Chapter22「ケツァル正規軍」
翌朝、ホワイトプラトウの洞窟でリクが目を覚ますとそこにティルの姿はなかった。
戻ってきたリシェやウィザ、ナープたちもそれに驚いた。
「リク! 何があったんだよ!?」
「わからない。起きたときにはもういなくなっていた…」
「ティル、どうして…」
リクは知らなかった。
夜の間にティルが自分を残して去ってしまったことも。
銀色のしずくが月に照らされて光っていたことも。
「ティルは何か言ってなかったの?」
記憶を必死に呼び起こそうとする。
しかし昨日はティルに対して感情的になっていたせいで、うまく思い出すことができない。
「たしか……自分のせいで俺たちを苦しめたくないというようなことを言ってたような」
「そんな! ボクたちはただティルのことを思って…!!」
せっかく助け出したのに、とウィザは悔しそうな、そして哀しそうな複雑な表情で叫んだ。
そんなウィザにクリアは言った。
「もしかしたら…。それが辛かったんじゃないかな、ティルにとって」
「どういうこと?」
「このままだと、リクはお父さんと戦わなくちゃならないよね。それにムスペと敵対するならナープやサーフだって、お父さんやお兄さんと……。それだけじゃないよ。ゼロはケツァル王国の家臣なんでしょ。ということは、もしかしたら王様のウィルオンとも闘うことになるかもしれない。そうやってわたしたちがばらばらになってしまうのが、きっとティルは嫌だったんだよ」
「だからって黙っていなくなっちゃうなんて…。そんなの冷たいじゃないか!」
「それがティルなりの優しさだったんだよ…」
誰も何も言えなかった。
ティル自身はずっと自分は封印されるほうがいいと言い続けてきた。
それにも関わらず自分たちはティルを救おうとしてきたのだ。
もちろんそれはティルのことを思っての行動だったが、それは自分の意思の押し付けであるとも見れる。
ティルを救おうとすることがティルには負担だったのだろうか。
ティルを救おうという考えそのものが間違っていたのだろうか。
「間違ってるもんか!」
ウィザが叫んだ。
「たしかにティルは助けてくれとは言ってない。封印されたほうがいいとさえ言ってるよ。でも、それだってティルの意見の押し付けと考えることができるじゃないか。自分の主張を遠慮してちゃ何もできないよ! ティルが封印されてしまうことが本当に良いことのはずがない! そんなのハッピーエンドじゃない!!」
ティルは頑なに、自分を犠牲にしてでも仲間の幸せを願っていた。
親子で争うことのないように。ムスペやケツァル王国を敵に回してしまわないように。
そうすることで全てが丸く収まるのだと信じて。
しかし、そんなことになってもウィザたちは決して幸せにはならない。
大切な友達の犠牲の上に立つ幸せなど虚構に過ぎないのだ。
「ウィザの言うとおりだ」
ナープが続けて言った。
「目に見えるものだけが全てじゃないんだ。ティルは僕たちのことを心配して、助けてと言えないだけなのかもしれない。助けられるかもしれない仲間を目の前で見捨てる方法なんてあるわけがない」
バルハラの牢に閉じめられていたティルの姿を実際に見ているウィザとナープ。
その目に映ったのは運命に屈しているティルの姿だった。
ティルの本心は封印されることを望んでいない。
仲間のためを思ってわざと封印されようとしている。二人にはそう見えた。
「こんなことで諦めてどうするんだ! まだティルが封印されたと決まったわけじゃない。悩むよりまずは動くんだろ、リク!?」
「他にティルは何か言ってなかったの? もしかしたら、どこへ行ったのかわかる手掛かりがあるかも!」
「そ、そうだな。まだ、終わったわけじゃない…!」
必死にティルとの会話を思い出そうと試みる。
そして気付いた。気付いてしまった。
ティルが大変なことを言っていたことに。
「あ……あぁああぁぁああぁっ!!!」
リクの顔色がさっと変わる。
「ど、どうしたんだ!?」
