Chapter15「蒼と青」
突如として現れた蒼い鎧の剣士は、フレイの横に並んで剣を構えた。
剣士に渡された剣を拾ってフレイも構えるが、その構えを見ただけでも二人の実力の差は歴然だった。緊張に身を硬くしているフレイと違って、蒼い剣士は余裕すら窺える表情でありながら、まるで付け入る隙というものを相手に与えない。
剣士に渡された剣を拾ってフレイも構えるが、その構えを見ただけでも二人の実力の差は歴然だった。緊張に身を硬くしているフレイと違って、蒼い剣士は余裕すら窺える表情でありながら、まるで付け入る隙というものを相手に与えない。
『仲間がいたのか? まあよかろう。おい、蒼いの。貴様は剣の扱いにずいぶんと慣れているようだが、我の次なる主になるつもりはないか? 我を手にすれば、絶大なる力が手に入る。そうすれば世界は思うがままだぞ』
魔剣ティルヴィングは、早くも蒼い剣士をそそのかし始めた。
しかし剣士はまったく意に介することもなく、その誘いを跳ね除けた。
しかし剣士はまったく意に介することもなく、その誘いを跳ね除けた。
「うん? なんだって、世界を征服できたらその半分をやろうってか? そういうのもまあ面白そうではあるけど、剣の奴隷になるのはごめんだね。俺だって魔剣の噂ぐらいは知ってる。剣なんかに衝き動かされるよりも、俺は自分の手で剣を突くほうが好きだな」
『交渉決裂か。貴様ほどの実力をもってすれば、天下が取れただろうに。実にもったいない。もったいないが、そういうことなら死んでもらう。我が養分となれ!』
鋭い一閃が空を切る。とても目で追えるような速さではなかった。
しかし蒼い剣士は、魔剣が一閃を描くのとほぼ同時に、すでに手にしている剣をなぎ払っていた。それは急所目掛けて飛んでくる魔剣を打ち払った。
しかし蒼い剣士は、魔剣が一閃を描くのとほぼ同時に、すでに手にしている剣をなぎ払っていた。それは急所目掛けて飛んでくる魔剣を打ち払った。
『なんと。我が速さについて来れる人間がいようとは驚いた』
「いーや? 俺にも見えなかったぜ。ただ空気が動く気配がして、これは何か来ると思って剣を振ってみただけさ。俺の勘はよく当たるんでね」
『ふん。マグレはそう何度も続かぬ』
「それはどうかな」
「いーや? 俺にも見えなかったぜ。ただ空気が動く気配がして、これは何か来ると思って剣を振ってみただけさ。俺の勘はよく当たるんでね」
『ふん。マグレはそう何度も続かぬ』
「それはどうかな」
蝶のように舞い、蜂のように魔剣が襲い掛かる。フレイには目で追えないほどの激しい攻防だったが、そんな猛攻をものともせず、蒼い剣士は剣をもった片手だけでそれを容易くあしらってしまった。その顔には焦りの色も、疲れさえも見せず、顔がないからわからないが、逆に魔剣のほうが焦りを感じ始めているのではないかと思うほどに、剣士の優勢が見て取れた。
「おい、お兄さん。そっちに行くぜ。構えとけ」
「えっ?」
「えっ?」
言われてフレイは慌てて剣を横に構えた。するとそれとほぼ同時に魔剣が飛び込んできてフレイの剣を弾き飛ばした。剣圧に押されて尻餅をつくフレイの頭の上を魔剣が高速で飛び越えていく。もし剣を構えて防いでいなければ、今頃はフレイの首が飛んでいたかもしれない。
「どうしてわかったんですか!?」
「言ったろ。自分でもよくわからんが、俺には何か判るんだ」
「あなたは一体……」
「名乗るのはあとだ。まずは剣のバケモノを片付けようぜ!」
「言ったろ。自分でもよくわからんが、俺には何か判るんだ」
「あなたは一体……」
「名乗るのはあとだ。まずは剣のバケモノを片付けようぜ!」
不意打ちを狙ったつもりが、これも防がれて魔剣は悔しそうに戻ってきた。
ふらふらと浮遊する魔剣の刀身は、剣士と何度も打ち合ったからなのだろう、刃こぼれしてボロボロになっている。
ふらふらと浮遊する魔剣の刀身は、剣士と何度も打ち合ったからなのだろう、刃こぼれしてボロボロになっている。
