覚悟と責任



各話リスト


発現


……人の死と言えば、脳死か心停止を意味するのが普通だろう。
例えば、身体に深い傷を受けて大量出血して心臓が止まったり。
例えば、車に轢かれて頭を打ち即死するだとか。
これだけではない。実際、普通の人間なら割りとちょっとしたことでも死んでしまう。

だが、残念ながらここにいる君達は普通じゃない。
身体に傷を負ったってたちまち回復してしまうし、車に轢かれたって大した傷は受けない。
勿論、モーニ体を傷つけられなければの話だが。
ああ、モーニ体って言うのはね、君らの身体にあるウェールフーポを作る器官さ。
これが君達ケートニアーにとっては重要になってくるからな。覚えておくといい。

詳しい解説は次に回すとしよう。
それで、つまりだ、君達にとって「死」というのは普通の認識とは少し違ったものになっているんだ。
実感がある者も結構いるかと思うが、心臓を撃ちぬかれたくらいじゃケートニアーは死なない。
脳に傷を負ったって普通に回復して生きていけることもある。
ではなぜ君達はネートニアー、すなわち普通の人間に比べてここまで丈夫なのか。
それを支えているのが、さっき話したモーニ体だ。
これのお陰でケートニアーが生きていけると言っても過言ではない。
君らの体内にあるこれが、身体の驚異的な再生に関わっている。

……おっと、話しすぎてしまったようだ。この話はここまでにしよう。
少し休憩を挟んだら次は戦闘訓練だ。10分後ここに集合だ。それまで休んでおけ。

講師の先生が教材をパタンと閉じ、部屋のドアを足で乱雑に開けて廊下に出て行く。
彼が出て行った途端に、部屋のそこらじゅうからため息が聞こえる。
身体を延ばす者、椅子から立ち上がろうとして躓く者、時計をぼーっと眺める者。
皆講義に疲れたのだろう。なにせ小難しい話を小一時間聞かされ続けたのだから。
視線を前の座席に移すと、何人かが机に突っ伏して寝息を立てていた。

「だらしないなぁ。体力が足りないんじゃないの?」
後ろで男が彼等を見ながら嘲笑している。
男は、連邦警察の制服を第一ボタンまできっちり締めて着て、しかも新品のようにシワ一つ無い。
髪は銀色をしていて、前髪が目に掛からない程度にカットされている。
彼はレシェール・ラヴュール。私と同じ講義室で授業を受けている同僚といったところだ。
真面目な性格だが、たまによく分からない行動を取ることがある。そこだけが玉に瑕である。
最初の授業で話しかけられて以来、何かと一緒に居ることが多い。
「ラヴュール、それは体力云々の問題では無いと思うのですが」
「そうか?体鍛えてないとついて行けなくなるぞ?」
「講義に体力も何も関係ないでしょう……」
私はため息を一つついた。
念の為言っておくと、ちゃんと最後まで起きて講義は聞いていた。
だが、後半辺りから集中力が続かなくなり、あまり話は耳に入っていなかった。
「そんなことはない、俺は集中して講義を聞いていたぞ」
対してラヴュールは、元気そうに腕を回していた。
彼は疲れというものを知らないんじゃないだろうか。

「ありゃ?もう講義はぁ終わりかぁ」
ラヴュールの左隣にいた男がガバッと顔を上げた。
どうやら寝ていたらしい。その証拠に少し目が赤くなっている。
「お前は途中から寝てたからな」
隣にいたラヴュールは講義中に寝たのを見ていたらしい。
起こしてあげれば良かったのに。
「うるへぇ、眠かったんだからぁ仕方ぁねぇだろうがよぉ」
彼独特の特徴的な口調でラヴュールに抗議する。
彼はヴァレス・ゲーン。ラヴュールに劣らない、いやそれ以上の不思議な人だ。
口調からして不思議なのだが、それにはもう慣れてきている。
ヴァレスと関わり始めたのは割と最近だ。それまでは関わることは無いと思っていたのだけれど、席が近くなってから少しずつ話すようになった。
もっとも、いまいち彼の事は分かっていない。主に口調とか口調とか。
「ラヴュール、寝てしまった分は後で見せてもらいますね」
「あぁ、構わないよ。けどこれ以上成績を上げられても困るけどなぁ」
「何だぁかんだぁ言ってもぉテストじゃぁ常にトップ10入りしてるしよぉ」
「それは努力の賜物です」
「流石、言うことが違うねぇ。クラディアさんは」
「ラヴュールだって成績良いでしょうに」
「俺ぁ全然だけどな」
といいつつも、ヴァレスも平均以上の成績は出している。
「WP学がぁまぁったくわぁかんねぇ」
「それはあれだ、パッってやってガッってやるんだよ」
「なぁに言ってんだおめぇ」
「要は適当にやれば出来るってことだ」
ラヴュールはこの3人の中で最もWP学が出来たりする。
この前の試験では僅か2問しか間違えていなかった。
私とヴァレスはあまり得意ではなく、いつも平均よりちょっと上くらいだ。
なお、その他では勝っていることは言うまでもない。
「えぁ、出来る奴ぁ言うことがぁ違うねぇ」
「ラヴュールのそこは尊敬してますよ」
「それ以外はどう思われているか非常に気になるんだが――」
ラヴュールが話を続けようとしたその時、ガチャっと部屋のドアが開いた。
「時間だ、それじゃあ戦闘訓練を始めるぞ」
見れば、既に時間が経っていたようで、先生が皆に声を掛けていた。
「場所を移動する。私について来たまえ」