記憶に残る最後のティルはこう言っていた。
『僕はもう十分幸せを味わったよ。もう思い残すことはない。だからリクたちも、もうそんなに僕のことで苦しまなくていいんだよ』
もう思い残すことはない――
さらにリクの記憶に残らないところで蒼銀色の魔竜は最後の言葉を送っていた。
さよなら――と。
「ま、まさか。ティルのやつ死ぬ気なのか!?」
「あるいは自ら封印されに行ったのかも…」
もはや一刻の猶予もなかった。
「大変だ! 早くティルを見つけないと!!」
リシェがティルの臭いを追うが、
「だめだ。臭いを辿ってみたけど、すぐそこで途切れてる」
魔竜の姿に戻り、月の向こうへと飛んで行ったティルの行方はつかめない。
「ウィザ、砂漠のときの魔法は!?」
「これもだめみたいだ。ティルのほうから自分を隠す魔法を使ってるみたいだ。やってるけど全然見つからない」
空間を操るリムリプスにとって、自身の姿を隠すのは簡単なことだった。
「他に方法はないのか!?」
考えられ得るあらゆる方法を試した。
しかし、それでもティルの行方はつかめなかった。
時間だけが刻一刻と過ぎてゆく。
こうしてるうちにもティルが……。
万策は尽きた。誰もが絶望しかけたそのときだった。
「はっはっはー。待たせたな! どうやら私の出番のようなのだ!」
「そ、その声は」
洞窟の入口に見覚えのある姿が立っていた。
逆光を受けてその姿はよく見えなかったが、その特徴的な口調とシルエットから誰もがその正体をすぐに知った。
「困ったときの天才の法則、宇宙一の天才タネはかせ見参! なのだっ」
「ぼくもいるですー」
背後からはタネリミが顔を出した。
ほとんど同じシルエットなので二人が重なっているとまるでいたのに気付かない。
「そういえば最近見かけないと思ってたけど一体どこへ行っていたんだ?」
「いやー、ウィルオン君が王様になるっていうからさ。何かご褒美がもらえないかなーと思ってついていったんだけどね。ほら、私ってウィルオン君の育ての親だし。そしたらやつらひどいのだ。私なんかつまんでポイだよ。なーんもくれなかったのだ! それどころかポイだからね、ポイ。まーったく腹が立つのだ!」
「そ、そうか」
「だが私が来たからにはもう安心なのだ。ケツァル王国に復讐して……じゃなかった。ティル君を一発で見つけてやろう」
突然流星のように現れた災厄を振り撒く救世主。
もちろんその登場に喜ぶ者はなかった。
「あいつは置いといて、ティルをどうするかだよな…」
「少しは期待してくれたっていいじゃない! ホワイトプラトウの雪のように冷たいのだ!」
そんな憤慨するタネはかせをタネリミは棒で突っついていた。
「くそー。この怒り、ケツァル王国にぶつけてやるのだ! 同情するならご褒美をくれ!」
「まぁ、そう言うなよ。ほら、雲で作ったわたあめやるから」
「いらないのだ! ……えっ。その声はもしかして」
慣れた様子でタネはかせを軽くあしらう蛇竜。
その正体は――
「ウィルオン!?」
「みんな、久しぶりだな」
洞窟の外には蒼竜、紅竜を従えた3代目ケツァル王の姿があった。
「おまえ、いいのか! 国を抜けだしてきたりなんかして……王様なんだろ、それこそ大騒ぎになるぞ!?」
「平気さ。誰も俺のことなんか気にしちゃくれない。かまってくれるのはラルガとヴァイルぐらいだからな」
ウィルオンは自虐めいた笑みを見せた。
「どいつもこいつも先代様先代様だ。ゼロと一緒になってリムリプスを捕まえろーってな具合でさ。国民なんて全然戻ってこないし。俺、やっぱ王様には向いてないわ」
「何を仰いますウィルオン様! あなたには歴とした王家の血筋が…」
「わかってるよ」
ヴァイルが一歩進み出てバルハラの状況を説明した。
今ではゼロが中心になって、王宮の兵たちを使って魔竜捜索に執心しているらしい。
「奴は3代目様のことなど見ていない。ただ過去の妄執に囚われているだけだ」
「今や、王宮はゼロめが取り仕切っていると言っても過言ではないでしょう。魔竜の捕獲を口実に兵たちを味方につけてまとめ上げたようですね。まったく恐ろしいやつです」
