大樹――
それは世界を象徴する聖なる樹。
大樹には巨大な蔦が絡み付き、この地上の世界と空の世界を結んでいるという。
その大樹からずっと東へ行った先、ラプ大陸から物語は始まる。
メタディアと呼ばれる不思議で奇妙な生き物を巡る長い長い物語。
それは世界を象徴する聖なる樹。
大樹には巨大な蔦が絡み付き、この地上の世界と空の世界を結んでいるという。
その大樹からずっと東へ行った先、ラプ大陸から物語は始まる。
メタディアと呼ばれる不思議で奇妙な生き物を巡る長い長い物語。
メタディア
Chapter1「おいらとオイラ」
がさがさと森の木々を掻き分けながら、数匹の生き物が風のように駆け抜ける。
それらはメーメーと鳴き声を上げながら、森を勢いよく通り過ぎていく。
「なんだか今日はメーが騒がしいなぁ」
森の中にある切り株に腰をかけていた一人の竜人族が呟いた。
オレンジの鱗に、緑の髪、額には赤いハチマキを巻いている。背には長い尾と翼があり空も飛べるようだ。
『メー』とは桃色で丸みを帯びた流線型の身体を持ち、翼を持たないにも関わらず空を飛ぶことができる不思議な生き物だ。
この辺りではとくに珍しい生き物というわけではなく、近くにある竜人族の暮らすエルナトの里ではこれを捕まえて、串に刺して焼いて食べる習慣さえある。
この切り株に腰かける竜人族ステイも騒がしいメーの様子にとくに気にした素振りを見せることはなく、慣れた手つきで木を削り、石を研いで何かを一生懸命作っていた。
「よし、できた」
ステイはそれを掲げて眺める。それは手作りの槍だった。
「うーん、なかなかの出来。いつかおいらもこれ使って狩りができるようになる日が来るかな」
満足そうに槍を眺めまわすステイ。その背後で草むらが怪しく揺れる。
「メェェエエーッ!!」
「うわぁ!?」
草むらから突然、数匹のメーが飛び出して空へと消えた。
驚いたステイはせっかく作った槍をどこかへ落として無くしてしまった。
「もう! なんだよー、せっかくいいのができたのに! それにしても何をあんなに慌ててたんだろ。何かいるのかな」
ほんの好奇心からメーが飛び出してきた草むらの向こうへ首を突っ込む。
すると目の前にはステイの体長の数倍はある、橙色の身体で灰緑の触角と髪を持つ奇妙な生き物の姿があった。
これは『どんこ』といって、世界中のあらゆるところで見かける謎の生き物だ。
それはどんな場所にでも存在し、例えば気がつけば部屋の隅に座っていた、石をどけたら下にいた、木を揺らしたら上から落ちてきた……そんな虫のような存在だ。あるいは目を離した隙に消えていたりもするので、森の精霊なのかもしれない。
それがどんこなのであるが、もちろん普通のどんこはこんなに大きくはない。せいぜいが両手に収まる程度の大きさだ。
「な、なにこれ…。どんこ金冠サイズ確定?」
またどんこに特徴的な行動として、『メフィア』を異常なほどに好むというものがある。
メフィアとはメー同様の桃色で流線型の身体に、二つの鰭、イルカのような尾、そして頭の上には特徴的な渦を巻いた触角を生やした生き物だ。
このメーやメフィアのような生き物は総称として『メタディア』と呼ばれている。
「メフィア?」
巨大などんこはステイを見るなりそう訊いた。
どんこはあまり知能は高くないが、単語程度の言葉を発することはできる。もっともその意味を正確に理解しているかは怪しいが。
見かけたものに所構わずメフィアかと問い掛けるのもどんこによく見られる習性だった。
身の危険を感じたステイは思わず後ずさる。
本来どんこはそこまで危険な存在ではない。が、ここまでサイズが大きいとなると話は別だ。
なぜなら、メフィアを追うどんこは見境なく暴走するからだ。
「お、おいらはメフィアじゃないよ」
するとそのときステイの背後の草むらが揺れて、そこに一匹のメフィアが姿を現した。
どんこが目を見開き叫ぶ。その巨体に応じた野太い声で不気味に咆える。
「メーフィァァァアアアア!!」
どんこの姿が軽々しく宙を舞う。
だがどんこはメーのように空を飛ぶことはできない。
これは飛んだのではない。メフィアに跳びかかったのだ。間にステイがいようがそれはお構いなしだ。
「うわああっ!」
地面を転がるようにステイがどんこを避ける。
どんこはずしんと音を立てて、地面を震動させながら落ちた。
「こんなのがいるなんて…。とにかく早く里に戻ろう。勝手に出てきたのがばれたら怒られるし、何よりこのどんこ危ないよ!」
ステイは慌ててその場を走り去ろうとするが、足がぴくりとも動かない。
見ると足下には数匹のどんこが群がっている。
「もげ。メフィア」
「メフィア~」
手を伸ばし、触角を震わせ、ステイの身体を何匹もがよじ登ってくる。
狙いは頭の上、いつの間にかどんこから逃れるためにステイの上に登っていたメフィアだ。
そこにさっきの巨大などんこが飛び込んでくる。ステイは見動きが取れない。
「メーフィァァアアー! もげらう゛ぃー!」
「うわっ! やばい、ぺしゃんこにされちゃう! 誰か助けてぇ!!」
ステイが叫ぶ。どんこが迫る。
すると二者の間に一閃が走った。
「もばん!!」
どんこたちは弾き飛ばされて転がった。
その拍子に頭上のメフィアも転がり落ちたようで、どんこたちはそれを追って森の奥へと消えて行った。
「あ、危ないところだったぁ…」
思わず尻餅をついてしまっていた。
顔を上げると目の前には見たことのない犬が一匹いる。口には小さな刀を咥えている。
その犬が喋る。
「よう。おめぇ、怪我はないか?」
「えっ! もしかしてさっきのは、わんこが助けてくれたの?」
「わんこって言うな!」
わんこはコテツと名乗った。
コテツは犬で、どうやら侍らしい。咥えた刀を宙に投げると、器用に背中に背負った鞘に納刀してみせた。
「サムライわんこ?」
「ま、まぁそれでもいいや。そう、オイラは侍だ」
