ある少女の占い_第二話

第2話「私だけを見ててよ」
 実験室の前に立ちながら、さっき起ったことが非常に気になりながらドアに手を掛けた。すると中から声が聞こえた。
「おっと、新入部員のお出ましだ、皆、クラッカーを準備しろぉ!」
「うぉ、マジか。待ちくたびれたぜ」
 待たせたと言っても五分くらいしか経っていないはずだが。
「あら、やっぱりナムレも来てくれるのね、期待した甲斐があったわ」
 その声にナムレは再び驚かされた。なぜラーセマングの声が聞こえるんだ?まさかあいつも入部したのか?気になって仕方がない。声に反応してつい勢いよく扉を開けてしまった。その瞬間爆竹というにもふさわしいほどのクラッカーの音が聞こえた。
「よっ、ナムレ!入部おめでとう!歓迎するぜ!」
「うわっ、ちょっと待っ・・・」
 いきなりテルテナルがナムレに襲い掛かった。肩を手でたたき、向こう側へと引きずりこんだ。壁にポスターはないが、テーブルにはすでに歴代スカルムレイの肖像画が入った額縁が大量に並べられていた。時代的にはスステ政治より後、ハタ王国の文化が最も栄えた時代のものである。
「はっはっは、ナムレ君、ようこそスカルムレイ研究部へ。俺が代表のパシュ=スリャーザだ」
 テーブルの主役席で偉そうに座っていたのはナムレがよく知っている隣のクラスの友人、スリャーザだった。あいつがまさかこの謎サークルの代表だったとは。代表のあの偉そうな座り方を見ているうちに、いつの間にかテルテナルとツェッケナルに肩を持たれて席に座らされた。なんと驚くべきことにラーセマングもそこにいたのである。
「ってラーセマング!なんでここにいるんだ!?帰ったんじゃ…」
「いえ?スカルムレイ陛下のことを研究するのっておもしろそうだったから、つい来ちゃったのよ。本入部も済ませてあるし、大体の活動内容もたった今おさえたところよ」
 そう言いながらスカルムレイが描かれた小さい肖像画を手に持った。そのスカルムレイはスステ=スカルムレイである。
「ナムレもここに入ってくれるんでしょ?」
「そりゃあもう、ナムレに関してはこの部屋に入った時点で本入部確定だろ」
「いや、勝手に決めるなよ」
 今のこいつらにはユーゴック語は通じない。ナムレも諦めた。何よりラーセマングまでここにいるというのが驚きなのだ。帰ったんじゃなかったのか。
 誘われるがままに座らされ、ラーセマングの隣に来させられた。その隣にはテルテナル。反対側にラズィミエとツェッケナル、そして主役席にはスリャーザが座っている。
「それで、この部活は何をするんだ?」
 するとスリャーザが乗り気になって答えた。
「はっはっは、今から見せてやろう、新入部員のナムレ君よ」
 スリャーザは何処からか肖像画を再び取り出してテーブルの中心に置いた。そこそこの大きさである程度離れていてもその顔が確認できる。やはりいつかの時代のスカルムレイの肖像画だった。
「さあ、古参部員の君たちにはもうすでに彼女が誰かは分かるかもしれないが、まずはナムレ君に訊いてみよう。ナムレ君、このお方も歴史上に実在したスカルムレイだが……名前は分かるかな?」
「名前……」
 そのスカルムレイは黒髪を伸ばしており、前髪はギザギザに整えられている。スカルタンを着ているのだが、かなり古い時代の質素なものだ。そしておでこにしわが寄っており、いかにも悩み事を抱えてそうな顔をしている。そして大人びた顔立ち、薄い唇などをじっくりと眺めた。
「さあ、誰かわかったかな?このお方の名前が答えられないとヤバいぞ」
「簡単すぎるだろう。このお方はテイカ=スカルムレイだ」
 スリャーザが拍手をすると、その時部屋にいた部員全員が拍手をした。ラーセマングも交じって。
「簡単だとまで豪語して当てて見せるとは、さすがはパンシャスティの人間だな。君の言う通りこのお方はこのハタ王国初代スカルムレイのテイカ=スカルムレイ様だ。あの預言者トイターの実の妹で、トイターの死後は軍や後継者を率いてユーゲ平野をついに統一したと言われている。あのユーゲ国や第二帝国を滅ぼしたのも彼女の指揮のおかげだ」