『畜生。どうしてわかった!!』
「同じ質問に何度も答えてやるほど俺も暇じゃない。そろそろ終わりにしようぜ」
「同じ質問に何度も答えてやるほど俺も暇じゃない。そろそろ終わりにしようぜ」
蒼い剣士は突然「アクエリアス!!」と叫んだ。
するとさっき周りを囲んでいた炎の壁が消えたときのように、再び肌寒くなったかと思うと、目の前の魔剣が一瞬にして凍り付いて地面に落ちてしまった。
するとさっき周りを囲んでいた炎の壁が消えたときのように、再び肌寒くなったかと思うと、目の前の魔剣が一瞬にして凍り付いて地面に落ちてしまった。
『なんだと! 貴様、本当に人間なのか!?』
「魔法!? もしかして今のは呪文なのか?」
「魔法!? もしかして今のは呪文なのか?」
魔剣もフレイも一緒になって驚いていたが、蒼い剣士は気にすることなく落ちた魔剣に歩み寄ると、
『よ、寄るな! やめろ! わかっているのか。これでも我は剣としてはなかなかの貴重品なのだ。例えばこの柄の装飾はかの有名な職人の……』
「興味ない」
「興味ない」
一刀のもとに、魔剣ティルヴィングの刀身を叩き切ってしまった。
呪われた剣といえど、折れてしまえばただの剣。そこに宿った思念もそれと同時に消滅してしまい、それっきりティルヴィングは何も言わなくなった。
呪われた剣といえど、折れてしまえばただの剣。そこに宿った思念もそれと同時に消滅してしまい、それっきりティルヴィングは何も言わなくなった。
「これでうるさいのが一人減ったな。なあお兄さん、ひとつ聞きたいんだが……」
剣を鞘に収めながら蒼い剣士が何か言いかけたがフレイは、
「すみません、話は後ほど。まだ片付けなければならない相手がいるんです」
まだ戦っている仲間のもとへと走っていった。
クルスは風竜ヴァルトを食い止めてくれているし、オットーやセッテは雷の槍を使うあのヴァルキュリアに苦戦しているはず。まだ気を抜くことはできなかった。
クルスは風竜ヴァルトを食い止めてくれているし、オットーやセッテは雷の槍を使うあのヴァルキュリアに苦戦しているはず。まだ気を抜くことはできなかった。
「ふうん。面白そうなことやってるんだな。なあ、アクエリアス?」
振り返って蒼い剣士が声をかける背後の茂みからは、ふたつの赤い目がこちらを覗いていた。
しばらく降り注いでいた雷の雨は、やがて鎮まり静かになった。どうやら槍に込められた魔力をすべて使い切ったらしい。
天馬を駆るヴァルキュリアの一人、ブリュンヒルデは槍を振り回しながら、空中からの波状攻撃を仕掛ける。槍の扱いには慣れているようで、魔具の力に頼らなくても十分に手強い相手だと言える。
天馬を駆るヴァルキュリアの一人、ブリュンヒルデは槍を振り回しながら、空中からの波状攻撃を仕掛ける。槍の扱いには慣れているようで、魔具の力に頼らなくても十分に手強い相手だと言える。
オットーは風を操り天馬の動きを妨害しようとし、セッテは火球を投げつけてブリュンヒルデを狙う。だが天馬のほうもよく訓練されているようで、風に惑わされることもなく火球を難なくかわして、背中に乗せた主人を見事に守っている。
「我が愛馬グラーネは、魔法なんかに遅れを取ったりはしない。私とグラーネとの絆は、おまえたち兄弟の絆よりもずっと深く、互いに信頼し合っている」
その通りだ、と言わんばかりに天馬が声高くいなないた。
「ふむ。俺とセッテが兄弟だとよくわかったな」
「もしかして、おれたちのこと知ってるっすか」
「もしかして、おれたちのこと知ってるっすか」
二人が所属する王宮魔道士もヴァルキュリアも、どちらもユミル国に仕える部隊だ。顔を合わせたことがなくても、どこかで噂程度には聞いている話もある。
ブリュンヒルデはそういうことだ、と頷いた。
ブリュンヒルデはそういうことだ、と頷いた。