さっきの講義室から出て、外に出る。
少し歩いた所に、訓練場と思しき開いた空間があった。
そこで先生が止まる。生徒達もそれにつられて止まった。
「君らは既に自分の内に発現している力を使ったことはあるか?」
先生は唐突にそう話を始めた。
私は無かったので、ただ聞いているだけだ。
数人は頷き、その他は首を傾げたり寝ていたり。
立ったまま寝れるとか凄いな。
「あまり居ないようだな。ではまず、テストをしよう」
そう言って皆の前に歩み寄る。
「縦に並びたまえ。順番は適当でいい。早く試してみたいなら前に来ることをお薦めする」
生徒達がぞろぞろと並んでいく。
私は特に順番にこだわりは無かったので大体真ん中らへんに並ぶ。
ラヴュールは俺が1番だとか言って前の奴らと最初を取り合っている。何してるんだ。
ヴァレスはそんなラヴュールに付いて行って、そのまま前から5番目位の場所をちゃっかり確保していた。
皆が並ぶのが大体落ち着いた所で、先生が声をかける。
「先に説明しておくよ。僕のWPは、『他人のWPを発現する能力』。簡単にいえば、手助けをするWPってこと。教師向けのWPってことだね」
生徒達がざわつく。
無理もない。何故なら、WPとは突然炎を出現させたり、瞬間移動したりとか、そういう何処かロマン溢れたものを想像している人がほとんどだからだ。
ところがこの先生にはそういう力は宿ってないという。
あちこちの生徒から失望の念が感じてとれた様な気がした。
私にとっては、どうでもいいことなのだが。
「そんな落ち込まないでくれ。私みたいな人の方が珍しいんだ。大丈夫、きっともっと良い力を君達は持っている」
先生が少し困ったような顔をして皆を慰めると、皆は少なからず疑問を抱きながらも声が収まった。
それを確認して、先生が一番前の生徒――結局ラヴュールになったようだ――を一歩前に進ませる。
「ではラヴュール君、君のWPを発現させてみよう。まずは、私にまっすぐ両手を向けなさい」
ラヴュールが腕を伸ばす。
後ろから彼の表情は見えなかったが、きっと期待と不安の両方を抱えているに違いない。
「そのままの姿勢を維持したまえ。私が今から君をWPで包み込む」
「はい………」
ラヴュールの声はいつものものとは違って強張っている。
声を聞いても分かるくらい緊張しているということか。
私がそんな事を思っていると、先生が意識をラヴュールに集中させ始めた。
どうやらWPを使っているらしい。が、私からすればただラヴュールと見つめ合ってるようにしか見えない。
「…………」
先生の額が汗ばんでゆくのが見える。
それはきっと外の気温のせいだけじゃないだろう。
そして、しばし沈黙が続いた。
「………。よし。ラヴュール君、君の身体に変化は感じられるかい?」
どうやら終わったようだ。
先生は額の汗を拭いつつ、ラヴュールに問いかける。
「……?いえ、特に何も……」
ラヴュールは首を傾げつつ答えた。
「そうか……。では君の腕からWPを送ってみよう」
そう言うと、今度はラヴュールの右手に先生の左の手のひらをくっつけた。
「今から送るよ。君自身は身構える必要はない。こちらで処理するから」
「は、はい」
ラヴュールが返事すると、先生がラヴュールの左手の様子を観察する。
数秒後、何かに気付いたのか、目を少し見開いた。
ラヴュールのWPが何か分かったのだろうか。
そんな疑問をよそに、先生は、少し口の端を上げながら、ラヴュールの左手に先生の右手の人差指を少しずつ近づけていく。
そして、先生が指をちょうど指一本分の隙間が開くくらいまで近づけた所で。
唐突に、パチン、という音がした。
「!?」
ラヴュールは咄嗟に両手を引いた。
先生も人差指を軽く押さえている。が、二人の間に何が起きたのか、私からは見えない。
前の方の生徒の数人が驚いたような声を上げた所を見ると、そこからは見えたようだ。
一体何が起きたのだろうか。
ラヴュールは手を引いたのが無意識にやっていたことだったようで、直ぐに前に戻した。
しかし、先生はそれを制止しつつ、
「ついさっき、ラヴュール君のWPが発現した。彼には『電流を操る能力』、即ち電撃のWPがあるようだ」
と言って、ラヴュールに隣に来るように言った。
ラヴュールがそれに従って先生の隣に行き、そしてこちらを振り返った。そこで初めて彼の表情を見た。
驚きと喜びを隠せない。そんな様子が丸出しだった。
自分では抑えようとしているらしいが、明らかに口元が緩んでいる。
「さて、発現はしたが、それだけじゃ意味が無い。これから君はこの力を操らなければならないからだ。だが今は少し休憩したほうがいい。私の力は、君達の身体に少なからず負荷を掛けてしまうからね」
「はい、先生!」
そう言うラヴュールはとても元気そうだ。
その声を聞いた生徒達も、歓声を上げ、ラヴュールに様々な声をかけ始めた。
私からも祝福をしたいと思ったが、それは授業が終わってからにしようと思い直す。
「こらこら、そんなに興奮するなって。こんな感じで、君らにも力が発現するだろう。順番にやっていくから。ほら、次の人、こっちへ」
先生が場を制しようとしても、歓声の声は収まらない。
寧ろ今のを見たことで、よりいっそう期待感が高まっていってしまっている。
早く自分にもやってもらいたいと、前の生徒達が催促している。
ヴァレスを見ても、多少は興味を持ったようで、自分の番を楽しみにしているようだ。
どうやらこの場を収拾するのは困難らしかった。
そんな生徒達を見ながら、私はつい苦笑していた。

◆ ◆ ◆ ◆ 

ヴァレスの番になった。
彼は先生の前に立ち、ラヴュールや他の生徒がやっていたように先生の方へ手を向けた。
その時、私にはヴァレスの表情が少しだけ見えた。
意外なことに、彼はいつも通りの顔をしていた。
自分の中に秘められた力を発現するとなると、少しは期待を含んだ表情をするものだと思っていたが、ヴァレスにとってはそんな事はどうでもいいことなのかもしれない。
私はヴァレスと先生の方へ目を向ける。
ちょうど先生が、ヴァレスの左手に手を当てている所だった。
さっきのラヴュールのように何かが起きるのでは、と思った私はつい二人を真剣な目で見てしまう。
だが、先生とヴァレスは硬直したまま。何も起きる気配はしない。
先生は暫くその姿勢を維持していたが、やがてヴァレスの手から自分の手を外した。
そして、
「彼には『爆発』のWPが宿っているようだ」
と、皆に向かって言った。
皆から感嘆の声が漏れ、そしてヴァレスを取り巻くように集まりだした。
しかしそんな中でも、ヴァレスの表情が変わることは無かった。
私も彼を祝いたいのは山々であった。だが私には疑問が残った。
なぜ、ラヴュールのように能力を実際に見ることが出来なかったのだろうか。
仮にも『爆発』のWPを持っているなら、先生の腕が吹っ飛んでもおかしくはないだろうに。
もしかしてそれを見越して途中で辞めたのだろうか。
私はここまで考えた所で、そういうことにしておこう、と自分に言い聞かせることにした。

