act6~La decroissance crepusculaire~

【Magical ballet“noon moon”act5~Lovers again~ 】

「良いかいジャンゴ、母さんたちはダリアの為に命を使うんだ
 そのことを絶対に忘れるな
 お前はもう一人前なんだから儀式が終わったらダリアを守ってやりなさい」
「はい、父さん」
「ならばよし、マードックの家に伝わる魔術刻印はすべてお前に託した
 父さん達が儀式を終えるまで見張っていなさい」

 これは夢だ
 ジャンゴには分かっていた
 まだ彼が父親にとって聞き分けの良い息子だった頃の夢
 父親が彼にとって尊敬すべき男だった頃の夢
 母親が生きていて、妹が近くの河で溺れて死んでいた頃の夢

「これは……ディエゴ!死者蘇生は禁忌だぞ!」
「貴様らに、何が分かる!」

 降り注ぐ火
 焼ける森
 父の持つ最後の呪文“dies irae”の発動
 それが意味していたのは故郷の消失だった

「父さん……何もここまで!」
「…………」
「父さん!」
「済まない、ダリアを頼むぞ」
「おい何処に行くんだ父さん!」
「何かを犠牲にするから駄目だったんだ」
「父さん!」
「誰も傷つけない方法を探しに行く」
「父さあああああああああああああああん!」

 ジャンゴはガバリと起き上がる
 女性が心配そうに彼の顔を覗き込んでいた

「大丈夫ですか?」
「……すいません」
「気にしなくていいんですよ、何か辛いことでも有ったのですか?」
「いえ……」
「そういえば、名前を名乗り忘れていましたね」
「名前?」
「ユリと言います、先日は危ない所を助けていただいてありがとうございました」
「俺はジャンゴと言います、ユリとはこのあたりで聞かない名前ですね」
「ええ、ずっと西の海の向こうからこの国に来たから」
「へえ…………」
「旦那はこっちの出身なんですけどね」
「旦那さんは……」

 ジャンゴは不思議に思って彼女に質問をした
 それを聞いてユリはうつむく

「息子と街に遊びに行った時に……」
「すいません、余計なことを聞いてしまいました」
「いえいいんです」

 気まずい沈黙
 それを破ったのは乱暴なノックの音だった

「おい義姉さん!居るかい?」
「あら、すいません、少し行ってきますね」

 部屋のドアをゆっくりと閉めてユリは玄関に向かった
 一人残されたジャンゴは耳を澄まして会話を聞こうとする

「頼むよ義姉さん、これっきりだからさあ……」
「そう言っても、この家にはもう貸せるお金はありません」
「頼むって!今度こそ上手い儲け話があるんだよ!」
「そう言っていつもお酒に使っているんでしょう?」
「あんただって兄貴の物を独り占めして俺には何一つくれなかったじゃないか!」
「遺言に従っただけです、この家には近寄らないで下さい!」
「チッ……下手に出てりゃあ良い気になりやがって……」

 ジャンゴはドアを開けて玄関に急ぐ

「そこの有るじゃねえか!その毛皮のコートとか金になりそうだしよぉ!」
「やめてください!それは主人の物です!」
「もう良いじゃねえか別に!とっくに死んだんだから!」

 その言葉を聞いた瞬間
 彼の中で何かが弾けた
 目にも留まらぬ早撃ちでジャンゴは男の耳を撃ちぬく

「死んだ人間の物ならどうでもいいのか?」

 夥しい殺気
 それが集い蒐まり固まって
 一瞬だけ、ジャンゴの背中に黒い翼が生えたような錯覚を覚えさせた

「うがあ!いってえええ!誰だお前!」
「通りすがりだ。」
「ジャンゴさん!?」
「死んだだけじゃあ人ってのは死なないんだよ
 お前がやったことは……人の中で生き続ける死人を殺す行いだ!
 残された人の気持ちを踏みにじる行為だ!」

 彼の胸に浮かぶのは妹の顔
 ジャンゴは男を片手で持ち上げて首を絞める


「なあ……そう思わないか?」
「ゲホッ!ごホッ!苦し……やめろ!」
「ジャンゴさんやめて!死んでしまうわ!」

 ユリの言葉でジャンゴは我に返る
 男を玄関の外に投げ飛ばすとジャンゴは彼に向けて銃を構える

「三つ数える、それまでに俺の視界から居なくなれ」

 男が脇目もふらずに逃げていったのを見てジャンゴはため息を吐いた

「ジャンゴさん、いきなりどうしたんですか……」
「妹が……昔事故で死んでしまって、それがきっかけで家族がバラバラに……」
「ジャンゴさんもつらいことがあったんですね
 でも助かりました、最近では金の無心がひどくなるばかりで……」
「あの男は何者なんです?」
「旦那の弟です、いつまでも働かずにブラブラしてばかりですし……」
「成程」
「何時までもベッドから出ていては怪我に障ります
 まずはゆっくり休んで下さい、また助けてもらったお礼に今日はご馳走を作りますからね!
 好きなものがあったら言ってくれても良いんですよ?」