得意げにコテツは胸を張ってみせた。
「それはすごいね! ……で、サムライって何?」
が、コテツはすぐに萎んでしまった。
「なンだよ。おめぇ、侍を知らねぇのかァ?」
「何か供給してくれるの?」
「そりゃサプライだ! 何でそンなことは知ってンだよ。侍ってのは……まァ、オイラみたいなカッコしてるやつのことさ」
それを聞いてステイは納得したようだった。
「そうか! じゃあ、おいらもサムライだったんだね!」
「はァ?」
「ほら、触角。コテツもおいらもお揃い。あっ、ということはどんこは全部サムライ!?」
コテツの額には数本の逆立った癖毛があった。一方でステイはバンダナでハチマキのようにしてまとめた髪のうち前髪が数本、柳の葉のように垂れていた。これをステイは触角と呼んだ。
「そっちかよ! そうじゃねぇ、刀だよ刀ァ! 侍ってのは刀を提げてるモンなンだぜぃ」
「コテツの場合は提げてるっていうか背負ってるみたいだけど」
「うるせぇな。とにかくオイラは侍だ!」
「ふーん」
ステイは物珍しそうにこのサムライわんこを眺めまわした。
このエルナトの付近に余所からの客がやってくるとは珍しいことだったからだ。
「で、コテツはここに何しに来たの? 観光?」
「こンな刀ぶら下げて観光するやつがあるか。オイラは強くなるために旅をしてるンだ。世界中を回るつもりだぜぃ」
「世界! じゃあ、あんなところやこんなところへも行っちゃうの!?」
「おめぇがどンな想像をしてるかは知らないが……修行のためならどこだっていくつもりだ」
世界。それは魅力的な響きだった。
ステイはこの近くにあるエルナトの里に暮らしていたが、これまでステイはこの里付近以外の場所に行ったことがなかった。
里の族長にはおまえにはまだ早いからと里を出ることを禁じられており、今日もこっそりと抜けだして来ていたのだ。
「ねぇ、コテツ! おいらもその旅に連れて行ってよ!」
目を輝かせながらステイが訊いた。
「はァ? いきなり何を言い出すンだおめぇは。ばか言ってンじゃねぇよ。なンでオイラがおめぇの面倒みなくちゃならねぇンだ。行きたけりゃてめぇで行けばいいじゃねぇか」
呆れて返すコテツに、ステイは族長に外出を禁じられていることを伝えた。
「おいら、外を見たことがないんだ。おいらも世界が見たい!」
「待て待て。勝手に出て来たって言ったかァ? その族長がまだ早いって言ってンだ。だったらそういうことだろ、諦めな」
「えー、いやだよ。それにおいら一人で行くって言ったらきっと族長怒るし。怒ると怖いんだよ、族長」
「聞いてねぇよ」
「それに里で一番強いんだよ。一番狩りが上手いアトラスだって敵わないんだよ」
「へぇ…。強いのか、そいつ。それってオイラでも会えるか?」
意外なところでコテツが食い付いた。強さを求めるコテツは族長と戦ってみたいと考えたのだ。
この機会を見逃す手はない。ステイは喜んで里にコテツを案内することにした。
このまま上手くコテツを連れ込んで、族長を説得させるつもりだったのだ。
「いいよ、ついてきて! こっちがおいらたちの里、エルナトだよ」
それらはメーメーと鳴き声を上げながら、森を勢いよく通り過ぎていく。
「なんだか今日はメーが騒がしいなぁ」
森の中にある切り株に腰をかけていた一人の竜人族が呟いた。
オレンジの鱗に、緑の髪、額には赤いハチマキを巻いている。背には長い尾と翼があり空も飛べるようだ。
『メー』とは桃色で丸みを帯びた流線型の身体を持ち、翼を持たないにも関わらず空を飛ぶことができる不思議な生き物だ。
この辺りではとくに珍しい生き物というわけではなく、近くにある竜人族の暮らすエルナトの里ではこれを捕まえて、串に刺して焼いて食べる習慣さえある。
この切り株に腰かける竜人族ステイも騒がしいメーの様子にとくに気にした素振りを見せることはなく、慣れた手つきで木を削り、石を研いで何かを一生懸命作っていた。
「よし、できた」
ステイはそれを掲げて眺める。それは手作りの槍だった。
「うーん、なかなかの出来。いつかおいらもこれ使って狩りができるようになる日が来るかな」
満足そうに槍を眺めまわすステイ。その背後で草むらが怪しく揺れる。
「メェェエエーッ!!」
「うわぁ!?」
草むらから突然、数匹のメーが飛び出して空へと消えた。
驚いたステイはせっかく作った槍をどこかへ落として無くしてしまった。
「もう! なんだよー、せっかくいいのができたのに! それにしても何をあんなに慌ててたんだろ。何かいるのかな」
ほんの好奇心からメーが飛び出してきた草むらの向こうへ首を突っ込む。
すると目の前にはステイの体長の数倍はある、橙色の身体で灰緑の触角と髪を持つ奇妙な生き物の姿があった。
これは『どんこ』といって、世界中のあらゆるところで見かける謎の生き物だ。
それはどんな場所にでも存在し、例えば気がつけば部屋の隅に座っていた、石をどけたら下にいた、木を揺らしたら上から落ちてきた……そんな虫のような存在だ。あるいは目を離した隙に消えていたりもするので、森の精霊なのかもしれない。
それがどんこなのであるが、もちろん普通のどんこはこんなに大きくはない。せいぜいが両手に収まる程度の大きさだ。
「な、なにこれ…。どんこ金冠サイズ確定?」
またどんこに特徴的な行動として、『メフィア』を異常なほどに好むというものがある。
メフィアとはメー同様の桃色で流線型の身体に、二つの鰭、イルカのような尾、そして頭の上には特徴的な渦を巻いた触角を生やした生き物だ。
このメーやメフィアのような生き物は総称として『メタディア』と呼ばれている。
「メフィア?」
巨大などんこはステイを見るなりそう訊いた。
どんこはあまり知能は高くないが、単語程度の言葉を発することはできる。もっともその意味を正確に理解しているかは怪しいが。
見かけたものに所構わずメフィアかと問い掛けるのもどんこによく見られる習性だった。
