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そよめく冷たい風。木々はその枝につけた葉を枯らせ、町並みが秋色へ変わっている。
別れの季節。誰がそう言ったのだろうか。だが、それはあながち間違いではないのだろう。
街中を歩く俺は、そんな季節にはどんな建築が似合うのか、考えながらいつもの仕事場へと向かった。
俺は、カフス・スキー。世間では少し名の売れた、稀代の建築家だ。
誰もが「やめておけ」と言い、「奇をてらっているだけ、すぐにやめるだろう」と言う。だが、奴らは何も分かっていない。
俺の建築にかける情熱と才能は本物だ。それはすぐに、奴らの鼻を明かすに違いない。
事実、俺の作った建造物は大半が多大なる正当な評価を受けている。建築界のノーベル賞、「プリツカー賞」を手に入れるのも時間の問題だ。
「どうしてお前はそんなにポジティブなんだ?」と親友にはよく聞かれる。答えは決まっている。
「『建築家は腐ったら終わり』だからだ。」と。
『建築家は腐ったら終わり』
これは、俺の恩師、俺が建築家となるきっかけをくれた、いわば師匠のような者が、俺に言った言葉だ。
師匠は売れない芸人ならぬ売れない建築家だったが、それでも良い建築家だった。俺はそのことを理解せず、何故まだ建築家を続けるのかと聞いた時に師匠はそう言ったのだ。
「建築家は腐ったら終わりだ。例え世界が終ろうと、俺は建築をやめるつもりはない。それが、俺の決めた生き方だからだ。」

「なぁ、なんで君のデスクっていっつも空き巣が入った後みたいな感じなんだい?」
「うわ、埃を被った資料が出てきた・・・君のデスクだけ時間の流れが違う建築でもしたのか、カフス。」
あまりにうるさいその声に、俺はデスクに座ったまま顔を向けた。
「うるさいな、ベンジャミン。俺は建築において魔術師だが、そんなものはない。それと、これは俺にとって最も整った配置なんだよ。」
「いやいや、おかしいでしょ。埃被ってるじゃないか」
今、俺の目の前にいる口うるさい小男は、ベンジャミン・ドビンボー。俺の親友だ。
彼は建築家としては並としか言いようがないが、向上心のある男だった。俺よりも年下だが、よく俺に教えを乞いに来るので、教えている内に仲良くなり、気の置けない仲となっていた。
「うるせー!そんな事よりさっさと要件を言いやがれ!」
「む、うるさいって何さ。僕は君のためを思ってだね。」
ベンジャミンはむくれるが、俺も負けじとむくれてみせる。
「はん、余計なお世話なんだよ。俺の心配をする前に自分で自分の面倒を見られるようになれってんだ」
「なんだと!僕だって心配したくて心配してるわけじゃない!君のデスクが汚すぎて言わずにはいられなかったんだ!」
俺達はしばらくそんな下らない言い争いを続けていたが、やがて飽きたのか、どちらともなく自然に世間話へとシフトしていた。
「そうだ。今度、僕の家を建てようと思うんだよ。ほら、仕事も軌道に乗ってきたからさ。」
「お前の家?」
唐突に、彼はそんなことを言い出した。
「確かに、そんな頃合いか。お前もいい仕事を任されるようになってきたからな。」
「でしょ?まぁ、そう言う君は未だに自分の家を作ってないみたいだけどさ。」
「俺は、自分の家を作るのは自分の建築に納得がいってからと決めているからな。今の俺は、まだまだ中途半端だ。」
俺の考える自宅とは、終生住むことになる俺の家、安住の地だ。建築家としては自らの理想の体現とも言えるそれを、今作ってしまうのは、あまりにも勿体ない事だろう。
「君はよく考えてるよね。まぁ、でさ、そこでなんだけど。」
少し間を置いて、大切な話のように彼は口を開く
「君に、作って欲しいんだよ。」
「え、俺に?」
突然の申し出に、俺は面食らった。
「別に構わんが、どうして俺に?お前だって建築家だろう。」
「どうしてって・・・はは、それはちょっと言えないなぁ。でもまぁ、ほら。僕のために君が家を作ったら、どんなものが出てくるのか、興味あるし。」
目の前の男は、誤魔化すように笑いながらそう言った。
なるほど、俺を試したいということか。いいだろう。こいつがその気なら、乗ってやる。ここで逃げれば男がすたる。
「そういう事なら、やってやろうじゃないか。俺に頼んだ事を後悔させてやるぜ。」
一世一代の勝負を受けて、俺はその闘志を燃やすのだった。
「いや、そこは後悔させないでよ。」