「兄弟魔道士のことは王城では有名だぞ。それもおそらく、おまえたちが自覚している以上にな。フレイ王子をたぶらかして悪い影響を与えていると悪名高い」
「なっ……」
「なっ……」
オットーは開いた口が塞がらなかった。
たしかに王子はよくセッテとともに城を抜け出しては皆に心配をかけていた。
そのたびにオットーは弟を叱り、王子にはきつく忠告をしたものだった。兄としての責任と、王子の従者としての役割として、自分なりに少しでも王子を良いほうへと導くため努力してきたつもりだった。
それがセッテと同列に悪影響だと語られているとは心外だった。
たしかに王子はよくセッテとともに城を抜け出しては皆に心配をかけていた。
そのたびにオットーは弟を叱り、王子にはきつく忠告をしたものだった。兄としての責任と、王子の従者としての役割として、自分なりに少しでも王子を良いほうへと導くため努力してきたつもりだった。
それがセッテと同列に悪影響だと語られているとは心外だった。
「おまえにフレイ様の何がわかるっていうんすか!」
そんな兄の気も知らずにセッテが反論すると、
「私はフレイヤ様の従者でもある。フレイヤ様はフレイ王子と違って品行方正で、清く正しく美しいお方だ。同じ姉弟(きょうだい)でも、従者が違えばここまで変わってくる。これはおまえたちの責任でもあるのだ」
「フレイ様を侮辱するつもりっすか! たとえフレイヤ様の従者だったとしても、これは聞き捨てならないっすね。これでもくらえ!」
「気に食わないとすぐに手を出す。やはりフレイ王子の従者は程度が低い」
「フレイ様を侮辱するつもりっすか! たとえフレイヤ様の従者だったとしても、これは聞き捨てならないっすね。これでもくらえ!」
「気に食わないとすぐに手を出す。やはりフレイ王子の従者は程度が低い」
すでに戦う理由が当初とは変わってきているようだった。
はて、一体何のためにこの従者たちは戦っているのだったか。そもそもフレイヤの従者がどういうわけか、ヴァルトの援軍として襲ってくるこの状況がおかしい。
オットーがそれを指摘すると、ブリュンヒルデはこう答えた。
はて、一体何のためにこの従者たちは戦っているのだったか。そもそもフレイヤの従者がどういうわけか、ヴァルトの援軍として襲ってくるこの状況がおかしい。
オットーがそれを指摘すると、ブリュンヒルデはこう答えた。
「あのヴァルトとかいう竜のことはよく知らん。私はフレイヤ様の命令に従って、おまえたち二人を捕らえに来たのだ」
「俺たちを? それは一体なぜ」
「しらばっくれるな! 私はフレイ様が亡くなったのは、おまえたち二人のせいだとトロウ殿から聞いた。従者であるおまえたちが、王子をしっかりと見ておかないからあんな不幸な事故が起こるのだ! そしておまえたちは責任も取らずに城から逃げ出したそうじゃないか。従者の風上にも置けない奴らだ」
「王子が……? 亡くなった!? ブリュンヒルデ殿、あなたは一体何の話をしているんだ。王子なら今も健在で我々と共に……」
「言い訳無用! まだ抵抗を続けるつもりなら、容赦はしないぞ!」
「俺たちを? それは一体なぜ」
「しらばっくれるな! 私はフレイ様が亡くなったのは、おまえたち二人のせいだとトロウ殿から聞いた。従者であるおまえたちが、王子をしっかりと見ておかないからあんな不幸な事故が起こるのだ! そしておまえたちは責任も取らずに城から逃げ出したそうじゃないか。従者の風上にも置けない奴らだ」
「王子が……? 亡くなった!? ブリュンヒルデ殿、あなたは一体何の話をしているんだ。王子なら今も健在で我々と共に……」
「言い訳無用! まだ抵抗を続けるつもりなら、容赦はしないぞ!」
まるで話が噛み合わない。何か誤解をしているに違いない。
そう判断して、オットーはなんとか説得を試みたが、それがかえってブリュンヒルデに火をつけてしまったらしく、その攻撃はさらに激しさを増した。