身の危険を感じたステイは思わず後ずさる。
本来どんこはそこまで危険な存在ではない。が、ここまでサイズが大きいとなると話は別だ。
なぜなら、メフィアを追うどんこは見境なく暴走するからだ。
「お、おいらはメフィアじゃないよ」
するとそのときステイの背後の草むらが揺れて、そこに一匹のメフィアが姿を現した。
どんこが目を見開き叫ぶ。その巨体に応じた野太い声で不気味に咆える。
「メーフィァァァアアアア!!」
どんこの姿が軽々しく宙を舞う。
だがどんこはメーのように空を飛ぶことはできない。
これは飛んだのではない。メフィアに跳びかかったのだ。間にステイがいようがそれはお構いなしだ。
「うわああっ!」
地面を転がるようにステイがどんこを避ける。
どんこはずしんと音を立てて、地面を震動させながら落ちた。
「こんなのがいるなんて…。とにかく早く里に戻ろう。勝手に出てきたのがばれたら怒られるし、何よりこのどんこ危ないよ!」
ステイは慌ててその場を走り去ろうとするが、足がぴくりとも動かない。
見ると足下には数匹のどんこが群がっている。
「もげ。メフィア」
「メフィア~」
手を伸ばし、触角を震わせ、ステイの身体を何匹もがよじ登ってくる。
狙いは頭の上、いつの間にかどんこから逃れるためにステイの上に登っていたメフィアだ。
そこにさっきの巨大などんこが飛び込んでくる。ステイは見動きが取れない。
「メーフィァァアアー! もげらう゛ぃー!」
「うわっ! やばい、ぺしゃんこにされちゃう! 誰か助けてぇ!!」
ステイが叫ぶ。どんこが迫る。
すると二者の間に一閃が走った。
「もばん!!」
どんこたちは弾き飛ばされて転がった。
その拍子に頭上のメフィアも転がり落ちたようで、どんこたちはそれを追って森の奥へと消えて行った。
「あ、危ないところだったぁ…」
思わず尻餅をついてしまっていた。
顔を上げると目の前には見たことのない犬が一匹いる。口には小さな刀を咥えている。
その犬が喋る。
「よう。おめぇ、怪我はないか?」
「えっ! もしかしてさっきのは、わんこが助けてくれたの?」
「わんこって言うな!」
わんこはコテツと名乗った。
コテツは犬で、どうやら侍らしい。咥えた刀を宙に投げると、器用に背中に背負った鞘に納刀してみせた。
「サムライわんこ?」
「ま、まぁそれでもいいや。そう、オイラは侍だ」
得意げにコテツは胸を張ってみせた。
「それはすごいね! ……で、サムライって何?」
が、コテツはすぐに萎んでしまった。
「なンだよ。おめぇ、侍を知らねぇのかァ?」
「何か供給してくれるの?」
「そりゃサプライだ! 何でそンなことは知ってンだよ。侍ってのは……まァ、オイラみたいなカッコしてるやつのことさ」
それを聞いてステイは納得したようだった。
「そうか! じゃあ、おいらもサムライだったんだね!」
「はァ?」
「ほら、触角。コテツもおいらもお揃い。あっ、ということはどんこは全部サムライ!?」
コテツの額には数本の逆立った癖毛があった。一方でステイはバンダナでハチマキのようにしてまとめた髪のうち前髪が数本、柳の葉のように垂れていた。これをステイは触角と呼んだ。
「そっちかよ! そうじゃねぇ、刀だよ刀ァ! 侍ってのは刀を提げてるモンなンだぜぃ」
「コテツの場合は提げてるっていうか背負ってるみたいだけど」
「うるせぇな。とにかくオイラは侍だ!」
「ふーん」
ステイは物珍しそうにこのサムライわんこを眺めまわした。
このエルナトの付近に余所からの客がやってくるとは珍しいことだったからだ。
「で、コテツはここに何しに来たの? 観光?」
「こンな刀ぶら下げて観光するやつがあるか。オイラは強くなるために旅をしてるンだ。世界中を回るつもりだぜぃ」
「世界! じゃあ、あんなところやこんなところへも行っちゃうの!?」
「おめぇがどンな想像をしてるかは知らないが……修行のためならどこだっていくつもりだ」
世界。それは魅力的な響きだった。
ステイはこの近くにあるエルナトの里に暮らしていたが、これまでステイはこの里付近以外の場所に行ったことがなかった。
里の族長にはおまえにはまだ早いからと里を出ることを禁じられており、今日もこっそりと抜けだして来ていたのだ。
「ねぇ、コテツ! おいらもその旅に連れて行ってよ!」
目を輝かせながらステイが訊いた。
「はァ? いきなり何を言い出すンだおめぇは。ばか言ってンじゃねぇよ。なンでオイラがおめぇの面倒みなくちゃならねぇンだ。行きたけりゃてめぇで行けばいいじゃねぇか」
呆れて返すコテツに、ステイは族長に外出を禁じられていることを伝えた。
「おいら、外を見たことがないんだ。おいらも世界が見たい!」
「待て待て。勝手に出て来たって言ったかァ? その族長がまだ早いって言ってンだ。だったらそういうことだろ、諦めな」
「えー、いやだよ。それにおいら一人で行くって言ったらきっと族長怒るし。怒ると怖いんだよ、族長」
「聞いてねぇよ」
「それに里で一番強いんだよ。一番狩りが上手いアトラスだって敵わないんだよ」
「へぇ…。強いのか、そいつ。それってオイラでも会えるか?」
意外なところでコテツが食い付いた。強さを求めるコテツは族長と戦ってみたいと考えたのだ。
この機会を見逃す手はない。ステイは喜んで里にコテツを案内することにした。
このまま上手くコテツを連れ込んで、族長を説得させるつもりだったのだ。
「いいよ、ついてきて! こっちがおいらたちの里、エルナトだよ」
森を抜けてしばらく進むと、前方に木で作られた門が見えてきた。
見上げると大木の周囲に木で足場を組んだやぐらや家も見える。
周囲の木が切り倒されているので、これで集落を作ったのだろう。
木や植物の蔓で作られた家に羽や木の実の汁で装飾が施され、あちこちに土器や槍が並べられている。見たところ狩猟民族のようだ。
