第四章C「研究資料の護衛(エラキス編)」
各地に派遣された各調査団チームはそれぞれ、調査したグメーシス亜種の情報、そして一部の成功したチームは捕獲した亜種の研究サンプルをアルバールの研究本部へと持ち帰った。しかしその結果、この機関には十分な設備が不足していることがわかった。
そこで本部は外部の研究所に協力を要請することを提案した。マキナやヴェルスタンドの本国には大陸最先端の技術がある。その力を借りれば、この未知なるグメーシスの亜種についての研究が進められるだろうと考えたのだ。
アルバールに戻って待機していた調査団たちは命じられる。
「マキナのベイクーロ研究所へ研究資料を護送してほしい」
この任務に指名されたのは調査団のエラキスたちのチームだった。先の調査実績や諸々の理由から、彼らがこの任務に最適だと判断されたのだ。
「護送か。そうダな……今の状況ダと、道中で亜種に遭遇する可能性もある。オレたちが行ったほうがいいダろうな」
すると、任務を伝えに来た男はそんなゲンダーに伝えた。
「申し訳ありませんが、ゲンダー様には別の仕事があります。ヘルツ殿から英雄様をお連れするようにと託っております。なんでも確認したいことがあるのだとかで…」
「そうなのか? なら仕方ないな」
『英雄ということは私も呼ばれているということですよね?』
メイヴの遠隔モニタが訊く。
「はい。メイヴ様、並びにゲンダー様。大切な話があるので大樹裏手の広場で会いたい、とのことです」
「大樹裏? 外で待ち合わせか。どこかへ行くのか、それとも何か実験でも始めるのか。了解ダ、すぐに向かうと伝えてくれ」
護送任務にはゲンダーとメイヴは同行しない。つまり、今回の任務はイザール、シルマ、そしてエラキスたちだけで行う必要がある。
ゲンダーは彼らだけで大丈夫かと心配したが、三人は是非とも自分たちに任せてほしいと、二人は自分のやるべきことに専念してほしいと答えた。
「No problem! 俺の手にかかればマキナなんてあっという間さ」
エラキスは暴走しがちで、イザールはどうも臆病な面がある。だが、そんな中でシルマは、ただのお嬢様のように見えて意外としっかりしている一面もあることをゲンダーは知っている。
「少し心配は残るが……まぁいいダろう。じゃあ、護送はおまえたちに任せる。あとエラキス、事故すんなよ」
『大丈夫ですよ、ゲンダー。彼らを信じましょう。私たちが今まで仲間にそうしてきたように。彼らも仲間なんですから』
あまりヘルツを待たせすぎてもいけない。英雄二人は彼らに応援の言葉をかけてから、約束通りヘルツの待つ大樹裏手へと向かっていった。
二人を見送ると、三人はさっそく出発の準備に取り掛かる。
「……さて。じゃあ、僕たちも行こうか。マキナに資料を届ければいいんだったね」
「ええ。護衛という話だけど最も安全で確実なのは、そもそも襲われないのが一番よね。どのルートが安全なのかしら」
「南はないと思うよ。ブラボーチームの対峙したトメーシスは相当危険らしいからね」
「じゃあ北かしら。ホルメーシスは大人しいって聞いてるから、万が一遭遇してもなんとかなりそうよね」
地図を指でなぞりながら道筋を確認する。そんな二人をエラキスはまだまだ甘いと笑った。
「最も安全なルートを望むなら、そもそも亜種に遭わなけりゃいい」
「そうは言うけど、メモによると大陸中はどこもかしこも亜種出現の報告だらけだよ。本当にそんなルートがあるのかい?」
「There is. しかも超最短距離だ。まぁ、俺に任せときなって。ちょっくら手配してくるから…」
「手配……?」
イザールとシルマは二人して顔を見合わせた。
そこで本部は外部の研究所に協力を要請することを提案した。マキナやヴェルスタンドの本国には大陸最先端の技術がある。その力を借りれば、この未知なるグメーシスの亜種についての研究が進められるだろうと考えたのだ。
アルバールに戻って待機していた調査団たちは命じられる。
「マキナのベイクーロ研究所へ研究資料を護送してほしい」
この任務に指名されたのは調査団のエラキスたちのチームだった。先の調査実績や諸々の理由から、彼らがこの任務に最適だと判断されたのだ。
「護送か。そうダな……今の状況ダと、道中で亜種に遭遇する可能性もある。オレたちが行ったほうがいいダろうな」
すると、任務を伝えに来た男はそんなゲンダーに伝えた。
「申し訳ありませんが、ゲンダー様には別の仕事があります。ヘルツ殿から英雄様をお連れするようにと託っております。なんでも確認したいことがあるのだとかで…」
「そうなのか? なら仕方ないな」
『英雄ということは私も呼ばれているということですよね?』
メイヴの遠隔モニタが訊く。
「はい。メイヴ様、並びにゲンダー様。大切な話があるので大樹裏手の広場で会いたい、とのことです」
「大樹裏? 外で待ち合わせか。どこかへ行くのか、それとも何か実験でも始めるのか。了解ダ、すぐに向かうと伝えてくれ」
護送任務にはゲンダーとメイヴは同行しない。つまり、今回の任務はイザール、シルマ、そしてエラキスたちだけで行う必要がある。
ゲンダーは彼らだけで大丈夫かと心配したが、三人は是非とも自分たちに任せてほしいと、二人は自分のやるべきことに専念してほしいと答えた。
「No problem! 俺の手にかかればマキナなんてあっという間さ」
エラキスは暴走しがちで、イザールはどうも臆病な面がある。だが、そんな中でシルマは、ただのお嬢様のように見えて意外としっかりしている一面もあることをゲンダーは知っている。
「少し心配は残るが……まぁいいダろう。じゃあ、護送はおまえたちに任せる。あとエラキス、事故すんなよ」
『大丈夫ですよ、ゲンダー。彼らを信じましょう。私たちが今まで仲間にそうしてきたように。彼らも仲間なんですから』
あまりヘルツを待たせすぎてもいけない。英雄二人は彼らに応援の言葉をかけてから、約束通りヘルツの待つ大樹裏手へと向かっていった。
二人を見送ると、三人はさっそく出発の準備に取り掛かる。
「……さて。じゃあ、僕たちも行こうか。マキナに資料を届ければいいんだったね」
「ええ。護衛という話だけど最も安全で確実なのは、そもそも襲われないのが一番よね。どのルートが安全なのかしら」
「南はないと思うよ。ブラボーチームの対峙したトメーシスは相当危険らしいからね」
「じゃあ北かしら。ホルメーシスは大人しいって聞いてるから、万が一遭遇してもなんとかなりそうよね」
地図を指でなぞりながら道筋を確認する。そんな二人をエラキスはまだまだ甘いと笑った。
「最も安全なルートを望むなら、そもそも亜種に遭わなけりゃいい」
「そうは言うけど、メモによると大陸中はどこもかしこも亜種出現の報告だらけだよ。本当にそんなルートがあるのかい?」
「There is. しかも超最短距離だ。まぁ、俺に任せときなって。ちょっくら手配してくるから…」
「手配……?」
イザールとシルマは二人して顔を見合わせた。
「おまえは英雄と呼ばれることをどう思う」
大樹の裏手。約束していた場所で、ヘルツが訊いた。
呼ばれていたゲンダーとメイヴは一体なんのことだと訊き返す。
彼ら三人とガイストを加えた四人は救国の英雄として、大樹大陸では誰もが知る存在だ。そんな英雄たちは誰もが称え、そして誰もがその実力に期待している。そして今回も――英雄たちならきっと、この亜種問題を解決してくれるに違いないと多くの者が考えていた。アルバールの会議にガイスト(実際に現れたのはゲンダーとメイヴだったが)を呼んだのも、HiveMindで精神体と闘った彼らの知識と経験を頼ってのことだ。
頼られるのは期待されているがゆえ。期待されるのは実力を認められているがゆえ。それは喜ばしいことであるはずなのだが、ときにその期待は重圧として圧し掛かってくることもある。ヘルツは英雄としての実力を見込まれてヴェルスタンドの大統領に抜擢されたが、そこではうまく力を発揮できておらず、英雄と呼ばれることを重荷に感じていた。
「俺は申し訳なく思っている。俺自身、英雄だからという色眼鏡で見られたくないと考えていながら、今回の件で英雄であるガイストやおまえたちに頼ろうとしてしまっているんだ。だからもし迷惑だったら、気にすることなく言ってほしい。半ば無理やりおまえたちを巻き込んでしまったようで俺は……」
彼もまたメイヴやゲンダーと同じく英雄と呼ばれる身なのに、自分はまるで活躍できていない。あげく彼らの力に頼り、問題を押し付けようとしてしまっているのではないか。そういうことをヘルツは気にしているようだった。
『やれやれ。大切な話というから何かと思えば、そんなことでしたか』
呆れたような、しかしどこかほっとしたような雰囲気でメイヴが言った。
『私たちは同じこの大樹大陸に住んでいます。つまり私たちは運命共同体。大陸を脅かしている亜種の問題はそこに住む者全員の問題です。まぁ、言ってしまえば最初から巻き込まれていたようなもんですよ。この大陸の誰もがね』
「しかし俺は……」
ヘルツは何かを言いかけたが、うまく言葉にできないのかそのまま黙り込んでしまった。その沈黙を破ってゲンダーが尋ねる。
「なんでおまえはそんなことを気にするんダ。それはオレたちの問題なんダから、一緒に取り組んでいけばいい。それダけじゃないか。おまえはおまえで、ちゃんと大統領の仕事をやってるんダ。それなら胸を張って堂々としてろよ」
「俺は……自信が持てずにいるんだ。俺はおまえたちのように強い心を持っていないからな」
「強い心ねぇ。機械のオレたちに向かってそう言われても……なんて返したらいいのか」
こんどはゲンダーが返答に困って沈黙してしまったので、メイヴは話題を変えた。
『ところで、私たちを呼んだ理由はそれだけなんですか? それだけの話ならわざわざ引き止めなくても、それこそすれ違いざまにちょっと言ってくれる程度でも良かったはずです』
「ああ、そうだった。ここに来てもらったのは、他の者がいては言いにくいんじゃないかと思ってな…」
ヘルツはようやく話の本題に入った。