そう判断して、オットーはなんとか説得を試みたが、それがかえってブリュンヒルデに火をつけてしまったらしく、その攻撃はさらに激しさを増した。
「兄貴ぃ~。おれ、あの姉ちゃん怖いっすよぉ。なんか性格きつそうだし、フレイ様が死んだとか、わけのわからないこと言ってるし」
「わけがわからないのは俺も同じだ。正直言って参っている」
「フレイ様のことで説教する兄貴と同じぐらい怖いっすねぇ」
「……なに?」
「と、とにかく話がおかしいっす。きっとトロウに騙されてるんすよ!」
「わけがわからないのは俺も同じだ。正直言って参っている」
「フレイ様のことで説教する兄貴と同じぐらい怖いっすねぇ」
「……なに?」
「と、とにかく話がおかしいっす。きっとトロウに騙されてるんすよ!」
二人で話し込んでいると、そこを狙ってブリュンヒルデが槍を投げつけてきた。それに気付いた二人はすぐに散開して迎え撃とうとしたが、そのとき二人の前の地面が隆起して壁となり、飛んでくる槍を受け止めた。
「二人とも無事か! 待たせてすまない」
駆け寄ってきたのはフレイだ。ちょうど魔剣を打ち倒し駆けつけたのが、ブリュンヒルデが槍を投げつけたそのときだった。
「フレイ様! ちょうどよかった。あいつに言ってやってくださいよ。フレイ様はこうしてちゃんと生きているぞ、って」
「えっ、いきなり何の話?」
「やいやい、ブリ姉ちゃん! フレイ様はこうしてここにちゃんといるっすよ! 死んだとか勝手なことを言うのはやめてもらいたいっすね!!」
「えっ、いきなり何の話?」
「やいやい、ブリ姉ちゃん! フレイ様はこうしてここにちゃんといるっすよ! 死んだとか勝手なことを言うのはやめてもらいたいっすね!!」
状況が飲み込めないフレイを無視して、セッテはフレイを前に突き出した。
「誰がブリ姉だ。勝手に他人の名前を略すな! フレイ王子だと。王子は死んだ! そんな替え玉を連れてきたところで、私が騙されるとでも思ったか」
投げた槍を回収するために天馬を下ろすと、すれ違いざまにブリュンヒルデはその顔を確認した。そして槍を土壁から引き抜くとそのまま再び空へと上昇する。
「…………?」
しかし上空で動きを止めると、少し考えた後に今度は静かに下りてきて、天馬から降りると、歩いてフレイの前に立った。そして顔を近づけて、フレイをしげしげと眺め始めた。
「え、えーっと……。セッテ! 何がどうなってるんだ?」
困惑するフレイをよそに、ブリュンヒルデは素っ頓狂な声を上げた。
「これは驚いたね! 正真正銘のフレイ様じゃないか。ひとつお聞かせ願いたい。あなたは亡くなられたはずだが、これはどういうことですか。幽霊なんですか?」
「僕に聞かれても意味がわからない。少なくとも僕は死んでないし幽霊じゃない」
「まさかそんな……いや、しかしフレイヤ様が間違ったことを仰るはずは……」
「僕に聞かれても意味がわからない。少なくとも僕は死んでないし幽霊じゃない」
「まさかそんな……いや、しかしフレイヤ様が間違ったことを仰るはずは……」
しばらくブリュンヒルデは一人ぶつぶつと何やら呟きながら考え込んでいたが、途端に合点がいった様子でにやりと笑うと、槍をフレイの顔に突きつけた。
「なっ……!?」
「あははは!! そうか、そういうことか。私は騙されないぞ! 一体どんな魔法を使ったのかは知らないが、誤魔化そうったってそうはいかない。さすが魔道士、汚い手を使ってくる」
「待て。これはどういうつもりなんだ」
「黙れ、フレイ王子の偽者め!! たしかに外見はそっくりだが、死者が蘇るはずがない。仮に死者を蘇らせる魔法があるとしても、賢者でもないおまえたちがそんな難しい魔法を使いこなせるとも思わない。ということは本物のフレイ様のわけがない!」
「僕はフレイだ! 僕は死んでないし本物だ。一体どうしてそうなるんだ!?」
「フレイヤ様が間違ったことを仰るわけがない! だからおまえは偽者なのだ!」
