作戦が終わり、事後処理を終えたある日の事。
日課の訓練を終え、シャワーを浴びて部屋着に着替え、通路を一人歩いていく。
私は共用のロビーへと足を運んだが、そこには人気が無かった。
当然だ、あれだけの緊張感をもって、ほぼ一日中。長時間作戦に駆り出され、その後も事後処理に追われ、休みも無し。
そして、今日ようやく事後処理までが終わり、晴れて休みを得たのだから、外には出ず、個室で睡眠を取っているのだろう。
元々ロビーに顔を出す隊員も少なかったのだから、誰もおらずとも無理はない。
広々とした空間を独り占めした私は、その静寂の中で思考を巡らせてみる。
と、そうしようとしたところに一人の乱入者が現れた。
「何してるんですか?指揮官」
声を掛けられ、見た先には自分と同じくらいの背丈、赤いジャケットを羽織り、金髪と緋色の眼を持った少女がドアの前に立っている。
声色とその表情に色は無く、その言葉はどうやら、怪訝さから来るものではなく、確認のためにあるようだった。
素直に言えば士気に関わるかもしれない。一瞬そう思ったが、すぐにその考えを打ち消す。彼女には、そういった問題は全くもって無縁に思えたからだ。
自嘲するような苦笑交じりに「いえ、今回の件について、少し考え事を」と答える。
「あぁ、そうでしたか。」
思った通りの返答だったのか、それとも興味が無かったのか、気のない納得の声が上がる。
「すみませんね、邪魔してしまって。そういう事なら、出て行った方がいいですか?」
全く申し訳ないという気持ちは伝わってこないが、元々彼女は地上のあらゆるものに興味を持っているようには見えなかった。
彼女に興味があるのは、自身の研究だけ。彼女が謝罪をするのは、彼女が社会と人間を知っているからに過ぎないのだろう。礼儀とは、セオリーだ。
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ、話し相手が欲しいところだったんです。あちらで話しませんか?」
笑顔を浮かべて、ビリヤード台を見ながら私はそう言った。彼女は聡明であるし、感情に左右される要素が最も少ない。気兼ねなく話が出来るのだから、話し相手には丁度いいだろう。
「ふむ、分かりました。私も少し、次の開発に取り掛かるために考えを纏めていたところです。あまり座ってばかりだと、身体に支障も出ますから。」
私の申し出を承諾した彼女と私が横に並び、ビリヤード台に辿り着いたところで、私は一つの疑問を口にした。
「ところで、結嘉さん。その手に持っているのは何ですか?」
「あぁ、これですか?」
見せびらかすように右手を上げる。その手には、銃のような形をしたものがあった。
「これは、レイヴンの発案した自動追尾銃です。発案者のレイヴンに加え、私とアイリス博士の協力で3Dプリンターによる試作品の作成にまでこぎつけました。」
そう言って台の横にそれを置く。言われてみればその形状は既存の銃に似てこそいるものの、見たことが無い。
「自動追尾弾については、4年半ほど前にそれを用いた実験が成功しています。技術は確立されているわけですが、しかし、依然として実用化されたというデータはありません。」
「今回はそれらのデータを統合し、参考にしつつ──」
彼女がそれについて語り出すと、それまでせき止められていた水が溢れ出すかのごとく、次から次へと言葉が出てくる。
内心、「しまった」と思いつつも、今更止められるはずもない。いずれ隊員の使う兵装のデータには目を通さなければならないのだ、今聞いておけばいいだろう。そう自分に言い聞かせ、彼女の話を聞いた。
「──とまぁ、将来的にも意味のある作品ですが、今のところは試作の段階なので、試作品をレイヴンに実際に使ってもらう事にしたいと思います。」
おおよそ、一般人がまともに聞こうとすれば途中で意識が無くなるであろう、その講釈を聞いていると、いつの間にか話が終わっていた。
