社長の婚活

「おはよう、ラヴヌトラートさん」
「ああ、おはよう」
もともと丁寧な性格で、たとえ自分の夫であっても身内であっても、常にスカルムレイに対して話しているような口調のツァピウルも、ここ数年でだいぶ癖が取れてきて、He je raz chor, usn.とか堅苦しい言い回しをせずに、普通にJechorusnと言うようになった。ユーゴック語は母語ではないが、触れ始めてから長い。それくらいの頭の中の区別はさすがにつくようになってきている。別に彼女は緊張しているというよりも、癖といった感じなのだろう。
「ねえ父さん、ポストに手紙があったからテーブルに置いといたよ」
「ああカラム、ありがとう」
デュイン戦争以降、だいぶ忙しくなった。カラムの元にも王国の新聞社が多数押し寄せるようになった。最近は情報化がだいぶ進んでいるので、テレビなどのマスコミもよく訪れるが、なんせケンスケウ・イルキスのあるディスナルは辺境なので、地元メディアがよく来るのだ。とはいえ、それでも熱心なところは手紙やメールを送って都合を聞いたりしてくる。その影響は立役者のカラムだけでなく両親にも及んでおり、もはやケンソディスナルという一族自体、そういう風に言われているのではないか。
「今日もまた取材か・・・?」
「違うよ、今日来たのは社長さんからだよ。"kantenar(経営者)"と"adrorandis(取材)"をどう間違えるのよ」
ああ、確かにAdi kantenar fo REKTと書いてあった。REKTは、Raneeme Extatamtha-Kantedis Tupchearomの略だ。どうやら、リファンからの手紙らしい。いったいどんな内容だろう。

――
友人のラヴヌトラートへ
半年前の晩餐会は楽しかったか?あの年は例年よりすこし乱闘が少なかったが、楽しかっただろう?できれば毎年呼ぶからその時はぜひ来てくれ。いつでも歓迎する。
イルキスで妻と娘に恵まれて幸せな生活送っているころだろう。そこで、私も婚活をしようと思っている。副社長のリーダに次ぐラネーメ公営地下鉄の後継者の候補になるといいなあ。そういうことで、今日はユエスレオネのフェーユで、お見合いを開く予定だったりする。既婚者の君には迷惑な話だが、私の婚活の手伝いに来てくれないか?できれば子分のリーダの許嫁も見つかるといいんだがなー。
――

「なるほど、奴らしくないな」
「ああ見えて意外と独身だったのね」
「あの年になって婚活とは、そうとう悩んでいるんだろうな」
そうはいうが、私も1000歳ほどにしてようやく結婚できたのだ。あまり人のことは言えない。そういえば、リファンは今何歳くらいなんだろう。思えば聞いたことはなかった。ケートニアーなのかネートニアーなのかも頭の中でいまいち整理がついていないし、本当に謎が多い。
それにしても、今日見合いがあるのかよ。いくら我々がウェールフープを使って自分で空間移動できても、唐突すぎではないか。とはいえ、リファンがどのような女性と出会い、結婚するのか。友人として全く興味がないわけではない。これは手伝いに行ってもいいかもしれない。内容的にカラムやツァピウルを連れていく必要はなさそうだ。
「ん、父さんどこ行くの?」
「連邦に行く支度をする。奴のお見合いを見物しに行こうじゃないか。君たちは来るか?」
「んー、留守番しておくよ。多分母さんも留守番かな」
本堂に入り裏へ進む。通常イルキスの持ち主であり主人であるシャスティは本殿の裏の部屋で私生活を送っている。
「ツァピウル、あの社長が今度は婚活するらしい。私もそれを見に行くから、留守番頼むよ」
「はい、分かりました」
あっさりと追い出してくれた。まあ、社長のことだからどうせただのお見合いじゃないに決まっている。そう考えながら、懐かしいあの言葉を無意味に唱えながら、連邦へ向かった。
「iska lut xelkener!」