結局、生徒それぞれが力を発現する度に皆が騒いで時間が潰れ、この続きは明日にやることになった。
そして運の悪いことに、私の力を発現しようとしたタイミングで先生が授業の打ち切りを宣言してしまった。
それは即ち、明日一番最初に私の力が明らかになるということで。
ラヴュールの時程では無いにせよ皆から注目されるのは確定だろう。
私は人から注目されるのは好きではない。
明日の事を考えると嫌になってくる。
今日であれ明日であれ皆から騒がれることには変わり無かったが、それが一日延びた事と、一番最初であるということが私により負荷を掛けてくる。
理不尽極まりないと思う。
だがそんな事を思おうがどうせ明日は来るので、これに関しては諦めて別の事を考えよう。今は忘れよう。
と、講堂の机に頬杖をつきながら考えていると、
「どうした?」
と、ラヴュールが話しかけて来た。
「いえ、何も。少々考え事をしていただけです」
「そうか。ところで、ヴァレスが何処に行ったか知らないか?」
「彼ならさっき、先生に呼ばれていましたが」
実はあの後、ヴァレスは先生に引き止められて、それからまだ帰ってきていない。
大方、あの力について何かレクチャーでもしているんだろう。
そう思ったのはラヴュールも同じらしく。
「そうか。あいつのWP、中々使えそうだったもんな。きっと使い方でも教わってるんだろうな」
と誰に言うでもなく呟いていた。
その時、講堂に予鈴が鳴り響き、今度は歴史の先生が中に入ってきた。
「次の準備をするように。立ってる者は席につけ。それと、前回に出した課題も提出してもらう」
どこか無機質な声で先生が言う。
私は既に自分の席に座っているので、
「ほら、早く席につきなさい、ラヴュール」
ラヴュールに席に着くよう言っておく。
「あ、ああ、そうする。しかし今日課題持ってきてたかな……」
ラヴュールは焦ったようにそそくさと自分の机に戻り、彼の手荷物を漁り始めた。
「ラヴュール、お前また忘れたとか言うんじゃないだろうな?単位取れなくても知らんぞ」
それに気づいた先生が呆れたような顔で言う。
それに対してラヴュールは引きつった笑みで返していた。
ラヴュールの席に近い人達が「またかよ」と言いつつ苦笑している。
私は一日に一回はこんな光景を見ている気がする。
それを見ると、身体の緊張がほぐれる。
もう少し眺めていたいと思ったが、先生が講義を始めていたので視線を黒板に移す。
板書された内容と、先生の話をノートに書き写していく。
が、授業が半分も進んだ頃には、徐々に手の動きが遅くなって来ていた。
意識も朦朧としだした。
どうして歴史って、こうも眠くなってくるんだろう。先生が悪いのだろうか。
私は暫くの間睡魔とも戦っていたが、結局途中で意識が途切れた。
しかし、私が眠りに落ちるまでの間に、ヴァレスがこの部屋に戻ってくることは無かった。

七月二十日、ここではない何処か別の所ではこの時期に夏休みなる長期休暇が始まるらしい。
しかし残念ながら私たちにそんな休みなど無い。今日も普通に講義がある。
そして不運なことに、今日一番で私の力が如何なる物か調べられるのである。
その時間まではまだ時間があるが、刻一刻と迫ってくるそれを考えるだけで疲れてくる。
「顔色悪いな。疲れてるのか?」
ラヴュールが私の顔を覗き込んで尋ねてくる。
が、その気遣いに対応する気力も無く、ただぼんやりと座っていた。
「えぁ、大丈夫かぁ?なんかぁ死んだぁ人みてぇな顔してるぞぉ」
「…………」
私は何も答えない。答える気力が沸かない。
「確かに、これじゃ話にならんな。フリーズした電子機器並みにうんともすんとも言わないね」
話にならない(物理)状態な私にラヴュールも呆れ始めた。
正直言って当事者の私でさえこの状態には滅入っているのだ。
今までここまでのレベルで何もする気力が無くなったことは無い。
そんなに嫌か、と自問したくなる。
その思考すら鬱陶しく感じ、さらに状態が悪化していくような気がした。
そして、ここまでくれば流石に気付く。
「しかしぃ妙だぁ。いくらなんでもよぉ、こんなにぃまでぇなるかぁ?」
ヴァレスが眉をよせつつラヴュールに疑問をぶつける。
そう。その通りなのだ。
何かがおかしい。
「確かにそうだ。それに、よく見ろ。クラディアだけじゃない」
「うぉぁ、クラディアみてぇのがあちこちぃに居るじゃねぇかぁ」
「どうやらこの教室で何か良くないことが起きているようだね」
そうなのか。
流石にそこまでは気づかなかった。
私は鈍くなった頭をどうにか巡らせつつ、この事態について改めて考えなおしてみる。
今、私は全てにおける気力が無くなっている。それも、私が今まで経験したことのない程の。
ただ単に気分が優れないというだけ、ということはどうも考えにくい。
そして、ラヴュールやヴァレスが言っていたように、他にも似た様子の生徒がいる。
これらを合わせて考えると、この状況は偶然という可能性は非常に低い。
となると、これは意図的に引き起こされた、ということになる。
そうすると、一体誰が?何の目的で?どうやって?
徐々に思考力が薄れていく。
なんだかそのまま、意識も薄れていくような気がして……
そのまま深い闇に落ちると思われた寸前、
「入るぞ。いたいた、そこの君。私を見たまえ」
唐突に扉が勢い良く開き、先生が入ってきた。
私はそれによってなんとか意識を元に戻すことに成功した。
そこで分かったのだが、その先生は次の戦術の講義の先生ではなく、WP化学の先生。
慌てた様子で入ってきた先生は、部屋の右奥の方に居る生徒の方に歩み寄っていた。
「私の目を見るんだ。そうだ、そのまま……」
先生に指名された生徒も、私と同じように意識が定かではない。
いや、先程の扉が開く音ですら意識が戻っていない所から考えて、私よりももっと状況がひどいように思われる。
その生徒の目を、先生はじっと見つめ、
両手を振り上げ、肩を思い切り叩いた。
はっ、とその生徒が意識を取り戻す。
それに伴って、私の気分が落ち着いてきた。
さらに周りを見ると、同じように周りをきょろきょろと見ている生徒がいた。
きっと彼等も影響されていたに違いない。
しかし、一体、今までの出来事は何だったのだろう。
原因があの生徒にあることは間違い無さそうだが。
「『精神支配』か……。珍しい力の使い手が居たものだ。しかし、これは昨日のテストを私が延期した責任でもある」
先生が皆に聞こえるような声で話し、
生徒達がざわつき、
「『精神支配』……?」
「えぁ…?」
「私の精神は支配されていたということ……?」
私達は三者三様のリアクションを見せる。
「どうやら彼女には、面白い力が宿っていたようだ。だが、彼女は昨日テストを受けていなかった。だから、無意識の内に発動してしまったんだろう」
生徒達のざわめきに構わず先生は語り始める。
「これについては昨日途中で終えてしまった私の責任だ。彼女の影響を受けてしまった者には謝罪する。すまなかった」
私たちに向かって先生が深々と頭を下げる。
「今後このような事が起きてはならない。そこで、それを未然に防ぐためにも、急遽今から昨日の続きを執り行う。場所は昨日と同じだ。5分以内に集合してくれ。以上だ」
突然そんな事を言い出した先生は、そのまま部屋を後にした。
部屋がしんと静まり返る。
私はしばし呆然として先生の話を頭の中で反芻していたが、その意味を理解して頭を垂れる。
結局、嫌なことには変わり無かった。
まあ時間が早くなっただけまだいいと考えよう。
そう思い直して、私は重い腰を上げた。