 ユリがにこりと微笑む

「母さん……?」
「え?」
「いや、なんでもないです
 できれば久しぶりにピクルスをたっぷり挟んだハンバーガーを食べたいなあなんて……」
「はいはい、分かりました
 それじゃあ仕事があるんで失礼しますね」

 そう言ってユリは何処かに行ってしまった
 ジャンゴは自分に与えられた部屋に戻ってからため息を吐く
 まったく別のタイプの女性であるはずなのに彼はユリに自らの母親の面影を見ていた

「こんなことしている場合じゃないのに……」

 まだ傷は痛む
 こんな時、妹がいればさっさと治してくれるのに
 いやその妹を助けに行かなくてはいけないんじゃないか
 助けに行く?
 蘇生術式を組んだ父親の元に居たほうが不慮の事故にも対応できるじゃないか
 あいつは親父が母さんたちを殺したと勘違いしているがそれだって順を追って話せば……
 ジャンゴの中で思考が巡る
 そもそも、そう言えと彼に命令したのはディエゴなのだ
 事実、彼が蘇生術を行う技術が無ければ彼の母親達は死ぬ必要が無かった
 事実、彼が蘇生術を行わなければそれを村の人間に咎められもしなかった
 確かにすべての罪をかぶるべきなのは他ならぬディエゴなのだ
 そして彼自身もまたそうしようと思っている


「でもだからと言って……俺があいつを村の皆や母さんの仇なんて言うのは……」

 そう、おかしい
 では何故自分はそんな行動を行なっているのか
 それは……
 言語化できなかった
 したくなかった
 それはとてもシンプルな妹への独占欲
 言語化して自覚してしまえば彼は自身の罪深さに耐えられない
 確かに父親さえ居なくなれば誰に気兼ねすること無く妹と結ばれることができる
 でもそのために父親を殺すのか?
 全てを犠牲にして娘をこの世に呼び戻した父親から、娘を奪うのか?
 全てを犠牲にした筈の父親にたった一人残された息子が?
 そう考えるとジャンゴは罪悪感に押しつぶされそうだった

「…………寝るか。」

 結局、それらの思考が無意味に思えて彼は眠りについた
 遠くから聞こえる馬のいななきが耳に心地よかった
 あたりの風景が変わる
 何時の間にかジャンゴは夢の中の世界に……

「( ノ゚Д゚)妖精さんだよ!」
「うわあああああああああああああああ!」

 行けなかった
 世界一周旅行、ただし雨天中止!みたいな!

「しまった……騒いで迷惑かけちゃったかも」

 ユリの足音が聞こえてくる

「ジャンゴさん、大丈夫ですか?」

 良い香り
 ドアを開けた彼女は皿の上に大きなハンバーガーを載せていた
 彼の大好きなピクルスをたっぷり挟んで今にも零れそうだ

「ああ……また夢を見ていたみたいで」
「まあ、随分と辛いことがあったんですね
 そういえば妹さんは?」
「ああ、あいつは今親父の所に居る筈です
 娘に旅をさせるのが心配になったみたいで……」

 できるだけ心配させないようにオブラートに包んで話す
 しかし彼女は心配そうな表情しかしない
 もしかして解っているのではなかろうか、と彼は思う
 むしろ分からない訳ないのだ
 彼は倒れていたのだ
 撃たれていたのだ
 傷を見れば魔物によるものでないのは一目瞭然
 何かあったことが確実に分かる
 ユリはジャンゴの座っているベッドの傍にあった椅子に腰掛けて皿を近くのテーブルの上に置く
 自分用に作っていたらしい小さなハンバーガーも小さな皿に乗せて一緒に


「お手伝いできることがあれば言ってくださいね?」

 それでも何一つ問わずに
 ユリは彼を控えめに心配するだけだった
 その優しい距離感がジャンゴの気持ちを切なくさせた

「ほら、そんな暗い顔していないで!これでも食べてください!」
「あ、頂きます」
「そうそう、若い人は元気が一番ですから」
「ユリさんだって若いでしょう?これでも俺五十歳ですよ?」
「え」
「エルフって寿命長いですから、人間の年で言えば二十歳くらいです」
「へぇ……そうなんだ」

 ジャンゴはハンバーガーにかぶりつく
 荒く挽いた全粒粉で作られたバンズに鮮度の良いレタス
 それと歯ごたえの有る挽肉が互いに主張しあってさながらジャズのセッションのように一つになっていく
 ケチャップで口元が汚れるのも構わずにジャンゴは頬張り続ける