「……クソ親父め」
「このままではゼロに城を乗っ取られかねん。ゆえに俺たちは3代目様とともにゼロに立ち向かう兵力を求めている」
「まぁそういうことらしいぜ。そこでだ。リク、俺と一緒に戦ってくれないか? ティルのために」
ウィルオンはリクたちに頭を下げた。
王たるものが目下の者にそんなことをしてはいけない、とラルガは慌てたがそんなことは関係ない。
これは命令でも指示でもない。
友としての頼みだ。
「ウィルオン、おまえ……。わかった。もちろんだ、一緒に戦おう。ティルのために!」
リクはこれに応じた。友として。
「おまえの決意を確認させてくれ。ゼロはおまえの親父だ。そのゼロと戦うことになる。それでもいいのか?」
真剣な面持ちでウィルオンが訊く。
「迷いはない。俺はゼロの息子だ。親父の暴走を止めるのが息子の役目だ!」
真っ直ぐとウィルオンの目を見つめる。
その固い意志が伝わったようで、ウィルオンは微かに顔をほころばせた。
「その言葉を聞けて安心した。わかった。俺はこの立場でできる最大限のサポートをさせてもらおう。ティルのために、そしておまえのためにな」
「もちろん王家のためにもですよ、ウィルオン様!」
「わかってるよ…」
水を差すラルガにウィルオンはめんどくさそうに答えた。
「もしかしたら親父を敵に回す以上、ケツァル王であるおまえとも闘わなくちゃならないかと思ってた。正直、驚いてるよ。まさか味方に来てくれるなんて」
「ウィルオンが味方についてくれると助かるよ! なんたって王様なんだからな! こっちがケツァルの正規軍ってわけだ」
「正規軍かぁ! なんかかっこいいな」
予想していなかったケツァル王の参戦に、一同はこれを称賛して迎えた。
「礼は勝つまで取っとけよ。敵はゼロとゼロについた兵たち全てだ。油断はできないぞ」
こうしてかつて水門の城でティルを救った仲間たちが再び揃った。
リク、ナープ、ウィザ、そしてウィルオン。4つの意志がここに集う。
「ちょっと待ったァ! 私を忘れないで欲しいのだ! せっかく満を持して登場したのに、これじゃまるで空気じゃないか」
「そこはあれですマスター。主役と脇役の運命です」
「な……んだと。私は主役じゃなかったのかー!!」
そしてリシェ、サーフ、クリア。
この場にはいないがウクツ、メタメタ。
ティルを巡って来た仲間たちの想いが今ここに集結する。
「なんで私が入ってないのだ! 意図的にやっているだろう! これはインボーなのだ!!」
「慌てて飛びこむのは早いですマスター。真の主役としてあとで紹介されるかもしれません。真打は最後にやってくるのです」
「おお、そうか! さすがタネリミ君なのだ。よしよし、真の主役としてこれから大活躍なのだ」
ティルは自ら封印されに向かったのかもしれない。
それを防ぐためには、居場所がわからないティルを探すよりも、魔竜を封印しようとする勢力を先に叩くほうが早い。
ウィルオンを筆頭に、ケツァル正規軍として一同はゼロ率いるバルハラ軍に戦いを挑む。
ゼロを止めるために。バルハラの王宮を取り戻すために。
そしてティルのために。
「だが、たったこれだけの頭数で勝てるのか?」
リクが訊いた。
敵はゼロだけではない。
そのゼロの下についたバルハラの兵たち。ムスペの火竜王の問題もある。
「さっき言ったよな。俺はこの立場でできる限りのサポートをすると。早速だがそのサポートをすでにさせてもらってるんだぜ。なぁ、おまえたち?」
「うむ。たしかに俺たちだけでは難しい。だが兵力はここにいる者たちで全てではない」
「喜んでください。ムスペは我々の味方につきました」
ウィルオンたちはここに来る前にムスペへ向かい、火竜王セルシウスに対面、話をつけてきていたのだった。
「なんだって! ムスペが味方に!? それは心強いじゃないか!!」
「あの火竜王を説得したのか! でも、どうやって?」
その問いにラルガが答えた。