 普段は見せないような明らかな上から目線と自信に満ちた声色で解説を入れてきた。
「ちなみにラーセマング君、彼女の生没年を言えるか?」
「もちろんよ、紀元前89年生まれで紀元後30年没。当時のハタ王国の生活水準にしてみればそこそこ長かったわよ」
 そしてここでスリャーザが一気に目つきを変えてきた。
「さてここからが本題だ!」
 テーブルを叩いて肖像画を一瞬だけ浮かせる。ナムレはびっくりしてスリャーザの方を向いた。
「ここで当時のトイター教の教義を思い返してほしい、ナムレ君ならすぐに察しがつくはずだ。彼女の肖像画が現代に存在するのは“どう考えても”おかしいってな」
「どう考えても?」
 ナムレはとりあえず考えてみた。だが皆目見当もつかない。ラーセマングは答えを言ってほしそうな顔をしている。ずっと期待の目でこちらを見ている。異常なほどに目を見開いてこちらを見ながらずっと回答を待っているのだ。
「ほらほらー、ラーセマングちゃんが答えてほしそうな顔をしているぞ~?」
「うるさいぞテルテナル、そういうお前は分かるのか?」
「えー、答え言っていいのかー?スリャーザ~」
「いやいや、だめだ。いいな、明日のこの部屋でもう一度答えを聞くから、今夜はひとまず考えてこいよ。よし、今日の活動はナムレの歓迎と最初の課題ということでお開きにしよう!」
「いぇーい、お疲れー!ナムレ帰ろうぜ!」
 みんなが一斉にカバンを持ち始めた。ラーセマングも帰る用意をはじめた。その様子をじっと見ていたナムレもようやくカバンを持ち始めた。当然、部室から出るのは最も遅くなった。
「早く出てくれよー、この部屋さっさと閉めて職員室に鍵を返しに行かなきゃならない」
 スリャーザは急かしてきた。ナムレはおかしいと思っていた。普段はあんなに真面目なスリャーザがこの部室にいる時だけ、この三人と同レベルにまで堕ちてしまうとは。校門を出るともう夕日すら薄くなり、夜の闇が待ち構えていた。普段は三人がサークルに行ってしまうので一人で帰り、そして最寄りの駅でラーセマングが迎えに来てくれていたのだが、今日からは様子が違う。いつもの三人とスリャーザ、そしてラーセマングがここの時点ですでに揃っている。ナムレは違和感を覚えた。この道はいつもは一人で歩くはずなのにと。
 駅に到着し、定期を通す。電車はすぐに来たので、それにみんなで並んで座った。何かにつけて男子たちが気を遣ってラーセマングとナムレが並ぶように席を譲るのである。ちなみに、ラズィミエとスリャーザは同じ方向だがツェッケナルとテルテナルは方向が違うので、改札のあたりで別れてしまう。
「ほらナムレとラーセマング、ここに座れ」
偉そうにスリャーザが指示してきた。どうせ席はガラガラなのだが。
「なあ、明日も来ないといけないのか?」
「当たり前だろ。これでも毎日集まってスカルムレイ陛下について議論しているんだぞ」
 そうか、とナムレは適当に聞いていた。
「そういえばラーセマングはあの後どうやって実験室に行ったんだ?ていうかなんで入ったんだ?」
 これについてはスリャーザが答えた。
「なんてことはない、シャスティを誘わない手はないだろう」
 笑いながらラーセマングの方を見た。
「私が入った方が、ナムレも入る気になるものね」
 またしても誤解を招くような発言ではないか。まるでラーセマングが行くところについて行こうとしているみたいで。ナムレはやはりラーセマングとよりによってスリャーザが一緒に話すことを避ければよかったと後悔した。
「まあとにかく、明日は絶対に実験室に来いよ」
「ああ、分かっt――」
 ここまで言いかけて止まった。そういえばナムレはそれ以前に約束を持ちかけられていた。姿も見えない女性の声に、全く同じ時間に同じ場所に来るように言われていたのだ。しかし、そのことを包み隠さず話すのはどうもまずい気がした。相手は一切姿を隠して声のみで語りかけてきたのである。このことをおおっぴらに話すことはまずい。だが、何とか切り抜ける必要があった。