「ガイストは今どこにいるんだ」
アルバールの招致に対して現れたのはゲンダーとメイヴだった。呼ばれた当のガイストは来れない理由があると説明されたが、具体的にそれが何なのかは知らされていない。そこでヘルツは何か公の場では言えないような事情があるのではないかと考えたのだ。
精神体の権威である彼さえいれば、グメーシス亜種の問題もすぐに解決しそうなものだが、なぜか彼はアルバールには姿を現さなかった。そんなガイストを、ヘルツは問題解決のためだけではなく、友として気にかけており、そして心配していた。
『彼は……申し訳ありません。理由あって来れない、としか私たちには言えません』
だが、メイヴはヘルツの問い明確な回答を与えなかった。
「俺にも言えないようなことなのか」
「あいつ自身から止められてるんダ。詳しくは言えないが……あいつも色々と悩んでるんダよ」
「悩んでいる? なぜだ。あいつは実力もあるし、なによりHiveMindでは最も先頭に立って活躍したまさに英雄じゃないか」
「まぁ、あいつは昔からそういうところがあったから……そうダ。おまえ、たしか前は精神科医をやってたよな。だったら、おまえならガイストを助けてやれるかもしれない」
『なるほど。それは名案ですね。ヘルツ、たしか自分があまり活躍できていないと感じているんでしたね。でしたら、ちょうどいい機会があります』
「ちょうどいい……機会?」
メイヴは遠隔モニタに地図を表示した。中心にあるのはここアルバールだ。そこから線が伸びてマキナ方面へと続いている。彼が来ない理由は話せないが、どこにいるかは教えられるとメイヴは言った。
『あなたならきっと今のガイストを救えるはずです。ヘルツ、自分の力を信じてください』
大樹の裏手。約束していた場所で、ヘルツが訊いた。
呼ばれていたゲンダーとメイヴは一体なんのことだと訊き返す。
彼ら三人とガイストを加えた四人は救国の英雄として、大樹大陸では誰もが知る存在だ。そんな英雄たちは誰もが称え、そして誰もがその実力に期待している。そして今回も――英雄たちならきっと、この亜種問題を解決してくれるに違いないと多くの者が考えていた。アルバールの会議にガイスト(実際に現れたのはゲンダーとメイヴだったが)を呼んだのも、HiveMindで精神体と闘った彼らの知識と経験を頼ってのことだ。
頼られるのは期待されているがゆえ。期待されるのは実力を認められているがゆえ。それは喜ばしいことであるはずなのだが、ときにその期待は重圧として圧し掛かってくることもある。ヘルツは英雄としての実力を見込まれてヴェルスタンドの大統領に抜擢されたが、そこではうまく力を発揮できておらず、英雄と呼ばれることを重荷に感じていた。
「俺は申し訳なく思っている。俺自身、英雄だからという色眼鏡で見られたくないと考えていながら、今回の件で英雄であるガイストやおまえたちに頼ろうとしてしまっているんだ。だからもし迷惑だったら、気にすることなく言ってほしい。半ば無理やりおまえたちを巻き込んでしまったようで俺は……」
彼もまたメイヴやゲンダーと同じく英雄と呼ばれる身なのに、自分はまるで活躍できていない。あげく彼らの力に頼り、問題を押し付けようとしてしまっているのではないか。そういうことをヘルツは気にしているようだった。
『やれやれ。大切な話というから何かと思えば、そんなことでしたか』
呆れたような、しかしどこかほっとしたような雰囲気でメイヴが言った。
『私たちは同じこの大樹大陸に住んでいます。つまり私たちは運命共同体。大陸を脅かしている亜種の問題はそこに住む者全員の問題です。まぁ、言ってしまえば最初から巻き込まれていたようなもんですよ。この大陸の誰もがね』
「しかし俺は……」
ヘルツは何かを言いかけたが、うまく言葉にできないのかそのまま黙り込んでしまった。その沈黙を破ってゲンダーが尋ねる。
「なんでおまえはそんなことを気にするんダ。それはオレたちの問題なんダから、一緒に取り組んでいけばいい。それダけじゃないか。おまえはおまえで、ちゃんと大統領の仕事をやってるんダ。それなら胸を張って堂々としてろよ」
「俺は……自信が持てずにいるんだ。俺はおまえたちのように強い心を持っていないからな」
「強い心ねぇ。機械のオレたちに向かってそう言われても……なんて返したらいいのか」
こんどはゲンダーが返答に困って沈黙してしまったので、メイヴは話題を変えた。
『ところで、私たちを呼んだ理由はそれだけなんですか? それだけの話ならわざわざ引き止めなくても、それこそすれ違いざまにちょっと言ってくれる程度でも良かったはずです』
「ああ、そうだった。ここに来てもらったのは、他の者がいては言いにくいんじゃないかと思ってな…」
ヘルツはようやく話の本題に入った。
「ガイストは今どこにいるんだ」
アルバールの招致に対して現れたのはゲンダーとメイヴだった。呼ばれた当のガイストは来れない理由があると説明されたが、具体的にそれが何なのかは知らされていない。そこでヘルツは何か公の場では言えないような事情があるのではないかと考えたのだ。
精神体の権威である彼さえいれば、グメーシス亜種の問題もすぐに解決しそうなものだが、なぜか彼はアルバールには姿を現さなかった。そんなガイストを、ヘルツは問題解決のためだけではなく、友として気にかけており、そして心配していた。
『彼は……申し訳ありません。理由あって来れない、としか私たちには言えません』
だが、メイヴはヘルツの問い明確な回答を与えなかった。
「俺にも言えないようなことなのか」
「あいつ自身から止められてるんダ。詳しくは言えないが……あいつも色々と悩んでるんダよ」
「悩んでいる? なぜだ。あいつは実力もあるし、なによりHiveMindでは最も先頭に立って活躍したまさに英雄じゃないか」
「まぁ、あいつは昔からそういうところがあったから……そうダ。おまえ、たしか前は精神科医をやってたよな。だったら、おまえならガイストを助けてやれるかもしれない」
『なるほど。それは名案ですね。ヘルツ、たしか自分があまり活躍できていないと感じているんでしたね。でしたら、ちょうどいい機会があります』
「ちょうどいい……機会?」
メイヴは遠隔モニタに地図を表示した。中心にあるのはここアルバールだ。そこから線が伸びてマキナ方面へと続いている。彼が来ない理由は話せないが、どこにいるかは教えられるとメイヴは言った。
『あなたならきっと今のガイストを救えるはずです。ヘルツ、自分の力を信じてください』
一方その頃、シルマとイザールはヘルツたちの裏側、大樹の裏の裏すなわち正面に立っていた。外部からエラキスの連絡が入り、ここで待っていてほしいと伝えられたのだ。彼は「手配をしてくる」と言っていたが、一体どこへ行って何を手配してくるつもりなのか。その答えは頭上から降りてきた。
機械が唸るような音と、吹きつける風に気が付いて空を見上げる。と、そこにはマキナの飛行艇が浮かんでいた。
マキナの飛行艇にもいくつか種類があるが、その中でもスヴェン式の飛行艇はそのどれもが海の生き物をモチーフにしたデザインを採用している。頭上に浮かぶのはそんなスヴェン式の飛行艇だったが、それは『鯨』や『鮫』のような有名どころのものではなかった。
飛行艇が二人の前に着陸すると、その中からはエラキスが降り立った。
「Hey, ya missed me? こいつで空路を行くぜ。上空で亜種を見たって報告はないし、空から行けば最短ルートが簡単にとれるからな!」
「エラキス! その飛行艇どうしたんだ」
「見かけない形ね。ずいぶんとごつごつしたデザインだけど」
「Oh ya! こいつは俺専用の愛機だぜ。その名もSea-La-Cans! ベイ博士に協力してもらって俺だけのものを造ったんだ。イカすだろ」
エラキスの飛行艇シーラカンス号。現存する古代魚をモチーフにしたやや小型の飛行艇だ。彼の通り名であるガーネットスターに合わせてか、そのボディは赤い色で塗られており、何よりも速さに特化したチューニングが施されている。見るからに速そうなスピード重視の機体だ。
調査団は輸送する研究資料を搬入すると、一同シーラカンス号に乗り込み、マキナへ向けて出発した。
「Fantastic! この風を切る感じ……やっぱりトロくさい装甲車よりもこっちのほうがいいぜ。まぁ、おまえらはくつろいでてくれ。と言っても陸路と違ってこいつは本当にあっという間に着くけどな。Make yourself」
「そうさせてもらうわ。ところでさっきベイ博士って言ってたけど、それってこれから私たちが向かうベイクーロ研究所の博士のこと? もしかして彼のこと詳しいのかしら」
「Yeah. よくわかったな。ベイ博士は俺の師匠みたいなもんだ。もし博士に会わなかったら、俺はたぶん全然違う人生を歩んでいただろうなぁ」
そう言ってエラキスは過去を語り始めた。フィーティン出身の彼がなぜベイ博士と知り合い、マキナの飛行艇で空を飛び回ることになったのかを。
機械が唸るような音と、吹きつける風に気が付いて空を見上げる。と、そこにはマキナの飛行艇が浮かんでいた。
マキナの飛行艇にもいくつか種類があるが、その中でもスヴェン式の飛行艇はそのどれもが海の生き物をモチーフにしたデザインを採用している。頭上に浮かぶのはそんなスヴェン式の飛行艇だったが、それは『鯨』や『鮫』のような有名どころのものではなかった。
飛行艇が二人の前に着陸すると、その中からはエラキスが降り立った。
「Hey, ya missed me? こいつで空路を行くぜ。上空で亜種を見たって報告はないし、空から行けば最短ルートが簡単にとれるからな!」
「エラキス! その飛行艇どうしたんだ」
「見かけない形ね。ずいぶんとごつごつしたデザインだけど」
「Oh ya! こいつは俺専用の愛機だぜ。その名もSea-La-Cans! ベイ博士に協力してもらって俺だけのものを造ったんだ。イカすだろ」