「なに、簡単なことですよ。ちょっとゼロが国家転覆を企てているという噂を流してやっただけです。情報操作は戦略の基本ですからね。実際に王宮は今やゼロが牛耳っているようなもの。証拠も十分、誰が聞いたって信じるでしょうね」
「おまえ、怖いな…」
「称賛の言葉としてありがたく受け取っておきましょう、くっくっく」
「魔竜封印の件はまた別の話だ。今はケツァル王国復興のほうが大事なことなのでな。火竜王様も快く協力を約束してくださったのだ」
火竜王はムスペの兵を貸すことを約束してくれた。
ゼロではなくヴァイルについてきた兵たちと合わせれば、ゼロの勢力には勝るとも劣らないだろう。
「これならティルを救えるかもしれないだろ?」
ウィルオンは自信げに言った。
しかし、それを聞いてリクは焦りを思い出した。
「そうだ、ティル! 早くあいつを捜さないと…。たとえ親父を止めたとしても、ティルがいなくなっちまっては意味がない!」
「どういうことだ?」
「ティルはウィザが救い出していたんだ。けど、いつの間にか姿を暗ましてしまった。ゼロのもとへ向かったのかもしれないが、死ぬ気である可能性もある」
もう思い残すことはない。
その最後の言葉が重くのしかかる。
それが最期の言葉になってしまっては元も子もない。
「ま、まじかよ…。おいラルガ、何とかならないのか!?」
「ウィルオン様、もう少し王らしい言葉遣いを…。そうですね、兵を割いて捜索に向かわせましょう。封印を望む望まないいずれにしても魔竜を捜しているという点では目的も同じですからね。ムスペ兵も応じてくれるでしょう」
「ムスペ! よーし、ボクもティル捜しを手伝う!」
こんどはサーフがムスペという言葉に反応した。
「手伝ってもムスペまんじゅうが報酬に出るとは限らないぞ」
「な、なんだよー。ボクだってティルのこと心配してるんだぞ。ムスペ兵が勝手にティルを封印したら困るし、誰かが見張っておかなくちゃ」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
ティルの捜索にはクリアも手を挙げた。
サーフだけでは心配だが、クリアがいるなら多少は安心できるだろう。
「リクはどうする。ティルを捜しに行くか?」
「いや、俺は親父を止めなくちゃならない。サーフ、クリア。ティルのことよろしく頼んだぞ」
「オ、オレもリクと行くぞ。役に立てないかもしれないけど……がんばる」
「僕も戦おう。戦力は一人でも多いほうがいいんだろ」
「ボクも行くよ。ボクの魔法が戦いには必要でしょ?」
リク、リシェ、ナープ、そしてウィザはウィルオンと共に闘うことを決めた。
今こそティルへの想いを力にしてぶつけるときだ。決戦は近い。
「ではそろそろ向かいましょう。ムスペの兵たちを待たせています。まずはムスペに向かい、兵の合流を図ります」
ラルガが号令をかける。
「しかし俺とリシェは飛べないぞ。蔦を登っていては時間がかかってしまう」
「ナープかウィルオンに乗せてもらう?」
「国王様に乗ろうとは失敬な。ですが、心配はご無用。あの奇妙な御仁が乗り物を用意してくれるいるようです」
ラルガが示す先にはどこかで見たような機械があった。水門の城で活躍したあの魚だ。
タネはかせはようやく出番が来たと嬉々として、その新しい船を紹介する。
「見ろ、これぞアットロー君改なのだ! 安定した飛行に加えて搭乗可能員数の大幅増加、武装も搭載、あの波動砲だって撃てちゃうのだ! バルハラに残されてた資料を参考にさせてもらったんだよ。たしか鯨だか鯰だかいう…」
「あ、タネはかせ。存在を忘れてたよ。よし、そのネギトロ貝とやらで行くぞ! ムスペへ!!」
「ネギトロじゃないのだ! アットロー君改なのだ!」
こうしてウィルオンを筆頭に、ケツァル正規軍としてリクたちは進軍を開始した。
目指す先は噴煙立ち上る積乱雲。火竜の国ムスペ。そしてバルハラ王宮へ。
竜たちは空へと舞い、鋼の魚がその後に続く。
決戦の時は刻一刻と迫っていた。