「なんだって!?」
「あははは!! そうか、そういうことか。私は騙されないぞ! 一体どんな魔法を使ったのかは知らないが、誤魔化そうったってそうはいかない。さすが魔道士、汚い手を使ってくる」
「待て。これはどういうつもりなんだ」
「黙れ、フレイ王子の偽者め!! たしかに外見はそっくりだが、死者が蘇るはずがない。仮に死者を蘇らせる魔法があるとしても、賢者でもないおまえたちがそんな難しい魔法を使いこなせるとも思わない。ということは本物のフレイ様のわけがない!」
「僕はフレイだ! 僕は死んでないし本物だ。一体どうしてそうなるんだ!?」
「フレイヤ様が間違ったことを仰るわけがない! だからおまえは偽者なのだ!」
「なんだって!?」
本人がそうだと言っても、ブリュンヒルデは頑なにフレイの存在を認めようとはしなかった。なぜならフレイヤの従者である彼女は、他の誰よりもフレイヤのことを信じている。誰よりもフレイヤこそ清く正しく美しいと妄信していた。
だからフレイヤが白を黒といえば、彼女にとってそれは黒なのだ。
だからフレイヤが白を黒といえば、彼女にとってそれは黒なのだ。
「フレイ様を騙る不届き者め。この私が成敗してくれる!」
一度こうと信じたら疑わない。たとえその事実が間違っていたとしても、ブリュンヒルデは自分が信じたことに絶対の自信をもって、それ以上は考えない。
頭の固い従者は妄執に取り付かれて、槍を振り上げた。
頭の固い従者は妄執に取り付かれて、槍を振り上げた。
「あいつ滅茶苦茶言ってるっす!」
「真実を見極められず、挙句の果てには仕えるべき相手にまで武器を向けるとは、従者の風上にも置けない奴め。セッテ、行くぞ! 王子をお守りするんだ」
「ラジャっす」
「真実を見極められず、挙句の果てには仕えるべき相手にまで武器を向けるとは、従者の風上にも置けない奴め。セッテ、行くぞ! 王子をお守りするんだ」
「ラジャっす」
今ここから魔法を放ってはフレイも巻き添えにしてしまう恐れがある。そこで兄弟魔道士は左右に分かれて、ブリュンヒルデを挟み込むように回り込んだ。赤と緑の弧が円を描く。
しかしその円を真っ二つに割るように蒼い一閃が駆け抜けると、金属のぶつかり合う音と共に火花を散らして、一瞬のうちにブリュンヒルデの手から槍を弾き飛ばしていた。
しかしその円を真っ二つに割るように蒼い一閃が駆け抜けると、金属のぶつかり合う音と共に火花を散らして、一瞬のうちにブリュンヒルデの手から槍を弾き飛ばしていた。
「何者だ!? おまえ、一体どこから!」
フレイとブリュンヒルデの間に割って入ったのは例の蒼い剣士。驚くブリュンヒルデの顔を見るなり、剣士はにっと笑ってみせた。
「お姉さん、なかなかいい女だねぇ。こんなひょろっちい青二才よりも俺と話さないかい」
「な、ナンパ……!? 一瞬のうちに武器を弾き飛ばしておいて言う言葉がそれなのか?」
「恋は電撃って言うだろ。俺にもその槍の電撃を浴びせてくれ」
「なんなんだ、こいつは」
「まあいい。俺はこのひょろっちいお兄さんに興味があるんだ。だからこいつをお姉さんにくれてやるわけにはいかないのさ。それよりもこの俺の剣を見てくれ。こいつをどう思う?」
「な、ナンパ……!? 一瞬のうちに武器を弾き飛ばしておいて言う言葉がそれなのか?」
「恋は電撃って言うだろ。俺にもその槍の電撃を浴びせてくれ」
「なんなんだ、こいつは」
「まあいい。俺はこのひょろっちいお兄さんに興味があるんだ。だからこいつをお姉さんにくれてやるわけにはいかないのさ。それよりもこの俺の剣を見てくれ。こいつをどう思う?」
蒼い剣士はフレイを庇うように立ちはだかり、剣を構えた。
「――――ッ!! ええい、もうつきあってられん。私は帰る!」
すごい勢いでブリュンヒルデは後ずさると、顔を赤らめながら天馬のもとへと走った。そして天馬に飛び乗ると、落とした槍を拾いつつ一目散に退散していった。