エラキスの飛行艇シーラカンス号。現存する古代魚をモチーフにしたやや小型の飛行艇だ。彼の通り名であるガーネットスターに合わせてか、そのボディは赤い色で塗られており、何よりも速さに特化したチューニングが施されている。見るからに速そうなスピード重視の機体だ。
調査団は輸送する研究資料を搬入すると、一同シーラカンス号に乗り込み、マキナへ向けて出発した。
「Fantastic! この風を切る感じ……やっぱりトロくさい装甲車よりもこっちのほうがいいぜ。まぁ、おまえらはくつろいでてくれ。と言っても陸路と違ってこいつは本当にあっという間に着くけどな。Make yourself」
「そうさせてもらうわ。ところでさっきベイ博士って言ってたけど、それってこれから私たちが向かうベイクーロ研究所の博士のこと? もしかして彼のこと詳しいのかしら」
「Yeah. よくわかったな。ベイ博士は俺の師匠みたいなもんだ。もし博士に会わなかったら、俺はたぶん全然違う人生を歩んでいただろうなぁ」
そう言ってエラキスは過去を語り始めた。フィーティン出身の彼がなぜベイ博士と知り合い、マキナの飛行艇で空を飛び回ることになったのかを。
エラキスは20数年前のHiveMind以後にフィーティンの片田舎アンヴィルにて鍛冶屋の息子として生まれた。
アンヴィルは首都フェルトから遠く離れたマキナ寄りの海沿いの集落で、鉱山の村として知られている。良質な鉄が採れることで有名で、兵器や機械の部品などに加工された鉄製品はそれぞれフィーティンやマキナで重宝されている。また集落の名アンヴィル(金床)が意味するように、この村では鍛治業が盛んだった。
部品が簡単に手に入り、またマキナが近く交流が盛んなこともあってか、この村には機械弄りを得意とする者が多く、エラキスもまたそんな一人だった。
草原や荒野が広く分布するフィーティン領では移動に自動車は欠かせなく、フィーティン人にとって車は必需品とも言えるものだったが、アンヴィルではマキナから流れてくる古い単車、いわゆるオートバイが安価で手に入るため、村民とくに若者たちは主にこれを自分たちの手で修理、改良して利用していた。
そんな風土であるからこそ、自分の愛車を自分好みに改造して乗り回す者が後を絶たず、中でも速度に特化した危険な改造で日々暴走行為を繰り返す集団が自ずと出来上がっていく。彼らには集団をまとめるリーダーが存在し、そのリーダーの乗る星型のエンブレムが輝く深紅のマシンから、彼らの集団は次第にガーネットスターと呼ばれるようになっていった。
エラキスもまたこのガーネットスターの一員であり、たまに付近を行軍しているフィーティン軍の武器や道具を修理したりして小遣いを稼いでは、それをマシンの改造費用に充てたりしていた。
彼の父はそんな息子を認めず稼業を継ぐために鍛治修行をするように迫ったが、エラキスにはまるでそんなつもりはなく、ただ誰よりも速いマシンを作り上げることだけを生きがいとして過ごしてきた。
村の大人たちはガーネットスターに危険なことはやめるようにといつも口酸っぱく注意していたが、彼らはそれでも暴走行為をやめようとしなかった。
幸い周囲は広い草原であり事故はほとんどなかったのと、あくまで速さと風を愛するだけでそれ以上の問題は起こさなかったため、彼らの存在は次第に村の中では半ば黙認されたような状態になっていった。
そんなあるときリーダーが言った。
「マキナからオイルを安く大量に仕入れることができたぞ。そこでだ。今回は少し遠出して、都会のほうへ行ってみないか? おれも行ったことはないが、もしかしたら村の外にはもっと速いやつがいるかもしれない。世界は広い。この程度の速さで満足しているようじゃ、おれたちもまだまだ甘いってもんだ。そうは思わないか?」
ガーネットスターのメンバーの中では最も年上であり、また未だにフィーティンの旧語が主に話されているこの田舎町にあって唯一大陸共通語がわかる走り屋であるリーダーは仲間たちから一目置かれていた。大陸語がわかるからこそ、彼はマキナからオイルや部品などを仕入れることができる。そんな彼独自のルートは仲間たちには大変評判だったのだ。
そんな信頼するリーダーの提案に異を唱える者はいない。仲間たちは誰もが都会への遠征に賛成した。
「いいじゃねーか! 面白そうだ。それに都会にはここらじゃ手に入らないような良いパーツもあるんだろ?」
「そうっすね! 自分たちにはそろそろ新しい刺激が必要なんっすよ」
「行きましょう、リーダー! ウチらはあなたについていきます、どこまでも!」
この辺境の地には無駄に広い草原と山、海と砂浜、それからあとは炭鉱ぐらいのものしかなく、しっかりと舗装されて入り組み合い張り巡らされた道路や、様々な娯楽に溢れた都会は彼らにとって憧れだった。
そして自分も行ったことがない都会へ、物怖じすることなく先頭に立って率いてくれるリーダーのそんな男らしさが彼らにとって憧れだった。
リーダーはいつも仲間たちにこう言っていた。
「いいか、おまえら。自分の行動にはしっかりと責任を持てよ。俺たちは走り屋だが、ギャングとは違うんだ。ただ風を感じたいだけ、速さを追い求めたいだけ。みんなその思いで集まってきているんだ。俺たちは誰かに怪我をさせたり、盗みをはたらくようなことはしない。絶対にだ」
事故を起こせば自分はただでは済まないかもしれない。だが絶対に他人に迷惑をかけるようなことはあってはならない。男なら責任感を持て。それがこの一団ガーネットスターの鉄の掟だった。
仲間たちは尊敬するリーダーの教えを頑なに守ったものだった――その日が来るまでは。
すべてを犠牲にしてただひたすら速さのみを追い求める。たとえ車体に負担がかかっても、どれだけ燃料を喰うようになろうとも、ただ速ければそれでいい。
それまではそう考えていた。なぜなら、今まではそれで何も問題がなかったからだ。
たしかに事故が起こる可能性は常にあった。それでもすべては自分の責任、いざとなればその覚悟はしているつもりだった。
だが自分以外のことは想定していなかった。その可能性があることは誰もがわかっていたにもかかわらず、仲間を失うことに対する覚悟はまるでできていなかった。
「リーダー……どうしてあんたがいなくなっちまうんだよ。あんただからこそ、俺たちはついて来たってのに…」
彼はもういない。
無理な改造が祟ったか、走行中にマシンが大破し空中に投げ出されたリーダーは、打ち所が悪かったのかそのまま帰らぬ人となった。
仲間たちはリーダーの死をいたく悲しみ、その多くがガーネットスターを去る結果になった。
エラキスも一度はこの一団を去ることを考えたが、このままではリーダーの愛したこの一団ガーネットスターが失われてしまうと思い留まった。そして彼の後を継いで自身が一団を率いていこうと決意した。だがリーダーの死後、ガーネットスターは複数の派閥に分裂。新たなリーダーに名乗りを上げた者はエラキスだけではなかったのだ。
そこにはエラキスのように亡きリーダーの意志を継ごうと考える者もいれば、ただ地位を欲して上にのし上がろうと考える者もいた。リーダーは仲間たちに信頼されていたが、すべてのメンバーが彼を尊敬していたわけではない。中には彼の存在を疎ましく思っていた者もおり、これぞ好機と急に大きな態度に出始めたのだ。
「技術ならオレが一番だ。あのリーダーでさえも改造ではオレに及ばなかったんだぜ。だからオレこそ次期リーダーに相応しい。オレがリーダーになったら、みんなもっと凄いマシンを持てるようにしてやるぜ」
「何言ってやがる。奴は最も年上だったからリーダーぶってたんだ。そんなら、その次に年長者のおれがリーダーだ。ほらガキども、新しいリーダーを敬えよ。今じゃおれが一番年上なんだ。つまりおれが一番偉いんだ!」
「そもそもウチらは走り屋だろ。だったら一番速いやつがリーダーになるのがスジってもんさ。そうだろ?」
各々言い分はあれど、最終的には速さで競うことに決まった。それでも彼らは皆、速さを追い求めるという意味では考えが共通していたからだ。もちろんエラキスにも断る理由はなかった。
「俺も挑む。おまえらさっきから技術とか年上とか何言ってんだよ! リーダーの鉄の掟を忘れたわけじゃねーだろ? 後を継ぐってことはその掟を継ぐってことだ。男なら自分の行動に責任を持て、それがリーダーの教えだ。忘れたとは言わせねーぞ」
そんな意気込むエラキスを仲間たちは鼻で笑った。「若造が綺麗ごとを抜かす。おまえはおれたちの中で一番ガキじゃねえか。でしゃばってんじゃねえよ」とは、年長者至上主義を唱えていた二番目の男の談だ。
その言うとおり、エラキスはこのガーネットスターの中では最も年下だった。技術も経験もすべてで誰よりも劣っていると見做されている。名乗りを上げた候補者たちの派閥の中でただエラキスにだけは後についてくる者がいなかった。
仲の良い仲間がいなかったわけではない。が、それでもやはり他のリーダー候補よりは劣って見えたのだろう。今の彼には仲間がいなかった。
それでも自分の想いを曲げるわけにはいかない。誰よりも自分がリーダーを尊敬していた。憧れていた。そう信じてエラキスは誰に応援されることもなく、次期リーダーを選ぶ競争へと飛び込んでいった。
それからしばらくして新リーダー率いる新生ガーネットスターが誕生する。
新しい一団を率いるのはエラキスではなかった。
「おれは赤が嫌いだったんだ。それをあいつが目立つせいで勝手にガーネットスターなんてイメージが定着してしまった。だがこれからは違うぞ。これからのおれたちは銀の稲妻……シルバーボルトだ! ダサい赤いなんかよりも渋い銀のほうが男らしいってもんさ」
結局、次期リーダーになったのは例の年長者至上主義の男だった。新リーダーは「シルバーには年長者を敬う意味を持たせている」なんて演説を続けている。だがここでいう年長者とは、村の老人たちではなく彼自身のことを指していることは言うまでもない。新リーダーはエゴの塊だった。
頭が変われば体制も変わる。エラキスが共感していた鉄の掟はとうとう受け継がれなかった。