戻ってきたリシェやウィザ、ナープたちもそれに驚いた。
「リク! 何があったんだよ!?」
「わからない。起きたときにはもういなくなっていた…」
「ティル、どうして…」
リクは知らなかった。
夜の間にティルが自分を残して去ってしまったことも。
銀色のしずくが月に照らされて光っていたことも。
「ティルは何か言ってなかったの?」
記憶を必死に呼び起こそうとする。
しかし昨日はティルに対して感情的になっていたせいで、うまく思い出すことができない。
「たしか……自分のせいで俺たちを苦しめたくないというようなことを言ってたような」
「そんな! ボクたちはただティルのことを思って…!!」
せっかく助け出したのに、とウィザは悔しそうな、そして哀しそうな複雑な表情で叫んだ。
そんなウィザにクリアは言った。
「もしかしたら…。それが辛かったんじゃないかな、ティルにとって」
「どういうこと?」
「このままだと、リクはお父さんと戦わなくちゃならないよね。それにムスペと敵対するならナープやサーフだって、お父さんやお兄さんと……。それだけじゃないよ。ゼロはケツァル王国の家臣なんでしょ。ということは、もしかしたら王様のウィルオンとも闘うことになるかもしれない。そうやってわたしたちがばらばらになってしまうのが、きっとティルは嫌だったんだよ」
「だからって黙っていなくなっちゃうなんて…。そんなの冷たいじゃないか!」
「それがティルなりの優しさだったんだよ…」
誰も何も言えなかった。
ティル自身はずっと自分は封印されるほうがいいと言い続けてきた。
それにも関わらず自分たちはティルを救おうとしてきたのだ。
もちろんそれはティルのことを思っての行動だったが、それは自分の意思の押し付けであるとも見れる。
ティルを救おうとすることがティルには負担だったのだろうか。
ティルを救おうという考えそのものが間違っていたのだろうか。
「間違ってるもんか!」
ウィザが叫んだ。
「たしかにティルは助けてくれとは言ってない。封印されたほうがいいとさえ言ってるよ。でも、それだってティルの意見の押し付けと考えることができるじゃないか。自分の主張を遠慮してちゃ何もできないよ! ティルが封印されてしまうことが本当に良いことのはずがない! そんなのハッピーエンドじゃない!!」
ティルは頑なに、自分を犠牲にしてでも仲間の幸せを願っていた。
親子で争うことのないように。ムスペやケツァル王国を敵に回してしまわないように。
そうすることで全てが丸く収まるのだと信じて。
しかし、そんなことになってもウィザたちは決して幸せにはならない。
大切な友達の犠牲の上に立つ幸せなど虚構に過ぎないのだ。
「ウィザの言うとおりだ」
ナープが続けて言った。
「目に見えるものだけが全てじゃないんだ。ティルは僕たちのことを心配して、助けてと言えないだけなのかもしれない。助けられるかもしれない仲間を目の前で見捨てる方法なんてあるわけがない」
バルハラの牢に閉じめられていたティルの姿を実際に見ているウィザとナープ。
その目に映ったのは運命に屈しているティルの姿だった。
ティルの本心は封印されることを望んでいない。
仲間のためを思ってわざと封印されようとしている。二人にはそう見えた。
「こんなことで諦めてどうするんだ! まだティルが封印されたと決まったわけじゃない。悩むよりまずは動くんだろ、リク!?」
「他にティルは何か言ってなかったの? もしかしたら、どこへ行ったのかわかる手掛かりがあるかも!」
「そ、そうだな。まだ、終わったわけじゃない…!」
必死にティルとの会話を思い出そうと試みる。
そして気付いた。気付いてしまった。
ティルが大変なことを言っていたことに。
「あ……あぁああぁぁああぁっ!!!」
リクの顔色がさっと変わる。
「ど、どうしたんだ!?」
記憶に残る最後のティルはこう言っていた。
『僕はもう十分幸せを味わったよ。もう思い残すことはない。だからリクたちも、もうそんなに僕のことで苦しまなくていいんだよ』