「ああ、でもちょっとまて、俺は明日のその時間には予定が入っているぞ」
「あー?そんなこと気にしなくていいんだよ、自分がどうでもいいと思った予定はその辺に捨てておけよ」
「いやそんなことしたらまずいだろ。大事な奴だったらどうする?」
「大事な奴だったら捨てなくていいだろ。だがその件については別にどうでもいいんだろう?」
「いや、別にどうでもいいとは言い切らないけれど、とにかく行かなきゃいけないんだ。サークルよりも優先で!」
「はあ、分かったが、ちなみに時間帯はいつだ?場所は何処だ?」
 場所と時間。今日のサークル活動と完全に被ると言ったら怪しまれるだろうかと、ナムレは危惧した。ここは適当なことを言うしかない。また明日どう行動するかは考えなおさねばならないが。あの人はまた現れるのだろうか。
「放課後の屋上だよ。もういいだろ?予定があるってだけだから、それが終われば部活にすぐ戻る」

――

 イルキスに着いた。
「はーっ、疲れたわー」
 ナムレは呆れながら言った。
「何を言っているんだ。これが明日もだぞ」
「はえーっ、でも楽しいわね。学校って。いろんな人がいて、いろんな人が私と相手してくれたり、私を受け入れてくれたりしてくれるもの」
 いくつかの祈祷の依頼があったが、それを押し退けてとりあえず普段の生活スペースに入り、カバンを置いたり制服からスカルタンに着替えたりした。
「やっぱり、この服装が一番落ち着くわね…」
 ナムレが後ろを向くと既にスカルタンに着替え終わっているラーセマングの姿があった。相変わらず着替えるのだけは早い。
「まずは風呂に入りましょう?」
「あー、先に入ってていいよ。俺はちょっと先生に言いつけられた奴を片付けなきゃ…」
 カバンの中から筆記用具などを取り出そうとすると、カバンはどこかに行ってしまった。突然の出来事にナムレが焦る。
「ふふっ、この程度の強奪も逃れられないなんて、また今度ウドゥミトも教えてあげなきゃね」
「いや、カバン何処へやったんだよ。返せよ」
「んー?返してほしい?」
 なんともイラつく物言いだ。ナムレの眉間にしわが集まり始める。
「じゃあ、今から一緒にお風呂に入るわよ」
「は?」

「え?だからお風呂よ。姉弟で親密になった方がいいでしょ?」
「いやいや、流石に年頃の男女はまずいだろ……変な冗談はやめてくれ」
 そういうもラーセマングは全く納得いっていない模様。なぜこいつはそう言うことを平気でいるんだ?こんな状況でもしあいつらがいたら絶対まずかった。
「ん?何がおかしいの?家族でお風呂に入るんだから別にいいじゃないの。背中洗ってあげるから」
「いや、そういう問題じゃないから」
「分かった、そこまで言うならカバン返してあげないわ」
 ナムレは究極の決断を迫られた。だが、この場合はどう考えても選択肢が無慈悲だとまずは疑ってかかるだろう。だが相手のラーセマングはそういう常識とかそういった思考能力が皆無な奴だ。あまりにも常識が無さ過ぎて、おそらく恥じらいというものすら希薄なんじゃないか。養子とはいえ仮にも同年代の男子とお風呂に入ることを「家族とお風呂に入るのは別に大丈夫」と言い切るとは。
「ん?黙っているってことは入るってことかな?じゃあ後でカバン返してあげなくちゃね」
 ナムレは何も言えなかった。

――

 ようやく汗を流して居間に戻ってきた。テーブルの前で正座をしながらラーセマングはそこに座っていた。
「お、やっと上がったね」
「ほら、カバン返してくれよ」
 するとラーセマングは割に合わない、納得いかないというような顔をして見せた。
「えー、でも結局一緒に入ってくれなかったでしょ」
「そもそも何も言わずにカバンを取ること自体がおかしいだろ?」
「ふーん」
 いかにも余裕そうな顔をしながら例の表を諸々取り出した。
「じゃあ、旧暦覚える?これに付き合ってくれたらカバンを返してあげる」