それでも他に行くあてのなかったエラキスは、しぶしぶこの一団に留まっていた。今は耐えるとき。年長者至上主義だというなら、つまり考えようによってはいずれ世代交代の時期が来る。時期さえ来ればまたチャンスはある。そのときこそ、ガーネットスターを蘇らせるとき。自分が蘇らせてやるのだ。
そうエラキスは考えていた。だが、とうとうそのチャンスは訪れなかった。
リーダーが変わってからというものの、彼らの評判は以前とは比べ物にならないほどに悪くなっていった。
年長者至上主義の男は力と恐怖で仲間たちを支配し、下の者が上の命令に逆らえないような環境を作り上げていった。そして、それをいいことに部下たちに窃盗や強盗を指示。たびたび暴力事件を起こすようになり、ついには死人まで出してしまった。
事態を重く見たフィーティン軍は、近々この辺境の地まで彼らを取り締まりに遠征することを予定している。そんな噂まで立つようになった。
それはかつてエラキスの尊敬したリーダーが目指していたものとは、まるで正反対の集団だった。
「ガーネットスターはただ純粋に速さを求めるだけの仲間たちだったはずだ。なのに今の俺たちは……変わってしまった。これじゃあ、ただのならず者集団だ。ここに俺の求めるものはない。もう俺の居場所はない…」
すでに彼も、そんなならず者集団の一員として顔を覚えられてしまっている。噂が本当なら、いずれは軍に捕まって投獄されてしまうのがオチだろう。もうここにはいられない。
エラキスは一人、故郷を去ることにした。
後にこのならず者たちがどうなったのか、故郷に残してきた両親が今どうしているのか、彼は知らない。
アンヴィルは首都フェルトから遠く離れたマキナ寄りの海沿いの集落で、鉱山の村として知られている。良質な鉄が採れることで有名で、兵器や機械の部品などに加工された鉄製品はそれぞれフィーティンやマキナで重宝されている。また集落の名アンヴィル(金床)が意味するように、この村では鍛治業が盛んだった。
部品が簡単に手に入り、またマキナが近く交流が盛んなこともあってか、この村には機械弄りを得意とする者が多く、エラキスもまたそんな一人だった。
草原や荒野が広く分布するフィーティン領では移動に自動車は欠かせなく、フィーティン人にとって車は必需品とも言えるものだったが、アンヴィルではマキナから流れてくる古い単車、いわゆるオートバイが安価で手に入るため、村民とくに若者たちは主にこれを自分たちの手で修理、改良して利用していた。
そんな風土であるからこそ、自分の愛車を自分好みに改造して乗り回す者が後を絶たず、中でも速度に特化した危険な改造で日々暴走行為を繰り返す集団が自ずと出来上がっていく。彼らには集団をまとめるリーダーが存在し、そのリーダーの乗る星型のエンブレムが輝く深紅のマシンから、彼らの集団は次第にガーネットスターと呼ばれるようになっていった。
エラキスもまたこのガーネットスターの一員であり、たまに付近を行軍しているフィーティン軍の武器や道具を修理したりして小遣いを稼いでは、それをマシンの改造費用に充てたりしていた。
彼の父はそんな息子を認めず稼業を継ぐために鍛治修行をするように迫ったが、エラキスにはまるでそんなつもりはなく、ただ誰よりも速いマシンを作り上げることだけを生きがいとして過ごしてきた。
村の大人たちはガーネットスターに危険なことはやめるようにといつも口酸っぱく注意していたが、彼らはそれでも暴走行為をやめようとしなかった。
幸い周囲は広い草原であり事故はほとんどなかったのと、あくまで速さと風を愛するだけでそれ以上の問題は起こさなかったため、彼らの存在は次第に村の中では半ば黙認されたような状態になっていった。
そんなあるときリーダーが言った。
「マキナからオイルを安く大量に仕入れることができたぞ。そこでだ。今回は少し遠出して、都会のほうへ行ってみないか? おれも行ったことはないが、もしかしたら村の外にはもっと速いやつがいるかもしれない。世界は広い。この程度の速さで満足しているようじゃ、おれたちもまだまだ甘いってもんだ。そうは思わないか?」
ガーネットスターのメンバーの中では最も年上であり、また未だにフィーティンの旧語が主に話されているこの田舎町にあって唯一大陸共通語がわかる走り屋であるリーダーは仲間たちから一目置かれていた。大陸語がわかるからこそ、彼はマキナからオイルや部品などを仕入れることができる。そんな彼独自のルートは仲間たちには大変評判だったのだ。
そんな信頼するリーダーの提案に異を唱える者はいない。仲間たちは誰もが都会への遠征に賛成した。
「いいじゃねーか! 面白そうだ。それに都会にはここらじゃ手に入らないような良いパーツもあるんだろ?」
「そうっすね! 自分たちにはそろそろ新しい刺激が必要なんっすよ」
「行きましょう、リーダー! ウチらはあなたについていきます、どこまでも!」
この辺境の地には無駄に広い草原と山、海と砂浜、それからあとは炭鉱ぐらいのものしかなく、しっかりと舗装されて入り組み合い張り巡らされた道路や、様々な娯楽に溢れた都会は彼らにとって憧れだった。
そして自分も行ったことがない都会へ、物怖じすることなく先頭に立って率いてくれるリーダーのそんな男らしさが彼らにとって憧れだった。
リーダーはいつも仲間たちにこう言っていた。
「いいか、おまえら。自分の行動にはしっかりと責任を持てよ。俺たちは走り屋だが、ギャングとは違うんだ。ただ風を感じたいだけ、速さを追い求めたいだけ。みんなその思いで集まってきているんだ。俺たちは誰かに怪我をさせたり、盗みをはたらくようなことはしない。絶対にだ」
事故を起こせば自分はただでは済まないかもしれない。だが絶対に他人に迷惑をかけるようなことはあってはならない。男なら責任感を持て。それがこの一団ガーネットスターの鉄の掟だった。
仲間たちは尊敬するリーダーの教えを頑なに守ったものだった――その日が来るまでは。
すべてを犠牲にしてただひたすら速さのみを追い求める。たとえ車体に負担がかかっても、どれだけ燃料を喰うようになろうとも、ただ速ければそれでいい。
それまではそう考えていた。なぜなら、今まではそれで何も問題がなかったからだ。
たしかに事故が起こる可能性は常にあった。それでもすべては自分の責任、いざとなればその覚悟はしているつもりだった。
だが自分以外のことは想定していなかった。その可能性があることは誰もがわかっていたにもかかわらず、仲間を失うことに対する覚悟はまるでできていなかった。
「リーダー……どうしてあんたがいなくなっちまうんだよ。あんただからこそ、俺たちはついて来たってのに…」
彼はもういない。
無理な改造が祟ったか、走行中にマシンが大破し空中に投げ出されたリーダーは、打ち所が悪かったのかそのまま帰らぬ人となった。
仲間たちはリーダーの死をいたく悲しみ、その多くがガーネットスターを去る結果になった。
エラキスも一度はこの一団を去ることを考えたが、このままではリーダーの愛したこの一団ガーネットスターが失われてしまうと思い留まった。そして彼の後を継いで自身が一団を率いていこうと決意した。だがリーダーの死後、ガーネットスターは複数の派閥に分裂。新たなリーダーに名乗りを上げた者はエラキスだけではなかったのだ。
そこにはエラキスのように亡きリーダーの意志を継ごうと考える者もいれば、ただ地位を欲して上にのし上がろうと考える者もいた。リーダーは仲間たちに信頼されていたが、すべてのメンバーが彼を尊敬していたわけではない。中には彼の存在を疎ましく思っていた者もおり、これぞ好機と急に大きな態度に出始めたのだ。
「技術ならオレが一番だ。あのリーダーでさえも改造ではオレに及ばなかったんだぜ。だからオレこそ次期リーダーに相応しい。オレがリーダーになったら、みんなもっと凄いマシンを持てるようにしてやるぜ」
「何言ってやがる。奴は最も年上だったからリーダーぶってたんだ。そんなら、その次に年長者のおれがリーダーだ。ほらガキども、新しいリーダーを敬えよ。今じゃおれが一番年上なんだ。つまりおれが一番偉いんだ!」
「そもそもウチらは走り屋だろ。だったら一番速いやつがリーダーになるのがスジってもんさ。そうだろ?」
各々言い分はあれど、最終的には速さで競うことに決まった。それでも彼らは皆、速さを追い求めるという意味では考えが共通していたからだ。もちろんエラキスにも断る理由はなかった。
「俺も挑む。おまえらさっきから技術とか年上とか何言ってんだよ! リーダーの鉄の掟を忘れたわけじゃねーだろ? 後を継ぐってことはその掟を継ぐってことだ。男なら自分の行動に責任を持て、それがリーダーの教えだ。忘れたとは言わせねーぞ」
そんな意気込むエラキスを仲間たちは鼻で笑った。「若造が綺麗ごとを抜かす。おまえはおれたちの中で一番ガキじゃねえか。でしゃばってんじゃねえよ」とは、年長者至上主義を唱えていた二番目の男の談だ。
その言うとおり、エラキスはこのガーネットスターの中では最も年下だった。技術も経験もすべてで誰よりも劣っていると見做されている。名乗りを上げた候補者たちの派閥の中でただエラキスにだけは後についてくる者がいなかった。
仲の良い仲間がいなかったわけではない。が、それでもやはり他のリーダー候補よりは劣って見えたのだろう。今の彼には仲間がいなかった。
それでも自分の想いを曲げるわけにはいかない。誰よりも自分がリーダーを尊敬していた。憧れていた。そう信じてエラキスは誰に応援されることもなく、次期リーダーを選ぶ競争へと飛び込んでいった。
それからしばらくして新リーダー率いる新生ガーネットスターが誕生する。
新しい一団を率いるのはエラキスではなかった。
「おれは赤が嫌いだったんだ。それをあいつが目立つせいで勝手にガーネットスターなんてイメージが定着してしまった。だがこれからは違うぞ。これからのおれたちは銀の稲妻……シルバーボルトだ! ダサい赤いなんかよりも渋い銀のほうが男らしいってもんさ」
