act3~My name is Legion for we are many~

【Magical ballet“noon moon”act3~My name is Legion for we are many~】


 ジャンゴは目を覚ます。
 熱いシャワーを浴びてさっぱりとしてから服を着る。
 寝穢い妹が枕に涎を垂らしているのを見てやれやれと溜め息をつく。
 馬から降りれば彼が彼女の世話をする番だ。
 とりあえずジャンゴはダリアを起こすことにした。

「起きろ妹ちゃんよ。」
「うーん……今何時?」
「朝八時。」
「まだ朝早いじゃないですか。」
「駄目だよ、早寝早起きしないと。」
「もー、おかあさまみたいなこと言わないでください。」
「お兄さんだからな。」
「普通の兄は妹にこんなことしません。」
「そうだな。普通の妹も兄をこんなことに誘わない。」

 ジャンゴは裸のままのダリアを抱えてシャワールームまで運ぶと彼女をそのままバスタブの中に放り込む。
 お互い慣れたもので体勢を変えながらジャンゴは隅までダリアの身体を綺麗にした。
 水を弾く白くて艶やかな肌にジャンゴは思わずため息をつく。

「どうしたのお兄さま?ムラムラしちゃったのですか?」
「馬鹿。」
「……あんまりですわ。」
「解った、悪かった。綺麗だよお前は。」
「キャー」

 頬に両手を当てて小さく歓声をあげるダリア。
 こうしていると歳相応の少女である。
 といっても長命で成長の遅いエルフの一族なので人間から見れば結構な年齢なのだが。

「今日はどうするんですか?」
「どうって?」
「いや、お金はまあ大丈夫としても情報収集とか。」
「うーん。とりあえず人の集まりそうな場所で聴きこみといこうかな。」
「うふふ、ちょっとしたデートですね。」
「あのなぁ……」

 バスタブの中からダリアを引き上げると彼女の身体をバスタオルで丁寧に拭く。
 まるで宝石でも扱っているかのようだ。
 力を抜いて優しく優しく、愛情を込めて丁寧に。

「くすぐったいです。」
「ちょっと待ってろ、もうすぐ終わる。」
「お兄様はシャワーは済ませたんですか?」
「ああ。」

 裸の彼女をベッドに腰掛けさせる。
 ジャンゴは彼女に足をあげさせてショーツを履かせようとする。
 衣擦れの音。
 ゴクリ、とジャンゴはツバを飲み込む。
 薄い体毛、細く伸びた羚羊のような足、にも関わらず形の良い臀部。
 何度も何度も見たことは有るはずなのにそれでもなお興奮を誘って仕方ない。

「どうしたんですか?」

 いたずらっぽく微笑む。

「なんでもないよ。少し立て」

 腰を浮かせたダリアにショーツを履かせ終えると次は両手を上げるように指示をする。
 面倒くさいからブラジャーのホックを胸の前で止めてから後ろに回して、肩にひっかける。
 処女雪のように柔らかな胸に手を触れてみる。

「早く服着せて下さいお兄様。」
「…………ああ。」

 だらしない男だな、と自嘲する。
 何時までこんな関係を続けていられるのだろう、とも思う。

「子供の頃にさ。」

 用意していた着替えの服をいそいそと着せながらジャンゴは呟く。

「母さん達に聞かれたじゃん。
 もし世界中の人がだれもいなくなってしまったらどうするかって。」
「そんなことありましたっけ?」
「やっぱり、覚えてないか。」
「え?」
「川で溺れたことは覚えているだろう?」
「あの時はお兄さまが助けて下さりましたよね。」
「…………ああ。」

 ジャンゴの脳裏に故郷の森の記憶が蘇る。
 友がいて、家族が居て、皆笑っていて。
 今はもう居ない。
 だれも居ない。
 彼らの父親のディエゴ・マードックが全てを壊したのだ。

「いつの間に二人ぼっちになったんだろうな。」
「素敵ですわ、お兄さまと私だけの二人きりの世界。死ぬまで二人きり。」
「邪魔者が居る。」
「ええ、ディエゴを殺したら誰も来ないような森の奥深くでずっと二人で暮らしましょう。」
「いや俺牧場経営したいんだけど。」
「……まあそこらへんは考えますわ。」
「朝食はルームサービスで良いか?」
「ええ。」