 そして机にばらまかれる旧暦のカレンダー。しかも大事なところは赤い文字で書かれており、ついでに赤く透明なシートも一緒にテーブルの上に出されていた。
「お前いつの間にそんなものを…」
「今日先生に教えてもらったんだよ、皆これを使って暗記しているってさ」

――

翌朝。ナムレは昨日と同じように朝の6時ごろに起床した。今日も何気ない日常が始まるのである。いや、昨日から始まったと思われる日常である。また一時間強の時間が確保され、引き続きラズ・ププーサ体を詰め込まされた。ラーセマングは、昨日は学校で満足に取り組めなかったからだと言う。
ラーセマングはやっぱり昨日と同じように準備を始めた。高校の制服に身を包み、教材類を入れたカバンを手に持った。
「さ、行こっか。今日もラズィミエは来るのかしら?」
「どうだろうねえ」
 昨日あんなことがあった以上、絶対に来るとは言い切れない。が、別段心配はいらなかった。ラズィミエはいつも通りドアから乗車してきてナムレに加えてラーセマングにまで挨拶をかわしてきた。
「おはようお二人さん、今日も仲がいいねえ」
「ええおかげさまでね。でもこの子ったら昨晩一緒にお風呂に入ってくれなかったのよ」
 その言葉を放った瞬間、ラズィミエの体が動かなくなり、そのまま何も言わずに電車から降りて行った。猛スピードでホームを走りながら階段を下りて行った。
「あ、おい、ラズィミエ!」
 行ってしまった。あれから一日たって割と平常心を取り戻してきたかと思ったら、全くそんなことはなかった。何が別段心配はいらなかっただ。折角余計な反応されなくなったかと思ったらラーセマングの余計なひと言のせいでさらに面倒なことになってしまったじゃないか。
「あら、ラズィミエ君今日もお母様が心配なのかしら?」
「お前に教えることは俺からもいっぱいありそうだな…」
 そう小声でつぶやいた。だがラーセマングは聞く耳持たずに座っていた。

 学校に着くといつもの二人がいた。ラズィミエもあとから到着した。今度は大丈夫そうだ。だがそういう察知能力が皆無なラーセマングはどうもラズィミエが心配でならないらしい。おもに母親が。
「ラズィミエ君、大丈夫だったのかしら?」
「ん?何がだ?」
「お母様、大丈夫だったのかしら?ずいぶんと大変だったみたいだけれど」
「ああ、大丈夫だ。今日はちょっと熱を測るのを忘れていてだな。それを急に思い出して家に飛んで帰ったんだ」
 おそらくすべて嘘だ。
「ところであれはどうしたんだ、あれ」
「ん?あれってなんだ?」
 どもりながらツェッケナルの必死の説明が始まるがとても伝わりそうにない。その状況を一瞬にして救ったのがテルテナルだ。
「ツェッケナルが言いたいのは昨日の国史の宿題のことだろ?」
「ぬうぉお?それだ!なぜ俺より先に分かった?」
「いや、お前国史苦手だから大体俺らに聞いてくるだろ」
 ツェッケナルは喜びながらカバンから国史のプリントを取り出した。簡単な復習穴埋めプリントだ。もちろんナムレやテルテナルは済ませてある。
「ラズィミエ、お前はプリントやったのか?」
「あっ、あっ」
「やってないのか?」
「いや、やってある。ただまだ答えが何も書かれていないだけだ」
 ラズィミエは解答欄が空白のまま放置されている国史のプリントを提示した。
「ってことはお前ら二人はやっていないんだな?」
「そうだよ、だからうつさせてほしいなって思って頼んだんだよ」
 しかし、そこへラーセマングが一喝。
「あなたたち駄目よ!勤勉に対しては人一倍に真剣であり続けなさい。国史の事であれば私に任せて。すべて教えてあげるわ、さあプリントを見せて」
 その圧力にラズィミエは押されてすぐにプリントを差し出した。たしかにシャスティだったらそういうのには詳しそうだ。しかし、ツェッケナルはそれほど正直な人間ではなかった。
「へえ、そうなのか?じゃあ、ここの問題を教えてくれよ」
 提示したのは一問目である。このあたりは一問一答形式で、初めて教育制度を整えたスカルムレイは誰かという問題だ。
