ある少女の占い_第四話

第四話「俺はラーセマングのことが好きだ」

 さすがに怪しいと思ったラーセマング、質問を終えて持ってきた一本のペンで追記すると再びそれについて質問した。
「もう一つ聞きますけど、あのサークルはそれほどに影が薄いのですか?」
「いやいや、一応サークルを作るときは学校に申請が必要だぞ。だからどんなサークルでも一応名前だけは耳に入っているはずなのだが…ってことは、それは正式なサークルではない可能性があるな。まあいい、その話もあとだ。ひとまず今日の放課後はそのサークルの活動を優先してくれ。活動は何時に終わる?」
「分かりません……いつも適当な時間に終わりますので」
「じゃあ、なんとか昼休みに」
「では昼休みにお伺いします」
 先生は去って行った。取り残されたナムレには、一体さっきの会話が何を意味するのかを、ただただ根拠もなく予測することしかできなかった。申請されていないサークル、それ故に誰も名前を聞いたことのないサークル。いや、実はそんなサークルがこの学校にはたくさんいてそれほど珍しいことではないのかもしれない。
「ナムレ…サークルは申請しないとどんな不便な点があるの?」
「学校としてはただ授業時間外に学生同士が集まっているものとされるから、活動場所や時間を確保するのが困難になる。サークル紹介に名を連ねることもできず、宣伝そのものが難しい。だが顧問の先生を付ける必要もないし、面倒な審査を受ける必要もない。それでも、あの部活内容なら学校内で許可されても大丈夫に思えるのだが」
 この学校はユエスレオネの学校でもなければペーセ人の学校でもない。敬虔なトイター教徒のための高等学校である。偉大なるスカルムレイを追求しようとする部活がこのような学校によって拒否される存在に成り得るのだろうか。
「分からないわ…でもそんなこと、これから私が部長になればどうでもよくなるわ」
 すっかり部長になろうとしているつもりらしい。ラーセマングが負ける気もしないし、だからといってスリャーザも負けるとは思えない。勝負の行方が全く分からない。だからこそ不安なのだ。席に戻り休み時間の空気に再び浸かりはじめる。ラズィミエは言った。
「何を話していたんだ?」
 ノートを仕舞いながらラーセマングが答えた。
「授業の内容、それとスカルムレイ研究会のことね」
「……何?」
 場の空気が一気に変わった。
「教職員にスカルムレイ研究会のことを喋ったのか?それはまずい。スリャーザ部長はいつも言っていたんだ。『教職員にこの活動のことは喋るな』と」
 ラーセマングは旧暦を覚えさせる道具を取り出そうとしたがそれを止めてラズィミエと話し始めた。
「それは、どういうことかしら?」
「理由を聞くと部長は『バレたら部室に入れなくなる』と答えていた。部屋を使うには許可が必要だ。無断で使えば場所はなくなるらしい」
 ナムレも質問を始める。
「じゃあどうして申請をとらないんだ?」
 これには横からテルテナルが入ってきて答えた。
「実はなあ、部長は教職員達を毛嫌いしているんだ。彼は自分で真理を追究できるような環境を作るためにあの部活を立ち上げたらしい」
 途端に誰もが言葉を失った。なぜなら、彼の歴史に対する高潔な態度が見えたから。それを汚す権利は二人にはなかった。なによりナムレは、スリャーザの圧倒的な自信と態度を予想した。教える立場にある教職員達に反対して、自ら真理を探究しようとするという自信と態度だ。そんなスリャーザにラーセマングは挑む。この話を聞くと、この勝負は懸けられているものと十分同等な対決になるらしい。

――

昼休み。彼女がナムレの前にいない昼休みはここ数日なかった。ラーセマングは当然ながら最初はナムレも一緒についてくるように説得していたが、ついに実際に話す時間が無くなってしまうと考えて先に行ってしまった。だが、戻ってきてから無理矢理土産話を聞かせてくるに違いない。
 昼食を食べ終わりラズィミエとテルテナルが席の近くに来た。
「ラーセマングちゃんがいないなあ」
 この軽い感じで話してくるのはテルテナル。弁当を持ってくるのを忘れたという彼だが、全く空腹にはこたえていないようだ。
「ナムレ、あの子どこ行ったんだ?」
「さっき国史の先生と話した時に昼休みにまた来るという約束をしていた。確実にそれだろう」
 テーブルにはさっきの授業で使った教科書と筆記具が放置されていた。授業が終わってから速攻で向かうとは彼女らしい行動パターンだ。
「よーし、じゃあもう昼飯にするか」
「ほう、さっきとなりの席のセイナルちゃんからご飯一口貰っただけの俺の目の前で堂々と弁当を広げるとは」