「やれやれ。照れ屋のお姉さんだぜ」
その一部始終を見ていたオットーとセッテも、突然現れた腕は立つが奇妙な物言いをする男に近寄ってきた。
例によってオットーは過剰なほどの警戒をしているし、セッテはその素早い身のこなしにもう夢中でいくつも質問を投げかけている。
例によってオットーは過剰なほどの警戒をしているし、セッテはその素早い身のこなしにもう夢中でいくつも質問を投げかけている。
「はいはい、サインなら後でしてやるから。俺が用があるのは、あんただ」
蒼い剣士はフレイを指差した。
「僕に用って?」
「お兄さん、ユミル国王子のフレイ様だろ? ずっと捜してたんだ」
「僕のことを知っているのか」
「お兄さん、ユミル国王子のフレイ様だろ? ずっと捜してたんだ」
「僕のことを知っているのか」
剣士はフレイの素性をどうやら知っていたらしい。その上で襲われているところに手を貸してくれたのだという。
なぜ王子のことを知っているのかと、いつものようにオットーがこの男に食ってかかったが、それをいつものようにフレイがたしなめる。
なぜ王子のことを知っているのかと、いつものようにオットーがこの男に食ってかかったが、それをいつものようにフレイがたしなめる。
「いやぁ、しかしツイてるぜ。一度に二つも任務が片付いちまうとは……っといかんいかん、王子様には敬語で話さないとな。えーと、私はですねぇ。ある筋からの依頼で仕事をこなして回っておりまして、そのォーなんだ。えっとホラあれだよ。こういうとき何て言うんだったかなぁ……」
「僕は構いませんから、どうぞ話しやすいように仰ってください」
「お、そうかい。それは助かるな。じゃあ、気にせず説明させてもらうが」
「僕は構いませんから、どうぞ話しやすいように仰ってください」
「お、そうかい。それは助かるな。じゃあ、気にせず説明させてもらうが」
蒼い剣士はまずこの島にあるドローミという男の研究所に潜入し、そこでアクエリアスという名の少女を救出しに来たのだと話した。
「アクエリアス? どこかで聞いたことがあるような名前だけど……」
「王子。アクエリアスといえば、ニヴル国の王女の名と同じです」
「王子。アクエリアスといえば、ニヴル国の王女の名と同じです」
オットーが耳打ちした。
「ニヴルヘイムの? それがどうしてこんな島に」
「さっき言ったドローミって奴に捕まってたのさ。俺の依頼主は、その竜のお姫様を保護するように命じたってわけだ。俺は傭兵なんでね」
「竜の姫? そういえばヴァルトは竜姫はどこだと聞いてきた。そうか、あなたがそのアクエリアス姫を救出したから、ヴァルトが捜しに来たわけですね。ということは、ドローミというのはきっとトロウの手下だったんだな……」
「んで、もうひとつの依頼がフレイ王子。あんたを保護することさ」
「僕を? 一体何から、何のために?」
「そこまでは知らされてない。ただ会って、守ってやれと言われた」
(何から……もしかしてトロウの追手から?)
「さっき言ったドローミって奴に捕まってたのさ。俺の依頼主は、その竜のお姫様を保護するように命じたってわけだ。俺は傭兵なんでね」
「竜の姫? そういえばヴァルトは竜姫はどこだと聞いてきた。そうか、あなたがそのアクエリアス姫を救出したから、ヴァルトが捜しに来たわけですね。ということは、ドローミというのはきっとトロウの手下だったんだな……」
「んで、もうひとつの依頼がフレイ王子。あんたを保護することさ」
「僕を? 一体何から、何のために?」
「そこまでは知らされてない。ただ会って、守ってやれと言われた」
(何から……もしかしてトロウの追手から?)
たしかにこの男は、圧倒的な強さをもってフレイたちをトロウの刺客から守ってくれた。ということは、その依頼主というのは少なくとも自分たちの敵ではない。そして事情を知っている何者かということになる。しかし一体誰が?
