第二章「機械の暴走」
暗い海の中を小型潜水艇『鯱』が行く。
鯱の発する小さな明かりだけが行く先を照らす。
現在ヴェルスタンドにマキナ在住の者が入ることは条約で禁止されている。
それがたとえ、かつてヴェルスタンドの研究者であったガイストであったとしても例外ではない。
しかしヴェルスタンドで精神体が暴走を起こしている。
それが原因かはわからないがヴェルスタンドが壊滅的な被害を受けたと聞いて、ガイストはじっとしていられなかった。
陸路は監視が厳しいため海路を行き、ヴェスルタンド北部の海底ドックから同国内へと潜入した。
かつてガイストが責任者を務めていたガイストクッペルを初めとして、ヴェルスタンドに複数存在する研究用のドームはそれぞれが地下で『レール』と呼ばれる鉄道で繋がっている。
レールにはヴェルスタンドの各地に出口があり、この海底ドックもそのひとつだった。
ここは普段ほとんど使われていないので、誰にも見つかることなく簡単に潜入することができる。
もちろん、この場所の存在は研究関係者にしか知らされていない。
「さて、ここまでは順調だ。あとはこのカードキーがまだ使えればいいけど…」
ガイストは先の戦争で敵と見なされて追われた身だ。あるいはすでに使えなくされているかもしれない。
海底ドックに鯱を停泊させてしばらくぶりのヴェルスタンドの地を踏む。
ドックには誰の姿もない。錆びたコンテナや、古びたクレーンが静かに佇んでいるだけだ。
歩いて奥の扉へと向かう。深緑色の鉄骨の壁に自分の足音だけが反響する。
扉の前に立った。大型のトラックが並んで3台は通れそうな大きなシャッターだ。
開ける手段を探して周囲を確認すると、扉のすぐ近くには小さな端末とモニタ画面があり、その上部には赤い回転灯が光っている。
端末にはカードを認識するための機械が設置されていた。
ガイストが自身のカードキーを通すと、カードがロックされているのではという不安はよそに、扉ががらがらと音を響かせて開き始めた。
モニタには『Complete』の表示、そして緑の回転灯が光り、扉は完全に開いた。
「よかった。どうやら電源もしっかりと生きているようだな」
扉を潜り、手すりの錆びた階段を登り、老朽化したエレベータでさらに上へと向かう。
エレベータの内部は赤いランプで照らされている。
「なんだかあのときのことを思い出してしまうな…」
それはかつての戦争の頃、初めてゲンダーと出逢ったときのことだ。
あれはヴェルスタンド前大統領が私の研究していた精神体を兵器転用していると知ったときだった。
私はすぐに大統領に連絡し、それが本当なのかを確かめた。そしてそれが原因で私はヴェルスタンドを追われることになった。
ガイストクッペル諸とも邪魔になった私を葬り去ろうとして、大統領はドームに向けてミサイルを発射させた。
そしてドームから脱出する際に私は偶然エレベータでゲンダーと乗り合わせたのだ。
(な、なんだおまえは…。まさかマキナの兵器か!? それとも私を逃がすまいと、もう刺客が現れたというのか…)
(何をわけのわからないことを言っているのダ。オレは四角くなんかないぞ。オレはマキナじゃなくて癒から来たゲンダーだ! おまえこそ何ダ!?)