適当にその辺にある椅子を借りて二人はナムレの机の前に集まった。ツェッケナルがいないので今回はその分スペースが空いている。
「そういえば、さっきから変に騒ぎ声が聞こえないか?」
 ラズィミエがそう言った。感覚のいい彼は耳も鼻も目もいい。ただ頭は悪い。
「言われてみれば…そうだな、なんだか下の階が騒がしいようだ」
 しかし、下の階には下の階とて下級生がいたり職員室があったりと、別に普段よりも音量が大きい以外は何ら変わったことはない。それゆえテルテナルもナムレも気にしていない。ラズィミエはどこか気にしている様子だが。
「うーん、生徒たちの騒ぎ声じゃないな。職員室で何かが起きているのかも」
 職員室、そういえばあいつがいた。確かにさっき授業内容について質問するために急いで職員室に向かったのだろうが、そんなに騒ぐような内容だったのだろうか。
「嫌な予感がする……ちょっと俺下行ってみてくるよ」
「ああ、ラーセマングに気を付けろよ」
 テルテナルは冗談交じりに言った。ラズィミエは笑いながら了解して教室を出た。それを見送るとテルテナルがいきなり立ち上がった。
「俺やっぱり足りないわ」
「は?」
 いきなり何の話をしているんだこいつは。
「あれよ、ねえセイナル~」
 さっきまで座っていた席から立ち上がりそう叫んだ。そしてそのままある女子の元まで近寄っていく。さっきテルテナルにご飯を一口提供したセイナルというクラスメイトだ。
「あいつも馬鹿だな」
「たかられるセイナルの方が可愛そうだ」
 捨て台詞のように言ってご飯を食べる。
「ああ、まったくd…ん?お前はいつからここにいる?」
 この声はスリャーザである。さっきまで隣の教室にいたはずなのに、何故こちらに来たのだろうか。
「今さっきからだ」
「何しに来たんだお前」
「ん?いやあ、ラズィミエが急いで廊下を走り抜けていったから、一体何があったのかと思ってだな」
「ああ、さっきから下の階で変な騒ぎ声が聞こえるって、ラズィミエが走って行ったんだ」
 スリャーザは少し驚いた表情をした。だがそれはあまりにも一瞬の出来事で、珍事件を解決するベテラン刑事のような鋭い眼は、彼は持ち合わせていない。スリャーザが何を考えているのかはよくわからない。
 すると、とっさに放送が聞こえた。
「一年六組、ナムレ=カリーファテリーン。至急、職員室に来てください」
 唐突な呼び出しだ。だが呼ばれる理由が分からない。さすがのナムレもこれには違和感を感じた。
「お、カリーファテリーン呼ばれたぞ」
「へっへ、いってらっしゃーい」
 クラスメイトが呼び出しを受けて野次を飛ばす同級生たち。スリャーザも隣のクラスながら野次を飛ばしてくる。
「ほれほれ、いってこいよ。『至急』だってさ」
 ナムレは席を立って階段を下りる。下の階へ。さっきラズィミエとラーセマングが向かった下の階へ。だが下に降りるごとにその風景は狂気を増していた。まるで自分は、何かの大事件に今から突っ込もうとしているような。僅かながら好奇心もあって、ナムレは下に到着し、職員室の方を向いた。ナムレは目を疑った。
「ら、ラズィミエ……何をしている!?」
「いや、よくぞ来たぞ、我が親友ナムレよ」
 あのラズィミエは異様なまでに顔をゆがませながら、ナイフを持っていた。さっきまでの不安そうな顔とは想像もつかないような狂気じみた顔だ。よく見てみると、すでに入り口には何者かの死体が転がっている。それを見るだけでナムレは充分気分が悪くなってきた。
「いいか、早く俺と戦うことだ、さもなければこいつの頭が飛ぶぞ」
 ラズィミエが髪をつかみながら校長を見せた。校長の首にメシェーラを当てて威嚇する。若干先が光ったと思ったら、まるで煙草のように先から煙が出た。
「ら、ラズィミエ、こんなことするのはやめろ!」
「ほう、なら俺の要求を聞くんだな……お前の手でラーセマングを殺せ。奴はそこで両手両足を拘束された状態で生きている」
 すぐに状況を理解して受け入れられるわけがない。ナムレは歯を食いしばり、小声で問いかけた。
「お前とあの女に何の関係がある?お前も奴の仲間だったのか?」
 だがラズィミエは質問に答えるどころか、ポケットからメシェーラを取り出してそれをナムレの眼前に向かって投げただけ。ナムレはそれをじっと見つめている。
「黙れ、余計な質問をしてくるな。今は、お前はどうするのか、俺の方から問いかけているんだ。やるのか?やらないのか?やるというのなら、早くそいつを使ってあの女を殺して来い」
 ナムレはメシェーラを持とうとはしない。
「分からない…分からないぞ。何故わざわざ俺に殺させる?誰かにラーセマングが殺されるというのもばかげた話だが、わざわざ俺に殺させる理由は何なんだ?」
 当然、予想してた通りだ。ナムレは、このラズィミエが普段とは明らかに違うというこを完全に理解している。もはや親友のようには思っていない。では誰だと思っているのかというと、あの女と同類なのだと――特別警察姿の金髪の女の子かそれに関連する誰かなのだと。
「その質問には、答えてやらないでもないか」
「!」
 空気が鎮まる。まだお昼休みが続いているはずなのに、誰も職員室に来ないし誰も近くを通らない。まるでこの世界にはこの職員室しか存在していないかのように、邪魔ものがない。だからこそおかしいのだ。
「簡潔に言って見せよう。お前は、シャスティの生まれではない」
「…は?」
  何を言い出すかと思えば。今まで何度も話してきた事情ではないか。ナムレはあくまで王都ネステルからここテリーンに引っ越してきて、そこの由緒あるシャスティ家の後を継ぐべくここで日々精進している。その一方で学校に通い友達と遊びながら学を修めていく。すべての人間がシャスティ家に後継者になるためにイルキスに出家するわけではないが、イルキスに預けられてしばらく面倒をみられるという現象自体は、この国ではさほど珍しいわけでもない。
 つまり、ナムレはシャスティの生まれではない。今更そんなこと言われても、何ら疑いのない事実なのだから何も養子先の娘を殺すほどの理由なんてどこにもない。
「今、お前はこう思っている、『俺はラーセマングのことが好きだ』とな」
「な、それは考えを捻じ曲げすぎだ」
 落ち着きを失うナムレ。ラーセマングも少し表情が緩んでいるらしいが、ナムレがそれを見ることができないのは幸か不幸か。