視線を門に向ける。門の前には厳つい竜人族が槍を片手に立っている。
「あれがアトラスだよ」
ステイが紹介した。まるでステイとは似ていない。
門を潜って里の中へ。里の住民の姿をちらほら見かけるが、どれもステイとは似ても似つかない。そもそも誰もステイのような翼を持っていなかった。
エルナトの住民たちは誰もが仮面をかぶっていたが、逆にステイにはそれがない。
「なンかおめぇだけちょっと違うな」
「まぁ、おいらはここで生まれたわけじゃないしね」
「そうなのか? じゃあなンでおめぇはここに住んでるんだ。そうなると、族長が外出を禁じるのが不思議だぜぃ」
「うん。なんかね、おいらは昔近くの森で拾われたんだって」
「まさか……おめぇ捨て子だったのか!? すまねぇ、それは大変だったンだな」
「うーん、覚えてないからなんてことないよ。それにおいらにとってはここが家で、ここのみんなが家族だからね」
ステイはまるで気にしていない様子で笑って言ってみせた。
「ところでおまえは何の用があってここへ来た?」
突然、後ろから声が聞こえてきた。
驚いて振り向くとすぐ近くにアトラスの顔があった。顔と言っても仮面だが。ブリキのようなものでできた嘴のような形の仮面だ。
ステイが事情を説明する。
「ほう、修行の旅か」
「そンなとこだ。さぁ、族長を呼んでもらおうじゃねぇか」
そうコテツが言い終わるか終わらないかのうちに、コテツの視界の外から別の竜人族がひょっこりと唐突に顔を出した。
「呼んだ?」
「うわっ! な、なンだおめぇ、いつの間に」
「なんだってワシ族長だよぅ。呼んどいてその態度は酷いねぇ」
アトラスよりも大柄な竜人族が目の前に立つ。こっちは動物の骨でできた仮面をかぶっている。
族長と言うからにはもう少し年長者が現れるのだろうと予想していたが、意外と若くアトラスと同程度の年齢に見える。
さらに加えるなら、族長を自称しているが、まるで族長らしい威厳のようなものが感じられない。
「そうやってイメージで決めつけるのは良くないよねぇ。ワシは族長のナフ。よろしくねぇ」
「おい、こいつ本当に族長なのか」
「あっ、それないよねぇ。ズキンと来ちゃうなぁ、もう。ワシ泣いちゃうよ?」
「勝手に泣いてろ」
アトラスに訊くとどうやら、本当にこんなのが族長らしかった。
呆れながらも、コテツは族長に試合を申し込む。
ナフは口調は色々とアレだが身体が大きく、大木の丸太にそのまま柄をつけたような大槌を片手に持っていた。少なくともステイの言っていた里で一番強いというのは嘘ではなさそうだ。
しかし、ナフは「やだよ」の一言でそれを一蹴した。
曰く族長というものも暇ではないらしく、どうしてもというならアトラスと勝負して勝てれば考えてもいいということだった。
「オイラが勝ったら約束通り勝負だからな」
「あー、はいはい。わかってるよぅ」
気のなさそうな返事を寄こすナフ。
「コテツが負けたらおいらコテツと一緒に旅に出るね」
「あー、はいはい。どうぞぅ」
あっさり認めるナフ。
「ちょっと待てぇィ! おめぇ何どさくさに紛れて…。族長も軽すぎンだろ!?」
「よろしくね。コテツ」
「まだ負けてねぇよ!」
かくしてコテツとアトラスの試合が始まったのだった。
アトラスは手に槍を持っている。柄の先端に刃がついたスピアではなくランス、いわゆる突撃槍だ。
見たところ、機械や文明とは無縁な原始的な生活を営む里のようだが、どうやら製鉄技術程度はあるらしい。
刀を咥えてコテツはこれに立ち向かう。
「槍に刀か。3すくみ的にはコテツが不利だよね。やった、おいら旅に出れる!」
やぐらの上から戦いを眺めるステイはもうコテツが負けた気でいて、すでに出発の準備を考えていた。
そこに族長がやって来て声をかける。
「ステイ、今まで里を出たいなんて言ったことなかったよねぇ。それが急に旅に出るだもん。もちろんちゃんとした理由はあるんだよねぇ?」
「う、うん。実はおいら今日、こっそり里を抜け出して森へ行ってたんだ。そしたら……」
特大どんこに出くわし、コテツに助けられ、その話を聞くうちに世界を見たいと思ったことを伝えた。
「おいらよりもあんなに小さなわんこでもちゃんと自分の目的を持ってて、それも独り旅だもん。すごいよね。おいら狩りはメーぐらいしか獲れないし、料理もできないし、槍作りは好きだけど、里のみんなに比べたらまだまだだし……だから、おいら見つけたいんだ! 自分には何ができるのか、何の役に立てるのか。本当の自分を見つけたいんだ! 世界を見て回ればわかる気がするんだ」
何の気なしに本当の自分を見つけたいとステイは言っただけだった。
しかし、ナフはそれを聞くと深いため息をついてしばらく考えた後に言った。
「わかった。行ってきなさい。おまえが時々里を抜けだしているのをワシは知ってたよ。それに、そろそろおまえは一人前にならなくちゃいけない年頃だね。成長の儀式に代えて旅をしてくるのもいいだろう。きっといい経験になる」
ナフは族長然とした態度で、真っ直ぐステイの目を見つめて言った。
それを聞くとステイは喜んで、旅の支度をするんだと駆け出して行った。
「やはりあの子は……特別な子なんだろうねぇ」
空を見上げながらナフが独りごちた。
その表情はどこか少し寂しそうにも見えた。
見上げると大木の周囲に木で足場を組んだやぐらや家も見える。
周囲の木が切り倒されているので、これで集落を作ったのだろう。
木や植物の蔓で作られた家に羽や木の実の汁で装飾が施され、あちこちに土器や槍が並べられている。見たところ狩猟民族のようだ。
視線を門に向ける。門の前には厳つい竜人族が槍を片手に立っている。
「あれがアトラスだよ」
ステイが紹介した。まるでステイとは似ていない。
門を潜って里の中へ。里の住民の姿をちらほら見かけるが、どれもステイとは似ても似つかない。そもそも誰もステイのような翼を持っていなかった。
