ここまで読み進めてくれた方であれば、この非日常都市“妖都”に興味津々なこと間違いなし、だろう。そこで本章では、“妖都”永羅の見所、また訪れるには危険な場所など様々な名所を紹介させて頂く。
①
旧永羅城
かつて御三家と呼ばれた大名様が暮らしていたお城。侍たちの時代が終わってからも永羅のシンボルであったが、『怪奇日食』とほぼ時を同じくしてあやかしにより占拠されてしまった。以来、永羅城は怪異たちの巣食う場所となり、下層部は常に深い霧に覆われている。
②
永羅市役所
永羅市庁が置かれている場所。市長の淵上広大、副市長の不知火神菜を始めとした、永羅市の行く末を決める首脳達が集っている。……と言っても、他の一般的な都市と比べると、永羅市庁が取り仕切る事柄はごく僅かである。例を挙げると、人間居住区の戸籍管理手続き、市庁直轄の治安維持部隊『狐火』の本拠地、といったくらいに限られる。それには、どうせ多くを決めたところであやかし達がそれに従う訳がない、という事情もあるのだと推測される。それでも市庁が持つ権限は大きく、“妖都”内で最大の権力組織、と言って差し支えないだろう。
③
“御庭”
(随身省永羅支部)
かつての公方様が永羅へと滞在する際に使っていた別邸、それを改築した建物が現在、随身省の永羅支部として使われている。“御庭”という別称は、旧邸宅に備え付けられた見事な庭を讃えて付けられた──というのはあくまで建前。実のところ、随身省の“妖都”における仕事ぶりを揶揄して、その名で呼ばれているのだ。
妖都にて、随身省が行っている仕事はたった一つ。それは、“妖都”と外とを行き来できる場所、「狭間門」「一色門」の権門。無論、それも大切な仕事ではあるのだろうが、随身省が“妖都”の内部に直接干渉してくることはほとんどない。それ故、『門番』『庭番』と揶揄される随身省の本拠地には“御庭”という渾名がつけられているのだ。
④
熱田宮
東海道41番目の宿場町、その側に荘厳とそびえ立つ神宮。古来より神聖な地として崇められてきた場所であるが、現在でも、人間居住区の外にありながら諍い等が一切発生しない場所となっている。その高尚さが者どもの心を浄化しているのか、それとも意識に干渉するような結界が貼られているのかは定かではないが、ヤソメや一部の争いを好まないあやかし、また居住区に住む余裕すらない人々の憩いの場として、その存在を保ち続けている。
⑤
大須商店街
“妖都”で一番栄えている繁華街。その賑わいは、秋津のそれに勝るとも劣らない。居住区の外にありながら、それほどまでに繁栄している理由は、人とあやかしとが互いに協力し合ってこの商店街が成り立っている点にある。
この商店街にある店は、そのほぼ全てがあやかしと契約を結んでいる。その内容は、商品の一部を融通する代わりに店の警備をするだとか、あやかしの作った道具を納める代わりに食料たる血液を提供するとか、店によりけりである。ともかくそのように、人とあやかしが互いに利用し、協力し、認めているからこそ、この共存共栄の関係は成り立っているのだ。今日も大須商店街は、人妖の喧騒と活気にあふれた蒸気で満ちている。
⑥
[人間居住区]
永羅市全体の面積の実に二割強を占める、弱き人間のために作られた居住区。外との出入口がいくつかある他は、その外周は塀に囲まれている。塀は腕に自信がある者ならば軽々と越えられる高さではあるが、「混沌とした“妖都”とは隔絶されている」という人々の安心感を作り出すのに一役買っている。まあ、所詮はそこも“妖都”の一部であることに変わりはないのだが。
と言っても、居住区内の治安が相当に良いのは間違いない。“妖都”初心者のあなたが“妖都”を訪れよう、と思った暁には、まず始めにここを目指すことを強くお奨めする。
⑦
鳴海宿
東海道における40番目の宿場町。人間居住区の内部に存在する。“妖都”永羅が危険な非日常都市である、ということは今や扶桑中に知れ渡っているが、それを知ってもなお「“妖都”に行きたい!」と宣うクレイジィな人々は多い(まあ、私もその中の一人だったわけだが)。そのような者たちの宿泊地として、この鳴海宿一帯はかなりの賑わいを誇っている。
⑧
喫茶『山小屋』
東海道から少し路地に入った場所に店を構える喫茶店。人間居住区外の店ではあるが、居住区から歩いて数分という立地のため、人間の客もそれなりに多い。店主である日下部眞彩さんの「人とあやかし双方の憩いの場でありたい」という意向により、この店で暴れるあやかしは存在せず、誰でも落ち着いて過ごすことができる空間となっている。
この店を訪れた際には、是非ともブレンドコーヒーを味わってほしい。店主の入れるコーヒーは絶品で、その腕は人妖双方の間で名高い。……しかし、店主のイチオシメニューは「クリヰム苺スパゲティ」らしい。一部の客にカルト的な人気を誇っているらしく、私も一度食させて頂いたことがあるが、味覚が人外じみている方以外は避けた方が賢明であると思われる。また同系統のメニューとして「炊き込みメロン御膳」「小倉カツレツ」なども存在する。
⑨
平和所
人間居住区に隣接する、広大な墓地。墓地、と聞くとおどろおどろしい印象を抱く者も多いだろうが、“妖都”におけるそこは常に静寂と百合の花の香りに包まれた、「“妖都”で最も平和な所」とも言える場所になっている。
ちなみに、人間居住区が現在の位置に作られた背景の一つとして、多くの人々の先祖が眠るこの場所に隣接させたかった、というものがあるらしい。
⑩
洩の代
(もりのしろ)
“妖都”の北東部に位置する、いくつもの暴力系組織が群雄割拠している地域一帯の通称。伴い、広大なスラム街もこの場所に形成されている。これらのことから推測できる通り治安は最悪で、銃声が聞こえてくるのは日常茶飯事。秋津でも名を響かせる組織や、永羅での振興を図りあやかしと手を組んだ組織などがシノギを削っており、その全貌は誰にも把握できていない。
それにしても、“妖都”で最も危険な場所が人間の抗争よって成り立っている、とはなかなかの皮肉である。
⑪
吉根橋
“妖都”には、その外と中とを隔てる結界が張られている、というのは多くの人が知る事実であろう。この結界のおかげで、危険なあやかしが存在してもそれが外部に出てしまうことはなくなっている。ただもちろん、その全てが満遍なく結界に覆われていたら出入りが全く不可能になってしまう訳で、それを防ぐためにこの結界には“穴”が存在している。
この穴の中で最も知名なのは「狭間門」「一色門」の二つだろう。それぞれ、“妖都”における東海道の起点と終点となっており、東海道を利用する旅人や、“妖都”を訪れんと志す狂人たちの多くがこれらを通過する。しかし、結界にはもう一つの穴——「吉根橋」が存在することは、一般にはあまり知られていない。
先述した二つの穴には検門が設置されており、あやかしや前科持ちの人間の出入りは止められてしまう。そこで、前科を持つやくざの人々に利用されているのがこの吉根橋だ。ここを通じて多くの脛に傷を抱える者たちが“妖都”入りした結果、洩の代が形成されるに至ったのだという。随身省もこの場所に規制をかけたい気持ちはあるが、そもそもの人が足りず、また永羅市庁側から「手出し無用」との御触れが出てしまっているために、何も対策ができていないのが現状らしい。
|