◆ ◆ ◆ ◆

今の時期は雨季のはずなのだが、昨日から一度もスコールには襲われていない。
しかし空模様はいつ変わってもおかしくないので念の為雨具は持って来るのが日常である。
今の天気は快晴。日差しが焼けるように暑い。実際肌が焼けそうだ。
そんな光に照らされつつ、私達は昨日の広場に集合した。
人が密集して更に暑さが増しているように感じる。
「急なことになってすまない。詳しく説明する時間が無かったのでこの時間を借りて簡単に説明するが、先程の『精神支配』は厳密に言うと精神操作ではない」
一旦区切って、生徒達を見回す。
「正確には、『精神誘導』とでも言うべきだろう。彼女の力は、精神を支配して意のままに操るというわけではなく、精神をある方向に誘導するという方が正しい。先程影響を受けたものなら分かるだろうが、彼女の力は精神をネガティブな方向に向け、そしてその影響を増幅させる効果がある」
確かに、私は何もしたくなくなったり、気持ちが沈んだりしていた。
それが決定的な証拠だ。
「また、ネガティブな事を考えている時ほど力に掛かりやすくなる。さらに、それが深まっていってしまえば本人も掛かってしまう恐れがある、扱いの難しい力だ」
それで本人の意識が朦朧としていた、ということなのだろう。
「WPは、自分が意識していないとそれを制御出来ない。先程の事態が起きたのもこれが原因だろう。だから私達は、WPの発現の時期になればいち早くそれを本人に自覚させ、意識させるという役を担ってきたのだ。本来、昨日の実習は延期するべきではなかった」
暑さにやられて話を聞くのが億劫になってきた。
また力を受けたか?とも思ったが、それは只の甘えのような気がして、私はその思いを振り払って話に集中する。
「私達教師にはそれを未然に防ぐ責任がある。今更こんなことを言った所で後の祭りだがね。だがしかし、君達WPを扱うケートニアーにも、自身のWPに対して責任がある。たとえそれを望んでいなかったとしてもだ。ケートニアーとはそういう種族なんだ」
「責任……」
何となく分かるような、けれど未だよく分かっていないような。そんな気がした。
「さて、暑いのも嫌だろうしそろそろとりかかるとしよう。昨日と同じように並びたまえ」
と言いつつも、やはり先生の身体から汗が出ている様子はなかった。
それとは対照的に、私の身体からは既に汗がにじみ出てきていた。
早くこの暑さから逃れたいと思いつつ、私は列の先頭に並んだ。

「始めるよ」
「はい」
私は腕を前に突き出す。
いざここに立ってみると少し緊張してくる。
体全体が強張ってくるのを感じる。
「…………」
先生の目つきが真剣なものに変わった。
昨日とは違う、いやそれ以上の、鋭い眼差しに。
本人曰く、今は私をWPで覆っているのだとか。
前回のテストの時、この段階で力が発現したものは少しだけいた。
逆に言えば、それほど居ないということでもある。
私の力もこの段階では発動しないだろう、と思っていたのだが……
「……?」
寒くなってきた。
今の格好でいると肌寒く感じる。
あの暑さが一変して、突然寒さを感じたことに、私は驚く。
風邪でも引いたか、と思ったが熱があるようすはない。
寒さは更に増して行き、肌が痛みを訴えてくる。寒くて肌が痛いなんて初めての経験かもしれない。
身体が震えてきた。
「ふむ……」
先生が珍しいものを見るような目で私、いや私の周りを見ている。
その先生は全く寒そうな様子を見せていない。なぜこの寒さに耐えられるのか、私は疑問に思った。
だが彼が子供のように無邪気な表情をしていたので、それにつられて少し周囲を見てみると……
「なに、これ?」
そこには光り輝く小さな粒が大量に発生していた。
その一つ一つが陽の光を浴びて美しく輝いている。
クラディアの周りに発生したそれは、空中を彷徨っていて、その度に姿を変えていく。
それは今まで見たことのない、幻想的な光景だった。
「きれいですね……」
私は思わず口にしてしまう。
「うん。これは多分、ダイヤモンドダストという現象だろう。この辺で見られることはない」
「ダイヤモンドダスト、ですか?」
「空中に漂う水蒸気が氷の粒となって、それが陽の光を浴びることで輝いて見えるんだ。それはそれは美しいぞ」
「それは、分かります」
現に見えているのだし。
とても綺麗だ、と思う。
そして、何故こんな現象が突然起きたのか、その心当たりもついて来た。
つまりこれは、
「これは、君の『氷結』の力によるものだ。その名の通り、氷を操る、とでも言うべきかな」
と、いうことだそうだ。
私に、「氷結」のWPが宿っている。
突然の出来事だったため全てを飲み込めた訳ではなかったが、感覚的に分かる。分かってしまう。
ちゃんとした方法は試してみないと分からないが、何となくどうやって使えばいいかを、一瞬思いついた気がした。
しかし残念なことに、直ぐに思い出せなくなってしまった。
そこで初めて、私は先生が私達をWPで覆った意図が何となくわかった気がした。