 職員室の中は、外の声を聞くばかりのラーセマングと死体しか残っていない。ラズィミエが宣言した通り、彼女は拘束されていた。外の声は聞こえるがこれから何をされるのかは分からない。さすがにナムレが自分を殺してくることはないはずだ。
 とても落ち着けるような状況とは言えないが、先ほどに比べればましだ。ラーセマングはこれまでのいきさつを整理した。

――

 朝約束した通り、ラーセマングは国史の先生と議論に持ち込むために、昼休みに職員室に真っ先に向かった。先生はいつでも来ていいと言っていたが、意識も高くライバルまである彼女は、チャイムが鳴ると同時にナムレを誘うのに失敗してからやってきた。
 職員室は至って安定していた。先生たちは昼休みなのに忙しない者もおり、生徒と同じように弁当を家から持ち込んで食べる者は多くない。学食に向かった先生もいるようだが、あまり生徒と紛れて学食に行って昼食を済ませる先生は多くない。
 そんな中でその国史の先生は弁当を持ち込んでいた。昼食の邪魔をするのは申し訳ないが、先生は全く嫌な顔をせずに、優しい顔で対応してくれていた。
「やあカリーファテリーンさん、朝の授業のことかい?」
「そうです。今はお時間どうですか?」
「いいよ、食べながらでよければ」
「構いません」
 ラーセマングはここ数日国史に対して一層真剣に取り組んでいる。元々分析が得意で切れ者なのだろうか、本人の負けず嫌いも相まって、彼女は何か不完全なところがあるとずっと気になってしまうタイプなのだという。
 だが、その直後に事は発生した。
 奥に誰がいるのかさえも確認できずに、唐突に扉が閉まったのだ。ものすごい勢いであった。とても扉が閉まる音だとは思えないほどの破裂音だ。それだけならまだよかったのかもしれない。なんとその勢いよく閉まる扉に若い男性の先生が挟まれたのである。目の錯覚か、それとも本当に起きたことなのか。いや、本当に起きたことなのだろう。若い男性は、文字通り真っ二つに分かたれた。彼の肉体は前後に分かれたらしく、職員室には彼の背中と一緒に抉られた肉体が倒れてきた。骨が粉砕される音を誰もが聞いたことだろう。人々は恐怖のあまり何も話せない。
 ラーセマングもその様子を見ていた。だがそれを見て悲鳴を上げている場合ではない。今度は自分が狙われる、そう直感した。
「先生、伏せてください!!」
 とっさの判断でラーセマングは身をかがめることに成功。だが、国史の先生は反応が遅かった。先生はラーセマングの後頭部を軽く掠った弾を肩に受け、そのまま若干の力を受けて後ろに倒れた。
「先生えええっ!!」
「ら、ラルカス先生!」
 国史の先生は肩を抑えながら悶える。
 すると窓の方からうちの高校の制服を着た男が現れた。それはほかでもないラズィミエである。まるで彼がやったとでも言わんばかりに、右手にその口から煙を上げている銃を握っている。
 窓の方から現れたが、窓から入ってきたわけではなさそうだ。部屋は軽く冷房がかかっており窓はかぎが施されている。となると放送室の方から入っていたところだろうか。
「ショーのスタートだ。全員俺のいうことを聞いていろ」
 生徒とは思えないほど冷静で威圧的な態度で銃を突き付けていく。
「要求はここの学校の生徒であるラーセマング=カリーファテリーンの身柄をこっちに渡すことと、ナムレをここに呼ぶことだ。普段放送をしている教師はその旨を伝える放送をかけて――」
 ラズィミエが言葉を止められた。ラーセマングがラズィミエに向かって剣を振り下ろしたのだ。だがそれをラズィミエは余裕の表情で受け止めて、言葉を続けて見せた。