エルナトの住民たちは誰もが仮面をかぶっていたが、逆にステイにはそれがない。
「なンかおめぇだけちょっと違うな」
「まぁ、おいらはここで生まれたわけじゃないしね」
「そうなのか? じゃあなンでおめぇはここに住んでるんだ。そうなると、族長が外出を禁じるのが不思議だぜぃ」
「うん。なんかね、おいらは昔近くの森で拾われたんだって」
「まさか……おめぇ捨て子だったのか!? すまねぇ、それは大変だったンだな」
「うーん、覚えてないからなんてことないよ。それにおいらにとってはここが家で、ここのみんなが家族だからね」
ステイはまるで気にしていない様子で笑って言ってみせた。
「ところでおまえは何の用があってここへ来た?」
突然、後ろから声が聞こえてきた。
驚いて振り向くとすぐ近くにアトラスの顔があった。顔と言っても仮面だが。ブリキのようなものでできた嘴のような形の仮面だ。
ステイが事情を説明する。
「ほう、修行の旅か」
「そンなとこだ。さぁ、族長を呼んでもらおうじゃねぇか」
そうコテツが言い終わるか終わらないかのうちに、コテツの視界の外から別の竜人族がひょっこりと唐突に顔を出した。
「呼んだ?」
「うわっ! な、なンだおめぇ、いつの間に」
「なんだってワシ族長だよぅ。呼んどいてその態度は酷いねぇ」
アトラスよりも大柄な竜人族が目の前に立つ。こっちは動物の骨でできた仮面をかぶっている。
族長と言うからにはもう少し年長者が現れるのだろうと予想していたが、意外と若くアトラスと同程度の年齢に見える。
さらに加えるなら、族長を自称しているが、まるで族長らしい威厳のようなものが感じられない。
「そうやってイメージで決めつけるのは良くないよねぇ。ワシは族長のナフ。よろしくねぇ」
「おい、こいつ本当に族長なのか」
「あっ、それないよねぇ。ズキンと来ちゃうなぁ、もう。ワシ泣いちゃうよ?」
「勝手に泣いてろ」
アトラスに訊くとどうやら、本当にこんなのが族長らしかった。
呆れながらも、コテツは族長に試合を申し込む。
ナフは口調は色々とアレだが身体が大きく、大木の丸太にそのまま柄をつけたような大槌を片手に持っていた。少なくともステイの言っていた里で一番強いというのは嘘ではなさそうだ。
しかし、ナフは「やだよ」の一言でそれを一蹴した。
曰く族長というものも暇ではないらしく、どうしてもというならアトラスと勝負して勝てれば考えてもいいということだった。
「オイラが勝ったら約束通り勝負だからな」
「あー、はいはい。わかってるよぅ」
気のなさそうな返事を寄こすナフ。
「コテツが負けたらおいらコテツと一緒に旅に出るね」
「あー、はいはい。どうぞぅ」
あっさり認めるナフ。
「ちょっと待てぇィ! おめぇ何どさくさに紛れて…。族長も軽すぎンだろ!?」
「よろしくね。コテツ」
「まだ負けてねぇよ!」
かくしてコテツとアトラスの試合が始まったのだった。
アトラスは手に槍を持っている。柄の先端に刃がついたスピアではなくランス、いわゆる突撃槍だ。
見たところ、機械や文明とは無縁な原始的な生活を営む里のようだが、どうやら製鉄技術程度はあるらしい。
刀を咥えてコテツはこれに立ち向かう。
「槍に刀か。3すくみ的にはコテツが不利だよね。やった、おいら旅に出れる!」
やぐらの上から戦いを眺めるステイはもうコテツが負けた気でいて、すでに出発の準備を考えていた。
そこに族長がやって来て声をかける。
「ステイ、今まで里を出たいなんて言ったことなかったよねぇ。それが急に旅に出るだもん。もちろんちゃんとした理由はあるんだよねぇ?」
「う、うん。実はおいら今日、こっそり里を抜け出して森へ行ってたんだ。そしたら……」
特大どんこに出くわし、コテツに助けられ、その話を聞くうちに世界を見たいと思ったことを伝えた。
「おいらよりもあんなに小さなわんこでもちゃんと自分の目的を持ってて、それも独り旅だもん。すごいよね。おいら狩りはメーぐらいしか獲れないし、料理もできないし、槍作りは好きだけど、里のみんなに比べたらまだまだだし……だから、おいら見つけたいんだ! 自分には何ができるのか、何の役に立てるのか。本当の自分を見つけたいんだ! 世界を見て回ればわかる気がするんだ」
何の気なしに本当の自分を見つけたいとステイは言っただけだった。
しかし、ナフはそれを聞くと深いため息をついてしばらく考えた後に言った。
「わかった。行ってきなさい。おまえが時々里を抜けだしているのをワシは知ってたよ。それに、そろそろおまえは一人前にならなくちゃいけない年頃だね。成長の儀式に代えて旅をしてくるのもいいだろう。きっといい経験になる」
ナフは族長然とした態度で、真っ直ぐステイの目を見つめて言った。
それを聞くとステイは喜んで、旅の支度をするんだと駆け出して行った。
「やはりあの子は……特別な子なんだろうねぇ」
空を見上げながらナフが独りごちた。
その表情はどこか少し寂しそうにも見えた。
ナフは里の広場にやってきた。
広場ではまだコテツとアトラスの試合が繰り広げられている。
両者とも実力は互角と言った様子で、どちらも一歩も退かなかった。
そんな二人の間に割って入ってナフが言う。
「気が変わったよぅ。ワシが直々にお手合わせしちゃおうかなぁ」
その手にはあの大槌があった。
コテツは喜んでその申し出を受けた。
「そうだねぇ。じゃあ3分で決めちゃおうかな」
「ばかにすンなよ! 返り討ちにしてやるぜぃ」
コテツが刀を構えた。
「それじゃいくよぅ」
ナフはコテツよりも大きいその大槌を、片手でさも軽そうに振り回してみせる。
「そーれぃ」
縦に一振り。
大地が揺れ、土煙が舞う。大槌が叩きつけられた跡には地面に大きな穴が開いていた。
「あンなの食らったらイチコロだなァ。だがあの大槌じゃ素早く動けないだろう。その隙を突いてやれば…」
当たらなければどうということはない。