(なんだと! おまえは私の言葉が理解できるのか!? 一体誰がこんなすごいものを発明して……いや、それよりも早くここを脱出しなければ。さぁ、おまえも乗るんだ )
これをきっかけに私はゲンダーやメイヴたちと共に、戦争を止めるために闘う仲間となった。
あそこでゲンダーと出逢っていなければ、きっと私の運命は変わっていただろう。あるいはマキナがヴェルスタンドに滅ぼされていた可能性だってある。
ガイストは不意に、あのときのように突然エレベータが止まって扉が開き、そこからゲンダーが乗り込んでくるのではないかという錯覚に駆られた。しかしもちろんそのようなことはなく、エレベータは軋んだ音を立てながら真っ直ぐに上へと昇ってゆく。
ゲンダーはもういない。戦争で犠牲になったメイヴを復活させる手掛かりを求めて旅に出てしまったのだから。
「そうだ。今は僕しかない。自分の力でやり遂げなければならない。信じるんだ、自分の力を」
そう自分に言い聞かせるが、もしも旅をしているゲンダーが偶然この場に居合わせてくれたら……と心に思うガイストだった。
鯱の発する小さな明かりだけが行く先を照らす。
現在ヴェルスタンドにマキナ在住の者が入ることは条約で禁止されている。
それがたとえ、かつてヴェルスタンドの研究者であったガイストであったとしても例外ではない。
しかしヴェルスタンドで精神体が暴走を起こしている。
それが原因かはわからないがヴェルスタンドが壊滅的な被害を受けたと聞いて、ガイストはじっとしていられなかった。
陸路は監視が厳しいため海路を行き、ヴェスルタンド北部の海底ドックから同国内へと潜入した。
かつてガイストが責任者を務めていたガイストクッペルを初めとして、ヴェルスタンドに複数存在する研究用のドームはそれぞれが地下で『レール』と呼ばれる鉄道で繋がっている。
レールにはヴェルスタンドの各地に出口があり、この海底ドックもそのひとつだった。
ここは普段ほとんど使われていないので、誰にも見つかることなく簡単に潜入することができる。
もちろん、この場所の存在は研究関係者にしか知らされていない。
「さて、ここまでは順調だ。あとはこのカードキーがまだ使えればいいけど…」
ガイストは先の戦争で敵と見なされて追われた身だ。あるいはすでに使えなくされているかもしれない。
海底ドックに鯱を停泊させてしばらくぶりのヴェルスタンドの地を踏む。
ドックには誰の姿もない。錆びたコンテナや、古びたクレーンが静かに佇んでいるだけだ。
歩いて奥の扉へと向かう。深緑色の鉄骨の壁に自分の足音だけが反響する。
扉の前に立った。大型のトラックが並んで3台は通れそうな大きなシャッターだ。
開ける手段を探して周囲を確認すると、扉のすぐ近くには小さな端末とモニタ画面があり、その上部には赤い回転灯が光っている。
端末にはカードを認識するための機械が設置されていた。
ガイストが自身のカードキーを通すと、カードがロックされているのではという不安はよそに、扉ががらがらと音を響かせて開き始めた。
モニタには『Complete』の表示、そして緑の回転灯が光り、扉は完全に開いた。
「よかった。どうやら電源もしっかりと生きているようだな」
扉を潜り、手すりの錆びた階段を登り、老朽化したエレベータでさらに上へと向かう。
エレベータの内部は赤いランプで照らされている。
「なんだかあのときのことを思い出してしまうな…」
それはかつての戦争の頃、初めてゲンダーと出逢ったときのことだ。
あれはヴェルスタンド前大統領が私の研究していた精神体を兵器転用していると知ったときだった。
私はすぐに大統領に連絡し、それが本当なのかを確かめた。そしてそれが原因で私はヴェルスタンドを追われることになった。
ガイストクッペル諸とも邪魔になった私を葬り去ろうとして、大統領はドームに向けてミサイルを発射させた。
そしてドームから脱出する際に私は偶然エレベータでゲンダーと乗り合わせたのだ。
(な、なんだおまえは…。まさかマキナの兵器か!? それとも私を逃がすまいと、もう刺客が現れたというのか…)
(何をわけのわからないことを言っているのダ。オレは四角くなんかないぞ。オレはマキナじゃなくて癒から来たゲンダーだ! おまえこそ何ダ!?)