「やだなあ……俺がまだ話を続けているではないか、ラーセマングちゃん」
 ラーセマングはその剣をおろさない。
「私が知っているラズィミエ君じゃないみたいだけれど、一体どういうつもり?私を捕えてどうするの?ナムレ君に何をする気かしら?」
「おお~、怖い怖い。安心しろ、我々は君を殺すつもりはない、言うとおりにしているんだな!」
 ラズィミエが力任せに剣を振り払って剣をどける。しかし、剣をどけた瞬間の隙をついて、流れるようにラーセマングが彼の脇腹を斬りつけた。
「グアアッ!」
 ラズィミエは血を出しながらのけぞる。
「やるじゃないか……」
 ラズィミエは感心した。ラーセマングが攻撃を仕掛けただけではなく、そのとき職員室にいた教師たちが一斉に銃口を向けていたのだ。教師の目つきは鋭く、すでに引き金に指がかかっている。
「この平和そうな学校に……銃を携帯している教師だと?」
「そんなことよりも、私が質問したいのは君のことだ。二年六組ラズィミエ=ラーオスツァン君……君たちはいつになったら本校を卒業してくれるんだい?今のこの状況はどういうことだ?」
 ラズィミエにそう言ったのはヘーメル=アスラルトゥロムケイ校長である。アスラルトゥロムケイ校長のみが拳銃を構えていないことが今はじめてわかった。
「んん?我々のことか…いいだろう、新技術がある今ならこれを話してみても」
「余裕の表情だな、ラーオスツァン君。生徒を殺害なんてこと我々はしたくないが、罪人を懲罰することもわれらトイタムルクテイの義務だ」
 そこでラズィミエはアスラルトゥロムケイのもとまで歩み寄った。
「俺の話がはっきりと聞こえるようにここまで来てやったぞ、老害よ。よく聞けよ、俺はとある人物の依頼でそこにいる生徒をこっちに渡してほしいといっている。なにもシャスティ狩りではない、ぴすてぃるをするためでもないさ。ただちょっとしたパフォーマンスに使うのさ……実のところ俺から話せるのはこれくらいだ、気が済んだらさっさと放送を」
 またしてもラズィミエは言葉を止められた。教師たちが引き金を引き、いくつもの銃弾が彼をねらいあたりにあった物体を無秩序に吹き飛ばした。そしてラズィミエはその姿勢を維持するようにのけぞり止まった。
「さあ、話の内容はよくわかった。他に何か言いたいことはあるか?」
「早く放送しろってんだ、なんならこれでどうだ?」
 ラズィミエは銃を目にもとまらぬ速さで銃弾を補填し、職員室の奥の方へ銃をぶっ放した。窓は大きく破壊され、彼が図ったのか奥の方にいた教師十名ほどが一斉にその場に倒れた。いやそれよりも気になったのは、大量の銃弾を受け血まみれでありながら何もなかったかのように立っていることだ。
「…!?」
「さあどうだ、なんなら校長自ら放送してみるか?」
 彼が卓越した射撃能力を備えているのだろうか。全員急所でも狙われたのか全員全く動かない。
「お前はただ者ではないらしいな……」
「俺こそ、あんたの出自が疑わしくなってきた。ただの校長ではないな?」
「……元王国軍少佐だ、若造に安易に殺せる私ではない。ケートニアーなのかは知らんがいくつもの修羅場を乗り越えて今この席にいるわけだ」
 ラズィミエは特に表情を変えない。ただ銃を片手に持ちながら立っていた。そして言い放った。
「一つ教えておこう、ウェールフープを使えなかった王国人民が全くケートニアーたちに勝てなかったわけではない」
 アスラルトゥロムケイはその意味を察知する。
「この私がここにいられるのは別に不可思議なことではないと?」
「いや、ちょっと違うね……俺がケートニアーだったとしても君たちが俺に負けるかどうかには関係ないということだ」