その後、私の周りは涼みに来た馬鹿共もといクラスメイトが集まり、野次を飛ばして来た。
本人達にその気が有るかどうかは知らないけれど、何となくそんな風に思ってしまう。
皆氷漬けにしようかと少し考えたが、いささか自分がハイテンションな事に気づいて落ち着きを取り戻す事にした。
方法も知らないし。
そんな訳で彼等を無視して壁に寄りかかって他の生徒達の力の発現を見学することにする。
やっぱり注目の的になるのは好きではない、と改めて感じるあまりよろしくない機会になった。

数人見ている内に見飽きたので、私は壁から離れてラヴュール達の所に向かう。
二人もまた暇らしく、二人で何か話し込んでいるようだった。
近づいて話を聞いてみる。
「それで、どうだ?どうやって力が発動出来ると思う?」
「さぁ。電撃ぃなんてぇどうやらぁいいのか分からんよぉ」
「お前は自分の力を使えるんだろ?なあ教えてくれって」
「いやぁだからぁ俺はぁお前とは違うってぇの」
「そんなこと言うなってば」
「ラヴュール、それは他人に聞いてもしょうがない事なのでは?」
「そんな事無……ってクラディアお前いつからそこに」
私が話の途中に割り込むと、ラヴュールとヴァレスが驚いて一歩後ろに下がった。
「ついさっきです。私も落ち着いてきたので」
本当は見飽きただけだけど。
「クラディアは突然現れる事に定評がありそうだな。戦闘の際には役に立ちそうだね」
などと額の汗を拭う仕草をしつつラヴュールは言う。
「貴方達が話に夢中で気づかなかっただけでしょう。で、ラヴュールとヴァレスは『電撃』のWPについて話していたのですか?」
「まあそんなところだ。昨日発現したのは良いんだが、どうすれば使えるのかさっぱりでな。色々やってみたんだが駄目で、ヴァレスに相談してたというわけだ」
「俺に相談されてもぉ何も出来ねえがなぁ」
「まだ良いのでは無いですか?今必要なわけでは無いでしょうし」
「さっきも先生が言ってただろう?早い時期から使えるようにならないと大変な事態が起きるかもしれない。『WPを持つものの責任』ってやつだよ」
責任。責任。
何となく脳内で反芻してみる。
只々責任と言われても、どうすれば良いのか正直分からない。言葉自体はゲシュタルト崩壊しそうなくらいよく聞くのだが。
それに、あまり実感もない。たとえその重さを目の前で見せられた所で、それは所詮他人事でしか無いから。
「そうだ、クラディア。お前もやってみたらどうだ?」
「え?」
唐突に話を振られた私は、きょとんとしてラヴュールを見る。
「だから、能力だよ。自分で制御できるようにならないと後々困るだろ?だから今の内からだな」
「……はぁ。試すのは一回だけですよ?」
本当はやる気は無かったのだが、自分に力があると言われて試すのを躊躇う理由もないので、一回だけやってみることにした。

とはいえ、どうしたら良いかは全く分からない。
ので、先程のダイヤモンドダストを思い出して、もう一度それが出来ないか試してみることにした。
確か、私の周りを覆うように発生していたはずだ。
ということで、全身に力を入れてみる。
「どうだ?出来そうか?」
ラヴュールが興味深そうに聞いてくる。
「……いいえ」
しかし私には、WPを発動したという実感が得られなかった。
その事に私は少しがっかりする。
分かってはいたものの、自分の力を自分で使えないというほど惨めなこともない。
そしてその感情を、ラヴュールを若干睨みつけるという八つ当たりじみた行為にしてしまう。
さらにラヴュールの態度が鬱陶しく思えたのか、それとも力を出せなかったことによる不満かは分からなかったが。つい頭を下に下げ、
(はぁ……)
と、ため息をついてしまった。
少し心に傷を受けたので、もうそれ以上詮索するのはやめることにする。
「う~ん、難しいですね」
「そうか……」
ラヴュールは私よりも落胆しているように見える。
私は、ラヴュールがここまで落ち込んでいることが疑問だった。
他人事なのに、そんな風な態度になる必要あるのだろうか。そう思う。
このままこの状態で居るのも何だか気まずいので、顔を上げて、またさっきの場所に戻ろうとした。
が、顔を上げた所で気付く。
自分の頭上を、光っている何かが彷徨っていたのだ。
さっきより数も少ないし、見た目もそれほど綺麗ではないが、間違いない。
そこには確かに、ダイヤモンドダストが発生していた。
「……お前、力使えてるじゃないか」
ラヴュールも気づき、感嘆の声を上げる。
ラヴュールの背後にいるヴァレスもこちらの様子に気づいたようで、目を丸くして、
「お前ぇ、大したもんだなぁ」
と驚愕に満ちた声を発する。
「しかし……もう一度は無理かと思います」
私自身も、力を使えたことには驚いていた。
だが、それは今までの動作の何処かに力を発動するトリガーが合ったということでもある。
数刻前までの行動を思い返してみても、それらしきものが見つからないのだ。
つまりは、ただの偶然。
そしてその偶然の中から、キーとなる情報を見つけ出せなかった。
つまりは、最初に戻っただけなのだ。
そしてもう一つ、私が得た結論がある。
それは自分が意識しなくても、WPが発動してしまうということ。
今の力は偶発的に発動してしまったのだから、今後そういうことが有ってもおかしくない。
意識していたって、制御の方法が分からなければ意味がない、と思い知らされた。
もしまた突発的にWPが発動してしまったら、今度はどうなるのか。想像もつかない。
今後もこの危険性に脅かされながら生活することを考えると身体が震えてくる。
それとも、このような意識を持つことで、その危険性は少しでも収まるのだろうか。
先生も、WPは自覚していないと制御出来ないと言っていた。
WPの危険性を自覚するだけでも、変わってくるのだろうか。
もしかしたら、これも一つのトリガーなのかもしれない。私はそう思った。

