなかった。
見上げると、持ち上げようとした瓦礫の積み重なった壁の上にゼロの影が見えた。逆光で表情はよく見えない。真っ直ぐに陽の光が差し込んできて、思わず目を閉じてしまう。
「これが結果だ」
次の瞬間には手元からティルが消えていた。
反対側の瓦礫の壁の上には、ティルを小脇に抱えたゼロの姿があった。
「ティル!!」
「……わかってくれ、リク」
「ま、待ってくれ!」
するとちょうどその時、ようやくティルが意識を取り戻した。
「う、う……ん。リク? それに……ゼロか。これはどういうこと?」
「そうだ、大事なことを忘れていたじゃないか親父。ティルの意思はどうなるんだよ。ティルだって封印されることは望まないはずだ。そうだろう、ティル!?」
ティルに向かって叫ぶ。
状況を把握したティルは悲しそうに言った。
「ありがとう、リク。でも僕は……魔竜だ。だから封印されなくちゃならないんだ」
「ティル……!? 何を言ってるんだ!」
「リクも見たはずだよ。ストラグルが暴れてたんだね、気配でわかる。この黒い気は間違いなくアイツだ。見ての通り、魔竜は大きな力を持つ。世界をめちゃくちゃにしかねない程のね。危険な存在なんだよ。だから……」
「ティル!! 違う、ティルはあいつとは違う! たしかに魔竜かもしれないけど、ティルはその力を悪用したりなんかしないだろ!?」
「僕がそうしなくても、それを利用しようと考えるやつはいる。ラルガみたいにね。昔にもそうやって僕の力を利用しようとしたやつがたくさん来た。僕の力を巡ってたくさん戦争が起きた。たくさんの命が失われていった。……いやなんだ。もううんざりなんだよ。だから……そんな力なんてないほうがいいんだ」
ティルは……いや、魔竜リムリプスは力なく言った。
「本人もこう言ってる。話はついたな」
「なんでだよ…。どうしてだよ、ティル!? おまえは何も悪くないじゃないか! 悪いのは周りのやつらじゃないか! なのにどうしておまえが封印されなくちゃならないんだ!!」
想いの限りにリクは叫んだ。
しかし、その想いがティルの心に届くことはなかった。
「……ごめんね。リク」
空から数頭の飛竜が現れる。天竜を迎えに来た親衛隊たちだ。
天竜はそのうちの一頭、火砕竜の背に跳び乗る。それを確認すると親衛隊たちは再び空へと飛び立った。
蒼き魔竜は天竜に素直に従い、そのまま遥か上空へと連れられて行ってしまった。
その場には空を見つめるリクの姿だけが取り残されていた。
既に空にはティルの姿はない。
親衛隊たちの姿は雲の向こうへと消えた。
空は曇天、魔竜リムリプスと同様の蒼鈍色をしていた。
「なんで……どうしてだよ。どうしてだ、親父…! どうしてだ、ティル……!!」
砂漠には久方ぶりの雨が降った。
天竜はそのうちの一頭、火砕竜の背に跳び乗る。それを確認すると親衛隊たちは再び空へと飛び立った。
蒼き魔竜は天竜に素直に従い、そのまま遥か上空へと連れられて行ってしまった。
その場には空を見つめるリクの姿だけが取り残されていた。
既に空にはティルの姿はない。
親衛隊たちの姿は雲の向こうへと消えた。
空は曇天、魔竜リムリプスと同様の蒼鈍色をしていた。
「なんで……どうしてだよ。どうしてだ、親父…! どうしてだ、ティル……!!」
砂漠には久方ぶりの雨が降った。