 ラズィミエは引き金を何度も引いてアスラルトゥロムケイがいるあたりにありったけの銃弾を浴びせて、弾切れするとまた一秒もたたないうちに銃弾を補填した。だがアスラルトゥロムケイは銃弾を食らってはいなかった。その場で身を転がして席を離れて、ようやく彼も銃を取り出した。
「頭の固い男だ……賢明な男ならもう放送をかけているはずだが?」
「いや、その必要はない。すでにもう放送はしてある。だが君の耳が馬鹿だっただけだ」
 するとラズィミエは奇妙な笑顔を見せ他の教師たちに襲い掛かった。彼が拳を出すと教師たちは吹き飛び、後ろから別の人間が襲い掛かると今度は後ろに瞬時に銃撃してみせた。確かにウェールフープは使っていない。だが、その戦闘の腕は、まさにケートニアーを本当に抑えて見せたイザルタのたちのように映った。あっという間に教師たちは気絶させられ、あるいは死亡しているものもあった。
「間に合ったか」
 ラズィミエは再び動き始め、今度はラーセマングに襲い掛かる。ラーセマングはそれを察知して剣を構えて振り下ろしたが避けられる。だが、ラーセマングはあまりにも剣を振るのが早かったため、再び斬りつけられた。
「く……」
「ケートニアーでもないなら殺すのはたやすいわ……ナムレに手出しはさせない」
 斬られた方を抑えるラズィミエ。しかし、それが全く効いていないかのように高速で手を出してラーセマングの首をつかんだ。
「んんっ、んんんん!」
「俺にも役目があるんだ、すぐ終わるから大人しくしているんだな……」
 ラーセマングは両手と両足を拘束、また口を塞がれた。校長は何もしてきていないことに、彼は気がついた。ふと校長がいたところを見ると姿を消している。まさかこの状況になって逃げたとは考えにくい。何か企んでいるのだろうか――
「そういえばここの通信は切ってあるんだろうな」
 ラズィミエは妙な予感がして放送室から抜けて走り出した。しかし、あたりを見渡す限り、校長がすでに姿を消している。これはどういうことだと。このまま遠くにでも行かれて万が一にでも外部に連絡がいってしまったら、さすがに王国警察と張り合ってはもたないことは明白だった。
 今からなら遅くないかもしれないと思い、入り口を見てすぐさま走りだろうとしたが――その必要はあまりなかった。動体視力に以上に長けた彼の眼には、開いたドアを通して一瞬だけ見えた校長の足が見えた。予想通り逃げようとしている。しかし、彼の目に捕らえられてはそんな行為もむなしかった。
 一瞬の出来事で、ラズィミエは校長の足めがけて銃を一発。校長はラズィミエに打たれたことにすぐ気が付き、そのまま苦悶の表情を浮かべるまでもなく倒れてしまった。ゆっくりとラズィミエは歩み寄る。
「お前以外の職員室にいた教師たちは全員気を失っているだけだ。死んではいない。この事件が終わったら、お前たちも少し人数を減らした状態でまた最初からいつもの生活を始められる……俺たちはそういう仕事を行っているんだ」
 ラズィミエは銃を向けた。
「金がほしいのか?金額を言ってみろ、この学校に危害を加えるな」
「おお?校長ともあろう人間がそんな簡単に崩れて金銭で解決しようとしていいのか?」
 校長は黙り込む。
「何も金がほしいのではない。俺たちは、ラーセマング=カリーファテリーンの身柄がほしいということだけだ。そして俺たちには、彼女を使ってやらなければならない『芝居』があるんだよ」
 校長はついに動くことができない。そしてそこの階段から誰かが急いで下りてくる声が聞こえた。
「やっと来たか、あの野郎」
 そして廊下を走りながらある男子生徒が姿を現した。