まばゆい閃光と共に、連邦に瞬間移動してきた。ここはパルソガのようである。とりあえず社長に遭わないと話にならない。なので、半年ぶりになるユエスレオネのパルソガにやってきた。ここは現在のラネーメ公営地下鉄本社ビルが構えられている。ラネーメ晩餐会もこのビルのある会場でやったのだ。ここならおそらく社長もあの副社長もいるに違いない。
――と思っていたら、すぐ近くに男が歩いていた。男は私を見るなりびっくりしてゆっくりと近づいてきた。
「ふぁ、ファフス・ラヴヌトラート氏か?」
誰だろう。さっぱり記憶にないが、その服装からしてラネーメ公営地下鉄の関係者に違いない。
「ああ、そうだが」
「覚えておられるかね。ラネーメ公営地下鉄のアレスだ。この前のラネーメ晩餐会の日の朝、あの階段でリーダ副社長と一緒にいた」
副社長と一緒・・・。ああ、手すりに触れると鉄球が転がってくる階段で、間違って手すりに触れてしまったあの平社員か。確かに思い出した。どおりで見覚えがあると思った。
「思い出した。あのアレスさんだったか。」
「まさかこんなところで会うとは、一体どのような用件だ?社長の見合いの話を聞いたのか?」
「お察しの通りだ。どこが主催なのかさっぱりわからないが、リファンが婚活をすると聞いてここに来た。いったい何がどうなっているんだ?」
「お見合いというか、まあ我々ラネーメ公営地下鉄全体で未婚の女性を探して出会いを探す、ていう感じであろうかな。社長一人だけのお見合いというわけではない」
それはとりあえず安心した。
「もちろん社員なら男女共だ。各地からラネーメ公営地下鉄が主催してさまざまな男女を呼び寄せ、出会いの場としたのさ。まあ、一種の舞踏会だな。ラヴヌトラート氏は既婚者であったっけか?」
「ああ、そうだな」
「実は、私、アレスはまだ結婚していないんだ。だから、社長と共にお相手を探そうと思ってね。ラヴヌトラート氏は、奥さんを通じて王国全土のシャスティとつながっているんじゃないのか?誰かおすすめの子がいたら教えてくれよ」
「馬鹿言うな。普通王国のシャスティは王国人の男性を婿として迎えたがるんだ。私なんて特例中の特例だぞ。まあ、最近は私のことをエセ・ケンソディスナルとか呼ぶ奴は見なくなったがな」
「そうかー、残念だ。まあいい、見合いは今日の17時からだ」
17時、また夜に会合を催すのか。ラネーメ公営地下鉄社員という人間達は実に夜という時間帯が好きだ。

相変わらず、見た目だけはちょっと前の時代のビルの景観を残している、ラネーメ公営地下鉄本社ビルだ。ラメストでみた景色と結構変わらない。
「とりあえず、中に入りましょうか。会場はラネーメ晩餐会の時と同じですので、よろしく」
なるほど、と言われてもさすがに場所は覚えていない。その辺の人についていって会場に入ることにして、とりあえず社長に会いたいと思った。奥に引っ込んで事務を続けようとするアレスを引きとめた。
「ああ、ところで、リファンは?」
「社長なら、多分フェーユで女性を集めているんじゃないか?」
そんな大胆にお見合いを宣伝しちゃっていいのだろうか。あいかわらず、公企業の割には自由度が高い。
「とりあえず、フェーユに行かないと社長には会えないと?」
「多分そうだと思いますよ。」
自由度の高い企業であれば、社長はもっと自由度が高いのか。面倒なのでウェールフープで移動したいところだが、流石に交通機関を使ったほうがよさそうだ。だが、フェーユまでどのくらい時間がかかっただろうか。
行動するなら早いうちがよい。私は本社ビルを後にした。

――
「Fery, fqa es fery.」
やっと着いたか。片道大体30分くらいであろう。相変わらずにぎわっていた。ここでリファンという一人の人間を探すと思うと骨が折れるかもしれないが、すでに意外とそうでもない。ここに車両が転がっている限りは。