フレイは依頼主の正体について聞いてみたが、蒼い剣士は自分の口からは話せないのだという。そういう条件の契約らしい。
フレイは依頼主の正体について聞いてみたが、蒼い剣士は自分の口からは話せないのだという。そういう条件の契約らしい。
「まあ、依頼主に会う機会があったら直接聞いてみるといい。もし望むなら、俺が依頼主のいるところへ案内してやってもいいぜ」
「その依頼主の方は今どちらに?」
「アルヴというところにいる」
「アルヴ?」
「その依頼主の方は今どちらに?」
「アルヴというところにいる」
「アルヴ?」
聞いたことのない場所だ。
オットーやセッテもわからないと首を横に振った。
オットーやセッテもわからないと首を横に振った。
「うーん。クルスなら知ってるっすかね?」
「クルス……? そ、そうだ! 忘れてた。クルスは無事なのか?」
「クルス……? そ、そうだ! 忘れてた。クルスは無事なのか?」
クルスはヴァルトと戦っていた。色々なことがあったので忘れていたのだ。
すでに周囲は静まり返っているので、決着はもうついたはずだ。クルスが簡単にやられるとは思えなかったが、それなら姿を見せないのはおかしい。
すでに周囲は静まり返っているので、決着はもうついたはずだ。クルスが簡単にやられるとは思えなかったが、それなら姿を見せないのはおかしい。
「他にまだ仲間がいたのか」
「僕たちに力を貸してくれている地竜がいたんですけど」
「そういやあっちで竜が戦っていたな。あっちはアクエリアスに任せたんだが」
「僕たちに力を貸してくれている地竜がいたんですけど」
「そういやあっちで竜が戦っていたな。あっちはアクエリアスに任せたんだが」
四人で様子を見に行くと、そこでは予想だにしないことが起こっていた。
なんとクルスが戦っていたあたりは一面氷付けになっているではないか。とくに目を引いたのは大きな氷の塊がふたつ。いや、よく見るとその中で何かが凍り付いている。いやな予感がしたが、恐る恐るそこを覗いてみると――
なんとクルスが戦っていたあたりは一面氷付けになっているではないか。とくに目を引いたのは大きな氷の塊がふたつ。いや、よく見るとその中で何かが凍り付いている。いやな予感がしたが、恐る恐るそこを覗いてみると――
「そんな! クルス!? まさか、やられてしまったのか」
氷の塊の中では竜が凍り付いていた。
一方はクルス、もう一方はヴァルトだ。
一方はクルス、もう一方はヴァルトだ。
「相打ち? 何があったんすかね……」
「まだ間に合うかもしれない。セッテ、おまえの炎の魔法で溶かすんだ」
「了解っす!」
「まだ間に合うかもしれない。セッテ、おまえの炎の魔法で溶かすんだ」
「了解っす!」
オットーとセッテが救出に手を尽くしているそのとき、フレイは背後の凍り付いた茂みの中から、こちらを見つめる視線に気がついた。振り返るとそこにふたつの赤い目があり、二人の視線が合うと、赤い目は慌てて姿を隠した。
「何かいる。何者だ! 出て来い!!」
思わず剣を構えるフレイだったが、蒼い剣士はそれを手で制した。
「大丈夫、敵じゃない。おーい、お譲ちゃん。心配はいらないから出てこいって」
お譲ちゃんと呼ばれたその人影は、おずおずと茂みから姿を現した。
青い髪に赤い目をした少女で、年齢はかなり幼く見える。人間に姿を変えているときのクルスのことをセッテは「ちびっこ」と呼んでいたが、この青い少女はそれよりもさらに幼い容姿をしていた。
少女は蒼い剣士の背中に隠れると、警戒しながらこちらを見つめた。いや、見つめているというよりはにらみつけていると言ったほうがいいだろうか。あどけない顔をしているわりにはやけに眼光が鋭い。
青い髪に赤い目をした少女で、年齢はかなり幼く見える。人間に姿を変えているときのクルスのことをセッテは「ちびっこ」と呼んでいたが、この青い少女はそれよりもさらに幼い容姿をしていた。
少女は蒼い剣士の背中に隠れると、警戒しながらこちらを見つめた。いや、見つめているというよりはにらみつけていると言ったほうがいいだろうか。あどけない顔をしているわりにはやけに眼光が鋭い。
「知らないニンゲンだ……」
「安心しろ。こいつらは味方みたいなもんだ。ユミル国のフレイ王子とその家来の人だ。少なくとも、素性の知れない怪しい奴らじゃない」
「そうか。まあ、そういう意味じゃ、おまえのほうがまだ素性の知れない怪しい奴だからな。だったら、少なくともおまえよりはマシそうだ」