外を眺めれば、その眼には物寂しい風景が飛び込んでくる。葉が枯れ、暖かな春を待つ木々。人の姿は、ぽつぽつとしか見当たらなかった。
俺は、車を走らせながら、全身で冬の肌寒さを感じたような気がした。
あの後、ベンジャミンは仕事の続きがあるからと帰ったが、俺は奴の家を作るという仕事に本気だった。
勿論代金は取るが、俺は親友の家を作るという仕事に、今まで受けてきた仕事以上のやり甲斐を感じていた。
何度もベンジャミンの建てたい家のイメージを聞き、それとは別に、奴の好み、そして家に求めるものを探っていった。
だが、まだ決定的なものが足りない。俺はそう思い、思い切ってベンジャミンと共に、家を建てる場所を見に行くことにした。
それで今、俺は待ち合わせ場所に向けて、車を走らせているというわけだ。だが、奴の建築予定地と来たら、ドが付くほどの田舎なのだ。
何故かと聞くと、奴は「静かなところが好きだから、静かに暮らしたいんだ。」と答えた。なるほど、あいつらしい。話し声が聞こえてくると、いつも迷惑そうにしているからな。
そのように考えを巡らせていると、目的地にはいつの間にか着いていた。俺は車を適当なところに停め、降りる。
車から降りれば、冬の肌寒さは更に酷く、自分の吐いた息は白かった。なんだか、それを見ていると自然と湧いてくるものがある。これが、風情という物だろうか。
既に俺は、この場所が気に入っていた。確かに、この静けさの中には何かがあるように思えたからだ。何もないはずのところに、何かを見出す。そこには、俺の求めていたものがあるような気もした。

「・・・さっむ」
前言撤回。ここは駄目だ、寒すぎる。ストーブを付けるのを忘れて眠れば、凍え死ねるであろう寒さだ。こんなところに住めと言われたら、俺なら間違いなく凍死する自信がある。
あいつは馬鹿なんだろうか。いや、馬鹿に違いない。そもそも俺がこうして寒さに凍えているのは、あいつが俺との待ち合わせに盛大な遅刻をしているからだ。
「・・・何してんだ?あいつ。」
俺は車から降りてすぐに、あいつとの待ち合わせ場所に着いた。時間はギリギリ。まぁギリギリなのだから、ギリギリセーフだ。分針の一つや二つ、俺にとっては誤差なのだ。
だが、ベンジャミンの奴ときたら俺が10分以上待っていても顔を見せやがらない。カップラーメンを三つも作れる時間は誤差とは言えない。
「・・・少し歩くか。」
いい加減待たされるのには我慢ならない。ずっとその場をぐるぐるしていたが、それにも飽きた。そこで俺は、奴よりも先に建築予定地を見に行くことにした。

建築予定地は山の中で、ちょっとした山道を通る事になる。整備こそされているが、自然の鬱陶しいその道を、俺は心の底から嫌いになれそうだった。
「ったく、物好きにもほどがあるんじゃないのか?・・・と」
俺は棒のように感じていた足を止めた。気になる物を見つけたからだ。整えられた横道。その傍らに、僅かな光を反射する物体が落ちていた。
「なんだ、あれ?」
俺はそれに近づき、手に取ってみる。それは、ナイフだった。
だが、よく見てみれば、ただのナイフではなかった。その刃には、てらてらとした、赤い何かが付いていた。
「・・・・」
滴り落ちるそれを目で追うと、下にはちょっとしたシミが出来、道を作っていた。そのシミを辿り、道を外れた横道へ、その身を恐る恐る乗り出す。
そこで、俺が見たのは。