「ラネーメ公営地下鉄・・・か」
おもむろに私はその列車の扉をこじ開けてみた。客室には誰もいない。なので運転席側を見てみると、男が座っていた。
「リファン、こんな連邦のど真ん中でそんなことやって大丈夫なのか?」
「いろいろと事情があった。特に問題はないさ」
とりあえずリファンには列車から降りてもらう必要があった。そこでリファンが立ち上がると、運転室の奥側に誰かが座っていた。
「・・・誰?」
「アレス・ティーオブ氏だ。ユエスレオネ中央大学ウェールフープ研究所の職員だ。実は今回は彼に話が合ってフェーユに来たんだが、彼の研究所の主任研究員に追い回されてな。」
それでこのありさまというわけか。色々と訳が分からないが、確かにリファンが一人で起こした大惨事というわけではない。
「まあ、こんなところで話すのもなんだ。あそこに喫茶店がある。そこで詳しく話そう。いきなり呼び出して君もびっくりしているだろうな」
リファンは列車から降りた。同じようにティーオヴもリファンの後を追い、扉から出た。私も列車から降りることにした。それにしても、この列車は横に傾いている。なので、扉から出ようと思うと、上にジャンプしなければならなかった。
この列車はどうする気だろう。もうガラスもだいぶ飛び散って、使い物にもならないのではないか。
「リファン、そういえば我々を狙っていた主任研究員は?」
前回のラネーメ晩餐会の時も見かけた。その主任研究員といえばおそらくアレス・ラネーメ・リパコールであろう。まさかとは思うが、彼女もお見合いに招待しようと考えていたのだろうか。
「ああ、リパコール氏なら私と戦闘中にどこかに行ってしまったよ。何か大事なことでも思い出したんだろう。そうでもなかったらいよいよ本格的に乱闘を始めていたよ」

数分歩き、少し古風な香りを感じる喫茶店に着いた。モチーフは王国のようである。木造を思わせる建物の作りに、ところどころ置かれている有字書道の作品。なにより、店員がスカルタンのようなものを着ていたのだ。
「いらっしゃいませ。席はあちらが開いております。ご注文お決まりましたらお伺いいたします。ごゆっくりどうぞ。3名様ご来店デース!!」
最後の来店を店内に知らせるあの叫びがなければ、普通に接客態度のいい店員だった。なんだあのテンションは。
「少し変わった店だな。ユーゲ人というものは、こんなに陽気な民族だと思われているのか?」
「専制政治国家の国民はみんな国王様万歳とか言う風に愛国心にあふれていると思われているんじゃないか?そもそもきみは生粋のユーゲ人じゃないだろう。」
ティーオヴが苦し紛れに入ってきた。
「あの、そろそろ座りましょう?話したいことがあるのでは?」
「ああ、そうだったな。あの変人店員が言っていた席に座っておこうか。何が飲みたい?」
「リンゴジュース」
「ツァピウルちゃんみたいだなー」
他人の奥さんをちゃん付けする辺り、あの事件から社長の遊び人気質も変わっていない。
「ご注文お伺いいたしまーす!」
さっきのテンションの高い店員だ。ちなみに女性である。
「えーっと、私がリンゴジュースで」
「ほうほう、リンゴジュース?意外とお子様・・・っと失礼いたしました。そちらのラネーメのお方は?」
いちいち口を挟んでくる。なんだこいつは。
「私もリンゴジュースだ。ティーオヴ君はどうする?」
「あっ、えっと、僕はアチェアで」
アチェア。要するに王国製の茶である。なかなかにシブい味で、とても子供向けとは言えないような苦さらしい。私は飲んだことはない。
「ティーオヴ君か?アチェアなんて飲むのか」
「いえ、なんか王国の喫茶店ならみんな注文するみたいなのでためしに飲んでみたいなと」
意外とグルメな感想でほっとした。ではなぜ社長までリンゴジュースを選んだんだろう。
「で、なんでリファンまでリンゴジュースなんだ?」
「んん~?なんとなくだ」
特にコメントする気にはなれなかった。

