マイナスとマイナスはプラス 第2話

 朝日は体に毒だと俺は思う。別に溶けるだとか、砂になるとかそういうのではない。

 じゃあどうしてか。理由は単純。俺の仕事は基本的に夜になることが多い。だから朝日はどうしても安眠の妨げになる。モンスターの血が流れていても作りは人間であるため寝なくても大丈夫とかそういう便利なものはない。

 安眠の妨げと言えば朝日の他にもう1つある。

 俺の隣で寝ている少女だ。

 朝日の睡眠妨害を物ともせず静かに寝息を立てている。

 いい加減自分の部屋で寝ろと毎日言っているのだが、全く効果はない。
 一度、少女の部屋で寝てみたが結局着いてきてしまい、この作戦は失敗に終わった。

 そういえばこいつって俺と一緒に暮らし始めてから1人で寝たことあっただろうか?

 俺の記憶が正しければ一度もない。

 俺がいない夜はどうしているのだろうか?
 近い内に聞いておこう。

 カーテンの隙間から入ってくる朝日の日差しが一層強くなってきた。
 やれやれ。日当たりが良すぎるのも考えものだな。

 俺は今、機工王国ギムリアースの首都トレムレデールに居を構えている。居心地はすこぶるいい。

 大通りは毎日沢山の人達で賑わい、王宮周辺はとても綺麗にされていて、初めて見るものの視線を釘付けにするほどの華やかさがある。

 この街の住人は例に漏れず金持ちばかりだ。大部分の人たちは働きに出てきている人たちだ。いつかこの街に……と夢見ながら。

 その街で俺は三年前に家を買った。金はどうにでもなった。いくつか仕事をこなせば家を買うくらいどうと言うことはない。

 この家を買うときに仲介人からこんな話を聞いた。

 この家にはもともと貴族が住んでいたのだが、時代の変革に抗えず家を手放したと。

 時代の変革……それは魔法の社会から錬金術の社会への移行。

 錬金術の発展が著しいこの国では、時代の流れを見きれなかった貴族が一夜にして底に堕ちるなど日常茶飯事のだった。このくらいの話は「あっそう」
と聞き流されてしまう程度の話である。

 この街、この国の華やかな景観は目に見えるところだけだ。

 人気のない裏路地を1つ2つ曲がって奥に進んで行くと、スラム街にでる。

 そんな場所が国内にはいくつもある。社会から見捨てられ、人の目からも見放されたものが行き着く先である。

 スラム街に住む人間(人間に限ったわけじゃないが)には人権もなければ、法も秩序も存在しない。今日を生きるためだけに生きている。

 死体はあちこちに転がっているし、ゴミとしか言えない残飯を奪い合うそんな光景が当たり前の世界だ。


 スラム街のことは俺よりこいつの方が詳しいだろう。そこで地獄を見てきているのだから。

 三年前、俺がこの街に住むきっかけとなった出会いがあった。

 レヌリア帝国で請け負っていた仕事が一段落し、次の仕事を求めてギムリアースに向かう途中だった。

 レヌリアとギムリアースを繋ぐ街道の1つ『デートル街道』でスラム街から逃げ出してきた少女に出会った。

 少女はモンスターに襲われていた。助ける理由もなかったが、放っておく理由もなかった。

 年に数回あるかないかの気まぐれの自己満足だった。たまには『いい人間』らしいことをしたくなったのだ。

 助けた少女は普通とは違った。俺と同じ『狂って』いた。

 少女が嬉々として語った人殺しの体験。俺はのその少女に湧き上がる高揚感を抑えきれなかった。

 モンスターの本能が訴えた恐怖にも似た感情。そして昔の自分と重なって見えた親近感。

 今まで感じることのなかった感情が高揚感となって俺の体を駆け巡った。

 そして助け(救い)を求めていた少女に手を差し伸べた。

 少女を保護した俺は便宜上「妹」として一緒にいることを選んだ。

 一緒にいるようになってからはとにかく生き物の殺し方と、武器を扱い方を徹底的に教えた。

 モンスターの血が流れている俺は生き物の急所は直感的に分かる体質であり、多少の傷ならすぐに治ってしまうため、武器の扱いは我流でも身体能力でいくらでもカバー出来た。

 だけど少女は人間だ。

 直感的に急所が分かるわけがないし、我流による中途半端な武器の扱いは死を招く要因になる。

 始めは大変だった。

 人に教えるという事を知らなかった俺は自分の感覚をどう伝えればいいか分からなかった。ましてや相手は当時10歳の少女だ。苦労しないはずがなかった。

 その過程で何度か少女を殺してしまいそうになり、助けたこと公開後悔しそうになった。

 しかし、モンスターを狩るときに見せる少女の狂気は、そんな思いを一瞬にして吹き飛ばした。

 武器の扱いに関しては騎士学校に通わせることにした。

 学校にほとんど行ったこのない俺が教えられないことを学べるし、武器だけじゃなく魔法の扱いも教えてくれるからだ。

 戦い方は血豆がやぶけ、疲労で倒れるまで鍛えた。訓練と実戦は違う。練習は本番のように、本番は練習のようにとはよく言ったものだ。

 簡単な仕事の依頼では少女はを伴って仕事を手伝わせた。

 初仕事は確か武器を横流しして豪遊し、至福を肥やしていた老貴族の粛清だった。

 結果は上々。大きな騒ぎを起こすことなくターゲットを仕留めた。

 その後も依頼によっては仕事にともない、経験を積ませた。そして今に至る。

 少女と過ごす時間は本当にあっという間だった。今までこんなに充実した時間を過ごしたことはなかった。

 俺の隣でまだ寝ている少女はなにを思ってこの日々を過ごしているのか少しだけ気になった。


 さて、学校の時間もあるしいい加減に起こすか。

 「起きろ、セラ」

 「ん……ノール……?」

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最終更新:2011年07月12日 22:15
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