「なっ、おいお前この問題くらい答えられないとスカルムレイ研究会メンバー失格だぞ!」
 テルテナルがそう言った。それに同意するよう、ラーセマングも付け加えた。
「ええまったくそのとおりね。答えはマフ=スカルムレイ。あの御方はイブエ帝国の政治体制を学び、それをこの国にも導入しようと試みた。しかし、その革新的な体制は数多くの批判を浴びた…ううっ、ひっく」
 なんだ、ラーセマングが突然泣き出した。こう見えて情に熱いのか。
「ウオオオン!分かるぜ!」
 分からないんじゃなかったのかと突っ込みたくなるほどに調子に乗り始めるツェッケナル。ラズィミエもまるで黙祷しているかのようになった。しかし、それに全く気付けなくなるほどにラーセマングとツェッケナルの号泣は激しい。テルテナルは腕を組みながら、その不当な批判を同情するように、口元を閉めて下を向いた。
「当時のハタ王国のトイター教学は、幾つもの教派が独立し始めて全く統制も取れてなかったの…意見の食い違いによる戦争が国の学問の発達を遅らせたのよ。それを食い止めようと外国に学び始めた彼女の判断は、良くも悪くも偉大な結果を生み出した…!」
 泣きながらラーセマングが続きを語った。ナムレは、スカルムレイ研究会は意外にも怪しいサークルなのかとも思い始めた。
「ふう、ズビーッ、ねえナムレ、あなたはどうして泣いていないの?」
 ラーセマングが不思議に思って問いかけた。
「確かに陛下の偉大なる歴史的な話だが…今実際に泣いているのは君たち二人だけだぞ」

――

 昼休み。ナムレが昼食をとり終わるのを見越して、すぐにラーセマングは旧暦学習体制を整えた。
「ラーセマング、そういえば俺はあんたの占いしている様子を見たことがないのだが」
「あら、見たいの?別にいいけど、今はあなたの勉強が先よ」
 二人っきりで机で向かい合っているのを見た例の仲良し三人は、様々な感情を抱きながら相変わらず陰で噂をしていた。
「俺は二人は相当仲がいいもんだと思っているぞ。多分あいつがここに引っ越してきたのは半年ほど前でラーセマングとの付き合いもそんなもんだろうが、なかなか二人は楽しそうにやり取りしてやがる」
 偉そうに二人を評価したのはテルテナルだ。ラズィミエも同意した。
「全くだ、なんだかんだで今のところ二日間、二人で登校しているからな。あんな感じだとこれからも仲よく二人で登校するだろう。ツェッケナルはどう思う?」
 話題を振られるのを待っていたかのように、ツェッケナルは自信満々にして答えた。
「まだ今日で二日目だが、少なくともラーセマングの接し方についてはあらかた分かってきたな。ラーセマングはおそらく推しが強くて、養子に入ってきた弟のナムレをあれほどにまで可愛がってしまうんだろう。まるで親子みたいな関係だ。俺たちに対してもまるで『我が子と遊んでくれてありがとう』とでも言わんばかりの手厚い関わり方だ」
 テルテナルが不意に笑い始めた。軽くツェッケナルが声を掛けた。
「ん?どうした?」
 テルテナルが笑いをこらえながら言った。
「いやあ、そのうちあいつもダメになるんじゃないかなって」
 と、その時、不意に教室の後ろのドアが開いた。廊下から教室に掛けて、三人組が入ってきた。三人はよく見知った隣のクラスの男子である。
「おお、スリャーザが三人そろっているじゃねえか」
「教室に誰もいなかったから退屈していたんだよ、ってヌワァ!?」
 隣りのクラスの『三人スリャーザ』とは彼らのことである。名前の由来は単純で三人とも名字がスリャーザだからである。
 一人目のスリャーザはパシュ=スリャーザ。昨日のスカルムレイ研究部の部長をしている。その分国史に関してはトップの成績をとっており、これからラーセマングとの対決が楽しみである。普段は優等生として人気を集めているが、実際は国史、特にスカルムレイのマニアである。そこまで悪い奴でもない。
 二人目のスリャーザはフーグレイ=スリャーザ。スリャーザとは対照的な脳筋で、運動神経が抜群なのに勉強の成績はかなりの下位に位置している。陸上部に属しており走るのが速い。