「ちぇっ。言ってくれるねぇ。かわいくないお譲ちゃんだぜ」
「安心しろ。こいつらは味方みたいなもんだ。ユミル国のフレイ王子とその家来の人だ。少なくとも、素性の知れない怪しい奴らじゃない」
「そうか。まあ、そういう意味じゃ、おまえのほうがまだ素性の知れない怪しい奴だからな。だったら、少なくともおまえよりはマシそうだ」
「ちぇっ。言ってくれるねぇ。かわいくないお譲ちゃんだぜ」
幼い顔に似合わない悪態をつく少女にフレイは尋ねた。
「君は? アクエリアスっていうんだっけ?」
「むっ。おい、おまえ。わたしを気安く呼び捨てにするな、無礼だぞ。わたしをかの大国ニヴルヘイムの第二王女アクエリアス様だと知らないのか?」
「じゃあ君が竜姫か。でも、その人も呼び捨てにしてたけど」
「こいつはいいんだ。わたしの家来だからな!」
「むっ。おい、おまえ。わたしを気安く呼び捨てにするな、無礼だぞ。わたしをかの大国ニヴルヘイムの第二王女アクエリアス様だと知らないのか?」
「じゃあ君が竜姫か。でも、その人も呼び捨てにしてたけど」
「こいつはいいんだ。わたしの家来だからな!」
アクエリアスは前に出てくると、胸を張って偉そうに言ってのけた。
蒼い剣士は、家来になったような覚えはないとでも言いたげな顔をしている。
蒼い剣士は、家来になったような覚えはないとでも言いたげな顔をしている。
「それにしても、ずいぶん派手にやったもんだな。おい、お譲ちゃん。あっちの竜はフレイ王子のお仲間だったらしいが?」
「知ったことか。どっちが悪者かわからなかったから、両方凍らせてやったんだ。まあ、感謝することだな。これはわたしがお母様とお姉様から氷魔法をしっかり教わってたおかげなんだからな! 水竜だからって水だけしか使えないと思ったら大間違いだぞ」
「わかった。じゃあ、そのお母様とお姉様に感謝させてもらうとするぜ」
「わーたーしーにーかーんーしゃーしーろーっ!!」
「知ったことか。どっちが悪者かわからなかったから、両方凍らせてやったんだ。まあ、感謝することだな。これはわたしがお母様とお姉様から氷魔法をしっかり教わってたおかげなんだからな! 水竜だからって水だけしか使えないと思ったら大間違いだぞ」
「わかった。じゃあ、そのお母様とお姉様に感謝させてもらうとするぜ」
「わーたーしーにーかーんーしゃーしーろーっ!!」
どうやら蒼い剣士とアクエリアスはずいぶん仲がいいらしい。
フレイの質問にはあまり答えてくれなかったが、二人の会話からだいたいの事情は理解することができた。つまりアクエリアスはニヴルヘイムの竜姫で、氷の魔法が使えて、クルスとヴァルトを凍らせた犯人だ。
フレイの質問にはあまり答えてくれなかったが、二人の会話からだいたいの事情は理解することができた。つまりアクエリアスはニヴルヘイムの竜姫で、氷の魔法が使えて、クルスとヴァルトを凍らせた犯人だ。
「ところで……」
アクエリアスは振り返って、凍り付いた船を指差した。
「あれはおまえたちの船か?」
「うわっ! 船まで凍ってる。……そ、そうだけど?」
「そうか。それはよかった」
「うわっ! 船まで凍ってる。……そ、そうだけど?」
「そうか。それはよかった」
満足そうな笑みを浮かべながらアクエリアスは言った。
「じゃあ、特別におまえたちもわたしの家来にしてやるから、その船でわたしをニヴルヘイムまで連れて行け。この男は船を持ってないというんだ」
「いやー。俺は転移魔法で送ってもらっただけだし、帰りはどうしようかと思ってたんだよな。ちょうどいいところに船があって助かったぜ」
「今ならサービスで船の氷を溶かしてやるぞ。船がないとおまえたち困るだろ?」
「ま、そういうわけだ。そんじゃ、ひとつよろしくな!」
「いやー。俺は転移魔法で送ってもらっただけだし、帰りはどうしようかと思ってたんだよな。ちょうどいいところに船があって助かったぜ」
「今ならサービスで船の氷を溶かしてやるぞ。船がないとおまえたち困るだろ?」
「ま、そういうわけだ。そんじゃ、ひとつよろしくな!」
「え。ええっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
青い竜の少女と蒼い剣士は、有無を言わせぬ勢いでフレイに迫った。
騒がしい二人が、ほとんど無理やり旅の仲間に加わった。
騒がしい二人が、ほとんど無理やり旅の仲間に加わった。