(なんだと! おまえは私の言葉が理解できるのか!? 一体誰がこんなすごいものを発明して……いや、それよりも早くここを脱出しなければ。さぁ、おまえも乗るんだ )
これをきっかけに私はゲンダーやメイヴたちと共に、戦争を止めるために闘う仲間となった。
あそこでゲンダーと出逢っていなければ、きっと私の運命は変わっていただろう。あるいはマキナがヴェルスタンドに滅ぼされていた可能性だってある。
ガイストは不意に、あのときのように突然エレベータが止まって扉が開き、そこからゲンダーが乗り込んでくるのではないかという錯覚に駆られた。しかしもちろんそのようなことはなく、エレベータは軋んだ音を立てながら真っ直ぐに上へと昇ってゆく。
ゲンダーはもういない。戦争で犠牲になったメイヴを復活させる手掛かりを求めて旅に出てしまったのだから。
「そうだ。今は僕しかない。自分の力でやり遂げなければならない。信じるんだ、自分の力を」
そう自分に言い聞かせるが、もしも旅をしているゲンダーが偶然この場に居合わせてくれたら……と心に思うガイストだった。
エレベータががくんと揺れて止まる。
故障かとも思われたがどうやらただの老朽化によるもので、すぐに扉が開いて最上部に到着したのだということを知る。
降りた先は蒼白い明かりに照らされた開けた空間。タイル張りの床で少し鉄臭い。
所々に腰かけるためのベンチや、煙草などを販売する自動販売機が設置されており、どこか地下鉄の駅に近い雰囲気を感じる。
ここはヴェルスタンドの地下を縦横に走るレールの駅のひとつだ。
地下鉄とは違い、レールは主に研究関係者が利用する施設のみに通されているが、駅や車両の基本的な構造は一般的なものと同じだ。違うのはレールは一般の車両より小型で、個人が操作することができるという点だろうか。
手近なレールに乗り込み充電が十分であることを確認すると、勝手知ったる様子でそれを発進させた。
「ゲシュペンスト博士のドーム、ゲシュプクッペルへ向かってみよう」
ヴェルスタンドの危機を知らせたホログラムメールを送って寄せた張本人が責任者を務める研究ドーム。そこに行けば何かわかるかもしれない。
行き先を設定すると、運転席のモニタに目的地までの路線図が表示された。
ガイストはそのモニタをじっと眺める。
「この運転席を見ると、今度はメイヴを思い出すな…」
それはミサイルを受けて崩れ落ちるガイストクッペルから脱出する際のこと。
なんとかガイストクッペルの地下レール駅まで逃げ込んだのはよかったが電源系統がやられてしまい、さらに上階へと向かう道は崩れてしまって、ドームの地下に閉じ込められてしまったときのことだ。
下のレールは電気がなくて動かない。しかし、崩れてしまっていて上から脱出することもできない。
もうだめだ、私はここで死ぬ運命なのかと諦めかけたそのとき、メイヴは言ったのだ。『私を信じてください』と。
破損し損傷の激しかったメイヴは、自らのエネルギーを変換しレールを動かすことで私を救ってくれた。
まさか機械が自らを犠牲にしてまで自分を救ってくれるとは予想だにしていなかった。
「思えばメイヴはいつだって自分の身を顧みず、僕やゲンダーのことを考えてくれていたんだな…。機械だからといってばかにはできないんだ。……だが今度は僕がメイヴを救う。だから待っててくれ、メイヴ」
精神体の暴走の真実を突き止めてすぐにでもこの一件を解決しよう。
ブラックボックスの研究を再開するんだ。メイヴにまた再会するために。そう心に誓った。
ガイストの想いを乗せて、地下トンネルをレールは軽快に走っていく。
するとそのとき、運転室に警告音が鳴り響く。
センサーに障害物反応、慌てて前方を確認するが何の姿もない。
「どういうことだ? 何かいるのか?」