 そして三人目のスリャーザはアテーマング=スリャーザ。三人スリャーザのうち唯一の女子である。長く黒い少し茶色がかかった髪を後ろで一本に束ねており、目つきが悪く睨んでいるように見える。あだ名は「視線」らしい。
 そして、今教室に入るなり奇声を上げたのがフーグレイである。
「な、おいおい、その子って確か絶世の美少女で有名な転校生じゃねえか!」
「え、そんな噂があったのか!?」
 話していた三人の内、テルテナルが答えた。
「ああ、俺らのクラスでは『隣に絶世の美少女が転校してきた』ってニュースが今頃入ってよお」
 ツェッケナルが同意する。
「はっはっは!確かに、そう言うにもふさわしいなあ!」
「だろう?確かラーオスマングって言ったか。ずっと教室に引き籠っていてなかなかお目に掛かれないって聞いていたんだが、普通に教室で楽しそうに話していたんだな。おいおいアテーマング!パシュ!お前もこっち来て見てみろよ!」
 するとアテーマングとパシュが出てきた。
「彼女の名前はラーセマングだ。騒がしいぞフーグレイ、俺はスカルムレイ陛下にしか興味はない。あの御方を俺は敬愛しているんだ。他の女について如何わしい感情を抱くことはない」
「エエー?面白くねえ奴だ。あいつたしかお前のところのサークルにも来たって噂もあったぞ?おいおいアテーマング、お前はどう思う?」
「別に私だってどうでもよい。それよりナムレは何処にいる?」
 ラズィミエが答えた。
「お、アテーマングも来てるのか。ナムレならあそこでラーセマングと話しているぜ」
 すると、アテーマングの目の色が一気に変わった。若干優しくなっていた眼がより一層鋭くなった。
「あ、おいちょっとアテーマング?何をするんだ?」
「介入か?介入か?アテーマングはナムレのこと好きだもんなあ」
「う、うるさいぞ!」
 そう言い残してアテーマングは二人の間に入ろうとした。
 アテーマングはナムレの肩を叩いた。
「ねえ、ナムレ。今日放課後私と寄り道しない?」
「ああ、アテーマングか。今日は、というか俺サークルはじめたからあまり放課後遊べないんだよ」
 その言葉を聞いて、アテーマングは一瞬思考が停止した。ナムレといえば、永久の帰宅部、そして自由人。かならず家に帰り、友人と遅くまで遊んでいることはない。それこそ誘いでもすればノコノコとついてくる。そんな人だと思っていたのに、今初めて断られた。豆腐メンタルの彼女はこれに心底傷ついたことがバレないように、慎重に会話を進めた。
「い、いいい、うう、うん、そう、そうなのね。そう、分かったわ。貴方がサークルを始めるなんて意外だわ」
「まあ、流れだけどね」
「それより、どこのサークルに所属したのかしら?」
「スカルムレイ研究会ってところ。ラズィミエ達もそこにいるらしいから、そこに強制的に引き込まれたよ」
「す、すすすす、スカルムレイ…」
 アテーマングは困惑している。ナムレは少し心配しながら言葉を探した。
「いや、まだ入ったの昨日の話だよ。本登録もしているわけじゃないしまだ仮入部だよ」
「あ、あらそう…じゃあ、いつならいけるかしら?」
「分からない。あのサークルは何気に毎日やっているらしいからいつ空くかどうか…じゃあ今度の休日でいいかな?」
「全然大丈夫!楽しみにしているわね」
 楽しみにしていることが伝わりすぎていてすでに今から髪型を整え始めた。一本結びの髪をいったん解いてもう一度結び直したり、串を取り出して前髪を調整し始めたり。とにかく落ち着きがない。
「あのー、もういいかしら?」
 と、ここで乱入してきたのはラーセマングだ。持っていたラズ・ププーサ体が書かれた紙を再び強く持ち直して、二人の会話に終止符を打とうと試みた。
「もうナムレったら。私だけを見ててよ。今は大事な話をしているのよ。他のお友達とのお約束なら、これが終わってからとか、休憩時間とかにしてね」
「え、いやあ、でも常に勉強していたらさすがにもたないだろ」