襲撃


翌日。
いつものように授業を終えた放課後、ラヴュールとヴァレスが私のもとへやってきた。
この三人が集まるのはいつもの事で、ほとんどの場合、二人が私のところへ来る。
というか、帰る準備やら何やらしているといつの間にか来てるので、私から行こうにも行けないのだが。
そのことを少々申し訳なく思いつつも、いつも通り三人で部屋を出る。
廊下を進み、下駄箱で靴を履き替えて、外へ。
外でちょっと靴の先を地面に当てて雑に足を靴に入れて、歩き出す。
そのまま此処を出るつもりでいたが、ラヴュールが突然足を止めた。
私とヴァレスは一歩進んで、後ろを振り返る。
ラヴュールは私達を見据えていた。
いつものお調子者のような雰囲気ではなく、真剣な表情で。
そして、口を開き、
「昨日の続きをしよう」
そう、ラヴュールは告げる。
「昨日の続き、とは何のことですか?」
昨日の続きが何を指すのか、察しはついていたが敢えて聞き返す。
「何のことか?言うまでもないだろう。WPを使いこなす訓練だよ」
ラヴュールは少々怪訝そうな顔をして、私の問に答えた。
やっぱりか。
あんまり気は乗らなかった。
「訓練も何もぉ、どうするってんだぁ?」
ヴァレスが聞き返す。
その通りだ。私達はWPを使うための手段すら分からないのだ。
それなのに訓練しようとしたところで、それが徒労に終わるのは明白だった。
「力を使う手段を探す。昨日クラディアの力を見て思ったんだ。このままじゃまずい」
(………)
私はラヴュールの発言に少し驚いた。
「一応確認しておくが、クラディア。あれは無意識だな?」
「……その通りです」
「だろうな。あの時のクラディアには自分で力を制御できた、というような実感が見られなかったからな」
どうやら、ラヴュールにはお見通しだったようだ。
そして彼の発言から察するに、彼も私と同じことを考えたのだろう。
結果、このような結論に至ったと。
「つまり、無意識的にWPが発動することがあるということになる。これがどういう意味か、分かるよな。勝手にWPが発動して、それが周囲に危害を加える事だってありえるんだ。だから、WPの制御方法は速く探した方がいい。万が一があってからじゃ遅いんだ」
私の予想は当たっていたようだ。
ラヴュールは、ほとんど私と同じ考えを持っていた、ということになる。
ただ違うのは、それを受けて訓練をしようと思ったか、それともしないか、ということだった。
「それもぉそうだぁなぁ。だがよぉ、一体ぃどこでぇやるぅってんだぁ?」
ヴァレスは首を傾げつつ質問する。
するとラヴュールは、胸を張って答えた。
「昨日授業で使った所だよ。あの訓練場じみたところに決まってんだろ」
……。
あそこって、そんなほいほい使って良いところなんだろうか。
「それ、大丈夫なんですか?勝手に立ち入るのはまずいのでは……」
「先生に許可は取った」
一応不安だったので確認したら、既に先生からの許可が下りていた。
これには流石に面食らった。
ラヴュールは行動に移すのが少々早過ぎではなかろうか。
それから先生方、そんな軽く貸さないほうがいいです。こいつは間違いなく何かやらかすので。

結局行くことになってしまった。
さっき来た道を折り返して、例の場所に向かう。
最近は気温も高いので、出来るだけ外に出ている時間を短くしたかったのだが、そんな事が言えるわけもなく。
ラヴュールやヴァレスには分からないのだろうが、私は日差しは苦手なのだ。
出来るだけ日陰を通って、訓練場らしき場所―一々こう呼ぶのも面倒なので訓練場ということにする―に辿り着く。
そこには、私達以外には誰も居なかった。
早速、ラヴュールは訓練場のど真ん中に立ち、腕を突き出したり声を張り上げたりしてWPの発動を試みている。
しかし、その甲斐も無く、WPが発動する様子は無かった。
「ほら、クラディアもやれって」
「へ?」
突然名前を呼ばれて素っ頓狂な返事をする。
「へ?じゃない。今のところ一番危険なのはお前なんだぞ?」
ラヴュールはさも当たり前の事であるかのように話す。
……まあ、それは分かっているのだが。
それでも、今ラヴュールがやっていることは、ちょっと頭がおかしい人の挙動にしか見えない。
とてもじゃないがこんなだだっ広い場所でラヴュールと同じことが出来る勇気はない。
だが、何もやらないわけにもいかないので……
出来るだけ動きを小さくして、力の発動を試みることにする。
「ヴァレス、お前もやれよ?」
ラヴュールがヴァレスの方を向いて言った。
ヴァレスは少し顔を逸して、
「俺ぁ?俺にゃぁそんなもんいらんよぉ」
と返した。
ヴァレスは全く持って乗り気じゃないようだった。
「そんな事言ってると、後々苦労するぜ」
「心配無用だぁ。それくらぃはぁなんとかぁ出来るさぁ」
「どうだかな」
「ともかくよぉ、俺はやらんぜぇ。そこで見てらぁ」
そう言って、ヴァレスは日陰の方に隠れてしまう。
「……そうかい」
ラヴュールも諦めたらしく、それ以上咎めようとはしなかった。
そして、私に向き直る。
「ともかく、だ。色々試してみるしか無いから、やれるだけの事はやってみよう」
「……そうですね。やりましょう」
私は不承不承ではあったが、それ以外に道は無いので、ラヴュールの言うとおりにすることにした。
とにかく、思いつく限りの方法を試してみよう。
それに、昨日の偶然には、力の発動のヒントが隠されているであろう。
そう思った私は、昨日の行動を思い返しつつ、あれこれと試していった。