 ルームサービスは驚くほどすぐに届いた。
 胡椒の効いたハムサンドイッチに片面だけを軽く焼いた目玉焼き。
 それと香り豊かなコーヒー。
 ジャンゴはボーイに少し多めのチップを渡して彼を帰した。

「食べて良い?」
「ああ。」
「コーヒーが熱そうだわ、フーフーして。」
「やれやれ……。」

 ジャンゴがコーヒーを冷ましている間にダリアはサンドイッチを口に運ぶ。
 香ばしい小麦の香り、甘やかなパンの風味、溺れそうになる味覚を胡椒が引き締める。
 ハムも胡椒の強い香りに負けない味わい深さで噛む度に肉の旨味が目覚めた味覚を揺さぶる。
 目玉焼きは黄身の色が濃くて、こちらには塩胡椒が軽くかけられていただけだったのだが一緒についていたソースをかけて食べると格別だった。
 濃厚な卵の味をソースが薄めて、何時の間にか二つが調和してするりと胃袋の奥へと収まっていく。

「美味しいかい?」
「ええ、とっても。」
「コーヒーが冷めたよ。」
「ありがとうお兄様。」

 一頻り食べ終えるとダリアはコーヒーを飲み始める。

「ここは胡椒が名産らしいけど……うん、美味しいね。」

 ジャンゴが食べる様子を嬉しそうに見つめるダリア。

「どうした、俺のも食うかい?」
「良いの、お兄様が幸せそうな姿を見ているだけで私は幸せよ。」
「そうか。」
「ええ。」
「今日やっぱりさ、一日中ゴロゴロしてようぜ。」
「ロシナンテが退屈しないかしら?」
「あいつも疲れてるだろう、それにここは設備が良いしあいつだってリラックスできるさ。」
「そうね、じゃあそうしましょう。」

 食器を片付けてもらってからマリアは新聞を読み、ジャンゴはベッドに寝転んだ。

「暇ですね。」
「俺は寝るぜ、実は不眠症でなかなか眠れないんだが久しぶりに眠気を感じた。」
「まあ、そんな話初めて聞きました。口から出任せがサラサラ出る辺りも素敵ですわお兄さま。」

 目を閉じる。
 ダリアが鼻歌で懐かしい故郷の子守唄を歌い始める。
 夢が現を蝕み始める。
 鼓膜を震わす懐かしい響きの中でジャンゴは意識を闇の中に落とした。

「……って、あれ?」
「ヤア、コンニチワ!」

 眠りに落ちた筈のジャンゴは何時の間にかピンク色の空に囲まれた孤島の花畑の真ん中に立っていた。

「いやいやいやいやいや、え?」
「( ノ゚Д゚)こんにちわ、オラはお前の銃に宿った妖精さんだぞ」
「妖精、ねぇ……。」

 ジャンゴとしては妖精とはもっと可憐な生き物だと信じていた。
 だがしかし今彼の目の前に居るのはどちらかと言えばマッチョで……可憐な部位といえば無駄にキラキラと輝いた目だけのおっさんだった。

「( ノ゚Д゚)妖精さんだぞ!」
「可愛く言えば許されると思ったか!」
「( ノ゚Д゚)妖精さんだぞ!」
「妖精さんだね!」
「( ノ゚Д゚)妖精さんだね!」
「そうか!君は妖精さんか!」
「( ノ゚Д゚)うん!」
「……なわけ有るか!」