もう思い残すことはない――
さらにリクの記憶に残らないところで蒼銀色の魔竜は最後の言葉を送っていた。
さよなら――と。
「ま、まさか。ティルのやつ死ぬ気なのか!?」
「あるいは自ら封印されに行ったのかも…」
もはや一刻の猶予もなかった。
「大変だ! 早くティルを見つけないと!!」
リシェがティルの臭いを追うが、
「だめだ。臭いを辿ってみたけど、すぐそこで途切れてる」
魔竜の姿に戻り、月の向こうへと飛んで行ったティルの行方はつかめない。
「ウィザ、砂漠のときの魔法は!?」
「これもだめみたいだ。ティルのほうから自分を隠す魔法を使ってるみたいだ。やってるけど全然見つからない」
空間を操るリムリプスにとって、自身の姿を隠すのは簡単なことだった。
「他に方法はないのか!?」
考えられ得るあらゆる方法を試した。
しかし、それでもティルの行方はつかめなかった。
時間だけが刻一刻と過ぎてゆく。
こうしてるうちにもティルが……。
万策は尽きた。誰もが絶望しかけたそのときだった。
「はっはっはー。待たせたな! どうやら私の出番のようなのだ!」
「そ、その声は」
洞窟の入口に見覚えのある姿が立っていた。
逆光を受けてその姿はよく見えなかったが、その特徴的な口調とシルエットから誰もがその正体をすぐに知った。
「困ったときの天才の法則、宇宙一の天才タネはかせ見参! なのだっ」
「ぼくもいるですー」
背後からはタネリミが顔を出した。
ほとんど同じシルエットなので二人が重なっているとまるでいたのに気付かない。
「そういえば最近見かけないと思ってたけど一体どこへ行っていたんだ?」
「いやー、ウィルオン君が王様になるっていうからさ。何かご褒美がもらえないかなーと思ってついていったんだけどね。ほら、私ってウィルオン君の育ての親だし。そしたらやつらひどいのだ。私なんかつまんでポイだよ。なーんもくれなかったのだ! それどころかポイだからね、ポイ。まーったく腹が立つのだ!」
「そ、そうか」
「だが私が来たからにはもう安心なのだ。ケツァル王国に復讐して……じゃなかった。ティル君を一発で見つけてやろう」
突然流星のように現れた災厄を振り撒く救世主。
もちろんその登場に喜ぶ者はなかった。
「あいつは置いといて、ティルをどうするかだよな…」
「少しは期待してくれたっていいじゃない! ホワイトプラトウの雪のように冷たいのだ!」
そんな憤慨するタネはかせをタネリミは棒で突っついていた。
「くそー。この怒り、ケツァル王国にぶつけてやるのだ! 同情するならご褒美をくれ!」
「まぁ、そう言うなよ。ほら、雲で作ったわたあめやるから」
「いらないのだ! ……えっ。その声はもしかして」
慣れた様子でタネはかせを軽くあしらう蛇竜。
その正体は――
「ウィルオン!?」
「みんな、久しぶりだな」
洞窟の外には蒼竜、紅竜を従えた3代目ケツァル王の姿があった。
「おまえ、いいのか! 国を抜けだしてきたりなんかして……王様なんだろ、それこそ大騒ぎになるぞ!?」
「平気さ。誰も俺のことなんか気にしちゃくれない。かまってくれるのはラルガとヴァイルぐらいだからな」
ウィルオンは自虐めいた笑みを見せた。
「どいつもこいつも先代様先代様だ。ゼロと一緒になってリムリプスを捕まえろーってな具合でさ。国民なんて全然戻ってこないし。俺、やっぱ王様には向いてないわ」
「何を仰いますウィルオン様! あなたには歴とした王家の血筋が…」
「わかってるよ」
ヴァイルが一歩進み出てバルハラの状況を説明した。
今ではゼロが中心になって、王宮の兵たちを使って魔竜捜索に執心しているらしい。
「奴は3代目様のことなど見ていない。ただ過去の妄執に囚われているだけだ」
「今や、王宮はゼロめが取り仕切っていると言っても過言ではないでしょう。魔竜の捕獲を口実に兵たちを味方につけてまとめ上げたようですね。まったく恐ろしいやつです」
「……クソ親父め」