「お腹減ってたんですか?」
「冷静に考えたらほとんど食ってないんですよね、今朝から」
「まあ……それじゃあどうぞ一杯食べてくださいね」
「あひあほーほざいあふ」
「お酒もありますけど、どうします?」
「少しだけ頂きます」

 ユリが琥珀色の液体をグラスにそそぐ
 自家製のウイスキーである
 実はこの牧場には蒸留施設があってそれが女性一人で牧場を切り盛りしていけている理由だった
 このあたりは法の規制がゆるいので大々的にやらなければ(また、粗悪品で事故を起こさねば)密造酒もお目こぼしされているのである
 ジャンゴはグラスの中の物を勢い良く飲み干す
 香りはきつい
 ぬるめだったためか味もきつく喉にマッチを押し当てられたような感覚がした
 しかしそれが終わると不思議な幸福感が彼を支配した

「良い酒ですね」
「旦那が作っていたのを真似しただけですよ」 
「なんというか、申し訳ありません」
「いえいえ、女の一人暮らしですから居てくださるだけでありがたいんですよ」

 その時、ジャンゴの目から涙が一筋零れた
 酒のせい
 それもあるだろう
 だがしかしそれだけではない
 彼の脳裏には母親の影が蘇っていた


「どうしたんですかジャンゴさん?」
「いえ、故郷の母のことを思い出して……」
「お母さんですか?」
「はい、俺には母親が二人居たんですよ」
「二人……というと?」
「そういうのがありだったんですよ、俺の故郷」
「なんだか人間の街とは色々違うんですね」
「ええ、戦争のせいで男が足りなかったってのもありましたしね
 まあエルフなんて言っても森ごとにまた文化が違うんで全てのエルフがそうって訳じゃなかったり……
 このあたりの説明は長くなるので割愛
 とにかく俺と妹の産みの親はそれぞれ違うんですよ
 でも母さんたちは二人共仲が良かったのでまあそこそこ明るい家庭だったんです」
「へぇ……」

 ユリは初めて聞くエルフの生活の細かいことや温かい家庭生活の話に興味津々だった
 ジャンゴもそんな彼女に色々と話すのが気持ち良いのか普段の彼らしくもなく饒舌に語り続ける
 誰かに打ち明けたかったのかもしれない
 妹と彼だけの閉じた世界が怖かったのかもしれない
 どことなく母親を思わせる彼女だったからこそ言えたのかもしれない

「ところがある日、妹が川で溺れてですね」
「まあ、でも元気でしたよね?」
「実は……あいつはその時死んだんですよ」
「え?」
「俺の家は代々魔術を研究している家で、親父は不幸にも死者を甦らせる術を知っていた」
「そんな…………じゃあ」

 ジャンゴは気づいてなかった
 そんな話をすれば彼女がその術に興味を持つことに

「あいつは俺の母親を二人共犠牲にして……」
「妹さんを生き返らせたんですか?」
「おかしいですよね、昨日今日会ったばかりの人にこんな話をするなんて」
「…………」
「でも、ユリさんは俺の母さんにそっくりで……」

 ジャンゴの瞳からは涙が溢れていた

「じゃあ、良いですよ」
「え?」
「今日だけは、私をお母さんだと思ってください」

 ジャンゴは気づいていない
 ユリがその術を欲しがっていることを

「辛かったこと、苦しかったこと、好きに吐き出してください」

 しかしユリも気づいていない
 反魂の魔術を求める打算的な心持ちだけでなく
 純粋にジャンゴを今は居ない夫や、そして息子に重ねているからこそ
 ここまで甲斐甲斐しく世話しているのだということに

「ユリ……さん」
「今は、お母さんですよ」

 ユリは椅子から立ってジャンゴの隣に座る
 ジャンゴは彼女の柔らかい胸の中に顔を埋めようとした
 が、そこで彼の耳に雑音が入り込んでくる

「――――ん?」
「どうしたんですか?」
「伏せて下さい、誰か近づいてきています」
「え、ええ……」

 元来森に住む種族であるエルフは五感が秀でている
 たとえ夜であろうとも昼間と変わらず辺りの風景を見渡せるし
 木々のずっと向こうにある筈の小川のせせらぎを容易に捉えられるのだ
 ジャンゴは耳を澄ませて辺りの様子を探る

「牛泥棒でしょうか?」
「五六人ですからその可能性もありますね」
「保安官の方に連絡した方が良いでしょうか?」
「ええ、ただ身を隠すことを優先して下さい
 魔物の可能性もありますし……」
「ジャンゴさんは……」