 ナムレの言葉を聞くまでもなく、今度はアテーマングに言葉をぶつけた。
「アテーマングと言ったかしら?あなたこそいきなり入ってきて一体何の用かしら?」
 アテーマングは、いきなり話しかけてきた得体のしれない点講師に物申されて、気に食わない顔をした。
「や、あなたこそ、いきなり転校二日目でいきなりクラスメイトの男子と仲良くお話ししているのよ」
 また辺に勘違いされているかもしれない。と察知したナムレは言葉に注釈を加えた。
「いやー、ラーセマングは俺の住んでいる家の実の娘なんだ。家の事情のことでひとまず彼女に諸々のことを教えてもらっている」
「だからナムレ、私のことはお姉様って呼びなさいって言ったじゃないの。私たちの繋がりはそんなもんじゃないんだから」
 アテーマングは衝撃を受けた。え?そんなもんじゃない?実質的な血のつながりがないのをいいことに本当は同棲生活に近いことをやっているとでもいうの?それなのに相手の学校にまで転入してきてさらに時間を縛ろうと…こんなヤンデレは遊ばせては置けないわ。私のナムレがどれだけ迷惑を被ることか…――
「あのー、アテーマング?口も空いているし目も見開いているが、どうしたんだ?大丈夫だって、そんな変なことはやっていない。仲良くやっているよ」
 え、仲良くやっている?それはどこからどこまで?いや、でもナムレはそう言うことに関しては本当に疎くむしろ避けたくなるレベルのはず。そんなこと私相手以外にはとてもできそうにないことだわ。だから、せいぜい家では食事で同席するレベル。部屋は別個にあって、あくまで一緒に住んでいる面白くない姉弟みたいな、そんな関係なんだわ。常識人ナムレの言うことだし間違いない。こんなヤンデレ女信じておけないわ。
「そ、そう。でもラーセマングさんと言ったかしら?あなたこそ私とナムレの密接な関係を侮らないでくださる?なんならここで勝負をしても…」
 と、その光景を見た三人スリャーザの一人、パシュ=スリャーザが介入した。
「はいはい、お二人さんそこまでだ。暴力沙汰になったら生徒会にどう報告するつもりだ?ひいては俺らのサークル活動にまで支障をきたすことになるぞ」
 いや、それはさすがに関係ないだろ…とナムレはひとりでに考えた。だが一方の二人は深刻な顔をしながら、どうにもやりきれないという気持ちでいっぱいのようだ。
「とりあえず、私にはシャスティとしての義務があるので、アテーマングさんには引き下がっていただきたいのですが」
「しゃ、シャスティの義務ですって…!」
 アテーマングはさっきから落ち着きがない。シャスティの義務。もしかしてあんなことやこんなこともシャスティの権利だとでもいうのだろうか。これは大問題だ。こんな女放っては置けない。
「しゃ、シャスティなら何でもしていいとでも思っているの!?」
「神の法に逆らわなければね。私たちシャスティは神の使徒、迷えるトイター教徒を導く役目を背負っているの。そのために私たちは日々修行して神の子として生を全うできるように様々なことをやっているってわけ」
「様々なこと……!」
「ほらほらほら!またケンカになっているぞ。よせって。ここで問題を起こせばナムレにも大迷惑だ。もしかしたら、ユエスレオネに強制移住になるかもしれない」
「!!!??」
「なんですって…!!??」
 テルテナルは呆れながら言った。
「いや、それはさすがに言いすぎだろ」
 しかし、スリャーザはあまり否定の意を示さない。その理由を小声でテルテナル他二人に言った。
「いや、それくらいのことを言わないと二人ともまだ続ける気だぞ」
「それでもその二人がセットでそこにいる限りはまだ争いつづけるんじゃあ…」
 ツェッケナルはそう危惧した。スリャーザはその通りだと思いアテーマングの右腕を掴んだ。
「そろそろチャイムもなる。面白いもんも見れたし教室に戻るぞ」

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最終更新:2016年09月04日 11:31