センサーは警告を続ける。警告音が鳴り響く間隔が徐々に短くなっていく。
しかし、前方にもモニタにも自分の乗るレール以外には何もいないように見える。
焦りと不安だけが募る。そして次の瞬間。
車体を激しい震動が襲い、まるで揺さぶられるかのような衝撃が襲い、操縦はまるで利かない。
そのままレールはしばらく暴走を続け、そしてついに脱線した。
混乱しながらもレールから脱出すると、車体は傾き地下トンネルの壁にめり込んでいる。
レール内から非常用ライトを持ってきて確認するが何かと衝突したような様子はなく、車体にはただ脱線の際に壁面をこすり付けた傷があるだけだ。
「一体何が起こったんだ!? センサーの誤作動? でもさっきの暴走は…」
車体の損傷はひどくはなかったが、人の手で……それも自分ひとりだけで脱線したレールを線路に戻すことはできない。
仕方なくライトで周囲を見回すと、どうやらヴェルスタンド首都ゲーヒルンへの出口が近いことがわかった。
「ドームへ歩いて行くには遠すぎる。一度地上に出て、別の駅から鉄道を使ったほうが良さそうだな」
ライトの明かりを頼りに、線路に沿って地下トンネルを進む。
しばらく線路を歩いていると、後方の暗闇から振動と車輪の音が聞こえてきた。
まずい、別のレールが来る。そう思って思わず後方をライトで照らした。
すると暗闇の中から、なんと目の前にレールの車体が姿を現した。
「ば、ばかな!? 明かりもつけずに走って来たというのか!? いや、それ以前に音が聞こえてからここまで来るには早すぎる!!」
地下トンネルは狭くレール一台分程度の幅があるのみで、左右に逃げ道もない。当然、走って逃げ切れるものではない。
(ひ、轢かれる――!!)
恐ろしい速度でレールが通過する。
ガイストが手にしていたライトがからんと虚しく落ちる。
トンネル内に車輪の音を反響させながらレールは走り去って行った。
しばらくの静寂。
ふと落ちていたライトが持ち上げられると、それはガイストの姿を照らした。
「あ、危なかった…。なんだ今のは!?」
咄嗟に線路にうつ伏せになることで、ガイストはレールと線路の僅かな隙間でレールをやり過ごしていた。
頭上をもの凄い速度で車体が通り過ぎるあの恐怖感は忘れられそうにもない。まさに危機一髪だった。
恐ろしい記憶は脳裏に鮮明に焼き付く。ガイストはライトが車体を照らしたあの一瞬のことをよく覚えていた。
「誰も……運転席にいなかった。それに車体のあの傷。まさか、さっきまで僕が運転していたものか!?」
あれは確かにさっき脱線したはずのレールだった。
しかしなぜそれが走ってくるのか。それも運転席に誰もいないというのに。
「まさかポルター……いや、まさかな。そんな、ばかばかしい」
きっとこれも機械の誤作動に違いない。自分にそう言い聞かせてここは納得することにした。
並行世界にでも迷い込んだか、ここが誰かの精神世界の中でもないのなら、ポルターガイストなんてあるわけがない。
どうやって脱線していた車両が動き出したのかは疑問だったが、今は気にせず近くの出口へと向かうことにした。
何よりこの薄暗い地下トンネルが急に不気味に感じられて、早くここを抜けだしてしまいたかったからだ。
故障かとも思われたがどうやらただの老朽化によるもので、すぐに扉が開いて最上部に到着したのだということを知る。
降りた先は蒼白い明かりに照らされた開けた空間。タイル張りの床で少し鉄臭い。
所々に腰かけるためのベンチや、煙草などを販売する自動販売機が設置されており、どこか地下鉄の駅に近い雰囲気を感じる。
ここはヴェルスタンドの地下を縦横に走るレールの駅のひとつだ。
地下鉄とは違い、レールは主に研究関係者が利用する施設のみに通されているが、駅や車両の基本的な構造は一般的なものと同じだ。違うのはレールは一般の車両より小型で、個人が操作することができるという点だろうか。