 ジャンゴはにこりと微笑む

「俺に貴方を守らせて下さい」

 ユリは困ったような表情でジャンゴを見つめる

「でも……」
「大丈夫です、俺強いですから」
「貴方まで居なくなってしまったら、きっと私は死んでしまいます」
「大丈夫です、俺は貴方の前からは居なくなりません」
「分かりました、じゃあ地下室に居ますから何かあったらすぐに逃げてくださいね」
「はい」

 そう言ってユリは部屋を出ると何処からかショットガンを持ってきて彼に渡す

「無茶しないでくださいね?」
「はい」


 ジャンゴはユリに地下室までついていってからショットガンを片手に一階に戻る
 正直な所、今ジャンゴは自分の銃に込める弾が無い
 ホテルに荷物も置きっぱなしだし、ディエゴとの戦いが終わった後目が覚めると懐の予備の弾丸が抜かれていたのだ
 その上魔弾は彼の体の調子が完璧でない以上、暴発の危険性がある
 だから彼は渡されたショットガンと素手で戦うしか無かった
 チャイムの音
 ジャンゴには聞き覚えのある声、ユリの義弟だ
 火薬の匂い、新品の銃……恐らく彼に報復にきたのだろう
 背後には何人かの男の足音も聞こえている
 ユリを地下室に避難させておいて正解だった
 ジャンゴは口笛を吹いてニヤリと笑う

「おい、義姉さんよ!今日という今日は……」

 ジャンゴはドアを蹴破る
 耳のちぎれたあの男の懐から銃を奪い取って銃把で彼の頭部を思い切り殴りつける
 彼の後ろに居た五人の男達の銃口がジャンゴに向けられる
 瞬時に射線を計算し、魔力噴射で跳躍
 弾丸を回避してから五人の内の一人を捕まえてその胸部に銃を突きつける
 肋骨の隙間を縫って肺と心臓を貫く位置
 動きを止めようが命乞いしようがジャンゴは引き金を引く
 貫通した弾丸は耳のちぎれた男の唯一残った耳を破壊
 それに眼を奪われた四人の内一人の右眼を爪で裂いてからその男の銃を奪う
 そしてその銃と奪った銃の二丁拳銃で彼らに狙いを定めた
 ここまでで最初六人居た敵は実質半分に減った
 戦力が半分になれば軍ならばすでに兵士が逃走を始めるレベルである
 彼らも例に漏れずそうであった

「お、おい聞いてねえぞ!こら!」
「こんな化物じみて強いなんて!」
「ババア一人売り飛ばして酒を飲みたい放題って話じゃなかったのかよ!」
「あ、まてお前ら逃げるな!」

 両耳を吹き飛ばされた男だけが逃げ遅れて其の場に残る

「や、やめてくれ!命だけは……」
「どこへなりとも行け、殺せば俺の銃が汚れる」

 ジャンゴに唾を吐きかけられながら男達は這々の体で其の場から走り去る
 彼はこっそりと彼らについていき彼らが全員牧場を出て魔物が出る森の側の唯一の街道に近づいたところまで見届けた

「あんな血の匂いをさせて夜の街道なんて移動したら魔物に襲われるに決まっているのにな」

 くるりと回れ右、悲鳴が聞こえてくる
 ジャンゴは万が一にでも魔物に襲われて彼らが抵抗できないようにさっきの戦いで銃を奪っておいたのだ

「才なく心なく銃を弄んだ愚物共、その醜さに相応しい惨めさで死ね」

 ジャンゴはあくびをひとつすると牧場に戻り地下室に向かった

「ユリさん?」
「バタバタしていましたけど大丈夫でしたか?」

 中からユリが出てくる

「ええ、追っ払いました
 泥棒でしたけど殺しはしてませんから安心して下さい」
「」
「あの」
「なんですか?」
「全部の面倒ごとが終わったら妹を連れてここに来て良いですか?
 あの子もきっと母親に飢えているだろうから……」
「……そうですね、是非来てください
 実は私、娘も欲しかったんですよ」

 もう叶わないですけど、といってユリは悲しげに笑う

「あいつも母親の記憶が少ししか無いんです
 だから……優しくしてもらえれば……っと」

 ジャンゴの身体がよろめく
 ユリがそれを受け止める

「無理し過ぎちゃったかもしれませんね
 今日はもう眠らせてもらいます」

 ジャンゴはあてがわれた部屋に戻ろうとする
 が、彼の腕をユリがつかむ

「今日は……一緒の部屋で眠ってくれませんか?」
「え?」
「少し怖くなってしまって……
 それに、家族なら一緒に寝たって良いでしょう?」

 ジャンゴは何も言えず、彼女に誘われるままについていった

【Magical ballet“noon moon”act5~Lovers again~ to be continued 】

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最終更新:2011年10月30日 04:21
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