相手の攻撃をかわして隙を突けば大した相手ではない。そうコテツは考えていた。
土煙が晴れる。すると、そこにはナフの姿はなくなっていた。
「あ、あれ! どこ行ったンだ、あいつ!?」
慌てて周囲を見回すが、どこにもナフの姿を見つけられない。
ふとコテツの頭上に影がかかった。
「上か!」
気付いた時にはすでに遅かった。
いつの間にか高く跳躍していたナフが、重力に任せてその大槌を振りおろす。
まるで地震かと疑うほどの振動が起きた。
「くそっ」
コテツは後方に跳び下がり、その一撃を回避したつもりだった。
「なかなか手強いな。だが、まだこれからだァ!」
「うんにゃ、もう決着はついてるよぅ。あらら、3分ももたなかったねぇ」
「な、何を! オイラはまだまだこンなモンじゃ……!」
「じゃあ、その刀をよーく見てみるんだねぇ」
「な……これは!」
コテツの咥える刀には刃がなくなっていた。
大槌の一撃は、コテツの刀だけを狙ったのだ。
あのコテツよりも大きな武器でこの小さな刀の刃だけを狙うなんてことは、かなりの熟練された腕前をもってして初めてできることだ。
コテツは降参した。武器がなくては戦えないし、何より刀は侍の魂。それが折られたとあっては負けを認めざるを得なかったのだ。
「ち、ちくしょう…」
刀は侍の魂であり、プライドでもある。
そのプライドをへし折られたコテツは悔しさと屈辱を感じていた。
広場ではまだコテツとアトラスの試合が繰り広げられている。
両者とも実力は互角と言った様子で、どちらも一歩も退かなかった。
そんな二人の間に割って入ってナフが言う。
「気が変わったよぅ。ワシが直々にお手合わせしちゃおうかなぁ」
その手にはあの大槌があった。
コテツは喜んでその申し出を受けた。
「そうだねぇ。じゃあ3分で決めちゃおうかな」
「ばかにすンなよ! 返り討ちにしてやるぜぃ」
コテツが刀を構えた。
「それじゃいくよぅ」
ナフはコテツよりも大きいその大槌を、片手でさも軽そうに振り回してみせる。
「そーれぃ」
縦に一振り。
大地が揺れ、土煙が舞う。大槌が叩きつけられた跡には地面に大きな穴が開いていた。
「あンなの食らったらイチコロだなァ。だがあの大槌じゃ素早く動けないだろう。その隙を突いてやれば…」
当たらなければどうということはない。
相手の攻撃をかわして隙を突けば大した相手ではない。そうコテツは考えていた。
土煙が晴れる。すると、そこにはナフの姿はなくなっていた。
「あ、あれ! どこ行ったンだ、あいつ!?」
慌てて周囲を見回すが、どこにもナフの姿を見つけられない。
ふとコテツの頭上に影がかかった。
「上か!」
気付いた時にはすでに遅かった。
いつの間にか高く跳躍していたナフが、重力に任せてその大槌を振りおろす。
まるで地震かと疑うほどの振動が起きた。
「くそっ」
コテツは後方に跳び下がり、その一撃を回避したつもりだった。
「なかなか手強いな。だが、まだこれからだァ!」
「うんにゃ、もう決着はついてるよぅ。あらら、3分ももたなかったねぇ」
「な、何を! オイラはまだまだこンなモンじゃ……!」
「じゃあ、その刀をよーく見てみるんだねぇ」
「な……これは!」
コテツの咥える刀には刃がなくなっていた。
大槌の一撃は、コテツの刀だけを狙ったのだ。
あのコテツよりも大きな武器でこの小さな刀の刃だけを狙うなんてことは、かなりの熟練された腕前をもってして初めてできることだ。
コテツは降参した。武器がなくては戦えないし、何より刀は侍の魂。それが折られたとあっては負けを認めざるを得なかったのだ。
「ち、ちくしょう…」
刀は侍の魂であり、プライドでもある。
そのプライドをへし折られたコテツは悔しさと屈辱を感じていた。
陽が暮れたのでコテツはステイの家に泊まることにした。
ステイがこれで一緒に旅ができるだとか、これからどこへ行くのだとか色々と声をかけるが、まるでコテツの耳には入っていない。相性ではこちらが有利だったのに、刀さえあればまだ戦えたのに、などといったことをぶつぶつと呟いている。
「まぁ、族長が相手だったんだもん。仕方ないよ」
「うるせぇな。オイラはこンなところで負けてちゃいけねぇンだ。もっともっと強くならなくちゃいけねぇンだよ!」
コテツが吠える。
「でも負けちゃったよねぇ」
窓からナフがひょっこりと顔を出した。
そのまま窓を潜ってナフが中に入ってくる。
「ちっ、笑いに来たのかよ!」
「まぁそれもあるけどね。これからステイがお世話になるんだから、こんなのじゃ先が思いやられるよねぇ」
「うるせぇ! 刀が折れてなきゃオイラはもっとやれたンだ! あンなのはオイラの実力の一部も出せてねぇよ!」
「それ負け犬の遠吠えって言うんだよぅ」
「あっ、族長うまい!」
「全然上手くねぇ!」
まだ吠えるコテツに、ナフは顔を近づけて言った。
「でも武器がないから戦えないのは辛いねぇ。今日のは試合だから武器がなくなったらそこで試合終了、それでいいんだよぅ。でも、自分の身を守る戦いではそれで”おしまい”だからねぇ。死んじゃったら文句も言えないよ」
真っ直ぐと目を見つめてくる。
笑いながらナフは言うが、仮面の向こうの目は笑ってはいない。
「何が言いたい。狩猟の鉄則でも教えてくれるってのか?」
「違う。これは大切な話だよ。ステイにも聞いてもらいたい」
いつもと違う雰囲気にコテツもステイもナフのほうに身体を向ける。一方でナフは二人には背を向けて、窓から夜空を眺めながら話し始めた。空は闇夜の漆黒一色だ。
「メタディアって知ってるかい?」
ナフが訊く。
『メタディア』とはメーやメフィアのような生き物の総称だ。
それらに共通する特徴として、まず体色は紫系統であるということ。薄い紫は桃色。濃い紫は黒だ。
次にそれらの名前はどれもがメから始まっているということ。メー然り、メフィアも然りだ。
二人はこれに頷いた。