結局、次期リーダーになったのは例の年長者至上主義の男だった。新リーダーは「シルバーには年長者を敬う意味を持たせている」なんて演説を続けている。だがここでいう年長者とは、村の老人たちではなく彼自身のことを指していることは言うまでもない。新リーダーはエゴの塊だった。
頭が変われば体制も変わる。エラキスが共感していた鉄の掟はとうとう受け継がれなかった。
それでも他に行くあてのなかったエラキスは、しぶしぶこの一団に留まっていた。今は耐えるとき。年長者至上主義だというなら、つまり考えようによってはいずれ世代交代の時期が来る。時期さえ来ればまたチャンスはある。そのときこそ、ガーネットスターを蘇らせるとき。自分が蘇らせてやるのだ。
そうエラキスは考えていた。だが、とうとうそのチャンスは訪れなかった。
リーダーが変わってからというものの、彼らの評判は以前とは比べ物にならないほどに悪くなっていった。
年長者至上主義の男は力と恐怖で仲間たちを支配し、下の者が上の命令に逆らえないような環境を作り上げていった。そして、それをいいことに部下たちに窃盗や強盗を指示。たびたび暴力事件を起こすようになり、ついには死人まで出してしまった。
事態を重く見たフィーティン軍は、近々この辺境の地まで彼らを取り締まりに遠征することを予定している。そんな噂まで立つようになった。
それはかつてエラキスの尊敬したリーダーが目指していたものとは、まるで正反対の集団だった。
「ガーネットスターはただ純粋に速さを求めるだけの仲間たちだったはずだ。なのに今の俺たちは……変わってしまった。これじゃあ、ただのならず者集団だ。ここに俺の求めるものはない。もう俺の居場所はない…」
すでに彼も、そんなならず者集団の一員として顔を覚えられてしまっている。噂が本当なら、いずれは軍に捕まって投獄されてしまうのがオチだろう。もうここにはいられない。
エラキスは一人、故郷を去ることにした。
後にこのならず者たちがどうなったのか、故郷に残してきた両親が今どうしているのか、彼は知らない。
行くあてもなく彷徨ううちにエラキスはマキナへと辿り着いていた。
それも当然、フィーティン国内ではガーネットスターは悪い意味で有名になり過ぎてしまった。いや、今ではシルバーボルトだったか。
ともかく国内には居られなかったので、あるいは機械弄りの技術が活かせるかもしれないと淡い希望を抱いて彼はマキナへ向かったのだ。
だがマキナは実力主義の競争社会。優れた研究成果を残せるものはどんどん国の中枢、上層部へと登っていけるが、結果が出せない者は逆に下へ下へと追いやられていく。
これは比喩ではない。マキナでは上へ行けなかったものは、都市下層部のスラム街へと押し込まれることになる。そこには夢破れた研究者や、技術や才能はあるのに機会に恵まれなかった技師たち、そして他所から来た難民などが、まるで敗者の掃き溜めであるかのように寄せ集められている。一度この最下層へ転落してしまえば、よほどの幸運でもない限りはこの国で成功するチャンスはほとんどゼロに近かった。
田舎町の出、しかも大陸共通語がわからなかったエラキスもまたこの下層部スラム街へと流れ着いていた。いくら機械に詳しくても本場マキナではまるで通用しない。いくらガーネットスター時代に培った優れた運転技術があっても運転すべき機体がなければ……つまりは機会がなくては意味がない。
ここでの彼の立場は難民とほぼ同等だった。
マキナへやって来てからというものの、そこそこの腕はあったのでエラキスはこの貧民街で機械修理などでなんとか生計を立てている。だが生活はまるで安定しない。修理の依頼が入らなければ、明日の食事にも事欠くような有様だった。
「こんなはずじゃなかった……俺はただ速さを追求したかっただけなのに。おい神様、いるなら教えてくれよ。俺が一体何をしたっていうんだ。これはなんの罰なんだよ…」
そんな苦しい日々がしばらく続いた。それは一年だったのかもしれないし、十年だったのかもしれない。その日その日を生きるのに精一杯で、それがどれだけの時間だったのかはもう覚えていない。ただ短くはなかったとエラキスは記憶している。
マキナで暮らすうちにエラキスは自然と大陸共通語を身につけていった。言葉が通じない、仕事ができないでは生きていけない。必要に迫られていたからだろうか、いつの間にか話すぶんにはほぼ問題なく共通語をマスターしていた。
だがそれでも彼は大陸共通語の文字は読めなかった。この貧民街では文字が読めなくても困ることはないし、共通語は本で学んだのではなく音で聴いて覚えていったからだ。
そのせいでそれまでは気付かなかったが、あるとき貧民街の住人たちの会話から彼は初めてその存在を知る。
「今年も飛行艇レースの時期がやってきたなぁ」
「おお、もうそんな時期か。おまえさん今年はどこに賭ける?」
仕事中にそんな話を小耳にはさんだ。
飛行艇。マキナでは主な移動手段として用いられている、水上からの離着陸も可能な飛行機だ。このマキナに住んでいればいやでも目に入る。
もともとは兵器としてマキナ軍が使っていたものがいつしか一般化して、マキナでは最もポピュラーな乗り物となった。都市国家であり広場に乏しいこの国では滑走路の確保が難しいため、水上を滑走路として利用できる飛行艇の利便性がその普及に貢献したのだろう。今では軍用の大型のものから、個人用の小型のものまで、様々なタイプの機体が開発されている。
そんな乗り物もあるんだな、程度にはエラキスもその存在を知っていた。
興味が無かったわけではないので、手を動かしながらもその話に耳を傾ける。と、会話はこう続いた。
「近年はアキュラータ社の一強だからなぁ。今回もそこに賭けるよ。確実に当てて少しでも生活の足しにしたいからな」
「なるほどな。だが過信しすぎるのもいかんぞ。ここ最近はスヴェン製もだいぶ改良されてきたって話じゃないか。ここんところは万年二位に甘んじてるようだが、ベイ博士だってそれで満足したりはせんはずだ」
「そりゃあね。祖父の時代には華々しい活躍を重ねてきた研究所だ。プライドもあるだろう。けど、今のあそこはモノは良くても操縦技術がない。せっかくの性能を活かしきれなきゃ、宝の持ち腐れってやつだね」
「うむ、惜しいところだな。祖父は技師にして名パイロットでもあった。だが操縦の腕までは子孫に受け継がれなかったわけだ。あそこも、もうちっと良いパイロットに恵まれればなぁ」
「たしか今年もレースのパイロットを募集していたよな。あんた出てみたらどうだい?」
「わしが? はは、馬鹿を言うな。飛行艇が操縦できたなら、わしはこんな寂れたところにはおらんよ」
マキナの飛行艇業界の事情はまるでわからなかったが、どうやらスヴェン研究所というところがパイロットに困っているということだけはわかった。
(パイロット……飛行艇の操縦か)
もちろん飛行艇なんて操縦したことはなかった。当然ライセンスなんて持っていない。
だがこれはまたとないチャンスかもしれない。機械の知識や技術ではマキナの研究者や技術者には敵わない。それならば、残る自分が自信を持てる部分はガーネットスター時代に培った運転技術しかないのだ。
そう考えたエラキスは居てもたってもいられず、気がつけば飛行艇レースへのエントリーを済ませてレースは当日。スヴェン研究所のゼッケンを背負ってレース用に用意された小型飛行艇に乗り込んで、開始の合図を緊張に胸を高鳴らせて待ち構えていた。
レースには複数の企業や研究所が参戦を名乗り出ているが、それぞれが数人のパイロットを代表として出場させている。エラキスはほとんど飛び入りでスヴェン研究所の選手として登録された。
(まさかこうもあっさり出場できちまうなんて。無免許だってことがバレたらタダじゃすまねえだろうな。いや、それ以前にまともに操縦できるかどうかもわからない。下手すりゃいきなり墜落して死んじまうかもな…)
こんなにも簡単にエラキスがスヴェン研究所の代表の一人に選ばれたのはただ運が良かったからだ。偶然にも練習中に事故を起こして欠員が出たため、抱えるパイロットの数が少なかったスヴェン研究所は人数不足の為に今回は棄権もやむなしとさえ考えていた。そんなところにタイミングよくエラキスが飛び込んで来てくれたので、これは願ってもないことだとあれよという間に選手として登用されて今に至っている。
なお繰り返すが、エラキスは飛行艇を操縦したことは一度もない。
だがエラキスは退かなかった。たしかにそれは無謀すぎたが、何よりも彼は自分の力を信じていた。だからこそ敢えて進むことを選んだ。
(自転車にさえ乗れりゃ二輪も容易いもんだ。だったら飛行艇も似たようなもん……とはちょっと言えないかもしれないが、俺はやるしかない。このまま惨めな人生を送るぐらいなら、死んだほうがマシだ。ここで命を賭けてでも未来を掴んでやる)
隣には同じくレースに参加しているライバルたちの機体が横一線に並んでいる。少なくとも彼らはエラキスのような素人ではないだろう。そんな彼らに果たして勝てるのか。それどころか無事に完走できるかどうかも怪しい。
脳裏に不安がよぎる。背筋には冷たい汗。だが、エラキスは頭を振るってそんな怖れを振り払う。
(できるかどうかじゃねーよな。俺はやるしかない。仮に事故死したとして、そのときは所詮俺はそこまでの男だったってこと。それに掃き溜めで腐って生き長らえるよりは、風になって散ったほうが本望だぜ)
前方にレッドランプが点灯する。点灯するランプの数はリズムよく減っていき、レースの開始をカウントダウンする。
いよいよそのときが迫って来た。エラキス含め、周囲の飛行艇がエンジンから一斉に唸り声を上げる。
たしかに操縦するのは初めてだが、機械修理の仕事を続ける上で飛行艇の構造は知識として知っていた。付け焼刃に過ぎないが、この日に備えて操縦マニュアルも熟読した。あとは自分の腕前だけだ。
固唾を呑んで前方のランプに意識を集中させる。
(大丈夫だ、落ち着け。勝つことにこだわりすぎるな。ただ俺は最速を目指せばいいだけ。自分の力を信じろ……!)