「このままではゼロに城を乗っ取られかねん。ゆえに俺たちは3代目様とともにゼロに立ち向かう兵力を求めている」
「まぁそういうことらしいぜ。そこでだ。リク、俺と一緒に戦ってくれないか? ティルのために」
ウィルオンはリクたちに頭を下げた。
王たるものが目下の者にそんなことをしてはいけない、とラルガは慌てたがそんなことは関係ない。
これは命令でも指示でもない。
友としての頼みだ。
「ウィルオン、おまえ……。わかった。もちろんだ、一緒に戦おう。ティルのために!」
リクはこれに応じた。友として。
「おまえの決意を確認させてくれ。ゼロはおまえの親父だ。そのゼロと戦うことになる。それでもいいのか?」
真剣な面持ちでウィルオンが訊く。
「迷いはない。俺はゼロの息子だ。親父の暴走を止めるのが息子の役目だ!」
真っ直ぐとウィルオンの目を見つめる。
その固い意志が伝わったようで、ウィルオンは微かに顔をほころばせた。
「その言葉を聞けて安心した。わかった。俺はこの立場でできる最大限のサポートをさせてもらおう。ティルのために、そしておまえのためにな」
「もちろん王家のためにもですよ、ウィルオン様!」
「わかってるよ…」
水を差すラルガにウィルオンはめんどくさそうに答えた。
「もしかしたら親父を敵に回す以上、ケツァル王であるおまえとも闘わなくちゃならないかと思ってた。正直、驚いてるよ。まさか味方に来てくれるなんて」
「ウィルオンが味方についてくれると助かるよ! なんたって王様なんだからな! こっちがケツァルの正規軍ってわけだ」
「正規軍かぁ! なんかかっこいいな」
予想していなかったケツァル王の参戦に、一同はこれを称賛して迎えた。
「礼は勝つまで取っとけよ。敵はゼロとゼロについた兵たち全てだ。油断はできないぞ」
こうしてかつて水門の城でティルを救った仲間たちが再び揃った。
リク、ナープ、ウィザ、そしてウィルオン。4つの意志がここに集う。
「ちょっと待ったァ! 私を忘れないで欲しいのだ! せっかく満を持して登場したのに、これじゃまるで空気じゃないか」
「そこはあれですマスター。主役と脇役の運命です」
「な……んだと。私は主役じゃなかったのかー!!」
そしてリシェ、サーフ、クリア。
この場にはいないがウクツ、メタメタ。
ティルを巡って来た仲間たちの想いが今ここに集結する。
「なんで私が入ってないのだ! 意図的にやっているだろう! これはインボーなのだ!!」
「慌てて飛びこむのは早いですマスター。真の主役としてあとで紹介されるかもしれません。真打は最後にやってくるのです」
「おお、そうか! さすがタネリミ君なのだ。よしよし、真の主役としてこれから大活躍なのだ」
ティルは自ら封印されに向かったのかもしれない。
それを防ぐためには、居場所がわからないティルを探すよりも、魔竜を封印しようとする勢力を先に叩くほうが早い。
ウィルオンを筆頭に、ケツァル正規軍として一同はゼロ率いるバルハラ軍に戦いを挑む。
ゼロを止めるために。バルハラの王宮を取り戻すために。
そしてティルのために。
「だが、たったこれだけの頭数で勝てるのか?」
リクが訊いた。
敵はゼロだけではない。
そのゼロの下についたバルハラの兵たち。ムスペの火竜王の問題もある。
「さっき言ったよな。俺はこの立場でできる限りのサポートをすると。早速だがそのサポートをすでにさせてもらってるんだぜ。なぁ、おまえたち?」
「うむ。たしかに俺たちだけでは難しい。だが兵力はここにいる者たちで全てではない」
「喜んでください。ムスペは我々の味方につきました」
ウィルオンたちはここに来る前にムスペへ向かい、火竜王セルシウスに対面、話をつけてきていたのだった。
「なんだって! ムスペが味方に!? それは心強いじゃないか!!」
「あの火竜王を説得したのか! でも、どうやって?」
その問いにラルガが答えた。
