3話『月と風と』
蜂谷さんと神依とかいった青年の口論は続いていた。わたしは、なんていうか、主に彼女の雰囲気に呑まれて口を出すことができなかった。
「勝手なこと言わないで!」
「それが俺の使命だ。聞き分けろ、人間」
「そ、そもそもあんたなんなのよ!人間じゃないんでしょ?!」
「それがお前になんの関係がある?」
「少なくとも人間じゃないやつに私の気持ちなんてわかんないでしょうね!」
「俺が何者かを言えば切らせてくれるのか?奇っ怪で面倒な人間もいたものだな」
「面倒ってどういうことよ!」
「単刀直入に言うが俺はこのナギの樹だ」
「えっ…」
「俺はここで、ずっと生きてきた。"奴ら"からこの土地を護るために…」
そう言い終わると、青年は目を閉じた。なんだか、昔を思い出しているような顔をしていた。
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こんなものは自分勝手な思い込みだ。誰からも頼まれてなんかいない。そんなことは最初から分かっているのに。
「ねぇ、神依…海の向こうから、いっぱいやってきたね」
そいつは雨のように降り注ぐ蝉の声を幸せそうに聞きながら、柔らかな翡翠色の髪の毛を夕方の湿気の多い風に揺らしていた。
そういえば昔誰かに言われたが、俺の髪の毛は黒一色で真直ぐで美しさと同時に厳しさを感じさせる、らしい。
俺がいる処の近くの神社に生えている朔(サク)は、戦う運命を放棄しながらも運よく"奴ら"に狙われないおかげで生き残っていた。
海の向こうから"彼ら"がやってきてから数十年。人間にとっては長いかもしれないが、樹にとってはなんてことはない時間。彼らは勢力を拡大してきた。
舶来が領土を広げるということ、つまり、土着を殺していくこと。それらはあまりにも早すぎて、もう、どうしようもなくなりかけていた。
「…」
「少し前と比べてすっかり仲間も減ったね。"彼ら"の所為だけとは言わないけど…神威、僕達滅んじゃうのかな」
「お前みたいに戦いを嫌う軟弱者がいると、俺達は淘汰されるだろうな」
「そう、かな」
「俺は戦うのは好きだが、行く末になんか興味無い。滅ぶ時は滅ぶんだろうしな。勝てる見込みがなかったら、無様な姿を晒す前にさっさと死ぬ」
「はは、君らしい。やっぱり僕と君って全然違うね。」
「そこまでして生きたいのか?お前は」
「僕は生きていたい。君は僕のことを馬鹿にするだろうけど、生きていつまでもこの土地を護っていたい。力がなくなって、護れなくなっても、ここで、この土地を、ずっと見ていたい」
「…」
「"彼ら"も、きっと悪いようにはしないと思うんだ。だってここ、すごくいい土地だから。土地自体も、そこに住んでいる人間たちも」
絵空事を屈託の無い笑顔で抜け抜けと言い放つ。平和呆けとかそういうレベルではないのだと思った。呆れ返って皮肉る言葉さえ出てこないのに、何故俺は朔の話を聞いているのだろう。
次の年にはもう朔はそこにいなかった。そこには生温い紅葉の気配と、蜩の声だけがあった。
碌な抵抗もしなかったんだろう。大体、戦いもしないのに土地を見ていたいだなんて戯言だ。本当に、眩暈がするほど愚かしい。最後まで馬鹿な奴だった。
そして俺は、彼より馬鹿になったのだろう。
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「貴方は、私が育ててきた、ナギの樹だって言うの…?」
蜂谷さんはショックを隠しきれないようだった。無理もないかもしれない。
「お前に育てられたつもりは全くないが」
「なっ、何よそれ!可愛くない!」
「先刻俺を家族と言ったか。家族ならば無断で身体の一部を毟り取ったりするのか?」
蜂谷さんは複雑な顔になる。でも、あれ…?
「えっ、じゃあ…さっきあなたはどうして自分を切り倒そうとしたの?」
「! それは、」
青年の顔が曇った、と思った次の瞬間。辺りが暗くなって強い風が吹いた。今まで生きてきた中で一番強いんじゃないかってくらい。多分合ってるんだろうな。今日はこんなに不思議なことが起こってるんだもの。
ってそんな悠長なことを考えてる暇はない!飛ばされ…る?あれ?
「セイジョウセイケンセイカセイレキ……」
青年が右手を挙げて虚空を見ながら何か唱え始めた。周りの葉っぱや草やさっきの蛇の死体は飛ばされたり激しく靡いてるのにわたしたちはなんともない。よくみると身体が少し青く光ってるような…これってもしかしてマンガとかでよくある
(結界…ってやつなのかな)
どきどきしていると突然殺気立った声で青年は叫んだ。あまりの剣幕に自分のことじゃないのにすごく怖くなった。なんだか心細くなって隣にいた蜂谷さんの手を強く握った。
「出てこい!お前なのはわかってるんだ!"ロキ"!糞野郎が!!」
「わぁ、こわい」飄々とした少年のような声が空の方から聞こえてきた。怒鳴られていたのに、まるで自分のことじゃないみたいにおどけた声だった。
「咬葦ィ。怒るとケンコウによく無いって。そんな顔、アイツが見たら悲しむんじゃないかなぁ?」
「てめぇがさせてんだろうが!!」
「だからこわいってばぁ。へびさんもいっぱい切り刻んじゃってさぁ。ねえさまに怒られちゃうよ」
空中に浮かんでいたのは確かに少年だった。彼のアーバンホワイトの髪が風に靡くのは、ひどく綺麗に思えてしまった。
→#04
- だが、私は謝らない -- 能島 (2012-07-22 02:12:01)
- これはなかなか(率直に -- 朱音さん (2012-07-22 02:52:39)
- さて次は魔の四話か。モビルスーツが出てこなければいいんだが -- 朱音さん (2012-07-22 02:54:12)
- モビルスーツも…それはそれで… -- 能島 (2012-07-22 12:59:41)
最終更新:2012年07月22日 12:59