刹那、ランプの赤が全て消えてグリーンに点灯。各機体一斉にスタート地点を飛び立った。
なんとか落ちずに飛んでいる。まだ生きている。その事実にひとまず安心して胸をなで下ろすと、しっかりと操縦桿を握り直し前方を見据える。
コースは至って単純だ。このマキナに特設された発着場から出発してそのまま直進、大樹の裏をくぐって旋回し、再びマキナへと戻ってくる。直線が多いコースは純粋な速さが、そして大樹での折り返しはいかに速度を落とさずにインコースを取れるかの技術が問われることになる。
前方には半数より多くの飛行艇が見えた。現在の順位は後ろから数えたほうが早い位置か。
(少し出遅れちまったみてーだな…。同じ機体を使っている以上、最高速では互角。勝負は折り返し地点か)
それでも少しでも前に出ようとエンジンの出力を限界まで上げる。すると、突然機体は警告音を鳴らし始めた。
本来は機体への負担を減らすために、エンジン出力を最大まで上げ切ってしまうなんてことはまともなパイロットならしない。オーバーヒートを起こしてエンジンが止まってしまえば飛行艇はすぐにでも墜落してしまう。いくら速さのためでも、そんな無茶な操縦をしていてはいくら命があっても足りないからだ。
だがこの男は”まともなパイロット”ではなかった。
知識としてはそれが危険であることを彼も理解している。だが、走り屋とは危険を承知で速さの限界に挑むのが性分なのだ。
エラキスの機体は見る見るうちに加速。前方を行く飛行艇群をごぼう抜きにした。そして今、先頭を行く飛行艇に並ぶ。
先頭を行くのは優勝候補のアキュラータ社が抱えるパイロットの一人。ふと視線を隣へ向けると、先頭を行く者同士、一瞬互いに目があった。
(こいつが一番の強敵ってわけか。こいつさえ追い越せば…)
依然警告は鳴り響いている。だがこの男は臆しない。そのまま強敵を脇目に一気にその距離を引き離す。
そんな様子を見てアキュラータ社のエースは驚いていた。自分が追い抜かされたことに、ではない。エラキスの機体を見てだ。
「なんだあいつ……死ぬ気か…!?」
それも当然、フィーティン国内ではガーネットスターは悪い意味で有名になり過ぎてしまった。いや、今ではシルバーボルトだったか。
ともかく国内には居られなかったので、あるいは機械弄りの技術が活かせるかもしれないと淡い希望を抱いて彼はマキナへ向かったのだ。
だがマキナは実力主義の競争社会。優れた研究成果を残せるものはどんどん国の中枢、上層部へと登っていけるが、結果が出せない者は逆に下へ下へと追いやられていく。
これは比喩ではない。マキナでは上へ行けなかったものは、都市下層部のスラム街へと押し込まれることになる。そこには夢破れた研究者や、技術や才能はあるのに機会に恵まれなかった技師たち、そして他所から来た難民などが、まるで敗者の掃き溜めであるかのように寄せ集められている。一度この最下層へ転落してしまえば、よほどの幸運でもない限りはこの国で成功するチャンスはほとんどゼロに近かった。
田舎町の出、しかも大陸共通語がわからなかったエラキスもまたこの下層部スラム街へと流れ着いていた。いくら機械に詳しくても本場マキナではまるで通用しない。いくらガーネットスター時代に培った優れた運転技術があっても運転すべき機体がなければ……つまりは機会がなくては意味がない。
ここでの彼の立場は難民とほぼ同等だった。
マキナへやって来てからというものの、そこそこの腕はあったのでエラキスはこの貧民街で機械修理などでなんとか生計を立てている。だが生活はまるで安定しない。修理の依頼が入らなければ、明日の食事にも事欠くような有様だった。
「こんなはずじゃなかった……俺はただ速さを追求したかっただけなのに。おい神様、いるなら教えてくれよ。俺が一体何をしたっていうんだ。これはなんの罰なんだよ…」
そんな苦しい日々がしばらく続いた。それは一年だったのかもしれないし、十年だったのかもしれない。その日その日を生きるのに精一杯で、それがどれだけの時間だったのかはもう覚えていない。ただ短くはなかったとエラキスは記憶している。
マキナで暮らすうちにエラキスは自然と大陸共通語を身につけていった。言葉が通じない、仕事ができないでは生きていけない。必要に迫られていたからだろうか、いつの間にか話すぶんにはほぼ問題なく共通語をマスターしていた。
だがそれでも彼は大陸共通語の文字は読めなかった。この貧民街では文字が読めなくても困ることはないし、共通語は本で学んだのではなく音で聴いて覚えていったからだ。
そのせいでそれまでは気付かなかったが、あるとき貧民街の住人たちの会話から彼は初めてその存在を知る。
「今年も飛行艇レースの時期がやってきたなぁ」
「おお、もうそんな時期か。おまえさん今年はどこに賭ける?」
仕事中にそんな話を小耳にはさんだ。
飛行艇。マキナでは主な移動手段として用いられている、水上からの離着陸も可能な飛行機だ。このマキナに住んでいればいやでも目に入る。
もともとは兵器としてマキナ軍が使っていたものがいつしか一般化して、マキナでは最もポピュラーな乗り物となった。都市国家であり広場に乏しいこの国では滑走路の確保が難しいため、水上を滑走路として利用できる飛行艇の利便性がその普及に貢献したのだろう。今では軍用の大型のものから、個人用の小型のものまで、様々なタイプの機体が開発されている。
そんな乗り物もあるんだな、程度にはエラキスもその存在を知っていた。
興味が無かったわけではないので、手を動かしながらもその話に耳を傾ける。と、会話はこう続いた。
「近年はアキュラータ社の一強だからなぁ。今回もそこに賭けるよ。確実に当てて少しでも生活の足しにしたいからな」
「なるほどな。だが過信しすぎるのもいかんぞ。ここ最近はスヴェン製もだいぶ改良されてきたって話じゃないか。ここんところは万年二位に甘んじてるようだが、ベイ博士だってそれで満足したりはせんはずだ」
「そりゃあね。祖父の時代には華々しい活躍を重ねてきた研究所だ。プライドもあるだろう。けど、今のあそこはモノは良くても操縦技術がない。せっかくの性能を活かしきれなきゃ、宝の持ち腐れってやつだね」
「うむ、惜しいところだな。祖父は技師にして名パイロットでもあった。だが操縦の腕までは子孫に受け継がれなかったわけだ。あそこも、もうちっと良いパイロットに恵まれればなぁ」
「たしか今年もレースのパイロットを募集していたよな。あんた出てみたらどうだい?」
「わしが? はは、馬鹿を言うな。飛行艇が操縦できたなら、わしはこんな寂れたところにはおらんよ」
マキナの飛行艇業界の事情はまるでわからなかったが、どうやらスヴェン研究所というところがパイロットに困っているということだけはわかった。
(パイロット……飛行艇の操縦か)
もちろん飛行艇なんて操縦したことはなかった。当然ライセンスなんて持っていない。
だがこれはまたとないチャンスかもしれない。機械の知識や技術ではマキナの研究者や技術者には敵わない。それならば、残る自分が自信を持てる部分はガーネットスター時代に培った運転技術しかないのだ。
そう考えたエラキスは居てもたってもいられず、気がつけば飛行艇レースへのエントリーを済ませてレースは当日。スヴェン研究所のゼッケンを背負ってレース用に用意された小型飛行艇に乗り込んで、開始の合図を緊張に胸を高鳴らせて待ち構えていた。
レースには複数の企業や研究所が参戦を名乗り出ているが、それぞれが数人のパイロットを代表として出場させている。エラキスはほとんど飛び入りでスヴェン研究所の選手として登録された。
(まさかこうもあっさり出場できちまうなんて。無免許だってことがバレたらタダじゃすまねえだろうな。いや、それ以前にまともに操縦できるかどうかもわからない。下手すりゃいきなり墜落して死んじまうかもな…)
こんなにも簡単にエラキスがスヴェン研究所の代表の一人に選ばれたのはただ運が良かったからだ。偶然にも練習中に事故を起こして欠員が出たため、抱えるパイロットの数が少なかったスヴェン研究所は人数不足の為に今回は棄権もやむなしとさえ考えていた。そんなところにタイミングよくエラキスが飛び込んで来てくれたので、これは願ってもないことだとあれよという間に選手として登用されて今に至っている。
なお繰り返すが、エラキスは飛行艇を操縦したことは一度もない。
だがエラキスは退かなかった。たしかにそれは無謀すぎたが、何よりも彼は自分の力を信じていた。だからこそ敢えて進むことを選んだ。
(自転車にさえ乗れりゃ二輪も容易いもんだ。だったら飛行艇も似たようなもん……とはちょっと言えないかもしれないが、俺はやるしかない。このまま惨めな人生を送るぐらいなら、死んだほうがマシだ。ここで命を賭けてでも未来を掴んでやる)
隣には同じくレースに参加しているライバルたちの機体が横一線に並んでいる。少なくとも彼らはエラキスのような素人ではないだろう。そんな彼らに果たして勝てるのか。それどころか無事に完走できるかどうかも怪しい。
脳裏に不安がよぎる。背筋には冷たい汗。だが、エラキスは頭を振るってそんな怖れを振り払う。
(できるかどうかじゃねーよな。俺はやるしかない。仮に事故死したとして、そのときは所詮俺はそこまでの男だったってこと。それに掃き溜めで腐って生き長らえるよりは、風になって散ったほうが本望だぜ)
前方にレッドランプが点灯する。点灯するランプの数はリズムよく減っていき、レースの開始をカウントダウンする。
いよいよそのときが迫って来た。エラキス含め、周囲の飛行艇がエンジンから一斉に唸り声を上げる。
たしかに操縦するのは初めてだが、機械修理の仕事を続ける上で飛行艇の構造は知識として知っていた。付け焼刃に過ぎないが、この日に備えて操縦マニュアルも熟読した。あとは自分の腕前だけだ。
固唾を呑んで前方のランプに意識を集中させる。
(大丈夫だ、落ち着け。勝つことにこだわりすぎるな。ただ俺は最速を目指せばいいだけ。自分の力を信じろ……!)