「三名様~!!お待たせしましたぁ~!!!とと!」
ずいぶんと忙しない動きをしながらさっきの店員がこちらに押し寄せてきた。持ってきたのはさっき注文した飲料である。
彼女が去るときにちらっと名前を見てみた。
「T=Kmirterki・・・?」
名札に表記されている名前はフルネームではなく、名前が省略され名字のみ書かれていた。下の名前がTから始まるクミルテルキさんらしい。
「何を見てたんだ?胸元ばっかりじろじろ見やがって」
この社長は、ほんとに人を茶化すのが好きである。
「いや、名前がユーゴック語だったなーって」
その瞬間、ティーオヴの方から咳の音が聞こえた。彼はアチェアを飲んでむせていたのだ。
「ゲホッゲホッ!!!」
「おいおい、落ち着いて飲めって」

――

「ありがとうございましたー!!」
結局最後まであの店員しかこちらのテーブルには来なかった。何かの呪いだろうか。
アチェアを飲んでいたティーオヴ。至って顔は普通であった。
そういえば、ティーオヴについてよく知らない。多分今初めて会って自己紹介もしていない。
「アレス・ティーオヴ君だっけか?私はガルタ=ケンソディスナルっていう。ハタ王国から来た」
「はい、よろしく。アレス・ティーオヴです。普段はユエスレオネ中央大学でウェールフープ研究をしています」
早速聞きたいことがあった。
「さっき、なぜ社長の列車に一緒に乗っていたの?」
ティーオヴは答えた。
「実は、リパコール氏の研究資材調達にほかの研究員と共に同行していたんですよ。そしたら、リファンさんが前から現れて、そのままリパコールさんは連れていかれたんです。あの人のことですから死にはしないだろうと研究員全員が思っていましたしぼくもそう思っていました。しばらくそこで待っていると突然爆発音が聞こえて。見たらリパコール氏と社長が乱闘をしているんですよ一応他の研究員を帰らせたんですよ。リパコール氏がなにか私の名前をずっと呼んでいるなと思ったら、突然ウェールフープで転送されて・・・」
その続きを社長は明かした。
「運転室で必死に戦闘してたら気がついたらティーオヴ君が乗っていたから、もうリパコールへの話は済んだしもうティーオヴ君もいっそあれに誘おうかと思ってね」
なるほど。この研究員は未婚なのか。
「で、どんな内容の話だったんですか?あと『あれ』ってなんですか?」
「『あれ』っていうのは、今夜開くお見合い会のことだよ。うちの未婚の男女社員の出会いの場を作るとともに、連邦民の皆さんの幸せな連邦ライフに少しでも貢献しようと思ってね」
きれいごとなのか本心なのかはわからないが、反体制派の割には意外とそんなことを気に掛けるらしい。歩きながら話していると、あっという間にさっきの現場に行きついた。そこにはリパコールの姿どころか、社長が置き去りにした列車さえも回収されていた。
「ってことは、まさかとは思うけれどリパコールも招待した?」
「したよ。彼女も愛に飢えているんだ」
愛に飢えているかは分からないが、あのリパコールが現れたらその幸せな出会いを見事に消し去るんじゃないか。前回のラネーメ晩餐会の荒れ具合を思い出した。あの状況で結婚相手を探せと言われると、わたしなら気が引ける。さすがはやりたい放題の社長だが、それって大丈夫なのだろうか。まあ、ぶっちゃけ何でもいいという感じだった。

「さて、唐突だが、着くころにはもう副社長による前置きも始まって、私の登場が期待されているんだよね。その時既婚者代表ということで君もステージに出すから何かセリフ考えておけよ。ティーオヴ君は招待客だから話さなくていいや」
私も招待客じゃないのかよ。だが、今の彼の状況に突っ込んではいけない気がしてならなかった。
「Palcoga, fqa es palcoga」
相変わらず機械的な車内アナウンスである。
到着して数分歩くだけでもう本社ビルにたどり着くことができる。アクセスは便利かもしれないが、結構接客が悪い気がして私はなかなか一般客として立ち入る気にはなれない。
最終更新:2015年10月18日 17:37