――

 信じられないことに、この学校はあるたった一人の生徒によって占領されてしまったようなものだ。どういうわけかこんな風に拘束されてしまったラーセマングには、これから起こることに対して不安しかなかった。今までただの目立たないキャラクターだと思ったけれど、一体彼にどんな裏があるのかと。
「あの人たちに関わる人ではないといいのだけれど」
「……あの人、とは誰のことだ?」
「先生……?生きてますか?」
「全員殺されてはいないようだ……だが、教えてほしい。カリーファテリーンさんはこの事件について何か知っているのか?」
「私は、何もわかりません。彼とは入学当初から仲良くしてきましたが、こんな一面があるなんて全く聞いていません……」
 国史の先生であるラルカスはゆっくりと起き上がり、ラーセマングに向かい合うように座った。
「そうか……彼はナムレ=カリーファテリーンという生徒を呼び出そうとしていたが、彼はいったい何者なんだ?」
「私の実家はイルキスなのですが、彼は私のところの養子なんです。私は彼の姉みたいなものです」
「なるほど……ところでさっき言っていた『あの人』とは誰のことか、心当たりがあるのか?」
「『あの人たち」と言った方がいいかもしれないけれども……今回の事件にかかわるような人ではないと思います」

 ナムレは、そこに落とされたメシェーラを拾おうとする素振りを一切見せない。さすがのラズィミエも見兼ねた。
「……そうか、お前はもうそこまで言ってしまっているんだな。では予定通り、彼女は我々がもらっていく」
「は?」
 ラズィミエはすっと振り返り、身体を分離された男の肉片を蹴飛ばして職員室へ入った。校長は取り残された。もはや何をしたらいいのか、彼には分らない。ただ衝動的に職員室に戻ろうとするラズィミエを、彼はいつの間にか後ろから殴ろうとしていたのだ。
 さすがに彼も不意打ちには弱い。鈍い音と共にラズィミエは多少の血を吐きながら体制を大きく崩して地面に手をついた。
「……貴様、まだ、く」
「ラーセマングに手出しはさせないぞ、俺がどういう境遇にあるのかとか、ラーセマングがどう悪いとか知らないけれど、俺にはお前やあいつのいうことを実行する意思は決してない!」
 ラズィミエはさっきの攻撃がまるで最初からなかったかのようにすっと立ち上がった。膝の埃を掃って、鋭い目つきをしながらしゃべりだした。
「そんなに言うなら、俺についてきて聞けばいいさ……そして知って絶望するといい。あいつを殺してよかったと思える」
「だからお前は何を言って――」
「ひとまずこいつはもらっていくぞ。またいずれ会おう、わが親友よ」
 するとまたものすごい勢いで扉が閉まった。危うくそれに巻き込まれるところだ。しばらくは何が起きたのか分からなくて扉の前に立ち尽くしていたが、一秒ほどたってから、慌てて扉を開けて中の様子を疑った。
「おい待て!何をする気だ!」
 だが、そこはまさにもぬけの殻といったところだろうか。倒れた教師たちの姿と、あたりに散乱した窓の破片や銃弾しかない。ラズィミエの姿もラーセマングの姿もどこにも見当たらない。そこで倒れていた校長がゆっくりと起き上がり、口を開いた。
「……君が、ナムレ=カリーファテリーン君か」

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最終更新:2017年01月13日 22:35