手近なレールに乗り込み充電が十分であることを確認すると、勝手知ったる様子でそれを発進させた。
「ゲシュペンスト博士のドーム、ゲシュプクッペルへ向かってみよう」
ヴェルスタンドの危機を知らせたホログラムメールを送って寄せた張本人が責任者を務める研究ドーム。そこに行けば何かわかるかもしれない。
行き先を設定すると、運転席のモニタに目的地までの路線図が表示された。
ガイストはそのモニタをじっと眺める。
「この運転席を見ると、今度はメイヴを思い出すな…」
それはミサイルを受けて崩れ落ちるガイストクッペルから脱出する際のこと。
なんとかガイストクッペルの地下レール駅まで逃げ込んだのはよかったが電源系統がやられてしまい、さらに上階へと向かう道は崩れてしまって、ドームの地下に閉じ込められてしまったときのことだ。
下のレールは電気がなくて動かない。しかし、崩れてしまっていて上から脱出することもできない。
もうだめだ、私はここで死ぬ運命なのかと諦めかけたそのとき、メイヴは言ったのだ。『私を信じてください』と。
破損し損傷の激しかったメイヴは、自らのエネルギーを変換しレールを動かすことで私を救ってくれた。
まさか機械が自らを犠牲にしてまで自分を救ってくれるとは予想だにしていなかった。
「思えばメイヴはいつだって自分の身を顧みず、僕やゲンダーのことを考えてくれていたんだな…。機械だからといってばかにはできないんだ。……だが今度は僕がメイヴを救う。だから待っててくれ、メイヴ」
精神体の暴走の真実を突き止めてすぐにでもこの一件を解決しよう。
ブラックボックスの研究を再開するんだ。メイヴにまた再会するために。そう心に誓った。
ガイストの想いを乗せて、地下トンネルをレールは軽快に走っていく。
するとそのとき、運転室に警告音が鳴り響く。
センサーに障害物反応、慌てて前方を確認するが何の姿もない。
「どういうことだ? 何かいるのか?」
センサーは警告を続ける。警告音が鳴り響く間隔が徐々に短くなっていく。
しかし、前方にもモニタにも自分の乗るレール以外には何もいないように見える。
焦りと不安だけが募る。そして次の瞬間。
車体を激しい震動が襲い、まるで揺さぶられるかのような衝撃が襲い、操縦はまるで利かない。
そのままレールはしばらく暴走を続け、そしてついに脱線した。
混乱しながらもレールから脱出すると、車体は傾き地下トンネルの壁にめり込んでいる。
レール内から非常用ライトを持ってきて確認するが何かと衝突したような様子はなく、車体にはただ脱線の際に壁面をこすり付けた傷があるだけだ。
「一体何が起こったんだ!? センサーの誤作動? でもさっきの暴走は…」
車体の損傷はひどくはなかったが、人の手で……それも自分ひとりだけで脱線したレールを線路に戻すことはできない。
仕方なくライトで周囲を見回すと、どうやらヴェルスタンド首都ゲーヒルンへの出口が近いことがわかった。
「ドームへ歩いて行くには遠すぎる。一度地上に出て、別の駅から鉄道を使ったほうが良さそうだな」
ライトの明かりを頼りに、線路に沿って地下トンネルを進む。
しばらく線路を歩いていると、後方の暗闇から振動と車輪の音が聞こえてきた。
まずい、別のレールが来る。そう思って思わず後方をライトで照らした。
すると暗闇の中から、なんと目の前にレールの車体が姿を現した。
「ば、ばかな!? 明かりもつけずに走って来たというのか!? いや、それ以前に音が聞こえてからここまで来るには早すぎる!!」
地下トンネルは狭くレール一台分程度の幅があるのみで、左右に逃げ道もない。当然、走って逃げ切れるものではない。
(ひ、轢かれる――!!)