横たわる何かと、その下に広がっている赤黒い池。
頭が認識する事を拒否している。だが、その抵抗は長くは続かなかった。
よく見ればそれは、血の海で。
よく見ればそれは、倒れている、人。
「───」
理解した時、俺は声にならない悲鳴を上げていた。
何故ならその倒れていた人は。

ベンジャミン。俺の、親友だった。


あれからの事は、よく覚えていない。何もかもが、突然過ぎた。
だが俺は、どうやら最大の貧乏くじを引かされたらしい。
あの後、俺は救急車と警察を呼んだが、ベンジャミンは運ばれた先の病院で死亡。俺は、状況的に人のいない場所で、呼び出したのは俺である事。そして、凶器となるナイフにしっかりと指紋が付いていた事で逮捕された。
やってもいない親友殺しの汚名を背負って生きる事になるのだと、諦めかけた。だが、『建築家は腐ったら終わり』という言葉を不意に思い出し、自らを奮い立たせた。
そんな事もあった。そして結果から言えば、俺はその汚名を晴らす事が出来た。
なんのことは無い、ベンジャミンを刺した犯人は、自供したのだ。俺の呼んだ弁護士は、その手腕で悠々と俺の無罪を勝ち取った。
だが、帰ってきた俺に対して、仕事場の人間達の反応は酷いものだった。被疑者という立場は大々的に報道されるが、一般人という立場はどうやら報道されないらしい。
当然のように俺のデスクへは仕事も回ってこない。ある意味清々しいが、俺は何故ここへ来てしまったのかと後悔し、家へ帰った。
久しぶりの家に帰り、テレビを付け、俺は弁護士に頼んで取ってもらった、時代遅れのビデオテープを再生する。
それは、今回の事件の特集だった。
様々な場所の人々が、好き勝手に事件へのコメントを寄せている。特にひどいのは仕事場の奴らで、いつもは妙になれなれしい奴が「あいつならいつかやると思っていた」と言っていたり、全く接点のない奴が「信じられない」と言っている。
くだらない。俺はそれを鼻で笑って飛ばした。俺が見たいのはこれじゃない。すると、急に画面が静かになった。
皆顔を伏せ、何かを祈っている。それは、俺が出られなかった、ベンジャミンの葬式だった。
それを見て、初めて。俺は、ベンジャミンが死んだという事実を、認識した。
何が稀代の建築家だ。何が建築の魔術師だ。何が、「プリツカー賞」だ。
俺は、あいつに何もしてやれなかった。あいつの望みだったあいつの家も、今じゃ作ってやる事すら叶わない。
何が・・・『建築家は腐ったら終わり』だ!この世界は既に腐って終わってる!
俺は、親友を失ったんだ!たった一人の、俺を信じて着いてきてくれた、親友を。取り戻すことは、出来ないんだ。
終わりだ、もう。何もかも。そう思えば、不思議と身体は楽になった。

俺は、自らの仕事場で、今日も今日とて建築すべき建造物を考えていた。
デスクにはたくさんの資料が山となっており、軽い迷宮状態だ。だが、それは意図した事だった。
悪魔となった俺は、外界に触れるのが嫌ですぐに引き籠り、自らの生来の仕事に着手した。
俺の理想の建造物。それを求めていた。今になってみれば、ベンジャミンもそれを望んでいたのかもしれない。
俺が理想と考える建築こそ、あいつにとっての理想の家でもあったのかも。
今となっては分からない事だ。だが、俺は未だに諦めきれていないらしい。
何故か、埃を被っている資料すらあるこのデスクなら、今にも人懐っこい笑みを浮かべた小男が、俺の目の前に現れてこう言ってくれる気がするのだ。
『君のデスクだけ時間の流れが違う建築でもしたのか、カフス。』
その通りだった。俺にとってこれは、時間の流れを捻じ曲げてみせる、魔法の建築だった。
俺はまだ、上手に片付けられずにいる。

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最終更新:2019年11月05日 11:46