「それぐらい知ってるさ。メーとかのことだろ?」
「そう。そのメタディアが最近活発になってきているんだよね。だから旅に出るなら二人ともよーく気をつけたほうがいい」
「気をつける? メーにか? あンなの大したことねぇよ。一体何に気をつけろってンだ」
「それだけがメタディアじゃない。まだまだ様々な種類がいるからね。メーやメフィアのように無害なものもいるけど、中には攻撃的なものや危険なものだっている」
「ふーん。そういえばおいら色違いのメー見たことあるよ」
「とくにメーディというメタディアには気をつけなさい。あれは危険だ。ワシはもちろん、里の者みんなが束になってかかっても手も足もでないだろうね」
外は急に風が強くなってきた。
屋内を照らすランプがゆらゆらと揺れる。
「そンなにやべぇのがいるのか? だがそんなの聞いたこともなかったぜぃ」
「おいらも知らない。知らないものは気をつけようがないよね。それってどんな形してるの?」
「それは……」
ナフがそれを言いかけたとき、突風が吹いてランプの明かりを消してしまった。
屋内は真っ暗な闇に包まれる。そこに赤い光が浮かぶ。
「おっと、いけないいけない」
赤い光がランプへと近づくと、火が灯り部屋が再び照らされた。
「とにかく……そうだね。メタディアの特徴は知ってるね? それに加えて見たことのないヘンないきものを見かけたら用心することだね」
それだけ言うとナフは去って行った。
「危険なメーディ……ねぇ」
「どんなやつか知らねぇが、むしろ強いんだったら修行も兼ねてオイラが退治してやるぜぃ」
二人はただ顔を見合わせるだけだった。
そのメーディがこの先コテツたちを何度となく翻弄することを、まだ二人は知る由もない。
ステイがこれで一緒に旅ができるだとか、これからどこへ行くのだとか色々と声をかけるが、まるでコテツの耳には入っていない。相性ではこちらが有利だったのに、刀さえあればまだ戦えたのに、などといったことをぶつぶつと呟いている。
「まぁ、族長が相手だったんだもん。仕方ないよ」
「うるせぇな。オイラはこンなところで負けてちゃいけねぇンだ。もっともっと強くならなくちゃいけねぇンだよ!」
コテツが吠える。
「でも負けちゃったよねぇ」
窓からナフがひょっこりと顔を出した。
そのまま窓を潜ってナフが中に入ってくる。
「ちっ、笑いに来たのかよ!」
「まぁそれもあるけどね。これからステイがお世話になるんだから、こんなのじゃ先が思いやられるよねぇ」
「うるせぇ! 刀が折れてなきゃオイラはもっとやれたンだ! あンなのはオイラの実力の一部も出せてねぇよ!」
「それ負け犬の遠吠えって言うんだよぅ」
「あっ、族長うまい!」
「全然上手くねぇ!」
まだ吠えるコテツに、ナフは顔を近づけて言った。
「でも武器がないから戦えないのは辛いねぇ。今日のは試合だから武器がなくなったらそこで試合終了、それでいいんだよぅ。でも、自分の身を守る戦いではそれで”おしまい”だからねぇ。死んじゃったら文句も言えないよ」
真っ直ぐと目を見つめてくる。
笑いながらナフは言うが、仮面の向こうの目は笑ってはいない。
「何が言いたい。狩猟の鉄則でも教えてくれるってのか?」
「違う。これは大切な話だよ。ステイにも聞いてもらいたい」
いつもと違う雰囲気にコテツもステイもナフのほうに身体を向ける。一方でナフは二人には背を向けて、窓から夜空を眺めながら話し始めた。空は闇夜の漆黒一色だ。
「メタディアって知ってるかい?」
ナフが訊く。
『メタディア』とはメーやメフィアのような生き物の総称だ。
それらに共通する特徴として、まず体色は紫系統であるということ。薄い紫は桃色。濃い紫は黒だ。
次にそれらの名前はどれもがメから始まっているということ。メー然り、メフィアも然りだ。
二人はこれに頷いた。
「それぐらい知ってるさ。メーとかのことだろ?」
「そう。そのメタディアが最近活発になってきているんだよね。だから旅に出るなら二人ともよーく気をつけたほうがいい」
「気をつける? メーにか? あンなの大したことねぇよ。一体何に気をつけろってンだ」
「それだけがメタディアじゃない。まだまだ様々な種類がいるからね。メーやメフィアのように無害なものもいるけど、中には攻撃的なものや危険なものだっている」
「ふーん。そういえばおいら色違いのメー見たことあるよ」
「とくにメーディというメタディアには気をつけなさい。あれは危険だ。ワシはもちろん、里の者みんなが束になってかかっても手も足もでないだろうね」
外は急に風が強くなってきた。
屋内を照らすランプがゆらゆらと揺れる。
「そンなにやべぇのがいるのか? だがそんなの聞いたこともなかったぜぃ」
「おいらも知らない。知らないものは気をつけようがないよね。それってどんな形してるの?」
「それは……」
ナフがそれを言いかけたとき、突風が吹いてランプの明かりを消してしまった。
屋内は真っ暗な闇に包まれる。そこに赤い光が浮かぶ。
「おっと、いけないいけない」
赤い光がランプへと近づくと、火が灯り部屋が再び照らされた。
「とにかく……そうだね。メタディアの特徴は知ってるね? それに加えて見たことのないヘンないきものを見かけたら用心することだね」
それだけ言うとナフは去って行った。
「危険なメーディ……ねぇ」
「どんなやつか知らねぇが、むしろ強いんだったら修行も兼ねてオイラが退治してやるぜぃ」
二人はただ顔を見合わせるだけだった。
そのメーディがこの先コテツたちを何度となく翻弄することを、まだ二人は知る由もない。
「ぎゃぁぁああああ!?」
翌朝。まだ太陽も顔を出さないような早朝に、エルナトの里にコテツの悲鳴が響き渡る。
目を覚ますと、コテツは大鍋の中でぐつぐつと茹でられていたのだ。
「な、なんだこりゃあ! ここは地獄か? 釜茹で地獄かァ!?」