日が地平線近くまで落ち、徐々に気温が下がってきた。
私達は、訓練場の真ん中で肩を落としていた。
まあ、どうせこうなるだろうとは思っていたけれど。
結局、力の発動どころか、発動方法に関する何の情報も得られることはなく、時間を無駄に過ごして終わってしまった。
「……帰りましょうか」
私は二人にそう告げた。
「えぁ、そうするべ」
「そうだな。そろそろ暗くなってくる頃だし、帰ったほうが良いだろう」
ラヴュールはまだ物足りなさそうだったが、そろそろ妥当だと判断したのだろう。

訓練所を出ようと足を動かそうとした。
…が、
「……?」
私は足を止める。
ちょっとした異変を感じた。
何処か遠くから、いや、意外と近いかもしれないが、何かが迫ってくる音がしたような、気がした。
前にいる二人が私の方を振り向いて怪訝そうな顔をした。
きっと気のせいだろう、そう思ったクラディアは二人に愛想笑いを浮かべつつ、また歩こうとする。
が、やはりまた動きを止めてしまった。
今度こそ、はっきりとその音を聞いた。
戦闘機が飛んでいる時のような音が、しかしそれよりも大分小さく聞こえた。
……やっぱり、気のせいじゃない!
「ラヴュール!!ヴァレス!!」
「ん?」
「えぁ?」
嫌な予感がして、私は二人を大きな声で呼び止める。
二人のリアクションは今までと変わっていない。
気づいていないのか。
「耳を澄まして!何か来る!!」
私は興奮した口調で大声を出して叫ぶ。
そうこうしている間にも音が大きくなっている。
もうここに辿り着くまでに時間がない、そう感じた。
「音…?」
ラヴュールが直ぐに目を瞑り耳に集中する。
ヴァレスも不思議そうな顔をしつつも、遅れて耳を澄ました。
「……確かにぃ、何かがこっち来てるぞぉ!」
だが、先に気づいたのはヴァレスだった。
顔を青ざめさせて、空を見上げて音の出処を探している。
「本当だ、何だこの音は?」
ラヴュールも気づいた。
静かな口調だったが、腕を組んだ指がせわしなく動いているのを見ると、それを保つのがやっと、というような感じだ。
音は上空から聞こえているので、空から来ることはほぼ間違いないだろう。
私達はそれぞれ空からの襲来物を探し始めた。

◆ ◆ ◆ ◆

小さかったはずの音は、既に耳を劈くほどの轟音と化した。
空気がビリビリと振動し、地震が起きているかのように地面が揺れている。
私は不快感を覚えて、耳を押さえる。
それでもその音は、耳の奥に響き渡ってくる。
鼓膜が破けるのではないか、そう思わずにはいられなかった。
「クラディア!!あれだ!!!」
ラヴュールが空の一点を見つめて叫ぶ。
私は、ラヴュールが見たその方向に視線を向ける。
私から見ると、丁度正面の少し高い位置だった。
目を凝らしてよく見てみると、確かに、何かは分からないが一つの点のようなものが見えた。
「一体、あれは何なんですか!?」
「分からん!!だがこれの原因はあれに間違いないだろうな!!」
爆音で声が聞き取れないので、ほぼ絶叫に近い。
自然と3人は身を寄せあい、謎の点を見上げる。
(……あれは、一体何なのかしら。音響発生装置か何か?)
それにしては強力過ぎる、と考えながらもう一度それを見る。
が、それは私の考えを直ぐに全否定した。
距離が更に近づいてたせいか、より形がはっきり見えるようになったので、それが何なのか、人目見ただけで理解できるのだ。いや、出来てしまう。
あれは、音響発生装置なんて生易しいものじゃない……
「おいぃ、あ、あれミサイルじゃぁねぇか!!?」
「……そうでないと思いたいところだが、残念ながらミサイルだ!!確実に此処を狙ってる!!!」
「一体どうして!?」
「知るか!!んなこと言ってる場合じゃないぞ!!早く此処から離れないと!」
「もう間に合わない!!どの道逃げたところで爆風に巻き込まれます!!」
「どうしろってぇんだぁ……!!」
私達があれこれ言い合っているその瞬間にも、ミサイルは近づいてきて、その全容を明らかにする。
全体は銀色に彩られて、太陽光を反射している。
それとは別に、ミサイルの胴の部分には赤い筋が何本か入っていた。
詳しいことは分からないが、多分あれは軍のものではない。
点のように見えた時とは比べ物にならないくらいの大きさで突っ込んでくるそれは、辺りの空気を震わせ、周辺の建物を破壊しながら迫ってくる。
ただ一直線に、ここを目指している。
「くっそ……!!」
もう着弾まで数十秒もないだろう。
私達に出来ることはもう……何もない。
ここで死を待つのみだ。
ケートニアーだから、当たっても生きているというわけではない。
あんなものが直撃した、その着弾点付近にいれば私達の身体は黒焦げどころか骨も残らないレベルで溶かされ、一瞬で蒸発する。
そうなってしまえば復活することなど出来ない。
もっとも、身体のモーニ体や脳を吹き飛ばされればケートニアーは回復することが出来なくなるのだが、今回はそれ以前の問題だ。
(もう……どうしようもない……!)
私達には何もできない。
改めて実感する。
ウェールフープが使えたら、状況は変わっていたのだろうか。
いや、そんな事を考えたってしょうがない。
たとえ使えたって、ミサイルを止めるなんて、きっと無理だ。
つまり、元からどうしようも無いことなんだ。
こんなことになってしまったのも、私達の運が無かったからだ。
(もう少し、強運の持ち主でありたかったかも……)
こんな超常的な状況にも関わらず、いや、寧ろそのせいなのだろうか、私は変な事を考えていた事に気付く。