 腰の拳銃を抜いて引き金を引く。
 妖精さんとやらの額に風穴を三つ開けてそのまま妖精さんは倒れた。

「相当疲れているんだな、うん。」
「そう、奴は偽物よ!私こそが本物!本物の妖精さんよ!」
「うわっ、なんか来た!」
「あきらめないで!」

 今度は女性である。
 雰囲気としては化粧品のCMで「あきらめないで!」とかやってそうな雰囲気だ。
 こちらも妖精さんと呼ぶには少々薹が立っている。

「まだこれからよ!」
「お前はこれまでだけどな!」
「あ゛ふぅ!」

 ジャンゴはとりあえず彼女を撃ってみた。
 やや演技過剰気味に倒れる。

「くそっ……一体なんだって言うんだ……。」
「目覚めよ……今こそ新たな力に目覚める時なのだ……。」

 今度は正体不明の声が遠くから聞こえてくる。

「間に合ってます!」

 とりあえず撃った。
 夢の中ではトリガーハッピーである。

「間に合ってますとか言わないでよぅ……グスッ。お仕事なんだよぉ……。」
「うわようじょだ。こういうのって普通髭の爺さんが出てくるもんじゃないの?」

 声の方向から現れたのは子供だった。
 褐色の肌、黒い髪、八重歯。
 ちょっと泣きそうになってて可愛い。

「別にそんなのどうでもいいでしょ!あたしつよいんだよー!新必殺技とか伝授できるんだよー!」

 ジャンゴが先ほど撃った筈の弾丸を掌からポロポロと落としてみせる。
 どうやら受け止めていたらしい。

「うわすごいさすがようじょつよい……じゃなくて何者だよおまえは。」
「私は……」
「私は?」

 子供の顔が二つに割れて中から一番最初のおっさんの顔が現れる。




「( ノ゚Д゚)妖精さんだぞ(はぁと)」





「うわああああああああああああああああああああ!」

 絶叫と共に目を覚ます。
 そう、今までジャンゴが見ていたものは夢だったのだ。

「お兄さま!?」

 心配そうに彼の顔を覗き込むダリア。

「ゆ……夢か?」
「一体何が有ったっていうの?」
「妖精さん、妖精さんが……。」
「お兄様絵本の読みすぎよ、でもそういう子どもの心を忘れない所も好き。」
「違うってばさ……。」
「ちなみに今は昼の十二時よ。」
「もうそんな時間か……。」
「何処かに食べに行く?」
「それも悪く……」

 遠くから聞こえるサイレン。
 人々の悲鳴。


「魔物かしら?」
「だろうな、こんな大きな街にまで襲撃をしてくるなんて思わなかった。
「行くの?」
「この街の警備部隊が居るだろう。」

 ジャンゴはそう言って窓から外を覗く。
 見えたのは人の群れ。
 そしてそれから逃げ惑う人の群れ。

「人間が人間を?」
「違うわ、あれは人間じゃない……。」
「え?」
「よく見て、あれは……ゾンビよ。」

 ゾンビ、その言葉を聞いた瞬間にジャンゴの顔色が変わる。

「まさかと思うが……」
「調べる価値はあるんじゃない?ディエゴもネクロマンサーだし。」

 それぞれに得物の準備をすると二人は窓から混迷極まる街の中へと飛び降りていった。

 さて、一方その頃。
 街の北門で一人のカソックを着た男が歩いていた。
 切れ長の細い目と銀縁メガネ、腰にはスミス・アンド・ウエッソンのリボルバー、顔に大きな傷がある。
 男は常人には分からぬ呪文を唱えながらゆっくりと二つの棺桶を引きずり歩きつづけていた。

「子よ、お前は何時も私と一緒に居る。
 私の全てのものはお前のものだ。
 しかし、お前の妹は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたものを呼び出したのだから、私が祝宴を開いて喜び合うのは当たり前ではないか。」

 彼の前に保安官達が立ちふさがり銃を向ける。

「貴様がこの騒動の主犯か!」
「永遠の命は欲しくないか?」
「銃を捨てて其の場に伏せろ!」

 男は素早く腰から銃を抜くと目にも留まらぬファストドローで保安官の銃を弾き飛ばす。

「あなた達に言っておこう。
 裁いてはならない。
 そうすれば貴方がたも裁かれないだろう。
 人を罪に定めてはならない。
 そうすれば貴方がたも罪に定められないだろう。
 ゆるしなさい。
 そうすれば貴方がたも許されるだろう。」

 逃げようとする保安官の足を地面から伸びた手が掴む。

「や、やめろ!来るな!」
「貴方を、人を捕らえる者ではなく人を救うものにしましょう。」

 男は保安官の額に手を触れる。

「うわああああああああああああああああああああああ!」

 絶叫と共に保安官の皮膚が裂け筋肉が隆起し、額からは角が生える。
 その姿は魔物であるガーゴイルにそっくりだった。

「産めよ増やせよ世に満ちよ、神はあなた達を祝福している。
 ここに楽園を作りなさい。神は人を見捨て給うた。
 ここに住むありとあらゆる生き物はあなた達の為に作られた。」

 男は棺桶を引きずって街の中に進む。

「愛し子らよ、お前達は何時も私と一緒にいる……。」

 漆黒の棺桶に嵌めこまれた十字架が鈍く輝いた。


【Magical ballet“noon moon”act3~My name is Legion for we are many~ to be continued】

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最終更新:2011年10月21日 05:44
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