レポート06「イクツモノセカイ」
「やあ…。やっと思い出してくれたみたいだね…」
「……!?」
相手がふり返るよりも早く相手に飛びかかる。
じわり、じわりと相手の身体が自身に沈みこんでいく。相手…”この世界での私”の意識が流れ込む。
(こ、これは一体!? 何がどうなっているんだ!)
「さぁ、おまえも私の一部となるのだ。憎むがいい、怨むがいい、己の不運を。そして決して赦すな、別の世界のおまえが幸運な未来を得ることを…」
激しい憎みの念が、どす黒い怨みの念が意識の底を埋め尽くしていく。頭の中がその想いだけであふれる。もはや他に何かを考える余地すら与えない。そうして何も抵抗することのできなくなった”この世界の私”を呑み込んでいく。
並行世界とはある一点からあらゆる可能性に分岐した世界。そこにはあらゆる私が存在している。例えば、私の念に反発する私もいれば、同調する私もいる。だが、それは大したことではない。同調するものはそのまま吸収されて文字通り私の一部となり、一方で反発するものは混ざり切ることはないが、私の中で「それはだめだ」と、「そんなことはしたくない」と私自身を憎み怨み続ける。その念もまた私にとって力となる。
そして、怨霊ナメカタはまたひとつの世界の中のナメカタを呑み込んだ。もはや慣れたことだ。
「……!?」
相手がふり返るよりも早く相手に飛びかかる。
じわり、じわりと相手の身体が自身に沈みこんでいく。相手…”この世界での私”の意識が流れ込む。
(こ、これは一体!? 何がどうなっているんだ!)
「さぁ、おまえも私の一部となるのだ。憎むがいい、怨むがいい、己の不運を。そして決して赦すな、別の世界のおまえが幸運な未来を得ることを…」
激しい憎みの念が、どす黒い怨みの念が意識の底を埋め尽くしていく。頭の中がその想いだけであふれる。もはや他に何かを考える余地すら与えない。そうして何も抵抗することのできなくなった”この世界の私”を呑み込んでいく。
並行世界とはある一点からあらゆる可能性に分岐した世界。そこにはあらゆる私が存在している。例えば、私の念に反発する私もいれば、同調する私もいる。だが、それは大したことではない。同調するものはそのまま吸収されて文字通り私の一部となり、一方で反発するものは混ざり切ることはないが、私の中で「それはだめだ」と、「そんなことはしたくない」と私自身を憎み怨み続ける。その念もまた私にとって力となる。
そして、怨霊ナメカタはまたひとつの世界の中のナメカタを呑み込んだ。もはや慣れたことだ。
本来、並行世界など存在していなかった。否、存在しないことを確かめることはできないので、存在自体はしていたかもしれない。しかし、少なくともナメカタの世界の中ではそれは存在していなかった。なぜなら、彼がそれを信じていなかったからだ。
世界とはそれぞれの思い描けるだけの数が存在する。幽霊を信じるものの世界では幽霊は存在しているし、それを信じないものの世界ではそれは存在しない。現実に姿を持つかどうかは関係なく、存在を信じるかどうかが重要なのだ。
そもそも幽霊には実体がない。現実に姿を持たない。しかし、「幽霊」という言葉は誰もが知っていて、誰もがそれを自分なりにイメージできることだろう。そのイメージこそが、それを思うそれぞれの世界での幽霊であり、それぞれの世界でそれらはたしかに存在している。
これは幽霊に限った話ではない。悪魔を信じるものにとっては悪魔も存在するし、神を信じるものにとっては神はたしかに存在するのだ。それらを信じるものがいなくならない限りは、それらは永久に存在し続ける。
そして、ナメカタの世界には幽霊も並行世界もかつては存在していなかったが、ある世界のナメカタがそれを信じたことによってそれが誕生した。
卵が先か鶏が先かの論争になる前に言っておこう。そもそも彼の世界には存在しなくても、誰かの世界には幽霊も並行世界も存在していたので、彼の世界にもそれが生まれるきっかけになったのだ。誰の世界にも存在していないのなら、幽霊という言葉も、並行世界という言葉もそもそもそれ自体が存在していないのだ。
そんなナメカタの並行世界の中に怨霊ナメカタは存在していた。
世界とはそれぞれの思い描けるだけの数が存在する。幽霊を信じるものの世界では幽霊は存在しているし、それを信じないものの世界ではそれは存在しない。現実に姿を持つかどうかは関係なく、存在を信じるかどうかが重要なのだ。
そもそも幽霊には実体がない。現実に姿を持たない。しかし、「幽霊」という言葉は誰もが知っていて、誰もがそれを自分なりにイメージできることだろう。そのイメージこそが、それを思うそれぞれの世界での幽霊であり、それぞれの世界でそれらはたしかに存在している。
これは幽霊に限った話ではない。悪魔を信じるものにとっては悪魔も存在するし、神を信じるものにとっては神はたしかに存在するのだ。それらを信じるものがいなくならない限りは、それらは永久に存在し続ける。