恐ろしい速度でレールが通過する。
ガイストが手にしていたライトがからんと虚しく落ちる。
トンネル内に車輪の音を反響させながらレールは走り去って行った。
しばらくの静寂。
ふと落ちていたライトが持ち上げられると、それはガイストの姿を照らした。
「あ、危なかった…。なんだ今のは!?」
咄嗟に線路にうつ伏せになることで、ガイストはレールと線路の僅かな隙間でレールをやり過ごしていた。
頭上をもの凄い速度で車体が通り過ぎるあの恐怖感は忘れられそうにもない。まさに危機一髪だった。
恐ろしい記憶は脳裏に鮮明に焼き付く。ガイストはライトが車体を照らしたあの一瞬のことをよく覚えていた。
「誰も……運転席にいなかった。それに車体のあの傷。まさか、さっきまで僕が運転していたものか!?」
あれは確かにさっき脱線したはずのレールだった。
しかしなぜそれが走ってくるのか。それも運転席に誰もいないというのに。
「まさかポルター……いや、まさかな。そんな、ばかばかしい」
きっとこれも機械の誤作動に違いない。自分にそう言い聞かせてここは納得することにした。
並行世界にでも迷い込んだか、ここが誰かの精神世界の中でもないのなら、ポルターガイストなんてあるわけがない。
どうやって脱線していた車両が動き出したのかは疑問だったが、今は気にせず近くの出口へと向かうことにした。
何よりこの薄暗い地下トンネルが急に不気味に感じられて、早くここを抜けだしてしまいたかったからだ。
地下トンネルを抜けて駅を経由し、ヴェルスタンドの首都ゲーヒルンに到着した。
高層ビルが立ち並び、中央にはこの国を象徴する巨大なタワーが誇るようにそびえ立つ。
ビジネスだけでなく商業の中心地でもあり、いつもは多くの人で賑わっているはずの都市だった。
しかし地上へ出てみると、そこには人の姿がまったくない。まるでゴーストタウンと化したかのような静けさだ。
「どういうことだ? 仮にもここは首都のはず」
人の姿を探してビル街を彷徨うガイスト。すると集団で倒れている人々の姿を見つけた。
慌てて駆け寄り声をかけるが、誰一人としてすでに息がない。
「し、死んでる…」
驚きのあまりに足が震える。
突然人が倒れる怪現象が起きているとは聞いていた。しかし、まさか死んでいるなんて!
恐る恐る死人の姿を確認するが、どこにも外傷はなく襲われた様子も苦しんだ様子もない。誰もが日常の表情のままで、そのまま時間が止まってしまったかのように事切れていた。
そう、まるで魂だけが抜き取られてしまったかのように……
とにかくここで何が起こったのかを知りたい。誰かに話を聞きたい。
生存者を捜して街のはずれ、古びたバス停の近くを通りかかる。
ふとバス停を覗きこむと、そこにうずくまる一人の男の姿を見つけることができた。周囲には何人もの人が倒れている。
ガイストは男に声をかけた。男はひどく怯えた様子だ。
「だ、大丈夫ですか。ここで一体何があったんです?」
「わからない! わけがわからない! 私の前でみんな突然倒れだしたと思ったら、バスが突然…………うっ」
「ど、どうした!?」
男は話している途中で唐突に倒れてしまった。すでに息はない。
近くの街灯が突然割れる。水道管から水が噴き出す。マンホールの蓋が飛び上がる。
どこからともなく見覚えのある紫の霧が立ち込めて、赤と青の光の玉がそこに無数に浮かび上がる。
「こ、これは…!!」
光の玉はガイストを囲い込むように追い詰める。絶体絶命、逃げ場はない。
すると誰かが叫ぶ声。
「目を閉じろ! 耳を塞げ!!」
そこに金属製の筒が投げ込まれる。
(スタングレネード――!!)