「なるほど。そういう事なら、後で私から渡しておきますね。」
「そうしてもらえると。で、レイヴンは今どこに?」
「レイヴンなら個室で休憩・・・いえ、多分休んではいませんね。それは困るんですが、彼女は言っても聞かないもので。」
なぜそんな事を聞くのだろう?少し疑問に思うが、紅月結嘉は他の研究者に対しては少し興味を持っている様子が見受けられる事を思い出した。
「でしょうね。出来る事なら直接渡したかったんですが、まぁいいでしょう。邪魔出来ませんし」
「あはは、後で私から、結嘉さんがよろしく言っていた事を伝えておきますね。」
「別によろしくする必要はないですけどね」
そう言う彼女は、見間違いかもしれないが、珍しくつまらなさそうだ。
「それでは、私の話を聞いてくれますか?」
的玉を纏めて配置すると、キューを手に取る
「どうぞ」
「今回の件、作戦の結果で言えば成功です。」
狙いもそこそこに、引いたキューを押し出すと、弾かれた手玉が1の的玉に当たり、弾かれる。
「しかし、戦略的には・・・未だ不明です。アーセナル、
アリー・アル・マリヤはPMC、『B・O・L』を隠れ蓑に、実に面倒な事をしてくれました。」
弾かれた1の的玉は綺麗にポケットへ落ちるが、その他の玉は纏まりも無く散乱する。散乱した玉を眺めながら、キューを持ってどうするべきか、考える。
「『B・O・L』が武装組織はテロ集団を鎮圧し、解放した鉱山。使われなくなったそこから、彼女は鉱山資源の大半を横取りしていました。」
「目的として考えられるのは、資金ですかね。」
希少な鉱山資源。それは、容易く裏で取引がなされる。その理由は、誰もがそれを使うからだ。それを追求したところで、不毛としか言いようがない。
「それから、政治的目的でしょう。」
「政治的目的ですか」
政治的目的。世界はいつからか、少なくとも先進国の間では、戦争をしなくなった。だがそれは、争いの種が無くなったからではなく、戦争が生み出す利益に見合ったコストではなくなったからである。
だから、今も水面下では休みなく何かが蠢いている。その一つとして、テロリストを使い、それらに政治的目的を達成してもらうという手法があった。
「彼女達のバックには何がいるのか。練度に兵力、そしてあの最先端兵器。少なくとも、国家レベルであると思います。」
アーセナル配下の有象無象の兵士達はあくまでも普通の兵士達だった。だが、私と黒岩が交戦したあの兵士などは、明らかにそれらとは違った。結局、あの兵士とは二人がかりで引き分け、奴が撤退した事で間に合わせることが出来た。
「まぁ、そうなるんですかね。けど、結局相手の事が今一よく分かってないですよね。」
「そうですね・・・」
問題はそれだった。相手の正体、それが分からない。分からない事には、次にどんな手を打ってくるのか、それも分からない。
彼らの正体を示す物が、僅かにでも残されていた可能性のあるアーセナルの拠点は、残念ながら木端微塵となってしまった。
「しかし、一つだけあります。彼らの手がかりが」
だが、そう。一つだけあるのだ。一つ残らず焼け消え、何も残っていないと思われていたそこに、残っていたものが。
「なんです?」
「自らの尾を飲み込む蛇・・・」
「ウロボロス?無限の象徴ですか。それが?」
「残されていた装甲の破片、そのエンブレムに描かれていました。」
そして、工作員の通信を洗い出した結果、ほぼ全てが暗号化されていたものの、その内、何度も出てきた文章があった。
「ふーん。結局、敵はなんなんですかね?」
「さぁ、それは分かりませんが・・・」
『Organization Ouroboros』
長く構えたままだったキューを押し、台の上を玉が駆け回る。
「私は、こう考えています」
『ウロボロス機関』
駆け回る玉は番号順に一つ、また一つと落ちていく。
「絶対に、倒さなければならない敵。」
全ての的玉が順番通りに落ち、白い手玉だけが、台の上に佇んでいた。