鍋の前にはバケツに穴を開けたような仮面に、背中には巨大なフォーク、ナイフ、タモ網を背負ったコック帽の竜人族がいた。
コック帽の竜人族は平然としたようすで、さもあたりまえのように訊いた。
「あ、おはようございます。お目覚めはいかがですか?」
「いかがもクソもあるかァァアアア!!」
エルナトの朝は騒がしく始まった。
コテツの叫び声でステイは目を覚ます。
そうだ、今日は記念すべき旅立ちの日。二度寝なんてしていられない。
手早く荷物をまとめて朝食を済ませると里の門へと急いだ。
門前にはナフやアトラス、そして里の仲間たちが立ち並んでいた。
どうやらステイの旅立ちを総出で見送ってくれるらしい。
「ステイ、いよいよだね。忘れ物はないね?」
「ばっちりだよ」
「種族は違ってもおまえはエルナトで育った家族の一員だ。いつでも好きなときに帰って来い」
「アトラスもありがとう。おいら、きっと一人前になって帰ってくるからね」
里の仲間たちは一人一人ステイに言葉を送った。
最後にナフが一本の槍を手渡した。
「これは昔ワシが使っていたものだよ。餞別だ、持って行きなさい」
柄はステイの身の丈より長く、先端の刃は稲妻のような特殊な形をしている。穂先には魔除けの赤い帯が巻き付けられている。
「ワシだと思って大切にしてね」
「う、うん…。ありがとう族長」
それからステイは里のみんなにお礼を言って、最後にコテツに声をかけた。
「それじゃあ行こうか、コテツ。いつまでものぼせてないで」
「うるせぇうるせぇ! こんな里があるか! 見送りの朝に釜茹でにするようなやつがあるか!!」
コテツは茹でたてほかほかわんこになっていた。頭からはまだ湯気が上っている。
「まぁまぁ。許してやってよぅ。うちの調理長のテパは珍しい食材を見ると、つい料理しちゃうんだよねぇ。ワシでも手がつけられないんだから」
「オイラ食材じゃねぇやい!」
「大丈夫だよ、コテツ。おかげで今朝のスープはいつもよりおいしかったよ!」
親指を立ててステイがフォローする。
「それフォローになってねぇよ!!」
こんな騒がしい様子でコテツとステイは旅立って行った。
エルナトの住民たちはその姿が見えなくなるまでステイを見送っていた。
そして二人の姿が見えなくなったのを確認すると、ナフがぼそりと言った。
「テパちゃんグッジョブ。いいダシとれてたよぅ!」
「ありがとうございます! これでしばらくはマンネリともおさらばですねっ!」
「お、おまえら…」
それをただただ呆れて見つめるアトラスだった。
そんなことは露知らず、コテツとステイは行く。
「そういやァ、まだおめぇの名前を聞いてなかったな」
「おいらステイだよ。これからよろしくね」
こうしてコテツの修行の旅、ステイの自分探しの旅は始まった。
メタディアを巡る彼らの旅はまだ始まったばかりである。
翌朝。まだ太陽も顔を出さないような早朝に、エルナトの里にコテツの悲鳴が響き渡る。
目を覚ますと、コテツは大鍋の中でぐつぐつと茹でられていたのだ。
「な、なんだこりゃあ! ここは地獄か? 釜茹で地獄かァ!?」
鍋の前にはバケツに穴を開けたような仮面に、背中には巨大なフォーク、ナイフ、タモ網を背負ったコック帽の竜人族がいた。
コック帽の竜人族は平然としたようすで、さもあたりまえのように訊いた。
「あ、おはようございます。お目覚めはいかがですか?」
「いかがもクソもあるかァァアアア!!」
エルナトの朝は騒がしく始まった。
コテツの叫び声でステイは目を覚ます。
そうだ、今日は記念すべき旅立ちの日。二度寝なんてしていられない。
手早く荷物をまとめて朝食を済ませると里の門へと急いだ。
門前にはナフやアトラス、そして里の仲間たちが立ち並んでいた。
どうやらステイの旅立ちを総出で見送ってくれるらしい。
「ステイ、いよいよだね。忘れ物はないね?」
「ばっちりだよ」
「種族は違ってもおまえはエルナトで育った家族の一員だ。いつでも好きなときに帰って来い」
「アトラスもありがとう。おいら、きっと一人前になって帰ってくるからね」
里の仲間たちは一人一人ステイに言葉を送った。
最後にナフが一本の槍を手渡した。
「これは昔ワシが使っていたものだよ。餞別だ、持って行きなさい」
柄はステイの身の丈より長く、先端の刃は稲妻のような特殊な形をしている。穂先には魔除けの赤い帯が巻き付けられている。
「ワシだと思って大切にしてね」
「う、うん…。ありがとう族長」
それからステイは里のみんなにお礼を言って、最後にコテツに声をかけた。
「それじゃあ行こうか、コテツ。いつまでものぼせてないで」
「うるせぇうるせぇ! こんな里があるか! 見送りの朝に釜茹でにするようなやつがあるか!!」
コテツは茹でたてほかほかわんこになっていた。頭からはまだ湯気が上っている。
「まぁまぁ。許してやってよぅ。うちの調理長のテパは珍しい食材を見ると、つい料理しちゃうんだよねぇ。ワシでも手がつけられないんだから」
「オイラ食材じゃねぇやい!」
「大丈夫だよ、コテツ。おかげで今朝のスープはいつもよりおいしかったよ!」
親指を立ててステイがフォローする。
「それフォローになってねぇよ!!」
こんな騒がしい様子でコテツとステイは旅立って行った。
エルナトの住民たちはその姿が見えなくなるまでステイを見送っていた。
そして二人の姿が見えなくなったのを確認すると、ナフがぼそりと言った。
「テパちゃんグッジョブ。いいダシとれてたよぅ!」
「ありがとうございます! これでしばらくはマンネリともおさらばですねっ!」
「お、おまえら…」
それをただただ呆れて見つめるアトラスだった。
そんなことは露知らず、コテツとステイは行く。
「そういやァ、まだおめぇの名前を聞いてなかったな」
「おいらステイだよ。これからよろしくね」
こうしてコテツの修行の旅、ステイの自分探しの旅は始まった。
メタディアを巡る彼らの旅はまだ始まったばかりである。