音響手榴弾が破裂。激しい音と閃光を撒き散らす。
光の玉の動きが止まった。
一方ガイストも身動きが取れない。頭がくらくらしてうまく歩くことができない。
誰かがガイストの腕を引いた。何か言っているようだが、手榴弾の影響でよく聞き取れない。
腕を引かれるがままにその場を避難し、近くのビルの中へと逃げ込んだ。
ようやく視力や聴覚が戻ってくる。
よく見ると同じようにここへ避難して来ている人の姿がちらほらと見えた。
「あんなところで何をしていたんだ! 外は危ないぞ!」
ガイストを助けてくれた男が声をかけた。
「す、すみません。あの、あなたは?」
「俺はヘルツだ。ここゲーヒルンで精神科医をやっている」
「先程は助けていただいてありがとうございました。ところで、なぜあなたが音響手榴弾を?」
「突然人が倒れる事件が起こったと思ったら、今度は変な光が現れて人々を襲う現象が起こってる。やつらが現れたらこれを投げろと兵隊に渡されたんだ。だが、俺たちを助けてくれた兵士はやつらにやられてしまって…」
「そうだったのか…」
今やヴェルスタンド全土で人が突然倒れる現象が相次いでいるという。
ヘルツの病院にも患者が運び込まれたが原因は一切不明。すべてが即死であり、外傷も内部損傷も全くなし。謎のショック死と診断せざるを得なかった。
「それだけじゃない。街のあらゆる機械が暴走を始めたんだ。俺の病院の医療器具だってそうさ。危うく俺が手術されちまうところだった」
「機械が!?」
ガイストはすぐに暴走したレールのことを思い出した。
「あの光の玉もそうだが、今のヴェルスタンドは何かがおかしい」
「機械の暴走か…。どういうことなんだ」
「とにかく今はここにいるべきだ。軍が助けに来てくれるのを信じて待つしかない」
ヘルツに連れられてビルの奥へと向かう。
避難してきた多くの人がロビーに集まっている。
ガイストがそこに姿を現すと人々の視線が一斉に集まった。
「あの顔立ち、マキナ人だぜ。どうしておれたちの国に…」
「どうせ出稼ぎか何かでしょうね。……でも、どうも怪しいわ」
「マキナといえば機械の国だよね? ってことはつまり…」
「これは絶対テロだ。前の戦争の復讐でマキナのやつらがやってるに違いねぇ…」
ひそひそと人々が囁き合う。
ガイストの顔をちらちらと窺いながら、怪訝そうな表情を見せる。
「やめないか! 彼は襲われていたんだ。我々と同じだ!」
ヘルツが言って聞かせるが、ひそひそ声が鎮まることはなかった。
機械の暴走という現象がヴェルスタンドの人々に思い起こさせたのは隣国マキナだった。
先の戦争の復讐のためにマキナがテロを起こしている――そんな噂がヴェルスタンドでは流れているらしい。
どうやったのかはわからないが、人々が倒れるのもマキナのせいに違いない。最新のナノマシンを散布して細菌テロならぬナノマシンテロを起こしているんだ、という声さえあった。
「マキナが……そんなまさか」
師であるスヴェン博士からは何も聞かされていない。
あのマキナが本当に復讐テロを起こしたのだろうか。
疑念は尽きない。ヴェルスタンドの人々の疑いの目がガイストの心に鋭く突き刺さる。
高層ビルが立ち並び、中央にはこの国を象徴する巨大なタワーが誇るようにそびえ立つ。
ビジネスだけでなく商業の中心地でもあり、いつもは多くの人で賑わっているはずの都市だった。
しかし地上へ出てみると、そこには人の姿がまったくない。まるでゴーストタウンと化したかのような静けさだ。
「どういうことだ? 仮にもここは首都のはず」
人の姿を探してビル街を彷徨うガイスト。すると集団で倒れている人々の姿を見つけた。
慌てて駆け寄り声をかけるが、誰一人としてすでに息がない。
「し、死んでる…」
驚きのあまりに足が震える。
突然人が倒れる怪現象が起きているとは聞いていた。しかし、まさか死んでいるなんて!
恐る恐る死人の姿を確認するが、どこにも外傷はなく襲われた様子も苦しんだ様子もない。誰もが日常の表情のままで、そのまま時間が止まってしまったかのように事切れていた。
そう、まるで魂だけが抜き取られてしまったかのように……
とにかくここで何が起こったのかを知りたい。誰かに話を聞きたい。
生存者を捜して街のはずれ、古びたバス停の近くを通りかかる。
ふとバス停を覗きこむと、そこにうずくまる一人の男の姿を見つけることができた。周囲には何人もの人が倒れている。
ガイストは男に声をかけた。男はひどく怯えた様子だ。
「だ、大丈夫ですか。ここで一体何があったんです?」
「わからない! わけがわからない! 私の前でみんな突然倒れだしたと思ったら、バスが突然…………うっ」
「ど、どうした!?」
男は話している途中で唐突に倒れてしまった。すでに息はない。
近くの街灯が突然割れる。水道管から水が噴き出す。マンホールの蓋が飛び上がる。
どこからともなく見覚えのある紫の霧が立ち込めて、赤と青の光の玉がそこに無数に浮かび上がる。
「こ、これは…!!」
光の玉はガイストを囲い込むように追い詰める。絶体絶命、逃げ場はない。
すると誰かが叫ぶ声。
「目を閉じろ! 耳を塞げ!!」
そこに金属製の筒が投げ込まれる。
(スタングレネード――!!)