はぁ。まったく、私は何を考えているのか。

ため息をつきつつそんな事を思った刹那、ミサイルが目と鼻の先の位置で爆発しようとしているのが見えた。


……痛みは、ない。
一瞬の出来事だし、痛みを感じないまま死ぬ、ということ……なんだろうか。
あれ。
死んでいるはずなのに思考が出来ている…?
幽霊になったとか?そもそも幽霊に意思があるのか?
まあ、物語では生霊とか怨霊とかの類は話してたりするし、幽霊に意思があってもおかしくはないかも。
…………!……!
まあ、それは後から考えることにしようかな。
それにしても、あの後どうなったんだろう。特別警察そのものが無くなってたりして。
……い!………!
ていうか、周りが真っ暗だ。全然見えない。
そもそも此処は何処だ?なんでこんな何も見えない場所に……?
「おい!!!クラディア!!」
「……っ!?」
突然聞こえてきた声に驚いて、瞼を思い切り開いた。
「クラディア!大丈夫か?」
「……?……えぇ、まぁ……」
さっき墜落したミサイルよりもずっと目と鼻の先にラヴュールがいた。
視界にラヴュールの顔面しか写っていない。
顔が近い、と手でラヴュールを押してそれとなく伝える。
「?……ああ、悪い」
「いえ、別に……」
ラヴュールは少々気まずそうにクラディアから遠ざかる。
ようやく辺りを見渡すことが出来るようになったので、立ち上がってふっと顔を上げた。
そして、私は固まった。
「……お前、すげぇな。火事場の馬鹿力って奴か?危うく俺も巻き込まれる所だったぜ」
「…………」
まず、ミサイル。
爆発はしたようで、粉々になっているのだが、それでも破片が落ちている事がわかる。
それに、地面に数十センチの窪みが出来た痕が残っている。
……数十センチ?そんな馬鹿な。
ミサイルが爆発して?地面に小さな穴しか出来なかった?
そんなはずはない。少なくとも、ミサイルの持つ運動エネルギーだけでも数メートルは穴が開いたはずだ。
それに何より、その窪みの周りが、凍っている。
今は暑い時期だから、自然に氷が発生するなんてことは、そうあることじゃない。というか無いに等しい。
よく見れば、その窪みの周囲には、巨大な氷の塊があちこちに転がっている。
まるで、それよりも更に大きい氷の塊が割れて、破片が散らばったかのように。
その氷は、一つ一つが目測だけでも横に2メートルはあった。
更に視線を巡らすと、窪み周辺の地面が全面凍っている。
地面全体に氷が張っているようだ。
場所によって、厚さが違うようで、窪みの奥の方は割りと薄く、手前側に行くに連れて厚くなる。
氷の板は自分の方に近付くほど厚さを増しているように思える。

再び視線を足元に下ろしてみる。
さっきの何倍もの厚さであろう氷が自分の足の下にある。
その事に戦慄したが、よく見ると、足の踵側がつま先よりも若干厚い。
ということは、まだ後ろはもっと厚いのだろう。
そう思って、恐る恐る足を一歩下げる。
やっぱりだ。下げた足が若干高い位置にある。
そのまま、その足を軸にしてゆっくりと身体を回転させて後ろを見た。
「………!!」
訓練場全体が氷に覆われていた。
地面だけでなく、周辺の施設の壁までもが氷壁に覆われ、つららが出来ているところさえある。
もっと言えば、氷は訓練場だけでは収まらず、特別警察の本部の壁にまで張っていた。
辺りがこの時期とは思えないほどひんやりとしていて、肌寒い。
私は空を見上げる。
日差しが暑い。
だが、その太陽に向けて、一本の氷の柱が伸びていた。
私の前方僅か2,3メートル先から伸びている、首を限界まで上に向けても頂上の見ることの出来ない、細長い柱が。

「これお前の力だろ?潜在能力ってやつか……?」
「………」
絶句したまま何も返せない。
私の力であることは、状況から推察してもその通りだと思うけれど……
つまりそれは、これだけの力を、私は持っているということだ。
その事に恐怖を感じた。
もしまたこんなことが起きたら、今回は人が私達以外居なかったから良かったものの、次はもっと大変な事になる。
そう考えると背筋が凍る。
ラヴュールの冷静さが羨ましいとさえ思う。
本当に冷静かどうかは置いておいて。
「何はともあれ、無事で良かっ………ってヴァレェェェェェス!!!!お前氷漬けになってんじゃねーかぁぁ!!!」
「はいぃ!?!?」
驚きのあまり変な声が出た。
ラヴュールが駆け出してゆく。
それにつられて、そっちの方を見ると、確かにヴァレスが、ぽかんと言う表情でこっちを見たまま凍っている。
あれはまずい。早く助けなきゃ、と思い、私もヴァレスの元へ向かう。
のだが、ヴァレスの様子が少しおもしろかったので、内心笑ってしまったのだが。
申し訳ないし、正直見ていられないので急いで助けないと。
「しっかりしろぉぉ!死ぬなぁぁ!!お前……ブフッ、そのまま死んだら皆から笑われちまうぞぉ!」
良かった。面白いと思ったの私だけじゃなかった。良くないけど。
視線を逸らしつつ二人で氷を溶かしにかかる。
太陽から受ける日差しも相まってか、氷は直ぐに溶けた。
中から出てきた死人のように冷たくなったヴァレスを必死で温める。
徐々に暖かくなっていっているし、何よりケートニアーだから、きっと大丈夫だろう。
そして、特別警察の医療施設に連れて行った。
後に聞いた所によると、結構危ないところだったらしいが、大丈夫だったようだ。
どうしてこうなったのか、医師から説明を求められた時は焦ったが、ラヴュールが「氷漬けにされてたんだ」と真顔で答えたのが聞いたのか、医師は驚きながらも信用してくれたようだった。

◆ ◆ ◆ ◆
最終更新:2016年03月16日 18:36