刹那、ランプの赤が全て消えてグリーンに点灯。各機体一斉にスタート地点を飛び立った。
なんとか落ちずに飛んでいる。まだ生きている。その事実にひとまず安心して胸をなで下ろすと、しっかりと操縦桿を握り直し前方を見据える。
コースは至って単純だ。このマキナに特設された発着場から出発してそのまま直進、大樹の裏をくぐって旋回し、再びマキナへと戻ってくる。直線が多いコースは純粋な速さが、そして大樹での折り返しはいかに速度を落とさずにインコースを取れるかの技術が問われることになる。
前方には半数より多くの飛行艇が見えた。現在の順位は後ろから数えたほうが早い位置か。
(少し出遅れちまったみてーだな…。同じ機体を使っている以上、最高速では互角。勝負は折り返し地点か)
それでも少しでも前に出ようとエンジンの出力を限界まで上げる。すると、突然機体は警告音を鳴らし始めた。
本来は機体への負担を減らすために、エンジン出力を最大まで上げ切ってしまうなんてことはまともなパイロットならしない。オーバーヒートを起こしてエンジンが止まってしまえば飛行艇はすぐにでも墜落してしまう。いくら速さのためでも、そんな無茶な操縦をしていてはいくら命があっても足りないからだ。
だがこの男は”まともなパイロット”ではなかった。
知識としてはそれが危険であることを彼も理解している。だが、走り屋とは危険を承知で速さの限界に挑むのが性分なのだ。
エラキスの機体は見る見るうちに加速。前方を行く飛行艇群をごぼう抜きにした。そして今、先頭を行く飛行艇に並ぶ。
先頭を行くのは優勝候補のアキュラータ社が抱えるパイロットの一人。ふと視線を隣へ向けると、先頭を行く者同士、一瞬互いに目があった。
(こいつが一番の強敵ってわけか。こいつさえ追い越せば…)
依然警告は鳴り響いている。だがこの男は臆しない。そのまま強敵を脇目に一気にその距離を引き離す。
そんな様子を見てアキュラータ社のエースは驚いていた。自分が追い抜かされたことに、ではない。エラキスの機体を見てだ。
「なんだあいつ……死ぬ気か…!?」
後方にはまだ例の強敵の姿が見えているが、その距離は次第に開いていっている。
(なんだ。意外と大したことないのか? この調子なら優勝は頂きだな! よーし、もう誰も俺を止められないぜ!)
そのことに慢心し、機体の状態を顧みずにひたすら前だけを見る。前方には大樹の巨大な幹が差し迫っていた。
大樹の幹はまるで空一面を覆う壁のように前方に広がっている。ここを回り込んでUターンすれば、あとはゴールへ一直線だ。
ただひたすら速さのみを追い求めるエラキスには速度を緩めるなどといった選択肢はない。むしろ、トップでもあろうともさらに速さを求める性質だ。
可能な限り内側を。可能な限り速く。大樹の幹に触れるか触れないというスレスレの位置を、器用に機体を傾けながら飛んでいく。
順調に大樹を回り、ようやく半分行った頃だったろうか。微かにどこかで小さな破裂音がしたのをエラキスは耳にした。
気のせいか、と思いかけた次の瞬間。機体を激しい衝撃が襲った。それと同時に途端に操縦桿が重くなり、高度が徐々に落ちていく。なんとか機体を水平に維持し、何事かと目視で状態を確認するとエラキスは目を疑った。彼の機体にはあるべきものがなくなっていたのだ。
(右のハネがない……!! こ、こいつはシャレになんねぇぞ)
エラキスは気付いていなかったが、負担がかかり過ぎた右翼のサブエンジンは炎を吹いていた。それがついにオイルに引火して爆発。その反動で翼は大樹に接触して破損してしまったのだ。左右のバランスが崩れて操縦が困難になった。
コースは残りまだ半分。このままゴールまで持ち堪えられるのか。
そう心配していたところにさっきのアキュラータのエースが追い付き、あっという間にエラキスを追い抜いて行ってしまった。
(調子に乗り過ぎたか……くそッ! このままじゃ…)
このままでは優勝はおろか、自分の身さえ危ない。いざというときのために飛行艇には脱出用のバルーンやパラシュートが標準装備されている。機体を捨てて脱出、リタイアするなら今しかない。
(だが却下だ!)
否、この男にそんな選択肢は端からない。
咄嗟にエラキスは機体を反転。まだ残る左翼を大樹へと近づける。
再び激しい衝撃。大樹に接触してもう一方の翼も破損。これでエラキスの飛行艇は両方の翼を失った。
「こ、これでいい……へへ。両方壊れてバランスがとれてちょうどいいぜ…。俺はこんなところで終われねぇんだ!」
少なくともこれで真っ直ぐは進む。翼を失ったのと、機体本体のメインエンジンひとつでは心もとないところだが、エラキスは恐れなかった。普通に考えればあり得ない選択だが、彼は普通のパイロットではない。あくまで目指すは可能な限りの最速。
エンジンひとつでは出力不足は否めないが、それでもエラキスは残ったメインエンジンひとつを限界出力で稼働させる。もし、最後のエンジンが発火して爆発したら。あるいはオーバーヒートで機能しなくなったら……いや、最悪の事態は敢えて考えまい。彼が選んだ道はひとつ。成功の未来か、それとも死か。
果たしてそんな彼の執念の成せる業なのか、エラキスの飛行艇は満身創痍といった状態ながらも、先を行くアキュラータのエースに追いついていた。もはや飛んでいるのが不思議なぐらいのその飛行艇を見て、彼は目を疑わずにはいられなかった。
「なぜだ。あの状態でなぜ落ちない! こいつは化け物か!?」
だがあんな墜落寸前の機体なんかに負けるわけがない。と、アキュラータのエースは気にせずレースに集中する。
一方でエラキスも粘り強く彼に続く。着かず離れず、二機の飛行艇は一直線にゴールを目指す。
そしていよいよ前方にゴールのマキナが見えてきた。スタート地点でもあった特設発着場だ。
このままいけば同着か。いや、僅かにエラキスのほうが遅れを取りつつある。二機の差が徐々に開いていく。
何事か、再びエラキスの飛行艇に警告音が鳴り響く。エンジンの負荷や機体損傷とは別のシグナルだ。これは……
「燃料不足!? 破損でタンクをやられてたのか。マキナはもう目の前だってのに……畜生!」
マキナが見えてきているとはいえ、まだ水平線の向こうに少しその姿を拝める程度に過ぎない。このまま無理をすればマキナへ辿り着く前に墜落は免れない。そして速度を落として燃焼の消費を抑えてもマキナまで持つ保証はない。
ここで機体を捨ててリタイアすれば少なくとも墜落に巻き込まれることだけは避けられるだろう。それでなくても徐々に速度は落ちている。こんな状況下であの強敵を追い抜いて勝利する術などあるものだろうか。
「……俺に選択肢などありはしない。俺の選んだ答えはひとつだ」
操縦桿を片手に、エラキスはその隣のレバーを操作する。
それはメインエンジンの圧力操作レバー。エラキスは敢えてエンジンの内圧を高めた。
メインエンジンが炎を吹き出し始める。だが気にしない。
各種計器が振り切れてガラスが割れる。操作盤のあちこちから蒸気が溢れ始める。だが構わない。
「これが俺の出した答えだ!!」
引火。閃光。そして爆発。
ついにメインエンジンはその負荷に耐えきれず破裂。残ったわずかな燃料に噴き上げる炎が引火して爆発した。
果たしてエラキスは機体とともに墜落して散ったか。いや、墜ちてはいない。たしかに破損したエンジンや部品が地上へと落ちて行ったが、そこにエラキスの姿もなければ飛行艇の胴体の前方半分もなかった。
それは一体どこへ。と、視線を上空に戻せば、なんと飛行艇の残骸が爆風によって吹き飛ばされているではないか。
もはやほとんど操縦席のあたりしか残っていないその残骸は、再び前を行くライバルの横を勢い良く飛び抜けると、そのままマキナへ向かって黒煙で一閃の軌跡を描きながら直進する。あるいは特攻という表現のほうが相応しいかもしれない。
届け、届け! 届け!!
強く念じる。今度こそもう成す術はない。出来ることはすべてやった。
(ここで終われば俺は所詮そこまでの男。あとは信じるだけだ。俺の運命を、幸運を!)
目を硬く閉じて祈る。
次の瞬間、激しい振動。機体が地面に打ち付けられ、剥き出しになっていた操縦席からエラキスは投げ出された。そこで彼は意識を失った。
(なんだ。意外と大したことないのか? この調子なら優勝は頂きだな! よーし、もう誰も俺を止められないぜ!)