そして、ナメカタの世界には幽霊も並行世界もかつては存在していなかったが、ある世界のナメカタがそれを信じたことによってそれが誕生した。
卵が先か鶏が先かの論争になる前に言っておこう。そもそも彼の世界には存在しなくても、誰かの世界には幽霊も並行世界も存在していたので、彼の世界にもそれが生まれるきっかけになったのだ。誰の世界にも存在していないのなら、幽霊という言葉も、並行世界という言葉もそもそもそれ自体が存在していないのだ。
そんなナメカタの並行世界の中に怨霊ナメカタは存在していた。
きっかけはこの今回の世界と同じく事故だった。怨霊ナメカタはこの世界のナメカタに同じく、己の死に気付かず徘徊した挙句に幽霊や並行世界の存在を疑い真実に到った。しかし消滅はせずに、他の世界のナメカタを怨んで怨霊ナメカタとなった。その点で今回のナメカタと怨霊ナメカタの世界は非常によく似ていた。ただ異なるのは、事故の原因に怨霊ナメカタが関わっていたかいなかったかだ。
それは溯ること数日。
「あ、危ない…!!」
急ブレーキ、そして横転。突然目の前に現れた人影に驚いて一台の車が事故を起こした。
果たしてそれは、この世界でのナメカタの運転するものだった。そして人影の正体は言うまでもなく怨霊ナメカタだ。
運転していたナメカタが茂みに投げ出される。
(た、助けてくれ…)
天に向かって手を伸ばしかけるが、それも叶わずついに力尽きた。
一方それを見下ろしている存在があった。それはハッとして人影、怨霊ナメカタのほうを見る。
(ケケケ、ざまあみろ…。おまえだけがいい思いをしようなど……赦さんぞ!)
怨霊は最後ににやりと顔を歪め、そして消えた。並行世界と並行世界の間、空間の狭間へ。
「あ、危ない…!!」
急ブレーキ、そして横転。突然目の前に現れた人影に驚いて一台の車が事故を起こした。
果たしてそれは、この世界でのナメカタの運転するものだった。そして人影の正体は言うまでもなく怨霊ナメカタだ。
運転していたナメカタが茂みに投げ出される。
(た、助けてくれ…)
天に向かって手を伸ばしかけるが、それも叶わずついに力尽きた。
一方それを見下ろしている存在があった。それはハッとして人影、怨霊ナメカタのほうを見る。
(ケケケ、ざまあみろ…。おまえだけがいい思いをしようなど……赦さんぞ!)
怨霊は最後ににやりと顔を歪め、そして消えた。並行世界と並行世界の間、空間の狭間へ。
空間の狭間。それは外なる世界。数々の並行世界を俯瞰的に眺める位置に存在している世界だ。
これもかつては存在しなかった。そして怨霊ナメカタがそれを信じたからこそ誕生した世界だった。
この空間の狭間から怨霊は数々の可能性の世界を眺め、そして異なる世界の己の希望の芽を摘み取ってきた。これまでも、そしてこれからも…。
可能性とはまさに無限にある。曲がり角で右に曲がるか、左に曲がるか、あるいは立ち止まるか。たったそれだけのことでも未来は分岐する。しかし、ある点を基準に区切ればそれは有限になる。
怨霊は事故のあった日、すなわちナメカタが新たな実験材料に胸踊らされていたあの日を境に、あらゆる成功の可能性を潰してまわってきた。
それは長い長い時間だった。百年、千年、いやそれ以上か。もはや数えきれないほどの可能性の世界を怨霊は潰してまわってきた。既に死して久しい怨霊に時間の概念など関係なかった。そしてその長い時間が、数々の世界で取り込んできた異世界の自身の魂が、怨霊を強大なものへと変貌させていた。
「もうすぐだ…。もうすぐすべてが終わる…!」
そして、とうとう残す可能性は3つのみ。怨霊は長い闘いの最後の仕上げに取り掛かるのだった。
怨霊が求めているのは満足か癒しか、それとも……。
これはナメカタの自身との長い長い闘いである。
これもかつては存在しなかった。そして怨霊ナメカタがそれを信じたからこそ誕生した世界だった。
この空間の狭間から怨霊は数々の可能性の世界を眺め、そして異なる世界の己の希望の芽を摘み取ってきた。これまでも、そしてこれからも…。
可能性とはまさに無限にある。曲がり角で右に曲がるか、左に曲がるか、あるいは立ち止まるか。たったそれだけのことでも未来は分岐する。しかし、ある点を基準に区切ればそれは有限になる。
怨霊は事故のあった日、すなわちナメカタが新たな実験材料に胸踊らされていたあの日を境に、あらゆる成功の可能性を潰してまわってきた。
それは長い長い時間だった。百年、千年、いやそれ以上か。もはや数えきれないほどの可能性の世界を怨霊は潰してまわってきた。既に死して久しい怨霊に時間の概念など関係なかった。そしてその長い時間が、数々の世界で取り込んできた異世界の自身の魂が、怨霊を強大なものへと変貌させていた。
「もうすぐだ…。もうすぐすべてが終わる…!」
そして、とうとう残す可能性は3つのみ。怨霊は長い闘いの最後の仕上げに取り掛かるのだった。
怨霊が求めているのは満足か癒しか、それとも……。
これはナメカタの自身との長い長い闘いである。