「なに、簡単なことですよ。ちょっとゼロが国家転覆を企てているという噂を流してやっただけです。情報操作は戦略の基本ですからね。実際に王宮は今やゼロが牛耳っているようなもの。証拠も十分、誰が聞いたって信じるでしょうね」
「おまえ、怖いな…」
「称賛の言葉としてありがたく受け取っておきましょう、くっくっく」
「魔竜封印の件はまた別の話だ。今はケツァル王国復興のほうが大事なことなのでな。火竜王様も快く協力を約束してくださったのだ」
火竜王はムスペの兵を貸すことを約束してくれた。
ゼロではなくヴァイルについてきた兵たちと合わせれば、ゼロの勢力には勝るとも劣らないだろう。
「これならティルを救えるかもしれないだろ?」
ウィルオンは自信げに言った。
しかし、それを聞いてリクは焦りを思い出した。
「そうだ、ティル! 早くあいつを捜さないと…。たとえ親父を止めたとしても、ティルがいなくなっちまっては意味がない!」
「どういうことだ?」
「ティルはウィザが救い出していたんだ。けど、いつの間にか姿を暗ましてしまった。ゼロのもとへ向かったのかもしれないが、死ぬ気である可能性もある」
もう思い残すことはない。
その最後の言葉が重くのしかかる。
それが最期の言葉になってしまっては元も子もない。
「ま、まじかよ…。おいラルガ、何とかならないのか!?」
「ウィルオン様、もう少し王らしい言葉遣いを…。そうですね、兵を割いて捜索に向かわせましょう。封印を望む望まないいずれにしても魔竜を捜しているという点では目的も同じですからね。ムスペ兵も応じてくれるでしょう」
「ムスペ! よーし、ボクもティル捜しを手伝う!」
こんどはサーフがムスペという言葉に反応した。
「手伝ってもムスペまんじゅうが報酬に出るとは限らないぞ」
「な、なんだよー。ボクだってティルのこと心配してるんだぞ。ムスペ兵が勝手にティルを封印したら困るし、誰かが見張っておかなくちゃ」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
ティルの捜索にはクリアも手を挙げた。
サーフだけでは心配だが、クリアがいるなら多少は安心できるだろう。
「リクはどうする。ティルを捜しに行くか?」
「いや、俺は親父を止めなくちゃならない。サーフ、クリア。ティルのことよろしく頼んだぞ」
「オ、オレもリクと行くぞ。役に立てないかもしれないけど……がんばる」
「僕も戦おう。戦力は一人でも多いほうがいいんだろ」
「ボクも行くよ。ボクの魔法が戦いには必要でしょ?」
リク、リシェ、ナープ、そしてウィザはウィルオンと共に闘うことを決めた。
今こそティルへの想いを力にしてぶつけるときだ。決戦は近い。
「ではそろそろ向かいましょう。ムスペの兵たちを待たせています。まずはムスペに向かい、兵の合流を図ります」
ラルガが号令をかける。
「しかし俺とリシェは飛べないぞ。蔦を登っていては時間がかかってしまう」
「ナープかウィルオンに乗せてもらう?」
「国王様に乗ろうとは失敬な。ですが、心配はご無用。あの奇妙な御仁が乗り物を用意してくれるいるようです」
ラルガが示す先にはどこかで見たような機械があった。水門の城で活躍したあの魚だ。
タネはかせはようやく出番が来たと嬉々として、その新しい船を紹介する。
「見ろ、これぞアットロー君改なのだ! 安定した飛行に加えて搭乗可能員数の大幅増加、武装も搭載、あの波動砲だって撃てちゃうのだ! バルハラに残されてた資料を参考にさせてもらったんだよ。たしか鯨だか鯰だかいう…」
「あ、タネはかせ。存在を忘れてたよ。よし、そのネギトロ貝とやらで行くぞ! ムスペへ!!」
「ネギトロじゃないのだ! アットロー君改なのだ!」
こうしてウィルオンを筆頭に、ケツァル正規軍としてリクたちは進軍を開始した。
目指す先は噴煙立ち上る積乱雲。火竜の国ムスペ。そしてバルハラ王宮へ。
竜たちは空へと舞い、鋼の魚がその後に続く。
決戦の時は刻一刻と迫っていた。
「これで活躍すれば、こんどこそ何かご褒美がもらえるに違いないのだ!」
「ですー」
「ですー」