そのことに慢心し、機体の状態を顧みずにひたすら前だけを見る。前方には大樹の巨大な幹が差し迫っていた。
大樹の幹はまるで空一面を覆う壁のように前方に広がっている。ここを回り込んでUターンすれば、あとはゴールへ一直線だ。
ただひたすら速さのみを追い求めるエラキスには速度を緩めるなどといった選択肢はない。むしろ、トップでもあろうともさらに速さを求める性質だ。
可能な限り内側を。可能な限り速く。大樹の幹に触れるか触れないというスレスレの位置を、器用に機体を傾けながら飛んでいく。
順調に大樹を回り、ようやく半分行った頃だったろうか。微かにどこかで小さな破裂音がしたのをエラキスは耳にした。
気のせいか、と思いかけた次の瞬間。機体を激しい衝撃が襲った。それと同時に途端に操縦桿が重くなり、高度が徐々に落ちていく。なんとか機体を水平に維持し、何事かと目視で状態を確認するとエラキスは目を疑った。彼の機体にはあるべきものがなくなっていたのだ。
(右のハネがない……!! こ、こいつはシャレになんねぇぞ)
エラキスは気付いていなかったが、負担がかかり過ぎた右翼のサブエンジンは炎を吹いていた。それがついにオイルに引火して爆発。その反動で翼は大樹に接触して破損してしまったのだ。左右のバランスが崩れて操縦が困難になった。
コースは残りまだ半分。このままゴールまで持ち堪えられるのか。
そう心配していたところにさっきのアキュラータのエースが追い付き、あっという間にエラキスを追い抜いて行ってしまった。
(調子に乗り過ぎたか……くそッ! このままじゃ…)
このままでは優勝はおろか、自分の身さえ危ない。いざというときのために飛行艇には脱出用のバルーンやパラシュートが標準装備されている。機体を捨てて脱出、リタイアするなら今しかない。
(だが却下だ!)
否、この男にそんな選択肢は端からない。
咄嗟にエラキスは機体を反転。まだ残る左翼を大樹へと近づける。
再び激しい衝撃。大樹に接触してもう一方の翼も破損。これでエラキスの飛行艇は両方の翼を失った。
「こ、これでいい……へへ。両方壊れてバランスがとれてちょうどいいぜ…。俺はこんなところで終われねぇんだ!」
少なくともこれで真っ直ぐは進む。翼を失ったのと、機体本体のメインエンジンひとつでは心もとないところだが、エラキスは恐れなかった。普通に考えればあり得ない選択だが、彼は普通のパイロットではない。あくまで目指すは可能な限りの最速。
エンジンひとつでは出力不足は否めないが、それでもエラキスは残ったメインエンジンひとつを限界出力で稼働させる。もし、最後のエンジンが発火して爆発したら。あるいはオーバーヒートで機能しなくなったら……いや、最悪の事態は敢えて考えまい。彼が選んだ道はひとつ。成功の未来か、それとも死か。
果たしてそんな彼の執念の成せる業なのか、エラキスの飛行艇は満身創痍といった状態ながらも、先を行くアキュラータのエースに追いついていた。もはや飛んでいるのが不思議なぐらいのその飛行艇を見て、彼は目を疑わずにはいられなかった。
「なぜだ。あの状態でなぜ落ちない! こいつは化け物か!?」
だがあんな墜落寸前の機体なんかに負けるわけがない。と、アキュラータのエースは気にせずレースに集中する。
一方でエラキスも粘り強く彼に続く。着かず離れず、二機の飛行艇は一直線にゴールを目指す。
そしていよいよ前方にゴールのマキナが見えてきた。スタート地点でもあった特設発着場だ。
このままいけば同着か。いや、僅かにエラキスのほうが遅れを取りつつある。二機の差が徐々に開いていく。
何事か、再びエラキスの飛行艇に警告音が鳴り響く。エンジンの負荷や機体損傷とは別のシグナルだ。これは……
「燃料不足!? 破損でタンクをやられてたのか。マキナはもう目の前だってのに……畜生!」
マキナが見えてきているとはいえ、まだ水平線の向こうに少しその姿を拝める程度に過ぎない。このまま無理をすればマキナへ辿り着く前に墜落は免れない。そして速度を落として燃焼の消費を抑えてもマキナまで持つ保証はない。
ここで機体を捨ててリタイアすれば少なくとも墜落に巻き込まれることだけは避けられるだろう。それでなくても徐々に速度は落ちている。こんな状況下であの強敵を追い抜いて勝利する術などあるものだろうか。
「……俺に選択肢などありはしない。俺の選んだ答えはひとつだ」
操縦桿を片手に、エラキスはその隣のレバーを操作する。
それはメインエンジンの圧力操作レバー。エラキスは敢えてエンジンの内圧を高めた。
メインエンジンが炎を吹き出し始める。だが気にしない。
各種計器が振り切れてガラスが割れる。操作盤のあちこちから蒸気が溢れ始める。だが構わない。
「これが俺の出した答えだ!!」
引火。閃光。そして爆発。
ついにメインエンジンはその負荷に耐えきれず破裂。残ったわずかな燃料に噴き上げる炎が引火して爆発した。
果たしてエラキスは機体とともに墜落して散ったか。いや、墜ちてはいない。たしかに破損したエンジンや部品が地上へと落ちて行ったが、そこにエラキスの姿もなければ飛行艇の胴体の前方半分もなかった。
それは一体どこへ。と、視線を上空に戻せば、なんと飛行艇の残骸が爆風によって吹き飛ばされているではないか。
もはやほとんど操縦席のあたりしか残っていないその残骸は、再び前を行くライバルの横を勢い良く飛び抜けると、そのままマキナへ向かって黒煙で一閃の軌跡を描きながら直進する。あるいは特攻という表現のほうが相応しいかもしれない。
届け、届け! 届け!!
強く念じる。今度こそもう成す術はない。出来ることはすべてやった。
(ここで終われば俺は所詮そこまでの男。あとは信じるだけだ。俺の運命を、幸運を!)
目を硬く閉じて祈る。
次の瞬間、激しい振動。機体が地面に打ち付けられ、剥き出しになっていた操縦席からエラキスは投げ出された。そこで彼は意識を失った。
「そ、それでどうなったんだい?」
手に汗握る様子でイザールが先を促した。シルマも静かに固唾を呑み込む。
エラキスは答えた。
「俺はマキナの病院で目を覚ました。結果から言うと、機体はゴールの寸前で一歩届かず都市部に突っ込んだらしい。つまり俺は優勝を逃した。だがこれは悪いことばかりでもなかったんだ」
スヴェン研究所のベイクーロ博士は、あんなボロボロの状態でよくあそこまで辿り着いたものだと感心し、エラキスの卓越した操縦技術を認めた。いまさら無免許だったなんて口が裂けても言えないが、実力主義のこのマキナにおいては些細な問題だった。
レースには負けてしまったが、エラキスはその技術を買われてベイ博士に試作飛行艇のテストパイロットとして雇われることになった。結果として彼は未来を掴んだのだった。
その後しばらくベイ博士のもとで働いたあと、エラキスは噂を聞きつけたマキナ空軍からのスカウトを受ける。そして入隊して今に至るというわけだ。
現在エラキスがガーネットスターを名乗っているのは、かつて尊敬したリーダーの遺志をたとえ一人であったとしても継ぎたいと思っているからなのだろう。
「すべては自分の責任だ。未来が良くなるも悪くなるも自分の行動次第。まぁ、つまり大事なのは自分の力を信じろってことだな」
エラキスはそう言って笑って見せた。
イザールとシルマは相変わらずこの男は滅茶苦茶なやつだと思ったが、それとは別のところで少し彼のことを見直した。たしかにエラキスは破天荒だが、彼にはその無茶を押し通してしまえるほどの確かな腕があると。
感動と驚きで目が点になっている二人にその破天荒な男は言った。
「Wake up two! 俺たちのゴールが見えて来たぜ」
飛行艇シーラカンス号は目的地のマキナへ、事故も墜落もなく無事到着した。
手に汗握る様子でイザールが先を促した。シルマも静かに固唾を呑み込む。
エラキスは答えた。
「俺はマキナの病院で目を覚ました。結果から言うと、機体はゴールの寸前で一歩届かず都市部に突っ込んだらしい。つまり俺は優勝を逃した。だがこれは悪いことばかりでもなかったんだ」
スヴェン研究所のベイクーロ博士は、あんなボロボロの状態でよくあそこまで辿り着いたものだと感心し、エラキスの卓越した操縦技術を認めた。いまさら無免許だったなんて口が裂けても言えないが、実力主義のこのマキナにおいては些細な問題だった。
レースには負けてしまったが、エラキスはその技術を買われてベイ博士に試作飛行艇のテストパイロットとして雇われることになった。結果として彼は未来を掴んだのだった。
その後しばらくベイ博士のもとで働いたあと、エラキスは噂を聞きつけたマキナ空軍からのスカウトを受ける。そして入隊して今に至るというわけだ。
現在エラキスがガーネットスターを名乗っているのは、かつて尊敬したリーダーの遺志をたとえ一人であったとしても継ぎたいと思っているからなのだろう。
「すべては自分の責任だ。未来が良くなるも悪くなるも自分の行動次第。まぁ、つまり大事なのは自分の力を信じろってことだな」
エラキスはそう言って笑って見せた。
イザールとシルマは相変わらずこの男は滅茶苦茶なやつだと思ったが、それとは別のところで少し彼のことを見直した。たしかにエラキスは破天荒だが、彼にはその無茶を押し通してしまえるほどの確かな腕があると。
感動と驚きで目が点になっている二人にその破天荒な男は言った。
「Wake up two! 俺たちのゴールが見えて来たぜ」
飛行艇シーラカンス号は目的地のマキナへ、事故も墜落もなく無事到着した。