音響手榴弾が破裂。激しい音と閃光を撒き散らす。
光の玉の動きが止まった。
一方ガイストも身動きが取れない。頭がくらくらしてうまく歩くことができない。
誰かがガイストの腕を引いた。何か言っているようだが、手榴弾の影響でよく聞き取れない。
腕を引かれるがままにその場を避難し、近くのビルの中へと逃げ込んだ。
ようやく視力や聴覚が戻ってくる。
よく見ると同じようにここへ避難して来ている人の姿がちらほらと見えた。
「あんなところで何をしていたんだ! 外は危ないぞ!」
ガイストを助けてくれた男が声をかけた。
「す、すみません。あの、あなたは?」
「俺はヘルツだ。ここゲーヒルンで精神科医をやっている」
「先程は助けていただいてありがとうございました。ところで、なぜあなたが音響手榴弾を?」
「突然人が倒れる事件が起こったと思ったら、今度は変な光が現れて人々を襲う現象が起こってる。やつらが現れたらこれを投げろと兵隊に渡されたんだ。だが、俺たちを助けてくれた兵士はやつらにやられてしまって…」
「そうだったのか…」
今やヴェルスタンド全土で人が突然倒れる現象が相次いでいるという。
ヘルツの病院にも患者が運び込まれたが原因は一切不明。すべてが即死であり、外傷も内部損傷も全くなし。謎のショック死と診断せざるを得なかった。
「それだけじゃない。街のあらゆる機械が暴走を始めたんだ。俺の病院の医療器具だってそうさ。危うく俺が手術されちまうところだった」
「機械が!?」
ガイストはすぐに暴走したレールのことを思い出した。
「あの光の玉もそうだが、今のヴェルスタンドは何かがおかしい」
「機械の暴走か…。どういうことなんだ」
「とにかく今はここにいるべきだ。軍が助けに来てくれるのを信じて待つしかない」
ヘルツに連れられてビルの奥へと向かう。
避難してきた多くの人がロビーに集まっている。
ガイストがそこに姿を現すと人々の視線が一斉に集まった。
「あの顔立ち、マキナ人だぜ。どうしておれたちの国に…」
「どうせ出稼ぎか何かでしょうね。……でも、どうも怪しいわ」
「マキナといえば機械の国だよね? ってことはつまり…」
「これは絶対テロだ。前の戦争の復讐でマキナのやつらがやってるに違いねぇ…」
ひそひそと人々が囁き合う。
ガイストの顔をちらちらと窺いながら、怪訝そうな表情を見せる。
「やめないか! 彼は襲われていたんだ。我々と同じだ!」
ヘルツが言って聞かせるが、ひそひそ声が鎮まることはなかった。
機械の暴走という現象がヴェルスタンドの人々に思い起こさせたのは隣国マキナだった。
先の戦争の復讐のためにマキナがテロを起こしている――そんな噂がヴェルスタンドでは流れているらしい。
どうやったのかはわからないが、人々が倒れるのもマキナのせいに違いない。最新のナノマシンを散布して細菌テロならぬナノマシンテロを起こしているんだ、という声さえあった。
「マキナが……そんなまさか」
師であるスヴェン博士からは何も聞かされていない。
あのマキナが本当に復讐テロを起こしたのだろうか。
疑念は尽きない。ヴェルスタンドの人々の疑いの目がガイストの心に鋭く突き刺さる。